part.9
「…まてよ!」
「海皇ッ!」
半身を起こしてこちらを睨んでくるピスケス、どうやら先ほど撫でてやったときに脚を痛めたようだ。
口の端から血を零しながらも立ち上がるアリエスの声が、ややくぐもっているのは臓器を痛めたからだろう。
そんな状態でも二人ともまだ声が出せるという事は、すこし加減をし過ぎたか。と思うも、
口の端から血を零しながらも立ち上がるアリエスの声が、ややくぐもっているのは臓器を痛めたからだろう。
そんな状態でも二人ともまだ声が出せるという事は、すこし加減をし過ぎたか。と思うも、
「希望の闘士、その面目躍如といったところか?
決して諦めないその姿勢は見事だ…」
決して諦めないその姿勢は見事だ…」
声音には純粋な歓喜。
海皇は不撓不屈の若き聖闘士に祝福を授けたい気持ちで一杯だった。
打ちのめされても屈しない。諦めない。貴(たか)く尊(たっと)く猛(たけ)き不撓不屈の魂。
それは英雄の資質だ。
海皇は不撓不屈の若き聖闘士に祝福を授けたい気持ちで一杯だった。
打ちのめされても屈しない。諦めない。貴(たか)く尊(たっと)く猛(たけ)き不撓不屈の魂。
それは英雄の資質だ。
「だが、詰みだ。
薔薇の乙女は我が手に落ちるぞ?」
薔薇の乙女は我が手に落ちるぞ?」
足掻け、全力で足掻いて見せてくれ。
足掻いてもがいて抗って、この海皇に一矢報いて見せてくれ。
あの五人の後嗣(こうし)というのなら、あの英雄たちの後嗣というのなら、聖闘士星矢の後進であるなら英雄であってくれ。
アテナによって奪われた誇りある敗北を私に授けて見せろ。
海皇の小宇宙の脈動が、彼の歓喜が空間を軋ませ、水銀燈を慄かせた。
黄金聖闘士ふたりの気圧を受けても虚勢を張って見せた銀の乙女が慄いていた。
それがアドニスには許せない。
どんな状況でも気高くして見せてくれと願うが故に、心をかき乱した。
美しいものは負けてはならぬ、慄いてはならぬ、退いてはならぬ、何故ならば美しいから。
この上なく美しいものは、あの叔父のように裏切ってはならぬ、わが師の様に高潔な魂を掲げ続けなければならぬ。
足掻いてもがいて抗って、この海皇に一矢報いて見せてくれ。
あの五人の後嗣(こうし)というのなら、あの英雄たちの後嗣というのなら、聖闘士星矢の後進であるなら英雄であってくれ。
アテナによって奪われた誇りある敗北を私に授けて見せろ。
海皇の小宇宙の脈動が、彼の歓喜が空間を軋ませ、水銀燈を慄かせた。
黄金聖闘士ふたりの気圧を受けても虚勢を張って見せた銀の乙女が慄いていた。
それがアドニスには許せない。
どんな状況でも気高くして見せてくれと願うが故に、心をかき乱した。
美しいものは負けてはならぬ、慄いてはならぬ、退いてはならぬ、何故ならば美しいから。
この上なく美しいものは、あの叔父のように裏切ってはならぬ、わが師の様に高潔な魂を掲げ続けなければならぬ。
「ポセイドン!貴様に絶対一撃くれてやるぁあああああ!」
アドニスの想いは絶叫となり、絶叫は拳となり、拳は茨を生み、茨は鞭と化してポセイドンに向かって疾走する。
貴鬼もまた疾駆した。
貴鬼の到達が早いと見て、貴鬼にポセイドンの意識が向いた刹那、貴鬼は空間転移を敢行した。
その間隙を突き、アドニスの茨が槍と化してポセイドンに襲い掛かる。
羽虫を払うようにして茨を消滅させるのと、貴鬼が水銀燈を抱えてポセイドンの間合いから離脱するのは同時だった。
