爪のような形をした大きな緑色の物体が闇に規則正しく並んでいる。
横に十列、縦にはおおよそ三十列。廊下の奥に向かってずらりと居る。
それは椅子の背もたれの部分で、椅子はここを訪れる者たちが待ち時間を過ごすために
設置されている。
というのは千歳がいる場所を踏まえれば別段考える必要もないコトなのだが、職業柄いち
いちそういう観察をしてしまう。
ここは聖サンジェルマン病院の一階。
一般人にも開放されているごくごく普通の待合室の最後尾で、一連の戦いを終えてからまだ
十分と立っていない。
その間に地下からここまで登り、手短に根来ともども報告してから、二人して治療を待って
いる。
ちなみに二人の間に特に会話らしい会話はない。ゆらいこの二人は雑談に不向きというか、
互いが互いにそういう話題をふられた所であまり喜ばないというコトを、自らの性格から逆算
して黙っているフシがある。だいたい、相手を喜ばしたいかと問われれば二人して「別に」と
答える素っ気なさがある。両方とも任務の中でお互いに便宜を図らんとする一種の奇妙な
戦友意識こそ持っているが、つまりはそこ止まりで、例えば象牙細工の職人が顧客の人生
相談までには乗らないように、黙々と互いの本分だけを果たしている。
とはいえ仲が険悪かといえばそうでもなく、今でも待合室の最後尾で座席一つ分開けて並ん
で座っている。
特に理由はない。根来が座った二つ横に千歳がなんとなく座って、別に文句も出なかったの
でそのままそうしている。
でも会話はしない。
正確にいうと、根来がぽつりと呟くまではしなかった。
「先ほどのはどうやった」
先ほどの、というのはむろん無銘の武装錬金の特性破りのコトである。
千歳はてっきりすでに根来も見抜いていると思っていたので、少し意外そうな顔をしたが、
元来、索敵という「他者が知りえぬ情報」の提供を生業とする千歳なので、すぐ淡々と報告
を始めた。
横に十列、縦にはおおよそ三十列。廊下の奥に向かってずらりと居る。
それは椅子の背もたれの部分で、椅子はここを訪れる者たちが待ち時間を過ごすために
設置されている。
というのは千歳がいる場所を踏まえれば別段考える必要もないコトなのだが、職業柄いち
いちそういう観察をしてしまう。
ここは聖サンジェルマン病院の一階。
一般人にも開放されているごくごく普通の待合室の最後尾で、一連の戦いを終えてからまだ
十分と立っていない。
その間に地下からここまで登り、手短に根来ともども報告してから、二人して治療を待って
いる。
ちなみに二人の間に特に会話らしい会話はない。ゆらいこの二人は雑談に不向きというか、
互いが互いにそういう話題をふられた所であまり喜ばないというコトを、自らの性格から逆算
して黙っているフシがある。だいたい、相手を喜ばしたいかと問われれば二人して「別に」と
答える素っ気なさがある。両方とも任務の中でお互いに便宜を図らんとする一種の奇妙な
戦友意識こそ持っているが、つまりはそこ止まりで、例えば象牙細工の職人が顧客の人生
相談までには乗らないように、黙々と互いの本分だけを果たしている。
とはいえ仲が険悪かといえばそうでもなく、今でも待合室の最後尾で座席一つ分開けて並ん
で座っている。
特に理由はない。根来が座った二つ横に千歳がなんとなく座って、別に文句も出なかったの
でそのままそうしている。
でも会話はしない。
正確にいうと、根来がぽつりと呟くまではしなかった。
「先ほどのはどうやった」
先ほどの、というのはむろん無銘の武装錬金の特性破りのコトである。
千歳はてっきりすでに根来も見抜いていると思っていたので、少し意外そうな顔をしたが、
元来、索敵という「他者が知りえぬ情報」の提供を生業とする千歳なので、すぐ淡々と報告
を始めた。
同刻。
竹藪の中で斗貴子はバルキリスカート片手に足を引きずりながら、ようやく無銘の前にた
どり着いていた。
竹藪の中で斗貴子はバルキリスカート片手に足を引きずりながら、ようやく無銘の前にた
どり着いていた。
目当ては例の割符だ。
そもそも今晩の戦い自体、例の『もう一つの調整体』の起動に必要な割符のための物。
回収を忘れては何の意味もない。
そして無銘は戦闘開始直後、懐にしまうのを見せていた。
「まだ息があるようだな。もっとも戦闘不能だ。何か反撃を仕掛けようと、この距離なら私の
バルキリースカートの方が早い」
ぐったりしたダルマ状態の無銘の懐を、処刑鎌で切り裂くと、果たして三センチメートル程の
長方形の金属片が黒い土の上に転がり落ちた。
(……おかしい。あの総角とかいう男、どうしてこいつや割符を回収していない?)
