すでにシコルスキーたちは包囲されていた。
交番を出ると、ざっと数えても五十人は下らない警官が緊張の面持ちで拳銃や警棒を構
えていた。
「ご苦労様、といったところかな」
包囲網の中心で笑う、サングラスをかけた中年の西洋人。
予想だにしなかった状況に、シコルスキーとルミナの顔が強張る。
「私は新宿署の署長、マイケル・ホールズだ。君たちの活躍は“交番”に備えられた監視
カメラでじっくり拝見させてもらったよ」
シコルスキーの地肌で脂汗と冷や汗が混ざる。なぜ日本の警察署なのに署長が外国人な
のか、などという指摘をする余裕はなかった。
「俺たちの勝利を祝福してくれる……ってムードではないな」
「いやいやとんでもない。君の勝利を祝して、すばらしいシナリオをプレゼントしようと
思っていたんだよ」
「シナリオ?」
「例えば……君はそこにいる少年とまだ中にいる少年たち、計四名を誘拐しようとした誘
拐犯だとしよう。しかし怪しんだ警官たちによって、君は交番に連れて行かれる。尋問の
最中、追い詰められた君はあろうことか逆上し、警官相手に大暴れ。一人を恐喝し、三人
に重傷を負わせる。手がつけられない凶悪犯となった君を、我々はようやく包囲すること
に成功した。……こんなシナリオはいかがかね?」
今にも折れそうな膝をこらえつつ、シコルスキーはいった。
「なるほど、マウスがやってた“再教育”は上にも容認されていたってことか」
「彼らは国にとって必要悪だった。優しいおまわりさん、頼もしいおまわりさん、だけで
は国民は守り切れない。残念だが、君は踏み込みすぎたのだよ」
悪徳警官マウスの噂が噂に過ぎなかった理由。種明かしをすれば真相は至って単純だっ
た。マウスよりも立場が上の人間が、全てをもみ消していただけの話だったのだ。
そして今やシコルスキーは、国家権力への反逆者とされてしまった。
「悪いが、俺も黙ってハントされるつもりはない」
「仕方あるまい。我々は凶悪犯を説得しようと試みたが、やむを得ず射殺、という締めく
くりにするとしよう」
一対五十。満身創痍と拳銃装備。絶望的な戦争が開始されようとしていた。
交番を出ると、ざっと数えても五十人は下らない警官が緊張の面持ちで拳銃や警棒を構
えていた。
「ご苦労様、といったところかな」
包囲網の中心で笑う、サングラスをかけた中年の西洋人。
予想だにしなかった状況に、シコルスキーとルミナの顔が強張る。
「私は新宿署の署長、マイケル・ホールズだ。君たちの活躍は“交番”に備えられた監視
カメラでじっくり拝見させてもらったよ」
シコルスキーの地肌で脂汗と冷や汗が混ざる。なぜ日本の警察署なのに署長が外国人な
のか、などという指摘をする余裕はなかった。
「俺たちの勝利を祝福してくれる……ってムードではないな」
「いやいやとんでもない。君の勝利を祝して、すばらしいシナリオをプレゼントしようと
思っていたんだよ」
「シナリオ?」
「例えば……君はそこにいる少年とまだ中にいる少年たち、計四名を誘拐しようとした誘
拐犯だとしよう。しかし怪しんだ警官たちによって、君は交番に連れて行かれる。尋問の
最中、追い詰められた君はあろうことか逆上し、警官相手に大暴れ。一人を恐喝し、三人
に重傷を負わせる。手がつけられない凶悪犯となった君を、我々はようやく包囲すること
に成功した。……こんなシナリオはいかがかね?」
今にも折れそうな膝をこらえつつ、シコルスキーはいった。
「なるほど、マウスがやってた“再教育”は上にも容認されていたってことか」
「彼らは国にとって必要悪だった。優しいおまわりさん、頼もしいおまわりさん、だけで
