SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 過去編第004話 1-7


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 ややあって。







 イオイソゴは瓦礫残る広場に1人佇んでいた。顔つきは厳しい。腕を揉みねじり溜息さえ時々つく。

 その部屋に──装甲列車が景気よく開けた穴を抜け──入ってきたのは美人だがどこか冴えない女性で、

「あれ? リバースちゃんは?」

 と呟いた。澄んでいるが間の抜けた感じもいなめぬ声はもちろんクライマックス。きょろきょろきょろきょろ落ち着きなく
辺りを見回す元声優の体は、さきほど耆著でゲル状になった筈だが、しかしいますっかり元通りで、
「その様子じゃとぐれいずぃんぐめに治療して貰ったようじゃの」
「飛んでった先が診療室でした! いまはこの上なく快調ですっ!」
 問いかけに明るく、とても明るくブイサインを繰り出した。

 そんな27歳にはあと嘆息の555歳。

「気楽でええのう。ヌシは。わしは奴めを説き伏せるのに難儀したというのに」
「あ。リバースちゃん無事なんですね! 良かった! これで女性向けエロゲが作れます!」
「のう。ちょっと愚痴こぼしてええかの?
 どこかズレた喜び──自分も殺そうとしていたのに。結局リバースそのものより、”リバースの声”という素材を心配して
いるのだ。作品という、自分の都合に関わるものにしか興味がないようだった──に高く綺麗な歓声をあげるクライマックス
と対なのがイオイソゴで、微笑すれば花開くほど愛らしい顔(※ただし鼻は低い)はいま黒くやつれている。
 疲れているんだ。元教師らしく即座に理解したクライマックスは、それなりに豊かだがあまり色気の感じられない胸を大きく
張り……叫ぶ。元気に。力強く。

「なんなりとです! これでも私は元先生です! あ、出会った時そうでしたからご存じですよねー」



 それからしばらく洒落っ気のない黒いワンピースに黒ブレザーがもたれかかって愚痴をこぼした。
 誰に対する……? いうまでもなく、リバースへの──…


「公私混同しすぎ」「妹への愛情が異常」「こみゅ力ないから扱いづらい」


 赤裸々な愚痴を。





 やがて総てを聞き終えたクライマックス、イオイソゴをひしと抱く。さすが元教師というだけあり子供の扱いはお手のもの、
慣れた手つきで背中をたたく。赤ん坊を寝付かせる母親のようにポン……ポン……ポン。優しく規則正しいリズムにイオイ
ソゴはやや落ち着いたようだ。胸の中でふと顔あげた彼女の瞳……子犬のように濡れそぼるそれから悲しみが抜けている
のを確かめたクライマックスは──なんだかイオイソゴが甘えたがっているように見えたのだけれど、教育者として敢えて
そちらは無視し──そっと体を剥がす。名残惜しそうなイオイソゴの顔にキュンときたクライマックスは大学進学のときどう
して保母さんの道を選ばなかったんだと軽く後悔。

「大変ですねーイオイソゴさんも。この上なく最年長ですから私達マレフィックの調整役をやらないといけないなんて」
「それが務めとはいえ、気苦労ばかり耐えんよ。どいつもこいつも灰汁(あく)が強いからの」
 そういいつつも愚痴を吐いて楽になったらしい。やれやれと肩をすくめるイオイソゴは幾分明るさを取り戻したようだった。
「たとえばあやつ、蘇生した両親とは対面済みなのじゃが、その時、どうしたと思う?」
「さあ」
「所業が所業じゃからの。両親……ま、厳密には実父と義母じゃが、奴らりばーすめを見た瞬間

「ひいっ!」

と声を上げおった」
 よほど面白かったのだろう。小さな体がめいっぱい背伸びしてしゃっくりのような引き攣れを漏らした。
「あー……。ビビっちゃった訳ですね」
 殺された者が殺した相手を見ればそうもなろう。クライマックスの頬に汗1すじ。同情。青空の両親に。
「もっとも傑作だったのはその後のりばーすの反応でな、奴め膝を抱えて盛大に落魄(らくはく)しおった」


