一歩の試合当日、後楽園ホールの前。
ハラハラしながらやってきた根岸は、そこに広がる光景のあまりにも予想通りっぷりに、
泣き笑いそうになった。まだまだ試合開始には時間があるというのに、
駆けつけた警備員たちとDMC信者軍団の言い争いは盛り上がりまくってて。
「だから、解散しろと言ってるだろ! 迷惑だ!」
「うるせえ! 中でやったらそう言われるだろうと思って、仕方なく会場前でやってる
俺たちの良識がわからねえか!」
「自覚あるんなら最初からやるんじゃないっ!」
「ゴートゥ幕之内! ゴートゥ幕之内!」
「それをやめろと言ってるんだ! さっさと解散しろっ!」
悪魔的に不気味な厚化粧、悪魔的なおどろおどろしい衣装、そして悪魔的な歌(DMCの曲)
をがなり立てている悪魔的集団。ざっと見て二十人は越えている彼ら・彼女らは、周囲から
奇異の視線、ではなく明らかに恐怖の視線で見られている。
これでは、試合を見に来たものの彼らに恐れをなして引き返してしまう人もいるだろう。いや、
既にそういう人がいたのかもしれない。
『やっぱり、僕がクラウザーになって説得するしかないか……』
根岸はこそこそと場から離れて、植え込みの陰で着替えを始めた。毎回このパターンで
結局事態を悪化させてしまってる気もするが、それでも何としても、何とかせねばならない。
一歩のファン、一歩の戦う姿を見て力を貰っているという人たちのためにも。
衣装を着て、鎧を纏い、ヅラを被り、メイクを施して、
『よしっ、いくぞ!』
クラウザーへの変身完了。根岸は植え込みから飛び出して、
「ああああぁぁぁぁっっ!?」
その時、見た。DMC信者たちの向こう側から歩いてくる二人を。
ハラハラしながらやってきた根岸は、そこに広がる光景のあまりにも予想通りっぷりに、
泣き笑いそうになった。まだまだ試合開始には時間があるというのに、
駆けつけた警備員たちとDMC信者軍団の言い争いは盛り上がりまくってて。
「だから、解散しろと言ってるだろ! 迷惑だ!」
「うるせえ! 中でやったらそう言われるだろうと思って、仕方なく会場前でやってる
俺たちの良識がわからねえか!」
「自覚あるんなら最初からやるんじゃないっ!」
「ゴートゥ幕之内! ゴートゥ幕之内!」
「それをやめろと言ってるんだ! さっさと解散しろっ!」
悪魔的に不気味な厚化粧、悪魔的なおどろおどろしい衣装、そして悪魔的な歌(DMCの曲)
をがなり立てている悪魔的集団。ざっと見て二十人は越えている彼ら・彼女らは、周囲から
奇異の視線、ではなく明らかに恐怖の視線で見られている。
これでは、試合を見に来たものの彼らに恐れをなして引き返してしまう人もいるだろう。いや、
既にそういう人がいたのかもしれない。
『やっぱり、僕がクラウザーになって説得するしかないか……』
根岸はこそこそと場から離れて、植え込みの陰で着替えを始めた。毎回このパターンで
結局事態を悪化させてしまってる気もするが、それでも何としても、何とかせねばならない。
一歩のファン、一歩の戦う姿を見て力を貰っているという人たちのためにも。
衣装を着て、鎧を纏い、ヅラを被り、メイクを施して、
『よしっ、いくぞ!』
クラウザーへの変身完了。根岸は植え込みから飛び出して、
「ああああぁぁぁぁっっ!?」
その時、見た。DMC信者たちの向こう側から歩いてくる二人を。
「ごめんなさい幕之内さん。この前のことでその、ちょっと驚いてしまって」
「いえいえ。あれじゃ怖いイメージつくのも当然ですし。でもびっくりしたなぁ、クミさんが
観に来てくれたなんて」
「急に予定が空いてしまったもので。迷惑じゃなかったですか?」
「とんでもない! これで気合が入りますよ。今日はいつもより一段と、頑張るぞっ!」
