SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 第097話 「演劇をしよう!!」(後編) (3)


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 デパート1階の中央部には駅前商店街がそのままある。幅10mほどあるゆったりした通りの両側にインテリアショップや
古美術商、本屋に服屋にCD屋さん。総て個人経営。大手デパートと地元産業が共存しているのは全国でも珍しい。事実
最近、ここは貴重なモデルケースとしてとみに注目を帯びている。
 銀成市初の名誉市民は2代目市長だった。杉本某氏という、どこか防人衛に似た名市長は、戦後荒廃する故郷を立て
直すため数々の手を打った。
 銀成市南部のサツマイモ畑が広がる平野に大きな幹線道路を造り交通の便を良くしたのもその一環であり。
引退間際の最後の一策こそこのデパートと商店街の……共存。
 全国チェーンのデパートでありながら地元産業に密着した収益形態は平成不況の冷風を凌ぐ傘としていまも銀成市を守
っているのだ。

 デパート内の商店街は吹き抜けになっており、少し首をあげれば6階まで一望できる。さらにその上には丸いドーム状の
天井が広がっていた。半透明で、天気のいい日は日光が仄かに注ぐ。蔦のように天蓋へ絡みつく無数の支柱は水色で、
明るさと爽やかさを一層際立たせている。

 1階の、通路の中央にはぽつり、ぽつりと木製の長椅子や観葉植物が置かれているが……。

 灰色の雑踏すりぬけ歩く無銘の顔は浮かない。

 肩に三国志の武将みたいな飾りをつける鳩尾無銘は忍びだし物言いもどこか時代がかっているから、現代社会に取り残
される古いタイプと思われがちだ。実際好みは古いもの──信楽焼きのタヌキや忍者刀の錆びた鍔など──で、最先端の
情報端末にとっぷり浸かるのは好まない。とはいえまったく社会情勢に疎い訳ではなく耳は早いほうだ。忍びとは情勢を
いちはやく掴み自分ないしは依頼主を利する存在。で、あるからして現代の、一般的な少年少女の慣習は基礎知識として
一通り知っている。(チワワ時代、人間形態になれたらすぐ潜入活動できるよう自ら叩き込んだ)。

 デート。心相通ずる男女が同行し飲食や買い物や娯楽を嗜む行為。

 小札に命じられた鐶の『慰労』はまったくそれに該当する。
 するが、意識するとマズい。忍びほど倫理と任務の間で苦悩する職業は無い。心を殺し問いかける。

「……で、貴様の行きたい場所は?」
 とにかく「ただ食事し」「ただどこかに寄る」。それだけ意識する。任務なのだ。小札から帯びた。私情はない、ない筈だ。
少年忍者の苦悩は濃い。

 さて、彼が懊悩する間、鐶は無表情ながらに大変うずうずしていた。口をのたくったミミズのような形にして期待いっぱい
に前往く無銘を見ていた。意外に太く浅黒い首筋にドキドキしていた。最近人間形態になったばかりなのに、もうタコや潰れ
たマメに堅く引き締まる拳の感触を、彼らしいひたむきな努力の痕を、掴まれている、自分の、細い左腕から目いっぱい感じ
ていた。

 そしたら無銘が急に振り返ってきた。行きたい場所を問われた。

 急なコトでどう答えていいかわからず、テンパった。

「わわわわし、無銘くんのおいでる所ならドコでもかまんぞなもし!」 (おいでる → 行かれる  かまんぞな → 構わないです)
 目を、やや垂れ気味の三本線に細め右手をブンブン振る。普段とはかけ離れたアクティブでコミカルな仕草だった。拳が
落書きのような丸と化し、腕ときたら線画の残影だ。顔は赤い。あと体の投身が戯画的にやや縮みしかもクネクネしている。
「ほうよ! わし、ついにおおれるならええんよー!!」 (ついに → 一緒に  おおれる → 居られる)
 声も闊達。元気一杯、弾みに弾んでいる。

