帝愛グループ主催の「ブレイブ・メン・ロード」のパドックが開いた。
山下勝嗣は、パドックが開くや否や「な・・・なんだこれっ」と叫んだ。
歯を食いしばって両目を見開き、勝嗣は眼下を眺めた。
唖然・・・・・・!
3階ほどの高さ、そして下には体育用らしきマットが敷き詰めてある。
(あんなマットで大丈夫なのかよ!?)
(・・・あの黒ずんでるの、血痕みたいな感じだ!!)
帝拳高校時代、ケンカに明け暮れた勝嗣は人間馬たちの中で一番早く事態を察した。
反射的に身構える。
しかし勝嗣と同じコースに居合わせた、冴えない男たち2名はキョトンとするのみ。
そのとき、勝嗣の耳朶を懐かしい声が打つ。
「勝嗣、勝嗣だろ。どーしたー!?」
「ま、前田さん・・・・!」
勝嗣は今一度、眼下を見下ろした。
コース半ば辺りの客席の方、テーブルを離れてこちらを見上げる顔があった。
その顔は紛れもなく、プロボクシング世界チャンピオンの前田太尊。
勝嗣を呼ぶ声、その先には帝拳高校時代とほとんど変わらない前田がいた。
髪型も、黒が基調の洋服(昔は学ランだったが)も、熱くなったら右拳を突き上げる癖も・・・
「前田さん!!」
前田は本当に、変わっていなかった。
「勝嗣、グズグズするな!」
ゴクッ。勝嗣は前田の次の声を待った。
前田の声はまるで帝拳高校の一日のようで、勝嗣は前田の舎弟の日々に戻った心持ちだった。
勝嗣はササッと辺りを見渡す。
奥に衝立が一つ、その向こうは他の鉄骨が渡ってる。越えられない高さじゃない。
勝嗣たちのパドックは3列、戸袋は開け放されたまま。
冴えない男たち2名は、いまだキョトンとするのみ。
勝嗣は辺りを見渡す一刹那の間も、前田を信頼していた。
どんな荒れた高校(他校)の生徒たちと集団どうしのケンカになっても、前田は最強だった。
それ以上に、前田は「愛の戦士」そのものだった。
「走れーーーッ!! このぐらい、根性で走り抜けろ!」
勝嗣は反射的に鉄骨の先を見た。
そして有らん限りの声で叫んだ。
「無茶いうなよ!」
「俺はお前を控室のモニターで見た!! お前に今月の遊興費八百万円全賭けしたぜ!」
「・・・・・・!!」
あまりの現実に、勝嗣は歯を食いしばって両目を見開く。
(これは夢だ)(あいつは、新手のものまね芸人で、世界チャンプのまねをしてるんだ)
勝嗣は現実を否定したかった、でも聞き慣れた前田の声が勝嗣を狂気の端から引き戻す。
「落ちたって死ぬと決まったわけじゃねえ!」
勝嗣の借金は、バイク屋を守るために増やした600万円余りの負債と同意義だった。
バイク屋を守る事は、家族・・・和美や子どもたちを守る事でもあった。
それを、前田も、親友の沢村米示も、ほかのみんなも知らないはずは無かった。
勝嗣はまだ、前田を信頼していた。
(そうか・・・そんな大金恵んでもらったら、一生、みんなとタメを張れなくなる・・・)
ぎゅっと、勝嗣は右拳を握りしめる。
(ようし・・・・・・・)
ドフッ。「うおっ」。
「根性なしがーーっ、さっさと始めねぇか!」
「落ちたって死ぬこたーない!」
「どんといけ、どんとーーっ!!」
何を「どん」と行けというのだろう。
観客の金持ちたちが、勝嗣たちにオレンジだのローストチキンだのを投げつける。
投げつけられたオレンジを齧って、「ハァハァ」と息を荒げ、決意を新たにする勝嗣。
「もっとも、一生車イスだろーがなー、それはそれで福祉の世話になれるぜ」
鬼畜たちの怒号の中でも、勝嗣は前田の声だけはハッキリと聞き分ける事ができた。
それは肺活量や腹筋の強さにもよるのだが、何より、前田と過ごした日々が勝嗣の認知能力をそういうふうに組み立てていた。
コースの半ばの遥か下で口唇を動かす前田の表情全てと、聴こえてきた声が重なった。
(福祉の世話・・・)
(和美・・・)
前田の方を向いて棒立ちになった勝嗣の背中を、同じコースの男の一人が押した。
勝嗣の視界から前田の顔が、縦にブレて消えた。
前田はその顔の下で、以下の事をフッと想っていた。
(これ、トップ2が勝ち残るようなもんだな)
「ねぇあんた、これって『新婚さんいらっしゃい』みたいにできねーかな?」
「・・・2位と1位は賞金に倍の差がありますよ?」
「やっぱりダメか・・・あ~あ、俺、来月10日まで吉原にも行けやしねーぜっ」
山下勝嗣は、パドックが開くや否や「な・・・なんだこれっ」と叫んだ。
歯を食いしばって両目を見開き、勝嗣は眼下を眺めた。
唖然・・・・・・!