「ふふっ。……わっ、何あれ?」
「どうしたんです?」
「あそこにほら、何だかヘンな人たちが。それにその向こう、ヘンの大将みたいな人が」
「あ。あれはDMCのクラウザーって人ですよ。ボク、雑誌で調べたから知ってます」
「調べた? それで、あの人は何なんです?」
「まあ、確かにあの人たちの大将なんですけど……丁度良かった。ボク、あの人に
言わなきゃいけないことがあったんです」
「え、ちょっと、幕之内さん!? あの、待って下さい、あんな人たちの群れの中に入るの、
危ないですよっ」
一歩は久美の制止も聞かず、ずんずん歩いていく。DMC信者の中へ。その向こう側に
いるクラウザー=根岸のもとへ。
すると信者たちが、
「あっ! おいみんな見ろ、幕之内だ!」
「うわああああ! こっちにはクラウザーさんもおられるぞ!」
「クラウザーさん、幕之内が世界チャンプになるの待ちきれなくなったのか? ってことは、
この場で幕之内の公開処刑が見られるぞ! あ、そこ! 警備員どもを抑えてろ!」
「みんな道を開けろ! クラウザーさんが来られるぞ!」
信者たちが警備員を押さえつけ、左右に割れて道を作る。歩いてくる一歩と
立ち尽つくす根岸(クラウザー)が、障害なく向かい合った。
こうなる前に事態を収拾するつもりだった根岸は、完全にパニックになってしまって
身動きできないでいる。
『ど、ど、ど、ど、どうすれば……』
「おお、クラウザーさん武者震いしておられるぞ!」
「幕之内を煮て食うか焼いて食うか蒸して食うか、考えるのが楽しくて仕方ないんだ!」
「おい幕之内! 家族に言い残すことがあるなら今の内だぞ!」
どんどん上がっていく信者たちのボルテージ。その中を一歩は歩いていく。
やがて、一歩はたどり着いた。根岸の眼前に。
「クラウザーさん、ですね」
「あ、ああ……」
平静を装うものの、根岸の頭の中はレッドと一歩のスパーリングを思い出して沸騰していた。
もし、この場で一歩と戦うなんてことになったら、
「いえいえ。あれじゃ怖いイメージつくのも当然ですし。でもびっくりしたなぁ、クミさんが
観に来てくれたなんて」
「急に予定が空いてしまったもので。迷惑じゃなかったですか?」
「とんでもない! これで気合が入りますよ。今日はいつもより一段と、頑張るぞっ!」
「ふふっ。……わっ、何あれ?」
「どうしたんです?」
「あそこにほら、何だかヘンな人たちが。それにその向こう、ヘンの大将みたいな人が」
「あ。あれはDMCのクラウザーって人ですよ。ボク、雑誌で調べたから知ってます」
「調べた? それで、あの人は何なんです?」
「まあ、確かにあの人たちの大将なんですけど……丁度良かった。ボク、あの人に
言わなきゃいけないことがあったんです」
「え、ちょっと、幕之内さん!? あの、待って下さい、あんな人たちの群れの中に入るの、
危ないですよっ」
一歩は久美の制止も聞かず、ずんずん歩いていく。DMC信者の中へ。その向こう側に
いるクラウザー=根岸のもとへ。
すると信者たちが、
「あっ! おいみんな見ろ、幕之内だ!」
「うわああああ! こっちにはクラウザーさんもおられるぞ!」
「クラウザーさん、幕之内が世界チャンプになるの待ちきれなくなったのか? ってことは、
この場で幕之内の公開処刑が見られるぞ! あ、そこ! 警備員どもを抑えてろ!」
「みんな道を開けろ! クラウザーさんが来られるぞ!」
信者たちが警備員を押さえつけ、左右に割れて道を作る。歩いてくる一歩と
立ち尽つくす根岸(クラウザー)が、障害なく向かい合った。
こうなる前に事態を収拾するつもりだった根岸は、完全にパニックになってしまって
身動きできないでいる。
