第二十八話「夜更けに見るカラスはやたら怖い」
真夜中の江戸街道。そこは、闇への出入り口。
蛍の灯火を思わせるような微光を放つ街灯は、視界に映るだけでも一つ……二つ……三つ……それしかない。
もちろん人通りなどというものは皆無で、酔っ払いのおっちゃんもいなければ深夜営業のラーメン屋台も見当たらない。
無人の街道――その右隣では、底知れぬ闇の中に月光を浮かべた水通りが一筋。
現在時刻深夜二時。場所は、河川敷の江戸街道である。
「おめぇか? 俺をこんなところに呼び出したのは」
音もない気配もない姿もないその道に、二つの影が足を踏み入れた。
闇夜の中に置かれ、ぼぅっとした輝きを見せているのは、銀髪の天然パーマ。
腰には愛用の木刀を携え、いつもの死んだ魚の眼は封印した状態で佇む。
坂田銀時が、こんな時間こんな場所にいるのには、一つ訳がある。
「やあ。嬉しいですよ、まさか本当に来てくださるなんて」
その訳というのが、他でもないこの男。
忍装束ととるには十分すぎるほどの影に紛れた衣服に、鴉を思わせる漆黒のマント。顔面は、黒光りするメタリックカラーの鉄仮面によって覆い隠されていた。
銀時と正面から対峙し、仮面越しからでも笑っていると判断できる、不気味さ百点怪しさ百二十点の奇人がいた。
「内心不安だったんですよ。あんな置き手紙一つで、天下の『白夜叉』さんが来てくれるのかってね」
「人質なんて下衆なマネしといて、よく言うじゃねぇか。……芝村さんは無事なんだろうな?」
鋭い眼光は、「誰これ?」と思わせるには十分なほどの輝きを放っていた。
威嚇、のつもりで睨みつけた。銀時を『白夜叉』と呼び、さらには『あんな真似』までした輩だ……敵意を向ける理由は十分にある。
――時刻は遡り、昼時。
西本と芝村の依頼を断った直後、万事屋銀ちゃんに届いた耳を劈くような悲鳴。
その声の主は、何者かに頭部を殴られ出血し、昏倒状態に陥った西本だった。
銀時と新八は、それを発見してすぐに119番。
慌てふためきながらもテキパキと連絡を済ませていた新八の一方、銀時は、傍に置かれていた一通の手紙を発見する。
その文面はこうだ。『人質を預かった。返して欲しくば、以下の指定場所、指定時刻に白夜叉一人で来い』
ご丁寧なことに、地図つきで。
推測するに、この人質というのは、倒れた西本の傍にいなかった人物――ジャンプ編集者、芝村のことに違いない。
万事屋銀ちゃんに依頼を持っていった直後に、襲われた。攫われたのは、宇宙海賊と編集長密談の秘密を握る芝村。
誰の犯行かなど、考えるまでもない。
だから、銀時は来た。
厄介ごとなんかには関わりたくない。だが、既に足を踏み入れていることに気づいてしまったから。
こうなったら、とことんまで付き合ってやろうじゃねーかと。
「やだなぁ」
人質の安否を尋ねた銀時に、鴉男は嘲笑混じりの声で答えた。
「もちろん、ちゃんと始末しときましたよ。僕の目的は白夜叉さんに来てもらうことだけでしたし、もし来てくれなくても、生かしとく理由、ありませんでしたから」
平坦な口調で、極自然に、お笑い芸人がギャグを言うくらい自然に、そう述べた。
プチン。
プッチンプリンの容器の底の爪が折れたような、そんな感じの音が聞こえた。
ただ、そんなつまらない音に反応を示す者はその場におらず、掻き消すように新たな音で空気を上書きしたのは、銀時。
腰に下げていた木刀を抜き取り、大きく踏み込んで、跳ぶ。
「手前の血は――――何色だァァァァァァ!!!」
