気に食わないなら、ぶん殴る。
気に食わないから、ぶん殴る。
気にいらなくても、ぶん殴る。
目に付くすべてが苛ついて、そんな自分に苛ついて、気がつけばアドニスの手のひらは瑕だらけだった。
あいつからは、母親譲りのきれいな手と言われたことがある手は、瑕だらけだった。
あいつが嫌だ。だから傷つけた手だった。
気に食わないから、ぶん殴る。
気にいらなくても、ぶん殴る。
目に付くすべてが苛ついて、そんな自分に苛ついて、気がつけばアドニスの手のひらは瑕だらけだった。
あいつからは、母親譲りのきれいな手と言われたことがある手は、瑕だらけだった。
あいつが嫌だ。だから傷つけた手だった。
聖域。聖闘士の訓練場を見下ろせる位置にあるオリーブの古樹の下に座り込んだ彼の周りは、
そこだけ切り取ったかのように空いていた。
オリーブの樹のある方を通れば水場まで近いのだが…。
触れれば切れる。そんな禍々しいオーラを撒き散らす姿に、周囲はますます離れている。
これは確かに重症だ。
そこだけ切り取ったかのように空いていた。
オリーブの樹のある方を通れば水場まで近いのだが…。
触れれば切れる。そんな禍々しいオーラを撒き散らす姿に、周囲はますます離れている。
これは確かに重症だ。
「君がアドニスかい?
はじめまして、僕はアンドロメダ瞬。
これから宜しく」
はじめまして、僕はアンドロメダ瞬。
これから宜しく」
気がつけば間合いに踏み込まれていた。
気を抜いていたつもりは無い。だが何だ?こいつは。
今なんと言った?
気を抜いていたつもりは無い。だが何だ?こいつは。
今なんと言った?
「アンドロメダ…。
…ッ!」
…ッ!」
弾けるようにして殴りかかる。型ははっきり言ってめちゃくちゃだ、だが速い。
生身で音速を突破。小宇宙の燃えた拳は、なるほど確かに聖衣を砕けるだろう。
瞬の左手がアドニスの右手を掴む。驚愕に染まるアドニスの顔。
逃げようと身を捻るアドニス。ぐるりとアドニスの視界が回る。それでも彼は瞬を睨み付けている。
「そう、アンドロメダ瞬」
生身で音速を突破。小宇宙の燃えた拳は、なるほど確かに聖衣を砕けるだろう。
瞬の左手がアドニスの右手を掴む。驚愕に染まるアドニスの顔。
逃げようと身を捻るアドニス。ぐるりとアドニスの視界が回る。それでも彼は瞬を睨み付けている。
「そう、アンドロメダ瞬」
ニっと笑った瞬の顔が、アドニスの視界からまた流れる。瞬間、背に衝撃。
訓練場のど真ん中に投げ飛ばされた。
ふってきたアドニスに呆気にとられた顔をする者たち。
そんな連中の存在に、アドニスは激怒した。
訓練場のど真ん中に投げ飛ばされた。
ふってきたアドニスに呆気にとられた顔をする者たち。
そんな連中の存在に、アドニスは激怒した。
「皆、すみません!
これから稽古を行います!危ないから下がっていてください!」
これから稽古を行います!危ないから下がっていてください!」
張りのある瞬の声が訓練場に響くと、一瞬水を打ったように静まり、そして蜘蛛の子を散らすようにして人がはけて行く。
瞬が投げ飛ばした相手が誰か気がついたのだ。
ひっくり返ったアドニスに侮蔑の視線を向ける者が居ないでもなかったが、
それらは瞬の刃のような視線を受け、血相を変えて逃げていった。
あとで締め上げる必要があるな、等と考えながら、瞬はアドニスに向き直った。
瞬が投げ飛ばした相手が誰か気がついたのだ。
ひっくり返ったアドニスに侮蔑の視線を向ける者が居ないでもなかったが、
それらは瞬の刃のような視線を受け、血相を変えて逃げていった。
あとで締め上げる必要があるな、等と考えながら、瞬はアドニスに向き直った。
「さて、アドニス。
今日から君は僕が面倒を見ることになった。
さっそくだけど稽古を始めようと思う、時間が惜しいし。
最低でも黄金聖闘士くらいになってもらわないと困るからね」
今日から君は僕が面倒を見ることになった。
さっそくだけど稽古を始めようと思う、時間が惜しいし。
最低でも黄金聖闘士くらいになってもらわないと困るからね」
にこりと笑いながら無造作に間合いを詰める瞬。
無造作、されど速い。
アドニスの顎先を撫でるようにして瞬の拳が通ると、アドニスはくたりとその場にひざをついた。
脳を揺らされた、そうアドニスが気がついた時には宙を舞っていた。
小石を投げるようにして片腕で放り投げられたのだ。
重力に引かれて地に戻るアドニス。地につくまでに肉体のコントロールを取り戻す。
地を蹴る。雷光のようなアドニスの下段蹴り。
「なめられるほどの実力もないのに、吼えるな」
無造作、されど速い。
アドニスの顎先を撫でるようにして瞬の拳が通ると、アドニスはくたりとその場にひざをついた。
脳を揺らされた、そうアドニスが気がついた時には宙を舞っていた。
