早朝。いつものジョギングコースを走り終えた刃牙は、いつもの公園にやってきた。
呼吸を整えつつストレッチをしながら、考える。
『そういや前にここでリアルシャドーをやった時、誰かの視線を感じたような気は
してたんだよなぁ。もしかして浅井さんに見られたのかな? あれって普通の人が見たら
思いっきり異常だろうし、浅井さんの中じゃオレはバケモノ扱いされてるのかも……』
頭を抱えつつも、刃牙は注意深く辺りを見渡した。そして気配を探る。どうやら、今朝は
留美は来ていないようだ。
それにしても悔やまれる。油断して、こんなところでリアルシャドーやっちゃったのが間違い
だった。一体、何て説明したらいいのか? ありのままを言ったら余計にアブナイ人扱い
されそうだし。何たって妄想相手に殴り合って血ぃ出すんだもんなぁ。あぁどうしよう。
「どうした? 恋に悩む思春期の少年のような顔をして。まぁ実際君は思春期だが」
と言いつつ、トレーニングウェア姿の男がやってきた。刃牙と同じくジョギングしてきたのか、
汗をかいている。筋骨隆々ではあるが、サラサラの長髪と女性的な甘いマスクの彼の名は、
「……紅葉さん」
「恋愛相談なら乗ってあげるよ。こう見えても、いや、見ての通り私は、経験豊富だから」
得意げに、ちょいとナルシーな仕草で髪をかき上げる紅葉。刃牙は溜息をつく。
「確かに紅葉さんは経験豊富だろうね。でも今オレが抱えてる悩みはちょっと……だから
紅葉さん、相談に乗るよりも軽く相手してくれないかな。悩みを吹き飛ばす為に」
刃牙が拳を握ってそう言うと、紅葉は笑みを浮かべて答えた。
「ふふふふ、望むところさ。実は私も、最初からそのつもりで君に声をかけた」
紅葉も、ぐっと拳を握って刃牙の目の前に突き出してみせる。
「ふぅん? ちょっと意外だな。そういうタイプとは思わなかった」
「本来はそうさ。けど、私にもいろいろ事情があるんでね」
「え。事情って」
「君は気にしなくていい。いくよ刃牙君っ!」
「お、応っ!」
二人は同時に踏み込み、互いに拳を繰り出した。体格には圧倒的な差があるが、刃牙は
技術と速度で体重差を補い、反射と手数でリーチ差も不利とせず、互角以上に打ち合いを
演ずる。
二人とも本気ではないが、手を抜いているわけでもない。殺気はないが全力で、
拳と脚とで火花を散らし、全く休みのない高速交錯が三分に達そうかという頃、
「ぅぐっ!」
刃牙の右拳が紅葉の脇腹にヒットした。息を詰まらせて片膝をついた紅葉の鼻先に、
残像すら残さぬ速度で刃牙のサッカーボールキックが……寸止めされた。
勝負あり、と刃牙が足を下ろす。紅葉は冷や汗を拭いながら、ぺたんと座り込んだ。
「ふぅ、参った参った。やっぱり君は強いな」
「紅葉さんこそ。それより、ありがと。おかげでちょっとスッキリしたよ」
清々しく額の汗を拳で握って、刃牙が紅葉に手を貸す。その手を取って紅葉は
立ち上がると、面目なさげに頭を掻いた。
「そう言って貰えると有難いが……立場ないな、私は。さりげなく、わざと、豪快に、
派手に負けるつもりだったのに。つい全力で戦って、実力で負けてしまってはなぁ」
「わざと負ける? 何でそんなことを。そういや何か事情とか言ってたけど、」
首を傾げる刃牙。紅葉はその首に腕を回してヘッドロック、そして刃牙のこめかみを
拳でぐりぐりする。
「えぇいこのラブコメ思春期少年め。この親切なお兄さんの気遣いも知らないでっ」
「い、痛いってば。何の話?」
「私はここに来る途中、目撃したんだよ。ここからちょっと離れた場所にある木に登って、
茂る葉の中に身を隠すようにして、双眼鏡でこの公園を見てる三つ編みの女の子を」
ぴき、と刃牙の顔が引きつる。紅葉にヘッドロックされたままで。
「並々ならぬ熱意をもって何かを注視してる様子だったから、何があるんだと思ってその
方向に行ってみたが、ネッシーもUFOもいやしない。いたのは、公園でトレーニングしてる
君一人だった。つまりあの子は、恥ずかしいのか君本人には近づけず、だが熱心に君を
見つめていたんだ」
「……」
「それで私は全ての事情を察した。だから、ここで君と戦って派手に負け、君の強さを
