激しく交錯する大和と正成の技と技。だが舞い散る血飛沫の中で大和の動きは
際限なく加速していき、やがて徐々に、徐々に、正成との差が開き始めた。
相変わらず正成は相打ちを厭わず攻めるのだが、正成が一撃入れる間に、
大和は二撃叩き込んでくる。いや三、いや四、いや五?
『!? 見えぬ……どころではない、まるで何十、いや何百という拳脚で同時に打たれて
いるような……人間を相手にしている気がしない……修羅? そうか、これが……』
「オオオオオオオオォォォォッ!」
普段の、のんびりとした様子からは信じられぬ気迫で向かってくる大和に、正成は、
「なるほどな。しかと見たぞ、これが圓明流……これが陸奥よ、お前の真の姿か!」
血染めの体を無理やり引きずり起こすようにして、己の全てを乗せた渾身の正拳を
繰り出した。その人間離れした速さと鋭さが、かわそうとした大和の側頭部の肉を
抉り取る。
だが抉られながらも大和は下がらず前に出て、正成の腕を取り肘関節を決めて
素早く反転、背負って投げた。正成の肘が、正成自身の体重によってへし折られる。
更に、逆さまになって落ちてくる正成の首に向かって大和の下段回し蹴りが、
際限なく加速していき、やがて徐々に、徐々に、正成との差が開き始めた。
相変わらず正成は相打ちを厭わず攻めるのだが、正成が一撃入れる間に、
大和は二撃叩き込んでくる。いや三、いや四、いや五?
『!? 見えぬ……どころではない、まるで何十、いや何百という拳脚で同時に打たれて
いるような……人間を相手にしている気がしない……修羅? そうか、これが……』
「オオオオオオオオォォォォッ!」
普段の、のんびりとした様子からは信じられぬ気迫で向かってくる大和に、正成は、
「なるほどな。しかと見たぞ、これが圓明流……これが陸奥よ、お前の真の姿か!」
血染めの体を無理やり引きずり起こすようにして、己の全てを乗せた渾身の正拳を
繰り出した。その人間離れした速さと鋭さが、かわそうとした大和の側頭部の肉を
抉り取る。
だが抉られながらも大和は下がらず前に出て、正成の腕を取り肘関節を決めて
素早く反転、背負って投げた。正成の肘が、正成自身の体重によってへし折られる。
更に、逆さまになって落ちてくる正成の首に向かって大和の下段回し蹴りが、
ビキイイィィ!
情け容赦なく、叩き込まれた。首を軸にして数回転した正成の体が、打ち捨てられた
人形のように力なく落ちる。その口の端から、血の泡がいくつか、溢れて流れた。
「……お兄さん」
仰向けに倒れ、動かない正成に大和が近づいていく。
もう、二人とも闘気も殺気もない。大和を見上げる正成は、微笑すら浮かべている。
「なるほど……あの時は何とかかわせた……が、これが本来の……なんという技……だ?」
「陸奥圓明流『雷』。そうだよ、これが本来のオレの技。陸奥の業」
「そうか……手加減せず……やってくれたのだな……嬉しいぞ、陸奥……ぐっ、う、がっっ」
また血を吐いて、正成の顔から生気が薄れていく。
大和が膝をついて、正成を抱き起こす。だが、間もなく逝ってしまう正成に対して何も
言えないでいた。鎌倉幕府を倒して、新政府を立ち上げて、でもそれがあっという間に
崩れ始めて、その崩壊を止める為のこの戦は最初から勝ち目がないもので。
結局、自分たちのしたことは何だったのか?