虎とも、狼とも、獅子とも形容しがたい――例えるならば、正に『夜叉』か――銀時の突撃が疲労される。
大胆な跳躍から、木刀による大降りの逆袈裟を仕掛ける。
ブン!!!と豪快な風切り音を鳴らして振り出された木刀は、ガキン!!!という金属製の衝撃音で停止。
生まれた衝撃をもどこかへと消し去り、勢いを完璧に殺す。
「――生憎ですけど、僕、血ィ流れてないんですよ」
木刀は、鴉男の両手に握られた二本のクナイによって、止められていた。
ほとんど奇襲のつもりで放った先制攻撃。しかし、鴉男はまるでその攻撃を予期していたかのように、いとも簡単に防いでしまった。
銀時が驚きの顔色を見せる刹那、鴉男はクナイに力を込め、銀時を対極の位置へ弾き飛ばす。
互いに一定間の距離が生まれ、再び硬直状態を作る。この男、戦意があるのかないのか。
「さすがですね、坂田銀時さん。噂に違わぬ剣の腕だ。その枠に嵌らない天衣無縫の型……ぜひ皆さんにも見せてあげたいですよ」
「チャンバラごっこがしたいならそこら辺のガキでも捕まえてな。オレぁ手前みたいなエセ忍者と遊んでる暇はねぇんだよ」
「そんな、僕の楽しみを全否定するような言い方しないでくださいよ」
木刀を構えなおし、銀時が再度飛びかかろうとタイミングを窺う。
対して、鴉男は両手にクナイを持ったまま、棒立ちの状態で迎え撃つ。
武器を納めないこところから、戦意がないわけではないようだが、その構えはまるで遊んでいるようにも見える。
余裕なのか、挑発なのか。どちらにせよ、銀時が鴉男を許すことはもう絶対にない。
例えコイツの正体が宇宙海賊の一員であろうと――大切な依頼主を傷つけた罪は、きっちり償わせる。
「どうしました? 僕が許せないんでしょう? いつまでも尻込みしているわけにはいきませんよねぇ……来ないなら……こっちから!」
棒立ちの状態から、瞬間、特別な予備動作を見せることもなく、鴉男が銀時目掛けて突っ込んできた。
その突然の奇襲に虚をつかれた銀時は、僅かに遅れた反応で防御を試みる。
直線的な軌道で迫る黒翼の弾丸の勢いは、とても回避がままなるレベルのものではない。
嘗めていたわけではないが、敵の予想以上のスピードを垣間見た銀時は、額に冷や汗を浮かべ、
それが頬まで伝わろうとした直前、空から、狂気の雨が降り注いだ。
「!」
対峙していた銀時と鴉男の間を遮るかのように飛来したそれは、数十本にも及ぶ大量のクナイ。
おそらくは鴉男を狙っての投擲だったのだろうが、それを事前に察知した鴉男は突進を中断。急ブレーキをかけてクナイの降雨から逃れる。
「無粋ですねぇ……誰ですか、いったい?」
これから面白くなってくるところだった戦闘に水を差され、鴉男はクナイを放った邪魔者に侮蔑の視線を傾ける。
その男は、満月をバックにしたまま民家の屋根の上に立っていた。
「――知ってるか? この国じゃあ、猫と鳥は昔っから天敵同士だったんだよ。特に野良猫と鴉といやあ、今でも餌場をめぐって争い合ったりなんてことはしょっちゅうだ」
闇に紛れる真っ黒な扮装、正体を隠すためか、目元は長い前髪で覆われている。
夜と同化し、夜と共に生きる、黒猫のような出で立ち――その姿、正に忍。
「この前はよくも虚仮にしてくれたな。残念だが、今日はジャンプの発売日じゃねぇ。……俺に攻め入る隙はねぇぜ」
その言葉から分かる。この男、先日の借りを返しに来たのだ。
鴉男は興味なさげに「やれやれ」と呟くが、そんなことは関係ない。
屋根から飛び降り、銀時と鴉男の間に割って入ったのは、戦闘参加への意思表明。