彼女にアピールしてあげようと思ったんだが」
呼吸を整えつつストレッチをしながら、考える。
『そういや前にここでリアルシャドーをやった時、誰かの視線を感じたような気は
してたんだよなぁ。もしかして浅井さんに見られたのかな? あれって普通の人が見たら
思いっきり異常だろうし、浅井さんの中じゃオレはバケモノ扱いされてるのかも……』
頭を抱えつつも、刃牙は注意深く辺りを見渡した。そして気配を探る。どうやら、今朝は
留美は来ていないようだ。
それにしても悔やまれる。油断して、こんなところでリアルシャドーやっちゃったのが間違い
だった。一体、何て説明したらいいのか? ありのままを言ったら余計にアブナイ人扱い
されそうだし。何たって妄想相手に殴り合って血ぃ出すんだもんなぁ。あぁどうしよう。
「どうした? 恋に悩む思春期の少年のような顔をして。まぁ実際君は思春期だが」
と言いつつ、トレーニングウェア姿の男がやってきた。刃牙と同じくジョギングしてきたのか、
汗をかいている。筋骨隆々ではあるが、サラサラの長髪と女性的な甘いマスクの彼の名は、
「……紅葉さん」
「恋愛相談なら乗ってあげるよ。こう見えても、いや、見ての通り私は、経験豊富だから」
得意げに、ちょいとナルシーな仕草で髪をかき上げる紅葉。刃牙は溜息をつく。
「確かに紅葉さんは経験豊富だろうね。でも今オレが抱えてる悩みはちょっと……だから
紅葉さん、相談に乗るよりも軽く相手してくれないかな。悩みを吹き飛ばす為に」
刃牙が拳を握ってそう言うと、紅葉は笑みを浮かべて答えた。
「ふふふふ、望むところさ。実は私も、最初からそのつもりで君に声をかけた」
紅葉も、ぐっと拳を握って刃牙の目の前に突き出してみせる。
「ふぅん? ちょっと意外だな。そういうタイプとは思わなかった」
「本来はそうさ。けど、私にもいろいろ事情があるんでね」
「え。事情って」
「君は気にしなくていい。いくよ刃牙君っ!」
「お、応っ!」
二人は同時に踏み込み、互いに拳を繰り出した。体格には圧倒的な差があるが、刃牙は
技術と速度で体重差を補い、反射と手数でリーチ差も不利とせず、互角以上に打ち合いを
演ずる。
二人とも本気ではないが、手を抜いているわけでもない。殺気はないが全力で、
拳と脚とで火花を散らし、全く休みのない高速交錯が三分に達そうかという頃、
「ぅぐっ!」
刃牙の右拳が紅葉の脇腹にヒットした。息を詰まらせて片膝をついた紅葉の鼻先に、
残像すら残さぬ速度で刃牙のサッカーボールキックが……寸止めされた。
勝負あり、と刃牙が足を下ろす。紅葉は冷や汗を拭いながら、ぺたんと座り込んだ。
「ふぅ、参った参った。やっぱり君は強いな」
「紅葉さんこそ。それより、ありがと。おかげでちょっとスッキリしたよ」
清々しく額の汗を拳で握って、刃牙が紅葉に手を貸す。その手を取って紅葉は
立ち上がると、面目なさげに頭を掻いた。
「そう言って貰えると有難いが……立場ないな、私は。さりげなく、わざと、豪快に、
派手に負けるつもりだったのに。つい全力で戦って、実力で負けてしまってはなぁ」
「わざと負ける? 何でそんなことを。そういや何か事情とか言ってたけど、」
首を傾げる刃牙。紅葉はその首に腕を回してヘッドロック、そして刃牙のこめかみを
拳でぐりぐりする。
「えぇいこのラブコメ思春期少年め。この親切なお兄さんの気遣いも知らないでっ」
「い、痛いってば。何の話?」
「私はここに来る途中、目撃したんだよ。ここからちょっと離れた場所にある木に登って、
茂る葉の中に身を隠すようにして、双眼鏡でこの公園を見てる三つ編みの女の子を」
ぴき、と刃牙の顔が引きつる。紅葉にヘッドロックされたままで。
「並々ならぬ熱意をもって何かを注視してる様子だったから、何があるんだと思ってその
方向に行ってみたが、ネッシーもUFOもいやしない。いたのは、公園でトレーニングしてる
君一人だった。つまりあの子は、恥ずかしいのか君本人には近づけず、だが熱心に君を
見つめていたんだ」
「……」
「それで私は全ての事情を察した。だから、ここで君と戦って派手に負け、君の強さを
彼女にアピールしてあげようと思ったんだが」
どごっっ!