かすかな疑問も生じたが、どうせ自信ゆえの過失だろう。
余裕ぶった総角の顔に唾棄するような、溜飲が下がるような心持ちで割符を拾い上げると
「さぁ、あとはさっさと連中の情報を吐け。さすれば楽に殺し──…いや」
舌打ちとともに去来するのは、今夜の様々な横槍。
いつまた邪魔が入るかわからない。現に総角だってつい先ほど近くにいた。
よって斗貴子は、バルキリスカートの鎌首をもたげた
「今は戦力を減らすのが最優先だ。……死ね」
そもそも今晩の戦い自体、例の『もう一つの調整体』の起動に必要な割符のための物。
回収を忘れては何の意味もない。
そして無銘は戦闘開始直後、懐にしまうのを見せていた。
「まだ息があるようだな。もっとも戦闘不能だ。何か反撃を仕掛けようと、この距離なら私の
バルキリースカートの方が早い」
ぐったりしたダルマ状態の無銘の懐を、処刑鎌で切り裂くと、果たして三センチメートル程の
長方形の金属片が黒い土の上に転がり落ちた。
(……おかしい。あの総角とかいう男、どうしてこいつや割符を回収していない?)
かすかな疑問も生じたが、どうせ自信ゆえの過失だろう。
余裕ぶった総角の顔に唾棄するような、溜飲が下がるような心持ちで割符を拾い上げると
「さぁ、あとはさっさと連中の情報を吐け。さすれば楽に殺し──…いや」
舌打ちとともに去来するのは、今夜の様々な横槍。
いつまた邪魔が入るかわからない。現に総角だってつい先ほど近くにいた。
よって斗貴子は、バルキリスカートの鎌首をもたげた
「今は戦力を減らすのが最優先だ。……死ね」
そして斗貴子と無銘の間に、蒼く禍々しい光が去来した。
病院。
「一連の異変は、ヘルメスドライブが彼の攻撃を受けてから起こり始めた。だから攻撃の痕
を、あなたが戦っている間に調べてみたの。するとこんなモノを見つけたわ」
と千歳が差しだしたのはラミジップ(小型のチャック付きポリ袋)だ。
いったいいつ採取したのか。
ラミジップの中では二ミリメートルほどの、半透明をした魚鱗のような物体が、うねうねと体を
ひんまげ、蠢いている。
そう、恐るべき事にそれらは、自律の意思を持っているのだ!
「調べてみないと断定はできないけど、これは恐らく彼の武装錬金の一部で、一連の敵襲の
原因。だから」
千歳はそれを駆除すべく、あろうことか、ヘルメスドライブを亜空間に投げいれた!
その瞬間、ヘルメスドライブに巣くっていた魚鱗みたいな物体が排除されたのもむべなるかな。
二ミリメートルという微小さゆえになすすべなく、レーダーの内部を駆け巡る稲光に、すべてこ
とごく焼ききられた!
「一連の異変は、ヘルメスドライブが彼の攻撃を受けてから起こり始めた。だから攻撃の痕
を、あなたが戦っている間に調べてみたの。するとこんなモノを見つけたわ」
と千歳が差しだしたのはラミジップ(小型のチャック付きポリ袋)だ。
いったいいつ採取したのか。
ラミジップの中では二ミリメートルほどの、半透明をした魚鱗のような物体が、うねうねと体を
ひんまげ、蠢いている。
そう、恐るべき事にそれらは、自律の意思を持っているのだ!
