「みな集まったようじゃな。変わらず元気そうでなによりじゃ」
会長である郭海皇がメンバーを見渡し、嬉しそうにいった。
不定期(会長の気まぐれ)で開催される老人会。本日はしけい荘近くにあ市民会館の一
室に召集がなされていた。
「近頃は物騒だからな。この間私の近所の交番では、凶悪犯が立てこもったとかでえらい
騒ぎになっておった」
元米軍将校の老人がウイスキーを一気に飲み干す。この老人会においても現役時代と同
じく『Sir(サー)』と呼ばれている。
緑茶をすすり、小柄な老人がSirに目を向ける。名は渋川剛気。自ら道場を経営する
合気柔術の達人である。
「カッカッカ、護身を極めりゃ危険に遭遇することはない。Sirさん、アンタもわしの
道場に来たらどうかね。授業料は勉強しますぞ」
「残念ながら、戦場で育った我が身は安全を望んでいなくてな。あとSirさんってのは
止めてくれんか」
二人のやり取りを聞いていた細身の老人が独りごちる。
「この世で一番危険な存在でございますか。マフィア、核兵器……色々ございますなァ。
ただ、たった一つだけというのならやはり……中国拳法でございます」
この中国拳法が大好きな老人の本名を、メンバーは誰も知らない。郭でさえ。
「マァデモヨ、Sirノイウコトモ分カルゼ。チョット危険ナクライガ人生ッテノハ面白
ェカラナ」
しけい荘在住、スペックが豪快に笑った。皆もつられて笑った。
足腰は鋼鉄よりも丈夫だが、シルバーシートには絶対座る。彼ら五人はそのような男た
ちである。
会長である郭海皇がメンバーを見渡し、嬉しそうにいった。
不定期(会長の気まぐれ)で開催される老人会。本日はしけい荘近くにあ市民会館の一
室に召集がなされていた。
「近頃は物騒だからな。この間私の近所の交番では、凶悪犯が立てこもったとかでえらい
騒ぎになっておった」
元米軍将校の老人がウイスキーを一気に飲み干す。この老人会においても現役時代と同
じく『Sir(サー)』と呼ばれている。
緑茶をすすり、小柄な老人がSirに目を向ける。名は渋川剛気。自ら道場を経営する
合気柔術の達人である。
「カッカッカ、護身を極めりゃ危険に遭遇することはない。Sirさん、アンタもわしの
道場に来たらどうかね。授業料は勉強しますぞ」
「残念ながら、戦場で育った我が身は安全を望んでいなくてな。あとSirさんってのは
止めてくれんか」
二人のやり取りを聞いていた細身の老人が独りごちる。
「この世で一番危険な存在でございますか。マフィア、核兵器……色々ございますなァ。
ただ、たった一つだけというのならやはり……中国拳法でございます」
この中国拳法が大好きな老人の本名を、メンバーは誰も知らない。郭でさえ。
「マァデモヨ、Sirノイウコトモ分カルゼ。チョット危険ナクライガ人生ッテノハ面白
ェカラナ」
しけい荘在住、スペックが豪快に笑った。皆もつられて笑った。
足腰は鋼鉄よりも丈夫だが、シルバーシートには絶対座る。彼ら五人はそのような男た
ちである。
「さっそくじゃが、今日の催しに必要なものは忘れずに持ってきたじゃろうな?」
郭がサングラスの奥に隠された眼を鋭く光らせる。他の四人はバカにするなというよう
な表情を浮かべる。
「当然だ。攻めの消力(シャオリー)を喰らいたくないからな」
「あれは効きますからなァ……むろんわしも忘れてはおらんよ」
「この世で一番やってはならないことでございますか。詐欺、殺人……色々ございますな
ァ。ただ、たった一つだけというのならやはり……忘れ物でございます」
「心配スンナッテ、ジジィ。チャント持ッテキテヤッタゼ」
満足そうに頷く郭。だが皆がテーブルの上に『必要なもの』を置いた瞬間、顔が凍りつ
いた。
Sirは盆栽、渋川はゲートボールのスティック、忘れ物が嫌いな老人は青龍刀、スペ
ックはバスケットボール。見事なまでにバラバラだった。
「調子こいてんじゃねぇッ!」
激怒する郭海皇。しかし皆が「会長からメールがあったから」と弁解するので、しぶし
ぶ自分の携帯電話を確認する。
すると、まもなく郭の連絡ミスが発覚した。Sirには「盆栽批評会」、渋川には「ゲ
ートボール」、中国拳法好きの老人には「中国武術演武会」、スペックには「バスケット
ボール」を行うから準備をしておけと発信していた。
四人の冷たい視線が郭にまとめて注がれる。わずかだが殺気も混ざっている。
「連絡ミスはわしの罪、それを許さないのはおぬしらの罪」
こうささやいてから、郭は死んでしまった。正確には死んだふりをしてしまった。彼は
都合が悪くなると、こうして仮死状態に陥ってしまうのだ。
「マタカ、コノジジィッ! コノママ海底ニ沈メテヤロウカッ!」
顔を真っ赤にして憤るスペックを、渋川がなだめる。
「止めといた方がええ。どういう仕組みか知らんが、危害を加えようとすると起きるよう
になっとる」
郭がサングラスの奥に隠された眼を鋭く光らせる。他の四人はバカにするなというよう
な表情を浮かべる。
「当然だ。攻めの消力(シャオリー)を喰らいたくないからな」
「あれは効きますからなァ……むろんわしも忘れてはおらんよ」
「この世で一番やってはならないことでございますか。詐欺、殺人……色々ございますな
