SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ AnotherAttraction BC (NBさま)45-1


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…二人の少女に逃げ場など無かった。
兵士達に囲まれ、自分達についてあれこれと話題が上る事は、突然捕まえられ籠に入れられた小鳥にも似た心境だ。
「…だからこっちの髪の長いガキ、資料にあったろ? 読んでねえのかよ」
「ああ……で、それが何だよ?」
疑問符を並べる兵士の廻りの悪さに、イヴに注目した方が焦れた。
「だから、一番下に書いてあったろ? 『捕まえて来たら賞金』ってよ」
それを聞いて、全員が軽い首肯で得心した。ならば、と一人がイヴの髪を掴み物の様に引き摺る。
「やぁ……っ!」
彼女が痛みに身を捩るも、誰一人気にしない。「命」或いは「人」等の認識が一切無いからこその行動だ。
「気ぃ付けろよ、そんなでも兵器なんだから」
「判ってる」
罪悪感など羽ほども無い、まるで日常の作業の様な間延びした会話。それがイヴには髪を引かれる痛みより、結束帯で後ろ手に
きつく縛られる痛みより辛く、恐ろしい。
誰も助けになど来てはくれない。こんなに恐ろしくとも辛くとも、神が人間に全く干渉しないのと同じで、彼女を救う手など
何処にも現れない。無神論者が生まれるプロセスを味わいながら、彼女の心に絶望が少しずつ塗りたくられていく。
しかし―――、

「―――やめて!!!」
シンディがイヴを捕まえた兵士の足にしがみ付いた。
「何だぁこいつ、離れろ!」
蹴る様に足を振ると、彼女の矮躯はボールさながらに転がる。それでもなお、と再び立ち上がった彼女の行動を銃口が押し留めた。
「大人の言う事は聞け、って教わってねえのかガキ」
「…」
銃口以上の無慈悲が僅かな怒りで睨み付ける。普通の生活ならまず眼にしない身近な殺意が、彼女をその場に縛り付けた。
如何に人並み以上の行動力を持った少女でも、圧倒的にそびえる現実を前にしてはどうする事も出来ない。
―――死ぬの? あたし…―――
余りに普段と地続きで、却って恐怖は感じられない。ただそう思うだけが彼女に出来る全てだった。
だがどれだけ無力でも、イヴだけは助けたかった。
あんなに優しいお姉ちゃん、笑顔が人形みたいに可愛いお姉ちゃん、でも今は震えて可哀相なお姉ちゃん――――でも、
命懸けでも助けられない。それだけが寂しくて、それだけが胸を潰してしまう様に重い。
…無力である事は罪では無い、ただそれはどうする事も出来ないほど悔しくて辛い事だ。
「…止めて……言う事聞くから、いっしょに行くから…シンディ……殺さ…ないで」
その時、イヴの涙混じりのか細い嘆願が銃爪を留まらせた。
「お願い……お願いだから…酷い事……しないで…」
弱々しく、今にも消えそうな言葉で助命を乞う。それで精一杯な彼女を横目で見ていた兵士も、嘲りをバイザーに隠して銃を引いた。
「だったら自分で付いて来い。逃げるな、逆らうな、言う事は絶対に聞け。…でないとこのガキを殺すぜ」
侮蔑に少々の威圧を込め、彼はシンディの襟首を掴まえた。
「…? それも連れてくのか?」
「こいつで言う事聞かせりゃいいだろが。売っ払えば煙草銭くらいにゃなるだろうし」
まるで荷物の梱包の様に彼女の手首を縛られるのを、イヴは涙の向こうから見るしかなかった。
(………ごめん…ごめんね…私のせいで……こんな事に……)
巻き込んでしまった、普通に暮らしていただけの彼女を。
何故こんな事になってしまったのだろう、痛いのも怖いのももう嫌なのに。
こんなただ辛くて怖いだけの世界から、どの様な形でも良いから開放されたかった。
もう嫌だ、もう見たくない、もう耐えられない。いっそ消えてしまいたいほど、この世にあまねく何もかもが恐ろしかった。

