SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ ヴィクティム・レッド 47-9


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「──『意味論的接触(セマンティック・コンタクト)』?」
「さよう、それがセピアのARMS『モックタートル』の特性の一つじゃ」
「それが彼女の真の能力なのですか? ドクター・ティリングハースト」
「くく……ブラックよ、お前もレッドと同じようなことを言うのかね?
お前たちは一つ大きな勘違いをしておる。『それ』は、お前たちが思っているようなものではない」
「……と、言いますと?」
「意味論的接触とは、全てのARMSに共通して見られる『ある現象』を拡張した機能に過ぎない──『共振現象』じゃよ。
それは本来、ARMSを構成するナノマシン間にプログラムを走らせるためだけの、ヒトにとってはまるで無意味なノイズじゃ。
だがARMS適応者は、共振の強弱で相手の状態を把握したり、表層的な感情を読み取ったりもする。
お前たちは、単なる電磁波の波形パターンに意味を見出そうとしているのじゃよ。ここまでは分かるかね?」
「ええ、まだ分かります。どうぞ」
「情報制御用ARMS『モックタートル』は、それをさらに高度な次元で行えるのだ。
様々な共振パターンを採取し分析し解釈を与えることで、ARMSの共振波に込められた意味を内部で再構築する。
意味論的にARMSの統制情報と接触し、そこに見出された法則性に『言葉』としての価値を認めることで、の。
我々ヒトがただの空気の振動を『言葉』として理解するプロセスと、原理的には同じことが行われているのじゃよ」
「つまり……セピアは共振波を通じて、他のARMS適応者と直接的な交信が可能だということですか?」
「理論上はな。だが現実にはそう簡単なことではない。なにより両者間に積極的な交感意識がなければ成立しない。
極端な話をすると、お前たちはマザーARMS『アリス』の声を聞くことが出来る。それがなにを意味しているか分かるかね?」
「我々もARMSの発展次第では彼女と同じことが出来る、と?」
「そう、これはなにもセピアに限った能力ではないのだ。
にも関わらず、お前たちは『アリス』の声しか聞くことが出来ない。ブラックよ、いったい何故だろうな?
この機能は、ARMSに秘められた進化の可能性の一つとして捉えれば非常に興味深いものではある。
金属生命『アザゼル』の根源に迫る、極めて重大なテーマへのアプローチの手段ともなるじゃろう。
じゃがそれも、キースシリーズがARMSを便利な兵器としてしか扱えないのなら、全くの役立たずな能力じゃ。
人間同士で心を通わせる意思があるのなら、そんな手間を掛けなくとも人間には人間の言葉がある。
……そうだな、この機能が対人的な有用性を発揮できる状況があるとしたら、
それは言葉の決して届かない、そんな絶対の真空か、そうでなければ海流の渦巻く地の底か──」


 レッドは自分がばらばらに分解されてしまったと思う。
 身体で動く箇所はなにもなかった。目の前は真っ暗だった。無音の世界だった。
 本当に自分が『ここ』にいるのか、本当に生きているのか、それすらも定かでなかった。
 無明と空虚の支配する世界の中で、確かだと信じられるものはなに一つなかった。
 恐怖は感じなかった。
 ただ、微かな寂しさがあった。
 なにか、誰かに伝えなくてはならないことがあったような気がした。
 だがそれも、遠い世界の出来事のような気がして──。
『わたしは、ここにいるよ』
 虚無に溶ける寸前だったレッドの意識が覚醒する。
 暗黒の世界が反転し、そこは眩いばかりの光に包まれる。
 熱のない柔らかな光がレッドの感覚を満たす。
『レッド』
 その声に重なって、白銀の視界にノイズが一筋だけ走った。
 まるで、セピアの声が目に見えるかたちで知覚されているかのように。
 波打つ線が消えるより先に、新たなノイズが隆起する。
 それは間違いなくキース・セピアの言葉そのものだった。
『わたし、あなたが嫌いだった』
 声が輻輳する。
『いばりんぼ』
『怒りっぽい人』
『怖い顔ばかりしてる』
 ノイズは自在に動き、連絡し、やがて複雑な模様を描き出す。
『コンビを組むなんて嫌だった』
『命令じゃなければ』
『好きになれそうになかった』
『あなたのことが分からなかった』
 言葉が、積み上げられていく。
 崩されたバベルの塔を贖うように、乱れた言葉が一つ一つかたちを伴って組み上げられていた。
『──でもね』
 そしてそれは、ひとつの明確な姿となってレッドの意識野に投影される。
『やっと、あなたのこと分かった』
 おぼろげな輪郭を保ち、浮遊するセピアだった。
 ふと気づく。とっくにばらばらになったと思っていた自分の身体が、ここにあることを。
 ドクター・ティリングハーストの言葉を思い出す。
 今にして思えば、答は明白だった。
 言葉の本質は確率論と統計論だと、どこかで聞いた。
 『どうしてる?』と聞けば『上々よ』と返ってくる確率が最も高い。
 だがそれは、人間の言葉が無味乾燥なパターン信号の組み合わせだということでは、決して無い。
 例え一つひとつの受け答えがパターン的であったとしても、より多くの言葉を重ねることで、
統計量を増やすことで、そこには「揺らぎ」が生まれる。
 宝籤で、過去の当選番号履歴を参照した「最も当選確率の高い抽選番号」がまるで無意味なように、
複雑に織り合わされた言葉の前では単純な数学のマジックは霧散する。
 後に残るのは、この世にたった一つの、あらゆる確率も統計も及ばない、過去現在未来に渡って反復不可能な──。
『やっと、あなたの心に触れることができた』
 或いは、人はそれを「心」と呼ぶのだろう。
 そう、ドクターのヒントはどこまでも単純明快だった。
 セピアを理解したければ、その心を知りたければ、触れて、言葉を交わせということだったのだろう。
『レッド……力が欲しい?』
 初めて会ったとき、いや、会うその前にも、壁を隔てた向こうから同じようなことを聞かれた。
 そのときからセピアは『それ』を発現させていたのだ。
 ただ、馬鹿な自分が見逃していただけで。
 まだ見ぬ相手に問い掛けるように、声の届かぬ相手に触れるように、眠れる可能性を呼び覚ます。
 キース・セピアにはそれができるのだ。
「力を……オレに力を!」
 以心伝心(セマンティック)に触れ合うことで。


