SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ THE DUSK 第二話 (2)


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そして、時間は流れて日は暮れて――

最後の授業も終わり、ほとんどの生徒が清掃を終えた放課後。
校内をうろつく生徒もまばらだ。
大部分が運動場(グラウンド)や体育館で汗を流しているか、もしくは校門を出て寄り道を楽しんで
いるのだろう。
そんな人気の無い校舎の片隅にある、視聴覚教室のドアが静々と開けられた。
中から姿を現したのは何やら神妙な顔のまひろだった。
後ろ手にドアを閉めると、まひろは鞄を持ったまま腕を上げて「んー!」と大きく伸びをした。
「はぁ、疲れた……。“いんたーねっと”って使い方が難しくてわかんないよぉ」
伸びの後はまるで猫のように背中を丸めて溜息を吐き、太い眉は極端なハの字に垂れ下がり、
口はグニャグニャムニュムニュと波線を描いている。
まさに漫画そのものな落ち込みようだ。

『ネットって便利だから、どっかいいお店を探せないかな?』とは沙織の言葉であり、
『私がやるよ! 何を隠そう私は“ねっとさーふぃん”の達人よ!』とはまひろの言葉であり、
『じゃあ、それはまひろに任せるわ。二手か三手に分かれた方が効率的だし』とは千里の言葉である。

確かに良い案ではあった。
良い案ではあったが、千里がまひろの言葉をうっかり額面通りに受け取ってしまったのは致命的な
ミスだった。
結果、まひろは扱い慣れないPCに長時間悪戦苦闘するばかりで、店探しをするどころかGoogleや
Yahoo等の検索サイトにすら辿り着けなかったのだ。
もっとも、デスクトップに表示されていた“Internet Explorer”というアイコンを、まひろが読めていれば
すべて問題は解決していたのだが。
「う~ん、“まいこんぴゅーた”ってとこには行けたから、たぶんあとちょっとだと思うんだけどなぁ」
何を以ってして『あとちょっと』なのかは、おそらく常人には理解し得ない思考なのかもしれない。
「よーし! 帰ったら六舛先輩のパソコン使わせてもらってもう一回チャレンジしよう! 負けないもんっ!」
プニプニと柔らかそうな指でグッと青春の握り拳を作るまひろ。そんな彼女の耳へ断続的に響く
微かな水音が忍び込んできた。
窓の外に眼を遣ると、小さな雨粒が校庭の常緑樹を静かに叩いている。
「わっ、雨降ってる! 良かったぁ、傘持ってきといて」
冬の雨というものは空だけではなく人の心まで灰色に染め上げてしまいそうな暗さを感じさせる。
二十四時間三百六十五日沈まぬ太陽が照っていそうなまひろの心にさえ、ややもすると冬の雨の魔力が
冷たく囁きかけてきそうだ。
早く人のいる場所へ。早く明るく暖かい寄宿舎へ。
殊更に意識してはいないのだろうが、玄関に向かう歩調もやや急ぎ足なものとなる。
その時だった――

普段なら見過ごしてしまいそうな誰もいない教室の内のひとつ。
その中で展開されているこの学園にあまり似つかわしくない光景が、偶然にもまひろの眼に飛び込んだ。
見れば四名程の生徒が何やら揉めている。
いや、“揉めている”という表現は正しくない。正確に状況を描写するならば、三人の女子生徒が
一人の女子生徒を一方的に小突き回し、罵声を浴びせ、嘲笑しているのだ。
所謂、“イジメ”というものだろう。

生徒達の誰もがクラスの人気者のおかしな行動を無心に面白がる訳ではない。
生徒達の誰もが化物に襲われる友人を命懸けで助けようとする訳ではない
生徒達の誰もが学校を救う為に戦うヒーローに歓声を上げる訳ではない。

学力レベルの高い私立校であり、“明るく・楽しく・仲良く”という標語がピッタリの銀成学園高校にも
確かに存在する。
他者を傷つけ貶めて喜ぶ事が目的の行為が。本来あってはならない憎むべき事象が。
それを行おうという愚かしい手合いの下に。
そして、今まさにそれを行っている三人の女子生徒はどれも他のクラスの生徒であり、まひろの
見知った顔ではなかった。
しかし、被害者には見覚えがあり過ぎる程に見覚えがある。
昼休みに僅かな言葉を交わした眼鏡と三つ編みの彼女、即ち柴田瑠架だった。
彼女は肩を突き飛ばされ、頬を引っ叩かれ、教科書やプリント類を床に投げ捨てられている。

