そして、夜が来た。
暗い森の中をひとりとぼとぼと歩く少女、アリスは、もう何度目になるか分からない溜息をついた。
「はあ……」
さらに何度目になるか分からない挙動を繰り返す。
懐にしまっておいた紙包みを取り出して、それをぼんやりと眺める。
「結局、渡せなかった……魔理沙がいけないのよ。ホワイトデーを知らないのじゃ、渡せるはずがないわ」
それもまた、何度目になるか分からない言い訳。
でも、そうじゃない──そんなんじゃない。
知らないのなら、教えてやれば良かった。ただそれだけのこと。
そんな簡単なことが出来なかったのは、同じように簡単な理由から。
その理由とは──、
「やーれやれ、いったい全体、なににそんなにビビッてんだろうねえ、アリス・マーガトロイドくん?」
闇の中から、やたらに明るい声が飛んできた。
「────!?」
アリスは咄嗟に周囲を警戒するが、目に見えるような声の主の姿形はない。
「あたしにゃあ地霊殿の総領さまみたいな『心を読む程度の能力』や、八雲の紫御前みたいななんでも見透かす桁外れの脳味噌なんざぁ
これっぽちも持ち合わせちゃいねーが、それでも丸分かりだわさ──なんでお前さんが、想い人とすれ違ってしまうのか」
なおも声は朗らかに、闇のあちらこちらから響き渡っている。
どこかで聞き覚えのあるような声だったが、その声に妙に金属的なエフェクトが掛っていて正体を掴みづらい。
「誰? ルーミアなの?」
「思い込み(イデー・フィクス)だよアリスくん。そいつがお前さんを諦めムードにさせている。
どうせ上手くいくはずがない、また失敗するってな。そんな及び腰でいったいなにが出来るっていうんかね?」
「ルーミアじゃなくて井出さん?」
「違ぇよバカ。誰が井出さんだ。井出さんって誰だ」
「じゃ、じゃあ誰よ、姿を見せなさいっ」
「ふふん、見せろと言われて見せるバカがいるもんかね。声すれど姿そこにあらず──これぞ忍法『こだまかげろうの術』でござい」
からから反響する笑い声が、次第に近づいてくる。
そして、カーテンを開くように、あるいは雲の切れ目から光が差すように、ほんの瞬く間でアリスの目の前に一人の少女が登場した。
「なんちゃってー! 忍法じゃなくて光学迷彩(オプティカルカモフラージュ)でしたーっ!」
「あんたは……」
頭にちょこんと乗せたハンチング帽に襟を立てたハイコート、そして背中には大きなザック、その出で立ちには可愛らしさも色気もない。
「河童の科学技術は幻想郷いちィィィッ! イエス! みんなが知ってる『超妖怪弾頭』河城にとりちゃんでーす!」
気狂いじみたハイテンション、『見せろと言われて見せるバカ』──それが、河童の少女、にとりだった。
「……あんただったの、にとり」
「にとりなんですよー! ごめんねぇ、愛しの魔理沙ちゃんじゃなくて」
にとりは「ごめん↓ねぇ↑」という人を舐めたアクセントでアリスの神経を逆撫でする。
「私、あなたに構ってるほど暇じゃないのだけど。それじゃね」
まともに相手をするのも馬鹿馬鹿しく、ぞんざいに手を振ってその場から立ち去りかけようとして──、
「……ちょっと待ってよ。あなた、魔理沙と一緒じゃなかったの?」
ぴたりと足を止める。
確か、魔理沙はにとりからの連絡を受けてどことやらへすっ飛んでいったはずだが……?
「その通り。あたしはさっきまで魔理沙と一緒にいたさ。……ああ、心配すんな、チルノも一緒だったから」
「な、なにを心配しろっていうのよ」
「いんや、別にい。心配の種がないってんなら重畳さね」
「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
「そりゃこっちのセリフでしょうよ、アリスくん」
けたけた笑うにとりに、アニスはムカッときた。
魔理沙に対する自分の態度が煮え切らないのは自覚している。
そしてそれが、当の魔理沙には伝わらずとも他には周知のこととなっていることも、知っている。
だが──なにが悲しくて、こんな河童ごときにからかわれなければならいのか。
「そんな意地悪を言いに、わざわざ来たの?」
「いんや、あたしは意地悪じゃないさ。にとりの『に』は人情の『に』、ってね。
だから、お前さんが魔法の森の辺りにいると魔理沙に聞いたので、内密の話をしにきたんだわ。置きビームの使い手同士ののよしみでね」
「…………?」
「魔理沙のやつ……最近、なんかヤバいことに首突っ込んでた形跡はないかい?」
「どういう……意味?」
「今日の昼、風の便りで良くない話を聞いたんだわさ。八雲の紫御前が、魔理沙に対してなにかを仕掛けようとしているらしい」
深刻な面持ちで、にとりは告げた。
だが、同じく深刻な面持ちでにとりの言葉を待ち受けていたアリスは──、
「……それが、なによ」
はっきり言って拍子抜けだった。
「なにってお前さん、魔理沙が心配じゃないのかい? 薄情だな、だから友達いないんだよ」
「余計なお世話。というより、余計な心配よ。にとり、今日がなんの日か知らないの? というか今、さらっと何気に酷いこと言わなかった?」
「なにが余計な心配なんなのさ。今日は何の日? 別に酷いことは言ってないさ、事実だもんね」
「ええい、ややこしいから三ラインの話題を同時に走らせないでよ」
「三つも起点を作ったのはお前さんじゃねえか」
「絞りなさいよ」
「なにが余計な心配なんなのさ」
おそらく紫が企図しているであろうこと──ホワイトデーのことをにとりに説明しようとして、はたと言葉に詰まる。
どこから説明したものか。『外の世界』にそういう風習があることから?