『ど、ど、ど、ど、どうすれば……』
「おお、クラウザーさん武者震いしておられるぞ!」
「幕之内を煮て食うか焼いて食うか蒸して食うか、考えるのが楽しくて仕方ないんだ!」
「おい幕之内! 家族に言い残すことがあるなら今の内だぞ!」
どんどん上がっていく信者たちのボルテージ。その中を一歩は歩いていく。
やがて、一歩はたどり着いた。根岸の眼前に。
「クラウザーさん、ですね」
「あ、ああ……」
平静を装うものの、根岸の頭の中はレッドと一歩のスパーリングを思い出して沸騰していた。
もし、この場で一歩と戦うなんてことになったら、
「本当に強かったよ、あいつは。正直、ルール無用のケンカなら確実に勝てるとは言いきれ
ねぇ。マジで素手で殴ったら、充分に人を殺せるレベルだと思う。そして多分、イザとなりゃ
それができるだけの精神力もある」
ねぇ。マジで素手で殴ったら、充分に人を殺せるレベルだと思う。そして多分、イザとなりゃ
それができるだけの精神力もある」
こないだ、さんざんクラウザーのことを大嫌いって罵ってたし、今は仲直りしたみたいだけど
彼女と一時気まずくなったと言ってたし、ケンカを売られる条件は充分整い過ぎてるわけで。
『ううううぅぅ、家族に言い残したいことがあるのは僕の方だよっっ』
絶体絶命な根岸に、一歩が穏やかな表情で言った。
「ボク、貴方に謝らなきゃいけません」
「………………え? あ、謝る?」
一歩は頷いて、
「先日、ボクのことを随分と褒めて下さったそうですね。世界チャンピオンになれるとか、
人に力を与える力があるとか」
「あ、ああ。言ったが」
困惑する根岸に向かって、一歩は頭を下げた。
「すみませんでした。ボク、そうまで言ってくださったあなたのことを侮辱して
しまったんです。先日、ジムに来られたあなたのファンに向かって」
「え、あの、レッド君のこと……」
「! 知ってるんですか? でもあの時、あの場にいたのは」
根岸は慌てて、
「と、当然のことだ! オレは魔王、地上で起こる全ての事象を常時把握している!」
信者たちから「うおぉ~流石だぜクラウザーさん!」と歓声が巻き起こる。もちろん、一番
その声を張り上げているのは、信者たちの中に紛れているレッド本人だ。
一歩もちょっと驚きながら、言葉を続けた。
「それでボク、その人とスパーリングをしたんですけど、その時その人、凄く強かったんです。
それも、単純にパンチ力があるとか技術レベルが高いとかじゃなくて。誰かに似てる、
どこかで体験したことがある強さでした。で、少し後になってから思い出したんです。
ボクにとって永遠の目標の一人、元日本チャンピオンの伊達さんの強さだって」
「というと……伊達、英二?」
「はい。これはボクの友人に教えて貰った言葉ですが、『デターミネーション』。断固たる決意
って意味で、強い決意をもってダメージを抑え、肉体の耐久力を超えて倒れないことなんです。
レッドさんが見せてくれたのは、正にそれでした」
根岸とレッドが、え? という顔で一歩を見た。
いつの間にか他の信者たちもみんな、静まり返って一歩の話を聞いている。
「レッドさんを支えたのはDMC、クラウザーさんに対する想いだったんです。クラウザーさん
に与えて貰ったものが、レッドさんの強さになっていた。そう気付いた時……ボクはちょっと
憧れました。クラウザーさん、あなたに」
「憧れ? ぼ、僕、いや、このオレに、この悪魔にか?」
「はい」
一歩は微笑んで頷く。
「ボクも昔はいじめられっ子でしたけど、鷹村さんを筆頭にいろんなボクサーに憧れて
ボクシングを始めて、宮田君や伊達さんに出会えて、ここまで来れました。だからボクも、
ボク自身がそういう存在になれたらいいなぁって思ってるんです」