貴鬼もまた疾駆した。
貴鬼の到達が早いと見て、貴鬼にポセイドンの意識が向いた刹那、貴鬼は空間転移を敢行した。
その間隙を突き、アドニスの茨が槍と化してポセイドンに襲い掛かる。
羽虫を払うようにして茨を消滅させるのと、貴鬼が水銀燈を抱えてポセイドンの間合いから離脱するのは同時だった。
「チェックメイトにゃまだ早いッ!」
貴鬼の叫びと離脱は同時。そして貴鬼からは光速拳が、アドニスからは茨の矢が向かい来る。
黄金のクロスファイア、それでも海皇は怯まず、引くこともなく、倒れない。
むしろ、さらなる歓喜をその相貌に滲ませる。
黄金のクロスファイア、それでも海皇は怯まず、引くこともなく、倒れない。
むしろ、さらなる歓喜をその相貌に滲ませる。
「それでいい…。
それこそが聖闘士だ。
立ちはだかる全てに遍く絶望を与えて回る我が愛しき御敵よ!」
それこそが聖闘士だ。
立ちはだかる全てに遍く絶望を与えて回る我が愛しき御敵よ!」
小宇宙の爆発的な燃焼は衝撃波と化して若き黄金聖闘士ふたりを吹き飛ばした。
歓喜!歓喜!歓喜!歓喜!歓喜!
水面は海皇の歓喜に応えて踊り狂い、アドニスを面白いように翻弄した。
先ほどの水の弾丸はアドニスの聖衣の間隙を縫って彼の右太ももを貫通し、その威力でほぼ千切る寸前であったのだ。
故に、彼の最大の持ち味である機動力を大きく削いでいた。
さらに悪いことに大動脈を傷つけたらしく、止め処なく出血は続いていた。
常人ならあと十秒も放っておけば、確実に死ぬ。
聖闘士であっても戦闘続行は不可能だろう。
故に、アドニスは逡巡しなかった。
小宇宙で鞭状に変化させた薔薇で、傷ごと締め上げ、体に繋げたのだ。
想像を絶する激痛にかっと目を見開き、歯を食い縛って絶叫を堪え、脚を体へと再接続させた。
小宇宙が通った薔薇さえ用いれば、千切れかけた肉体でも平常時同様動かすことは出来る。
ただ、想像を絶する激痛に耐えさえすればいい。
激痛に耐えて視線を前方に向けると、海皇に蹴り飛ばされた親友が一直線に向かってくる所だった。
思わず両手を前に突き出して彼を支えると、右足の絶叫が全身に響き渡った。
余程の威力で蹴り飛ばされたのだろう。アドニスごと吹き飛ばされたのだ。
歓喜!歓喜!歓喜!歓喜!歓喜!
水面は海皇の歓喜に応えて踊り狂い、アドニスを面白いように翻弄した。
先ほどの水の弾丸はアドニスの聖衣の間隙を縫って彼の右太ももを貫通し、その威力でほぼ千切る寸前であったのだ。
故に、彼の最大の持ち味である機動力を大きく削いでいた。
さらに悪いことに大動脈を傷つけたらしく、止め処なく出血は続いていた。
常人ならあと十秒も放っておけば、確実に死ぬ。
聖闘士であっても戦闘続行は不可能だろう。
故に、アドニスは逡巡しなかった。
小宇宙で鞭状に変化させた薔薇で、傷ごと締め上げ、体に繋げたのだ。
想像を絶する激痛にかっと目を見開き、歯を食い縛って絶叫を堪え、脚を体へと再接続させた。
小宇宙が通った薔薇さえ用いれば、千切れかけた肉体でも平常時同様動かすことは出来る。
ただ、想像を絶する激痛に耐えさえすればいい。
激痛に耐えて視線を前方に向けると、海皇に蹴り飛ばされた親友が一直線に向かってくる所だった。
思わず両手を前に突き出して彼を支えると、右足の絶叫が全身に響き渡った。
余程の威力で蹴り飛ばされたのだろう。アドニスごと吹き飛ばされたのだ。
「こンの馬鹿貴鬼ィ!