それともざっくり端折って、一ヶ月前のあの日、魔理沙が魔符「スターダストレヴァリエ」を用いて幻想郷にチョコをばらまいたことから?
そもそも、にとりは魔理沙からのチョコを受け取っているのだろうか。
ちょっと面倒になったアリスは、さしあたっての結論だけを口にするに留めた。
「……えーと、まあとにかく、心配することじゃないわよ。紫はいい人よ?」
だってバレンタインデーの件で、チョコの材料を調達してくれたしね、と心の中で付け加える。
しかし、そんな答えではにとりは納得していないようだった。
「いい人? あの御前が? おいおい、頼むよアリスくん。お前さん、どうかしちまったのかい?
こともあろうに……あのスキマ妖怪がいい妖怪ってのはあり得ないわ。絶対にない」
「いやにはっきり言うのね」
「そりゃ、お前さん友達いないから、こういう微妙な問題はピンと来ないかもしれんけどさ」
「大きなお世話だってば」
「いやさ、例えばの話、あたしら河童ってさ、御前から睨まれてんのよ」
「どうして?」
「河童が科学技術を使うからだよ」
それは初耳だった。
「幻想郷は全てを受け入れる」と公言して憚らないあの八雲紫が、なぜ河童が科学を使うことを厭うのだろうか。
「なんでかちうと、『外の世界』から見て微妙にリアルだからだよ、河童の科学が。
光学迷彩(オプティカルカモフラージュ)だってそうさ。こいつは今の外の世界じゃまずお目にかかれない逸品だけどさ、
外の世界の科学ってやつは常に進歩してんだ。この程度の技術は、もはや遠い日の花火なんかじゃないのよさ。
──もしそれが『現実』となったら、あたしたちの科学は幻想郷のルールに抵触することになる。
『よそはよそ、うちはうち』っていう、唯一にして絶対の指針(ドクトリン)……、
幻想と現実のバランスが逆転することで、この幻想郷を包む二重の結界に歪みが生じること可能性を、御前は決して許しはしないのさ。
だから、あたしたちは外の世界に負けないように日々技術を発展させている。
『極度に発達した科学は魔法と見分けがつかない』って箴言に従い、河童の科学を『幻想』であり続けさせるためにね」
「そんな七面倒ことするくらいなら科学を捨てよう、とかは思わないの?」
「そうするくらいならいっそ幻想郷から出ていく方を選ぶね」
「……なんか、馬鹿みたいね」
「凡人凡妖怪風情には伝わるまいが、これこそが河童の美学さ」
などと、にとりはやたらシニカルな仕草で片頬を歪めた。
「ってあたしのことは別にいいんだった。問題は魔理沙だわいな魔理沙。とにかく御前はヤバいんだよ、頭も性格も能力も。
万が一にあの御方が仕組もうとしているのが、御前なりの100%の善意の賜物でも、あたしだったら全力で事に備えておくね。
あのスキマ妖怪はそういう傍迷惑が服着て歩いてるような妖怪なんだよ。あの御方のサプライズってのはサドンデスと同義なんだ」
にとりの話だけを聞くとなんか酷い言われようだが、確かにあの境界オバケにはそういう掴みどころのなさがあるのは、
アリスも素直に認めるかしかない。
「分かったわ。だったら、霊夢に探りを入れてみる。あの子なら紫の腹も探れるでしょう」
「そうじゃねーよ、バカ」
「だ、誰がバカよ!」
「もちろんお前さんだよ。もっと客観的に自分を見つめなせえ。お前さんそんなんだから友達いないんだわよ」
「三度目!」
「へん、だったら仏でも連れてこいっつーの。なんで『魔理沙が心配だ』って話してんのに霊夢のところに行くんだってば。
河童の忠告くらい真面目に受け取れって。そういうバカなこと言ってるバカだからバカって言ったんよ。
さて今何回バカって言ったでしょうか」
「三回と見せかけて、最後の含めて四回でしょ? 引っかかるもんですか」
「残念、五回です」
「なんでよ」
「そんくらい自分で考えるんだね。じゃ、帰るわ」
「え、ちょっと!」
引き留めようと、にとりの肩をつかんだ瞬間、彼女の身体が水の流れとなって地面に崩れ落ちた。
アリスの手には、濡れた冷たい感触だけが残される。
「ひゃっ!?」
「ははは、驚いたか? ごめんな、今までお前さんと話してたのは、本物のあたしじゃないんだ」
さっきまでにとりだった水溜まりから、乾いた笑い声が響いてきた。
「これぞ忍法『水分身の術』……じゃなくて、光学迷彩(オプティカルカモフラージュ)の先をゆく河童の新技術、
