放課後を知らせるチャイムが作戦決行の狼煙。学生の本分を終えた級友たちが次々と帰
宅する中、いじめっ子たちは昇降口でルミナを待ち伏せていた。
にこやかに近づいてくる三人組に、警戒するように身構えるルミナ。
「お、おい、そう怖い顔すんなって!」
「実は俺たち、今までのことを謝ろうと思って待ってたんだ」
「その証拠にほら……」
リーダー格の少年は自らの携帯電話を取り出すと、保存されていた『恥ずかしい写真』
を丸ごと消去してみせた。これで脅迫の材料は失われた。
「ごめんな、鮎川」
「許してもらえないかもしれないけど……」
「これからはおまえと友人(ダチ)としてやっていきたいんだ」
昨日までとは打って変わって和解の提案をする彼らに面食らいながらも、ルミナは頷い
た。
「別に、いいよ」
許せるレベルのいじめではなかった。彼らの言葉を額面通りに信用したわけでもなかっ
た。しかしルミナは水に流すことで一刻も早く「いじめられっ子のルミナ」から卒業した
かった。
晴れて和解が成立し、大げさなリアクションで喜び合う三人組。
「じゃあさっそく遊びに行こうぜ」
「え、でも……」
「こないだ新しい遊び場を見つけたんだ。三丁目にある廃ビルなんだけど、広いし、あそ
こでかくれんぼとかやると最高に楽しいぞ」
はにかむように、ルミナは快く頷いた。
ほがらかに笑いながら、遊び場へと向かう少年たち。
何をやっても上手くことが運ぶ──人には生涯のうちに何度か人生の絶頂を感じる瞬間
がある。この時のルミナもまた、これに近い感覚を味わっていた。そして、できる限り長
く味わっていたいと祈った。
しかし、廃ビルに足を踏み入れた瞬間、
「さぁて、お楽しみの始まりだ」
脇腹にめり込んだボディブローの痛みで、ルミナは祈りが通じなかったことを悟った。
宅する中、いじめっ子たちは昇降口でルミナを待ち伏せていた。
にこやかに近づいてくる三人組に、警戒するように身構えるルミナ。
「お、おい、そう怖い顔すんなって!」
「実は俺たち、今までのことを謝ろうと思って待ってたんだ」
「その証拠にほら……」
リーダー格の少年は自らの携帯電話を取り出すと、保存されていた『恥ずかしい写真』
を丸ごと消去してみせた。これで脅迫の材料は失われた。
「ごめんな、鮎川」
「許してもらえないかもしれないけど……」
「これからはおまえと友人(ダチ)としてやっていきたいんだ」
昨日までとは打って変わって和解の提案をする彼らに面食らいながらも、ルミナは頷い
た。
「別に、いいよ」
許せるレベルのいじめではなかった。彼らの言葉を額面通りに信用したわけでもなかっ
た。しかしルミナは水に流すことで一刻も早く「いじめられっ子のルミナ」から卒業した
かった。
晴れて和解が成立し、大げさなリアクションで喜び合う三人組。
「じゃあさっそく遊びに行こうぜ」
「え、でも……」
「こないだ新しい遊び場を見つけたんだ。三丁目にある廃ビルなんだけど、広いし、あそ
こでかくれんぼとかやると最高に楽しいぞ」
はにかむように、ルミナは快く頷いた。
ほがらかに笑いながら、遊び場へと向かう少年たち。
何をやっても上手くことが運ぶ──人には生涯のうちに何度か人生の絶頂を感じる瞬間
がある。この時のルミナもまた、これに近い感覚を味わっていた。そして、できる限り長
く味わっていたいと祈った。
しかし、廃ビルに足を踏み入れた瞬間、
「さぁて、お楽しみの始まりだ」
脇腹にめり込んだボディブローの痛みで、ルミナは祈りが通じなかったことを悟った。
三十分にも及ぶ私刑(リンチ)。巧妙に腹部や背中のみを殴られ蹴られ。ルミナは体を
丸め、声を殺して泣いていた。
「ダセェな、メソメソ泣いてんじゃねぇよ」
「これで懲りたろ。またやられたくなきゃ、明日から弱虫に戻るこったな」
「あばよ、鮎川」
遠くなっていく笑い声を聞きながら、ルミナは己の運命をひたすら呪った。