「調べてみないと断定はできないけど、これは恐らく彼の武装錬金の一部で、一連の敵襲の
原因。だから」
千歳はそれを駆除すべく、あろうことか、ヘルメスドライブを亜空間に投げいれた!
その瞬間、ヘルメスドライブに巣くっていた魚鱗みたいな物体が排除されたのもむべなるかな。
二ミリメートルという微小さゆえになすすべなく、レーダーの内部を駆け巡る稲光に、すべてこ
とごく焼ききられた!
いうなれば千歳は、マザーボードやハードディスクに高圧電流を流す事で、物理的にスパイ
ウェアを破壊したのである!
荒唐無稽というなかれ。行きづまった状況を打開するのにはむしろ荒業が功を奏す事もま
まある。──
「ただ、あなたが最初、亜空間に退避した時は弾き飛ばされなかったのは分らないわね。生
体電流が流れている時だけ創造者のDNAに擬態するのかしら? それとも──…」
考え込む千歳の横で、根来はやや驚きを声にはらんだようにつぶやいた。
「しかし、かような使い方をするとは」
千歳は小首をかわいらしくひねった。
「かような使い方」を想定していないなら、根来が無銘と戦い出したとき、何のためにマフラー
を預けたのか?
それがあったから千歳は根来が特性に気付いているとばかり思っていたのだが。
「そして武装錬金の特性だけど。おそらく。──」
ウェアを破壊したのである!
荒唐無稽というなかれ。行きづまった状況を打開するのにはむしろ荒業が功を奏す事もま
まある。──
「ただ、あなたが最初、亜空間に退避した時は弾き飛ばされなかったのは分らないわね。生
体電流が流れている時だけ創造者のDNAに擬態するのかしら? それとも──…」
考え込む千歳の横で、根来はやや驚きを声にはらんだようにつぶやいた。
「しかし、かような使い方をするとは」
千歳は小首をかわいらしくひねった。
「かような使い方」を想定していないなら、根来が無銘と戦い出したとき、何のためにマフラー
を預けたのか?
それがあったから千歳は根来が特性に気付いているとばかり思っていたのだが。
「そして武装錬金の特性だけど。おそらく。──」
伏兵の気配はそれまでまったくなかった。
せいぜい見かけたのはチワワぐらいだが、それ以外の邪悪な気配はなかった。
そして無銘が何を仕掛けようと、正面から斬って捨てるだけの自負が斗貴子にあった。
だが。
「な……?」
斗貴子はきりりと引き締まった眼を最大限に見開いた。
滴っている。
攻撃を仕掛けたはずの斗貴子の体から、血が幾筋も地面に滴っている。
右の上腕がざくりと斬られている。
ふくらはぎには刺さったそれは、ともすれば脛へ貫通しそうだ。
脇腹に重い刃が斜め上から掠って、セーラー服の白い生地に血を吸わせている。
痛みを頼りにそれらを把握した斗貴子は、かつてないほどの動転に見舞われた。
ありえない。
それは絶対にありえない。
なぜならば、斗貴子に攻撃を仕掛けたモノ。
それは──…
「バルキリースカート!?」
見慣れた刃が自分に向かい、創傷を与えている。
せいぜい見かけたのはチワワぐらいだが、それ以外の邪悪な気配はなかった。
そして無銘が何を仕掛けようと、正面から斬って捨てるだけの自負が斗貴子にあった。
だが。
「な……?」
斗貴子はきりりと引き締まった眼を最大限に見開いた。
滴っている。
攻撃を仕掛けたはずの斗貴子の体から、血が幾筋も地面に滴っている。
右の上腕がざくりと斬られている。
ふくらはぎには刺さったそれは、ともすれば脛へ貫通しそうだ。
脇腹に重い刃が斜め上から掠って、セーラー服の白い生地に血を吸わせている。
痛みを頼りにそれらを把握した斗貴子は、かつてないほどの動転に見舞われた。
ありえない。
それは絶対にありえない。
なぜならば、斗貴子に攻撃を仕掛けたモノ。
それは──…
「バルキリースカート!?」
見慣れた刃が自分に向かい、創傷を与えている。