明鏡止水迷彩(ハイドロカモフラージュ)さ。どうかな、これなら立派な幻想的科学技術だと思わないかい?」
「ということは、あんたまだ魔理沙の近くにいるの?」
「いないねえ。あいつなら、あたしとチルノを置いてどっかへすっ飛んでいっちまったよ。
まったく……ホントあの人間は落ち着きってもんがない。頭の中身は鴉と一緒さ。キラキラ光るものに目がないんだ。
ちょっとでも面白そうなものを見つけると、他の事を忘れてすぐに飛びついて行く。困ったやつだよ、実際。
ま……あたしはそういう魔理沙が好きなんだけどね」
「……いやにはっきり言うのね」
「羨ましいならお前さんもそうすればいいさ」
「私……あんたみたいな真っ直ぐな妖怪じゃないから……」
「悲しい人形遣いのサガかねえ、そういうの。器用貧乏、遠回し、自分の糸でこんがらがって訳分かんなくなる。
お前さんはもっとバカになるべだと思うわマジで」
「そんな簡単じゃないわよ」
「そうでもないさ。お前さんならきっと一流のバカになれる。魔理沙に惹かれるやつってのは、みんなその素養があるわさ」
なんの根拠もなくせに、そうきっぱりと言い放たれた。
「そいじゃ、今度こそサヨナラだ。魔理沙のこと、よろしく頼んだ」
「待って!」
「なんだよ。あたしはあたしでけっこう忙しいんだよ」
言おうかどうしようか、一瞬迷う。
こんなことを訊いていいのかどうか。これを言ってしまうことで、なにかいらぬ藪蛇を突き出すことにはならないか。
だけど──やはり、聞かずにはいられなかった。
「魔理沙が心配なら、あんたが傍にいてあげればいいじゃない。なんで私なの?
私が……私だけが、魔理沙と仲良くしていて、あんたは悔しくならないの?」
「なんだ、そんなことかい。キミは実にバカだな。そんなんだから友達いないんだよ」
「はぐらかさないでよ! 本気で聞いてるんだから!」
「いや、簡単な話だわ。ここんとこ、魔理沙はずっとあたしらとつるみっぱなしだったからね。
温泉探して地底探検とか、あと今日の宝探しとか。だから、今夜は譲ってあげるってことさ。
抜け駆けはしない、してしまったなら償いをする、それが仁義ってもんだわいな」
「それが河童の美学ってやつ?」
アリスがそう問うと、にとりの声をした水溜りは、かかか、と面白そうに笑った。
「河童にそんな美学があるわけないだろ。バカだねぇ。
『抜け駆け禁止』がどこの世界の仁義か分からないとか、そんなんだから、お前さん他に友達いないんだよ」
なおもからから笑う声は、徐々に小さくなってゆき──、
そして水溜りは沈黙した。
暗い森の中をひとりとぼとぼと歩く少女、アリスは、もう何度目になるか分からない溜息をついた。
「はあ……」
さらに何度目になるか分からない挙動を繰り返す。
懐にしまっておいた紙包みを取り出して、それをぼんやりと眺める。
「結局、渡せなかった……魔理沙がいけないのよ。ホワイトデーを知らないのじゃ、渡せるはずがないわ」
それもまた、何度目になるか分からない言い訳。
でも、そうじゃない──そんなんじゃない。
知らないのなら、教えてやれば良かった。ただそれだけのこと。
そんな簡単なことが出来なかったのは、同じように簡単な理由から。
その理由とは──、
「やーれやれ、いったい全体、なににそんなにビビッてんだろうねえ、アリス・マーガトロイドくん?」
闇の中から、やたらに明るい声が飛んできた。
「────!?」
アリスは咄嗟に周囲を警戒するが、目に見えるような声の主の姿形はない。
「あたしにゃあ地霊殿の総領さまみたいな『心を読む程度の能力』や、八雲の紫御前みたいななんでも見透かす桁外れの脳味噌なんざぁ
これっぽちも持ち合わせちゃいねーが、それでも丸分かりだわさ──なんでお前さんが、想い人とすれ違ってしまうのか」
なおも声は朗らかに、闇のあちらこちらから響き渡っている。
どこかで聞き覚えのあるような声だったが、その声に妙に金属的なエフェクトが掛っていて正体を掴みづらい。
「誰? ルーミアなの?」
「思い込み(イデー・フィクス)だよアリスくん。そいつがお前さんを諦めムードにさせている。
どうせ上手くいくはずがない、また失敗するってな。そんな及び腰でいったいなにが出来るっていうんかね?」
「ルーミアじゃなくて井出さん?」
「違ぇよバカ。誰が井出さんだ。井出さんって誰だ」
「じゃ、じゃあ誰よ、姿を見せなさいっ」
