手応えあり。わずかだが骨がひび割れた感触が、生々しく伝わってきた。拳と指との正
面衝突は、指に軍配が上がる。シコルスキーの信仰が、ボクサーの命ともいうべき拳(ボ
ックス)を、片方ではあるが奪ってみせた。
苦痛にうめくアライJr。
「うぐァア……!」
一般にボクサー骨折と呼ばれる、中手骨の損傷。アライJrにとっては初めての体験で
あった。
絶好のチャンスだが、シコルスキーもすぐには追撃に移れない。マウントポジションか
ら数十発とパウンドを浴びたのだ。息を整えるのが先決だ。
総合的なダメージはシコルスキーの方が上だが、攻撃の要である右拳を傷つけたのは大
きい。事実上、二人の戦力は五分五分になった。
「ラウンド2ゥ~」
シコルスキーがずたずたに切れた口で告げる。
「くっ……!」優勢を覆された悔しさから、唇を噛みしめるアライJr。「くっくっくっ
くっくっ」
──否、笑い始めた。
「くっくっくっくっくっくっくっくっくっくっ」
狂ったように近くの電柱に、壊れたばかりの拳をぶつけまくる。皮がめくれ血がにじん
でも止めようとしない。
「これぐらいなら、まァ……一分もあれば充分か」
「何やってやがる……気でも触れたか!」
右拳と衝突するたび、電柱と電線が揺れる。骨折した拳を戒めるため、患部を悪化させ
ようとしているのだろうか。
次の瞬間、シコルスキーは直感した。
「まずい……ッ!」
シコルスキーが攻めに転じる。同時に、アライJrの狂気の儀式も終了した。
万全の右ストレートが、シコルスキーにクリーンヒット。さらに左のボディブローが肝
臓に突き刺さる。うずくまるシコルスキーを見下しながら、アライJrは最高のスマイル
を浮かべた。
「修復完了。すごいだろ……人体って」
面衝突は、指に軍配が上がる。シコルスキーの信仰が、ボクサーの命ともいうべき拳(ボ
ックス)を、片方ではあるが奪ってみせた。
苦痛にうめくアライJr。
「うぐァア……!」
一般にボクサー骨折と呼ばれる、中手骨の損傷。アライJrにとっては初めての体験で
あった。
絶好のチャンスだが、シコルスキーもすぐには追撃に移れない。マウントポジションか
ら数十発とパウンドを浴びたのだ。息を整えるのが先決だ。
総合的なダメージはシコルスキーの方が上だが、攻撃の要である右拳を傷つけたのは大
きい。事実上、二人の戦力は五分五分になった。
「ラウンド2ゥ~」
シコルスキーがずたずたに切れた口で告げる。
「くっ……!」優勢を覆された悔しさから、唇を噛みしめるアライJr。「くっくっくっ
くっくっ」
──否、笑い始めた。
「くっくっくっくっくっくっくっくっくっくっ」
狂ったように近くの電柱に、壊れたばかりの拳をぶつけまくる。皮がめくれ血がにじん
でも止めようとしない。
「これぐらいなら、まァ……一分もあれば充分か」
「何やってやがる……気でも触れたか!」
右拳と衝突するたび、電柱と電線が揺れる。骨折した拳を戒めるため、患部を悪化させ
ようとしているのだろうか。
次の瞬間、シコルスキーは直感した。
「まずい……ッ!」
シコルスキーが攻めに転じる。同時に、アライJrの狂気の儀式も終了した。
万全の右ストレートが、シコルスキーにクリーンヒット。さらに左のボディブローが肝
臓に突き刺さる。うずくまるシコルスキーを見下しながら、アライJrは最高のスマイル
を浮かべた。
「修復完了。すごいだろ……人体って」
奇跡。この単語以外で表現する方法が見当たらない。
数ミリとはいえひびが入った拳が、一分余りで完治してしまった。壊れた箇所は叩けば
治る──こんな馬鹿げた話をアライJrは実行し、しかも実現させてみせた。
「ハッタリだ……いくらなんでも早すぎるッ!」
「ハッタリかどうかは、君自身で試してみるといい」
変幻自在のフットワークから、高速コンビネーション。左拳と右拳が入り乱れ、シコル
スキーを相変わらずの速度で突き刺す。とても壊れた拳で出せる威力ではない。
右拳の復活劇がシコルスキーに与えた精神的負担は想像以上であった。ようやく掴んだ
チャンスらしいチャンスが水泡に帰してしまったのだから。
当たらない、かわせない、受けられない。