 鐶光は伊予の出身である。
 厳密に言えば母親が、わざわざ郷里に里帰りして出産した。(育ちは義姉と同じ地域)。ただ快く思わないリバースが『躾け
た』ため、普段は標準語を用いている。翻訳には手間取るらしい。途切れ途切れのボソボソ喋りなのはそのせいだ。
 なので起きぬけや混乱時はつい未翻訳のままとなる。簡単に言えば”地”が出る。
「……おい」
「はっ!」
 半眼の無銘にやっと混線具合に気付いた鐶、
「なななななんちゃない!!(何でもない!)」
 バっと5m駆けそして隠れた。『銀成市で3番目に旨いコーヒー』そんな看板──高さ1mあるかどうかどうかの──の影に。
しゃがんだのだろう。横から、ちょろりチョロリと顔を覗かすのは、例えば子犬ならかわいい仕草だが、目がまったく虚ろな
ため心霊写真かというぐらい怖かった。「うおおっ!?」。現に道行く人の何人かなどは霊障を見たと真剣に勘違いし慄いて
いる。主婦はネギの飛び出た白いビニール袋を取り落とし、若いカップルは揃って硬直。アイスを口につけたままアカホエ
ザルより真赤な顔で泣くのは小さな男の子。驚きすっ転ぶ男子高校生は逆に幸運だった。鐶が、肉ある少女と気づけるの
だから。
(遁げた者たぶん信じ続けるぞ。怨霊見たと……)
 瞳が年相応に大きくパチクリしているから却って負の無限力に満ちている。ビタリと止まり看板のヘリに手を掛けじつと凝
視してくる鐶。照れ隠しか半笑いになった。ガチガチに強張ってるせいか正気に見えず、だから無銘は総毛立つ。
「怖い。本当怖い。戻ってこい周りに迷惑。あと貴様が行きたい場所を言え」
 鐶はゆらり伸びあがって(緩慢ながら残像が出るほど滑らかだった。それが強さの証なのだが無銘に言わせればキモかった)
トテトテ駆けより手を伸ばす。
「んっ……です」
 無銘に何かを渡しUターン。元の看板の影に。今度は仄かに赤い顔で無銘を眺めている。それで可愛くなればいいのだが、
今度は瞳孔がキュウっと開いたのでますます怖い。イッちゃってる覗き魔のようなカオだった。「いい加減帰ってくれないかなぁ
このコ……」。ボヤくコーヒーショップの店主に心底何遍も謝りながら拳を見る無銘。渡されたのは紙片であるに4つ
折りされたそれを広げる。デパートの見取り図が現れた。
 先生が答案用紙に振るような赤い丸で囲まれていたその店は……やはりというか何というか。
「ドーナツだな。ドーナツのお店でいいんだな」
「ん゛っ! ん゛っ!」。無表情が2度強く頷いた。真赤な三つ編みが元気よく跳ねた。

 鐶の示したドーナツのお店は平日でも行列ができるほどの有名処だが、運良くふたりは並ぶことなく買い物ができた。



「お客さん。何がよろしいですか?」
「プレーンシュガーで」



 3階。憩いの広場。合成樹脂製のマットが敷き詰められた空間は、未就学児童たちの天国だ。買い物に疲れた主婦たち
が我が子を放流し一息つく空間。「実家のサツマイモ畑に変な全身フードがうろついていた」だの「最近できた病院にはとん
でもない名医がいる」だの「ありふれた日々の素晴らしさに気付くまでに2人はただいたずらに時を重ねて過ごしたね」とか、
他愛もない会話が飛び交っている。

 そこからちょっと離れたところに丸テーブル×1と椅子×3のセットが5つほどある。若者たちが歓談する席もある。サラリー
マン風の男が座りノートPCを広げると、きょうび珍しく気遣ったのか、若人たちは声のトーンを落とした。それよりさらに小さな
声を漏らしたのは鐶だ。