「ふふん、見せろと言われて見せるバカがいるもんかね。声すれど姿そこにあらず──これぞ忍法『こだまかげろうの術』でござい」
からから反響する笑い声が、次第に近づいてくる。
そして、カーテンを開くように、あるいは雲の切れ目から光が差すように、ほんの瞬く間でアリスの目の前に一人の少女が登場した。
「なんちゃってー! 忍法じゃなくて光学迷彩(オプティカルカモフラージュ)でしたーっ!」
「あんたは……」
頭にちょこんと乗せたハンチング帽に襟を立てたハイコート、そして背中には大きなザック、その出で立ちには可愛らしさも色気もない。
「河童の科学技術は幻想郷いちィィィッ! イエス! みんなが知ってる『超妖怪弾頭』河城にとりちゃんでーす!」
気狂いじみたハイテンション、『見せろと言われて見せるバカ』──それが、河童の少女、にとりだった。
「……あんただったの、にとり」
「にとりなんですよー! ごめんねぇ、愛しの魔理沙ちゃんじゃなくて」
にとりは「ごめん↓ねぇ↑」という人を舐めたアクセントでアリスの神経を逆撫でする。
「私、あなたに構ってるほど暇じゃないのだけど。それじゃね」
まともに相手をするのも馬鹿馬鹿しく、ぞんざいに手を振ってその場から立ち去りかけようとして──、
「……ちょっと待ってよ。あなた、魔理沙と一緒じゃなかったの?」
ぴたりと足を止める。
確か、魔理沙はにとりからの連絡を受けてどことやらへすっ飛んでいったはずだが……?
「その通り。あたしはさっきまで魔理沙と一緒にいたさ。……ああ、心配すんな、チルノも一緒だったから」
「な、なにを心配しろっていうのよ」
「いんや、別にい。心配の種がないってんなら重畳さね」
「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
「そりゃこっちのセリフでしょうよ、アリスくん」
けたけた笑うにとりに、アニスはムカッときた。
魔理沙に対する自分の態度が煮え切らないのは自覚している。
そしてそれが、当の魔理沙には伝わらずとも他には周知のこととなっていることも、知っている。
だが──なにが悲しくて、こんな河童ごときにからかわれなければならいのか。
「そんな意地悪を言いに、わざわざ来たの?」
「いんや、あたしは意地悪じゃないさ。にとりの『に』は人情の『に』、ってね。
だから、お前さんが魔法の森の辺りにいると魔理沙に聞いたので、内密の話をしにきたんだわ。置きビームの使い手同士ののよしみでね」
「…………?」
「魔理沙のやつ……最近、なんかヤバいことに首突っ込んでた形跡はないかい?」
「どういう……意味?」
「今日の昼、風の便りで良くない話を聞いたんだわさ。八雲の紫御前が、魔理沙に対してなにかを仕掛けようとしているらしい」
深刻な面持ちで、にとりは告げた。
だが、同じく深刻な面持ちでにとりの言葉を待ち受けていたアリスは──、
「……それが、なによ」
はっきり言って拍子抜けだった。
「なにってお前さん、魔理沙が心配じゃないのかい? 薄情だな、だから友達いないんだよ」
「余計なお世話。というより、余計な心配よ。にとり、今日がなんの日か知らないの? というか今、さらっと何気に酷いこと言わなかった?」
「なにが余計な心配なんなのさ。今日は何の日? 別に酷いことは言ってないさ、事実だもんね」
「ええい、ややこしいから三ラインの話題を同時に走らせないでよ」
「三つも起点を作ったのはお前さんじゃねえか」
「絞りなさいよ」
「なにが余計な心配なんなのさ」
おそらく紫が企図しているであろうこと──ホワイトデーのことをにとりに説明しようとして、はたと言葉に詰まる。
どこから説明したものか。『外の世界』にそういう風習があることから?
それともざっくり端折って、一ヶ月前のあの日、魔理沙が魔符「スターダストレヴァリエ」を用いて幻想郷にチョコをばらまいたことから?
そもそも、にとりは魔理沙からのチョコを受け取っているのだろうか。
ちょっと面倒になったアリスは、さしあたっての結論だけを口にするに留めた。
「……えーと、まあとにかく、心配することじゃないわよ。紫はいい人よ?」
だってバレンタインデーの件で、チョコの材料を調達してくれたしね、と心の中で付け加える。
しかし、そんな答えではにとりは納得していないようだった。
「いい人? あの御前が? おいおい、頼むよアリスくん。お前さん、どうかしちまったのかい?