「手元が狂った……? いや、違う! 狂うなんてコトはありえない。今まで一度たりとも私は」
「敵対」
「何!?」
ぼそっと呟く声は足元からした。
手足のないダルマ状態の黒装束。鳩尾無銘の口元から。
「敵対特性。それこそが我が無銘の真なる特性……」
斗貴子はその瞬間、無銘の言葉の意味を理解してはいなかった。
疲労。憎悪。鬱屈。動転。
入り混じる感情の赴くまま、手動でバルキリースカートを払いのけ、まったくいつものように
バルキリースカートを無銘に差し向けようとした。
結果。
跳ね上がった処刑鎌が掌を斬り上げ血しぶきを降らした。
「我が無銘の一撃が及んでより三分が経過すれば、いかな武装錬金の特性とて創造主に手
向かう。…… 師父より聞き及んでいる。汝の武装錬金の特性は、『高速・精密なる斬撃』。
下拙ゆえにや」
自分に向かって鎌首をもたげる武装錬金を、斗貴子はまったく理解できないという顔で見る
しかできなかった。
あとはもはや一方的な惨状が起こった。
バルキリスカートは創造者たる津村斗貴子に向かって、皮肉にもいっさいのブレのない高速
精密動作を以て、無慈悲な斬撃を降らした。
「汝の武装錬金なれば特性ことごとくさし向けナマスと刻み。──」
「敵対」
「何!?」
ぼそっと呟く声は足元からした。
手足のないダルマ状態の黒装束。鳩尾無銘の口元から。
「敵対特性。それこそが我が無銘の真なる特性……」
斗貴子はその瞬間、無銘の言葉の意味を理解してはいなかった。
疲労。憎悪。鬱屈。動転。
入り混じる感情の赴くまま、手動でバルキリースカートを払いのけ、まったくいつものように
バルキリースカートを無銘に差し向けようとした。
結果。
跳ね上がった処刑鎌が掌を斬り上げ血しぶきを降らした。
「我が無銘の一撃が及んでより三分が経過すれば、いかな武装錬金の特性とて創造主に手
向かう。…… 師父より聞き及んでいる。汝の武装錬金の特性は、『高速・精密なる斬撃』。
下拙ゆえにや」
自分に向かって鎌首をもたげる武装錬金を、斗貴子はまったく理解できないという顔で見る
しかできなかった。
あとはもはや一方的な惨状が起こった。
バルキリスカートは創造者たる津村斗貴子に向かって、皮肉にもいっさいのブレのない高速
精密動作を以て、無慈悲な斬撃を降らした。
「汝の武装錬金なれば特性ことごとくさし向けナマスと刻み。──」
「ヘルメスドライブなら『索敵』という特性を敵対させる。久世夜襲、防人君、それに鳩尾無銘」
「記録されていた人物をアトランダムに選出、貴殿を襲うために具現化したという訳か。成程。
シークレットトレイルの亜空間がねじ曲がり、私を襲撃した理由もそれで合点がいく。シーク
レットトレイルの特性は斬りつけたものへの亜空間形成。敵対すればああもなるだろう」
「そして原因はこれ」
と指したのは先ほどの半透明をした魚鱗。無銘の武装錬金の一部。
「たとえるならコンピューターウィルス。いえ、スパイウェアに近いかしら」
パソコンに侵入したスパイウェアが、いかがわしいサイトをお気に入りに登録したりするよう
に、無銘は攻撃した箇所から、魚鱗のような物体を武装錬金に潜り込ませ、その特性を狂
わせるのだ!
「記録されていた人物をアトランダムに選出、貴殿を襲うために具現化したという訳か。成程。
シークレットトレイルの亜空間がねじ曲がり、私を襲撃した理由もそれで合点がいく。シーク
レットトレイルの特性は斬りつけたものへの亜空間形成。敵対すればああもなるだろう」
「そして原因はこれ」
と指したのは先ほどの半透明をした魚鱗。無銘の武装錬金の一部。
「たとえるならコンピューターウィルス。いえ、スパイウェアに近いかしら」
パソコンに侵入したスパイウェアが、いかがわしいサイトをお気に入りに登録したりするよう
に、無銘は攻撃した箇所から、魚鱗のような物体を武装錬金に潜り込ませ、その特性を狂
わせるのだ!
