恨みはない。面識すらない。対決する必要は全くない。だからといって、やるからには
全力でやらねばならない。
オリバの剛腕が、刃牙の顔面を半分近く床に埋め込んだ。刃牙が腕立て伏せの要領で上
からの圧力に抗うが、押し込められた顔は一ミリさえ持ち上がってくれない。力での抵抗
は無意味に近い。
刃牙は真っ向からの脱出を諦め、発想を転換させる。自らの後頭部を掴むオリバの右腕
を、無我夢中で引っ掻いた。オリバの黒い皮膚に、赤い線が何本も刻まれる。
激痛で一瞬だけ力が緩んだ巨腕から、刃牙はようやく逃れることに成功した。
「ふぅ……スゲェ力だな、アンタ」
深く息を吸い込み、オリバの怪力に狂わされた体内リズムを整える刃牙。
「フム……粗塩も意味を成さんか。まだ若いのに、戦い慣れている」
傷まみれの右腕を観察し、感心するオリバ。
再び構え、即突っかける刃牙。オリバのパワーを味わったばかりだというのに、全く恐
れていない。
「ちぇりあァァッ!」
ボディを右ストレートで突き刺し、次いで左アッパーが顎を打ち上げ──
「いい打撃だ」
──ない。停止する左拳。オリバの丸太のような首が、脳へのダメージを遮断する。
「では、今度は私から……」
日々アパート住民を懲らしめている豪快な張り手が、刃牙にクリーンヒット。
まるで、爆薬(エクスプロシブ)──。
砲弾と化し、まっすぐ、猛スピードで壁に突き進む刃牙。が、激突する寸前に壁を蹴り、
反動で一気にオリバのもとに帰還する。オリバは反応できない。
空中後ろ廻し蹴り、炸裂。
これを鼻っ面に真正面からもらい、さすがのオリバも数歩よろめく。とろりと落ちる鼻
血。刃牙の猛攻はこれだけでは収まらない。
初弾を凌ぐ速度の左ハイを浴びせ、足刀で喉を抉る。水月を踏み台にして跳び上がると、
バレーボールのスパイクさながらのチョップブローを浴びせる。ウェルター級が打撃でヘ
ビー級を後退させる。にわかには信じがたい光景だ。
刃牙が地に足をつけた瞬間、オリバの右手がにゅうっと伸びた。
右手は右腕を掴んだ。
「うっ!」
「フフフ……次は回ってみるかい」
力だけで持ち上げられ、刃牙の両足が床から離れる。片手でのジャイアントスイングが
始まった。
もう刃牙はどう投げられても受け身が取れるよう、覚悟を決めるしかない。
回転はどんどん速度を増していき、横だった回転がいつの間にか縦に近くになっている。
投げた。上へ。
刃牙は背中から天井にぶつけられる。ぶつけられた天井は大きくひび割れた。
落ちてきた刃牙の右脚を、オリバはすかさずキャッチ。間髪入れず、刃牙をホテルの床
に叩きつけた。
破壊という二文字こそが相応しい、轟音が響いた。
この一撃は、ホテル全体を駆けめぐるほどであった。
全力でやらねばならない。
オリバの剛腕が、刃牙の顔面を半分近く床に埋め込んだ。刃牙が腕立て伏せの要領で上
からの圧力に抗うが、押し込められた顔は一ミリさえ持ち上がってくれない。力での抵抗
は無意味に近い。
刃牙は真っ向からの脱出を諦め、発想を転換させる。自らの後頭部を掴むオリバの右腕
を、無我夢中で引っ掻いた。オリバの黒い皮膚に、赤い線が何本も刻まれる。
激痛で一瞬だけ力が緩んだ巨腕から、刃牙はようやく逃れることに成功した。
「ふぅ……スゲェ力だな、アンタ」
深く息を吸い込み、オリバの怪力に狂わされた体内リズムを整える刃牙。
「フム……粗塩も意味を成さんか。まだ若いのに、戦い慣れている」
傷まみれの右腕を観察し、感心するオリバ。
再び構え、即突っかける刃牙。オリバのパワーを味わったばかりだというのに、全く恐
れていない。
「ちぇりあァァッ!」
ボディを右ストレートで突き刺し、次いで左アッパーが顎を打ち上げ──
「いい打撃だ」
──ない。停止する左拳。オリバの丸太のような首が、脳へのダメージを遮断する。
「では、今度は私から……」
日々アパート住民を懲らしめている豪快な張り手が、刃牙にクリーンヒット。
まるで、爆薬(エクスプロシブ)──。
砲弾と化し、まっすぐ、猛スピードで壁に突き進む刃牙。が、激突する寸前に壁を蹴り、
反動で一気にオリバのもとに帰還する。オリバは反応できない。
空中後ろ廻し蹴り、炸裂。
これを鼻っ面に真正面からもらい、さすがのオリバも数歩よろめく。とろりと落ちる鼻
血。刃牙の猛攻はこれだけでは収まらない。
初弾を凌ぐ速度の左ハイを浴びせ、足刀で喉を抉る。水月を踏み台にして跳び上がると、