こともあろうに……あのスキマ妖怪がいい妖怪ってのはあり得ないわ。絶対にない」
「いやにはっきり言うのね」
「そりゃ、お前さん友達いないから、こういう微妙な問題はピンと来ないかもしれんけどさ」
「大きなお世話だってば」
「いやさ、例えばの話、あたしら河童ってさ、御前から睨まれてんのよ」
「どうして?」
「河童が科学技術を使うからだよ」
それは初耳だった。
「幻想郷は全てを受け入れる」と公言して憚らないあの八雲紫が、なぜ河童が科学を使うことを厭うのだろうか。
「なんでかちうと、『外の世界』から見て微妙にリアルだからだよ、河童の科学が。
光学迷彩(オプティカルカモフラージュ)だってそうさ。こいつは今の外の世界じゃまずお目にかかれない逸品だけどさ、
外の世界の科学ってやつは常に進歩してんだ。この程度の技術は、もはや遠い日の花火なんかじゃないのよさ。
──もしそれが『現実』となったら、あたしたちの科学は幻想郷のルールに抵触することになる。
『よそはよそ、うちはうち』っていう、唯一にして絶対の指針(ドクトリン)……、
幻想と現実のバランスが逆転することで、この幻想郷を包む二重の結界に歪みが生じること可能性を、御前は決して許しはしないのさ。
だから、あたしたちは外の世界に負けないように日々技術を発展させている。
『極度に発達した科学は魔法と見分けがつかない』って箴言に従い、河童の科学を『幻想』であり続けさせるためにね」
「そんな七面倒ことするくらいなら科学を捨てよう、とかは思わないの?」
「そうするくらいならいっそ幻想郷から出ていく方を選ぶね」
「……なんか、馬鹿みたいね」
「凡人凡妖怪風情には伝わるまいが、これこそが河童の美学さ」
などと、にとりはやたらシニカルな仕草で片頬を歪めた。
「ってあたしのことは別にいいんだった。問題は魔理沙だわいな魔理沙。とにかく御前はヤバいんだよ、頭も性格も能力も。
万が一にあの御方が仕組もうとしているのが、御前なりの100%の善意の賜物でも、あたしだったら全力で事に備えておくね。
あのスキマ妖怪はそういう傍迷惑が服着て歩いてるような妖怪なんだよ。あの御方のサプライズってのはサドンデスと同義なんだ」
にとりの話だけを聞くとなんか酷い言われようだが、確かにあの境界オバケにはそういう掴みどころのなさがあるのは、
アリスも素直に認めるかしかない。
「分かったわ。だったら、霊夢に探りを入れてみる。あの子なら紫の腹も探れるでしょう」
「そうじゃねーよ、バカ」
「だ、誰がバカよ!」
「もちろんお前さんだよ。もっと客観的に自分を見つめなせえ。お前さんそんなんだから友達いないんだわよ」
「三度目!」
「へん、だったら仏でも連れてこいっつーの。なんで『魔理沙が心配だ』って話してんのに霊夢のところに行くんだってば。
河童の忠告くらい真面目に受け取れって。そういうバカなこと言ってるバカだからバカって言ったんよ。
さて今何回バカって言ったでしょうか」
「三回と見せかけて、最後の含めて四回でしょ? 引っかかるもんですか」
「残念、五回です」
「なんでよ」
「そんくらい自分で考えるんだね。じゃ、帰るわ」
「え、ちょっと!」
引き留めようと、にとりの肩をつかんだ瞬間、彼女の身体が水の流れとなって地面に崩れ落ちた。
アリスの手には、濡れた冷たい感触だけが残される。
「ひゃっ!?」
「ははは、驚いたか? ごめんな、今までお前さんと話してたのは、本物のあたしじゃないんだ」
さっきまでにとりだった水溜まりから、乾いた笑い声が響いてきた。
「これぞ忍法『水分身の術』……じゃなくて、光学迷彩(オプティカルカモフラージュ)の先をゆく河童の新技術、
明鏡止水迷彩(ハイドロカモフラージュ)さ。どうかな、これなら立派な幻想的科学技術だと思わないかい?」
「ということは、あんたまだ魔理沙の近くにいるの?」
「いないねえ。あいつなら、あたしとチルノを置いてどっかへすっ飛んでいっちまったよ。
まったく……ホントあの人間は落ち着きってもんがない。頭の中身は鴉と一緒さ。キラキラ光るものに目がないんだ。
ちょっとでも面白そうなものを見つけると、他の事を忘れてすぐに飛びついて行く。困ったやつだよ、実際。
ま……あたしはそういう魔理沙が好きなんだけどね」
「……いやにはっきり言うのね」
「羨ましいならお前さんもそうすればいいさ」
「私……あんたみたいな真っ直ぐな妖怪じゃないから……」
「悲しい人形遣いのサガかねえ、そういうの。器用貧乏、遠回し、自分の糸でこんがらがって訳分かんなくなる。
お前さんはもっとバカになるべだと思うわマジで」
「そんな簡単じゃないわよ」
「そうでもないさ。お前さんならきっと一流のバカになれる。魔理沙に惹かれるやつってのは、みんなその素養があるわさ」
なんの根拠もなくせに、そうきっぱりと言い放たれた。
「そいじゃ、今度こそサヨナラだ。魔理沙のこと、よろしく頼んだ」
「待って!」
「なんだよ。あたしはあたしでけっこう忙しいんだよ」
言おうかどうしようか、一瞬迷う。
こんなことを訊いていいのかどうか。これを言ってしまうことで、なにかいらぬ藪蛇を突き出すことにはならないか。
だけど──やはり、聞かずにはいられなかった。
「魔理沙が心配なら、あんたが傍にいてあげればいいじゃない。なんで私なの?
