イグナッツとプリマヴェラ、そしてまだ意識が戻らずイグナッツに抱えら
れたメディスン。三人がホテルの外に出ると、一台の自動浮遊カーが止まっ
ていた。中層の世界的大手自動車メーカーが作った最新式の浮遊カーだ。そ
れを見てイグナッツは口笛を吹いた。さすがはマダム・マルチアーノだ。迎
えの車はこちらで用意するとの話だったが、これほど豪華な出迎えが来ると
は。
れたメディスン。三人がホテルの外に出ると、一台の自動浮遊カーが止まっ
ていた。中層の世界的大手自動車メーカーが作った最新式の浮遊カーだ。そ
れを見てイグナッツは口笛を吹いた。さすがはマダム・マルチアーノだ。迎
えの車はこちらで用意するとの話だったが、これほど豪華な出迎えが来ると
は。
その車は中層の富裕層が使うものだった。自分達のような人間には一生縁
のない人間たちが乗り回す車だ。腐るほど金を持ったセレブたち。浪費する
特権を生まれながらにして許された人間たち。
のない人間たちが乗り回す車だ。腐るほど金を持ったセレブたち。浪費する
特権を生まれながらにして許された人間たち。
貧民層が多い下層の住人では、たとえ一生かけてもこの車を買うことはで
きないだろう。それ故にイグナッツは、車上荒らしにあっていないか心配し
た。こんなところに無造作に置いておくのは如何にもまずい。だがそこはさ
すがはマルチアーノ、対策は完璧だった。
きないだろう。それ故にイグナッツは、車上荒らしにあっていないか心配し
た。こんなところに無造作に置いておくのは如何にもまずい。だがそこはさ
すがはマルチアーノ、対策は完璧だった。
浮遊カーの電子ロックには、幾重にも厳重なプロテクトがかけられていた。
中層の大企業の情報蓄積機関(インフォメーション・エンジン)に易々と侵入
できる腕利きのハッカーですら手間取るレベルのプロテクトだ。時間をかけ
れば十分に解除できる代物だったが、車上荒らし程度でそんな労力を払う人
間はいない。もちろんふたりはハッカーではないし、さらに、マダムから解
除パスワードを知らされていなかった。
中層の大企業の情報蓄積機関(インフォメーション・エンジン)に易々と侵入
できる腕利きのハッカーですら手間取るレベルのプロテクトだ。時間をかけ
れば十分に解除できる代物だったが、車上荒らし程度でそんな労力を払う人
間はいない。もちろんふたりはハッカーではないし、さらに、マダムから解
除パスワードを知らされていなかった。
だが問題はない。何故ならばプリマヴェラがここにいるからだ。
彼女はドールだ。彼女には量子の魔法がある。
彼女はドールだ。彼女には量子の魔法がある。
「Open sesame!」
プリマヴェラの嬉々とした声と共に、ロックの解除を示す電子音が響き、
呆気なくドアが開かれた。
呆気なくドアが開かれた。
量子の魔法。それは、リリム=デッドガールのみに許された、世界を侵蝕
する禁じられた遊び。その魔法はどんな高度な電子プロテクトも狂わせる。
する禁じられた遊び。その魔法はどんな高度な電子プロテクトも狂わせる。
この場所、このときを限定すれば、プリマヴェラ以外に浮遊カーのドアを
開けることのできるものはいない。そういう意味で、マダム・マルチアーノ
の采配は見事と言えるだろう。世界中で迫害されているドールを保護し、そ
の性質を知り抜いている彼女ならではだ。
開けることのできるものはいない。そういう意味で、マダム・マルチアーノ
の采配は見事と言えるだろう。世界中で迫害されているドールを保護し、そ
の性質を知り抜いている彼女ならではだ。
もっとも例外も存在する。電子攪拌(スナーク)という異能の使い手ならば
話は別だ。一流の電子攪拌の使い手は、次元違いのプロテクトがかけられた
都市行政の管理下にある交通管制システムや公安局の各種呪文編纂機関にさ
え干渉できるという。
話は別だ。一流の電子攪拌の使い手は、次元違いのプロテクトがかけられた
都市行政の管理下にある交通管制システムや公安局の各種呪文編纂機関にさ
え干渉できるという。
だが電子攪拌の使い手はあまりに少ない。最近都市で名を上げてきた金色
のネズミを相棒(バディ)にしている事件屋(ランナー)が、その電子攪拌の使
い手らしいが、彼女の活動場所はもっぱら中層であるという。
のネズミを相棒(バディ)にしている事件屋(ランナー)が、その電子攪拌の使
い手らしいが、彼女の活動場所はもっぱら中層であるという。
イグナッツは後部座席にメディスンを寝かせ、自身は運転手席へと乗り込
もうとする。正規の運転免許は取得していないが、車の運転は得意だ。異形