バレーボールのスパイクさながらのチョップブローを浴びせる。ウェルター級が打撃でヘ
ビー級を後退させる。にわかには信じがたい光景だ。
刃牙が地に足をつけた瞬間、オリバの右手がにゅうっと伸びた。
右手は右腕を掴んだ。
「うっ!」
「フフフ……次は回ってみるかい」
力だけで持ち上げられ、刃牙の両足が床から離れる。片手でのジャイアントスイングが
始まった。
もう刃牙はどう投げられても受け身が取れるよう、覚悟を決めるしかない。
回転はどんどん速度を増していき、横だった回転がいつの間にか縦に近くになっている。
投げた。上へ。
刃牙は背中から天井にぶつけられる。ぶつけられた天井は大きくひび割れた。
落ちてきた刃牙の右脚を、オリバはすかさずキャッチ。間髪入れず、刃牙をホテルの床
に叩きつけた。
破壊という二文字こそが相応しい、轟音が響いた。
この一撃は、ホテル全体を駆けめぐるほどであった。
「───!」
ホテル最上階で大統領警護を務めるシコルスキーが、ホテルに起こった異変に気づく。
「ゲバル、今……」
「あァ、揺れたな。しかも地震じゃない」
しけい荘203号室コンビの研ぎ澄まされた感覚は、震源をも特定する。二人が感じた
揺れは、まちがいなくホテル内で発生したもの。同時に、犯人すら推理できてしまう。も
っとも今ホテルにいるメンバーで、これほどの衝撃を生み出せる人間はたった一人しかい
ないのだが。
「大家さんが……戦っている……?」
「そうとしか考えられないな。しかもこのパワー、あのアンチェインでも手を抜けない相
手だということだ」
「しかし……なぜ! まさか、まだとんでもないテロリストが──」
オリバの苦戦。想像すらできない事実に、焦燥の色を隠せないシコルスキー。するとシ
コルスキーとゲバルに、割って入る甘い声。
「どうやらあなた方も気づかれたようですね、今の揺れのおかしさに」
「あ、天内……」
「おそらくこの部屋で気づけたのは、あなた方お二人と私──あとはレッセン氏くらいの
ものでしょう」
いつもの柔らかなデザート風の微笑みとともに、天内はそっと耳打ちする。
「くれぐれも口をお慎み下さい。大統領を不安にさせてはなりません。ですから、今は信
じるのです。勇敢なる仲間の勝利をね」
米国一喧嘩が強い男に敗北などあるものか。シコルスキーは遥か階下で戦う大家の勝利
をただ祈る。
ホテル最上階で大統領警護を務めるシコルスキーが、ホテルに起こった異変に気づく。
「ゲバル、今……」
「あァ、揺れたな。しかも地震じゃない」
しけい荘203号室コンビの研ぎ澄まされた感覚は、震源をも特定する。二人が感じた
揺れは、まちがいなくホテル内で発生したもの。同時に、犯人すら推理できてしまう。も
っとも今ホテルにいるメンバーで、これほどの衝撃を生み出せる人間はたった一人しかい
ないのだが。
「大家さんが……戦っている……?」
「そうとしか考えられないな。しかもこのパワー、あのアンチェインでも手を抜けない相
手だということだ」
「しかし……なぜ! まさか、まだとんでもないテロリストが──」
オリバの苦戦。想像すらできない事実に、焦燥の色を隠せないシコルスキー。するとシ
コルスキーとゲバルに、割って入る甘い声。
「どうやらあなた方も気づかれたようですね、今の揺れのおかしさに」
「あ、天内……」
「おそらくこの部屋で気づけたのは、あなた方お二人と私──あとはレッセン氏くらいの
ものでしょう」
いつもの柔らかなデザート風の微笑みとともに、天内はそっと耳打ちする。
「くれぐれも口をお慎み下さい。大統領を不安にさせてはなりません。ですから、今は信
じるのです。勇敢なる仲間の勝利をね」
米国一喧嘩が強い男に敗北などあるものか。シコルスキーは遥か階下で戦う大家の勝利
をただ祈る。
断じて技などと呼べる現象ではない。オリバの怪力によって弄ばれ、天地に叩きつけら
れた刃牙。口からは喀血し、ダウンしたまま動かない。
「さて、どうするね。これ以上続けると、君がデートに行けなくなってしまうぞ」
「ヘッ、強ぇな……。この無茶苦茶な力、範馬勇次郎とヤッてる錯覚さえ生ずる」
地上最強の生物、範馬勇次郎。まさかこんなところであの名前を耳にしようとは──オ
リバの脈拍が若干上昇する。
「ミスター刃牙。君はあのオーガと戦ったことがあるのか」
「あいつは俺の親父さ。どうも昔から気が合わなくてね、ちょっと揉めてんだ」
父親の話をし出した途端、刃牙から発せられる闘気が増幅される。もし本当にあの範馬