私が……私だけが、魔理沙と仲良くしていて、あんたは悔しくならないの?」
「なんだ、そんなことかい。キミは実にバカだな。そんなんだから友達いないんだよ」
「はぐらかさないでよ! 本気で聞いてるんだから!」
「いや、簡単な話だわ。ここんとこ、魔理沙はずっとあたしらとつるみっぱなしだったからね。
温泉探して地底探検とか、あと今日の宝探しとか。だから、今夜は譲ってあげるってことさ。
抜け駆けはしない、してしまったなら償いをする、それが仁義ってもんだわいな」
「それが河童の美学ってやつ?」
アリスがそう問うと、にとりの声をした水溜りは、かかか、と面白そうに笑った。
「河童にそんな美学があるわけないだろ。バカだねぇ。
『抜け駆け禁止』がどこの世界の仁義か分からないとか、そんなんだから、お前さん他に友達いないんだよ」
なおもからから笑う声は、徐々に小さくなってゆき──、
そして水溜りは沈黙した。
騒々しい河童(の迷彩)がいなくなったことで、魔法の森は再び静寂に包まれた。
いやにくっきりとした線の月が浮かぶ夜空を見上げ、アリスはこれからのことについて考える。
どうするかは決まっている。
だが、そこへ至る道は二つあった。
一つは、霊夢の元を訪れ、八雲紫の企画を探り出すこと。
そして、もう一つは──。
「無理よ……だって、見つけられる訳ないもの。この暗さじゃ」
そう──もう夜が来ている。
この暗い空から、今も縦横無尽に飛びまわっているであろう、あの全身黒ずくめ魔法使いの少女を探し当てるなど、不可能に近い。
そう、それこそ、この空から星をひとつ盗み取るくらいに不可能な──、
「ほ、し……」
アリスの目が大きく見開かれる。
昼までの雨がまるで嘘のような、晴れ渡った夜だった。
アリスの瞳に映るのは、いやにくっきりとした線の月、そして──、
それだけだった。
「ほ、星が……無い!?」
暗い水底にぽっかり空いた穴のように、丸い月がただそこにあるだけだった。
いつもは無数に煌く星々が、ひとつ残らず消えていた。
度を失ったアリスが呆然として月を眺めているのへ、
「アリス!」
叫ぶ声より先に、空から闇が降ってきた。
その闇はアリスに直進し、眼前で急停止しようとした勢いを殺せぬままアリスの身体にもろにぶつかる。
「うわっ……!」
訳が分からぬまま、もんどりうって地面を転がるアリス。
急に月から目を離したことで、光に慣れてしまったままの視界が闇に染まる。
「…………?」
アリスの身体になにか重くて柔らかいものがのしかかっており、それはちょうどアリスの正面で抱える感じになっていた。
その眼の前にあるものを知ろうと、ぺたぺたと触ってみる。
ふさふさした毛、ほんのり熱い触感、そして荒い呼吸音。
(野生の……動物?)
そう思ってよく触ると、確かに生き物っぽい感触だった。確かに骨格っぽい形に、肉っぽい柔らかさの手応えがある。
むにゅ。
「おい、どこ触ってんだ」
「はい?」
やっと闇に慣れつつあるアリスの視界にゆっくりと浮かび上がるのは──、
「ま……」
闇に溶けるような黒い魔法装束、その下に着込んだ白いブラウス。黒い山高帽。めくれた黒いスカートからのぞく白いドロワース。
「おい、いつまで触ってんだ」
「魔理沙!?」
頬を真っ赤に紅潮させ、胸を鷲掴みにされている魔理沙がいた。
「そんな大きな声を出すなよ。耳に痛いだろ。言われなくたって、自分が誰かなんて知ってるさ」
「あ、ああ、あの、ごめんなさい」
魔理沙の赤い顔に気づき、慌てて手を離す。
しかし、彼女は別に羞恥のために頬を染めている訳ではなさそうで、
「あー、暑い暑い」
手でぱたぱた風を送る喉には汗の滴が幾筋も垂れている。
と思いきや、いきなりアリスの手を掴んで自分の喉元──というか、開いたブラウスのほとんど胸元と言っていい位置──に持ってきた。
「ちょ、ちょ、ちょっと魔理沙!」
「あー、アリスの手冷やっこいー」
ぶるっと気持ちそさそうに震えるする魔理沙の唇に一瞬見とれ、だがすぐ我に返り、
「そ、そりゃさっき冷水触ったから……って違う!」
「そう、違う!」
ツッコミを被せられて思考が停止したアリスに、魔理沙がずいと詰め寄る。
「違うんだ、アリス! それどころじゃない! お前視たか!? 違うな視てないか!? ──星が盗まれたんだ!」
そう意気込んで星の消失した空を示す。
アリスはぼうっと空を見て、次に魔理沙を見る。
彼女の瞳には夜空が映っている。星のない空を。光の褪せた、昏い空。
(なのに……どうしてそんなにキラキラしているの?)