「―――よし、じゃあ行くぞ」
シンディと共に兵士に急き立てられ、思考を自閉の門奥に閉ざそうとしたその時だった。
「……ふ…ふ、二人を放しゃあがれ!! この……あ、悪党共!!!」
彼らの後ろの路地から、イヴに声をかけた出店の主人が麺棒を構えて現れた。
威勢こそは良いもののやはり銃は恐ろしいのだろう、疲労や気温とは無縁の汗を満面に滴らせ、膝も盛大に躍るのを食い止めている
だけの有り様だ。どう見た所で彼らの脅威には成り得ない。
更に出てきた路地を見れば、似た様な服装の連中が小声で彼の人道的蛮行を必死で止めようとする。
「ちょっとゲンさん、お止しよ!」「逃げろって! 死ぬぞ!!」
「危ねえよ、俺たちも…!」「良いから早くこっち来いって!!」

「やかましい!!!」

だが彼は助言を一喝で封じた。
「だとしてもよ……シカトする訳にゃいかねえだろうが!!! 女子供平気で撃つ奴等に攫われたらどうなるか…判んだろう?
 大体よ、大人が………ガキほっぽったらお仕舞いなんだよ!!!」
それなりに台詞で自分を奮い立たせたが、勿論兵士達は三文芝居でも見る様に見入った。
「何だこれ? やっちまうか?」
「――だな」
思考の延長で向いた銃口の数は想像以上に多い。装備も無ければ訓練も無い、何より急造の気構えしか使える物を持ち合わせていない
彼に防ぐ手段など何処にも無い――――――――しかし彼は、却って臆せず銃を隔てた悪漢達を戦意で見据える。

「……待てよ、そういきなり撃つ事も無えだろ」
銃口を制した意外な助け舟は、兵士の一人だった。彼は銃を捨て、備品も捨て、挙句戦闘服の上着も脱いで店主に歩み寄った。
「おっさん、気に入ったぜ。だから公平にこいつで決めようか」
突き出した拳が示すのは、素手の勝負だった。
「あんたが勝ったら二人は無傷でくれてやる。それで良いな、お前らも」
問い掛けには、全員が拍手と歓声で応じる。まるで一転する状況に店主は呑まれそうになった。
「お…俺が負けたら…」
「殺す。他に何が有る?」
しかし改めての死刑宣告に肝が据わったらしく、素人構えではあるがそれなりに手馴れた動作で拳を握る。
鬼の様な髭面と巨躯で判断するだけでも、恐らくは相当喧嘩慣れしているのだろうが。
対する兵士は棒立ちのまま自然体で、言い出した勝負を始める気配すら見せない。
舐められた。そう判断した店主は拳を全力で固めて殴り掛かった。
――――――――――兵士に打撃が届くほんの紙一重、何かが彼の顔に弾けた。
「!? ~~~~ッッ!」
たまらず押さえた両手からは、血がかなりの勢いで滴り落ちる。しかも掌には、鼻が折れた感触が不快に伝わった。
「おおっと危ねえ、喰らっちまう所だったぜ」
綽々と語る兵士の右手は、前方裏拳の形で止まっていた。

鈍い音と共に血に塗れていく店主に引き換え、兵士は余裕で手足を打撃に霞ませる。
「あ~あ、また始まったよあいつ。完全にビョーキだな」
「…ナイフや銃より良いんだそうだぜ、打っ殺すのが」
兵士達の呆れ気味の会話を聞きながら、イヴは店主の現状と末路に蒼褪めた。
そもそもが単なる喧嘩自慢と殺傷目的で訓練した兵士とでは初めから土俵が違う………と言うより、勝負ですらない。
勝負を持ちかけたのは何と言う事も無く、ただ嬲り殺す為だけの提案だ。
(何で………何でこんな事するの…?)
心が問うても誰一人答えない。兵士達は緩やかな死刑に見入り、シンディは眼を背け、店主の仲間達は飛び出したい感情を
やっとの思いで押さえている。
誰にも傷付いて欲しくない、誰にも辛い目に遭わないで欲しい――――…それはそんなに贅沢な願いなのだろうか。
命が、優しさが、愛情が、それらが生きるにはこの世界が残酷に過ぎるのだろうか。
所詮彼女が欲した物は、世界の上辺に過ぎないのだろうか。
………思考の迷路を廻る彼女を置いて、顔を裂傷と血に彩った店主が遂に膝をついた。
「ぐ……お…」
「なかなか持ったじゃねえかおっさん、素人にしちゃ上出来だぜ」
嘲り含みの賞賛と腹へのトゥキックは同時だった。
「おご………っっ!!」
血と吐瀉物を吐きながらのた打ち回る其処に、およそ戦果は期待出来ない。既に決着は着いていた。
「でも寝るのはまだ早ぇな、もう少し起きてねえとあのガキ共苛めちまうぜ?」
「……効いてる様に見えてんのか若造……かかって来いや」
血塗れの唇は体の限界を無視して悪態を返す。しかし、這い蹲った体が行動を拒絶しているのは自身が誰より弁えている。
それでも、この暴虐に屈したくは無かった。そして出来る事なら、二人の少女を助けたかった。
「ふ…ん、まあ―――ガッツは買うぜ」
愉しげに笑う兵士は彼の頭上に踵を振り上げた。それが止めなのは誰の目にも判る、流石に血塗れの顔にも絶望が差した。