勇次郎の息子ならば、この程度で勝利を得られるはずがない。舌打ちすると、オリバがト
ドメを刺すべく走る。
オリバの下段突き。が、刃牙が起き上がる方が速かった。
立ち上がった刃牙は悠々と汚れたTシャツを破り捨て、靴を放り投げる。ジーンズから
脱皮するように跳び上がると、トランクス一丁となる。無数の傷跡を眠らせる、百戦錬磨
の肉体があらわになる。これからが本番だということか。
ならば応えよう。オリバが体中に力を込めると、彼が着ていたタキシードが四方に弾け
た。タキシードだった布が、桜吹雪のようにホテルの中を舞う。ついに黒い肉戦車が解き
放たれた。
「オーガの倅ということなら、遠慮なくやれるってもんだ」
右拳を放つオリバ。初めての刃牙の人生を考慮しない一撃。これを神速フットワークで
掻い潜ると、刃牙は猛烈なボディブローを腹筋に叩き込む。
「──ごっ?!」
動きを止めたオリバの顎に、左アッパーカットがクリーンヒット。先ほどは打ち抜けな
かった刃牙だが、今度の拳は問答無用でオリバの首を上に折り曲げてみせた。
さらに天を向いたオリバの顔面に、速度と体重を物理法則以上に乗せたヘッドバットが
入った。
巨大要塞、傾く。踏みとどまる素振りすらなく、崩れ落ちるオリバ。完全なるノックダ
ウン。
「ッシャアアッ!」
刃牙が吼える。兎が獅子に化けるほどに、不自然なほど急激なレベルアップの正体。第
一の目撃者は対戦している二人ではなく、傍観者に過ぎないホテルの従業員だった。
「な、なんだ……あの背中……ッ! お、おお、鬼だァッ!」
範馬刃牙の背中に形成された、怪異なる打撃用筋肉(ヒッティングマッスル)。鬼の貌。
闘争に人生を支配された呪われた人種にのみ、授けられるという悪魔の力。いかなる技
術や筋力をも蹂躙する強靭にして無慈悲な鬼が、弱冠18歳の少年を己が巣食うに値する
宿主であると認めていた。
れた刃牙。口からは喀血し、ダウンしたまま動かない。
「さて、どうするね。これ以上続けると、君がデートに行けなくなってしまうぞ」
「ヘッ、強ぇな……。この無茶苦茶な力、範馬勇次郎とヤッてる錯覚さえ生ずる」
地上最強の生物、範馬勇次郎。まさかこんなところであの名前を耳にしようとは──オ
リバの脈拍が若干上昇する。
「ミスター刃牙。君はあのオーガと戦ったことがあるのか」
「あいつは俺の親父さ。どうも昔から気が合わなくてね、ちょっと揉めてんだ」
父親の話をし出した途端、刃牙から発せられる闘気が増幅される。もし本当にあの範馬
勇次郎の息子ならば、この程度で勝利を得られるはずがない。舌打ちすると、オリバがト
ドメを刺すべく走る。
オリバの下段突き。が、刃牙が起き上がる方が速かった。
立ち上がった刃牙は悠々と汚れたTシャツを破り捨て、靴を放り投げる。ジーンズから
脱皮するように跳び上がると、トランクス一丁となる。無数の傷跡を眠らせる、百戦錬磨
の肉体があらわになる。これからが本番だということか。
ならば応えよう。オリバが体中に力を込めると、彼が着ていたタキシードが四方に弾け
た。タキシードだった布が、桜吹雪のようにホテルの中を舞う。ついに黒い肉戦車が解き
放たれた。
「オーガの倅ということなら、遠慮なくやれるってもんだ」
右拳を放つオリバ。初めての刃牙の人生を考慮しない一撃。これを神速フットワークで
掻い潜ると、刃牙は猛烈なボディブローを腹筋に叩き込む。
「──ごっ?!」
動きを止めたオリバの顎に、左アッパーカットがクリーンヒット。先ほどは打ち抜けな
かった刃牙だが、今度の拳は問答無用でオリバの首を上に折り曲げてみせた。
さらに天を向いたオリバの顔面に、速度と体重を物理法則以上に乗せたヘッドバットが
入った。
巨大要塞、傾く。踏みとどまる素振りすらなく、崩れ落ちるオリバ。完全なるノックダ
ウン。
「ッシャアアッ!」
刃牙が吼える。兎が獅子に化けるほどに、不自然なほど急激なレベルアップの正体。第
一の目撃者は対戦している二人ではなく、傍観者に過ぎないホテルの従業員だった。
「な、なんだ……あの背中……ッ! お、おお、鬼だァッ!」
範馬刃牙の背中に形成された、怪異なる打撃用筋肉(ヒッティングマッスル)。鬼の貌。
闘争に人生を支配された呪われた人種にのみ、授けられるという悪魔の力。いかなる技
術や筋力をも蹂躙する強靭にして無慈悲な鬼が、弱冠18歳の少年を己が巣食うに値する
宿主であると認めていた。