「ぐっ……!」
 今まで感じたことの無いような激痛に襲われ、キース・グリーンは身を強張らせた。
「これは……共振……!? だけど……!」
 ひたすらに鮮烈な感覚に、グリーンは助けを求めるように隣の姉のほうへと首を巡らせる。
 だがバイオレットもまた、整った顔立ちを苦痛に歪めていた。
 その両目からは透き通った涙がとめどなく溢れていた。
「レッド……セピア……あなたたち、ついに……」
 見る人が見れば、それは悲しみの涙に見えたのかもしれなかった。


 その共振波を、キース・シルバーも感知していた。
 オーバーロードのため疲弊状態にあった彼の左腕はただ軽い痺れを訴えるだけであったが、
背後にそびえる巨大なARMSがただならぬ事態の訪れを如実に物語っている。
 耳の割れるような高周波を奏でる、繭のような巨石を見上げ、シルバーは眉をひそめる。
「我が母『アリス』よ……その歌は誰が為のものだ……?」
 瓦礫の上で立ち尽くすシルバーは、ややあってからぼそりと漏らす。
「『ヴィクティム』、か──」


 そしてまた、もう一人。
「…………!」
 ばさっ、と書類が崩れ、紙片の束がテーブルの上に散乱する。
「どうしたね、ブラック」
「いえ……なんでもありませんよ、ドクター」
 今なお震える己の腕と散った紙を交互に見つめ、キース・ブラックは暗鬱な微笑を浮かべた。
 薄暗い部屋の中では、その表情の変化にサミュエル・ティリングハーストが気がつくことは無かった。
「この世にまた一匹、『怪物』が誕生した……ただそれだけのことです」


 ──クリフ・ギルバートは浅い夢を見ていた。
 それは熱に浮かされたときによく見る悪夢に似ていて、粘性を持った空気が自分を中心に渦を巻いている、胸のむかつく夢だった。
 その空気が、ある一瞬を境に逆回転を始める。
 頭に掛かっていた靄が晴れていくように、すうっと気分が楽になってくる。
 クリフを神経にまとわりつく嫌な感じが、ミキサーにかけられたジュースのようにするすると細かくなっていき、地に流れていく。
(ああ……そうだ……ユーゴーに会いにいかなきゃ……)
 おぼろげに考える。
(僕が凄い力を手に入れたこと、教えてやらなきゃ……こんな檻の中から飛び出して、二人で生きていくんだ……)
「出来るわけねーだろ、馬鹿。エグリゴリ育ちのガキがどうやって外の世界で生きていくって?」
 嫌なことを言うやつだな、と反感を覚えたが、声の主がどこにいるかは分からなかった。
 きっとこれも夢なのだろうと半ば思いながら、それでも言い返す。
(出来るさ……今は無理でも、いつか……)
「ちっ……こんな大惨事起こしといてそれかよ。嫌になるよな、まったく」
(…………?)
「あー、まー、いいや。とにかく、てめえのサイコキネシスはオレが攪拌して完璧に分解してやったから、よ──」
 そいつがなにを言っているかはさっぱり分からなかったが、
「とっとと寝ろ。そしたら妹のところに連れて行ってやる」
 そう言えばそんな約束をしたような気がする。
(ああ、悪いねレッド……やっぱり殺すのはやめておくよ)
「……やかましい。そのうち殺すぞ、クソガキ」
 そして、クリフは深い眠りに落ちていった。


