しけい荘203号室。シコルスキーとゲバルは暇を持て余していた。
「ゲバル、なんか面白い話とかないのか?」
「ン~……面白い話はないが……」
「ないが?」
「面白いゲームなら知っている」
目を輝かせ、身を乗り出すシコルスキー。
「どういうゲームなんだ?」
「ルーザールーズといって、ハンカチを使うゲームさ。もっともハンカチでなくとも丈夫
な布であればいいがね」
ルーザールーズ。シコルスキーには初耳だった。
「聞いたことがないな」
「へぇ、俺の故郷や米国(ステーツ)らへんじゃ結構有名なゲームだけどな」
「あいにく、ロシアは情報が閉ざされた国でね……暗黒街はそうでもないらしいが」
過剰に沈むシコルスキーを、ゲバルが励ます。
「あまり気にしないことだ。せっかくだし、アパートの皆を集めて説明しようか」
「ゲバル、なんか面白い話とかないのか?」
「ン~……面白い話はないが……」
「ないが?」
「面白いゲームなら知っている」
目を輝かせ、身を乗り出すシコルスキー。
「どういうゲームなんだ?」
「ルーザールーズといって、ハンカチを使うゲームさ。もっともハンカチでなくとも丈夫
な布であればいいがね」
ルーザールーズ。シコルスキーには初耳だった。
「聞いたことがないな」
「へぇ、俺の故郷や米国(ステーツ)らへんじゃ結構有名なゲームだけどな」
「あいにく、ロシアは情報が閉ざされた国でね……暗黒街はそうでもないらしいが」
過剰に沈むシコルスキーを、ゲバルが励ます。
「あまり気にしないことだ。せっかくだし、アパートの皆を集めて説明しようか」
ルーザールーズというゲームについて、各々の反応ははっきりと二極化した。
知っていたのはゲバルと、アメリカ出身のオリバ、ドリアン、スペック。懐郷心が刺激
されたのか、子供のようにはしゃいでいる。一方シコルスキー、ドイル、柳の三人はルー
ザールーズのルの字も知らなかった。
分からない三人のために、ゲバルが説明を開始する。
「難しいゲームじゃない。ルールは至って簡単、二人でハンカチを握り合って殴り合う。
勝敗は、先にハンカチを離した方が敗けだ。元々は貴族発祥のゲームで、ハンカチを失っ
た者(ルーザー)が名誉をも失う(ルーズ)というのがネーミングの由来になっている」
「ずいぶん簡単だね」腕を組み、柳が感想を述べる。
「ようするに、パンチ(打撃)力とピンチ(つまむ)力が勝敗を左右するゲームってとこ
ろか」顎に手を当て、ドイルが分析する。
「基本的にはね。しかしこなれてくると、驚かせた隙にハンカチを引っぱったり、顎を狙
ってハンカチを握ってるのを一瞬忘れさせる、などといった風に色々と戦略を立てられる
ようになる」
ルール説明を終えたところで、まずはルーザールーズを知っているオリバとゲバルがや
ってみることになった。
「いやァ~童心に帰るよ、ゲバル」
「俺もだ、アンチェイン」
決闘開始。一撃が重いオリバと、手数で攻めるゲバル。一進一退の攻防が続く。
ゲバルが一本拳で顎に連撃を浴びせれば、オリバは腹部に強烈なボディブローを喰らわ
せる。しかし、どちらもハンカチを決して離さない。
しばらく殴り合いを続けた後、オリバがふと提案をする。
「ゲバル、そろそろアレをやってみないか」
「アレとは?」
「ジルベルトスタイルさ」
ルーザールーズの変則ルール、ジルベルトスタイル。ハンカチを握らず、手に乗せただ
けの状態で戦うことをこう呼ぶ。なおジルベルトという名は、かつてシチリアで名を馳せ
たホテル王から来ている。
大いに盛り上がるスペックとドリアン。
「オォ~“ジルスタ”カヨッ! 二人トモ通ダナ、ハハハハハッ!」
「いきなり“ジルスタ”とは……なんとファンタスティックな」
どうやらルーザールーズ通はジルベルトスタイルを「ジルスタ」と略すらしい。ドイル
と柳は完全に取り残されている。
「なァ柳……こういうのって辛いよな」
「えぇ、ドイルさんとシコルスキーさんがいるからまだマシだが……一人だったらかなり
きついだろう」
「──くしゅるっ!」
あまりに突然のシコルスキーの強烈なくしゃみによって、ハンカチは吹き飛ばされた。
ルーザールーズジルベルトスタイル、終了。
知っていたのはゲバルと、アメリカ出身のオリバ、ドリアン、スペック。懐郷心が刺激
されたのか、子供のようにはしゃいでいる。一方シコルスキー、ドイル、柳の三人はルー
ザールーズのルの字も知らなかった。
分からない三人のために、ゲバルが説明を開始する。
「難しいゲームじゃない。ルールは至って簡単、二人でハンカチを握り合って殴り合う。
勝敗は、先にハンカチを離した方が敗けだ。元々は貴族発祥のゲームで、ハンカチを失っ
た者(ルーザー)が名誉をも失う(ルーズ)というのがネーミングの由来になっている」
「ずいぶん簡単だね」腕を組み、柳が感想を述べる。
「ようするに、パンチ(打撃)力とピンチ(つまむ)力が勝敗を左右するゲームってとこ
ろか」顎に手を当て、ドイルが分析する。
「基本的にはね。しかしこなれてくると、驚かせた隙にハンカチを引っぱったり、顎を狙