「そ、それは、もういるだろう。お前に憧れてボクシング始めた奴とか」
「ありがとうございます。でもクラウザーさん、あなたに憧れることであそこまでの強さを
発揮したレッドさんを見て、思い知りました。ボクの拳は、あなたの歌には及ばないと。
見る人、聴く人に力を与える力、ボクはまだまだ弱いなって」
「……」
「前はあなたのこと、DMCのことを毛嫌いしてましたけど、今度CDを買ってちゃんと
聴いてみますね。レッドさんをあそこまで強くしたあなたのことを、もっと知りたいので」
「……そ……そうか」
「はい。それじゃ、これから試合なので」
一歩は根岸に一礼し、久美と共にホールへ向かった。
信者たちは一歩を止めることもせず、騒ぎもせず、ただ呆然と見送っている。
そして根岸は。
『憧れ……あの幕之内君が、ボクに……いや違う、DMCのクラウザーに……
聴く人に力を与える……って……』
震える根岸の心の中は、もしここに誰もいなかったら声を上げて泣き出しそうなぐらいで。
いや、もう誰が見ていても聞いていても構わない、と泣き出しかけたが、
「クラウザーさん……」
信者たちの声で、はっと我に返った。
注目している信者たちに表情を見られぬよう、根岸は顔を伏せて言った。
「き……聞いたか、皆の者ども……どうやらオレは見込み違いをしていたようだ……あの男、
マクノウチの拳は眩し過ぎる……輝きを纏い、人を活かす拳だ……暗黒に生き、生贄を屠る
我が拳とは相容れぬ……オレのような闇の住人とは根本的に異なる存在なのだ、
あの男は……」
根岸は信者たちに背を向ける。
「もう、奴と戦う気は失せた。オレは魔界に帰るぞ。さらばだっ!」
「あ、クラウザーさんっ!」
根岸はその場から逃走、信者たちはそれを追ったが見失ってしまい、結局自然解散となった。
彼女と一時気まずくなったと言ってたし、ケンカを売られる条件は充分整い過ぎてるわけで。
『ううううぅぅ、家族に言い残したいことがあるのは僕の方だよっっ』
絶体絶命な根岸に、一歩が穏やかな表情で言った。
「ボク、貴方に謝らなきゃいけません」
「………………え? あ、謝る?」
一歩は頷いて、
「先日、ボクのことを随分と褒めて下さったそうですね。世界チャンピオンになれるとか、
人に力を与える力があるとか」
「あ、ああ。言ったが」
困惑する根岸に向かって、一歩は頭を下げた。
「すみませんでした。ボク、そうまで言ってくださったあなたのことを侮辱して
しまったんです。先日、ジムに来られたあなたのファンに向かって」
「え、あの、レッド君のこと……」
「! 知ってるんですか? でもあの時、あの場にいたのは」
根岸は慌てて、
「と、当然のことだ! オレは魔王、地上で起こる全ての事象を常時把握している!」
信者たちから「うおぉ~流石だぜクラウザーさん!」と歓声が巻き起こる。もちろん、一番
その声を張り上げているのは、信者たちの中に紛れているレッド本人だ。
一歩もちょっと驚きながら、言葉を続けた。
「それでボク、その人とスパーリングをしたんですけど、その時その人、凄く強かったんです。
それも、単純にパンチ力があるとか技術レベルが高いとかじゃなくて。誰かに似てる、
どこかで体験したことがある強さでした。で、少し後になってから思い出したんです。
ボクにとって永遠の目標の一人、元日本チャンピオンの伊達さんの強さだって」
「というと……伊達、英二?」
「はい。これはボクの友人に教えて貰った言葉ですが、『デターミネーション』。断固たる決意
って意味で、強い決意をもってダメージを抑え、肉体の耐久力を超えて倒れないことなんです。
レッドさんが見せてくれたのは、正にそれでした」
根岸とレッドが、え? という顔で一歩を見た。