「──着替え、終わった?」
 セピアの声に、レッドは振り返る。その顔は不満たらたらだった。
「着替えっつってもそこら辺の白衣だぜ。……ああクソ、最終形態になったのはいいが、全裸になるとは聞いてねーぞ」
「なに、わたしに見られたのがそんなにショックだった? 意外と繊細なんだ?」
「うるせえ馬鹿! だいたいなんでお前は脱いでないんだ!? お前だって最終形態になったのにおかしいだろ!」
 背丈の合わない白衣を羽織っているだけ、というなんともみっともない姿のレッドに対し、
いつもどおりのワンピース姿のセピアは頬を真っ赤に染め、肩を抱くように腕を交差させた。
「ちょ、ちょっとちょっと、今の問題発言だよっ! 妹に『脱げ』ってなによ! 変態!」
「そういうこと言ってんじゃねーよ! なんでオレの服だけが破れるんだって言ってんだよ!」
「ふーんだ。わたしのナナノノちゃんはレッドのと違って慎み深いんですぅ! 乙女の柔肌をそうそう人目に晒してたまるもんですか!」
「答になってねーよ!」
 二人の言い争いが耳に届いたのか、セピアの膝枕で眠っていたクリフが「うん……」と身じろぎする。
 はっと息を呑んで見守るセピアだったが、またすやすやと寝息を立て始めたので安堵の息を漏らした。
「可愛い寝顔……憑き物が落ちたみたい」
 愛しげにクリフの頭を撫でるセピアの横顔を眺めながら、レッドはつぶやく。
「結局、なにも解決してないけどな。クリフとユーゴーはこれからも都合のいいモルモットとして使い倒されるんだろ」
 意外にも、セピアはそれをあっさりと認めた。
「そうかもね。でも、それでも、一人ぼっちで生きていくよりは幾らかマシだと思うわ。……一人ぼっちは、嫌だから」
 と、どこか切実な面持ちで、自分に言い聞かせるような口調でクリフの髪を梳いていた。
 そして、やおら顔を上げ、
「──あ」
「どうした」
「来た、お肌にビビっと来たわ。グリーン兄さまがこっちに向かってる」
 視線をレッドに転じたセピアは手を差し伸べる。
 レッドはそれを握り返そうとし、
「さあ、お手をどうぞ、レッド兄さま」
 やっぱりやめた。すかっとセピアの手が空振りする。
「……セピア」
「はい?」
「その気持ち悪い呼び方はやめろ」


「──色々とご教示ありがとうございました、ドクター。大変参考になりましたよ」
 態度だけは慇懃に、席を立ってドクターに退室を促すキース・ブラックを、サミュエル・ティリングハーストが制する。
「待て、ブラック。次はワシから聞きたいことがある」
「さて、なんでしょうか?」
 馬鹿にしたような仕草で肩をすくめてみせるブラックの前に放り投げられたのは、ある簡素な書類だった。
 それに目を留め、ブラックは感心したように息をつく。
「ほう……これをどこで手に入れたのですか?」
「そんなことはどうでもいい。ワシが聞きたいのは、この実験計画の内容じゃ。……いや、これは本当に『実験』なのか?」
「そうか、バイオレットですね? まったく……あいつの口の軽さにも困ったものです」
「余計な口は利かないでワシの質問に答えるがいい」
 ブラックはまるで相手にしていなかったが、彼を良く知る者がそれを見たら驚くだろう──日頃の気難しさでもなく偏屈でもなく、
明らかにドクターは怒っていた。メガネの奥の瞳が、憤り一色で染められていた。
「『エクスペリメンテーション・グリフォン』……ブラック、今度はいったいなにをするつもりだ?」
「機密事項です」
「最高顧問のワシにも言えぬことか?」
「申し上げられません」
 取り付く島もない返答に、ドクターは握った杖を振り上げる。だが打ち下ろされるまでもなく、糸の切れたように床に落ちた。
「ブラック……いや、セロ。これはお前の意思なのか? 『アリス』はお前たちになにをさせようとしているのだ?」
「全ては『プログラム・ジャバウォック』のためです」
 ブラックはそれだけを言い残し、部屋を出て行った。
 たった一人きりになった暗室のような部屋で、ドクターは膝を落とし、全身から搾り出すようにうめく。
「教えておくれ、アリスよ……お前はなにを望んでいるのだ?」
 テーブルの上に投げ出された簡素な書類、そのめくれて顕わとなっているページには、たった二行の文だけが記されていた。


『MEDIAM:SEPIA』

『VICTIM:RED』


第十話 『人』 了