「くそう、誰だか知らんが、この私から星を盗み取るとはいい度胸だぜ!」
「別に貴女のものじゃないでしょうに」
星が消えるというセンセーショナルな事件に大興奮の魔理沙に、そんな常識的な発言が届く道理もなかった。
「分かっただろ、アリス! これは久々の『異変』だ! さあ行くぞ!」
はしゃぎの気が脳天を突き抜けて完全に浮かれている魔理沙は、アリスの手を引っ張って立ち上がらせようとする。
「行くって……どこへ?」
「知るかよ! とにかく空を飛びまわってりゃ星を盗んだ犯人に出くわすって寸法だぜ!」
明らかに無理のある寸法だったが、魔理沙はそのことには疑問を抱いていない様子だった。
「犯人見つけて、どうするのよ」
「決まってるだろ。盗まれものは……盗み返す!」
「……すっかり盗賊稼業が板に付いてきたわね」
「いやいや、勘違いしてもらっちゃ困るな。私は正義の魔法使いだ。星が無くなると大変だぜ。
星見酒が飲めなくなるし星明かりの宝探しも出来なくなる。
ついでに星占いも出来なくなって乙女の恋心の大ピンチだ。そんな危機に義憤の念を禁じえないのがこの私さ」
言いながらもぐいぐいアリス手の引いて立たせようとする。
「ほら早く立てよ。お前の腕だけ持っていってもしょうがないんだ。
これ以上疲れさせないでくれよ。こっちは今の今までお前を探して幻想郷中を飛びまわっていたんだから」
「……そうなの?」
「あー? こんな嘘吐いて誰が得するんだよ。見ろよこの汗。もうだっらだら。
というか早く立てって。どうした。尻でも穴にすっぽりハマったか? その地面の下には蜂蜜がたっぷり埋まってるのか?」
遊びの時間が待ち遠しい子供のようにそわそわ落ち着きのない態度で、
「空(うつほ)! 来い!」
わざわざ名前で呼んでから指笛を吹くという無駄な手順を踏んで、鴉を肩に止まらせる。
つくづく『遊び』が大好きなやつだな、とちょっと呆れるアリスへ、
「なんだよもう焦れったいな。行くのか? 行かないのか?」
その真っ直ぐな瞳に見つめられ、
「──仕方ないわね。行くわ」
引かれる手に任せて立ち上がる。
「よっしゃ、『禁呪の詠唱チーム』の再結成だな」
「またそんな大口叩いて。禁呪なんて古の魔法の知識、貴女みたいなお馬鹿さんが持ってるわけないじゃない。ほとんどが創作魔法でしょう」
「いいんだよ、こういうのはノリなんだから」
いやにくっきりとした線の月が浮かぶ夜空を見上げ、アリスはこれからのことについて考える。
どうするかは決まっている。
だが、そこへ至る道は二つあった。
一つは、霊夢の元を訪れ、八雲紫の企画を探り出すこと。
そして、もう一つは──。
「無理よ……だって、見つけられる訳ないもの。この暗さじゃ」
そう──もう夜が来ている。
この暗い空から、今も縦横無尽に飛びまわっているであろう、あの全身黒ずくめ魔法使いの少女を探し当てるなど、不可能に近い。
そう、それこそ、この空から星をひとつ盗み取るくらいに不可能な──、
「ほ、し……」
アリスの目が大きく見開かれる。
昼までの雨がまるで嘘のような、晴れ渡った夜だった。
アリスの瞳に映るのは、いやにくっきりとした線の月、そして──、
それだけだった。
「ほ、星が……無い!?」
暗い水底にぽっかり空いた穴のように、丸い月がただそこにあるだけだった。
いつもは無数に煌く星々が、ひとつ残らず消えていた。
度を失ったアリスが呆然として月を眺めているのへ、
「アリス!」
叫ぶ声より先に、空から闇が降ってきた。
その闇はアリスに直進し、眼前で急停止しようとした勢いを殺せぬままアリスの身体にもろにぶつかる。
「うわっ……!」
訳が分からぬまま、もんどりうって地面を転がるアリス。
急に月から目を離したことで、光に慣れてしまったままの視界が闇に染まる。
「…………?」
アリスの身体になにか重くて柔らかいものがのしかかっており、それはちょうどアリスの正面で抱える感じになっていた。
その眼の前にあるものを知ろうと、ぺたぺたと触ってみる。
ふさふさした毛、ほんのり熱い触感、そして荒い呼吸音。
(野生の……動物?)