『ひいっはないでしょ……。そりゃ私めもやり過ぎたけどさ……やり過ぎたけどさ……』


 黒ブチ眼鏡がずるりとズレた。
「傷ついてたんですか? 自分で殺しておいて」
「もっともその反応に両親めらは感ずるところあったようじゃ。わしとの生活の端々で、りばーすを気遣っておったよ」
「いやでも、ついカッとなってとはいえ、殺しておいて落ち込むってのはこの上なくヘンです」
「そこが奴めの面白いところじゃよ。憤怒を宿しておきながら、いざそれを発散すると途轍もない罪悪感に見舞われ落ち込
まずには居られんという」
「……あのコ家庭崩壊とかさせてますよね? その時もですか?」

「やりたくないがやらねばならん。そういう表情(かお)じゃよ。要するに自分の所業が悪だと認識しつつも悪的行為でしか
鬱屈を晴らせん状態に陥っておる」

「何故ならば奴はかつて、人間として正しく真っ当に生きたいと心から願い、それを成すべく懸命に生きていた。じゃがその
正しい生き方に於いてあやつは一度たりと世界から救いを齎(もたら)されなかった」

「ならば悪として振る舞い、衝動の赴くまま生きたい……されば救われると奴は間口においてそう信じていた。じゃが所詮、
悪行は悪行。真の意味で己が身を救う事などありえん。衝動を発露し、無辜の家族をいくつも離散解体に追いやり、その
瞬間だけ昏い喜びに打ち震えようとそれは後悔や葛藤にすぐさま塗りつぶされ心苦しさに変わっていく」

 年寄りらしく実にながい、勿体ぶった話にクライマックスはただこう呟く他ない。

「それじゃまるで依存症」
「に、近いの。そこがただの憤怒の化身でないりばーすの難しさよ。内包する怒りは発散したい。発散し快美を得ねば癒さ
れない。じゃが発散すればより多くの心苦しさがのしかかり、怒りと苦しみは益々益々増えていく。そしてまた発散したくなる
悪循環。しだいに”はーどる”は上がっていくよ。やり方が旧態依然、ずっと不変であれば得られる快美は減っていく。じゃか
らよりえげつない方策に走らねばならぬ。だが良心の呵責という奴はえげつなさの分だけ強くなる」
「そして怒りがますます強く……」
「憤怒ゆえに理性が伸び理性ゆえに憤怒が高まる。なまじ自制心があるばかりに奴は苦しんでおる。単なる怒りの獣の方が
まだ人生というやつを”えんじょい”できるじゃろう」
 厄介な女だ。クライマックスは恐怖というより呆れる思いだ。
「しかもあやつ、実は心の底では『壊した家庭が元通りになるのを』見たがっておるようじゃ」
「はぁ!?」
 意味が分からない。ここでやっと眼鏡がずり落ちているのに気づいたクライマックス、慌てて直す。つるを横っちょから
抑える掌は全体的な冴えなさからすると奇跡的に白く綺麗でシミがない。30回ローンで買った48万9800円の自動食器
洗い機は、彼女にしては珍しく、買った目的を達しているのだ。それで処理しきれない小物たちを洗うとき着装されるドイツ
製の業務用ゴム手袋もまた2万9800円分の仕事をしている。にも関わらずあまり人には褒められない繊細な手が次に行っ
たのはアワアワした指差しで、だから向けられた方は思うのだ。(ああこやつ金の使い方間違っとる)。声も手も綺麗なのに
中身が何もかも台無しにしている……以下はそんなクライマックスの反問。
「壊しまくりたいだけじゃないんですかっ!? 元通りになるの見たいとか、そんな気配、微塵も──…」
「ややこしいじゃろ? だが内心では『自分こそが間違っておる』という事実を叩きつけられたくてしょうがないらしい」

 何というか実に難しい話題だ。
 そういう心理に陥っているリバースもリバースだが、それを読み取れるイオイソゴもまた想像の範疇を遥かに超えている。

 先ほどのリバースの様子だけでは到底家庭の復興を望んでいるようには見えない。そもそも彼女は平常時だろうと激昂時
だろうと『常に笑顔』だ。表情から真意を読み取るのは至難の業だしそもそも声を出さないから声音で感情を知るのも不可能。
或いは幼いあの老婆、影からずっとリバースを観察し続けやっと上記の結論にたどり着いたのではないのか? そういえば
武装錬金特性にも詳しかった。やはり密かに観察していたのか?