つまり、どうしようもない。
殺してくれ、とばかりにシコルスキーがガードを下ろす。アライJrは歯をむき出して
笑うと、力強く踏み込んだ。トドメを刺すべく。
──ところが。
「ちっ」
一瞬右足に違和感を覚え、万全を期すべく、アライJrは踏み込みを停止した。
戦闘開始からこれまで、シコルスキーが足に攻撃を当てたことはない。ならばいったい
なぜ──。
「サムワン……」
シコルスキーはぽつりと呟いた。そういえば彼がローキックをヒットさせていた。
もしサムワンが先に戦っていなければ、今の一撃は中断されることなく、シコルスキー
は今頃ノックアウトされていたにちがいない。
枯れかけたシコルスキーの心に、熱い炎が再び蘇る。
「ありがとう、サムワンッ! おまえのローは効いていたぞッ!」
サムワンは敗れた。これはれっきとした事実だ。しかしサムワンは友を助けた。これも
またれっきとした事実である。
シコルスキーは再度、両手を広げて吼えた。
「ダヴァイッ!」
気力を振り絞り、シコルスキーが突っ込む。あまりにも無策すぎる、無謀な突撃であっ
た。こんな戦法が偉大なる遺伝子に通じるわけもなく──
「今の君は勇敢とは呼べない。なぜなら勇敢とは、必勝を誓うからこそ成り立つからだ」
──打たれる。
アライJrが幾度も打つ。だがシコルスキーは倒れない。いくら打ってもゾンビのよう
に立ち向かってくる。今まで打倒できなかった敵などいなかった。父を倒し、世界中の強
豪を下し、海王さえ敵ではなかった。
それなのに、日頃から『殺られまくる』ことで身につけた耐久力が、心底恐ろしい。
「ヒイィィィィッ!」
悲鳴のような叫び声を出し、アライJrのラッシュが加速する。
止まらない。倒せない。殺せない。
つまり、どうしようもない。
彼が唱えた『殺られずに殺る』──裏を返せば、相手を殺せなければ、殺されるという
意味になる。
「しっ……し、し……」
ダメージを受けていないにもかかわらず、アライJrの表情が、恐怖に歪む。
「死にたくない!」
両雄の拳が交錯する。シコルスキーの拳はアライJrの額を深く切り裂き、アライJr
の拳はシコルスキーの喉に埋まっていた。
シコルスキー、散る。拳を引き抜くと、シコルスキーは受け身を取ることなく墜落した。
「……ひぃ……ひっ……」
勝利したのに悲鳴がもれる。トドメを刺す気分にはとてもなれない。一刻も早く、ここ
から離れたかった。
「……足りない」
か細い足取りで、アライJrは歩き出した。向かうは公園。ホームレスの帝王、本部に
会うために。
数ミリとはいえひびが入った拳が、一分余りで完治してしまった。壊れた箇所は叩けば
治る──こんな馬鹿げた話をアライJrは実行し、しかも実現させてみせた。
「ハッタリだ……いくらなんでも早すぎるッ!」
「ハッタリかどうかは、君自身で試してみるといい」
変幻自在のフットワークから、高速コンビネーション。左拳と右拳が入り乱れ、シコル
スキーを相変わらずの速度で突き刺す。とても壊れた拳で出せる威力ではない。
右拳の復活劇がシコルスキーに与えた精神的負担は想像以上であった。ようやく掴んだ
チャンスらしいチャンスが水泡に帰してしまったのだから。
当たらない、かわせない、受けられない。
つまり、どうしようもない。
殺してくれ、とばかりにシコルスキーがガードを下ろす。アライJrは歯をむき出して
笑うと、力強く踏み込んだ。トドメを刺すべく。
──ところが。
「ちっ」
一瞬右足に違和感を覚え、万全を期すべく、アライJrは踏み込みを停止した。
戦闘開始からこれまで、シコルスキーが足に攻撃を当てたことはない。ならばいったい
なぜ──。
「サムワン……」
シコルスキーはぽつりと呟いた。そういえば彼がローキックをヒットさせていた。
もしサムワンが先に戦っていなければ、今の一撃は中断されることなく、シコルスキー
は今頃ノックアウトされていたにちがいない。
枯れかけたシコルスキーの心に、熱い炎が再び蘇る。
「ありがとう、サムワンッ! おまえのローは効いていたぞッ!」
サムワンは敗れた。これはれっきとした事実だ。しかしサムワンは友を助けた。これも
またれっきとした事実である。