ピンポン玉みたく飛ばされやがって!」
ピンポン玉みたく飛ばされやがって!」
だが、絶叫を体の外に出すほどアドニスは脆くない。やせ我慢と空元気は長い付き合いだ。
それに、受け止めた時に覚ったが、貴鬼もまた身体内部に負傷を負っている。
聖衣でさえ殺せなかった衝撃、と言うよりは恐らく聖衣を浸透する類の打撃で、
肋骨は粉砕され、折れた骨が臓器を傷つけているのだろう。
食いしばった口の端から流れる尋常ならざる出血がそれを物語っていた。
それに、受け止めた時に覚ったが、貴鬼もまた身体内部に負傷を負っている。
聖衣でさえ殺せなかった衝撃、と言うよりは恐らく聖衣を浸透する類の打撃で、
肋骨は粉砕され、折れた骨が臓器を傷つけているのだろう。
食いしばった口の端から流れる尋常ならざる出血がそれを物語っていた。
「うるせえアホニス!
親友受け止めるくらいの根性だせ!」
親友受け止めるくらいの根性だせ!」
軽口たたいて空元気。貴鬼もアドニスも根の部分で漢だ。弱音は吐かない。
だからこそ立ち上がる。
だからこそ立ち上がる。
「燃えろ…ッ!」
だからこそ、燃え上がる。
「僕のッ!」
だからこそ、敬愛する師たちのように、
「オイラのッ!」
だからこそ星矢たちのように、
「小ぉ・宇ゥ・宙よぉおおおおッ!!」
眠れる第八の感覚へと到達する事が出来たのだろう。
神々の領域への侵食。
開闢の残滓は、人をその領域へと押し上げる。
神々の領域への侵食。
開闢の残滓は、人をその領域へと押し上げる。
「流石だな、ちょっと突いてやっただけで其処まで辿り着いたか。
その感触を忘れんことだ。これからの戦いには必須になる」
その感触を忘れんことだ。これからの戦いには必須になる」
海皇の言葉は流れ、若き金羊と甲冑魚は閃光となった。
二人そろっての光速突撃。だが、その速度は先ほどの比ではなく、明らかに一段階速いものだった。
エイトセンシズの覚醒とは、つまりは精神が肉体を支配することに他ならず、それは神の領域へと足を踏み入れることである。
更にもう二段階上ることが出来るのならば、神々の大いなる意思に触れる事となり、それは最早人ならざる者となる。
史上、その領域へと到達できた者はわずか三人しか居ないが、
其処へと辿り着きかねない人間をポセイドンは五人も知っている。
二人そろっての光速突撃。だが、その速度は先ほどの比ではなく、明らかに一段階速いものだった。
エイトセンシズの覚醒とは、つまりは精神が肉体を支配することに他ならず、それは神の領域へと足を踏み入れることである。
更にもう二段階上ることが出来るのならば、神々の大いなる意思に触れる事となり、それは最早人ならざる者となる。
史上、その領域へと到達できた者はわずか三人しか居ないが、
其処へと辿り着きかねない人間をポセイドンは五人も知っている。
掛け値なしの英雄。ドラゴン、キグナス、アンドロメダ、フェニックス。
そしてペガサス星矢の五人。
かのヘラクレスに比肩する大いなる魂の息吹の中に、その奇跡の胎動を知ることが出来たのは、ポセイドン最大の歓喜だった。
そしてペガサス星矢の五人。
かのヘラクレスに比肩する大いなる魂の息吹の中に、その奇跡の胎動を知ることが出来たのは、ポセイドン最大の歓喜だった。
そして、二人の鉄拳はポセイドンの肉体に突き刺さった。
あまりの光速の衝撃に、拳撃の衝撃がポセイドンの肉体を貫き、あたかも金の翼を生やしたかのようだ。
あまりの光速の衝撃に、拳撃の衝撃がポセイドンの肉体を貫き、あたかも金の翼を生やしたかのようだ。
「褒美だよ。
君たちはついにその領域へと手をかけた。
勝利を甘受するがいい…」
君たちはついにその領域へと手をかけた。
勝利を甘受するがいい…」
だが、胸に突き刺さる鉄拳など無いかのようなポセイドンの声に、貴鬼もアドニスも慄いた。
「勝利…だと?」
戦慄と疑問に染まる両者の言葉に、ニっと笑う、ポセイドン。
「言っただろう?