都市に来る前に住んでいたバンコクでは、プリマヴェラとふたりで、敵対組
織の凶手と熾烈なカーチェイスを繰り広げたことがある。
もうとする。正規の運転免許は取得していないが、車の運転は得意だ。異形
都市に来る前に住んでいたバンコクでは、プリマヴェラとふたりで、敵対組
織の凶手と熾烈なカーチェイスを繰り広げたことがある。
だが今は、イグナッツは運転する気分ではなかった。そしてそれはプリマ
ヴェラも同じだった。
ヴェラも同じだった。
「運転は機械にまかせましょ?」
そう言ってプリマヴェラは左手を伸ばした。再び、量子の魔法。電子機関
の塊たる浮遊カーの中枢部に干渉する。起動を示すシグナルが点灯、行き先
をオールドタウンに再設定。後のことはすべて機械がやってくれる。
の塊たる浮遊カーの中枢部に干渉する。起動を示すシグナルが点灯、行き先
をオールドタウンに再設定。後のことはすべて機械がやってくれる。
「疲れたわ」
後部座席に背を預けたプリマヴェラが大きく息をついた。彼女に次いで車
内に入ったイグナッツがドアを閉めるのと同時に、自動浮遊カーが走り出す。
内に入ったイグナッツがドアを閉めるのと同時に、自動浮遊カーが走り出す。
「そのわりに満足そうな顔してるじゃないか」
「まあね。久々の仕事だったもの。吸血人形(デッドガール)の面目躍如とい
ったところよ。でも今日は、血を味わうことができなかったわ」
ったところよ。でも今日は、血を味わうことができなかったわ」
「できなかったんじゃなく、したくなかったんだろう?」
「わかってるじゃないの、イギー。血は甘いしおいしいから好きだけど、汚
い血は飲みたくないもの」
い血は飲みたくないもの」
プリマヴェラの手がイグナッツの首筋に伸びる。冷ややかな指先が触れる。
人間が持つ体温ではない。陶器のように熱がない。こういうとき、彼女は人
間ではなくドールであると思い知らされる。
人間が持つ体温ではない。陶器のように熱がない。こういうとき、彼女は人
間ではなくドールであると思い知らされる。
「あいつ臭かったわ。酒と煙草の酷い匂い。きっとどろどろの血が流れてい
たはずよ。そんな血なんて、一滴も飲みたくない。でもねイギー、わたし、
昂ぶっちゃって仕方がないの。久しぶりに殺しをしたせいね。血が飲みたく
て仕方がないの。ねえ、イギー。いいでしょ?」
たはずよ。そんな血なんて、一滴も飲みたくない。でもねイギー、わたし、
昂ぶっちゃって仕方がないの。久しぶりに殺しをしたせいね。血が飲みたく
て仕方がないの。ねえ、イギー。いいでしょ?」
熱に浮かされたような表情で、プリマヴェラはイギーの服を脱がしていく。
陶器の指がシャツのボタンを外していく。不健康そうな白い肌があらわにな
る。プリマヴェラの指がイグナッツの首筋をなぞる。
陶器の指がシャツのボタンを外していく。不健康そうな白い肌があらわにな
る。プリマヴェラの指がイグナッツの首筋をなぞる。
「せめてオールドタウンについてからにしなよ」
「論外よ、イギー。偽善者みたいなこと言わないで。あなただって吸われた
いくせに。ドールの蠱惑(アルーア)に溺れたいくせに。ねえ、ドールジャン
キーのイギー……」
いくせに。ドールの蠱惑(アルーア)に溺れたいくせに。ねえ、ドールジャン
キーのイギー……」
「ん……」
重なるふたつのくちびる。それは、青春時代に少年と少女が交わす、可愛
らしいくちづけではなかった。互いに求め奪い合う、獣のまぐわいだ。
らしいくちづけではなかった。互いに求め奪い合う、獣のまぐわいだ。
プリマヴェラの舌がイグナッツの口内を蹂躙する。鋭く伸びた犬歯が口腔
を傷つける。広がる血の味。その甘美なる味わいに、プリマヴェラの動きが
いっそう激しくなる。イグナッツは己の脳髄がぼんやりと痺れていくのを認
識した。痛みによってではない。プリマヴェラがもたらす途方もない快楽に、
脳髄がゆっくりと溶かされていくのだ。
を傷つける。広がる血の味。その甘美なる味わいに、プリマヴェラの動きが
いっそう激しくなる。イグナッツは己の脳髄がぼんやりと痺れていくのを認
識した。痛みによってではない。プリマヴェラがもたらす途方もない快楽に、
脳髄がゆっくりと溶かされていくのだ。
苦痛と快楽。それこそ、ドールがヒューマンボーイに与える蠱惑(アルー
ア)だった。この快楽に永劫たゆたっていたい。それは紛れもないイグナッ
ツの本心であったが、いまはさすがにわきまえるべきだ。だからイグナッツ
はプリマヴェラのことを押しのけた。
ア)だった。この快楽に永劫たゆたっていたい。それは紛れもないイグナッ
ツの本心であったが、いまはさすがにわきまえるべきだ。だからイグナッツ