 クライマックスはとうとう黙り腕組みする。唸りさえあげ始めた。

「ひひっ。ヌシにはちと難しい話題かの?」
「ええまあ、ただ」
「ただ?」
「難しいからこそファイトが湧いてきますこの上なく!!」
「ほう」
「元声優ですからね!! 『理解この上なくブッちぎった』概念は苦労しますが……大好きです!! そりゃあ簡単には理解
できませんけどー、ソコ理解したうえで自分のものにする!! 腹臓からの声にしてマイクに叩きつける! そーいうプロセス
辿ったのは100や200じゃないですこの上なく!」
「お、おう」
 イオイソゴは目をまろくした。この老女が気圧されるのは盲亀浮木より珍しいのだが、クライマックスは気づかない。なぜな
ら思考に没入しているからだ。親指をくわえブツブツ言う姿から漂うのは……鬼気。先ほどリバース(青空)を戦わずして屈
伏させたイオイソゴでさえ近寄りがたい、独特の鬼気。


 2分ほどそうしたあと、パッと双眸に光を宿したクライマックスは一転童女のように愛らしい。


「つまり、あれですか? 自分がどんなに無理やりお父さん暴れさせても、それに揺らがず、幸せじゃない環境でひたすら
皆一生懸命協力して、お父さんをこの上なく愛して、労わって。ずっとずっと一緒にいるような家族を見られれば──…あ
のコは自分の過ちに気付ける……あ、いや、そういうのを見て、気付きたいと?」
「概ねその通りじゃ。総括するとじゃなあ。何ら努力せず上っ面だけの幸福を貪っているような連中は許せん。追い散らし
たい。だが一方で奴はこうも思っている。『努力によって築かれた確かな家庭幸福もある』『それを壊すのは誤り』……と。
何故なら奴自身、不遇の中で常に努力を重ね生きてきた。それを否定される痛みは存分に分かっておる」
「でも、分かっていても幸福そうな家庭は許せない。街角で笑いあってる人たちは努力してる風には見えません。この上なく。
だから、それが腹立たしい。壊したい。なのに『努力した結果を壊す』のは辛い。でも努力してない結果ならとことんとことん
この上なくブッ壊したい。……なんかもうややっこしい人すぎます」
 じゃろ? 桜色の唇から全身へ忍び笑いが伝播した。
「壊れても何度も立ち上がる強さを。あやつはそれを見て、間違いをハッキリ突きつけられたいのじゃ。奴のいた家庭のよ
うに、幸福になるためではなく、心から相手を愛し、思いやれるからこそ『家族』でいられる連中。相手が病苦によって災い
を齎(もたら)してきても、どんなにどんなに虐げられようと、相手を救わんと献身を諦めぬ者たち。そんな”ほむんくるす”で
もなければ武装錬金も使えぬ市井の者どもが心からの絆のみで、あの最悪の幻覚現象を乗り越える──…いまだかつて
一度もない大奇跡じゃが、それを見ぬ限りりばーすめは憤怒と鬱屈の悪循環からは抜け出せん」

 クライマックスはしばし黙った。その長い、足首まであるとても長い黒髪が前に向かってやおらたなびいたのは、装甲列車
の壊した隙間から冷たい風がびゅうびゅう流れ込んできたからだ。

「あのコもまた誰かから何かを、『伝えて』欲しいんですね……。ただの否定の言葉じゃなくて、純粋な正しい態度を示して
貰って、『やっぱりどう見てもあなたは間違っているよ。でも頑張ればこの光景に来れるよ』って」


 叱責されながらも、救いの手を差し伸べて欲しい。

 壊れても何度も立ち上がる強さを。


「誰かにもたらして欲しい! そう思っているんですねリバースちゃん!」
「……感奮したのは分かったから静かにせい」
「は、はい……。難儀だけど……難儀だけど…………可哀想なコなのですねこの上なく」


 やや芝居がかった調子で(というか芝居そのものの『入り込んでいる』表情で)、クライマックスは両手を組む。胸の前、神
に祈るよう、2つの掌を合致させ。瞳は涙に濡れていた。