おお、そういえば津村斗貴子のバルキリースカートも、無銘の攻撃を受けてはいなかったか!
よって彼女のふるう刃も逆(さかしま)に向かい、美しい肢体もいまや全身朱にぬれている!
ホムンクルスの幼体は、寄生した宿主の脳髄に向かい、自我を破壊するという。おそらく無
銘の武装錬金もそれと似た機能を備えているのではないか?
よって彼女のふるう刃も逆(さかしま)に向かい、美しい肢体もいまや全身朱にぬれている!
ホムンクルスの幼体は、寄生した宿主の脳髄に向かい、自我を破壊するという。おそらく無
銘の武装錬金もそれと似た機能を備えているのではないか?
「舐め……るなァッ! 要は特性を用いなければいいだけのコトッ!」
手にしているのは残る一本のバルキリースカート。
これは先ほど大腿部からもぎ取った奴だ。
だから普通の武器と同じだ。特性とは無関係。
斗貴子は無銘の額、ついで胸を貫いた。
両方ともホムンクルスの急所たる章印がある場所だ。
「いかな武装錬金の使い手であろうと、創造者さえ斃せば!!」
手にしているのは残る一本のバルキリースカート。
これは先ほど大腿部からもぎ取った奴だ。
だから普通の武器と同じだ。特性とは無関係。
斗貴子は無銘の額、ついで胸を貫いた。
両方ともホムンクルスの急所たる章印がある場所だ。
「いかな武装錬金の使い手であろうと、創造者さえ斃せば!!」
根来はしばしの沈黙の後、こういうコトをいいだした。
「私もひとつ気づいたコトがある」
「なに?」
「奴は武装錬金を偽っている」
「忍六具だったわね。火渡君からだいたいの形状は聞いているわ。確か──…
「私もひとつ気づいたコトがある」
「なに?」
「奴は武装錬金を偽っている」
「忍六具だったわね。火渡君からだいたいの形状は聞いているわ。確か──…
編笠、鉤縄、三尺手拭、忍犬、打竹、薬
ね」
「矢立だ」
「え?」
「本来の忍六具は、編笠、鉤縄、三尺手拭、矢立、打竹、薬の六つ。忍犬などは含まれない」
「考えてみればそうね…… 他は道具なのに、それだけ生物……」
「矢立だ」
「え?」
「本来の忍六具は、編笠、鉤縄、三尺手拭、矢立、打竹、薬の六つ。忍犬などは含まれない」
「考えてみればそうね…… 他は道具なのに、それだけ生物……」
斗貴子は気づいていない。
彼女の後ろに先ほど弾き飛ばした忍犬の自動人形(オートマトン)が転がっているのを。
彼女の後ろに先ほど弾き飛ばした忍犬の自動人形(オートマトン)が転がっているのを。
「ならばなぜ、奴の忍六具に忍犬が入っているのか」
「誤認識という線は?」
「他の者ならそれもあるだろう。武装錬金は人の精神より出ずるモノ。元となった知識が間
違っていれば 本来の武器形状と異なるコトも十分にありうる。が、忍びを名乗り、山田風太
郎先生の考案 された忍法を縦横に駆使するような男が忍六具の構成を誤ろうはずがない」
(どうしてそこだけ敬語?)
「おそらく奴は、自らの武装錬金を偽っている。忍六具ですらないだろうな。恐らく」
「誤認識という線は?」
「他の者ならそれもあるだろう。武装錬金は人の精神より出ずるモノ。元となった知識が間
違っていれば 本来の武器形状と異なるコトも十分にありうる。が、忍びを名乗り、山田風太
郎先生の考案 された忍法を縦横に駆使するような男が忍六具の構成を誤ろうはずがない」
(どうしてそこだけ敬語?)