はプリマヴェラのことを押しのけた。
「そこまで。メディが目を醒ましたらどうするんだ」
ちらりと横に視線を流す。
奪還してきたアンティークドールは、まだ眠りに堕ちていた。
奪還してきたアンティークドールは、まだ眠りに堕ちていた。
「いいじゃない、別に。みせつけてやればいいのよ」
それがどうした、といわんばかりにプリマヴェラは眉を寄せる。
「そういうわけにもいかないよ。マダムからぼくらに与えられた仕事は暗
殺だけじゃない。メディの教育も入っているからね。彼女にはちょっと刺激
が強すぎる」
殺だけじゃない。メディの教育も入っているからね。彼女にはちょっと刺激
が強すぎる」
「あなたはどんどん偽善者になっていくわね」
そう言ってプリマヴェラはそっぽを向いた。防弾処理がなされた窓の外に
視線を向ける。どうやら彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。
視線を向ける。どうやら彼女の機嫌を損ねてしまったらしい。
「ごめんねプリマヴェラ。けどこの埋め合わせはきっとするよ。きみが欲し
がってた新しいコートだって買ってあげるから」
がってた新しいコートだって買ってあげるから」
「いらない。買い物ならメグたちといっしょに行くわ」
メグというのはオールドタウンに住むリリムのことだ。彼女はアメリカ出
身で、自分と同じくリリムに変異した妹スーザン・トリンダーとともに、ドー
ル迫害――親戚からの苛烈な虐待から逃れ、この異形都市に移住してきた。
身で、自分と同じくリリムに変異した妹スーザン・トリンダーとともに、ドー
ル迫害――親戚からの苛烈な虐待から逃れ、この異形都市に移住してきた。
そのような経歴をもつ少女(ドール)は珍しくない。オールドタウンの一画
に建てられたお城でずっと誰とも会わず暮らしている姉妹人形、メアリ・キ
ャサリン・ブラックウッドとコンスタンス・ブラックウッドもまた、ドール
迫害の狂騒にあてられた人間たちから逃亡してきた少女(ドール)たちだ。
に建てられたお城でずっと誰とも会わず暮らしている姉妹人形、メアリ・キ
ャサリン・ブラックウッドとコンスタンス・ブラックウッドもまた、ドール
迫害の狂騒にあてられた人間たちから逃亡してきた少女(ドール)たちだ。
プリマヴェラは、同じような過去――リリムに変異し、家族や知人の迫害
から逃れてきた少女(ドール)たちと、とても仲良しになった。まるで普通の
人間の女の子のように仲良しになった。向日葵のように明るいメグやスーザ
ンとはよく無限雑踏街にあるファッション・ショップに足を運ぶし、決して
他人を家の中にいれないブラックウッド姉妹とも、扉越しにではあるが楽し
くおしゃべりをしたりする。
から逃れてきた少女(ドール)たちと、とても仲良しになった。まるで普通の
人間の女の子のように仲良しになった。向日葵のように明るいメグやスーザ
ンとはよく無限雑踏街にあるファッション・ショップに足を運ぶし、決して
他人を家の中にいれないブラックウッド姉妹とも、扉越しにではあるが楽し
くおしゃべりをしたりする。
そんなプリマヴェラを見てイグナッツは、まるで時間が巻き戻ったようだ、
と思った。自分たちがまだ普通の少年と少女でいられた時代、いまはもう永
遠に失われてしまった、黄金に輝く青春時代のことを思い出した。
と思った。自分たちがまだ普通の少年と少女でいられた時代、いまはもう永
遠に失われてしまった、黄金に輝く青春時代のことを思い出した。
あの頃のことはあまり思い出したくはない。
だがいまのプリマヴェラを見ていると、ただの少年と少女であった頃の自
分たちをどうしても思い出してしまう。
だがいまのプリマヴェラを見ていると、ただの少年と少女であった頃の自
分たちをどうしても思い出してしまう。
プリマヴェラがリリムに変異しなかったなら、彼女はおそらくああいう風
に笑えていたはずだ。彼女は幸せに、人間として死ねたはずだ。
ふたりで互いに手を取り合い、魔界都市と化したロンドンから長い長い旅
に出て、生きるためとはいえ、そしてプリマヴェラのプログラムが人間の血
を欲していたからといって、彼女に人殺しの仕事をさせて、その手を血で汚
させることもなかった。
に笑えていたはずだ。彼女は幸せに、人間として死ねたはずだ。
ふたりで互いに手を取り合い、魔界都市と化したロンドンから長い長い旅
に出て、生きるためとはいえ、そしてプリマヴェラのプログラムが人間の血
を欲していたからといって、彼女に人殺しの仕事をさせて、その手を血で汚
させることもなかった。
自分たちは普通の少年と少女ではなくなった。