小石を投げるようにして片腕で放り投げられたのだ。
重力に引かれて地に戻るアドニス。地につくまでに肉体のコントロールを取り戻す。
地を蹴る。雷光のようなアドニスの下段蹴り。
「なめられるほどの実力もないのに、吼えるな」
兄ならそう言うだろうな、などと考えながら、瞬は意識して冷徹を装った。
上下を分からせるのに一番効果的なのは、一度徹底的にたたきのめす。
瞬が望む望まぬかかわらずに学んだ事だ。
優しさだけでは救えない。血と拳がそれを教えてくれた。
人として生きるなら人としてのルールがある。そのルールに適応する人間に矯正するのが先達の役目だ。
上下を分からせるのに一番効果的なのは、一度徹底的にたたきのめす。
瞬が望む望まぬかかわらずに学んだ事だ。
優しさだけでは救えない。血と拳がそれを教えてくれた。
人として生きるなら人としてのルールがある。そのルールに適応する人間に矯正するのが先達の役目だ。
「畜生ッ!」
瞬の冷たい言葉に、アドニスは血反吐を吐きながら睨み付けるばかりだ。
自覚はないだろうが萎縮している。
だが、まだアドニスの目は死んでいない。
圧倒的な敵を前にして、怯まない心の強さはどこか星矢を思い出させる。
その質は大いに異なるのだが。
自覚はないだろうが萎縮している。
だが、まだアドニスの目は死んでいない。
圧倒的な敵を前にして、怯まない心の強さはどこか星矢を思い出させる。
その質は大いに異なるのだが。
「弱いから言葉に惑わされるんだ、自分の弱さに向き合いなさい」
言葉が流れ、アドニスの足が払われる。
体が泳ぐ。刹那、鉄槌のような拳が振ってきてアドニスを撃った。
べしゃりという叩き潰されるような音が自分が地面に叩きつけられた音だと気がつくのと同時に、
意識を失った。
体が泳ぐ。刹那、鉄槌のような拳が振ってきてアドニスを撃った。
べしゃりという叩き潰されるような音が自分が地面に叩きつけられた音だと気がつくのと同時に、
意識を失った。
「おお、やってるな。
…生きてるよな?アドニス」
…生きてるよな?アドニス」
のんきな声は盟のものだ。
髪の毛座コーマの盟。
用途を限定された為に通常の三階級の「ランク外」に位置する聖衣の一つ「髪の毛座」を纏う聖闘士であり、
城戸光政の百人の子の一人、つまり瞬とは異母兄弟にあたる男だ。
「大丈夫だよ。
まぁ、すこしばかり痛い目にあわないと冷静にはなれないくらい茹ってるんだけどね、アドニスは。
聖域入りしてすぐに誰かが面倒見れればよかったんだけど…。
十二宮の戦いの記憶が真新しい頃に聖域入りしたのが拙かったんだろうね」
髪の毛座コーマの盟。
用途を限定された為に通常の三階級の「ランク外」に位置する聖衣の一つ「髪の毛座」を纏う聖闘士であり、
城戸光政の百人の子の一人、つまり瞬とは異母兄弟にあたる男だ。
「大丈夫だよ。
まぁ、すこしばかり痛い目にあわないと冷静にはなれないくらい茹ってるんだけどね、アドニスは。
聖域入りしてすぐに誰かが面倒見れればよかったんだけど…。
十二宮の戦いの記憶が真新しい頃に聖域入りしたのが拙かったんだろうね」
地に伏せられたアドニスを見る瞬の目は、どこかつらそうだ。
「まぁ、俺も似たようなもんさ。
なんたってほら、あのキャンサーの弟子なんだしな、俺。
ただ、アドニスは悪意に晒されるにゃ幼すぎた」
なんたってほら、あのキャンサーの弟子なんだしな、俺。
ただ、アドニスは悪意に晒されるにゃ幼すぎた」
冗談めかして言うが、内容は冗談ではない。
師の仇が兄弟。普通なら遺恨が生まれることだが、この盟にとってはそれは瑣末事だ。
優勝劣敗は兵家の常、敗れても恨むな、恨むなら戦うな、力ないのなら抗うな、抗うのなら力強くあれ。
それが当の師・デスマスクの教えなのだから。
同時に盟は実の兄弟同士で殺し合いを演じかねない可能性を避けるため、
相応の実力を持ちながらも聖衣を与えられなかったのだと気がついていた。
苛烈で酷薄であるが、身内に対してはどこか甘い。それがデスマスクだった。
師の仇が兄弟。普通なら遺恨が生まれることだが、この盟にとってはそれは瑣末事だ。
優勝劣敗は兵家の常、敗れても恨むな、恨むなら戦うな、力ないのなら抗うな、抗うのなら力強くあれ。
それが当の師・デスマスクの教えなのだから。
同時に盟は実の兄弟同士で殺し合いを演じかねない可能性を避けるため、
相応の実力を持ちながらも聖衣を与えられなかったのだと気がついていた。
苛烈で酷薄であるが、身内に対してはどこか甘い。それがデスマスクだった。
「…、まぁね」
「しかしまぁ、意外とスパルタンだね瞬」
「本気で向き合わなきゃいけない時は、やっぱり拳でないといけないさ。
…あんまり拳骨を作りたくないけどね」
…あんまり拳骨を作りたくないけどね」
「拳を作ることすら避けたら、どうやって戦うんだ?