紅葉を抱え上げた刃牙のバックドロップが炸裂。後頭部をしたたかに打ち付けた紅葉は、
あえなく気絶した。
「な、な、な、な、なんてことをっっっっ!」
しかし、時すでに遅し。
紅葉の目撃した、とある木の上にて。三つ編み眼鏡の留美は、双眼鏡を抱きしめて
幸せに浸っていた。
『はぁ……ちょっと筋肉つきすぎなのが玉に傷だけど、でも綺麗な人よね……あんな人が
範馬君の仲間だったなんて……あの、謎の透明モンスターと戦う為に、共に訓練して
真剣に汗を流し、それが終わった後のじゃれ合いっぷりったらもぅ……あの人はきっと、
顔からするとアレね。最初は範馬君の敵として出てくるクールな悪役なんだけど、範馬君と
戦って敗れて、それ以来改心していい人になって仲間になった。そうに違いないっ』
留美の中で、刃牙の物語とキャラ付けがどんどん進行していく。
『それにしてもあんな綺麗な人が身近にいたんじゃ、とてもとてもあたし(=女の子)なんか、
範馬君の興味の対象外よね。そりゃそうよ、うん、当然当然っ』
留美は嬉しそうに木から降りると、楽しそうにスキップしながら帰っていった。
もっと二人を見ていたいけど、そろそろ帰って支度しないと学校に遅れてしまう。
あえなく気絶した。
「な、な、な、な、なんてことをっっっっ!」
しかし、時すでに遅し。
紅葉の目撃した、とある木の上にて。三つ編み眼鏡の留美は、双眼鏡を抱きしめて
幸せに浸っていた。
『はぁ……ちょっと筋肉つきすぎなのが玉に傷だけど、でも綺麗な人よね……あんな人が
範馬君の仲間だったなんて……あの、謎の透明モンスターと戦う為に、共に訓練して
真剣に汗を流し、それが終わった後のじゃれ合いっぷりったらもぅ……あの人はきっと、
顔からするとアレね。最初は範馬君の敵として出てくるクールな悪役なんだけど、範馬君と
戦って敗れて、それ以来改心していい人になって仲間になった。そうに違いないっ』
留美の中で、刃牙の物語とキャラ付けがどんどん進行していく。
『それにしてもあんな綺麗な人が身近にいたんじゃ、とてもとてもあたし(=女の子)なんか、
範馬君の興味の対象外よね。そりゃそうよ、うん、当然当然っ』
留美は嬉しそうに木から降りると、楽しそうにスキップしながら帰っていった。
もっと二人を見ていたいけど、そろそろ帰って支度しないと学校に遅れてしまう。
で登校した留美は、教室の前でばったりと刃牙に出くわした。いや違う、
刃牙が待ち構えていたのだ。
「は、は、範馬君っ?」
「あの、浅井さん。ちょっと話があるんだ。今朝もしかして、オレのこと見かけなかった?」
留美の中で、あれやこれやが駆け巡る。刃牙と紅葉の汗まみれのトレーニング、それが
終わった後のじゃれ合い、その続きは見ていないがきっと二人はあの後シャワーを一緒に
浴びたりなんかしてそれから、ってそもそも時間的にいろいろ不可能なことにまで、
留美の脳内上映会は盛り上がっていく。
なお、留美は今時貴重なほどに真面目で奥手な少女なので、知識・経験・興味ともに、
不純異性交遊には全く掠りもしていない。興味や知識が豊富なのは自分にとっての異性、
すなわち男性による不純同性……
「えっと、実はオレ、最近ちょっと太り気味だから運動しなきゃなとか思ってて、それで」
「ななななんにも見てないっ! あたし、範馬君のことは見てない! 人気のない公園で
綺麗な人と会ってたなんて知らないからっ! あ、だけど、あの人との仲については
世間が何と言おうと心から応援するからねっ、というか、いやその、じゃそういうことでっ!」
「え? ちょ、ちょっと待って! 浅井さんっっ!」
真っ赤になった留美は刃牙から逃げるようにして、というか実際逃げた。脱兎の如く。
そして、呆気に取られて立ち尽くす刃牙の肩を、ぽんっと後ろから叩く人影あり。
「ねえ刃牙君。ちょ~っと詳しい話を聞きたいんだけど」
「こ、梢江ちゃん?」
振り向いた刃牙の目に、壮絶な顔の梢江が映った。
「今の浅井さん……随分とまあ、どういう方向性のものを想像したのか察し易い
恥ずかしがりっぷりだったわね。『綺麗な人と会ってた』っていう説明までつけてくれて。
しかも『人気のない公園で』ねぇ……浅井さんが、あんなに赤面するようなことを……ね。
で、必死になってそれを否定してたわね刃牙君? 浅井さんに誤解されたくないから?
