右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足。
両足を交互に上下させ、天内はシコルスキーの顔面を踏みまくる。表情を微塵も変化さ
せることなく、淡々と踏みまくる。
天内が足裏から伝わる感触に生命を認める以上、刑は執行され続ける。
しかし、シコルスキーとは不思議な習性を持つ生物である。毎日のように敗北を堪能し、
いつしか如何に無傷で敗北するかを細胞レベルで創意工夫するまでになった。だからこそ、
絶対に敗けられぬ戦いとあらば、敗北を知り尽くした後ろ向きな肉体は、他の生物以上に
敗北を拒絶する。
敗けたくない。
踏まれるたび、彼方に遠ざかっていたシコルスキーの意識が呼び戻される。否、鮮明に
なっていく。
シコルスキーは鋭い眼光で、天内の右足首を掴んだ。
「ほう、さすが生命力だけは──」
「寂先生……使わせてもらう」
親指が唸る。
三陰光、圧痛──。
すねの内側にあるとされる知る人ぞ知る人体急所に、鍛えに鍛え上げた親指を押し込む。
足首をねじ切られるのにも匹敵する痛みが天内を襲う。
「くわアァァァァッ!」
端正な顔立ちを大きく歪め、天内の体がぐらりと傾く。
──好機(チャンス)。
目、鼻、耳、口から盛大にこぼれ落ちる血液を全て黙殺し、シコルスキーが立ち上がる。
右ハイキック一閃。
すんでのところで天内が踏みとどまると、すでにシコルスキーの両手は中高一本拳に変
形を終えていた。
切り裂く拳、一閃、二閃。
中指にこびりついた天内の皮膚を、手首を振って床に落とすシコルスキー。
「どうだい……。アンタ、これでも俺を愛せるかい……?」
「く、くくっ……!」
天内の顔面に、大きな傷が二つ刻み込まれた。一つは左頬を縦に抉っており、もう一つ
は左目の上から右目の下にかけ、谷が斜めに出来上がっている。
両者、同じく面(おもて)を血で染め上げたが、表情はまるで異なる。不敵に笑うシコ
ルスキーと、怒りに震える天内。
天内、通算四度目となるノーモーションジャンプ。今度こそトドメを刺すべく。
両足を交互に上下させ、天内はシコルスキーの顔面を踏みまくる。表情を微塵も変化さ
せることなく、淡々と踏みまくる。
天内が足裏から伝わる感触に生命を認める以上、刑は執行され続ける。
しかし、シコルスキーとは不思議な習性を持つ生物である。毎日のように敗北を堪能し、
いつしか如何に無傷で敗北するかを細胞レベルで創意工夫するまでになった。だからこそ、
絶対に敗けられぬ戦いとあらば、敗北を知り尽くした後ろ向きな肉体は、他の生物以上に
敗北を拒絶する。
敗けたくない。
踏まれるたび、彼方に遠ざかっていたシコルスキーの意識が呼び戻される。否、鮮明に
なっていく。
シコルスキーは鋭い眼光で、天内の右足首を掴んだ。
「ほう、さすが生命力だけは──」
「寂先生……使わせてもらう」
親指が唸る。
三陰光、圧痛──。
すねの内側にあるとされる知る人ぞ知る人体急所に、鍛えに鍛え上げた親指を押し込む。
足首をねじ切られるのにも匹敵する痛みが天内を襲う。
「くわアァァァァッ!」
端正な顔立ちを大きく歪め、天内の体がぐらりと傾く。
──好機(チャンス)。
目、鼻、耳、口から盛大にこぼれ落ちる血液を全て黙殺し、シコルスキーが立ち上がる。
右ハイキック一閃。
すんでのところで天内が踏みとどまると、すでにシコルスキーの両手は中高一本拳に変
形を終えていた。
切り裂く拳、一閃、二閃。
中指にこびりついた天内の皮膚を、手首を振って床に落とすシコルスキー。