「ちなみにあやつの表稼業を知っておるか?」
「なんです? スナイパーとか?」
 いや。イオイソゴは肩を揺する。くっくと笑う。
「孤児院経営じゃよ。恵まれぬ環境にある者たちを養い、面倒を見ておる」
 口をあんぐり開けるコトでしか驚きを示せそうにない。クライマックスはそう思った。
「え? 孤児院? まさか自分で壊した家庭の子供さんとか預かってるとか?」
 いやいや、と老女は首を振った。
「交通事故の遺児とか捨て子とか、まあそういう感じの連中じゃよ。ちなみにホムンクルスにも信奉者にもしておらん。あく
まで普通に育て、普通に暮らしておる」
「ですよねー。流石に自分の壊した家庭の子供とか預かってったら、この上なくマッチポンプじゃないですか」
「ま、まっち……?」
 後ろ髪にかんざしある古風な少女が首をひねった。目をぱしぱしさせながら「まっち? まっち……?」と舌ッ足らずに連呼
しているところを見ると、どうも言葉の意味がよく分かっていないらしい。
「イオイソゴさん、もしかしてマッチポンプの意味が分からないんですか?」
 元教師らしい静かな質問に、少女の肩がびくりと震えた。


(あ、図星です。そういえばイソゴさん、横文字がてんで駄目でしたね)

 外来語を喋る時はいつも舌が回っていない。コードネームたる”リバース”とか”グレイズィング”も常にたどたどしい。
「おっ、おおお?? いや、知っておるよわしは。うん。まっちぽんぷじゃろ? とと当年とって555歳、知らぬ事などありは
せんよ」
「そ、そうですかァ~」
「う、うむ。あのでっかくてギザギザしとる奴じゃろ。な? な?」
 困った。どう反応すればいい。クライマックスは引き攣り笑みを浮かべた。同じ幹部とはいえ相手は遥かに古参。迂闊に
馬鹿にすれば文字通り首が飛ぶ。(あの青空でさえ戦わずして威圧した相手だ)。困っていると、その動揺が伝播したの
だろう。黒ブレザーの上から必死な声が漏れ始めた。子猫が必死に威嚇しているような、柔らかい声が。
「知っとる! 知っとるよ! ただちぃっとばかし物覚えが悪いゆえスッと出て来んかっただけで……! ええと! ええと!!」
 良く見ると大きな瞳がその淵に涙さえ湛えている。「長生きしているのにこんなコトも分からないんですか?」と馬鹿にされる
のが嫌なのだろう。意地を張っているのだろう。でもどうしても分からないから困り果てているらしい。気づけば彼女、クライ
マックスの安物の服をつまんで「ままままっちぽんというのはじゃなあっ」としゃくり上げ始めている。
(ああ、これも中身がお婆さんだからこの上なく仕方ない事なのです。蛍光灯の紐に洗ってないストッキングぶら下げて不精
しますし、部屋に遊びに行くと「もうちょっとおってくれ、もうちょっとおってくれ」とお小遣いくれたりしますから……)

 とりあえず5分ほど揉めて、説明完了。

「で、どう決着したんですか? リバースちゃんの件」
「う、うっさい。毛唐どもの作った文字分からんからって馬鹿にするでないわ。そんな奴には教えん。教えんわ…………。奴が
子供ら養うために働きづめで、研究班の仕事もあるせーで1日2時間しか寝とらんとか絶対にいわんからな」
「言ってるじゃないですか」
「もう言わん。言わんもん」
 泣きはらした目が「ぐずっ」という音とともに揺らめく。ああ拗ねてる。余談だがイオイソゴはフェレットとマンゴーの調整体で
だから体液は常に芳しく匂い立つ。柑橘農家にいるような甘ったるい匂いの中、しかしクライマックスは困り果てた。

(拗ねないでくださいよぉ! この上なくリアクションに困ります!)

「どうしてもっていうならわしの頭撫でい」
 ぷいと顔を背けたイオイソゴだが、横向きの済んだ瞳は何かを期待するようにちらちら見てきてもいる。目が合うたびフン
と鼻を鳴らして顔を背けて、5秒も経てばまた恐る恐るという感じで目をやってくる。
「い、今ならたーくさん撫でさせてやらん事も……ない、ぞ? ど、どうじゃ?」
(どうじゃと言われましてもーーーーーーーーー!!)
 なんで自分の年齢の20倍生きてる年上の老婆を撫でねばならんのか。腐ってはいるがロリコンではない──厳密にい
えば可愛ければ何でも良しで、たまにそーいう系統の薄い本だって買う。けれど元女教師という肩書はときにそういう行動、
義務教育中の青い果実を求める心をひどく悔やませる。だから意図的に『催さないよう』、心がけている──クライマックス
はほとほと困り果てた。さっき背中を叩きはしたがアレは教師としての慰め、使命感みたいなもの……現にいまのような
”甘え”を認めるやすぐ引いたクライマックスなのだ。
「くううううぅぅう! この優柔不断! あほうっ! かいしょなしのトンチキ!」
(トンチキ!? きょうびトンチキってあなた!?)
 とうとうイオイソゴの方が折れた。彼女はクライマックスの胸に飛び込むなりポニーテールを左右にフリフリと動かした。
「撫でるのじゃっ! わしは撫でて欲しいのじゃ! 撫で撫でしろじゃ!」
(老獪で狡猾なクセに甘えん坊……!? この上なくアクが強いのはあなたも同じじゃないですかあっ!)
 遂にぴょんぴょん跳ね出した老婆には辟易する思いだ。

