わたし は へるめす の とり
みずから の はね を くらい
かい ならされる
西アジアから地中海沿岸、そして欧州に至るまで、オスマン帝国は遍く
その猛撃からワラキア公国を護った公国の守護者、
マキャベリの指し示すとおり、彼は一切合財の手段を選ばず、
恐怖すら己の武器として、彼は故国を護ったのだ。
一つの意思が
十の想い出を踏み潰し
百の魔を産み
千の国を殺し
万の屍の上に
億土のクリスタニアを築き上げる。
だが、その生涯は捕囚として潰えた。
神の国(イェルサレム)、神の世界(クリスタニア)。
神による、神の為に生きる者のみが住もう、神の国。
神が築き、神の為にある神の世界。
そのキングダムオブヘヴンを目ざして死を重ね。
祈りを、戦いという祈りを、
神の為の戦いという祈りを、
死という折りを、
屍を重ねて神の御許へ行かんとした果てに、
彼は敗れて哀れに首を落とされた。
歓喜は男の拳によって示された。
アーサー・ホルムウッド
キンシー・モリス
ジャック・セワード
そして、エイブラハム・ヴァン・ヘルシング
只の人間だった。
エイブラハム・ヴァン・ヘルシングは、神秘学に通じた只の老人に過ぎなかった。
只の人間だったからこそ、化け物を打倒する権利を持ちえたのだ。
「醒めない悪夢なんてないさ…。
哀れな伯爵よ、お前には何もない。
城も領地も消え果た、彼女の聖餅蹟も消え果た。
彼女はお前のモノになんて、ならない」
老人のしわがれた声に、化け物を打倒した歓喜は只の一かけらもなく、
ただ、事実だけを反芻していた。
「わたしの、まけか…」
敗者の声色の中には、澄んだ歓喜が仄暗く燃えていた。
それに気付いた老人は、怒りを込めて白木の杭を殴りつけ、彼の心臓により一層深く叩きこんだ。
悲鳴というより嗚咽、嗚咽と言うよりは屠殺される獣の叫びに似た音が彼の口から漏れた。
甘美なる敗北をもってしても、彼に消滅の祝福は授けられなかった。
「お前にはもう、なにもない!」
紆余曲折を経て、彼は道具となる。
その老人を騎士団長として迎え入れ、英国国教騎士団として再編された大英帝国守護騎士団の、
文字通りの鬼札という道具となったのだ。
それは煉獄だった。
地獄へと落ちることも許されず、
ただ戦い、
戦い、
戦い、
己を殺し得る「人間」を求める戦い。
崇高な祈りにも似た、戦いだった。
それでも、なお、諦めを踏み破る意思を持っていた。
人間であることすらかなぐり捨て、血を喰らう鬼へと成り果てて、
神の為の化け物として、
人に斃されるべき化け物として、彼は戦路(いくさじ)を征く。
戦鍋旗を掲げた軍団を飲み干し、
己の領民を、
己の臣下を、
己の兵を、
己の民を食いつくし、
それでもまだ彼は渇望しながら突き進む。
身も心も鬼と成り果てながら。
甲板に航空機が突き刺さり、大破炎上した空母が、霧から霧へと恐ろしい速度で突っ走る。
幽霊船。それはまさしく、あのような船をいうのだろう。
死と屍と死臭を満載し、
引きずりながら、鉄の船は軍馬と化しドーバー海峡を貫いて、テムズ川をさかのぼる。
歌のように落とされたロンドン橋の残骸を踏みしめて、
彼は帰ってきた。
ロンドン市外へ獣のように喰らいついたその船には、彼が、恐ろしい化け物がいる。
王立国教騎士団の鬼札、死なずの君、夜を往く者、吸血鬼アーカードがいる。
棺と化した王都へと、彼は帰ってきたのだ。
甲板を突っ走り、白銀の銃と鉄の銃を引っさげて、
十字軍と最後の大隊の真ん中へ、彼は帰ってきた。
死と恐怖の静寂を切り裂く咆哮をあげながら。
「あるじよ!
