徳川ホテル西門では、機動隊とテロリスト部隊による激しい衝突が始まっていた。
守る側と攻める側、互いに相反する目的に従いながら、誇りを懸けて一進一退の攻防を
繰り広げる。
部隊の最後尾で指揮を執るテロリストらの幹部、ケント。身長250センチ以上を誇る
ギネス級の大巨人である。
「ジャパニーズポリスもなかなか優秀なようだな……」
長引かせては、警察側に新たな戦力を投入され不利になるのは明らか。とはいえ膠着を
脱する妙案もなく、ケントが手をこまねいていると、彼の背後に見知らぬ四トントラック
が停車した。
「何者かね……?」
「私ですよ、ケントさん」
「アレン君!」
トラックの助手席から、眼鏡と白衣を身につけた科学者風の男が降り立った。
名はアレン。テロリストに助力するという名目のもと、彼らから資本を得て、生物兵器
の開発を行っている。
「大統領なんてさっさと殺しちゃえばいいのに、いつまでかかってるンですかァ、だらし
がない」
「アレン君……君は我々を侮辱するつもりか……ッ!」
「私は一科学者として事実を述べているまでですよ。はっきり申し上げますが、このまま
では大統領暗殺は失敗しますね。あえて確率でいうと、百パーセントほどで」
アレンの指摘は正しかった。ゆえに、ケントは悔しさで唇を歪めるしかない。
「しかしまァ……私が来たからにはもう心配いりません。私が造り上げた“彼”からすれ
ば、武器を持った警官も、虫ケラと大差ありませんから」
「ついに完成したというのか、究極の生物兵器が……ッ!」
「えぇ」
アレンが得意げに指を弾くと、アレンが乗っていたトラックの荷台部が突如として大破
した。内側から恐るべき怪力で破壊されたのだ。
ぐしゃぐしゃになった鋼鉄の荷台から飛び出したのは、なんとアフリカゾウ。
「こいつには私が調合した特殊な興奮剤を投与してあります。一般的なゾウの数十倍の戦
闘力を誇り、たとえ相手が装甲車でも互角以上に戦ってのけるでしょう」
長い鼻を振り上げ、荒れ狂い、凶暴な鳴き声を上げるゾウにケントは絶句した。
「す、すごい……ッ! これが我々に加われば、一気にホテルになだれ込めるッ!」
だが強力な援軍に感動するケントに水を差すように、アレンが告げる。
「あのォ~……いつ私の作品がこいつだなんていいましたか?」
「え?」
「あのゾウは“彼”のウォーミングアップの材料に過ぎませんよ」
「ウォーミング……アップ……?」
アレンの研究発表の本番はここからであった。
「そこはほら、話すより見せる方が早いでしょ」
──この直後に発生した惨劇によって、ケントは失禁することとなる。
守る側と攻める側、互いに相反する目的に従いながら、誇りを懸けて一進一退の攻防を
繰り広げる。
部隊の最後尾で指揮を執るテロリストらの幹部、ケント。身長250センチ以上を誇る
ギネス級の大巨人である。
「ジャパニーズポリスもなかなか優秀なようだな……」
長引かせては、警察側に新たな戦力を投入され不利になるのは明らか。とはいえ膠着を
脱する妙案もなく、ケントが手をこまねいていると、彼の背後に見知らぬ四トントラック
が停車した。
「何者かね……?」
「私ですよ、ケントさん」
「アレン君!」
トラックの助手席から、眼鏡と白衣を身につけた科学者風の男が降り立った。
名はアレン。テロリストに助力するという名目のもと、彼らから資本を得て、生物兵器
の開発を行っている。
「大統領なんてさっさと殺しちゃえばいいのに、いつまでかかってるンですかァ、だらし
がない」
「アレン君……君は我々を侮辱するつもりか……ッ!」
「私は一科学者として事実を述べているまでですよ。はっきり申し上げますが、このまま
では大統領暗殺は失敗しますね。あえて確率でいうと、百パーセントほどで」
アレンの指摘は正しかった。ゆえに、ケントは悔しさで唇を歪めるしかない。
「しかしまァ……私が来たからにはもう心配いりません。私が造り上げた“彼”からすれ
ば、武器を持った警官も、虫ケラと大差ありませんから」
「ついに完成したというのか、究極の生物兵器が……ッ!」
「えぇ」
アレンが得意げに指を弾くと、アレンが乗っていたトラックの荷台部が突如として大破
した。内側から恐るべき怪力で破壊されたのだ。
ぐしゃぐしゃになった鋼鉄の荷台から飛び出したのは、なんとアフリカゾウ。
「こいつには私が調合した特殊な興奮剤を投与してあります。一般的なゾウの数十倍の戦
闘力を誇り、たとえ相手が装甲車でも互角以上に戦ってのけるでしょう」
長い鼻を振り上げ、荒れ狂い、凶暴な鳴き声を上げるゾウにケントは絶句した。
「す、すごい……ッ! これが我々に加われば、一気にホテルになだれ込めるッ!」
だが強力な援軍に感動するケントに水を差すように、アレンが告げる。
「あのォ~……いつ私の作品がこいつだなんていいましたか?」
「え?」
「あのゾウは“彼”のウォーミングアップの材料に過ぎませんよ」
「ウォーミング……アップ……?」
アレンの研究発表の本番はここからであった。
「そこはほら、話すより見せる方が早いでしょ」
──この直後に発生した惨劇によって、ケントは失禁することとなる。
しけい荘メンバーで西門警備を託されているスペックはというと──寝ていた。
「待ッテルノハダルイカラヨ、敵ガ来タラ起コシテクレヤ」と、ごろりと寝転がったき
り、ぐっすりと眠っている。大きなあくびと歯軋り、口から惜しげもなく垂れている涎が