服部全蔵が、逆襲にやって来た。
真夜中の江戸街道。そこは、闇への出入り口。
蛍の灯火を思わせるような微光を放つ街灯は、視界に映るだけでも一つ……二つ……三つ……それしかない。
もちろん人通りなどというものは皆無で、酔っ払いのおっちゃんもいなければ深夜営業のラーメン屋台も見当たらない。
無人の街道――その右隣では、底知れぬ闇の中に月光を浮かべた水通りが一筋。
現在時刻深夜二時。場所は、河川敷の江戸街道である。
「おめぇか? 俺をこんなところに呼び出したのは」
音もない気配もない姿もないその道に、二つの影が足を踏み入れた。
闇夜の中に置かれ、ぼぅっとした輝きを見せているのは、銀髪の天然パーマ。
腰には愛用の木刀を携え、いつもの死んだ魚の眼は封印した状態で佇む。
坂田銀時が、こんな時間こんな場所にいるのには、一つ訳がある。
「やあ。嬉しいですよ、まさか本当に来てくださるなんて」
その訳というのが、他でもないこの男。
忍装束ととるには十分すぎるほどの影に紛れた衣服に、鴉を思わせる漆黒のマント。顔面は、黒光りするメタリックカラーの鉄仮面によって覆い隠されていた。
銀時と正面から対峙し、仮面越しからでも笑っていると判断できる、不気味さ百点怪しさ百二十点の奇人がいた。
「内心不安だったんですよ。あんな置き手紙一つで、天下の『白夜叉』さんが来てくれるのかってね」
「人質なんて下衆なマネしといて、よく言うじゃねぇか。……芝村さんは無事なんだろうな?」
鋭い眼光は、「誰これ?」と思わせるには十分なほどの輝きを放っていた。
威嚇、のつもりで睨みつけた。銀時を『白夜叉』と呼び、さらには『あんな真似』までした輩だ……敵意を向ける理由は十分にある。
――時刻は遡り、昼時。
西本と芝村の依頼を断った直後、万事屋銀ちゃんに届いた耳を劈くような悲鳴。
その声の主は、何者かに頭部を殴られ出血し、昏倒状態に陥った西本だった。
銀時と新八は、それを発見してすぐに119番。
慌てふためきながらもテキパキと連絡を済ませていた新八の一方、銀時は、傍に置かれていた一通の手紙を発見する。
その文面はこうだ。『人質を預かった。返して欲しくば、以下の指定場所、指定時刻に白夜叉一人で来い』
ご丁寧なことに、地図つきで。
推測するに、この人質というのは、倒れた西本の傍にいなかった人物――ジャンプ編集者、芝村のことに違いない。
万事屋銀ちゃんに依頼を持っていった直後に、襲われた。攫われたのは、宇宙海賊と編集長密談の秘密を握る芝村。
誰の犯行かなど、考えるまでもない。
だから、銀時は来た。
厄介ごとなんかには関わりたくない。だが、既に足を踏み入れていることに気づいてしまったから。
こうなったら、とことんまで付き合ってやろうじゃねーかと。
「やだなぁ」
人質の安否を尋ねた銀時に、鴉男は嘲笑混じりの声で答えた。
「もちろん、ちゃんと始末しときましたよ。僕の目的は白夜叉さんに来てもらうことだけでしたし、もし来てくれなくても、生かしとく理由、ありませんでしたから」
平坦な口調で、極自然に、お笑い芸人がギャグを言うくらい自然に、そう述べた。
プチン。
プッチンプリンの容器の底の爪が折れたような、そんな感じの音が聞こえた。
ただ、そんなつまらない音に反応を示す者はその場におらず、掻き消すように新たな音で空気を上書きしたのは、銀時。
腰に下げていた木刀を抜き取り、大きく踏み込んで、跳ぶ。
「手前の血は――――何色だァァァァァァ!!!」
虎とも、狼とも、獅子とも形容しがたい――例えるならば、正に『夜叉』か――銀時の突撃が疲労される。