ァ。ただ、たった一つだけというのならやはり……忘れ物でございます」
「心配スンナッテ、ジジィ。チャント持ッテキテヤッタゼ」
満足そうに頷く郭。だが皆がテーブルの上に『必要なもの』を置いた瞬間、顔が凍りつ
いた。
Sirは盆栽、渋川はゲートボールのスティック、忘れ物が嫌いな老人は青龍刀、スペ
ックはバスケットボール。見事なまでにバラバラだった。
「調子こいてんじゃねぇッ!」
激怒する郭海皇。しかし皆が「会長からメールがあったから」と弁解するので、しぶし
ぶ自分の携帯電話を確認する。
すると、まもなく郭の連絡ミスが発覚した。Sirには「盆栽批評会」、渋川には「ゲ
ートボール」、中国拳法好きの老人には「中国武術演武会」、スペックには「バスケット
ボール」を行うから準備をしておけと発信していた。
四人の冷たい視線が郭にまとめて注がれる。わずかだが殺気も混ざっている。
「連絡ミスはわしの罪、それを許さないのはおぬしらの罪」
こうささやいてから、郭は死んでしまった。正確には死んだふりをしてしまった。彼は
都合が悪くなると、こうして仮死状態に陥ってしまうのだ。
「マタカ、コノジジィッ! コノママ海底ニ沈メテヤロウカッ!」
顔を真っ赤にして憤るスペックを、渋川がなだめる。
「止めといた方がええ。どういう仕組みか知らんが、危害を加えようとすると起きるよう
になっとる」
「こうなったら開き直って、皆が持ってきたものでどうにかするしかないのう」
蘇生した郭がいった。
誰のせいだ、と心の中で歯噛みしながら頷く四人。それにいつまでも郭を責めていても
始まらない。
Sirが提案する。
「バスケットボールを青龍刀で二つに斬って、それをスティックで打って、どちらが先に
ボールを盆栽に当てられるかというゲームはどうだろう。ゴルフと同じで打数が少ない方
が勝ちだ」
「ヤヤコシイナ……モット単純(シンプル)ナ方ガイイゼ」
「ゴールが盆栽である必要性も感じられんしなァ」
激論が交わされる。
しかしこれといった利用法が出てこず、議論は早くも息詰まりの様相を見せる。そして
メンバー集合から一時間半が経過しようという頃であった。
突然どこかから悲鳴が聞こえた。
「この世で一番驚くことでございますか。ドッキリ、お化け屋敷……色々ございますなァ。
ただ、たった一つだけというのならやはり……他人の悲鳴でございます」
周囲がにわかに騒がしくなる。よくよく耳を傾けてみると、どうやらこの市民会館に猟
銃を持った強盗が逃げ込んできたらしい。
五人の老人は全くといっていいほど同時に、あることを閃いた。
大笑いする郭海皇。
「ヒャッヒャッヒャッ! そういえば、あのことを忘れておったわ! あれならば、盆栽
もスティックも青龍刀もバスケットボールも、問題なく使えるわい!」
「この世で一番許せないことでございますか。放火、偽装工作……色々ございますなァ。
ただ、たった一つだけというのならやはり……強盗でございます」
強盗が嫌いなのはこの老人だけではない。それ以上に好きなのだ、闘争が。
──闘争ならば何を使っても問題はない。
「攻撃開始(アタック)ッ!」
現役時代を彷彿とさせるSirの勇ましい号令で、老人会が始動する。
蘇生した郭がいった。
誰のせいだ、と心の中で歯噛みしながら頷く四人。それにいつまでも郭を責めていても
始まらない。
Sirが提案する。
「バスケットボールを青龍刀で二つに斬って、それをスティックで打って、どちらが先に
ボールを盆栽に当てられるかというゲームはどうだろう。ゴルフと同じで打数が少ない方
が勝ちだ」
「ヤヤコシイナ……モット単純(シンプル)ナ方ガイイゼ」
「ゴールが盆栽である必要性も感じられんしなァ」
激論が交わされる。
しかしこれといった利用法が出てこず、議論は早くも息詰まりの様相を見せる。そして
メンバー集合から一時間半が経過しようという頃であった。
突然どこかから悲鳴が聞こえた。
「この世で一番驚くことでございますか。ドッキリ、お化け屋敷……色々ございますなァ。
ただ、たった一つだけというのならやはり……他人の悲鳴でございます」
周囲がにわかに騒がしくなる。よくよく耳を傾けてみると、どうやらこの市民会館に猟
銃を持った強盗が逃げ込んできたらしい。
五人の老人は全くといっていいほど同時に、あることを閃いた。
大笑いする郭海皇。
「ヒャッヒャッヒャッ! そういえば、あのことを忘れておったわ! あれならば、盆栽
もスティックも青龍刀もバスケットボールも、問題なく使えるわい!」
「この世で一番許せないことでございますか。放火、偽装工作……色々ございますなァ。
ただ、たった一つだけというのならやはり……強盗でございます」
強盗が嫌いなのはこの老人だけではない。それ以上に好きなのだ、闘争が。
──闘争ならば何を使っても問題はない。
「攻撃開始(アタック)ッ!」
現役時代を彷彿とさせるSirの勇ましい号令で、老人会が始動する。
五分後、頭から盆栽を被り、肛門にスティックと青龍刀を刺され、顔面にバスケットボ
ールがめり込んだ気の毒な強盗犯が逮捕された。
ールがめり込んだ気の毒な強盗犯が逮捕された。