「どうだい……。アンタ、これでも俺を愛せるかい……?」
「く、くくっ……!」
天内の顔面に、大きな傷が二つ刻み込まれた。一つは左頬を縦に抉っており、もう一つ
は左目の上から右目の下にかけ、谷が斜めに出来上がっている。
両者、同じく面(おもて)を血で染め上げたが、表情はまるで異なる。不敵に笑うシコ
ルスキーと、怒りに震える天内。
天内、通算四度目となるノーモーションジャンプ。今度こそトドメを刺すべく。
宙に浮かんでいると錯覚させるほどのスロージャンプから、怒りと憎しみを込めた跳び
蹴りでシコルスキーに襲いかかる。
──が、シコルスキー。これを軽くかわすと、なんと自らも跳び上がりドロップキック
で天内を撃墜する。さらに床に着地するなり、左でのロシアンフックで天内の左こめかみ
を強打。
天内悠、ついにダウン。
「な、んで……」
「ガスパディン天内、やっぱりもう俺を愛してくれてないようだな、悲しいぜ。あんだけ
味わったから、もうノーモーションジャンプは通用しないってのに」
「ぐっ……!」
土俵である空中技を空中技で切り返されたショックが大きいのか、天内が攻めに出られ
ないでいると、シコルスキーが妙な動きを始めた。理由は分からないが、部屋の中にあっ
たテーブルを持ち上げ、それを天内の目の前まで運んだ。
「ロシアンファイトってやつを教えてやるよ」
突如、テーブルを蹴り上げるシコルスキー。予測すらしていない一手に、テーブルの破
片と蹴りをまともに喰らってしまう天内。
わざわざ敵の前まで運んでからテーブルを蹴り上げ機先を制す──。
天内は乱れに乱れた心の声で絶叫した。
ロシアの喧嘩は新しすぎる、と。
蹴りでシコルスキーに襲いかかる。
──が、シコルスキー。これを軽くかわすと、なんと自らも跳び上がりドロップキック
で天内を撃墜する。さらに床に着地するなり、左でのロシアンフックで天内の左こめかみ
を強打。
天内悠、ついにダウン。
「な、んで……」
「ガスパディン天内、やっぱりもう俺を愛してくれてないようだな、悲しいぜ。あんだけ
味わったから、もうノーモーションジャンプは通用しないってのに」
「ぐっ……!」
土俵である空中技を空中技で切り返されたショックが大きいのか、天内が攻めに出られ
ないでいると、シコルスキーが妙な動きを始めた。理由は分からないが、部屋の中にあっ
たテーブルを持ち上げ、それを天内の目の前まで運んだ。
「ロシアンファイトってやつを教えてやるよ」
突如、テーブルを蹴り上げるシコルスキー。予測すらしていない一手に、テーブルの破
片と蹴りをまともに喰らってしまう天内。
わざわざ敵の前まで運んでからテーブルを蹴り上げ機先を制す──。
天内は乱れに乱れた心の声で絶叫した。
ロシアの喧嘩は新しすぎる、と。
他者が望むことが分かるなら、必然的に拒むことも分かる。ゆえに他者の欲求を満たす
のに不可欠な愛だとか友好だとか呼ばれる要素は、敵の嫌う行動を選び続けるべき闘争に
おいても不可欠である。
戦争が始まる前、天内は絶妙なタイミングでボッシュにライターを差し出し、シコルス
キーには水を手渡した。あれらは対象への愛があればこそ成せる芸当だった。ならば愛が
なくなったなら、果たしてどうなるだろうか。
左ローで天内の足を止め、顎を右拳で打ち抜く。さっきまで分かり過ぎるほどに分かっ
ていたシコルスキーの行動がまるで読み取れない。頭突きが鼻にめり込む。
「お、おぉ……お、ぉ……」
あふれ出す血に驚愕し、鼻を押さえる天内。