自分たちは堕ちるところまで堕ちてしまった。
けれど――
自分たちは堕ちるところまで堕ちてしまった。
けれど――
「おかしなイギー。ひとりで笑って、気持ち悪い」
「……笑っていた?」
「ええ。なにか楽しいことでもあったの?」
「……いや、どうかな」
イグナッツは曖昧に言う。
自分の人生はろくなことがなかった。奔放すぎる彼女に振り回されてばか
りで命がいくらあっても足りない。だが彼女とともに生きていくと決めた。
愛する彼女とともに。たとえ地獄の底に堕ちるのだとしても、かつて彼女が
言ったように、死ぬまでふたりはいっしょに生きる。……運命が〝本当に〟自
分たちに追いつくまでは。
自分の人生はろくなことがなかった。奔放すぎる彼女に振り回されてばか
りで命がいくらあっても足りない。だが彼女とともに生きていくと決めた。
愛する彼女とともに。たとえ地獄の底に堕ちるのだとしても、かつて彼女が
言ったように、死ぬまでふたりはいっしょに生きる。……運命が〝本当に〟自
分たちに追いつくまでは。
ただ最近、その事情もいささか変わり始めているのだが――
「う……んん……」
イグナッツの傍らで声がした。
眠っていたメディスンの瞼が、ゆっくりと上がっていく。
眠っていたメディスンの瞼が、ゆっくりと上がっていく。
「……イギー……?」
不安げに揺れる澄んだ蒼色の瞳。それは、恐るべき《復活》の日を境に世
界から永遠に失われた美しきもの――太陽輝く青空の色だった。
意識を取り戻したメディスンはぎゅっとイグナッツの服の袖を掴む。
界から永遠に失われた美しきもの――太陽輝く青空の色だった。
意識を取り戻したメディスンはぎゅっとイグナッツの服の袖を掴む。
「……ここ、どこ……? あたし、誰かにさらわれて……」
「心配いらないよ、メディ。怖くて悪い大人(ヒューマンボーイ)はもういな
いから。いまはオールドタウンに向かってるところさ」
いから。いまはオールドタウンに向かってるところさ」
そう言ってイグナッツはメディスンの頭を撫でた。
いまもまだ僅かに身体を震わせている彼女を安心させるように。
いまもまだ僅かに身体を震わせている彼女を安心させるように。
「……うん」
まだ薬が効いているのか、メディスンは眠たそうに眼を擦った。よほど強
い薬物を打たれたのだろう。ただの薬物で彼女がこれほど疲労するのはあり
えない。そこらの薬物よりよほど、彼女の陶器の身体は毒性が強いからだ。
い薬物を打たれたのだろう。ただの薬物で彼女がこれほど疲労するのはあり
えない。そこらの薬物よりよほど、彼女の陶器の身体は毒性が強いからだ。
彼女は時計技師(ドールマイスター)の手で一から造られた自動機械人形で
もなければ、人間の少女が変異したリリムでもなかった。
彼女はアンティークドール、鈴蘭畑に棄てられた愛玩人形が意思を持ち動
き出した、完全自律人形。それだけなら珍しくはなかった。《復活》の日を
境にこの世界はあらゆる御伽噺で満ちた。自由意志を持つに至った器物――
妖怪〝付喪神〟はこの異形都市に腐るほどいる。珍しいのは彼女の力だ。
もなければ、人間の少女が変異したリリムでもなかった。
彼女はアンティークドール、鈴蘭畑に棄てられた愛玩人形が意思を持ち動
き出した、完全自律人形。それだけなら珍しくはなかった。《復活》の日を
境にこの世界はあらゆる御伽噺で満ちた。自由意志を持つに至った器物――
妖怪〝付喪神〟はこの異形都市に腐るほどいる。珍しいのは彼女の力だ。
それは『毒を操る程度の能力』という脅威にして稀有なる力。鈴蘭畑に棄
てられ、まだ動くことができなかった愛玩人形時代のメディスンが、可憐な
花に宿る毒を吸って成長した末に得た力。有機物無機物問わずあらゆるもの
を溶解させる恐るべき力だ。
てられ、まだ動くことができなかった愛玩人形時代のメディスンが、可憐な
花に宿る毒を吸って成長した末に得た力。有機物無機物問わずあらゆるもの
を溶解させる恐るべき力だ。
人間の意識を失わせる程度の薬物など、逆に彼女の活力になってしまうだ
ろう。だから彼女の意識を奪った薬物は、よほどの劇薬か、彼女専用に調合
された新薬だったのか。その真偽はもう確かめることは出来なくなってしま
ったが――
ろう。だから彼女の意識を奪った薬物は、よほどの劇薬か、彼女専用に調合
された新薬だったのか。その真偽はもう確かめることは出来なくなってしま
ったが――
誘拐犯はプリマヴェラの手にかかって死に、こうしてメディスンを奪還す
ることができた。彼女を誘拐したあの男が単独犯だったのか、それとも彼に
命じた組織がいるのか、まだまだ謎は残っているが、とりあえずはメディス