ってハンカチを握ってるのを一瞬忘れさせる、などといった風に色々と戦略を立てられる
ようになる」
ルール説明を終えたところで、まずはルーザールーズを知っているオリバとゲバルがや
ってみることになった。
「いやァ~童心に帰るよ、ゲバル」
「俺もだ、アンチェイン」
決闘開始。一撃が重いオリバと、手数で攻めるゲバル。一進一退の攻防が続く。
ゲバルが一本拳で顎に連撃を浴びせれば、オリバは腹部に強烈なボディブローを喰らわ
せる。しかし、どちらもハンカチを決して離さない。
しばらく殴り合いを続けた後、オリバがふと提案をする。
「ゲバル、そろそろアレをやってみないか」
「アレとは?」
「ジルベルトスタイルさ」
ルーザールーズの変則ルール、ジルベルトスタイル。ハンカチを握らず、手に乗せただ
けの状態で戦うことをこう呼ぶ。なおジルベルトという名は、かつてシチリアで名を馳せ
たホテル王から来ている。
大いに盛り上がるスペックとドリアン。
「オォ~“ジルスタ”カヨッ! 二人トモ通ダナ、ハハハハハッ!」
「いきなり“ジルスタ”とは……なんとファンタスティックな」
どうやらルーザールーズ通はジルベルトスタイルを「ジルスタ」と略すらしい。ドイル
と柳は完全に取り残されている。
「なァ柳……こういうのって辛いよな」
「えぇ、ドイルさんとシコルスキーさんがいるからまだマシだが……一人だったらかなり
きついだろう」
「──くしゅるっ!」
あまりに突然のシコルスキーの強烈なくしゃみによって、ハンカチは吹き飛ばされた。
ルーザールーズジルベルトスタイル、終了。
次戦はこれまたルーザールーズを知っているドリアンと、先ほどの試合を台無しにした
シコルスキーとで行われることとなった。
ドリアンはハンカチを握らない右拳にグリースを塗りたくり、さらにグリースに砕いた
ガラス片をまぶし、凶器の拳を完成させた。これに自称ルーザールーズ通の方々は大喜び。
「ふふ、ドリアンめ、“アルスタ”をやる気か」
「“アルスタ”にはいい日だ」
「ヘッ、“アルスタ”トハイイ年シテ過激ジャネェカ」
ちなみに「アルスタ」とは「アルカポネスタイル」の略である。ドイルと柳はついてい
くのを諦めたのか、一言も発しない。
ここでいつもならば怯えているはずのシコルスキーだったが、なぜか表情には余裕が浮
かんでいる。ドリアンの凶器(こぶし)をまるで恐れていない。
「ルーザールーズ……たしかに面白いゲームだ。しかし、このゲームには致命的な欠陥が
存在するッ!」
シコルスキーはハンカチをつまむと同時に、指から力を抜いた。
つまり、試合開始と同時にハンカチから手を離してしまえば、殴られることなく敗北す
ることができる。これこそがルーザールーズ最大の欠点であった。
シコルスキーとで行われることとなった。
ドリアンはハンカチを握らない右拳にグリースを塗りたくり、さらにグリースに砕いた
ガラス片をまぶし、凶器の拳を完成させた。これに自称ルーザールーズ通の方々は大喜び。
「ふふ、ドリアンめ、“アルスタ”をやる気か」
「“アルスタ”にはいい日だ」
「ヘッ、“アルスタ”トハイイ年シテ過激ジャネェカ」
ちなみに「アルスタ」とは「アルカポネスタイル」の略である。ドイルと柳はついてい
くのを諦めたのか、一言も発しない。
ここでいつもならば怯えているはずのシコルスキーだったが、なぜか表情には余裕が浮
かんでいる。ドリアンの凶器(こぶし)をまるで恐れていない。
「ルーザールーズ……たしかに面白いゲームだ。しかし、このゲームには致命的な欠陥が
存在するッ!」
シコルスキーはハンカチをつまむと同時に、指から力を抜いた。
つまり、試合開始と同時にハンカチから手を離してしまえば、殴られることなく敗北す
ることができる。これこそがルーザールーズ最大の欠点であった。
シコルスキーは初めから殴り合う気などなかったのだ。
「一発ももらわずに敗けられるなんて、まるで夢みたいなゲームだッ!」得意満面で逃げ
ようとするが──指はハンカチにくっついたままだ。「えっ?」
ドリアンは一滴の感情もこもらぬ目を向け、重病を告知するような口ぶりで告げた。
「気の毒だが、ハンカチの角には接着剤を仕込んでおいた」
とたんに泣きそうな顔になるシコルスキーに、ガラスまみれの拳が迫る。
これから始まるルーザールーズ通らによる、「セメダインスタイル」略して「セメスタ」
の蘊蓄はシコルスキーの耳には届きそうにない。
「一発ももらわずに敗けられるなんて、まるで夢みたいなゲームだッ!」得意満面で逃げ
ようとするが──指はハンカチにくっついたままだ。「えっ?」
ドリアンは一滴の感情もこもらぬ目を向け、重病を告知するような口ぶりで告げた。
「気の毒だが、ハンカチの角には接着剤を仕込んでおいた」
とたんに泣きそうな顔になるシコルスキーに、ガラスまみれの拳が迫る。
これから始まるルーザールーズ通らによる、「セメダインスタイル」略して「セメスタ」
の蘊蓄はシコルスキーの耳には届きそうにない。