一方のいじめっ子たちは、作戦成功の興奮と達成感に酔いしれながらビルを出ようとし
ていた。
すると、ビルの入り口部分で彼らは同じく三人組と遭遇した。ただし相手は大人、しか
も警官──なにより三人とも顔がそっくりであった。
「おやおや」
「最近ここでたむろしている輩がいると聞いて来てみれば」
「廃ビルとはいえ他人の土地、立派な不法侵入罪だ」
予期せぬ展開に怯える少年たち。
「な、なんだよぉ……どけよ!」
「反省の色がないな。なァ、歯(トゥース)、舌(タング)」
「そうだな、唇(リップ)」と歯と呼ばれた男がいった。
「しつけがなっていない。これからの日本が危ぶまれる」と舌と呼ばれた男がいった。
三つ並んだそっくりな唇が規則正しく開かれる。
「い」と唇。
「ず」と歯。
「れ」と舌。
「に」と唇。
「し」と歯。
「ろ」と舌。
「緊」と唇。
「急」と歯。
「事」と舌。
「態」と唇。
「だ」と歯。
いずれにしろ緊急事態だ──三人はそれぞれが一言ずつ喋ることにより、一つの台詞を
成立させた。思考とタイミングが同調(シンクロ)していなければ不可能な妙技である。
「君らは我々の交番で再教育を施すことにしよう」
必死で泣きわめく少年たちだったが腕ずくであっさり取り押さえられ、警官トリオに抱
えられて消えた。
丸め、声を殺して泣いていた。
「ダセェな、メソメソ泣いてんじゃねぇよ」
「これで懲りたろ。またやられたくなきゃ、明日から弱虫に戻るこったな」
「あばよ、鮎川」
遠くなっていく笑い声を聞きながら、ルミナは己の運命をひたすら呪った。
一方のいじめっ子たちは、作戦成功の興奮と達成感に酔いしれながらビルを出ようとし
ていた。
すると、ビルの入り口部分で彼らは同じく三人組と遭遇した。ただし相手は大人、しか
も警官──なにより三人とも顔がそっくりであった。
「おやおや」
「最近ここでたむろしている輩がいると聞いて来てみれば」
「廃ビルとはいえ他人の土地、立派な不法侵入罪だ」
予期せぬ展開に怯える少年たち。
「な、なんだよぉ……どけよ!」
「反省の色がないな。なァ、歯(トゥース)、舌(タング)」
「そうだな、唇(リップ)」と歯と呼ばれた男がいった。
「しつけがなっていない。これからの日本が危ぶまれる」と舌と呼ばれた男がいった。
三つ並んだそっくりな唇が規則正しく開かれる。
「い」と唇。
「ず」と歯。
「れ」と舌。
「に」と唇。
「し」と歯。
「ろ」と舌。
「緊」と唇。
「急」と歯。
「事」と舌。
「態」と唇。
「だ」と歯。
いずれにしろ緊急事態だ──三人はそれぞれが一言ずつ喋ることにより、一つの台詞を
成立させた。思考とタイミングが同調(シンクロ)していなければ不可能な妙技である。
「君らは我々の交番で再教育を施すことにしよう」
必死で泣きわめく少年たちだったが腕ずくであっさり取り押さえられ、警官トリオに抱
えられて消えた。
物陰からルミナは一部始終を目撃していた。
いじめっ子に受けた傷は平気か、警官たちはいったい何者なのか、いじめっ子たちはど
こに連れ去られたのか。その他考えるべき事柄を一切放棄し、ルミナは全力で走った。
──強き親友が暮らすあのアパートへ。
「シコルスキーさんっ!」
ちょうどシコルスキーはダヴァイ体操がやかましいという理由で、オリバに締め上げら
れている最中であった。
「ル、ルミナッ! ……助けてくれェッ!」
「ほう、君はあの時シコルスキーに勝利した少年じゃないか」
ルミナは二人に、同級生が不気味な警官に拉致されたことを打ち明けた。オリバにはル
ミナのいう警官に心当たりがあった。
「……おそらくそいつらは“マウス”だろうな」
「マウス? ……え、と鼠ですか? それともパソコンの……」
「どちらも違う。まるで食事をする時の唇、歯、舌のように絶妙なコンビネーションを発
揮することから、彼ら三人をまとめて“口(マウス)”と呼ぶ。れっきとした警察官(ポ