「……なあ、陸奥……」
正成が、消え入りそうな声で言った。
「お前の名、『大和』……この国の発祥の地であり、転じてこの国の全土を指す言葉でも
あるが……その意味するところは、『大いなる和』……だ。昔、仏法をもってこの国を
平和に治めたと言われる、伝説の……聖徳太子が何よりも第一に、重んじたもの……」
「『大いなる和』……それが、お兄さんの目指してたものってこと?」
「……ああ。今……この国は乱れに乱れて、人々は戦の日々に苦しんで……だから、
俺は……俺が……」
正成の声が掠れてきた。大和は正成の手を強く強く握って、
「オレがやる! オレが、戦のない世を創ってみせるよ! 『陸奥』と『大和』の名にかけて!」
「……」
大和の手を正成が握り返した。つい先ほどまでの戦いからは想像もつかぬほど、弱々しく。
「……ありがとう、陸奥……お前とはのちの世でも……そののちの世でも……たとえ、
七度生まれ変わっても……また逢いたい…………な」
「オレも、だよ」
「…………陸奥…………や ま と……」
「! お兄さんっっ!」
大和の手の中の、正成の手から、力が消えて。大和の呼びかけに、正成は応えなかった。
正成の応えがないまま、大和の涙声だけが炎に包まれた本堂に響く。
天下の鎌倉幕府軍を敵に回し、僅かな手勢を率いて奇跡的な戦いぶりを繰り広げた
稀代の名将、楠木正成……湊川の合戦にて没。
本来ならばあっという間に終わったはずのこの戦が、現代の時にして約六時間もかかった
のは、足利尊氏がギリギリまで正成に降伏を勧めていたからだとの説が有力である。
「…………待たせたな。もういいから、出て来いよ」
と言って、正成の亡骸を横たえた大和が、涙を拭って立ち上がった。
その睨みつける先、本尊の陰から、
「いやいや、面白いものを見せて頂きました。裏切り暗殺何でもござれなこのご時勢に、
よくもまあこんな。餡子に蜂蜜をぶちまけたようなお芝居が見られようとは。
ごちそうさま、胸焼けがしそうです」
歪んだ笑顔で現れたのは、紅い髪に紅い着物、白い肌に鬼の妖気を立ち上らせる少女。
「お久しぶりですね、陸奥大和様」
「勇……」
まるで何百という蛇が這っているかのように。うねる火炎は柱から梁、そして天井の
ほぼ全域に達している。もう、この寺が焼け崩れ燃え落ちるのも時間の問題だろう。
肌を焦がす熱気の中、大和は勇に向かって言った。
「お前、何を考えているんだ」
「と仰いますと?」
「護良親王に助力して幕府を倒したのに、その護良親王を自分で殺した。それも、
わざわざ足利さんの領内で。更に新政府の機密文書まで持ち出して足利さんを
新政府と戦うよう仕向け、かと思えばその足利さんを嵌めて敗走させて……」
「ちょっと、お待ちを。貴方がどうして、そんな細かいことまでご存知なのです?」
「ご存知も何も。昨日の夜、足利さんと高さんに直接聞いた」
「……は?」
耳を疑う勇に、大和は淡々と説明する。
「説得しに行ったんだよ、足利軍の本陣まで。何とか軍を収めてくれないかって。けど、
やっぱりダメだった。今の新政府のやり方じゃ、貧しい地方武士たちは飢え死にするしか
ないって。だからオレは仕方なく引き返して、」
「いえあの、ですから。主従の契りはかわしていないのかもしれませんが、貴方は楠木様の
臣下のようなものなのでしょう? なぜその時、敵将である足利様を討たなかったのです」
「お兄さん自身に言われてたからだよ。次の時代、世を平和に治めるのは足利さんだって。
……今日、たった今さっき、この場でも、」
大和は溢れてきた涙を拭って、
「じ、自分の死に及んで、それでも誰のことも恨んでなかった。自分を死地に追いやった
新政府も、後醍醐帝も、足利軍に寝返った武士たちも、足利さん個人も……」
「で、そんな綺麗な思いのまま逝かせてあげたかったから、わたしのことも気付かぬフリ
をしていたと。なんとも貴方らしいというか。あぁ、胸焼け高じて吐き気がしそうです」
肩を竦める勇に向かって、大和は言う。
「足利さんは、こう言ってた。護良親王の件がなければ、時間はかかっても後醍醐帝
を説得できたかも。そして、先の平安京戦で勝ててれば、ここまで広範囲大人数を
巻き込んだ大規模な戦をせずに済んだかも、って。つまり……」
「ふふっ」
勇が笑った。嬉しそうに。
「あくまでも裏方で終わるつもりでしたが、こういうのも楽しいものですね。自分が営々と