「…うおッ!?」
―――突然兵士が、奇声を発して斜め前のめりに倒れた。
「あ…」
それを呆然と見守る店主だったが、今度は小さな影が彼と兵士を隔てる形で視界を陣取る。
何とそれは、助ける筈の少女の片割れ……小さい方の少女だった。
兵士達の注意が私刑に集まっている最中にこっそりと離れ、兵士の片足に体当たりを食わせ店主を護ったのだ。
(…シンディ!!)
この状況で必要以上の騒ぎを起こせば射殺は必至、にも拘らず彼女は逃げもせず勇気を振り絞った。
だがイヴにはそれが理解出来ない。
何故敢えて更なる恐怖や苦痛に身を投じようとするのか? 彼女には今だけで充分耐えられないのに。
何故この状況で、そんな真っ直ぐな眼が出来るのか? 彼女にはもう何も見たくないのに。
彼女はシンディの身を案じながら、相も変わらず答えの返らぬ自問をする。
(何でなの……? 何であなたも、おじさんも、そんなにするの? 痛いのに、怖いのに……何で……)

「………やりやがったな、このガキ!!!」

胴間声に我に帰った彼女が見た物は………店主を背後にあの兵士の拳銃を真っ向から見返すシンディだった。
「―――――何でこんなことするのよ!! 
 おじさんひどい怪我してるでしょ!? 町が燃えてるでしょ!? お姉ちゃんに酷いことしてるでしょ!?
 あんたたち何でこんな酷いことするのよ! ……帰って―――――今すぐ帰ってよ!!!」
彼女は銃口越しの兵士を怒鳴り付けた。其処に虜囚の態は微塵も無く、この惨状を起こしたあらゆる物に対する義憤だけが凛と有った。
「ああ? 何言って…」
「何でこんなことするのよ!!! 誰もすごく悪い事なんかしてないのに、何で皆に酷いことするのよ!!!
 あんたたちそんなに偉いの!? こんな事しなくちゃいけない理由でも有るの!? 言ってみなさいよ!!!」
声の限り言葉を荒げ、シンディは眼前の暴悪に出来うる限り噛み付いた。
しかし息を荒げる彼女に対し、拳銃を向けた兵士もイヴを捕まえたまま離れで聞いた兵士達も微かに失笑を洩らすだけだった。
「…ふぅ~……まあそうだな、命令されたからか?」
あっけらかんとした即答に、兵士達の失笑が僅かに大きくなる。だがシンディは愕然を目の前の兵士に向ける。
「…な…なに? ……それ………」
「いやぶっちゃけた話、命令なんかどうでも良いんだがな。ガス抜きっつうか、束の間の娯楽っつうか、それともストレス解消っつうか、
 まあ――――、なんつうの? お前らが弱くて俺達が強い、そんなのでいいんじゃねえの?
 別にいいじゃねえかよ、どうせ死ぬんだし」
それを合図に、兵士達の失笑は一気に哄笑へと変じた。
「最後にお利口になって良かったな。あ~あ、あのガキが止めた分無駄にしちまいやがって、知らねえぞ俺は」
不快なコーラスを背景に、改めて照星はシンディの額を捕らえた。

「…あ?」
銃爪を止めたのは、先刻以上に固まったシンディの双眸だった。
「何が…『お前らが弱くて俺達が強い』よ。大人なのに子供みたいなこと言って……あんたたちこそ、パパとかママとかに
 人に迷惑掛けちゃいけないって教わってないの? 人が痛いことは自分も痛いことだって、知らないの? あたしのクラスだったら
 ほとんどの子が知ってることなのに、大人なのに判らないの? 
 あたしよりずっとずっと子供のくせに……何が『大人の言う事は聞け』よ!!! あんたたちみんな、おっきいだけの子供じゃない!」
今度の罵声には、彼らの笑いさえ止まった。
「ちがわないでしょ? 体おっきくて、おっかないもの振り回して、それで脅かしてるだけの子供なのに……集まってちょうしに乗ってる
 だけで良くこんなこと言えるわね!! ちがうなら何か言ってみれば!?」
勿論反論は出なかった。それを証明する様に、銃を持つ手が照準を維持出来ない。
「……負けないから………あたしは力なんてないけど…あんたたちになんか、絶対に負けないから!!」
「…ならやって見やがれ!!!」
兵士の怒号を前にしても、シンディは目を逸らさなかった。

