揺れる電車の中、昻昇、梢江、刃牙、紅葉の四人は横一列に着席している。
十数分ほどしたら目的の駅に着く。そこから歩いてすぐの公園が、昻昇の待ち合わせの
場所だ。
そこに着くまでに、梢江は昻昇からいろいろ聞いて、いろいろアドバイスしたかった。のだが。
「な、何もわからない? 徳川さんから資料を見せてもらったんでしょう?」
「そうなんだが、つまり、だな。一番上にあった写真を見た時点で、意識が飛んでしまった
ようなものというかそのすなわち何も覚えてなくて……」
面目なさげな昻昇に、梢江は呆れ果てる。
「それじゃどうしようもないじゃないですかっ」
「すまん」
あ~もうっ、と頭を掻く梢江を刃牙が宥めた。
「まあまあ。ほら、ピンク色道着のへっぽこ格闘家も言ってるし。『会って! 戦って初めて
相手がわかる! それがストリートファイターってもんだぜ!』」
「そんなこと言っても、そういうわかり方って今の昻昇さんは望んでないでしょ?」
と言われて、昻昇は胸に手を当てて考えてみる。
「いや……そうでもない。確かに、写真だけで惚れてしまったのは事実だが、それだって
彼女が柔術の達人であるという意識が先にあってのこと。つまり、あんな外見でありながら、
ご老公が目をつけるほど強いらしいというギャップ。そこが欠かすことのできない要素で」
「で? ギャップ萌えが何なんです?」
「ぅ、そういう言われ方をするとどうしようもないんだが。少なくとも俺は、やりにくいのは
間違いないにしろ、彼女と戦ってみたいという思いはある。ただベタ惚れして、会って話を
してお付き合いしたいってだけではない」
「……ん~……」
その辺の気持ちは、どうにも梢江には理解しにくい。
「あ、そうだ忘れてた。ご老公が彼女に連絡を取った時、俺のことを伝えようとしたらしいんだ。
が、彼女は『相手の情報が無い状態で戦いたい』と言って拒否し、俺の名前だけを聞いた
んだそうだ」
「へえ、そりゃなかなか見上げた心意気だね」
刃牙が少し感心した。その反応に、昻昇は嬉しそうな顔をする。
「だろ? そういうところも含めて、俺は彼女のことを気に入ってしまったわけでだな。彼女の
柔術に関する資料も貰ったんだが、俺も彼女を見習おうと思って全部ご老公に返したんだ。
今、彼女のことがわからないのもそのせいで」
「なあ昻昇」
今まで黙って聞いていた紅葉が口を挟んだ。
「お前さっきから彼女彼女と言ってるが、まさか名前まで覚えてないなんて言わないよな?」
昻昇の嬉しそうな顔が、嬉しそうなまま固まった。
紅葉と刃牙と梢江の視線が浴びせかけられる。
やがて、昻昇は言った。
「……兄さん。今日の晩飯は何かな?」
梢江は頭を沸騰させて、刃牙の襟首を掴んだ。
「刃牙君っ! あなたのお友達って、まさかみんなこういう人なのっっ!?」
「そ、そう言われても、加藤さんや烈さんとこんな会話したことな……したらどうなるんだろ」
「つまり俺は、彼女の武道に対する真摯な姿勢に尊敬すら感じていて、」
「昻昇。私は兄として、お前の将来が不安になってきたんだが」
などと言ってる間に、電車は目的の駅に到着した。
十数分ほどしたら目的の駅に着く。そこから歩いてすぐの公園が、昻昇の待ち合わせの
場所だ。
そこに着くまでに、梢江は昻昇からいろいろ聞いて、いろいろアドバイスしたかった。のだが。
「な、何もわからない? 徳川さんから資料を見せてもらったんでしょう?」
「そうなんだが、つまり、だな。一番上にあった写真を見た時点で、意識が飛んでしまった
ようなものというかそのすなわち何も覚えてなくて……」
面目なさげな昻昇に、梢江は呆れ果てる。
「それじゃどうしようもないじゃないですかっ」
「すまん」
あ~もうっ、と頭を掻く梢江を刃牙が宥めた。