築き上げてきたものを、きちんと知ってくれている方がおられるというのも」
「築き上げた、だと?」
「ええ。わたしにとって、戦場とは心安らぐお花畑のようなものですから。よりたくさんの
お花が、より広い大地に、より美しく咲き乱れるのが嬉しくてたまらないのです」
その言葉に、大和の表情が険しくなる。
「その為に、お兄さんや足利さんが築こうとしていたものを何度も突き崩して、
無意味に戦を拡大させてたのか……!」
「無意味ではありませんってば、わたしにとっては。それにほら、今の貴方のその顔」
勇の、艶かしいほどに妖しい視線が、大和に絡みつく。
「伝説の陸奥に、そこまで憎んで頂けるとは予想外の副産物。もしかしたら今この時
この場所で、貴方を本気で怒らせるそのためだけに、わたしは暗躍していたのかも。
日本国中を戦乱の渦に巻き込んだのもその手段。どうです? そう考えると光栄でしょう」
「あ、あはは……オレを怒らせる手段、か。だったら大成功だぜ。……オレは
生まれてこの方、こんなに怒ったことはない。こんなに、人を憎んだことはないっ!」
歯軋りして、両の拳を力一杯握り締めて、大和が歩を進める。勇に向かって。
勇は、辺りを囲む紅蓮の猛火にも負けぬ大和の殺気を楽しそうに浴びて、
「ふふっ。どうやら……ここからが本番ですね」
両腕を大きく広げて、陽炎のような妖気を強めた。ざわり、と真紅の髪が波打つ。
まるで、今まで戦乱に巻き込んで殺してきた、何万という人々の怨念を纏わりつかせている
かのように。
そして、その固体化したかのような妖気怨念に向かって、憤怒の修羅が切り込んでいく。
「いくぞおおおおぉぉっ!」
「喰らいます……!」
人形のように力なく落ちる。その口の端から、血の泡がいくつか、溢れて流れた。
「……お兄さん」
仰向けに倒れ、動かない正成に大和が近づいていく。
もう、二人とも闘気も殺気もない。大和を見上げる正成は、微笑すら浮かべている。
「なるほど……あの時は何とかかわせた……が、これが本来の……なんという技……だ?」
「陸奥圓明流『雷』。そうだよ、これが本来のオレの技。陸奥の業」
「そうか……手加減せず……やってくれたのだな……嬉しいぞ、陸奥……ぐっ、う、がっっ」
また血を吐いて、正成の顔から生気が薄れていく。
大和が膝をついて、正成を抱き起こす。だが、間もなく逝ってしまう正成に対して何も
言えないでいた。鎌倉幕府を倒して、新政府を立ち上げて、でもそれがあっという間に
崩れ始めて、その崩壊を止める為のこの戦は最初から勝ち目がないもので。
結局、自分たちのしたことは何だったのか?
「……なあ、陸奥……」
正成が、消え入りそうな声で言った。
「お前の名、『大和』……この国の発祥の地であり、転じてこの国の全土を指す言葉でも
あるが……その意味するところは、『大いなる和』……だ。昔、仏法をもってこの国を
平和に治めたと言われる、伝説の……聖徳太子が何よりも第一に、重んじたもの……」
「『大いなる和』……それが、お兄さんの目指してたものってこと?」
「……ああ。今……この国は乱れに乱れて、人々は戦の日々に苦しんで……だから、
俺は……俺が……」
正成の声が掠れてきた。大和は正成の手を強く強く握って、
「オレがやる! オレが、戦のない世を創ってみせるよ! 『陸奥』と『大和』の名にかけて!」
「……」
大和の手を正成が握り返した。つい先ほどまでの戦いからは想像もつかぬほど、弱々しく。
「……ありがとう、陸奥……お前とはのちの世でも……そののちの世でも……たとえ、
七度生まれ変わっても……また逢いたい…………な」
「オレも、だよ」
「…………陸奥…………や ま と……」
「! お兄さんっっ!」
大和の手の中の、正成の手から、力が消えて。大和の呼びかけに、正成は応えなかった。
正成の応えがないまま、大和の涙声だけが炎に包まれた本堂に響く。
天下の鎌倉幕府軍を敵に回し、僅かな手勢を率いて奇跡的な戦いぶりを繰り広げた
稀代の名将、楠木正成……湊川の合戦にて没。
本来ならばあっという間に終わったはずのこの戦が、現代の時にして約六時間もかかった
のは、足利尊氏がギリギリまで正成に降伏を勧めていたからだとの説が有力である。
「…………待たせたな。もういいから、出て来いよ」
と言って、正成の亡骸を横たえた大和が、涙を拭って立ち上がった。