そんな銀成学園の暗部を、しかも同じクラスの生徒が被害に遭っているのを黙って見過ごすまひろではない。
彼女の反応は実にわかりやすく、かつ爽快なものだった。
「むー!」
滅多に無い怒りの声を上げたまひろは、眉を視聴覚教室から出てきた時とは正反対の逆ハの字にして、
グヮラリという擬音が似合いそうな勢いで力強く教室の戸を開けた。
「ちょっと! やめなよ!」
最大限まで音量が上げられたよく通る声が、趣味の悪い遊びに興じる三人の背中に浴びせられる。
制止の声に振り向いた三人は最初、驚き混じりのビクついた顔をしていたが、すぐに胡散臭げなものに
向ける時の視線でまひろを睨みつけた。
「何? コイツ」
「柴田と同じクラスの、ホラ、兄貴が超有名人な」
「アタシ、知ってるー。天然入ったムカつく女だよ、コイツ」
三人が三人共、面構えも声も話す内容もふてぶてしく、反省の色など欠片も見当たらない。
内心考えているのはせいぜい「先公じゃなくて良かった」くらいなものだろう。
一方のまひろはいからせた腕を振り、大股でズンズンと教室内を進むが、目標は三人の女生徒ではない。
机の間を大きく回り道して瑠架の前に来ると、まひろはまるで彼女を守るかの如く庇護するかの如く、
己の背の向こうに隠した。
そして、三人に向かって両手を広げて立ちはだかり、大音声で唱える。
「私のクラスの仲間をいじめないで!」
「む、武藤さん……」
瑠架は心の底から安心したようにまひろの背中にすがりつき、彼女の制服の端をギュッと握った。
おそらくイジメられているところを助けられた事など無いのではないか。
ずれた眼鏡の奥の瞳から涙を溢れさせながら、すっかりまひろに頼り切っている。
対する三人のふてぶてしい表情は、すぐに怒りのそれへと変わった。
「はぁ? 何それ。マジムカつくんだけど」
「やっちゃう? コイツ」
「アタシ思うんだけどさー。コイツら、もっと髪短い方が似合うと思わなくない?」
リーダー格と思われる少女がポケットからカッターナイフを取り出したのを皮切りに、他の二人も
ニヤニヤしながらまひろと瑠架に詰め寄る。
瑠香はすがりついた背中に顔を伏せてすっかり身を震わせているが、彼女を守ろうという気概に
満ちたまひろはつぶらな瞳を精一杯光らせながら一歩も引く様子は無い。
(そんなの全然怖くないっ!)
しかし、現実はまひろの気概も思惑も関係無く現在進行形だ。
クルクルと回されているカッターナイフの鈍く光る刃が、徐々にまひろに近づけられていく。

「おい」

不意に三人の女子生徒に声が掛けられた。
喉が焼け気味なやや低めの、女性の声。
二度目の闖入者に苛立つリーダー格の少女は振り向きつつ、怒鳴り声を上げた。
「るっせーな!! 今度は誰、だよ……って……――」
三人の顔に浮かぶのはつい先程と同じ“驚き混じりのビクついた顔”。
先程と違う点といえば、自分達の後に立っていた人物を見てからもその表情が続いた事か。
タイを緩めて大きく開けた胸元。膝上20cm以上まで詰めた短いスカート。ルーズソックス。
それらの無理矢理なギャル風アレンジの制服に、プラチナブロンドに近いウルフスタイルのロングヘアと
くれば最早この学園に一人しかいない。
「――たっ、棚橋……」
一年生女子の有名度ではまひろとトップを分け合う、棚橋晶である。
なぜ有名かは、銀製学園の校風と上記の風貌から推して知るべし、だ。

頭を幾分、斜に傾げてズカズカと教室内に入ってくる晶。
彼女の極端にきつく濃いアイメイクに包まれた大きな眼はひどく細められている。
だが、それは授業中に見せる眠たげなものではない。
三人の身を竦ませるには充分過ぎる程の威嚇の眼光である。
「オメーら、アタシのクラスの奴に何してくれてんの?」
三人の目の前に来た晶はそう言うと、手に提げていた学校指定の鞄を肩にかついだ。

