第三回 『宣戦布告』
part.1
北欧の凍土には、今尚神話の面影が散見する。
そして、凍土の奥には、まるで神話世界そのままの地域・アスガルドがあるのだ。
その神話の地は現在、ヒルダ・フレア姉妹を中心として纏まっている。
しかし、彼女たちの統治前は紛争状態が恒常化していた。
その内戦を鎮めたのは、姉妹の仁徳だけではない。
哀しいかな、人は争う心を捨てきれない。
その為に、彼女らの代行としてその威を示し、鉄血をもって戦乱を収める者たちが必要だった。
神闘衣・ゴッドローブを纏い、艱難辛苦を望んで被る彼らは、
古の彼方に、戦を愛し、戦から愛された神の闘士に因んでエインヘリアルとよばれた。
北斗七星にならった七人の戦士たちである。
七人中最強の実力を持ち、仲間からもヒルダからの信も厚い大将ジークフリート。
機智鬼謀をもって数々の難関から姉妹を護った謀将アルベリッヒ。
雪原の黒虎の異名をもつアスガルド最名門の嫡子、闘将シド。
豪腕とそれに見合わぬ優しさで知られる仁将トール。
狼の群れと心を通じ合わせ、青狼と呼ばれる戦将フェンリル。
轟炎の神馬、スレイプニルの化身と呼ばれる激将ハーケン。
鎮魂の竪琴、運命を調律するハープの使い手、麗将ミーメ。
アスガルドの平穏は、まだ少年と呼んでよい年頃の彼らの血と涙によって成されたのだ。
いわば、北の聖域とでも言うべきこの地は、その天険によって外敵を退けてきた。
故に、未だ聖域と親交のない組織でもあった。
聖域の存在が欧州で恐れられるようになるのは、それこそ神話の昔にまでさかのぼることが出来る。
遅くとも、古代ローマ時代には既に各種組織に組しない自律組織であり、
互角に渡り合っていたそうである。
それを鑑みれば、アスガルドがいかに特殊な土地であるかわかるだろう。
時の支配者からしてみても領土的な価値が薄く、
かといって鉱物資源もないこの地は、しかしそれ故に神の土地足りえたのであり、
同時に、聖域の関心の薄い地域でもあった。
故に、聖域の公文書資料館の最奥へと遣られてしまっていたのである。
そして彼らの存在を聖域が知った。否、思い出したのは、なんと聖戦終結後であった。
聖域は、彼らの存在を知るや否や、親善の意思をもって当たった。
女神アテナの優しさと言わば聞こえはいいが、
聖戦終結直後で、戦力の低下した聖域に対する脅威を退ける為の、懐柔策である。
聖域最強の黄金聖闘士は全員殉職、五人の神聖闘士、当時はまだ青銅聖闘士であったが、
はハーデスとの戦傷によって無事とは言いがたく、そのうち戦闘に耐えられる者は一輝一人という有様。
この新たな勢力の発見は、聖戦終結後のデリケートな聖域を揺るがしたのだった。
part.1
北欧の凍土には、今尚神話の面影が散見する。
そして、凍土の奥には、まるで神話世界そのままの地域・アスガルドがあるのだ。
その神話の地は現在、ヒルダ・フレア姉妹を中心として纏まっている。
しかし、彼女たちの統治前は紛争状態が恒常化していた。
その内戦を鎮めたのは、姉妹の仁徳だけではない。
哀しいかな、人は争う心を捨てきれない。
その為に、彼女らの代行としてその威を示し、鉄血をもって戦乱を収める者たちが必要だった。
神闘衣・ゴッドローブを纏い、艱難辛苦を望んで被る彼らは、
古の彼方に、戦を愛し、戦から愛された神の闘士に因んでエインヘリアルとよばれた。
北斗七星にならった七人の戦士たちである。
七人中最強の実力を持ち、仲間からもヒルダからの信も厚い大将ジークフリート。
機智鬼謀をもって数々の難関から姉妹を護った謀将アルベリッヒ。
雪原の黒虎の異名をもつアスガルド最名門の嫡子、闘将シド。
豪腕とそれに見合わぬ優しさで知られる仁将トール。
狼の群れと心を通じ合わせ、青狼と呼ばれる戦将フェンリル。
轟炎の神馬、スレイプニルの化身と呼ばれる激将ハーケン。