その証拠といえよう。
スペックも一応は人間なので、眠れば当然夢を見る。自分が大好きな彼は、原則として
自分自身を脅かすような夢を作り出さない。97年間、ずっとそうだった。
しかし本日、生涯で初めて彼は「悪夢」によるショックで眠りから目を覚ました。否、
目を覚めさせられた。
「ウオオオオオオオッ?!」
夢の中ですら形を具現化できぬほどの、想像を絶した化け物に、他ならぬスペック自身
が喰われる夢──。
人は時折、悪夢に対して「これから現実になるかも」と正夢化の懸念をするが、この時
のスペックに関してはそれはなかった。
なぜなら、正夢だったから。
起きたと同時に、悪夢が現実となって襲ってきたから。
「ナンダコイツハァッ!」
スペックほどの怪人が総毛立つほどの、とびきりの化け物。
体重100キロはあろう『巨大カマキリ』が前脚イコール鎌を振りかざし、眼前に立っ
ていた。
「待ッテルノハダルイカラヨ、敵ガ来タラ起コシテクレヤ」と、ごろりと寝転がったき
り、ぐっすりと眠っている。大きなあくびと歯軋り、口から惜しげもなく垂れている涎が
その証拠といえよう。
スペックも一応は人間なので、眠れば当然夢を見る。自分が大好きな彼は、原則として
自分自身を脅かすような夢を作り出さない。97年間、ずっとそうだった。
しかし本日、生涯で初めて彼は「悪夢」によるショックで眠りから目を覚ました。否、
目を覚めさせられた。
「ウオオオオオオオッ?!」
夢の中ですら形を具現化できぬほどの、想像を絶した化け物に、他ならぬスペック自身
が喰われる夢──。
人は時折、悪夢に対して「これから現実になるかも」と正夢化の懸念をするが、この時
のスペックに関してはそれはなかった。
なぜなら、正夢だったから。
起きたと同時に、悪夢が現実となって襲ってきたから。
「ナンダコイツハァッ!」
スペックほどの怪人が総毛立つほどの、とびきりの化け物。
体重100キロはあろう『巨大カマキリ』が前脚イコール鎌を振りかざし、眼前に立っ
ていた。
満足げなアレンと、血の気を失っているケント。彼らの前に転がる、もはや原形を留め
ぬほどに解体されたアフリカゾウの死骸。アレンの研究成果の一端である。
「もっと粘ってくれるかと期待したけど、こんなもんですかねェ」
「ア、アレン君……なんだったんだ、さっきの化け物は……。突然空から音もなく降って
来て、ゾウをあっという間に……」
「カマキリですよ。一目で分かるでしょうに」
「あんなでかいカマキリがいるかッ!」
小指で耳をほじくり、付着した耳くそを吐息で飛ばすと、アレンはわざとらしくため息
をついた。
「ですからァ、あの巨大カマキリこそが私の作品なのですよ。遺伝子操作とクローン技術
による──ね」
「しかし、なんでまたカマキリ……?」
「地上の生物が全て同じ大きさになったと仮定したら、カマキリは最強候補の一角に挙げ
られます。あのパワー、俊敏性、そして象徴ともいえる二丁の前脚(カマ)……。中国に
はカマキリの動きを模倣した武術もあるそうですよ」
ケントはアフリカゾウを苦もなく瞬殺した、巨大カマキリの猛威を思い返した。
「体重100キロのカマキリ──せいぜい思春期の少年の空想でしか存在しえぬ化け物を、
私は造り出したのですよ」アレンは仰々しく、自分の頭と胸を指差した。「ここと、ここ
でね。あいにく餌はチョウチョってわけにはいきませんが」
両手でカマキリの真似をし、けらけらと笑うアレン。
「カマキリが強いことはよく分かった……。だが、あんなのを野放しにしてしまって大丈
夫なのか? 敵味方の区別はきちんとつくのか?」
ケントのもっともな疑問に、アレンは驚くほどあっけらかんといい放つ。
「さァ……? そんなことは私は知りません」
ぬほどに解体されたアフリカゾウの死骸。アレンの研究成果の一端である。
「もっと粘ってくれるかと期待したけど、こんなもんですかねェ」
「ア、アレン君……なんだったんだ、さっきの化け物は……。突然空から音もなく降って
来て、ゾウをあっという間に……」
「カマキリですよ。一目で分かるでしょうに」
「あんなでかいカマキリがいるかッ!」
小指で耳をほじくり、付着した耳くそを吐息で飛ばすと、アレンはわざとらしくため息
をついた。
「ですからァ、あの巨大カマキリこそが私の作品なのですよ。遺伝子操作とクローン技術
による──ね」
「しかし、なんでまたカマキリ……?」
「地上の生物が全て同じ大きさになったと仮定したら、カマキリは最強候補の一角に挙げ
られます。あのパワー、俊敏性、そして象徴ともいえる二丁の前脚(カマ)……。中国に
はカマキリの動きを模倣した武術もあるそうですよ」
ケントはアフリカゾウを苦もなく瞬殺した、巨大カマキリの猛威を思い返した。
「体重100キロのカマキリ──せいぜい思春期の少年の空想でしか存在しえぬ化け物を、
私は造り出したのですよ」アレンは仰々しく、自分の頭と胸を指差した。「ここと、ここ
でね。あいにく餌はチョウチョってわけにはいきませんが」
両手でカマキリの真似をし、けらけらと笑うアレン。
「カマキリが強いことはよく分かった……。だが、あんなのを野放しにしてしまって大丈
夫なのか? 敵味方の区別はきちんとつくのか?」
ケントのもっともな疑問に、アレンは驚くほどあっけらかんといい放つ。
「さァ……? そんなことは私は知りません」