「さすが……おいひい……でふ…………」
 先ほど買ったドーナツをもぐもぐ食べている。チョコに色とりどりの粒がまぶされたオシャレな奴だ。どうもプレーンシュガー
だけでないらしい。訝る無銘に「うふふ……。ドーナツなだけにプレーンシュガーです。プレーンシュガー……プレーンシュガー。
うふふ……ドーナツなだけに…………」などと意味不明な供述をしておりイヌのお巡りさんは追求を諦めた。
「といふか…………無銘くん…………どうしふぇ……コーヒーでふか…………?」
 いつもは飲まないのに。問いかけに苦い顔をしたのは味のせいではない。
(貴様が!! 看板に隠れたせい! だろうが!!)
 わずかな時間とはいえ客足は確かに減少した。悪霊に憑かれていると勘違いした人が何人か、舳先を曲げ去っていくのを
無銘は確かに見た。その分の売り上げぐらいテイクアウトで補填せねば気が済まぬ無銘なのだ。
(しかし味わってみればこのコーシーとかいう奴。……おいしいな。コーシーは普段飲まぬが旨いぞ。うむ)
 無銘は犬型である。一般流通のミルクを飲むとお腹が壊れる。でも山羊ミルクなら平気だ。件の店に取り扱いの有無を
聞いたところ、あっさりと出てきた。無銘は輝きを感じた。たとえるなら翡翠の朱と碧だ。店主の「俺通だろ!」みたいなサム
ズアップに少なからず友情を感じた無銘だ。
(とにかくいいな。大人だ。大人の味がするぞコーシー。匂いがつくゆえ敬遠していたがコーシーはスゴイ。山羊ミルクもいい。
力がみなぎる。フハハ。今の我は魔犬よ。ブルドーザーぐらいの魔犬よ!)
「あの…………無銘くん?」
「おっとあやうくオッドアイになるところだった。クク。危ない危ない」
「はい!?」
「ククク……。古人に云う。我が名はヒスイ…………。変貌の歴史より乖離せしただ1頭の! 魔犬!」
「む、無銘くんがようたんぼーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」(ようたんぼ → 酔っ払い)
 なんだか地鳴りを秘めているようなタダならぬ様子に声をかけた鐶だが、却って訳の分らぬことを言われ混乱した。
「古人に云う。疲労回復にはミルク入りのコーヒーがいい。本来カフェインは交感神経を刺激し、興奮作用をもたらすが、少
量の摂取ならば排泄反射を促し、副交感神経が優位になり、リラックスする! ミルクを入れた場合、脂肪がその時間を延長
する!!」
「落ちついとらんよ無銘くん! ああああとコーシーちゃーう! コーヒーぞなコーヒー!!」
 モズが溺れたようなギシギシ声をあげ。鐶は目を真白にしながら立ち上がった。椅子が倒れ派手な音を立てた。若人や
サラリーマンが何事かと目を向けた。
「フヒャヒャアヘハハハ見える見える前世が見えるー! 一人称我輩のウッソつきがー!! 我を大変強くしたー!!!」
 無銘は出来上がっているらしい。瞳をグルグルしながら意味不明なコトを抜かしている。
 初めて飲んだおいしいコーヒーに興奮しているらしい。
 鐶は説得を諦めた。自然回復を待つか総角か小札を呼ぶぐらいしか手は無い。とりあえずイチゴチョコのドーナツを食べる。
「むぐむぐ……むぐむぐ……」
「フフフ。ハーッハッハ!!」
 変な食卓だった。

 警備室。

「とりあえず普段混雑するお店に誰も行かないようしてみやした」
『みやした……って。簡単に言うけど普通できないよね?』
”してしまう”のがブレイクだ。リバースはいくつかあるモニターの中で、本来いないはずの朋輩2人が歩いているのを認める。
きっと異変に気付いているであろう彼らに、ブレイクは、『禁止能力の一環です』とだけ言って誤魔化すのだろう。

 外でバタバタと足音がした。続いて乱暴に開くドア。濃紺の服をきた一団は警備員ズで、先頭が、ブレイクとリバースを見て
あっと息を呑んだ。「何者だ君たち」とか「どうしてここに」とか月並みな声を漏らす彼らにリバースはただ微笑を向けた。

 ブレイクだけが少し大儀そうに立ち上がり……。


 稲光とともに具現するハルベルドを、躊躇なく、彼らに向かって振りおろした。





「……?」
 鐶は瞬きをして天井を見る。デパートは中央通りを境に西ブロックと東ブロックに別れている。こちらは細い通路の両側に
全国チェーンの薬局や和菓子屋が居並ぶありふれた内装だ。ショーケースの中でマネキンが服を着ている。

 白い床に白い天井。明るく清潔感のある照明がどこまでも降り注いでいる。

 ……。

 何かが、おかしい。

 景色に名状しがたい違和感を覚えた鐶が天井の電球の1つと睨み合いをしていると、引きずっていた無銘がやっと目を
覚ました。彼は、足首を掴まれゴミのように引き摺られる待遇に一瞬泣きそうな顔をしたが何事もなかったように戒めを解
き立ち上がる。何事もなかったコトにするため黙々と歩き出す。遅れまいと歩調を上げる鐶の頭上を電球が通り過ぎる。首
を捻じ曲げながら尚も凝視した電球。外観上は特筆すべき異常はない。