我が主よ!
マイ、マスター!インテグラ・ヘルシングよ!
命令を!」
そして、今代の彼の主、
英国国教騎士団団長、
インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングは、己の僕に命令する。
「我が下僕!
吸血鬼アーカードよ!!
命令する!!!」
彼女の言葉が死を呼び覚ます。
血の轍と、血の轍と、血の轍の最果てから死が群れをなしてやってくる。
「白衣の軍には白銀の銃をもって朱にそめよ!
黒衣の軍には黒鉄の銃をもって朱にそめよ!
一木一草尽く、我らの敵を赤色に染め上げよ…
見敵必殺…ッ!
見敵必殺ッ!!」
いっそすがすがしいほどの剛直さで、彼女は一気呵成に命を下す。
「総滅せよ。
彼らをこの島から生かして帰すな」
ドイツ第三帝国NSDAP私兵集団武装親衛隊
吸血鬼化装甲擲弾兵戦闘団「最後の大隊」
残存総兵力572名。
ローマ・カトリックヴァチカン教皇庁・第九次空中機動十字軍
残存総兵力2875名。
大英帝国王立国教騎士団
残存兵力、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング、
セラス・ヴィクトリア、アーカード、3名。
その絶望的な戦力差は、しかし、只一つの号令によって覆される。
「拘束制御術式零号、開放!!
帰還を果たせ!!幾千幾万となって帰還を果たせ!
謳え!!」
絶叫にも似た言葉、アーカードは応える。
それこそが死の始まり。
それこそが彼岸を渡河する者の雄叫び。
「私は、ヘルメスの鳥」
詠うように…。
「自らの羽根を喰らい」
歌うように…。
「飼いならされる」
謳うように、彼は言葉を紡ぐ。
世界を軋ませ、大英帝国を軋ませ、最後の大隊を軋ませ、十字軍を軋ませ、
彼の棺は開かれる。
血とは、命の貨幣、魂の通貨。
血を喰らうとは、血を吸う鬼というものは、そういうモノなのだ。
彼の喰らった者が再び現世に舞い戻る。
死徒として、アーカードの一部として舞い戻る。
死の群れとして、死を増やす為に、死ぬ為に、死の為に、
死人が来る。
食い殺されたはずの特殊部隊が襲い掛かる。
僧兵の群れが襲い掛かる。
戦鍋旗を掲げた軍団が再び神の僕に襲い掛かる。
そして、オスマン帝国の戦禍から故国を護ったワラキア公国の騎士たちが蘇る。
恐るべき君主の兵士たちは、再び敵を串刺し刑に処す。
敵よ、敵よ、敵よ、貴様らの罪は只一つ、彼の敵であったという事だけだ。
幾万もの死の群れは、幾億もの絶望を纏って死を与えて回る。
ワラキア公王、ヴラド悪魔公(ドラクル)の名において、
ワラキア公王、ヴラド小龍公(ドラクル)の名において、
敵よ、敵よ、敵よ、死にたまえ。
紅い、赤い、朱い、死の河が彼方より来て彼方へと去る。
彼岸の彼方から来て、彼岸の彼方へと去る。
それはすべて死ぬ為に、それはすべて死の為に。
天も無く、地もなく、人々は突っ走り、獣は吠え立てる。
まるで彼らの宇宙が一切合切咆哮を始めたようだ。
死ねや、死ねや、人間は歩き回る陽炎に過ぎない。
闘え、死ね、あとはすべてくだらないものだ。
死んでしまえばよい。
死んでしまえばよい。
きっと彼らの全てが仇人で、世界がその絶対応報に頭を上げたのだ。
咎人はすべて串刺し刑に処され、王都ロンドンを赤く化粧する。
罪人はすべて串刺し刑に処され、死都ロンドンを紅く化粧する。
仇人はすべて串刺し刑に処され、大英帝国帝都を朱く化粧する。
地獄を謳いあげるためだけに、カズィクル・ベイは再び現世に舞い戻ったのだ。