――――――彼女の視界が、赤一色に染まった。

……しかし、待てど暮らせど銃声も衝撃もやっては来ない。そして良く感じてみれば、自分の目を含む顔には何か液体が張り付いている。
それを拭うと、目の前には想像だにしない自体が展開していた。
―――あの兵士の銃を持つ手を落とす形で、金色の刃が胸の真ん中まで切り込んでいた。
「「……え?」」
二人の疑問が奇妙に重なるや、兵士は残る手で胸から生えた刃を握る。
「何だ……これ?」
彼の認識が固まっていくに連れて、致命傷を受けた体が死の痙攣か、もしくは恐怖か、震え出す。
「何だよこれ………何なんだよこれェッツッ!!!」
叫んだ瞬間、彼の体は刃に持ち上げられ、破壊された店舗の壁へと激しく投げ付けられた。
そして―――、店主とシンディ、並びに露店の仲間達は見た。その長い金色の刃が、囚われた少女から伸びているのを。
「……キャアアアァ――――ッ!!」
絹裂く絶叫が、シンディの口から迸った。

「このガキ!!!」
ようやく反応した兵士の一人がイヴの頭にOICWを向けた途端―――彼の背中から刃が生える。
「やべえ…離れろ!! スイッチ入りやが……!」
彼の喉に、刃が押し込まれた。
俯く彼女の貌は前髪に隠れて判らない。だが、その小さな肩が小刻みに震えていた。
「…う」
兵士達が遠巻きに銃器を構えるも、彼女は動かない。だが僅かなうめきに何がしかの感情がこもっていた。
「…うぅ」
「テーザー(有線スタンガン)使え! 金に無んねぇぞ!!」
言い様複数のOICWの銃口下部から有線の電極がイヴに放たれた。しかしそれは全て、突如消失した獲物の前に空を切る。
『!?』
驚く全員が索敵システムに従い上を見上げると―――――、其処には拘束を自力で断ち切った少女が、全ての髪を長大に伸ばし
隼が獲物を狩るが如く彼らに直下する。

「…う………あああぁぁぁああぁあぁぁぁ!!!」

夜と彼らの心を、峻烈に少女の咆哮が引き裂いた。
そして転瞬降り注ぐ刃の豪雨。その中心に彼女が降り立った頃には、半数以上の兵士が全身を串刺しにされた。
「う、オオォッ!」
誰かが至近にも拘らず恐怖に任せてグレネードを放つ。しかし弾体はイヴに届くが爆発しない……彼女が素手で掴み取ったのだ。
「…は?」
彼が呆気に取られたのはその事ばかりではない、弾体が手の中で鋭い円錐に変じたからだ。そしてその所為で、放たれたそれが
右目に叩き込まれるのに反応出来なかった。
「うわぁぁぁ!! 来るなァッ!!!」
遂に彼女に機関銃が吠えた。だがそれも、的の小ささと迫る挙の速さに殆どが的を外す。
幾つかが彼女の華奢な腕を抉った。しかしそれでも、刃と彼女の戦意は折れなかった。

「…ああああぁぁぁああぁぁぁぁッ!!!」
猛りながら、刃を侵略者達に突き立てながら、彼女の心は唯一つに燃え滾る。
―――誰も失いたくない。何も無くしたくない。欲する全てに、消えて欲しくない。
だが、行動しなければ無くなってしまう。抵抗しなければ奪われてしまう。その価値を判ろうと判るまいと。
彼女にとって命より大切な全てが、暴威によって失われ、非可逆に蹂躙される。それを耐えられる筈が無い。
しかし痛みは恐ろしい、恐怖もだ。だがそれに膝を抱えるだけでは、確実なゼロだ。
(…スヴェン……こう言う事だったんだ…)
今なら、あの冷たい言葉の意味も判る。