ンに危機が及ぶことはない。
ることができた。彼女を誘拐したあの男が単独犯だったのか、それとも彼に
命じた組織がいるのか、まだまだ謎は残っているが、とりあえずはメディス
ンに危機が及ぶことはない。
もし誘拐犯に仲間がいて、まだメディスンのことを諦めていないのだとし
ても、マダム・マルチアーノ直属の殺人人形部隊《12姉妹》が報復に動き
だすだろう。彼女たちに命を狙われて生き残れる人間はいない。
ても、マダム・マルチアーノ直属の殺人人形部隊《12姉妹》が報復に動き
だすだろう。彼女たちに命を狙われて生き残れる人間はいない。
つまりはとりあえず安心してもいい状況だということだ。
少なくともメディスンが思い煩う必要はない。
とはいえ、まだ彼女の状態は万全とは言いがたい。オールドタウンに着く
までまだ時間はある。だからイグナッツはもう少し休んだ方がいいと言った。
少なくともメディスンが思い煩う必要はない。
とはいえ、まだ彼女の状態は万全とは言いがたい。オールドタウンに着く
までまだ時間はある。だからイグナッツはもう少し休んだ方がいいと言った。
メディスンは頷きを返す。その瞼が再び閉じられて……。
「そんなことよりも」
だがそうは問屋がおろさなかった。
「あんた、わたしたちに言うことがあるでしょ?」
プリマヴェラだ。メディスンの顎を掴み、翡翠色の瞳で睨みつける。
「〝ごめんなさい〟と〝ありがとうございました〟よ、悪い子。あんたがお
いたをしたせいでわたしたち、重労働する羽目になったんだから。まったく、
よりによってヒューマンボーイについていっちゃうなんて。時計ウサギに誘
われて井戸の底におっこちたアリスの方がよほど分別があるわ」
いたをしたせいでわたしたち、重労働する羽目になったんだから。まったく、
よりによってヒューマンボーイについていっちゃうなんて。時計ウサギに誘
われて井戸の底におっこちたアリスの方がよほど分別があるわ」
「…………」
「ねえ、黙ってないでなんとか言ったらどうなの? わたしたちが助けなか
ったら、あんた、いまごろドールジャンキーに売り飛ばされていたところよ。
もしそうなってたら、どんなひどいことされたでしょうねえ。あいつらどい
つもこいつも変態だから、あんたもしかしたら、達磨にされてたかもしれな
いわよ。達磨だって、ドールの一種だしね」
ったら、あんた、いまごろドールジャンキーに売り飛ばされていたところよ。
もしそうなってたら、どんなひどいことされたでしょうねえ。あいつらどい
つもこいつも変態だから、あんたもしかしたら、達磨にされてたかもしれな
いわよ。達磨だって、ドールの一種だしね」
「…………」
「プリマヴェラ、やめなよ。彼女はいま疲れて――」
「イギーは黙ってて。しつけはちゃんとしないと。でないと悪い子はすぐに
つけあがるんだから」
つけあがるんだから」
「……きみにだけは言われたくない台詞だね」
「なにか言った?」
「いや、なんでもないよ」
じろりとこちらを睨むプリマヴェラの視線を受け流し、傍らのメディスン
をちらりと見る。プリマヴェラの挑発的な台詞に、メディスンの表情がどん
どん険しくなっていく。まずい――とイグナッツは思った。
をちらりと見る。プリマヴェラの挑発的な台詞に、メディスンの表情がどん
どん険しくなっていく。まずい――とイグナッツは思った。
このふたりは仲が悪い。非常に悪い。ことあるごとに対立し、口汚く罵り
あう。いや、プリマヴェラだけではない。メディスンは、他のオールドタウ
ンの住人と友好な人間関係を築いているとは、とても言いがたかった。
あう。いや、プリマヴェラだけではない。メディスンは、他のオールドタウ
ンの住人と友好な人間関係を築いているとは、とても言いがたかった。
メディスンはいつもひとりだった。オールドタウンにたくさんいる仲間(
ドール)の輪に決して入ろうとしなかった。いつも一歩引いたところからそ
の様子を眺めていた。
ドール)の輪に決して入ろうとしなかった。いつも一歩引いたところからそ
の様子を眺めていた。
ひとりで寂しそうにしている彼女を見かねて、一度メグとスーザンが遊び
に誘ったことがあったのだが、そのときメディスンは、差し伸べられたふた
りの手を冷たく払い、口汚い罵倒を浴びせた。まだメグはメディスンと仲良
くなるのを諦めてはいないようだが、それは難しいだろうと、イグナッツは
思う。
に誘ったことがあったのだが、そのときメディスンは、差し伸べられたふた
りの手を冷たく払い、口汚い罵倒を浴びせた。まだメグはメディスンと仲良
くなるのを諦めてはいないようだが、それは難しいだろうと、イグナッツは