そう思ってよく触ると、確かに生き物っぽい感触だった。確かに骨格っぽい形に、肉っぽい柔らかさの手応えがある。
むにゅ。
「おい、どこ触ってんだ」
「はい?」
やっと闇に慣れつつあるアリスの視界にゆっくりと浮かび上がるのは──、
「ま……」
闇に溶けるような黒い魔法装束、その下に着込んだ白いブラウス。黒い山高帽。めくれた黒いスカートからのぞく白いドロワース。
「おい、いつまで触ってんだ」
「魔理沙!?」
頬を真っ赤に紅潮させ、胸を鷲掴みにされている魔理沙がいた。
「そんな大きな声を出すなよ。耳に痛いだろ。言われなくたって、自分が誰かなんて知ってるさ」
「あ、ああ、あの、ごめんなさい」
魔理沙の赤い顔に気づき、慌てて手を離す。
しかし、彼女は別に羞恥のために頬を染めている訳ではなさそうで、
「あー、暑い暑い」
手でぱたぱた風を送る喉には汗の滴が幾筋も垂れている。
と思いきや、いきなりアリスの手を掴んで自分の喉元──というか、開いたブラウスのほとんど胸元と言っていい位置──に持ってきた。
「ちょ、ちょ、ちょっと魔理沙!」
「あー、アリスの手冷やっこいー」
ぶるっと気持ちそさそうに震えるする魔理沙の唇に一瞬見とれ、だがすぐ我に返り、
「そ、そりゃさっき冷水触ったから……って違う!」
「そう、違う!」
ツッコミを被せられて思考が停止したアリスに、魔理沙がずいと詰め寄る。
「違うんだ、アリス! それどころじゃない! お前視たか!? 違うな視てないか!? ──星が盗まれたんだ!」
そう意気込んで星の消失した空を示す。
アリスはぼうっと空を見て、次に魔理沙を見る。
彼女の瞳には夜空が映っている。星のない空を。光の褪せた、昏い空。
(なのに……どうしてそんなにキラキラしているの?)
「くそう、誰だか知らんが、この私から星を盗み取るとはいい度胸だぜ!」
「別に貴女のものじゃないでしょうに」
星が消えるというセンセーショナルな事件に大興奮の魔理沙に、そんな常識的な発言が届く道理もなかった。
「分かっただろ、アリス! これは久々の『異変』だ! さあ行くぞ!」
はしゃぎの気が脳天を突き抜けて完全に浮かれている魔理沙は、アリスの手を引っ張って立ち上がらせようとする。
「行くって……どこへ?」
「知るかよ! とにかく空を飛びまわってりゃ星を盗んだ犯人に出くわすって寸法だぜ!」
明らかに無理のある寸法だったが、魔理沙はそのことには疑問を抱いていない様子だった。
「犯人見つけて、どうするのよ」
「決まってるだろ。盗まれものは……盗み返す!」
「……すっかり盗賊稼業が板に付いてきたわね」
「いやいや、勘違いしてもらっちゃ困るな。私は正義の魔法使いだ。星が無くなると大変だぜ。
星見酒が飲めなくなるし星明かりの宝探しも出来なくなる。
ついでに星占いも出来なくなって乙女の恋心の大ピンチだ。そんな危機に義憤の念を禁じえないのがこの私さ」
言いながらもぐいぐいアリス手の引いて立たせようとする。
「ほら早く立てよ。お前の腕だけ持っていってもしょうがないんだ。
これ以上疲れさせないでくれよ。こっちは今の今までお前を探して幻想郷中を飛びまわっていたんだから」
「……そうなの?」
「あー? こんな嘘吐いて誰が得するんだよ。見ろよこの汗。もうだっらだら。
というか早く立てって。どうした。尻でも穴にすっぽりハマったか? その地面の下には蜂蜜がたっぷり埋まってるのか?」
遊びの時間が待ち遠しい子供のようにそわそわ落ち着きのない態度で、
「空(うつほ)! 来い!」
わざわざ名前で呼んでから指笛を吹くという無駄な手順を踏んで、鴉を肩に止まらせる。
つくづく『遊び』が大好きなやつだな、とちょっと呆れるアリスへ、
「なんだよもう焦れったいな。行くのか? 行かないのか?」
その真っ直ぐな瞳に見つめられ、
「──仕方ないわね。行くわ」
引かれる手に任せて立ち上がる。
「よっしゃ、『禁呪の詠唱チーム』の再結成だな」
「またそんな大口叩いて。禁呪なんて古の魔法の知識、貴女みたいなお馬鹿さんが持ってるわけないじゃない。ほとんどが創作魔法でしょう」
「いいんだよ、こういうのはノリなんだから」
──かくして、人間と妖怪が星のない空に舞い上がる。
人間は空に消えた星を探すため。
妖怪は恋する瞳に秘められた星の秘密を探すため。
人間は空に消えた星を探すため。
妖怪は恋する瞳に秘められた星の秘密を探すため。