私に一撃中てたら退くと」
私に一撃中てたら退くと」
海皇の歓喜は益々濃くなり、水面はさらに荒れ狂う。
もはや、大時化どころではない。怒涛の如きだ。
もはや、大時化どころではない。怒涛の如きだ。
「舐めて…ッ!」
貴鬼の叫びは音にならずに彼の口中で霧散した。
海皇の睥睨で、思わず竦んだのだ。
海皇の睥睨で、思わず竦んだのだ。
「舐める?当然の話だ。
この程度の君ら相手に気張っても虚しいだけだ」
この程度の君ら相手に気張っても虚しいだけだ」
そこに超然としたポセイドンはなく、神話に謳われる激情の王がいた。
歓喜を一時抑えた、赫怒に染まった王の言葉だった。
歓喜を一時抑えた、赫怒に染まった王の言葉だった。
「優先度の違いだ。
英雄が育つのならば私は何度でも引き、何度でも敗北を甘受しよう。
高貴な蛮勇を振るう英傑が育つのならば、この海皇が総身に全力を漲らせるに値する勇者が産まれるのなら、
私はその者の為に如何様にも働こう。
何かを打倒した者は、何かに打倒されなければ成らない。
かつてギガスを打倒した私たちを打倒するのが人間であるのならば、私にとってはこの上ない歓喜だ。
無論、私も只では滅びぬ。
明日を拓く勇者の血潮をこの身に浴びて、滅びに向かってひた走る獣となる事を、私は覚悟している」
英雄が育つのならば私は何度でも引き、何度でも敗北を甘受しよう。
高貴な蛮勇を振るう英傑が育つのならば、この海皇が総身に全力を漲らせるに値する勇者が産まれるのなら、
私はその者の為に如何様にも働こう。
何かを打倒した者は、何かに打倒されなければ成らない。
かつてギガスを打倒した私たちを打倒するのが人間であるのならば、私にとってはこの上ない歓喜だ。
無論、私も只では滅びぬ。
明日を拓く勇者の血潮をこの身に浴びて、滅びに向かってひた走る獣となる事を、私は覚悟している」
狂気の沙汰だ。だが紛れも無く海皇は正気だ。
「アリエス、ピスケス、貴様らは英雄の萌芽だ。
僅かに阿頼耶識を垣間見たに過ぎん、孵化を始めた雛だ。
それではまだ私には敵わぬ。私に敗北を与えることなどできん。
あのペガサス星矢のように食い下がって見せろ、その為に今私は貴様らに勝利を与える。
辞する事は許さぬ、甘んじて受けろ」
僅かに阿頼耶識を垣間見たに過ぎん、孵化を始めた雛だ。
それではまだ私には敵わぬ。私に敗北を与えることなどできん。
あのペガサス星矢のように食い下がって見せろ、その為に今私は貴様らに勝利を与える。
辞する事は許さぬ、甘んじて受けろ」
貴鬼もアドニスにも、そして水銀燈にも信じられないが、海皇は激情に身を任せていた。
「阿頼耶識の手綱を手放すな、次に見えるときにその荒馬を乗りこなしていろよ?
ぬか喜びはもう沢山だ」
ぬか喜びはもう沢山だ」
そうでなければ捻り潰す。言外にそう言い残して海皇は水面に溶けた。
同時に、貴鬼もアドニスも水面に落ちた。
完敗だった。
同時に、貴鬼もアドニスも水面に落ちた。
完敗だった。