リスマン)だが、あまり良い噂は聞かんな」
「噂?」
首を傾げるシコルスキーとルミナに、オリバが頷く。
「犯人を取り押さえる時過剰な暴力を加える、パトロール中に発見した悪童を“交番”と
称するアジトに連れ込み制裁する、などと様々だ。もっとも証拠もないし噂の域を出ない
がね。とはいえ、まさか小学生にまで手を出すとは、噂以上の悪徳警官のようだな」
「お願いしますっ! 僕、あいつらを助けてあげないと……」
「ふむ、しかし君の肉体に刻まれた傷とアザは大人によるものではないな。おそらく君は
拉致された同級生たちに暴行を受けていた……違うかね?」
「えっ?! そうなのか、ルミナ!」
オリバほどの知能と経験があれば、傷痕から犯人像を割り出すなどたやすいことである。
「はっきりいおう。助けたとしても、彼らは恩など感じずにまた君をいじめるだろう」
冷徹に真実を告げるオリバ。しばしルミナは言葉を失う。だが、やがて震えながら泣き
そうな声を紡ぎ出した。
「……分かってます。オリバさんのいうとおりです。……でもずっといじめられてきた僕
には分かる。捕まったあいつらが今どんなに不安かってことが……だから、もしまたいじ
められるとしても……構いません。た、助けてあげなきゃ……!」
「決まりだな」
ルミナの肩に手を置くシコルスキー。
「シコルスキーさん……」
「ルミナ、俺と二人で助けに行くぞ。大家さん、マウスのアジトの場所を教えてくれッ!」
いじめっ子に受けた傷は平気か、警官たちはいったい何者なのか、いじめっ子たちはど
こに連れ去られたのか。その他考えるべき事柄を一切放棄し、ルミナは全力で走った。
──強き親友が暮らすあのアパートへ。
「シコルスキーさんっ!」
ちょうどシコルスキーはダヴァイ体操がやかましいという理由で、オリバに締め上げら
れている最中であった。
「ル、ルミナッ! ……助けてくれェッ!」
「ほう、君はあの時シコルスキーに勝利した少年じゃないか」
ルミナは二人に、同級生が不気味な警官に拉致されたことを打ち明けた。オリバにはル
ミナのいう警官に心当たりがあった。
「……おそらくそいつらは“マウス”だろうな」
「マウス? ……え、と鼠ですか? それともパソコンの……」
「どちらも違う。まるで食事をする時の唇、歯、舌のように絶妙なコンビネーションを発
揮することから、彼ら三人をまとめて“口(マウス)”と呼ぶ。れっきとした警察官(ポ
リスマン)だが、あまり良い噂は聞かんな」
「噂?」
首を傾げるシコルスキーとルミナに、オリバが頷く。
「犯人を取り押さえる時過剰な暴力を加える、パトロール中に発見した悪童を“交番”と
称するアジトに連れ込み制裁する、などと様々だ。もっとも証拠もないし噂の域を出ない
がね。とはいえ、まさか小学生にまで手を出すとは、噂以上の悪徳警官のようだな」
「お願いしますっ! 僕、あいつらを助けてあげないと……」
「ふむ、しかし君の肉体に刻まれた傷とアザは大人によるものではないな。おそらく君は
拉致された同級生たちに暴行を受けていた……違うかね?」
「えっ?! そうなのか、ルミナ!」
オリバほどの知能と経験があれば、傷痕から犯人像を割り出すなどたやすいことである。
「はっきりいおう。助けたとしても、彼らは恩など感じずにまた君をいじめるだろう」
冷徹に真実を告げるオリバ。しばしルミナは言葉を失う。だが、やがて震えながら泣き
そうな声を紡ぎ出した。
「……分かってます。オリバさんのいうとおりです。……でもずっといじめられてきた僕
には分かる。捕まったあいつらが今どんなに不安かってことが……だから、もしまたいじ
められるとしても……構いません。た、助けてあげなきゃ……!」
「決まりだな」
ルミナの肩に手を置くシコルスキー。
「シコルスキーさん……」
「ルミナ、俺と二人で助けに行くぞ。大家さん、マウスのアジトの場所を教えてくれッ!」