 ただ光が、ごく僅か、本当にごく僅かだけ紫がかって見えた。

 青みがかった紫。

 鐶の知る照明の色と微妙に食い違う色。

 ……虚ろな瞳に茫洋と浮かぶ電球型の蛍光灯。

 何かが、おかしい。

 微かにフラッシュバックした光景は総角。かつて在った霧の中の対峙。微細なる違和感のカテゴライズ。


 鳥の視覚は4原色の入り混じりだ。人間より1つ多い。光の波長を”より正確に”捉える。


 歩みを止めそっと蛍光灯に手を伸ばし──…
「あ! ひかるんだ!!」
 思わぬ声に硬直する。
「むっむーもいるよ。ナニナニひょっとしてデート!?」
 腕を上げたままようやく首だけを声に向ける。
 居たのは少女ふたり。
 髪が栗色で背中まで伸びているのは武藤まひろ。
 思わぬ遭遇が嬉しいのか駆けてくる。髪やスカートや、鐶に余裕勝ちしている身体部分を揺らして。元気いっぱいに。
 その後ろで、パーを口元に当てやや下世話な赤面笑いを浮かべているのは河合沙織。
 やや黄味のかかった髪を両端で結んでいる。
 ……鐶が一時期姿を借りていた少女だ。厳密に言えば監禁した挙句、何食わぬカオで成りすましていた。普通に考えれば
おぞましい行為。貴信同様、後ろめたさを感じている。スローペースな鐶にしては珍しく慌てて居住まいを正し向き直った。

 制服姿の2人を見た瞬間、照明に感じた違和感が褪せた。それでもまだどこかに引っかかっていた。
 よく調べれば、鋭い鐶は、仮説程度の疑念は抱けたのだ。
『なぜ日ごろ混雑している人気のドーナツショップが今日に限って空いていたのか』。
 一見ただの幸運に見える出来事の裏に何が潜んでいるか……少しだけ、考えられたのだ。

「あら光ちゃん。……と無銘君にまひろちゃんに沙織ちゃん」

 後ろから来たのは早坂桜花。恐るべきタイミングの良さで、だから青紫の光は意識から消し飛ぶ。




『2人きりのデートなのに他の人呼んじゃうの?』
「乱数調整す。まーまー見ていて下せえや。楽しいデートを演出いたしやす」




「おめでとうございまーす!! 1等の超高級ビーフジャーキー1年分です!!」
 ハンドベルの輝かしい音の中、鐶はコロコロ転がる黄色い玉を眺めていた。
「よくやった鐶お前よくやった!! 偉いぞスゴいぞ神だぞ貴様イズゴッド!! 貴様イズゴッドだ!!」
 肩が痛いのは後ろの無銘はバンバンと叩いてくるからだ。何も言わないうちからこの少年はご相伴に預かれると思って
いるらしい。やや図々しい反応にしかし鐶は苦笑いしつつ「あげます……から、ね」。振り返って約束する。
「あー。もっと後ろに並べば良かったねまっぴー」
「でもさーちゃん缶詰もらえたよ缶詰!!」
 後でちーちんやびっきーと食べよう。4等にも関わらずまひろは幸せそうだ。

 合流後しばらく歩いた一行は福引抽選所に遭遇した。館内総ての店舗の買い物レシート3000円分につき1回引ける
という。(引くというが実際は八角形の筺体を、2度直角に曲がった真鍮製の取っ手で回す。いわゆる”ガラガラ”だった)
 レシートなら幾らでも持っている鐶だ。何しろ買出しに来ている。3回は引けるだろう、そう目算をつけたがしかし買出し
は部費で行ったものだ。いわばガラガラの抽選券を学校の公費で買ったようなもの……。無銘とほぼ同時に気付いた鐶
は「いいのかなあ」という顔をした。

「大丈夫大丈夫。私が話をつけておくから」 
茶目っ気たっぷりに笑ったのは生徒会長。桜花だ。もし学校全体で使えそうな物が出たら、還元というコトでみんなの物に。
あまり高くない、ハズレな物品が出たら、それはもう買出しのお駄賃として貰っておく。……まったく清濁併せ呑む見事な大岡
捌きにまひろと沙織は色めきたった。「流石だ」「頼りになる!」。

 とはいえ、かつて銀成学園を襲撃し、校庭にいた生徒や剣道部、先生たちを悉く胎児にした鐶だ。それが学校のお金で
役得を得るのはやはり悪い気がした。無銘もそういう所には厳しい。