3階ほどの高さ、そして下には体育用らしきマットが敷き詰めてある。
(あんなマットで大丈夫なのかよ!?)
(・・・あの黒ずんでるの、血痕みたいな感じだ!!)
帝拳高校時代、ケンカに明け暮れた勝嗣は人間馬たちの中で一番早く事態を察した。
反射的に身構える。
しかし勝嗣と同じコースに居合わせた、冴えない男たち2名はキョトンとするのみ。
そのとき、勝嗣の耳朶を懐かしい声が打つ。
「勝嗣、勝嗣だろ。どーしたー!?」
「ま、前田さん・・・・!」
勝嗣は今一度、眼下を見下ろした。
コース半ば辺りの客席の方、テーブルを離れてこちらを見上げる顔があった。
その顔は紛れもなく、プロボクシング世界チャンピオンの前田太尊。
勝嗣を呼ぶ声、その先には帝拳高校時代とほとんど変わらない前田がいた。
髪型も、黒が基調の洋服(昔は学ランだったが)も、熱くなったら右拳を突き上げる癖も・・・
「前田さん!!」
前田は本当に、変わっていなかった。
「勝嗣、グズグズするな!」
ゴクッ。勝嗣は前田の次の声を待った。
前田の声はまるで帝拳高校の一日のようで、勝嗣は前田の舎弟の日々に戻った心持ちだった。
勝嗣はササッと辺りを見渡す。
奥に衝立が一つ、その向こうは他の鉄骨が渡ってる。越えられない高さじゃない。
勝嗣たちのパドックは3列、戸袋は開け放されたまま。
冴えない男たち2名は、いまだキョトンとするのみ。
勝嗣は辺りを見渡す一刹那の間も、前田を信頼していた。
どんな荒れた高校(他校)の生徒たちと集団どうしのケンカになっても、前田は最強だった。
それ以上に、前田は「愛の戦士」そのものだった。
「走れーーーッ!! このぐらい、根性で走り抜けろ!」
勝嗣は反射的に鉄骨の先を見た。
そして有らん限りの声で叫んだ。
「無茶いうなよ!」
「俺はお前を控室のモニターで見た!! お前に今月の遊興費八百万円全賭けしたぜ!」
「・・・・・・!!」
あまりの現実に、勝嗣は歯を食いしばって両目を見開く。
(これは夢だ)(あいつは、新手のものまね芸人で、世界チャンプのまねをしてるんだ)
勝嗣は現実を否定したかった、でも聞き慣れた前田の声が勝嗣を狂気の端から引き戻す。
「落ちたって死ぬと決まったわけじゃねえ!」
勝嗣の借金は、バイク屋を守るために増やした600万円余りの負債と同意義だった。
バイク屋を守る事は、家族・・・和美や子どもたちを守る事でもあった。
それを、前田も、親友の沢村米示も、ほかのみんなも知らないはずは無かった。
勝嗣はまだ、前田を信頼していた。
(そうか・・・そんな大金恵んでもらったら、一生、みんなとタメを張れなくなる・・・)
ぎゅっと、勝嗣は右拳を握りしめる。
(ようし・・・・・・・)
ドフッ。「うおっ」。
「根性なしがーーっ、さっさと始めねぇか!」
「落ちたって死ぬこたーない!」
「どんといけ、どんとーーっ!!」
何を「どん」と行けというのだろう。
観客の金持ちたちが、勝嗣たちにオレンジだのローストチキンだのを投げつける。
投げつけられたオレンジを齧って、「ハァハァ」と息を荒げ、決意を新たにする勝嗣。
「もっとも、一生車イスだろーがなー、それはそれで福祉の世話になれるぜ」
鬼畜たちの怒号の中でも、勝嗣は前田の声だけはハッキリと聞き分ける事ができた。
それは肺活量や腹筋の強さにもよるのだが、何より、前田と過ごした日々が勝嗣の認知能力をそういうふうに組み立てていた。
コースの半ばの遥か下で口唇を動かす前田の表情全てと、聴こえてきた声が重なった。
(福祉の世話・・・)
(和美・・・)
前田の方を向いて棒立ちになった勝嗣の背中を、同じコースの男の一人が押した。
勝嗣の視界から前田の顔が、縦にブレて消えた。
前田はその顔の下で、以下の事をフッと想っていた。
(これ、トップ2が勝ち残るようなもんだな)
「ねぇあんた、これって『新婚さんいらっしゃい』みたいにできねーかな?」
「・・・2位と1位は賞金に倍の差がありますよ?」
「やっぱりダメか・・・あ~あ、俺、来月10日まで吉原にも行けやしねーぜっ」
「勝嗣のやつ、全然ダメぢゃねぇか」