思う。
オールドタウンのドールは、誰も彼もが心に傷を抱えている。
メディスンもそうだ。彼女は大切なものを失った。
それは故郷。かつてこの世界にあった、〝幻想郷〟と呼ばれる数多の御伽
噺が集う夢まぼろしの地。
メディスンもそうだ。彼女は大切なものを失った。
それは故郷。かつてこの世界にあった、〝幻想郷〟と呼ばれる数多の御伽
噺が集う夢まぼろしの地。
世界から忘却されたものたち――妖怪、妖精、神など御伽噺の住人たちの
最後の理想郷として存在していた幻想郷は、突如として終焉を迎えた。朝を
迎え儚く消える夢のように、水面に浮かんで弾ける泡沫のように、呆気なく。
最後の理想郷として存在していた幻想郷は、突如として終焉を迎えた。朝を
迎え儚く消える夢のように、水面に浮かんで弾ける泡沫のように、呆気なく。
滅亡の寸前、メディスンはいつものように自分の生まれた場所である鈴蘭
畑にいた。今日は何をして過ごそうとか、誰と会おうとか、そういうことを
考えながら。そのときのメディスンは、これまでと同じく、この穏やかで楽
しい毎日がずっとずっと続いていくのだろうと思っていた。そう信じていた。
疑うことすらしなかった。
畑にいた。今日は何をして過ごそうとか、誰と会おうとか、そういうことを
考えながら。そのときのメディスンは、これまでと同じく、この穏やかで楽
しい毎日がずっとずっと続いていくのだろうと思っていた。そう信じていた。
疑うことすらしなかった。
滅亡のときのことは、あまり憶えていないのだという。憶えているのは、
硝子が割れるような音が幻想郷に響いたこと、空に亀裂が走ったこと、周囲
の景色が霞のように消えていったこと。
硝子が割れるような音が幻想郷に響いたこと、空に亀裂が走ったこと、周囲
の景色が霞のように消えていったこと。
そして声が聞こえたこと。それはふたりの少女の声だった。メディスンは
その声に聞き覚えがなかった。少なくとも、自分の友人知人のものではなか
った。ただその一方の声は、あの境界の妖怪――八雲紫の声に似ていた。
とても幼く、まるで人間のような声だったけれど――メディスンにはそれ
が、八雲紫が上げた悲鳴のように聞こえたという。
その声に聞き覚えがなかった。少なくとも、自分の友人知人のものではなか
った。ただその一方の声は、あの境界の妖怪――八雲紫の声に似ていた。
とても幼く、まるで人間のような声だったけれど――メディスンにはそれ
が、八雲紫が上げた悲鳴のように聞こえたという。
そして意識を取り戻したとき、メディスンは知らない場所にひとりでいた。
其処は知識として知っていた場所だった。幻想郷で生まれた彼女がこれま
で目にしたことがなかったもの――すなわち、〝幻想郷の外の世界〟。
其処は知識として知っていた場所だった。幻想郷で生まれた彼女がこれま
で目にしたことがなかったもの――すなわち、〝幻想郷の外の世界〟。
妖怪としてはなり立ての赤ん坊に過ぎないメディスンにとって、幻想郷の
外の世界は地獄に映った。その頃の世界は、《復活》を始めとする魔導災害
によって混乱の極みにあった。凶悪な幻想生物の出現、ヨーロッパを滅亡さ
せた〈眷属邪神群〉との殲滅戦による致命的な呪波汚染、少ない物資を奪い
合う人間同士の醜い争い。
外の世界は地獄に映った。その頃の世界は、《復活》を始めとする魔導災害
によって混乱の極みにあった。凶悪な幻想生物の出現、ヨーロッパを滅亡さ
せた〈眷属邪神群〉との殲滅戦による致命的な呪波汚染、少ない物資を奪い
合う人間同士の醜い争い。
そして中世の黒死病の如く蔓延するドール禍。目の前の現実から眼を逸ら
して、己の尊厳を満たすために犠牲者を求めるヒューマンボーイたち。大地
に墓標のように立つ、串刺し(ツェパ)にされた哀れな少女(ドール)たち。
して、己の尊厳を満たすために犠牲者を求めるヒューマンボーイたち。大地
に墓標のように立つ、串刺し(ツェパ)にされた哀れな少女(ドール)たち。
人間の少女から変異したリリムではないものの、メディスンは危険なドー
ルだとして、幾度となく〈人間戦線〉の再殺部隊に狙われた。怖い大人(ヒ
ューマンボーイ)たちに幾度となく命を奪われかけた。
ルだとして、幾度となく〈人間戦線〉の再殺部隊に狙われた。怖い大人(ヒ
ューマンボーイ)たちに幾度となく命を奪われかけた。
……メディスンは泣きながらイグナッツに語った。人間がこれほど怖いも
のだとは知らなかったと。自分が知る人間はこうではなかったと。性格に少
し問題があったが、こんなにも怖ろしく、そして誰かを平気で殺そうとする
人間ではなかったと。