いつの間にか他の信者たちもみんな、静まり返って一歩の話を聞いている。
「レッドさんを支えたのはDMC、クラウザーさんに対する想いだったんです。クラウザーさん
に与えて貰ったものが、レッドさんの強さになっていた。そう気付いた時……ボクはちょっと
憧れました。クラウザーさん、あなたに」
「憧れ? ぼ、僕、いや、このオレに、この悪魔にか?」
「はい」
一歩は微笑んで頷く。
「ボクも昔はいじめられっ子でしたけど、鷹村さんを筆頭にいろんなボクサーに憧れて
ボクシングを始めて、宮田君や伊達さんに出会えて、ここまで来れました。だからボクも、
ボク自身がそういう存在になれたらいいなぁって思ってるんです」
「そ、それは、もういるだろう。お前に憧れてボクシング始めた奴とか」
「ありがとうございます。でもクラウザーさん、あなたに憧れることであそこまでの強さを
発揮したレッドさんを見て、思い知りました。ボクの拳は、あなたの歌には及ばないと。
見る人、聴く人に力を与える力、ボクはまだまだ弱いなって」
「……」
「前はあなたのこと、DMCのことを毛嫌いしてましたけど、今度CDを買ってちゃんと
聴いてみますね。レッドさんをあそこまで強くしたあなたのことを、もっと知りたいので」
「……そ……そうか」
「はい。それじゃ、これから試合なので」
一歩は根岸に一礼し、久美と共にホールへ向かった。
信者たちは一歩を止めることもせず、騒ぎもせず、ただ呆然と見送っている。
そして根岸は。
『憧れ……あの幕之内君が、ボクに……いや違う、DMCのクラウザーに……
聴く人に力を与える……って……』
震える根岸の心の中は、もしここに誰もいなかったら声を上げて泣き出しそうなぐらいで。
いや、もう誰が見ていても聞いていても構わない、と泣き出しかけたが、
「クラウザーさん……」
信者たちの声で、はっと我に返った。
注目している信者たちに表情を見られぬよう、根岸は顔を伏せて言った。
「き……聞いたか、皆の者ども……どうやらオレは見込み違いをしていたようだ……あの男、
マクノウチの拳は眩し過ぎる……輝きを纏い、人を活かす拳だ……暗黒に生き、生贄を屠る
我が拳とは相容れぬ……オレのような闇の住人とは根本的に異なる存在なのだ、
あの男は……」
根岸は信者たちに背を向ける。
「もう、奴と戦う気は失せた。オレは魔界に帰るぞ。さらばだっ!」
「あ、クラウザーさんっ!」
根岸はその場から逃走、信者たちはそれを追ったが見失ってしまい、結局自然解散となった。
この日、一歩は久美の声援を受けて、いつにも増して豪快に快勝。そして会場の片隅には、
長い黒髪を肩に垂らして、額に「殺」の字を書いた大男がいたという。
『なるほどな。こうやってリングの外から観るとよく解るぜ、人を活かす拳ってやつが。
ま、とりあえず幕之内よ、お前には義務があるんだからな。せいぜい頑張ってくれ』
男は、地割れのような声援を浴びる一歩に向かって軽く手を振って、
『クラウザーさんの見込みが間違いでなかったという証明……お前が
人間界最強のボクサーに、世界チャンピオンになれるってな』
一歩のこれからの勝利を祈りながら、会場を出て行った。
長い黒髪を肩に垂らして、額に「殺」の字を書いた大男がいたという。
『なるほどな。こうやってリングの外から観るとよく解るぜ、人を活かす拳ってやつが。
ま、とりあえず幕之内よ、お前には義務があるんだからな。せいぜい頑張ってくれ』
男は、地割れのような声援を浴びる一歩に向かって軽く手を振って、
『クラウザーさんの見込みが間違いでなかったという証明……お前が
人間界最強のボクサーに、世界チャンピオンになれるってな』
一歩のこれからの勝利を祈りながら、会場を出て行った。