は国民は守り切れない。残念だが、君は踏み込みすぎたのだよ」
悪徳警官マウスの噂が噂に過ぎなかった理由。種明かしをすれば真相は至って単純だっ
た。マウスよりも立場が上の人間が、全てをもみ消していただけの話だったのだ。
そして今やシコルスキーは、国家権力への反逆者とされてしまった。
「悪いが、俺も黙ってハントされるつもりはない」
「仕方あるまい。我々は凶悪犯を説得しようと試みたが、やむを得ず射殺、という締めく
くりにするとしよう」
一対五十。満身創痍と拳銃装備。絶望的な戦争が開始されようとしていた。
右肩に一撃、脇腹に一撃、左肘に一撃。国家を脅かす反逆者に対し、発砲は容赦なく実
行された。歯を食いしばり、なおも耐えるシコルスキー。
兵力、射程、スタミナ、コンディション──シコルスキーが有利な要素がまるでない。
煙草に火をつけ、署長はしみじみと語る。
「こうして君のような無法者を圧倒的戦力を以って無力化する瞬間──私は快感を抱かず
にはいられない。つくづくこの職業に就いて良かったと実感するよ」煙草をくわえ、煙を
吐き出す。「これだからやめられんッ!」
「せめてアンタをこの手で切り裂いてから、くたばってやる……ッ!」
最後の力を振り絞り、猛然と駆け出すシコルスキー。一瞬どよめきが警官たちの間で起
こる。
ところが壊れている膝に集中砲火を受け、あえなくダウンを喫してしまう。
「ちくしょ、う……」
「まだ力が残っていたとはな。あのマウスを倒してのけただけのことはある」
助けを呼ぼうと、大声を上げるルミナ。
「──誰か、誰か助けてぇっ!」
「いくら叫ぼうが無駄だよ。凶悪犯が潜んでいるということで、周辺住民の避難は完了し
ている。仮に助けが来たとしても、どうしようもないがね」
すると、署長の肩に後ろから巨大な手が置かれた。
「いやいや、それはどうかな」
あわてて振り返る署長。次の瞬間、彼の眼は飛び出さんばかりに見開かれた。
「なぜあなたがここに……ッ!」
「どうしようもないかどうか、試してみるかね」
「ミスターアンチェインッ!」
立っていたのはオリバ、柳、ドリアン、ドイル、スペック、ゲバル。役者は揃った。
行された。歯を食いしばり、なおも耐えるシコルスキー。
兵力、射程、スタミナ、コンディション──シコルスキーが有利な要素がまるでない。
煙草に火をつけ、署長はしみじみと語る。
「こうして君のような無法者を圧倒的戦力を以って無力化する瞬間──私は快感を抱かず
にはいられない。つくづくこの職業に就いて良かったと実感するよ」煙草をくわえ、煙を
吐き出す。「これだからやめられんッ!」
「せめてアンタをこの手で切り裂いてから、くたばってやる……ッ!」
最後の力を振り絞り、猛然と駆け出すシコルスキー。一瞬どよめきが警官たちの間で起
こる。
ところが壊れている膝に集中砲火を受け、あえなくダウンを喫してしまう。
「ちくしょ、う……」
「まだ力が残っていたとはな。あのマウスを倒してのけただけのことはある」
助けを呼ぼうと、大声を上げるルミナ。
「──誰か、誰か助けてぇっ!」
「いくら叫ぼうが無駄だよ。凶悪犯が潜んでいるということで、周辺住民の避難は完了し
ている。仮に助けが来たとしても、どうしようもないがね」
すると、署長の肩に後ろから巨大な手が置かれた。
「いやいや、それはどうかな」
あわてて振り返る署長。次の瞬間、彼の眼は飛び出さんばかりに見開かれた。
「なぜあなたがここに……ッ!」
「どうしようもないかどうか、試してみるかね」
「ミスターアンチェインッ!」