鎮魂の竪琴、運命を調律するハープの使い手、麗将ミーメ。
アスガルドの平穏は、まだ少年と呼んでよい年頃の彼らの血と涙によって成されたのだ。
いわば、北の聖域とでも言うべきこの地は、その天険によって外敵を退けてきた。
故に、未だ聖域と親交のない組織でもあった。
聖域の存在が欧州で恐れられるようになるのは、それこそ神話の昔にまでさかのぼることが出来る。
遅くとも、古代ローマ時代には既に各種組織に組しない自律組織であり、
互角に渡り合っていたそうである。
それを鑑みれば、アスガルドがいかに特殊な土地であるかわかるだろう。
時の支配者からしてみても領土的な価値が薄く、
かといって鉱物資源もないこの地は、しかしそれ故に神の土地足りえたのであり、
同時に、聖域の関心の薄い地域でもあった。
故に、聖域の公文書資料館の最奥へと遣られてしまっていたのである。
そして彼らの存在を聖域が知った。否、思い出したのは、なんと聖戦終結後であった。
聖域は、彼らの存在を知るや否や、親善の意思をもって当たった。
女神アテナの優しさと言わば聞こえはいいが、
聖戦終結直後で、戦力の低下した聖域に対する脅威を退ける為の、懐柔策である。
聖域最強の黄金聖闘士は全員殉職、五人の神聖闘士、当時はまだ青銅聖闘士であったが、
はハーデスとの戦傷によって無事とは言いがたく、そのうち戦闘に耐えられる者は一輝一人という有様。
この新たな勢力の発見は、聖戦終結後のデリケートな聖域を揺るがしたのだった。
非常に繊細、かつ高度な外交手腕を要求された彼らへの第一次接触。
その大任をまかされたのは、戦傷未だ癒えない氷河だった。
聖域最強の五人中、特に凍土に強く、彼らに近しい外見をもつこと、
なにより、如何なる状況下においても冷然とした面持ちを崩さない事。
こういった条件を満たすことの出来る聖闘士は、氷河を除いて他に無かった。
最終条件については、些か疑問視する声が上がらなくもなかったが、
戦時の不安定が色濃い当時の聖域では、
人手不足という最大の後押しによって特別親善大使・神聖闘士氷河が誕生する向きとなったのだ。
その大任をまかされたのは、戦傷未だ癒えない氷河だった。
聖域最強の五人中、特に凍土に強く、彼らに近しい外見をもつこと、
なにより、如何なる状況下においても冷然とした面持ちを崩さない事。
こういった条件を満たすことの出来る聖闘士は、氷河を除いて他に無かった。
最終条件については、些か疑問視する声が上がらなくもなかったが、
戦時の不安定が色濃い当時の聖域では、
人手不足という最大の後押しによって特別親善大使・神聖闘士氷河が誕生する向きとなったのだ。
「この地は、貧しい…。
故に、人は皆仁徳から目を背け、悪心に駆られて合い争う…。
争うなと、声を大にして叫んだところで、飢えの恐怖の前には無力だ」
故に、人は皆仁徳から目を背け、悪心に駆られて合い争う…。
争うなと、声を大にして叫んだところで、飢えの恐怖の前には無力だ」
ジークフリートの重い声を、氷河は真摯に受け止めた。
「飢餓に打ち勝った政治体制は未だない…。
人はパンのみに生きるにあらずといったところで、
空腹を満たすことが出来なければ画餅なのだよ」
人はパンのみに生きるにあらずといったところで、
空腹を満たすことが出来なければ画餅なのだよ」
横合いから、アルベリッヒが続ける。
「それでも、我らが生まれ育った土地だ。
捨て行くわけにはいかないのだ」
捨て行くわけにはいかないのだ」
ジークフリートはそこで氷河に目を向けた。
「四年前、あなた方聖域が接触してきたとき、われわれは飢餓の中に居た…。
異常気象で冬季が伸びたせいだろうな…、我々の糧は底を突きかけていたのだ」
異常気象で冬季が伸びたせいだろうな…、我々の糧は底を突きかけていたのだ」
ジークフリードの、懐かしむような声を受け、