『棚橋晶が鞄をかついだら用心せい』

とは誰も言っていないが、その鞄の細部を知れば、やはり誰しもが用心するだろう。
一見、皆が持っている銀成学園指定のものと何ら変わりないが、よくよく見れば鞄の底部、四隅の角が
鉄材で補強されている。
こんなもので頭を殴られたら、洒落では済まない大怪我を負うのは明白である。
つまり、この体勢は晶の『アタシをちょっとでもナメたら即ブッ殺す』という無言の意思表示である。
それが通じたのか、それとも単に晶の迫力に押されたのか。
三人共、オドオドと晶から眼を逸らしている。
「べ、別に、何でもない。遊んでただけだよ」
リーダー格の少女はそれだけ言うと足早に教室から去ろうとし、残りの二人も我先にとそれに続く。
晶は後を追いかけようとはしなかったが、彼女らが完全に見えなくなるまで眼光のロックオンを
決して外さなかった。

三人が逃げ去った後に教室に残ったのは、やはり三人。まひろ、瑠架、晶。
まひろは未だにしゃくり上げるばかりの瑠架にどう声を掛けていいのかわからず、ただ彼女の身体に
優しく手を回して泣き止むのを待っている。
そして、晶はただ蔑みとも憐れみともつかない視線を瑠架へと遣りながら、小声で呟いた。
「アンタ、ホント変わんないよね……」
その呟きが聞こえたのか、まひろはしばらく晶を不思議そうに眺めていたが、やがて内面から
湧き出る嬉しさが表情に表れたかのような満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、助けてくれて」
無論、本心からそう思っている。
自分と瑠架を助けてくれた事も嬉しかったし、校内で行われている悪事を見過ごさずにいる人間が
自分の近くにいたという事実もまた嬉しかったのだ。
まひろには今の晶が漫画やアニメに登場する正義の味方に見えた。弱気を助け強気をくじく、
正義の味方に。
だが、その正義の味方はまひろの心底嬉しそうな笑顔を見ると、心底不愉快そうに顔を歪めた。

「勘違いすんなよ。アタシは前からアイツらにムカついてただけだっつーの。
それにさ、イジメられて文句ひとつ言えねーオタク女も、天然ですって感じでカワイコぶってるバカ女も、
同じくらい大っ嫌いなんだよね。で、ムカつく奴らが勢揃いしてたから全員シメてやろうと思って絡んだだけ」

「でも、助けてくれたよね? 嬉しかったよ、棚橋さん。ありがとう!」

かなり酷い事を言われてる筈なのだが、それでもまひろはニコニコしながら前にも増して強く礼を言う。
ついでに瑠架の身体に回した手にも力が入ってしまう。
とにかく晶の行動が嬉しかったのだろう。
既に脳内には“棚橋さんはいい人”とインプットされてしまっているし(しかもそれは消去不可能だ)、
自分への悪口も晶なりの照れ隠しに聞こえてしまう。
まひろ独特の人を見る眼というのだろうか。相手の悪い面は良い方へ解釈し、良い面は増幅されていく。
晶の方はというと、相手にするのも面倒とばかりに舌打ちをしながらプイと背を向けてしまった。
「うっせーな。知らねーよ」
言い捨てて教室の戸に向かおうとする晶だったが、まひろはふとある事を思い出した。
思い出したが吉日。発想即行動。
まひろは瑠架の肩に手を置いたまま少しだけ身体を離して、晶に声を掛ける。
「あ、お昼に言ってたパーティーなんだけどね? やっぱり棚橋さんも――」
言い終わらないうちに突然、急激かつ乱暴な力に身体が浮き上がるのを感じた。
「わひゃあ!?」
驚愕と混乱が入り混じった情けない悲鳴を上げるまひろ。
晶がまひろの声に素早く振り向き、彼女のタイも制服もまとめて胸倉を引っ掴んだのだ。
まひろは高校一年生女子としては長身の部類に入るが、それを更に上回る長身の持ち主である
晶ならではの芸当と言っていいだろう。
爪先でフラフラと立ち両手をジタバタさせるまひろに、晶はゆっくりと顔を近づけた。
「しつけーな、テメエは。出ねーっつってんだろ……」
語気を荒げず声は静かなままだが、胸倉を掴む手の力から明らかに激しい怒りを感じる。
(こ、怖い! さっきの人達よりよっぽど怖いよぉ!)
流石のまひろもそれ以上、言葉を続ける事は出来なかった。