「おそらく奴は、自らの武装錬金を偽っている。忍六具ですらないだろうな。恐らく」
忍犬の自動人形はふしぎなコトに、腹部に断裂が生じている。
攻撃による断裂の類ではない。例えば蝉の抜け殻。中から何かが出て行ったような……
攻撃による断裂の類ではない。例えば蝉の抜け殻。中から何かが出て行ったような……
「私のにらむところ、奴の武装錬金は奴の正体に直結している」
斗貴子は茫然と無銘を見た。それは死骸になっている筈なのに。
(章印に攻撃を叩き込んだのに、消滅する気配がない)
「……古人に云う」
黒装束の口からはなおも声が漏れる。
「J9って知ってるかい?」
「フ、フザけるな!」
瞳に蛍みたいな石火を散らし、斗貴子は狂ったような手つきで黒装束を殴る。
が、死ぬ気配がない。
「昔、太陽系で粋に暴れ回ってたっていうぜ」
全身血でずぶぬれになりがら攻撃を仕掛ける斗貴子の背後。
彼女に向かって、一匹のチワワが歩いてきた。
「今も世ン中荒れ放題」
かつて総角が拾い、無銘の足元にじゃれつき、浜崎に噛みついたりしていたチワワが。
「ぼやぼやしてると後ろからバッサリだ。どっちもどっちも。どっちも! どっちも!」
(章印に攻撃を叩き込んだのに、消滅する気配がない)
「……古人に云う」
黒装束の口からはなおも声が漏れる。
「J9って知ってるかい?」
「フ、フザけるな!」
瞳に蛍みたいな石火を散らし、斗貴子は狂ったような手つきで黒装束を殴る。
が、死ぬ気配がない。
「昔、太陽系で粋に暴れ回ってたっていうぜ」
全身血でずぶぬれになりがら攻撃を仕掛ける斗貴子の背後。
彼女に向かって、一匹のチワワが歩いてきた。
「今も世ン中荒れ放題」
かつて総角が拾い、無銘の足元にじゃれつき、浜崎に噛みついたりしていたチワワが。
「ぼやぼやしてると後ろからバッサリだ。どっちもどっちも。どっちも! どっちも!」
「結論からいう。武装錬金は黒装束の男の方」
チワワが斗貴子に飛びかかった。
そして、外見からは想像もつかない鋭い牙を彼女の首に突き立てた。
そして、外見からは想像もつかない鋭い牙を彼女の首に突き立てた。
「本体は犬だ。それが常に同伴しても怪しまれぬよう、忍六具に偽装している」
「そうね。武装錬金の一部だと吹聴してさえおけば、近くにいても怪しまれない」
「そして本当の武装錬金の種類は自動人形(オートマトン)。形状は……たとえば偕老同穴
(かいろうどうけつ)」
「偕老同穴?」
「本来は、カイロウドウケツ科の海綿類の一種を指す。が、私のいっているのは人形の一種。
なお、出典は忍法忠臣ぐ」
「その他、人間の形になりそうな武装錬金といえば」
話を遮られ、根来は鷹のような目つきをいよいよするどくした。
「影武者、変わり身……それから」
「そして本当の武装錬金の種類は自動人形(オートマトン)。形状は……たとえば偕老同穴
(かいろうどうけつ)」
「偕老同穴?」
「本来は、カイロウドウケツ科の海綿類の一種を指す。が、私のいっているのは人形の一種。
なお、出典は忍法忠臣ぐ」
「その他、人間の形になりそうな武装錬金といえば」
話を遮られ、根来は鷹のような目つきをいよいよするどくした。
「影武者、変わり身……それから」
「兵馬俑(ヘイバヨウ)」
竹藪はただ静かにその光景をとりまいていた。
「総ての機構を歪める……それこそが我が兵馬俑の武装錬金・無銘なり」
瞳から光が消えて倒れ伏す斗貴子を、チワワ……いや、真の鳩尾無銘は悠然と見下ろした。
「形状ならびに特性を思わば、正々堂々・所詮は望むべくもなく……我、偽りたり」
「総ての機構を歪める……それこそが我が兵馬俑の武装錬金・無銘なり」
瞳から光が消えて倒れ伏す斗貴子を、チワワ……いや、真の鳩尾無銘は悠然と見下ろした。
「形状ならびに特性を思わば、正々堂々・所詮は望むべくもなく……我、偽りたり」