 さらに1分後。
 そこにはキリっとした表情のイオイソゴが。

「奴の妹については「わしが追跡調査したがどうも死亡したらしい」という辺りで手を打つよ。離反したかつての月に遭遇し
て斃された……そんな匂いを報告書に紛れ込ませておけばどうとでもなろう。仮にウソがばれたとて汚名を被るのはわし
自身。それなら何とかなろう」
「それはもう調整役としてこの上なくいろんな人に恩を売ってますからっ! 大丈夫デス! 私も弁護しますよ!」
「あーはいはいありがたやありがたや」
 気の抜けた声で適当に相槌を打つイオイソゴに対し……「あれ?」。クライマックス、顎に手を当てる。
「離反したかつての月って誰なのでしょーか? 今の月はデッドさん。目がこわーい人ですよね? よね?」
「総角主税……『今は』そう名乗っておる男じゃよ。9年前出奔して以来、わしらに何かと仇を成しておる。奴なら玉城光も
斃せよう。またそう喧伝しても違和感はなかろう。特に邂逅した事のある『火星』『月』『金星』辺りは確実に信じる」
 そうですかァー。軽い調子ではうはうと目を輝かすクライマックスはすっかり野次馬根性丸出しである。それも仕方ない。
入ってまだ1年と経たぬから、見聞きするコト総てが新鮮なのだろう。イオイソゴはそう思った。
「ちなみにデスね。さっきは落とし前つける形で武器捨ててましたけど……」
「?? なんの話じゃ?」
「もしリバースちゃんが本気で掛かってきていたら勝てましたかっ!?」
 ああ、アレか。イオイソゴは目を細めた。と同時にその手めがけ何かが飛んできた。
「見い」
 言われるがまま覗きこんだクライマックスは首をひねった。手にあるのは耆著。イオイソゴの武装錬金だ。それ自体が掌
にあるのは別段不思議なコトではないが……ただ、どこから飛んできたかは不可解だった。
「りばーすの肩」
「ふぇ?」
「最初ココに来た時な。わしは奴に抱きついた」

──「じーぐぶりーかー! 死ねええええええええええ!!」
──「はいはい」
── 飛びこむなり腰に抱きついてきた少女を青空は慣れた手つきで撫でた。すると彼女は大きな双眸をきらきらと輝かせなが
──ら「いーやーじゃ! もっと撫でるのじゃ! もっと撫でるのじゃ!」と肩を揺すって懇願してきた。