大胆な跳躍から、木刀による大降りの逆袈裟を仕掛ける。
ブン!!!と豪快な風切り音を鳴らして振り出された木刀は、ガキン!!!という金属製の衝撃音で停止。
生まれた衝撃をもどこかへと消し去り、勢いを完璧に殺す。
「――生憎ですけど、僕、血ィ流れてないんですよ」
木刀は、鴉男の両手に握られた二本のクナイによって、止められていた。
ほとんど奇襲のつもりで放った先制攻撃。しかし、鴉男はまるでその攻撃を予期していたかのように、いとも簡単に防いでしまった。
銀時が驚きの顔色を見せる刹那、鴉男はクナイに力を込め、銀時を対極の位置へ弾き飛ばす。
互いに一定間の距離が生まれ、再び硬直状態を作る。この男、戦意があるのかないのか。
「さすがですね、坂田銀時さん。噂に違わぬ剣の腕だ。その枠に嵌らない天衣無縫の型……ぜひ皆さんにも見せてあげたいですよ」
「チャンバラごっこがしたいならそこら辺のガキでも捕まえてな。オレぁ手前みたいなエセ忍者と遊んでる暇はねぇんだよ」
「そんな、僕の楽しみを全否定するような言い方しないでくださいよ」
木刀を構えなおし、銀時が再度飛びかかろうとタイミングを窺う。
対して、鴉男は両手にクナイを持ったまま、棒立ちの状態で迎え撃つ。
武器を納めないこところから、戦意がないわけではないようだが、その構えはまるで遊んでいるようにも見える。
余裕なのか、挑発なのか。どちらにせよ、銀時が鴉男を許すことはもう絶対にない。
例えコイツの正体が宇宙海賊の一員であろうと――大切な依頼主を傷つけた罪は、きっちり償わせる。
「どうしました? 僕が許せないんでしょう? いつまでも尻込みしているわけにはいきませんよねぇ……来ないなら……こっちから!」
棒立ちの状態から、瞬間、特別な予備動作を見せることもなく、鴉男が銀時目掛けて突っ込んできた。
その突然の奇襲に虚をつかれた銀時は、僅かに遅れた反応で防御を試みる。
直線的な軌道で迫る黒翼の弾丸の勢いは、とても回避がままなるレベルのものではない。
嘗めていたわけではないが、敵の予想以上のスピードを垣間見た銀時は、額に冷や汗を浮かべ、
それが頬まで伝わろうとした直前、空から、狂気の雨が降り注いだ。
「!」
対峙していた銀時と鴉男の間を遮るかのように飛来したそれは、数十本にも及ぶ大量のクナイ。
おそらくは鴉男を狙っての投擲だったのだろうが、それを事前に察知した鴉男は突進を中断。急ブレーキをかけてクナイの降雨から逃れる。
「無粋ですねぇ……誰ですか、いったい?」
これから面白くなってくるところだった戦闘に水を差され、鴉男はクナイを放った邪魔者に侮蔑の視線を傾ける。
その男は、満月をバックにしたまま民家の屋根の上に立っていた。
「――知ってるか? この国じゃあ、猫と鳥は昔っから天敵同士だったんだよ。特に野良猫と鴉といやあ、今でも餌場をめぐって争い合ったりなんてことはしょっちゅうだ」
闇に紛れる真っ黒な扮装、正体を隠すためか、目元は長い前髪で覆われている。
夜と同化し、夜と共に生きる、黒猫のような出で立ち――その姿、正に忍。
「この前はよくも虚仮にしてくれたな。残念だが、今日はジャンプの発売日じゃねぇ。……俺に攻め入る隙はねぇぜ」
その言葉から分かる。この男、先日の借りを返しに来たのだ。
鴉男は興味なさげに「やれやれ」と呟くが、そんなことは関係ない。
屋根から飛び降り、銀時と鴉男の間に割って入ったのは、戦闘参加への意思表明。
服部全蔵が、逆襲にやって来た。