弾丸を同じ場所に三連続でヒットするのではなく、一度に三発の弾丸を被弾させる。ど
れほど射撃の腕を磨こうと不可能な技術であるが、三位一体ならば可能となる。シコルス
キーの右膝は完全に粉砕された。
「フフフ……すばらしかったよ、シコルスキー。君の戦力は我々の予測以上だった。しか
しいかに強かろうが所詮は個人、我々“マウス”に勝てる道理はない」
得意げに勝ち誇る唇(リップ)。西部劇のような仕草で拳銃を回している。
脂汗まみれで、シコルスキーはなおも立ち上がろうしていた。右足がダメなら、左足だ
けで戦ってみせる。
「フン……拳銃がなけりゃ、怖くて逮捕もできない臆病な警官には、ちょうどいい……ハ
ンディだ……」
「減」と唇。
「ら」と歯。
「ず」と舌。
「口」と唇。
「を」と歯。
唇がさっと手を上げると、歯(トゥース)と舌(タング)が拳銃を構えた。
銃声。
今度は左膝を、三発の銃弾が撃ち抜いた。七分ほど起き上がっていたシコルスキーの体
がまた崩れ落ちる。両足を失ってはもはや立って戦うことはかなわない。
「うぐゥ……ッ!」
「勝負ありだな。まァ安心したまえ、殺しはしない。もっともこれから二度とファイトが
できない体にさせてもらうがね……」
うすら笑いを浮かべ、足並みを揃えて無情に間合いを詰めるマウス。
「シコルスキーさん……ッ!」
もうシコルスキーに勝ちはない。足手まといにすらなれないだろうが、救出に向かおう
とするルミナ。しかし、足が持ち上がらない。いかに勇敢とはいえ、まだルミナは小学生
である。マウスと拳銃への絶対的恐怖が、敵に立ち向かうことを許可しない。
金縛りにあったまま、ルミナはむせび泣くことしかできなかった。
「存分に泣いて後悔するがいいぞ、少年。我々に歯向かったことを……なッ!」
うつ伏せではいずり回るシコルスキーの傷ついた右膝を、唇は思い切り踏みつけた。さ
らに舌が左膝を踏みつける。血溜まりが面積を広げた。苦痛に顔を歪めるシコルスキー。
「痛そうだねぇ……ついでに両腕も撃ち抜いておかないか、唇」歯が拳銃を取り出す。
「用心深いな。まァいいだろう、撃て」
唇の許可が下り、歯は嬉しそうに銃口をシコルスキーの右肘に向ける。
悔しそうに両の拳を握り締めるシコルスキー。が、その口元はわずかに笑っていた。
れほど射撃の腕を磨こうと不可能な技術であるが、三位一体ならば可能となる。シコルス
キーの右膝は完全に粉砕された。
「フフフ……すばらしかったよ、シコルスキー。君の戦力は我々の予測以上だった。しか
しいかに強かろうが所詮は個人、我々“マウス”に勝てる道理はない」
得意げに勝ち誇る唇(リップ)。西部劇のような仕草で拳銃を回している。
脂汗まみれで、シコルスキーはなおも立ち上がろうしていた。右足がダメなら、左足だ
けで戦ってみせる。
「フン……拳銃がなけりゃ、怖くて逮捕もできない臆病な警官には、ちょうどいい……ハ
ンディだ……」
「減」と唇。
「ら」と歯。
「ず」と舌。
「口」と唇。
「を」と歯。
唇がさっと手を上げると、歯(トゥース)と舌(タング)が拳銃を構えた。
銃声。
今度は左膝を、三発の銃弾が撃ち抜いた。七分ほど起き上がっていたシコルスキーの体
がまた崩れ落ちる。両足を失ってはもはや立って戦うことはかなわない。
「うぐゥ……ッ!」
「勝負ありだな。まァ安心したまえ、殺しはしない。もっともこれから二度とファイトが
できない体にさせてもらうがね……」
うすら笑いを浮かべ、足並みを揃えて無情に間合いを詰めるマウス。
「シコルスキーさん……ッ!」
もうシコルスキーに勝ちはない。足手まといにすらなれないだろうが、救出に向かおう
とするルミナ。しかし、足が持ち上がらない。いかに勇敢とはいえ、まだルミナは小学生
である。マウスと拳銃への絶対的恐怖が、敵に立ち向かうことを許可しない。
金縛りにあったまま、ルミナはむせび泣くことしかできなかった。
「存分に泣いて後悔するがいいぞ、少年。我々に歯向かったことを……なッ!」
うつ伏せではいずり回るシコルスキーの傷ついた右膝を、唇は思い切り踏みつけた。さ
らに舌が左膝を踏みつける。血溜まりが面積を広げた。苦痛に顔を歪めるシコルスキー。
「痛そうだねぇ……ついでに両腕も撃ち抜いておかないか、唇」歯が拳銃を取り出す。