アテナが唯一聖闘士に許した人間が最初にもつ武器、それが拳なんだぜ?
まぁ、だからこその瞬かな」
アテナが唯一聖闘士に許した人間が最初にもつ武器、それが拳なんだぜ?
まぁ、だからこその瞬かな」
盟の言葉にただ笑い、瞬は気を失ったアドニスの胸倉をつかんで無理やり立たせた。
瞬の手のひらは、光速で鎖を操るために硬い。
瞬の肉体を一番良く知るジュネをして「聖衣よりも硬い」と言わしめたその手のひらでアドニスの頬を張る。
痛みで覚醒したアドニスの意識は、胸倉を掴まれてたたされている自分に気がついた。
アドニスの膝は笑っていた。
それが身体的反応なのか、恐怖によるものなのか。前者であることをアドニスは望んだ。
瞬の手のひらは、光速で鎖を操るために硬い。
瞬の肉体を一番良く知るジュネをして「聖衣よりも硬い」と言わしめたその手のひらでアドニスの頬を張る。
痛みで覚醒したアドニスの意識は、胸倉を掴まれてたたされている自分に気がついた。
アドニスの膝は笑っていた。
それが身体的反応なのか、恐怖によるものなのか。前者であることをアドニスは望んだ。
「周りの声に流されるのはよく分かる。
自分が何なのか分からなくなるのもよく分かる。
だけど、それを自分以外にむけちゃいけないんだ。
自制しろ、アドニス。それが出来なければ獣だ」
自分が何なのか分からなくなるのもよく分かる。
だけど、それを自分以外にむけちゃいけないんだ。
自制しろ、アドニス。それが出来なければ獣だ」
瞬の強い視線に耐え切れなくなったのか、アドニスは目をそらす。
瞬間、ぱしんと頬がなった。
瞬間、ぱしんと頬がなった。
「目を逸らすな!
君が見なければいけないものから目を逸らすな!」
君が見なければいけないものから目を逸らすな!」
頬を張られたのだと気がついた時、アドニスの視界は歪んだ。
痛みではない。
痛みではない。
「何を信じたら良いんだ!!
僕はあいつの血をひいてる!聖域を裏切ったあいつの!
でも、あいつは!あいつは!優しかったんだ!
僕は!あいつが嫌いじゃなかった!でも裏切り者だった!!
敵だったんだ!
でも僕は聖闘士になりたいんだ、あいつを否定したい。あいつと僕は違うって言いたいんだ!
でも黄金聖闘士だったあいつは裏切り者で!
なら僕も聖域を裏切るのかって!あいつらみんなそんな目で見てきやがる!
違うんだ!僕は!僕はっ!僕は、僕は、僕は…」
僕はあいつの血をひいてる!聖域を裏切ったあいつの!
でも、あいつは!あいつは!優しかったんだ!
僕は!あいつが嫌いじゃなかった!でも裏切り者だった!!
敵だったんだ!
でも僕は聖闘士になりたいんだ、あいつを否定したい。あいつと僕は違うって言いたいんだ!
でも黄金聖闘士だったあいつは裏切り者で!
なら僕も聖域を裏切るのかって!あいつらみんなそんな目で見てきやがる!
違うんだ!僕は!僕はっ!僕は、僕は、僕は…」
後はもう嗚咽だった。
堪えていたものがすべて流れ出したような嗚咽だった。
堪えていたものがすべて流れ出したような嗚咽だった。