シコルスキーが闘志あふれるタックルで、テイクダウンに持ち込もうとするが──天内
はスライディングから長い脚を生かしたカニ挟みで逆にシコルスキーを転ばせる。
「……ちぃっ!」
横たわりながら、シコルスキーの背後に回る天内。
天内は背後から、クワガタのように両脚で両腕ごとシコルスキーを挟み込む。常人なら
ばこれだけで腕を肋骨を折られている。とても弾き返せるような拘束ではない。
「私が飛び技しか能のない蚊トンボだとでも思いましたか」
自由の利く両手で、天内はちょうど自分の鳩尾付近にあるシコルスキーの顔面をひたす
らに殴打する。両腕を封じられ、防御の手段を絶たれたシコルスキーは、どうすることも
できない。
華やかな空中技はもちろん、泥臭い寝技においても、天内悠は非凡な才気を発揮する。
やがてシコルスキーから力が抜けていくのを感じた天内は、先ほどシコルスキーが砕い
たテーブルの破片群に手を伸ばす。そしてもっとも武器に適した、ナイフと見紛うほどに
先端が細い破片を選び取る。
「終わりにしましょう」
鋭利に尖った破片を天内が叩きつけようとする──コンマ一秒前。
シコルスキーが右手親指で自ら人差し指の爪をはぎ取る。それを親指で高速で弾き飛ば
す。かつてアライJrとの戦いで編み出した、シコルスキーならではの飛び道具。
「ギャアアッ!」
甲高い悲鳴を上げ、拘束を解く天内。
彼の左眼球には、シコルスキーの爪が突き刺さっていた。
のに不可欠な愛だとか友好だとか呼ばれる要素は、敵の嫌う行動を選び続けるべき闘争に
おいても不可欠である。
戦争が始まる前、天内は絶妙なタイミングでボッシュにライターを差し出し、シコルス
キーには水を手渡した。あれらは対象への愛があればこそ成せる芸当だった。ならば愛が
なくなったなら、果たしてどうなるだろうか。
左ローで天内の足を止め、顎を右拳で打ち抜く。さっきまで分かり過ぎるほどに分かっ
ていたシコルスキーの行動がまるで読み取れない。頭突きが鼻にめり込む。
「お、おぉ……お、ぉ……」
あふれ出す血に驚愕し、鼻を押さえる天内。
シコルスキーが闘志あふれるタックルで、テイクダウンに持ち込もうとするが──天内
はスライディングから長い脚を生かしたカニ挟みで逆にシコルスキーを転ばせる。
「……ちぃっ!」
横たわりながら、シコルスキーの背後に回る天内。
天内は背後から、クワガタのように両脚で両腕ごとシコルスキーを挟み込む。常人なら
ばこれだけで腕を肋骨を折られている。とても弾き返せるような拘束ではない。
「私が飛び技しか能のない蚊トンボだとでも思いましたか」
自由の利く両手で、天内はちょうど自分の鳩尾付近にあるシコルスキーの顔面をひたす
らに殴打する。両腕を封じられ、防御の手段を絶たれたシコルスキーは、どうすることも
できない。
華やかな空中技はもちろん、泥臭い寝技においても、天内悠は非凡な才気を発揮する。
やがてシコルスキーから力が抜けていくのを感じた天内は、先ほどシコルスキーが砕い
たテーブルの破片群に手を伸ばす。そしてもっとも武器に適した、ナイフと見紛うほどに
先端が細い破片を選び取る。
「終わりにしましょう」
鋭利に尖った破片を天内が叩きつけようとする──コンマ一秒前。
シコルスキーが右手親指で自ら人差し指の爪をはぎ取る。それを親指で高速で弾き飛ば
す。かつてアライJrとの戦いで編み出した、シコルスキーならではの飛び道具。
「ギャアアッ!」
甲高い悲鳴を上げ、拘束を解く天内。
彼の左眼球には、シコルスキーの爪が突き刺さっていた。