「その時、腰にこいつを打ち込んでおいた。そしてさりげなく、奴が気付かぬほどさりげなく周囲の肉を溶かし、緩やかに蠕
動させながら肩へと。すぐにでも首を狙える辺りに移動させておいた」
「……まさか。わざわざ話して時間を稼いでいたのも」
 この老婆と話している時は驚きばかりが飛び出てくる。クライマックスはつくづくそう思った。
「そのまさかじゃよ」
 イオイソゴはにゅっと笑みを浮かべた。零れる歯はとても白い。
「もし奴が本気の殺意を見せたのなら、即刻この耆著を頸椎に捻じ込みあらゆる神経伝達を遮断。引き金を引けなくして
やるつもりじゃった。……如何に強力な武装錬金といえど、操作ができねば無力じゃからな」
「あー。凶弾を発射するには引き金引かないと無理ですよね……。でも……」
「でも?」
 冴えないアラサーは詰め寄る。憤懣やる瀬ないという様子で手を広げ。
「さっきいちいち上げた4つの破り方は何なんですよお! アレ以外にも破り方あったじゃないですか!」
「実力伯仲の相手に手の内総てを晒すわけないじゃろ? あれらは全て事実じゃが、事実ゆえに囮じゃよ。何も相手の土俵
に乗ってまで勝つ必要はない」
(つまりもう最初から勝っていたようなものだと。この人……汚いです。この上なく)
 ひひっと引き攣り笑いを浮かべるイオイソゴにはそれ以外の形容が見当たらなかった。
「ま、でも殺しはせんよ。奴は義妹に対する格好の”かーど”たりうるからの。あれほど強い玉城光とて、まだ10年と生きて
おらぬただの少女。もし戦団や総角主税どもに悪用されたとて、肉親の情で攻められれば必ず揺らぐ。ゆえに何があろう
とりばーすは殺さんよ」
「逆らってきた場合、(青空の)お父さんとお義母さんはどうしました?」
「じゅらり」
 イオイソゴの口から途方もない量の唾液が噴き出した。それは生理反応だったらしく、彼女は慌てて袖口で口を拭いたく
り始めた。
「う、うむ。まあ、何もせんよ。本当。仲間の家族を食べるとかは……良くない。道義に反する」
(食べるつもりでしたか……うぅ。この上なく腹ぺこお婆さんです)
「いや、食べんよ? 蘇生以降10年もの歳月を投じ、わしの部下兼疑似家族として鍛え上げたのじゃ。それを喰うなどと
いうのは費用対効果の面から考えて好ましくない」
 もったいつけた様子の口から唾液はまだまだ溢れてくる。涎がはしたなく唇を伝うのをため息交じりにクライマックスは
見た。
「10年? あれからまだ数か月しか経ってないような……あ。そういうコト?」
「そう。うぃる坊の武装錬金じゃよ。確かに『こっちでは』、数か月しか経っておらんが、わしらは10年の歳月を共にした」
「さすが時空関連ではこの上なく並ぶものなしな武装錬金です」


「そもそも」


「300年後から来たんですよねー。ウィルさん」


「後はまあ、こっちでわしの趣味に1年ばかり付き合って貰う予定じゃ。それが済んだら娘たちの元に返す。それが約束じゃ」
「え? ホムンクルスにはしないんですか? 食べたりとかは」
「せんよ。りばーす的には彼らを義妹の元に返したい筈じゃ。ならそれを手助けするのが仲間というものじゃろう」
(悪の組織の人に仲間とかいわれても説得力ないような……)
 心を読んだのか。いやいや、と首振るイオイソゴ。
「目的が悪行であろうと組織運営それ自体まで悪であってはならんよ。わしらの成すべき悪はあくまで錬金術の本意に沿った
ものであり、それがゆえ達成させねば意味がない。盟主様はすでに100年待っておるしの」
「だから……仲間は大事にする、と?」
「おうよ。とりあえず青空の両親めには軽く整形してもらっておる。娘探しでテレビに出た以上、顔は広く知られておるからの。
後はわしの疑似家族を演じてくれればよい」
「どこで暮らすんですか?」
「場所はいまから決める。まあ一か所につき3か月ぐらいの滞在かの。あまり長くおれば戦士に気付かれる恐れがある」
「あ。じゃあ1年で4か所行くんですね」
「で、じゃな。4か所目の隣には若くてカッコいい男子高校生がおるんじゃぞ! 男子高校生! 男子高校生! こらもうヌシ
の単語でいえば萌えじゃよ!」
 よっぽどそこへ行くのが楽しみらしい。両目を対抗する不等号の形に細めながらイオイソゴは「きゃー!」という歓声さえ
上げた。赤い両頬に手を当てているところなど正に乙女の一言で、クライマックスは「うーん……」と汗を流した。
「苗字はヒミツ! 盗られたら嫌じゃもん! ……む。はしゃぎすぎかのわし。落ち着こう。行くのはまあ最後じゃ。おいしい
物は最後に喰うべきじゃ。あ、いや、喰いはせんが、最後にとっとくのが一番楽しいじゃろ。な? な?」
「いや、イオイソゴさんが「喰う」とかいうと洒落になりませんってば。で、他にはどんな目的が?」
 暗い微笑が広がった。
「チワワ探しじゃよ。9年前に喰い損ねたチワワを……」


「鳩尾無銘を」


「わしはずっと探しておる。逃した魚ほど旨く見えるからの……


 その後、イオイソゴがどこで何をしていたか……クライマックスは「しばらく」知らなかった。