「まあまあ。ほら、ピンク色道着のへっぽこ格闘家も言ってるし。『会って! 戦って初めて
相手がわかる! それがストリートファイターってもんだぜ!』」
「そんなこと言っても、そういうわかり方って今の昻昇さんは望んでないでしょ?」
と言われて、昻昇は胸に手を当てて考えてみる。
「いや……そうでもない。確かに、写真だけで惚れてしまったのは事実だが、それだって
彼女が柔術の達人であるという意識が先にあってのこと。つまり、あんな外見でありながら、
ご老公が目をつけるほど強いらしいというギャップ。そこが欠かすことのできない要素で」
「で? ギャップ萌えが何なんです?」
「ぅ、そういう言われ方をするとどうしようもないんだが。少なくとも俺は、やりにくいのは
間違いないにしろ、彼女と戦ってみたいという思いはある。ただベタ惚れして、会って話を
してお付き合いしたいってだけではない」
「……ん~……」
その辺の気持ちは、どうにも梢江には理解しにくい。
「あ、そうだ忘れてた。ご老公が彼女に連絡を取った時、俺のことを伝えようとしたらしいんだ。
が、彼女は『相手の情報が無い状態で戦いたい』と言って拒否し、俺の名前だけを聞いた
んだそうだ」
「へえ、そりゃなかなか見上げた心意気だね」
刃牙が少し感心した。その反応に、昻昇は嬉しそうな顔をする。
「だろ? そういうところも含めて、俺は彼女のことを気に入ってしまったわけでだな。彼女の
柔術に関する資料も貰ったんだが、俺も彼女を見習おうと思って全部ご老公に返したんだ。
今、彼女のことがわからないのもそのせいで」
「なあ昻昇」
今まで黙って聞いていた紅葉が口を挟んだ。
「お前さっきから彼女彼女と言ってるが、まさか名前まで覚えてないなんて言わないよな?」
昻昇の嬉しそうな顔が、嬉しそうなまま固まった。
紅葉と刃牙と梢江の視線が浴びせかけられる。
やがて、昻昇は言った。
「……兄さん。今日の晩飯は何かな?」
梢江は頭を沸騰させて、刃牙の襟首を掴んだ。
「刃牙君っ! あなたのお友達って、まさかみんなこういう人なのっっ!?」
「そ、そう言われても、加藤さんや烈さんとこんな会話したことな……したらどうなるんだろ」
「つまり俺は、彼女の武道に対する真摯な姿勢に尊敬すら感じていて、」
「昻昇。私は兄として、お前の将来が不安になってきたんだが」
などと言ってる間に、電車は目的の駅に到着した。
駅から歩いて数分、昻昇たち四人は待ち合わせ場所の公園にやってきた。
遊具があり広場があり、隣には虫取りとかできそうな雑木林もある。なかなか立派な公園だ。
もちろん、昻昇にはそんなことどうでも良くて、だんだん迫ってきた出会いの瞬間のことを
思い、ただただ緊張している。
紅葉はそんな昻昇を落ち着かせようといろいろ話しかけているが、効果はないようだ。
やがて……
「き、来たっッっッ!」
裏返った昻昇の声に、他三人がそちらを見た。
短めの髪に白いフリルつきカチューシャを飾ったその女性、年齢は20歳ぐらいだろうか。
刃牙たち以外には子供しかいないのを確認すると、迷い無くこちらに向かって歩いてきた。
澄みきった空のような青いメイド服にエプロンドレス。短いスカートから伸びるスラリとした長い脚を、
真っ白なニーソックスが包んで、太ももやふくらはぎのしなやかなラインを引き立てている。
衣服全体での露出度は低いし、薄くて体に密着しているというわけでもない。だが背すじを
ピシッと伸ばして歩くその姿は、どんなモデルよりも様になっている。それが標準を大きく
上回るサイズのバストと、下回るサイズのウエストなどを強調していて、目に眩しいぐらいだ。
そして、それやこれやを纏めている整った顔立ち。表情は柔らかでいながら、その瞳には
確かな鋭さを備えており、強弱両面で見る者の闘志を削いでしまうものがある。