「用心深いな。まァいいだろう、撃て」
唇の許可が下り、歯は嬉しそうに銃口をシコルスキーの右肘に向ける。
悔しそうに両の拳を握り締めるシコルスキー。が、その口元はわずかに笑っていた。
歯が引き金に指をかける。あと数ミリ指に力を込めれば、弾丸がシコルスキーの右腕に
寸分たがわず炸裂する。
「先に腕をやっとくべきだったな……」
突如シコルスキーはうつ伏せ状態で拳を振り上げた。するとどういう手品か、大量の砂
粒が舞い上がり、マウスをも巻き込んだ。
「オワッ!」驚いた歯は銃口を標的から逸らせてしまう。
「ちくしょう、目にッ!」砂を目に浴び、とっさに目蓋を閉じる舌。
「こいつ、手に砂を隠し持っていたか!」舌打ちし、目をカバーする唇。
──否、そうではない。
シコルスキーが手を置いていた床の一部分が抉れている。まるで指で削り取られたかの
ように。
「まさか……ッ! こいつ、コンクリの床を指で砕いて砂にしたというのかッ?!」
唇の推測は正しかった。ゆえに致命的な空白を敵に与えてしまったと気づく。即、三位
一体の銃口が床に向けられる。
ところが一歩も動けないはずのシコルスキーが、忽然と姿を消していた。
「ど、どこへッ!」慌てふためく唇。
ふと、歯が頭上に気配を感じた。
「ん──?」
一コンマ遅かった。天井から落下した拳が、歯の脳天を打ち砕いた。手加減は一切ない。
目と鼻と口から鮮血を噴き出しながら、失神する歯。
続いては舌である。銃を構え直そうとするも追いつかず、斬撃が鼻先を一閃した。
「ヒイィィィィイィッ!」
斬撃の正体は一本拳。顔面を一文字に削り取られ、舌もまた血まみれで沈んだ。
シコルスキーは砂粒で隙を作り、腕力だけで全身を跳ね上げ、指で天井に張りついてい
たのだ。起死回生の立体殺法で、一気に形勢は逆転した。
ついに一対一、残るはリーダー唇のみ。
すでに両膝は破壊されているのに、シコルスキーは立つ。
「うっ……ぐっ! な、なぜ立っていられる、貴様ッ!」
「ヘッ……俺のルームメイトが、横になるのは死んでからで十分だって教えてくれたから
な……」
チームワークがなければ、唇とてせいぜい素人に毛が生えた程度の使い手に過ぎない。
「ま、待ってくれっ! 子供は返すから、もう止めにしないか……?」
シコルスキーは興を失ったようにため息をついた。
「……仲間の仇を討つ気はさらさらないんだな」
「ふふふ……我々はあくまで連携が頼みだからな。こうなった以上は君に屈服する他ない
のさ」
「連携が頼りならば──最後まで仲間につき合うべきだなッ!」
逃げ出そうとする唇の背中に、シコルスキーは怒りを含んだドロップキック。唇は水平
に吹き飛び壁に激突し、動かなくなった。
歯を砕き、舌を切り裂き、唇も叩き潰した。口(マウス)は崩壊した。
すなわち、シコルスキーの勝利である。
寸分たがわず炸裂する。
「先に腕をやっとくべきだったな……」
突如シコルスキーはうつ伏せ状態で拳を振り上げた。するとどういう手品か、大量の砂
粒が舞い上がり、マウスをも巻き込んだ。
「オワッ!」驚いた歯は銃口を標的から逸らせてしまう。
「ちくしょう、目にッ!」砂を目に浴び、とっさに目蓋を閉じる舌。
「こいつ、手に砂を隠し持っていたか!」舌打ちし、目をカバーする唇。
──否、そうではない。
シコルスキーが手を置いていた床の一部分が抉れている。まるで指で削り取られたかの
ように。
「まさか……ッ! こいつ、コンクリの床を指で砕いて砂にしたというのかッ?!」
唇の推測は正しかった。ゆえに致命的な空白を敵に与えてしまったと気づく。即、三位
一体の銃口が床に向けられる。
ところが一歩も動けないはずのシコルスキーが、忽然と姿を消していた。
「ど、どこへッ!」慌てふためく唇。
ふと、歯が頭上に気配を感じた。
「ん──?」
一コンマ遅かった。天井から落下した拳が、歯の脳天を打ち砕いた。手加減は一切ない。
目と鼻と口から鮮血を噴き出しながら、失神する歯。
続いては舌である。銃を構え直そうとするも追いつかず、斬撃が鼻先を一閃した。
「ヒイィィィィイィッ!」
斬撃の正体は一本拳。顔面を一文字に削り取られ、舌もまた血まみれで沈んだ。
シコルスキーは砂粒で隙を作り、腕力だけで全身を跳ね上げ、指で天井に張りついてい
たのだ。起死回生の立体殺法で、一気に形勢は逆転した。