地獄を謳うためだけに。
みずから の はね を くらい
かい ならされる
西アジアから地中海沿岸、そして欧州に至るまで、オスマン帝国は遍く
その猛撃からワラキア公国を護った公国の守護者、
マキャベリの指し示すとおり、彼は一切合財の手段を選ばず、
恐怖すら己の武器として、彼は故国を護ったのだ。
一つの意思が
十の想い出を踏み潰し
百の魔を産み
千の国を殺し
万の屍の上に
億土のクリスタニアを築き上げる。
だが、その生涯は捕囚として潰えた。
神の国(イェルサレム)、神の世界(クリスタニア)。
神による、神の為に生きる者のみが住もう、神の国。
神が築き、神の為にある神の世界。
そのキングダムオブヘヴンを目ざして死を重ね。
祈りを、戦いという祈りを、
神の為の戦いという祈りを、
死という折りを、
屍を重ねて神の御許へ行かんとした果てに、
彼は敗れて哀れに首を落とされた。
歓喜は男の拳によって示された。
アーサー・ホルムウッド
キンシー・モリス
ジャック・セワード
そして、エイブラハム・ヴァン・ヘルシング
只の人間だった。
エイブラハム・ヴァン・ヘルシングは、神秘学に通じた只の老人に過ぎなかった。
只の人間だったからこそ、化け物を打倒する権利を持ちえたのだ。
「醒めない悪夢なんてないさ…。
哀れな伯爵よ、お前には何もない。
城も領地も消え果た、彼女の聖餅蹟も消え果た。
彼女はお前のモノになんて、ならない」
老人のしわがれた声に、化け物を打倒した歓喜は只の一かけらもなく、
ただ、事実だけを反芻していた。
「わたしの、まけか…」
敗者の声色の中には、澄んだ歓喜が仄暗く燃えていた。
それに気付いた老人は、怒りを込めて白木の杭を殴りつけ、彼の心臓により一層深く叩きこんだ。
悲鳴というより嗚咽、嗚咽と言うよりは屠殺される獣の叫びに似た音が彼の口から漏れた。
甘美なる敗北をもってしても、彼に消滅の祝福は授けられなかった。
「お前にはもう、なにもない!」
紆余曲折を経て、彼は道具となる。
その老人を騎士団長として迎え入れ、英国国教騎士団として再編された大英帝国守護騎士団の、
文字通りの鬼札という道具となったのだ。
それは煉獄だった。
地獄へと落ちることも許されず、
ただ戦い、
戦い、
戦い、
己を殺し得る「人間」を求める戦い。
崇高な祈りにも似た、戦いだった。
それでも、なお、諦めを踏み破る意思を持っていた。
人間であることすらかなぐり捨て、血を喰らう鬼へと成り果てて、
神の為の化け物として、
人に斃されるべき化け物として、彼は戦路(いくさじ)を征く。
戦鍋旗を掲げた軍団を飲み干し、
己の領民を、
己の臣下を、
己の兵を、
己の民を食いつくし、
それでもまだ彼は渇望しながら突き進む。
身も心も鬼と成り果てながら。
甲板に航空機が突き刺さり、大破炎上した空母が、霧から霧へと恐ろしい速度で突っ走る。
幽霊船。それはまさしく、あのような船をいうのだろう。
死と屍と死臭を満載し、
引きずりながら、鉄の船は軍馬と化しドーバー海峡を貫いて、テムズ川をさかのぼる。
歌のように落とされたロンドン橋の残骸を踏みしめて、
彼は帰ってきた。
ロンドン市外へ獣のように喰らいついたその船には、彼が、恐ろしい化け物がいる。
王立国教騎士団の鬼札、死なずの君、夜を往く者、吸血鬼アーカードがいる。
棺と化した王都へと、彼は帰ってきたのだ。
甲板を突っ走り、白銀の銃と鉄の銃を引っさげて、
十字軍と最後の大隊の真ん中へ、彼は帰ってきた。
死と恐怖の静寂を切り裂く咆哮をあげながら。
「あるじよ!