『こ、これはまた、何とも。昻昇が一目惚れしてしまったのも頷けるな』
紅葉は驚きながら納得し、
『綺麗なひと……あ、いや、ま、まあ、ちったあキレーかもしれないわね、ふっ』
つい見惚れてしまった梢江は隣に刃牙がいるのを思い出して気を引き締め、
『貌といいプロポーションといい、洋画の女優さんみたいというか、何だかちょっと日本人離れ
してるような……ハーフとかかな。そういやハーフって美男美女が多いとか聞くし。あの
大きな胸や腰のくびれはそういういででででででででっ』
刃牙だって年頃の男の子なんだから、そんぐらい勘弁したらんかいという年寄りの意見とは
無縁な、年頃の女の子たる梢江は彼氏の頬を思い切りつねっていた。
そんな風に三人がそれぞれいろいろ思っている中、肝心の昻昇は頭の中がグチャグチャに
なって何も考えられなかったりして。
やがて、当の美人メイドさんが一行の前までやってきた。
「初めまして。鎬昻昇様ですね?」
メイドさんは礼儀正しく姿勢良く、ぺこりとお辞儀する。気を抜けば絡んでもつれて
しまいそうになる舌を何とか動かして、昻昇が答えた。
「い、いかにも、その通り。で、こっちの三人は、」
ほら自己紹介っ、と昻昇がつつく。三人も揃って少し緊張しながら咳払いなんかして、
「兄の紅葉です」
「友人の範馬刃牙です」
「その彼女の松本梢江です」
並んでぺこりと一礼する。
「これはこれはご丁寧に。わたくしは……徳川様からの資料はご覧になられました?」
「あ、ああ。でも、あんたが俺の情報を聞くことを断ったと聞いて、俺もあまり詳しくは
見てない」
その昻昇の返答を聞き、メイドさんはにこりと微笑んだ(昻昇の心臓がでんぐり返った)。
「そういうことでしたら、わたくしからはあまり語らない方が宜しいですね」
「そ、そうだな、うん」
「何はともあれ、ここでは人目もありますから。こちらへいらして下さい」
メイドさんは昻昇たちを促し、先に立って歩き出した。
昻昇たちは大人しく着いていく。にしても後ろから見てても、後姿だけでも、やはり綺麗だ。
昻昇と紅葉が溜息をつき、刃牙もそれに続き、梢江にドツかれる。
だがこの時、梢江以外の三人、特に刃牙と昻昇なら気付いたはずだ。彼女の美しさに
気を取られず、冷静であったならば。
なぜ彼女の歩く姿が、こんなにも美しく見えるのか。歩いている間中、全く正中線がブレず、
重心がズレず、腕にも脚にも指の先にも、余分な力が一切入っていないからだ。
歩くという行為にとって最も隙の無い、最も武道的なその動きと姿勢。それは彼女の
戦闘能力の高さを如実に示している。低く見積もっても昻昇並、いや、あるいは……という
分析は、残念ながら刃牙にも紅葉にももちろん昻昇にもできず、ただ黙ってついていく。
メイドさんは昻昇たちが押し黙っているのを見て、雰囲気を和らげようと思ったのか、
試合とは関係のない話題をいろいろと振ってきた。
「昻昇様は、世界中を武者修行して廻られたそうですね。特に印象に残っている国は
ありますか? 修行以外のこと、例えば料理や景色などで」
「ん……いや、これといって特には」
「左様でございますか。わたくし、出身はロシアなのです。冬の寒さは厳しいですが、春の訪れ
が告げられる時期の、河の美しさといったらもう……どうされました昻昇様。変なお顔を
なされて。範馬様、紅葉様……松本様まで? その哀れむような眼差しは一体? わたくし、
何か妙なことを申しました? それとも皆様のお里では、ロシアの人に何か偏見でもっ?」
四人は何も言えなかった。
遊具があり広場があり、隣には虫取りとかできそうな雑木林もある。なかなか立派な公園だ。
もちろん、昻昇にはそんなことどうでも良くて、だんだん迫ってきた出会いの瞬間のことを