シコルスキーは再度、両手を広げて吼えた。
「ダヴァイッ!」
気力を振り絞り、シコルスキーが突っ込む。あまりにも無策すぎる、無謀な突撃であっ
た。こんな戦法が偉大なる遺伝子に通じるわけもなく──
「今の君は勇敢とは呼べない。なぜなら勇敢とは、必勝を誓うからこそ成り立つからだ」
──打たれる。
アライJrが幾度も打つ。だがシコルスキーは倒れない。いくら打ってもゾンビのよう
に立ち向かってくる。今まで打倒できなかった敵などいなかった。父を倒し、世界中の強
豪を下し、海王さえ敵ではなかった。
それなのに、日頃から『殺られまくる』ことで身につけた耐久力が、心底恐ろしい。
「ヒイィィィィッ!」
悲鳴のような叫び声を出し、アライJrのラッシュが加速する。
止まらない。倒せない。殺せない。
つまり、どうしようもない。
彼が唱えた『殺られずに殺る』──裏を返せば、相手を殺せなければ、殺されるという
意味になる。
「しっ……し、し……」
ダメージを受けていないにもかかわらず、アライJrの表情が、恐怖に歪む。
「死にたくない!」
両雄の拳が交錯する。シコルスキーの拳はアライJrの額を深く切り裂き、アライJr
の拳はシコルスキーの喉に埋まっていた。
シコルスキー、散る。拳を引き抜くと、シコルスキーは受け身を取ることなく墜落した。
「……ひぃ……ひっ……」
勝利したのに悲鳴がもれる。トドメを刺す気分にはとてもなれない。一刻も早く、ここ
から離れたかった。
「……足りない」
か細い足取りで、アライJrは歩き出した。向かうは公園。ホームレスの帝王、本部に
会うために。
「貴様の額の傷……しけい荘のあの小僧を打ち倒してきたようだな。……で、またわしを
訪ねてきたということは、足りぬものがあると悟ったか」
うなだれるようにベンチに座り、アライJrは頷いた。
「前置きはいい……早く教えてくれ。このままでは私はダメになってしまう」
「いや、教える必要はない。貴様は今から死ぬのだからな」
「───!?」
あわてて立ち上がろうとするアライJrだが、ものすごい力によって立つことすらかな
わない。
背後に立つジャック・ハンマーが、巨大な手で両肩を押さえつけている。
さらに、本部の後ろから仲間とおぼしき男が三人現れた。
「そいつ、生意気そうなツラっすね」と携帯電話でアライJrを撮影するショウ。
楽しそうに頬を膨らませるズール。
「この公園では我らがルールだ。足を踏み入れた悲運を悔やめ」銃を取り出すガイア。
殺気に満ちた包囲網に、アライJrの表情がみるみる凍りつく。
「やめてくれ、なんでこんなことをッ!」
本部は押し黙ったまま抜き身の日本刀を上段に構える。白刃に反射された危険な光がア
ライJrを淡く照らす。
「やめてくれェッ!」
「無断で我が領域に踏み込んだ罰……受けてみいッ!」
アライJrの脳天めがけ、振り下ろされる兇刃。勝者だからといって生き残れるとは限
らない。
訪ねてきたということは、足りぬものがあると悟ったか」
うなだれるようにベンチに座り、アライJrは頷いた。
「前置きはいい……早く教えてくれ。このままでは私はダメになってしまう」
「いや、教える必要はない。貴様は今から死ぬのだからな」
「───!?」
あわてて立ち上がろうとするアライJrだが、ものすごい力によって立つことすらかな
わない。
背後に立つジャック・ハンマーが、巨大な手で両肩を押さえつけている。
さらに、本部の後ろから仲間とおぼしき男が三人現れた。
「そいつ、生意気そうなツラっすね」と携帯電話でアライJrを撮影するショウ。
楽しそうに頬を膨らませるズール。
「この公園では我らがルールだ。足を踏み入れた悲運を悔やめ」銃を取り出すガイア。
殺気に満ちた包囲網に、アライJrの表情がみるみる凍りつく。
「やめてくれ、なんでこんなことをッ!」
本部は押し黙ったまま抜き身の日本刀を上段に構える。白刃に反射された危険な光がア
ライJrを淡く照らす。
「やめてくれェッ!」
「無断で我が領域に踏み込んだ罰……受けてみいッ!」
アライJrの脳天めがけ、振り下ろされる兇刃。勝者だからといって生き残れるとは限
らない。