我が主よ!
マイ、マスター!インテグラ・ヘルシングよ!
命令を!」
そして、今代の彼の主、
英国国教騎士団団長、
インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングは、己の僕に命令する。
「我が下僕!
吸血鬼アーカードよ!!
命令する!!!」
彼女の言葉が死を呼び覚ます。
血の轍と、血の轍と、血の轍の最果てから死が群れをなしてやってくる。
「白衣の軍には白銀の銃をもって朱にそめよ!
黒衣の軍には黒鉄の銃をもって朱にそめよ!
一木一草尽く、我らの敵を赤色に染め上げよ…
見敵必殺…ッ!
見敵必殺ッ!!」
いっそすがすがしいほどの剛直さで、彼女は一気呵成に命を下す。
「総滅せよ。
彼らをこの島から生かして帰すな」
ドイツ第三帝国NSDAP私兵集団武装親衛隊
吸血鬼化装甲擲弾兵戦闘団「最後の大隊」
残存総兵力572名。
ローマ・カトリックヴァチカン教皇庁・第九次空中機動十字軍
残存総兵力2875名。
大英帝国王立国教騎士団
残存兵力、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング、
セラス・ヴィクトリア、アーカード、3名。
その絶望的な戦力差は、しかし、只一つの号令によって覆される。
「拘束制御術式零号、開放!!
帰還を果たせ!!幾千幾万となって帰還を果たせ!
謳え!!」
絶叫にも似た言葉、アーカードは応える。
それこそが死の始まり。
それこそが彼岸を渡河する者の雄叫び。
「私は、ヘルメスの鳥」
詠うように…。
「自らの羽根を喰らい」
歌うように…。
「飼いならされる」
謳うように、彼は言葉を紡ぐ。
世界を軋ませ、大英帝国を軋ませ、最後の大隊を軋ませ、十字軍を軋ませ、
彼の棺は開かれる。
血とは、命の貨幣、魂の通貨。
血を喰らうとは、血を吸う鬼というものは、そういうモノなのだ。
彼の喰らった者が再び現世に舞い戻る。
死徒として、アーカードの一部として舞い戻る。
死の群れとして、死を増やす為に、死ぬ為に、死の為に、
死人が来る。
食い殺されたはずの特殊部隊が襲い掛かる。
僧兵の群れが襲い掛かる。
戦鍋旗を掲げた軍団が再び神の僕に襲い掛かる。
そして、オスマン帝国の戦禍から故国を護ったワラキア公国の騎士たちが蘇る。
恐るべき君主の兵士たちは、再び敵を串刺し刑に処す。
敵よ、敵よ、敵よ、貴様らの罪は只一つ、彼の敵であったという事だけだ。
幾万もの死の群れは、幾億もの絶望を纏って死を与えて回る。
ワラキア公王、ヴラド悪魔公(ドラクル)の名において、
ワラキア公王、ヴラド小龍公(ドラクル)の名において、
敵よ、敵よ、敵よ、死にたまえ。
紅い、赤い、朱い、死の河が彼方より来て彼方へと去る。
彼岸の彼方から来て、彼岸の彼方へと去る。
それはすべて死ぬ為に、それはすべて死の為に。
天も無く、地もなく、人々は突っ走り、獣は吠え立てる。
まるで彼らの宇宙が一切合切咆哮を始めたようだ。
死ねや、死ねや、人間は歩き回る陽炎に過ぎない。
闘え、死ね、あとはすべてくだらないものだ。
死んでしまえばよい。
死んでしまえばよい。
きっと彼らの全てが仇人で、世界がその絶対応報に頭を上げたのだ。
咎人はすべて串刺し刑に処され、王都ロンドンを赤く化粧する。
罪人はすべて串刺し刑に処され、死都ロンドンを紅く化粧する。
仇人はすべて串刺し刑に処され、大英帝国帝都を朱く化粧する。
地獄を謳いあげるためだけに、カズィクル・ベイは再び現世に舞い戻ったのだ。
地獄を謳うためだけに。