立っていたのはオリバ、柳、ドリアン、ドイル、スペック、ゲバル。役者は揃った。
勝利目前にして訪れた強大な敵援軍を目の当たりにし、署長は次に紡ぐべき言葉を失っ
てしまう。
「ミスターオリバ……。ど、どうしてここへ……?」
「今君らにいじめられている彼なんだが、実は私の経営するアパートの住民でね。気にな
って様子を伺いに来たのさ」
署長の狼狽がますますひどくなる。
「──えっ!? いえ、あ、実はあの男、子供を誘拐した挙句、私の部下に暴行を働きま
して……」
「ほう……。私には子供を助けにきたロシア人が、理不尽に処刑されているようにしか見
えんがね」
地上最自由の称号が真実を知らぬはずがなかった。さらにうろたえ、泡を吐かんばかり
に弁解を試みる署長だが、どんどん舌がもつれていく。
「とにかくだ、マイケル。君及び君の部下が無事に済むかどうか、決めるのは君だ」
オリバの後ろに控える五人もまた、国家を脅かすレベルの戦力を備えている。
「新しい暗器をちょうど試したいところでしてな」不敵に笑う柳。
「やれやれ、つまらぬ勝利をもたらせてくれそうだな」ドリアンはライターを取り出す。
「しけい荘を敵に回すとどうなるか、たっぷり学習させてやる」ドイルも構える。
「サッサトシコルスキー連レ帰ッテ、焼キ肉ノ続キヲシヨウヤ」缶ビールを飲むスペック。
「風は吹いていないが、今日はいいパンチが打てそうだ」拳を固めるゲバル。
こんな連中を相手にしてしまっては、警視庁全戦力を投入しても──否、自衛隊を出動
させたとしても鎮圧できまい。
署長の決断は光よりも速かった。
「て、ててて、撤収ゥ~ッ!」
まさかのしけい荘住民集合によって、戦いは終わりを告げた。
ルミナといじめっ子たちは自宅に送り届けられ、シコルスキーはすぐに入院することに
なった。
その後しばらく病院では、見舞いのたびにシコルスキーの悲鳴が耐えなかったという。
てしまう。
「ミスターオリバ……。ど、どうしてここへ……?」
「今君らにいじめられている彼なんだが、実は私の経営するアパートの住民でね。気にな
って様子を伺いに来たのさ」
署長の狼狽がますますひどくなる。
「──えっ!? いえ、あ、実はあの男、子供を誘拐した挙句、私の部下に暴行を働きま
して……」
「ほう……。私には子供を助けにきたロシア人が、理不尽に処刑されているようにしか見
えんがね」
地上最自由の称号が真実を知らぬはずがなかった。さらにうろたえ、泡を吐かんばかり
に弁解を試みる署長だが、どんどん舌がもつれていく。
「とにかくだ、マイケル。君及び君の部下が無事に済むかどうか、決めるのは君だ」
オリバの後ろに控える五人もまた、国家を脅かすレベルの戦力を備えている。
「新しい暗器をちょうど試したいところでしてな」不敵に笑う柳。
「やれやれ、つまらぬ勝利をもたらせてくれそうだな」ドリアンはライターを取り出す。
「しけい荘を敵に回すとどうなるか、たっぷり学習させてやる」ドイルも構える。
「サッサトシコルスキー連レ帰ッテ、焼キ肉ノ続キヲシヨウヤ」缶ビールを飲むスペック。
「風は吹いていないが、今日はいいパンチが打てそうだ」拳を固めるゲバル。
こんな連中を相手にしてしまっては、警視庁全戦力を投入しても──否、自衛隊を出動
させたとしても鎮圧できまい。
署長の決断は光よりも速かった。
「て、ててて、撤収ゥ~ッ!」
まさかのしけい荘住民集合によって、戦いは終わりを告げた。
ルミナといじめっ子たちは自宅に送り届けられ、シコルスキーはすぐに入院することに
なった。
その後しばらく病院では、見舞いのたびにシコルスキーの悲鳴が耐えなかったという。