思い、ただただ緊張している。
紅葉はそんな昻昇を落ち着かせようといろいろ話しかけているが、効果はないようだ。
やがて……
「き、来たっッっッ!」
裏返った昻昇の声に、他三人がそちらを見た。
短めの髪に白いフリルつきカチューシャを飾ったその女性、年齢は20歳ぐらいだろうか。
刃牙たち以外には子供しかいないのを確認すると、迷い無くこちらに向かって歩いてきた。
澄みきった空のような青いメイド服にエプロンドレス。短いスカートから伸びるスラリとした長い脚を、
真っ白なニーソックスが包んで、太ももやふくらはぎのしなやかなラインを引き立てている。
衣服全体での露出度は低いし、薄くて体に密着しているというわけでもない。だが背すじを
ピシッと伸ばして歩くその姿は、どんなモデルよりも様になっている。それが標準を大きく
上回るサイズのバストと、下回るサイズのウエストなどを強調していて、目に眩しいぐらいだ。
そして、それやこれやを纏めている整った顔立ち。表情は柔らかでいながら、その瞳には
確かな鋭さを備えており、強弱両面で見る者の闘志を削いでしまうものがある。
『こ、これはまた、何とも。昻昇が一目惚れしてしまったのも頷けるな』
紅葉は驚きながら納得し、
『綺麗なひと……あ、いや、ま、まあ、ちったあキレーかもしれないわね、ふっ』
つい見惚れてしまった梢江は隣に刃牙がいるのを思い出して気を引き締め、
『貌といいプロポーションといい、洋画の女優さんみたいというか、何だかちょっと日本人離れ
してるような……ハーフとかかな。そういやハーフって美男美女が多いとか聞くし。あの
大きな胸や腰のくびれはそういういででででででででっ』
刃牙だって年頃の男の子なんだから、そんぐらい勘弁したらんかいという年寄りの意見とは
無縁な、年頃の女の子たる梢江は彼氏の頬を思い切りつねっていた。
そんな風に三人がそれぞれいろいろ思っている中、肝心の昻昇は頭の中がグチャグチャに
なって何も考えられなかったりして。
やがて、当の美人メイドさんが一行の前までやってきた。
「初めまして。鎬昻昇様ですね?」
メイドさんは礼儀正しく姿勢良く、ぺこりとお辞儀する。気を抜けば絡んでもつれて
しまいそうになる舌を何とか動かして、昻昇が答えた。
「い、いかにも、その通り。で、こっちの三人は、」
ほら自己紹介っ、と昻昇がつつく。三人も揃って少し緊張しながら咳払いなんかして、
「兄の紅葉です」
「友人の範馬刃牙です」
「その彼女の松本梢江です」
並んでぺこりと一礼する。
「これはこれはご丁寧に。わたくしは……徳川様からの資料はご覧になられました?」
「あ、ああ。でも、あんたが俺の情報を聞くことを断ったと聞いて、俺もあまり詳しくは
見てない」
その昻昇の返答を聞き、メイドさんはにこりと微笑んだ(昻昇の心臓がでんぐり返った)。
「そういうことでしたら、わたくしからはあまり語らない方が宜しいですね」
「そ、そうだな、うん」
「何はともあれ、ここでは人目もありますから。こちらへいらして下さい」
メイドさんは昻昇たちを促し、先に立って歩き出した。
昻昇たちは大人しく着いていく。にしても後ろから見てても、後姿だけでも、やはり綺麗だ。
昻昇と紅葉が溜息をつき、刃牙もそれに続き、梢江にドツかれる。
だがこの時、梢江以外の三人、特に刃牙と昻昇なら気付いたはずだ。彼女の美しさに
気を取られず、冷静であったならば。
なぜ彼女の歩く姿が、こんなにも美しく見えるのか。歩いている間中、全く正中線がブレず、
重心がズレず、腕にも脚にも指の先にも、余分な力が一切入っていないからだ。
歩くという行為にとって最も隙の無い、最も武道的なその動きと姿勢。それは彼女の