『………俺達の旅には連れて行けない』
『…お前は絶対に死ぬ…』
『これがお前の限界だ、イヴ』
『……足手纏いは要らない』

あの言葉の裏を読まず、ただ悲しみに明け暮れた自身の何と愚かしい事か。
危険さ、気構えの足らなさ、彼の優しさ、そして言わなくてはならない辛さ、全てが一つ一つに集約されていたと言うのに。
それを知ってしまった今、シンディと店主に見せられた今、もう蹲ってはいられない。
そして同時に哀しかった。戦わなくてはならない、傷付かなくてはならない現実が。
「ぁぁぁああああぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」
傷を受けても、血がしぶいても、彼女の咆哮も攻撃も全く止まらなかった。
――――――彼女は、生まれて初めて怒っていた。
「待て! 判った! 悪かった…悪かったから、助けてくれ!!」
最後の残った兵士がへたり込んで彼女を手で制した。
「な? 俺はもう出て行くから、許してくれよ。お願いだ、俺にもお前くらいの子供が居るんだ。だから…」
それを聞いて、イヴの怒りにもやや戸惑いの色が差した。
「……俺の帰りを待ってるんだ、それに病気で…俺が居ないと、あいつが一人ぼっちに…」
「…私だって、誰も殺したくない。今までも、ずっと」
それを言葉に乗ったと確認し、内心安堵の吐息をついたが……
「―――でもあなたは殺したんでしょう? あなたが殺した中にも、きっと誰かの大切な人が居たんでしょう?
 それを知らないなんて……言わせない!!!」
消えた炎が燃え盛る様に、またも彼女は瞋恚の一色に染め上がる。
言葉は無かった。言わせなかった。何か言う前に真冬の三日月にも似た冷たく鋭い一刀が、防弾バイザーメットを貫いた。

……数分間の奮迅は盛大な虐殺に終わった。
返り血に塗れ、髪も血が染みてほぼ黒になっていたが、それも彼女のナノマシンが少しでも行動力に還元しようと体全体から吸収する。
歩み寄りながら見る見る血が引いて行く彼女に、シンディも店主も言葉を失っていた。
無理も無いだろう、突然見知った筈の人間が怪物に変じては。そう思ってイヴは、弁明を止めた。
「……怖くして…ごめんね」
蹲る店主の前にしゃがみ込み、手を当てる。それだけで痛々しい傷は癒え、苦痛のうめきもまた消え失せた。
「これでもう大丈夫ですから、急いで安全な所に逃げてください」
店主の無事を確認すると、ふと視界に路地の人々が入る。
「ばっ…化け物だ!」「ひ、ひいぃッ!」
「た、助けてくれ!!」「待てよ! 待ってくれ!」
無論それは、彼女を見ての反応だった。慌ただしく逃げる彼らの背中が寂しかったが、それを止める術は無い。
彼らにも優しくして貰った。だが、それがもう一度彼女に起こる事は有り得ない。彼らは人間であり、自分は兵器で化け物なのだ。
それだけが少し寂しく、切ないが、此処は既に戦場。悲哀を貪るのはその後と、彼女は背を向け走り出した。
「……お嬢ちゃん」
引き止めたのは、傷を癒した店主だった。
「…あ……有り難うよ」
諦めた筈の彼女の背中越しに、ほんの僅かに暖かく、その言葉は響いた。

(杞憂…だったな)
その光景を物陰から覗いていたスヴェンは、ライフルを滑らかに分解してケースへと突っ込んだ。
見付けた時、シンディに銃が向けられているのには流石に肝を冷やしたが、結局は自分の力で何とかなってしまった。
もう本当に放って置いても大丈夫だろう、安堵の溜息を吐いてイヴの側に来た際こっそりと付けた発信機のスイッチを切った。
(何が『放っとけ』だ……甘いな俺は)
つまるところ非情になりきれない事に自嘲する。しかしそれも彼女を思えばこそだ。
何度めかのコールでようやくマリアとも連絡が取れた。それで娘共々彼らも誘導させればこちらの問題は無いだろう。
「だけど……辛いな、イヴ」
兵士から徴発したOICWをスリングで引っ提げ、彼も自らの戦場へと駆けて行った。

―――――イヴは、走っていた。
死体や延焼の間を駆けるのは、まるで冥府の谷の様に彼女の気分を陰鬱に炙る。しかし足を止める暇は無い、思い煩う暇も無い。
彼女は選んだのだ、煉獄を進む道を。最早、過去の苦痛と恐怖は彼女を縛る枷には成り得ない。
なればこそ、彼女は奔る。あの騒々しい日常に戻る為、イヴは戦場に身を委ねた。