浅井さんに、『あの人との仲』のことを言われるのがそんなに嫌なのね? ふぅ~ん……」
刃牙の肩を掴む梢江の握力が、どんどん増してきた。
「待って待って! オレ、今、二人がかりでよってたかって二重三重に誤解されてる気がっ」
「誤解かどうか、じっくり聞かせて欲しいところね。と言っても人に聞かれると困る、
というより恥ずかしい話でしょうから、ちょっと付き合ってくれる?」
「いや、だから根っから根本的に大誤解なんだってばっっ!」
梢江に引きずられていく刃牙。紅葉の言っていた通り、ラブコメ思春期少年の図であった。
……漫画やラノベでおなじみの、美少女ハーレムものとは少々違うアレなアレではあるが。
刃牙が待ち構えていたのだ。
「は、は、範馬君っ?」
「あの、浅井さん。ちょっと話があるんだ。今朝もしかして、オレのこと見かけなかった?」
留美の中で、あれやこれやが駆け巡る。刃牙と紅葉の汗まみれのトレーニング、それが
終わった後のじゃれ合い、その続きは見ていないがきっと二人はあの後シャワーを一緒に
浴びたりなんかしてそれから、ってそもそも時間的にいろいろ不可能なことにまで、
留美の脳内上映会は盛り上がっていく。
なお、留美は今時貴重なほどに真面目で奥手な少女なので、知識・経験・興味ともに、
不純異性交遊には全く掠りもしていない。興味や知識が豊富なのは自分にとっての異性、
すなわち男性による不純同性……
「えっと、実はオレ、最近ちょっと太り気味だから運動しなきゃなとか思ってて、それで」
「ななななんにも見てないっ! あたし、範馬君のことは見てない! 人気のない公園で
綺麗な人と会ってたなんて知らないからっ! あ、だけど、あの人との仲については
世間が何と言おうと心から応援するからねっ、というか、いやその、じゃそういうことでっ!」
「え? ちょ、ちょっと待って! 浅井さんっっ!」
真っ赤になった留美は刃牙から逃げるようにして、というか実際逃げた。脱兎の如く。
そして、呆気に取られて立ち尽くす刃牙の肩を、ぽんっと後ろから叩く人影あり。
「ねえ刃牙君。ちょ~っと詳しい話を聞きたいんだけど」
「こ、梢江ちゃん?」
振り向いた刃牙の目に、壮絶な顔の梢江が映った。
「今の浅井さん……随分とまあ、どういう方向性のものを想像したのか察し易い
恥ずかしがりっぷりだったわね。『綺麗な人と会ってた』っていう説明までつけてくれて。
しかも『人気のない公園で』ねぇ……浅井さんが、あんなに赤面するようなことを……ね。
で、必死になってそれを否定してたわね刃牙君? 浅井さんに誤解されたくないから?
浅井さんに、『あの人との仲』のことを言われるのがそんなに嫌なのね? ふぅ~ん……」
刃牙の肩を掴む梢江の握力が、どんどん増してきた。
「待って待って! オレ、今、二人がかりでよってたかって二重三重に誤解されてる気がっ」
「誤解かどうか、じっくり聞かせて欲しいところね。と言っても人に聞かれると困る、
というより恥ずかしい話でしょうから、ちょっと付き合ってくれる?」
「いや、だから根っから根本的に大誤解なんだってばっっ!」
梢江に引きずられていく刃牙。紅葉の言っていた通り、ラブコメ思春期少年の図であった。
……漫画やラノベでおなじみの、美少女ハーレムものとは少々違うアレなアレではあるが。