 とりあえず買出しのレシートは桜花に預けた。

 まひろや沙織は流石地元民というか、この日に合わせて沢山のお菓子と僅かな学用品をまとめ買いしていた。デパート
に来たのはそのせいだという。

 鐶は先ほど買ったドーナツの、無銘は同じくコーヒーのレシートで。

 ジャンケンの結果、桜花、沙織、まひろ、鐶、無銘の順番でガラガラを引いた。

「……」

 桜花の手にはティッシュが3個。狡いコトを目論んだ罰であろう。

「えー……。何に使えばいいのコレ」

 泣き笑う沙織。当てたのは般若の面。江戸時代中期の名工が創り上げた逸品で特賞だった。

「やた! おやつが増えたよ!!」

 喜色満面のまひろが高々と掲げるのは前述通り4等のフルーツ缶。

 で、鐶は超高級ビーフージャーキー1年分(販売価格365万円。懸賞の法律的にどうなのだコレは)を当てたが、表情は
どこか浮かない。

「どしたのひかるん。1等だよ1等。もっと喜ばなきゃ」
 声をかけてきたのは沙織だ。鐶は答える代わり、彼女の所有物をじつと眺めた。
「そりゃ特等だけど……特等だけど」
 沙織はベソをかいた。般若が腕の中で爛々と目を光らせている。
「こんなの喜ぶ人いないよ絶対」
「いいなあソレ!! 欲しい!」
「居たーーーーーーー!?」
 思わぬ声に振り返る。無銘がハッハと息せききって眺めている。
「それは幕末の御庭番衆も愛用した由緒ある逸品なのだ!!」
「……忍者が愛用品知られちゃおしまいじゃない?」
 能力知られそうだし。きわめて現実的な意見を述べる桜花の顔色は悪い。
(生徒会長なのに……3回も引いたのに…………なんで私だけ外れなの…………)
 ちなみに桜花、この日が福引初体験である。まがりなりにもテストや会長選挙といった学内競争は元よりL・X・Eでの生存
競争を勝ち抜いてきた自負がある。福引だろうと勝てる、そんなやや大人気ない、しかし年相応の少女らしい自信を以て
臨んだのだが、見事に打ち砕かれた。
「あの……大丈夫……ですか?」
 ええちょっとヘコんでいるだけ。鐶に軽く答えると桜花は微笑む。気落ちなど無かったような美しい笑顔に鐶はお姉ちゃん
分が補充されるのを感じ──…



 ガリッ


 カメラ越しに、警備室で、その表情を見たリバース。周囲で嫌な音がした。








「本当はアレ欲しかったんでしょ、アレ」
 桜花の指差す先を見てうなずく鐶。2等はバラエティ豊かだった。高級腕時計もあれば化粧品の詰め合わせもある。加湿
器にコーヒーメーカーに銀の装丁が施された食器たち……その中に紛れてプラモのセットがあった。箱にはいかにもヒーロー
チックなロボが描かれている。カラーリングも形状もまちまちなそれが20個。鐶曰く同じシリーズのロボットらしい。定価で買えば
約12万円かかるとも。
 鐶はひとつひとつ名前を挙げてどういう機体か説明したが桜花は半分も分からなかった。女性なのだ。ロボットには疎い。
 とにかくだ。
 鐶は目当てを外した。後ろには無銘がいる。
 これで盛り上がらずにいられないのがまひろと沙織だ。
「頑張ってむっむー!!」
「ひかるんにいいトコ見せるチャンスだよ!!」
 無銘は何か言いたげにグッと唇を尖らせたが、「反論すればますますつけ上がる」とばかり顔を引き締め一歩踏み出す。
「まあいい」
 鐶の頭を軽く撫で、通り過ぎる。
「ちょうど気に食わなかったところだ。タダでビーフージャーキー得るのは施されてるようでつまらん」
 レシートが係員の眼前に滑り込む。少年は腕まくりしガラガラに臨む。
「それにフハハ!! 今日の我はコーシーのせいか負ける気がせん!」
「むっむーが燃えている!」
「その意気だよ頑張って!!」
「クク、2等など軽く当ててくれるわ!!!!!」
 腕まくりして取っ手を掴む。やがて波打ち際のような音立て廻る八卦の函。
 沙織、まひろ、桜花、そして鐶が固唾を呑んで見守るなか飛び出た玉のその色は──…