のだとは知らなかったと。自分が知る人間はこうではなかったと。性格に少
し問題があったが、こんなにも怖ろしく、そして誰かを平気で殺そうとする
人間ではなかったと。
そして心身ともにぼろぼろになりながら世界を放浪した末に、メディスン
は此処、異形都市〈ケイオス・ヘキサ〉にたどり着いたのだという。
は此処、異形都市〈ケイオス・ヘキサ〉にたどり着いたのだという。
メディスンにこれまでのことを聞き出すのには、とても時間がかかった。
もともと人見知りの性格に加えて、外の世界での経験した出来事によって、
彼女は完全に心を閉ざしていた。
もともと人見知りの性格に加えて、外の世界での経験した出来事によって、
彼女は完全に心を閉ざしていた。
だからだろう、オールドタウンのほかのドールと決して交わらず、神経過
敏に誰彼かまわず敵意を向け、いつもひとりでどこか遠くの景色を見るよう
にぼんやり毎日を過ごしているのは。
敏に誰彼かまわず敵意を向け、いつもひとりでどこか遠くの景色を見るよう
にぼんやり毎日を過ごしているのは。
だが本当のメディスンは、もっと笑顔が似合うドールだと、イグナッツは
思う。メディスンの教育係を任されて数ヶ月、イグナッツは地道な会話の積
み重ねを経て、ようやく彼女と信頼関係らしきものを築けることに成功した。
思う。メディスンの教育係を任されて数ヶ月、イグナッツは地道な会話の積
み重ねを経て、ようやく彼女と信頼関係らしきものを築けることに成功した。
イギーにだけは話してあげる、とメディスンは耳元で囁いた。仲良くなっ
た友達と秘密を共有する女の子のような声で。彼女が生まれ、彼女が日々を
過ごした場所でのことを語った。そのとき、イグナッツは思った。思い知っ
た。彼女は自分たちのような日陰者ではなく、もっと陽の当たる場所にいる
べき少女なのだと。
た友達と秘密を共有する女の子のような声で。彼女が生まれ、彼女が日々を
過ごした場所でのことを語った。そのとき、イグナッツは思った。思い知っ
た。彼女は自分たちのような日陰者ではなく、もっと陽の当たる場所にいる
べき少女なのだと。
幻想郷のことを語るメディスンの表情は晴れやかで。
幻想郷のことを誇るメディスンの笑顔は輝いていた。
イグナッツにとって、彼女の笑顔は目を背けたくなるほど眩しかった。
幻想郷のことを誇るメディスンの笑顔は輝いていた。
イグナッツにとって、彼女の笑顔は目を背けたくなるほど眩しかった。
自分たちとは違う。
自分たちとは違う。
こんな暗がりと閉塞感に満ちた都市で蠢き、虫けらのように死んでいくの
ではなく、一面の向日葵畑で無邪気に笑っている姿こそ、本当のメディスン
の姿なのだろう。
自分たちとは違う。
こんな暗がりと閉塞感に満ちた都市で蠢き、虫けらのように死んでいくの
ではなく、一面の向日葵畑で無邪気に笑っている姿こそ、本当のメディスン
の姿なのだろう。
だが幻想郷が存在していたころならそれでよかったのかもしれないが、い
まはそうはいかない。彼女が身をもって思い知ったように、この世界は優し
くはない。幻想郷がなくなったいま、彼女は過酷な世界を生きる術を学ぶ必
要がある。
まはそうはいかない。彼女が身をもって思い知ったように、この世界は優し
くはない。幻想郷がなくなったいま、彼女は過酷な世界を生きる術を学ぶ必
要がある。
そのことにはイグナッツも賛成するが、だからといって自分たちにその役
割が回ってくるとは思わなかった。マダム・マルチアーノから初めて話を聞
かされたときには、何かの間違いだとしか思えなかった。
割が回ってくるとは思わなかった。マダム・マルチアーノから初めて話を聞
かされたときには、何かの間違いだとしか思えなかった。
自分たちはまだ十代の子どもだ。それにまっとうな人生を歩んできたわけ
でもない。誰かに何かを教えることができるとは、とても思えない。
それに何より、プリマヴェラが先生役? ありえない。そういうプレイな
ら彼女は張り切って演じきるのだろうが、どちらかといえば彼女は教師に楯
突く問題児だ。
でもない。誰かに何かを教えることができるとは、とても思えない。
それに何より、プリマヴェラが先生役? ありえない。そういうプレイな
ら彼女は張り切って演じきるのだろうが、どちらかといえば彼女は教師に楯
突く問題児だ。
事実、実質的な教育係を果たしているのはイグナッツひとり。
プリマヴェラはもっぱら、メディスンと喧嘩ばかりしている。
プリマヴェラはもっぱら、メディスンと喧嘩ばかりしている。
そう、こんな風に――
「ほんっっっとうにむかつくクソガキね。なに、都合が悪かったらだんまり?