ついに一対一、残るはリーダー唇のみ。
すでに両膝は破壊されているのに、シコルスキーは立つ。
「うっ……ぐっ! な、なぜ立っていられる、貴様ッ!」
「ヘッ……俺のルームメイトが、横になるのは死んでからで十分だって教えてくれたから
な……」
チームワークがなければ、唇とてせいぜい素人に毛が生えた程度の使い手に過ぎない。
「ま、待ってくれっ! 子供は返すから、もう止めにしないか……?」
シコルスキーは興を失ったようにため息をついた。
「……仲間の仇を討つ気はさらさらないんだな」
「ふふふ……我々はあくまで連携が頼みだからな。こうなった以上は君に屈服する他ない
のさ」
「連携が頼りならば──最後まで仲間につき合うべきだなッ!」
逃げ出そうとする唇の背中に、シコルスキーは怒りを含んだドロップキック。唇は水平
に吹き飛び壁に激突し、動かなくなった。
歯を砕き、舌を切り裂き、唇も叩き潰した。口(マウス)は崩壊した。
すなわち、シコルスキーの勝利である。
いじめっ子に使用されていたロープで三人を拘束し、マウス退治は完了した。
しかし、シコルスキーの両膝からの出血は尋常ではない。
「シコルスキーさん、今救急車を呼びますっ!」
ポケットから携帯電話を取り出すルミナを、シコルスキーは手で制した。
「いや……大丈夫だ。ここからなら知り合いの病院に歩いていく方が早い。無料で治療し
てくれるかわりに、人体実験をさせられるけどな」
無邪気に笑い合う二人に、背後からか細い声が投げかけられた。
「あ、鮎川……」
眠りから覚めたいじめっ子のリーダーだった。薬品で昏倒させられていたらしく、まだ
若干無意識であるようだが会話はできるようだ。
「な、んで、俺たちを……助けたんだ……」
口ごもるルミナ。するとシコルスキーが代わりに答えた。
「ルミナは別におまえらに恩を売りたくて助けたわけじゃない。だから今日のことを忘れ
て、またおまえらがルミナをいじめようとそれは自由だ。だけどな……」
「だ、だけど……?」
「ルミナはもう二度と、決しておまえらには屈しない。これだけははっきり分かる」
いじめっ子がルミナを見やる。するとルミナの眼も、シコルスキーと全く同じことをい
っていた。もう絶対に負けない、と。
意識半ばでいじめっ子は悟った。今後いかなる手段、たとえ暴力を用いても、彼を屈服
させることは不可能であることを。自分たちは未来永劫にわたって完敗を喫したのだ。
「……行きましょう。シコルスキーさん」
力強く己の手を引くルミナを見据えながら、シコルスキーは友に独白した。
「サムワン……どうやら本当に俺たちの仲間がまた一人減ったようだ。……もっとも寂し
くはないけどな」
しかし、シコルスキーの両膝からの出血は尋常ではない。
「シコルスキーさん、今救急車を呼びますっ!」
ポケットから携帯電話を取り出すルミナを、シコルスキーは手で制した。
「いや……大丈夫だ。ここからなら知り合いの病院に歩いていく方が早い。無料で治療し
てくれるかわりに、人体実験をさせられるけどな」
無邪気に笑い合う二人に、背後からか細い声が投げかけられた。
「あ、鮎川……」
眠りから覚めたいじめっ子のリーダーだった。薬品で昏倒させられていたらしく、まだ
若干無意識であるようだが会話はできるようだ。
「な、んで、俺たちを……助けたんだ……」
口ごもるルミナ。するとシコルスキーが代わりに答えた。
「ルミナは別におまえらに恩を売りたくて助けたわけじゃない。だから今日のことを忘れ
て、またおまえらがルミナをいじめようとそれは自由だ。だけどな……」
「だ、だけど……?」
「ルミナはもう二度と、決しておまえらには屈しない。これだけははっきり分かる」
いじめっ子がルミナを見やる。するとルミナの眼も、シコルスキーと全く同じことをい
っていた。もう絶対に負けない、と。
意識半ばでいじめっ子は悟った。今後いかなる手段、たとえ暴力を用いても、彼を屈服
させることは不可能であることを。自分たちは未来永劫にわたって完敗を喫したのだ。
「……行きましょう。シコルスキーさん」
力強く己の手を引くルミナを見据えながら、シコルスキーは友に独白した。
「サムワン……どうやら本当に俺たちの仲間がまた一人減ったようだ。……もっとも寂し
くはないけどな」