凍土の女神、そう称される女性が氷河に微笑みかける。
凍土の女神、そう称される女性が氷河に微笑みかける。
「あなた方には感謝しています…。
あの時、ああして声をかけて頂けなかったら、今こうして笑いあう事など出来なかったでしょう…」
あの時、ああして声をかけて頂けなかったら、今こうして笑いあう事など出来なかったでしょう…」
彼女の名はヒルダ。
北欧の最高神オーディンの地上代行者として、このアスガルドの地を統治する女性である。
アテナ・城戸沙織より若輩ながらも、その威厳と功は勝るとも劣らない。
彼女を中心にして、右にジークフリート、左にアルベリッヒという席順だ。
ヒルダの真正面に、賓客である氷河が座っている。
もう通例となった会食会の風景である。
腹の探りあいから始まったこの会食会は、
いまや気の置けない仲間たちの食事会となっていた。
ヒルダ・フレア姉妹、七人のエインヘリアル、
彼らもまた、熱い魂と共に、この地上の愛と正義を護りたいと願う人間だったのだ。
戦士の呼ばれ方は違えども、燃える小宇宙に違いはない。
氷河には、それが嬉しかった。
サガの乱にて、同じ熱い魂を、燃える小宇宙をもった聖闘士同士が互い争い、命散らしていった。
氷河にとっては兄とも父とも言える大恩ある師・カミュもまた、散った。
氷河自身が命を絶ったのだ。
同じ聖闘士同士ですら、師弟ですら分かり合うことが出来なかったのに、
戦いでしか、拳でしか想いを伝えることが出来なかった未熟な自分なのに、
どうして言葉で想いを伝えることが出来ようか。
懊悩する氷河だったが、その懊悩はいまや完全に氷解していた。
北欧の最高神オーディンの地上代行者として、このアスガルドの地を統治する女性である。
アテナ・城戸沙織より若輩ながらも、その威厳と功は勝るとも劣らない。
彼女を中心にして、右にジークフリート、左にアルベリッヒという席順だ。
ヒルダの真正面に、賓客である氷河が座っている。
もう通例となった会食会の風景である。
腹の探りあいから始まったこの会食会は、
いまや気の置けない仲間たちの食事会となっていた。
ヒルダ・フレア姉妹、七人のエインヘリアル、
彼らもまた、熱い魂と共に、この地上の愛と正義を護りたいと願う人間だったのだ。
戦士の呼ばれ方は違えども、燃える小宇宙に違いはない。
氷河には、それが嬉しかった。
サガの乱にて、同じ熱い魂を、燃える小宇宙をもった聖闘士同士が互い争い、命散らしていった。
氷河にとっては兄とも父とも言える大恩ある師・カミュもまた、散った。
氷河自身が命を絶ったのだ。
同じ聖闘士同士ですら、師弟ですら分かり合うことが出来なかったのに、
戦いでしか、拳でしか想いを伝えることが出来なかった未熟な自分なのに、
どうして言葉で想いを伝えることが出来ようか。
懊悩する氷河だったが、その懊悩はいまや完全に氷解していた。
当初、疑心暗鬼に駆られていた彼らは、氷河の真摯な態度に次第に態度を軟化させ、
ついにはこうして、分かり合うことが出来るようになった。
その感動は、涙となって氷河を振るわせた。
熱い涙を流す氷河に、凍土の戦士たちは熱い魂を感じ取ったのだった。
ついにはこうして、分かり合うことが出来るようになった。
その感動は、涙となって氷河を振るわせた。
熱い涙を流す氷河に、凍土の戦士たちは熱い魂を感じ取ったのだった。
もう四年も前の事なのに、つい昨日のことのように氷河は思い出すことが出来る。
アスガルドの皆々とこうして友誼を結ぶことが出来る。
氷河にとって、聖域にとって、これほど素晴らしいことは無かった。
アスガルドの皆々とこうして友誼を結ぶことが出来る。
氷河にとって、聖域にとって、これほど素晴らしいことは無かった。
「氷河ッ!」
会食も終わり、フレアに連れられてワルハラ宮内を散策していた氷河にかけられた厳しい声。