その睨みつける先、本尊の陰から、
「いやいや、面白いものを見せて頂きました。裏切り暗殺何でもござれなこのご時勢に、
よくもまあこんな。餡子に蜂蜜をぶちまけたようなお芝居が見られようとは。
ごちそうさま、胸焼けがしそうです」
歪んだ笑顔で現れたのは、紅い髪に紅い着物、白い肌に鬼の妖気を立ち上らせる少女。
「お久しぶりですね、陸奥大和様」
「勇……」
まるで何百という蛇が這っているかのように。うねる火炎は柱から梁、そして天井の
ほぼ全域に達している。もう、この寺が焼け崩れ燃え落ちるのも時間の問題だろう。
肌を焦がす熱気の中、大和は勇に向かって言った。
「お前、何を考えているんだ」
「と仰いますと?」
「護良親王に助力して幕府を倒したのに、その護良親王を自分で殺した。それも、
わざわざ足利さんの領内で。更に新政府の機密文書まで持ち出して足利さんを
新政府と戦うよう仕向け、かと思えばその足利さんを嵌めて敗走させて……」
「ちょっと、お待ちを。貴方がどうして、そんな細かいことまでご存知なのです?」
「ご存知も何も。昨日の夜、足利さんと高さんに直接聞いた」
「……は?」
耳を疑う勇に、大和は淡々と説明する。
「説得しに行ったんだよ、足利軍の本陣まで。何とか軍を収めてくれないかって。けど、
やっぱりダメだった。今の新政府のやり方じゃ、貧しい地方武士たちは飢え死にするしか
ないって。だからオレは仕方なく引き返して、」
「いえあの、ですから。主従の契りはかわしていないのかもしれませんが、貴方は楠木様の
臣下のようなものなのでしょう? なぜその時、敵将である足利様を討たなかったのです」
「お兄さん自身に言われてたからだよ。次の時代、世を平和に治めるのは足利さんだって。
……今日、たった今さっき、この場でも、」
大和は溢れてきた涙を拭って、
「じ、自分の死に及んで、それでも誰のことも恨んでなかった。自分を死地に追いやった
新政府も、後醍醐帝も、足利軍に寝返った武士たちも、足利さん個人も……」
「で、そんな綺麗な思いのまま逝かせてあげたかったから、わたしのことも気付かぬフリ
をしていたと。なんとも貴方らしいというか。あぁ、胸焼け高じて吐き気がしそうです」
肩を竦める勇に向かって、大和は言う。
「足利さんは、こう言ってた。護良親王の件がなければ、時間はかかっても後醍醐帝
を説得できたかも。そして、先の平安京戦で勝ててれば、ここまで広範囲大人数を
巻き込んだ大規模な戦をせずに済んだかも、って。つまり……」
「ふふっ」
勇が笑った。嬉しそうに。
「あくまでも裏方で終わるつもりでしたが、こういうのも楽しいものですね。自分が営々と
築き上げてきたものを、きちんと知ってくれている方がおられるというのも」
「築き上げた、だと?」
「ええ。わたしにとって、戦場とは心安らぐお花畑のようなものですから。よりたくさんの
お花が、より広い大地に、より美しく咲き乱れるのが嬉しくてたまらないのです」
その言葉に、大和の表情が険しくなる。
「その為に、お兄さんや足利さんが築こうとしていたものを何度も突き崩して、
無意味に戦を拡大させてたのか……!」
「無意味ではありませんってば、わたしにとっては。それにほら、今の貴方のその顔」
勇の、艶かしいほどに妖しい視線が、大和に絡みつく。
「伝説の陸奥に、そこまで憎んで頂けるとは予想外の副産物。もしかしたら今この時
この場所で、貴方を本気で怒らせるそのためだけに、わたしは暗躍していたのかも。
日本国中を戦乱の渦に巻き込んだのもその手段。どうです? そう考えると光栄でしょう」
「あ、あはは……オレを怒らせる手段、か。だったら大成功だぜ。……オレは
生まれてこの方、こんなに怒ったことはない。こんなに、人を憎んだことはないっ!」
歯軋りして、両の拳を力一杯握り締めて、大和が歩を進める。勇に向かって。
勇は、辺りを囲む紅蓮の猛火にも負けぬ大和の殺気を楽しそうに浴びて、
「ふふっ。どうやら……ここからが本番ですね」
両腕を大きく広げて、陽炎のような妖気を強めた。ざわり、と真紅の髪が波打つ。
まるで、今まで戦乱に巻き込んで殺してきた、何万という人々の怨念を纏わりつかせている
かのように。
そして、その固体化したかのような妖気怨念に向かって、憤怒の修羅が切り込んでいく。
「いくぞおおおおぉぉっ!」
「喰らいます……!」
『陸奥』大和と、『半魔』の勇、激突!