眼を閉じて、耳を塞いで、何も聞かず、何も言わず。自分の嫌いなものは全
部シャットアウト。それですむと思ってるの?」
眼を閉じて、耳を塞いで、何も聞かず、何も言わず。自分の嫌いなものは全
部シャットアウト。それですむと思ってるの?」
「……別に。あたし、助けてなんて頼んでない」
これまでずっと黙っていたメディスンが、自分の顎を掴んでいたプリマヴ
ェラの手を払う。そして、プリマヴェラに真っ向から挑むように睨み返す。
ェラの手を払う。そして、プリマヴェラに真っ向から挑むように睨み返す。
「あたし、別にプリマヴェラに助けられなくたって、大丈夫だったもん。あ
たしはただのドールじゃない。他のドールみたいにやわじゃないもん。だか
らプリマヴェラにはごめんなさいも、ありがとうだって言ってあげない!」
たしはただのドールじゃない。他のドールみたいにやわじゃないもん。だか
らプリマヴェラにはごめんなさいも、ありがとうだって言ってあげない!」
「……へえ。生意気言うじゃない、クソガキ」
睨み合うふたり。車内に満ちる一触即発の雰囲気。
両者に挟まれるかたちになったイグナッツは冷や汗を流す。生きた心地が
まったくしなかった。
両者に挟まれるかたちになったイグナッツは冷や汗を流す。生きた心地が
まったくしなかった。
プリマヴェラとメディスン、どちらも人間の姿かたちをしながらも、人間
を遥かに超えた怪物だ。プリマヴェラは吸血鬼の腕力と俊敏性を持ち、さら
に量子の魔法を持っている。そしてメディスンは腕力や俊敏性こそないもの
の、彼女の『毒を操る程度の能力』が真価を発揮すれば、人間などただの腐
肉の塊へ変わるだろう。
を遥かに超えた怪物だ。プリマヴェラは吸血鬼の腕力と俊敏性を持ち、さら
に量子の魔法を持っている。そしてメディスンは腕力や俊敏性こそないもの
の、彼女の『毒を操る程度の能力』が真価を発揮すれば、人間などただの腐
肉の塊へ変わるだろう。
だからイグナッツは気が気ではなかった。
どうにかふたりが鞘を収めるようにしなければ、自分の身が危ない。
どうにかふたりが鞘を収めるようにしなければ、自分の身が危ない。
「……ふたりとも、頼むから機嫌を直してくれないかな」
「だいたい、プリマヴェラだって悪い子じゃない! そんな派手で恥ずかし
い格好して!」
い格好して!」
「はあ? あんたこそその時代遅れのだっさいゴスロリ、神経疑うわ。わた
しそういうのノイローゼなの。鳥肌がたっちゃうわ」
しそういうのノイローゼなの。鳥肌がたっちゃうわ」
「ちょっと」
「これはアリスが縫ってくれた服よ! 幽香だって魔理沙だって、褒めてく
れたもん! かわいいって!」
れたもん! かわいいって!」
「ねえってば」
「はっ、そんなだっさい格好でちやほやされるなんて、幻想郷は超がつくド
田舎だったってことね。いやね、お願いだから近づかないでくれる? あん
たから田舎の土臭い匂いがうつったら大変だわ」
田舎だったってことね。いやね、お願いだから近づかないでくれる? あん
たから田舎の土臭い匂いがうつったら大変だわ」
「あたしだっておばさんみたいに香水かけまくったプリマヴェラに近づいて
欲しくないわ!」
欲しくないわ!」
「なんですって……!」
「ふたりとも、いいかげんに」
「「イギー、うるさい!」」
「……ごめん」
……どうやらほとぼりが冷めるのを待つしかないようだ。
イグナッツはカーナビの表示画面を見る。まだオールドタウンに着くまで
時間がかかるようだ。それまで罵詈雑言を浴びせあうふたりの間に挟まれて
過ごさなければならない。
はあ、とイグナッツは大きな大きなため息をついた。
イグナッツはカーナビの表示画面を見る。まだオールドタウンに着くまで
時間がかかるようだ。それまで罵詈雑言を浴びせあうふたりの間に挟まれて
過ごさなければならない。
はあ、とイグナッツは大きな大きなため息をついた。
†††