激将の肩書きが良く似合う金髪の少年・ハーゲンである。
激将の肩書きが良く似合う金髪の少年・ハーゲンである。
「…ああ、わかっているさハーゲン。
フレア様、失礼させていただきます」
フレア様、失礼させていただきます」
すこし不服そうなフレアの視線を痛く想いながら、ハーゲンに連れ立って氷河はワルハラ宮を後にした。
スーツのジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖をめくり上げ、タイを緩めた氷河は
前と同じでいいのかとハーゲンに尋ねた。
エインヘリアルの制服のジャケットを脱ぎ、アンダーシャツを腕まくりしたハーゲンは、当たり前だと声を荒げた。
二人とも聖衣も神闘衣も纏っていない。
前と同じでいいのかとハーゲンに尋ねた。
エインヘリアルの制服のジャケットを脱ぎ、アンダーシャツを腕まくりしたハーゲンは、当たり前だと声を荒げた。
二人とも聖衣も神闘衣も纏っていない。
「一分間一本勝負だろう?」不敵な笑みで氷河が続けると、
「今度こそ勝つぞ!氷河!」そう激するハーゲン。
事の始まりは、二度目の会見に遡る。
エインヘリアルによる御前試合が催されたのだが、
その際、七人のうち、もっとも血気盛んなハーゲンが氷河に突っかかったのだ。
かくして御前試合は親善試合へと変わった。
セブンセンシズを得、黄金聖闘士に勝るとも劣らぬ実力を有するエインヘリアルだったが、
相手が悪かった。未だ戦傷の癒えぬ氷河だったが、魂の極致たるエイトセンシズに覚醒した身だ。
ハーゲンが敵うはずもなく、彼は三度挑んで三度負けたのだ。
エインヘリアルの切り込み隊長の彼がまったく歯が立たない。
エインヘリアルによる御前試合が催されたのだが、
その際、七人のうち、もっとも血気盛んなハーゲンが氷河に突っかかったのだ。
かくして御前試合は親善試合へと変わった。
セブンセンシズを得、黄金聖闘士に勝るとも劣らぬ実力を有するエインヘリアルだったが、
相手が悪かった。未だ戦傷の癒えぬ氷河だったが、魂の極致たるエイトセンシズに覚醒した身だ。
ハーゲンが敵うはずもなく、彼は三度挑んで三度負けたのだ。
エインヘリアルの切り込み隊長の彼がまったく歯が立たない。
氷河としては、ここまで圧倒的に叩き伏せる気は更々無かったのだが、ハーゲンが余りに熱くなりすぎた為、
結果としてああいった事態になってしまったのである。
アスガルドの人間はそこで改めて、冥王を退けた神聖闘士の凄まじさを知ったのだ。
結果としてああいった事態になってしまったのである。
アスガルドの人間はそこで改めて、冥王を退けた神聖闘士の凄まじさを知ったのだ。
それでも凹まないのがハーゲンだ。
以来、氷河がアスガルドに来るたびにこうして突っかかってくる。
まるで弟のようだと、氷河は想う。
海皇聖戦において闘った今は亡き兄弟子・アイザックもまた、自分をそう見ていたのだろうか。
己を未熟とする氷河だが、カミュの後を追うだけの少年ではなくなってきている。
何時の日にか、カミュと同じものを見、カミュと肩を並べるときが来るのだろう。
まるで弟のようだと、氷河は想う。
海皇聖戦において闘った今は亡き兄弟子・アイザックもまた、自分をそう見ていたのだろうか。
己を未熟とする氷河だが、カミュの後を追うだけの少年ではなくなってきている。
何時の日にか、カミュと同じものを見、カミュと肩を並べるときが来るのだろう。
「また、まけた…」
ハーゲン、負けて強くなれ。
雑草は踏まれて強くなる、雪の中から芽吹くように、お前はもっと強くなれる。
そう思う氷河だった。
氷河も知らないやがて来る戦の為に、エインヘリアルよ、強くなれ。
雑草は踏まれて強くなる、雪の中から芽吹くように、お前はもっと強くなれる。
そう思う氷河だった。
氷河も知らないやがて来る戦の為に、エインヘリアルよ、強くなれ。