 無銘は正座した。正座したまま成果の前でうなだれる。
 沈黙して5分が経った。空気は重かった。紫に着色されてもいた。黒い戯画的太陽がいくつもピヨピヨと旋回した。


 ポケットティッシュの、周りで。


「お、落ち込まないでむっむー! ほ、ほら私のオレンジあげるから!」
「ゴメン……。悪いのは私たちだよ。ヘンに盛り上げたから」
「そ、そうよ。私なんか3回連続だし…………。むしろ普通よ普通」
 こんなところで運を使わないほうがいい。人生は長いのだ、いつか今の不運分の幸福が訪れる。
 などという慰めは届かない。ハズレはハズレ。厳然たるハズレ。
 無銘は何もしゃべらない。答える代わり膝を抱えた。洟をすする音がした。
「泣いてる……辛いんだねむっむー」
「あー。その、そこまで悲しまなくてもいいんじゃないかあ」
 沙織は顔を引き攣らせた。むしろ泣きたいのは自分だともいった。せっかく特等当てたのに来たのは般若だ。
「恥ずかしいのよ。いろいろ大口叩いたから」
 三者三様の反応を見せる女性陣。その鼓膜を「ぶふっ」という奇怪音が叩いた。
 出所をみる。口元を押さえた鐶がいた。ぷるぷると震え目の下の皮膚が充血している。
「ハズレ……。ハズレ……って……。普通ココで引きますか…………。面白い、です。お腹痛い、です。運なさすぎ……です」
 紫の空間が一転燃え盛るのを桜花たちは目撃した。吹き抜けし一陣の黒い颶風は少年忍者。殺到という言葉
はこの時編み出されたのではないかと思えるほど速く、鐶に詰め寄っていた。
「貴っ様あ!! 人の!! 人の不幸をっ!! 笑うなああああああああああああああああああ!!!」
「『それにフハハ今日の我はコーシーのせいか負ける気がせんクク2等など軽く当ててくれるわ』……でした……っけ?w」
「声真似もやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 怒号と悲涙を撒き散らしながら無銘は少女を揺する。顔はいろんな意味で真赤だった。
「ティッシュは2等でしたっけ……? ティッシュは2等でしたっけ……?」
 揺すられる中、壊れたカラクリ人形のように、無表情を、カタカタ上下させる鐶。どうやら爆笑しているらしい。
「うぜえ!! 鐶貴様、本当うぜえ!!!」
「1等の……1等の……ビーフジャーキー……食べます……?」
「1等強調するなあ!! 笑いながら聞くなあ!!」
 怒りの無銘だが鐶が何か喋るたびどんどんどんどん失速していく。それがおかしかったのだろう。とうとう桜花までもが
噴き出した。この場における年長者が堰を切ったのだ。もはや止める者はいない。沙織はクスクス笑い、まひろも微苦笑
した。


「二度と外さんからな!! 今度こういう大事な局面が来たら絶対当てるからな!!」
「はい……期待して……期待して……います」
「だから笑うなあ!!


 プラモは結局当たらなかったが、無銘たちと過ごす和やかなひとときは決して悪くなかった。
 虚ろな瞳をしながらも、鐶は、束の間の幸福を味わった。



 警備室。10数分前かけつけた警備員たちだが今はふらふらと去っていく。
 まったくの部外者2人にセキュリティ総てを掌握されたにも関わらず。

「乱数調整す。光っちの『枠』的にこの展開が一番おもしれえので並び順変えてみやした」
『5回』。鐶より先にそれだけ回せばこうなるのは分かっていた……そうブレイクは述べる。
「ま、買い出しのレシートは使わないでしょう。でも桜花っちがいれば、生徒会長権限と枠にかけて全部消化しやす。まひろっ
ちと沙織っちだけじゃきっと躊躇ったでしょうからね。このお三方を誘導させて頂きました」
 軽く言うが一体どうやったというのか。彼は警備室にいる。そこから一歩も動かぬまままひろたちを意のままにしたのだ。
 ガラガラの中身を知りえた理由も分からない。

 リバースは喋らない。もともと寡黙だが、お馴染みのスケッチブックでの『お喋り』さえしない。

 モニターの中で、桜花が、鐶に何か話しかけた。鐶は恋する乙女のようにはにかんだ。


 リバースはそれを、笑いながら、見た。


 黒く染まった白目の中で血膿ほど濁った虹彩を爛々と輝かせて。
 口は鉤状に裂けていた。手近な壁には無数の爪痕。低い声で呪詛を漏らしながらギリギリと引っ掻いている。


「おお怖」


 ブレイクは肩を竦めて苦笑した。「でも可愛い」、蕩けそうな声を付け足して。