戦闘能力の高さを如実に示している。低く見積もっても昻昇並、いや、あるいは……という
分析は、残念ながら刃牙にも紅葉にももちろん昻昇にもできず、ただ黙ってついていく。
メイドさんは昻昇たちが押し黙っているのを見て、雰囲気を和らげようと思ったのか、
試合とは関係のない話題をいろいろと振ってきた。
「昻昇様は、世界中を武者修行して廻られたそうですね。特に印象に残っている国は
ありますか? 修行以外のこと、例えば料理や景色などで」
「ん……いや、これといって特には」
「左様でございますか。わたくし、出身はロシアなのです。冬の寒さは厳しいですが、春の訪れ
が告げられる時期の、河の美しさといったらもう……どうされました昻昇様。変なお顔を
なされて。範馬様、紅葉様……松本様まで? その哀れむような眼差しは一体? わたくし、
何か妙なことを申しました? それとも皆様のお里では、ロシアの人に何か偏見でもっ?」
四人は何も言えなかった。
まあいろいろあったが。
とりあえず、メイドさんに連れられて一行がやってきたのは雑木林の奥。ほんの少しだけ
木々が途切れている場所だ。
とはいっても「広場」と言えるほどのものではない。傾斜あり、でこぼこあり、あちこちに木の根
が出てて、いつ躓いて転ぶかわからない。少なくとも地下闘技場とは比較にならない足場の
悪さだ。
とはいえ、戦うとなれば電車の中だろうがジェットコースターの上だろうが関係なく戦わねば
ならないのが武道家。それは昻昇も、刃牙や紅葉も理解しているから何も言わない。
「この辺りでよろしいでしょうか」
メイドさんが足を止めた。刃牙と紅葉と梢江が離れた。
昻昇は、メイドさんと距離をとって深呼吸をする。
とうとうこの時が来たのだ。今はただ、全力で戦うのみ。告白するにしても電話番号を聞く
にしてもデートの申し込みをするにしても、全てはその後のこと。
「いいだろう。兄さん、合図を頼む」
まだ心の準備は完了していないが、流石にここまで来て、そんなことでオタオタしていられない。
だから昻昇はムリヤリにでも気合を入れる。そこへ、
「始めぃっ!」
紅葉の声が響いた。昻昇は両手でパァン! と自分の頬を叩いてから構えを取って、
「鎬流空手、鎬昻昇……参るッ!」
メイドさんも表情を引き締め、流れるように両掌を上げて構えた。
「明道流柔術、ドラエ=タチバナ=ドリャーエフ……一手ご指南願います!」
とりあえず、メイドさんに連れられて一行がやってきたのは雑木林の奥。ほんの少しだけ
木々が途切れている場所だ。
とはいっても「広場」と言えるほどのものではない。傾斜あり、でこぼこあり、あちこちに木の根
が出てて、いつ躓いて転ぶかわからない。少なくとも地下闘技場とは比較にならない足場の
悪さだ。
とはいえ、戦うとなれば電車の中だろうがジェットコースターの上だろうが関係なく戦わねば
ならないのが武道家。それは昻昇も、刃牙や紅葉も理解しているから何も言わない。
「この辺りでよろしいでしょうか」
メイドさんが足を止めた。刃牙と紅葉と梢江が離れた。
昻昇は、メイドさんと距離をとって深呼吸をする。
とうとうこの時が来たのだ。今はただ、全力で戦うのみ。告白するにしても電話番号を聞く
にしてもデートの申し込みをするにしても、全てはその後のこと。
「いいだろう。兄さん、合図を頼む」
まだ心の準備は完了していないが、流石にここまで来て、そんなことでオタオタしていられない。
だから昻昇はムリヤリにでも気合を入れる。そこへ、
「始めぃっ!」
紅葉の声が響いた。昻昇は両手でパァン! と自分の頬を叩いてから構えを取って、
「鎬流空手、鎬昻昇……参るッ!」
メイドさんも表情を引き締め、流れるように両掌を上げて構えた。
「明道流柔術、ドラエ=タチバナ=ドリャーエフ……一手ご指南願います!」