SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 第098話 (2)


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 防人衛、曰く。




 半身で構える。足は肩幅よりやや広く。そして左足を前に。

 脱力(抜重)しながら左足を後ろの右足付近まで引く。

 右足の接地点をAとした場合、体は点Aを中心に前のめりに回転する。
 このとき左肩は一瞬だが下がる。もし相手が狙っていたなら見失う。消えたよう錯覚するのだ。

「このとき両足を踏み替えながら接地点A、つまり右足を前へ出しつつ手首を返し刀を上に向けてみろ。重要なのは接地点
Aまわりの重力と回転……それを活かせ。刀は手だけで振り回すな。力を生み出すのはあくまで足腰や胴体だ。それを踏ま
え攻勢に転じろ。接地点Aの回転を殺さぬよう刀を、一瞬右肩に担ぐようにしながら前方向かってやや左に斬り下ろす。す
ると相手の刀を右上から封じるコトができる。なにしろ向こうはこちらを見失っているからな。虚をつける」

 以上。脇構えの基本。説明は実演を踏まえ行われた。

 防人衛と早坂秋水が竹刀を手に向かい合いポイントごとに緩やかに動いてみせた甲斐あって戦士・音楽隊のほとんどが
『大まかにだが呑みこめた』そんな表情。

「今の戦士長の動き……力みがなかった。大抵の攻撃には力みがある。『攻めるぞ』と思った瞬間その部位に気配が篭る
ものだ」
「それを読み先の先で叩き潰すのが先輩の戦闘姿勢(バトルスタイル)。けどいまのブラボーみたく力まない攻撃じゃ」
「読み辛い。剣腕で勝る秋水クンさえ反応できなかったのもそのせい」

 秋水は見た。最初の脇構えの時……攻撃に転ずる瞬間、防人が一瞬、『消えた』のを。

「いまのブラボーどのの動き……ほとんど重力に身を委ねておりまする。相手に立ち向かうというより『いっそ転んでも構わ
ない』そんな感じで放胆かつ飄々と」
『読めないのも見失うのも当然だ!! なにしろ動きは重力任せ……殺気も闘気も存在しない!!』
「言うなればあの一瞬……秋水さんは…………人間ではなく…………自然の……摂理を……相手にしていたの……です。
舞い落ちる木の葉。次にどこ……いくか……読めません」
「フ。熟達した剣士ほど読みに頼る。相手が何を考えどこを攻めるのか……”ニオイ”を嗅ぐ。が、相手が無心となり自然や
宇宙の大原則に身を任せた場合これはもう大変厄介だ。なにしろ……フ。絞り込めないからな」
「成る程……。人間相手ならある程度まで攻撃を予測できる。だが重力などに則った物理現象は無数に展開しうる。演算機
を用いてさえ完全には予測できぬ混沌(カオス)……。そちらに身を融かされば最後、読みもへったくれもないという訳か」
 腰に手をあて戦士・音楽隊それぞれの反応を一通り見終えた防人は「そう!」と笑う。
「これが脇構えの基本だ。重力を使い気取られるコトなく有利な位置取りをする。真剣なら相手の肩か首がバッサリだ」
「剣術怖えなオイ。つーかお前いまの説明で分かったか?」
「大体は」
 貴公子然と頷いたのは早坂秋水。剛太はあまりよく分からない。
「というか戦士長、重力の使い方なんて今まで一度も」
「ひょっとして火渡戦士長との一件があったからですか? 言いにくいコトですけど重傷で以前と同じように戦えないから」
 こういう体の使い方にシフトにしたのか? 訝る18歳の女子ふたりに「いいや」と防人は胸を張った。
「俺は前から心がけていたぞ? でなきゃホムンクルスでもないのにあれほどの力はおかしいだろ」
「自覚あったんスか……」
 剛太は呻いた。確かに以前の防人はひどく人間離れしていた。電柱より高く飛び、手刀で海を真っ二つ。本気で踏み込めば
衝撃で平たい荒野が6mほど隆起する。どれも重力を上手く使った結果らしい。
(重力すげえ)
 或いはその使い方を熟知しているからこそ対ヴィクターの切り札候補だったのかも知れない。
「キミたちに今回伝授したのは単純な話、それだけのレベルに達したからだ。ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズとの戦いは
キミたちの力をブラボーに向上させた。なら次の段階に導いてやるのが俺の役目だろう」
「力が」
「上がった……!」
 斗貴子は広げた両手をまじまじと見つめ御前は景気良く飛び上がる。
 その戦いでもっとも多く金星を上げた秋水は感慨深げに瞳を細めた。
「あのとき総角は確か左切上……つまり居合いの要領で俺の逆胴を迎え撃った。戦士長の説明とやや異なりこそすれ
おそらく原理は同じ筈」
「ブラボー。だいぶ考える癖がついてきたな。そう。話を聞くに足の踏み替えはなかった筈だ。力を生み出したのは股関節。
骨盤の水平回転が剣速を生んだ」
「いうなれば脇構えの応用形」
 総角主税は金髪をかきあげた。
「フ。薬丸自顕流の『抜き』も少々混ぜてみたが──…」
「重要なのはつまるところ回転と重力……だろ? 総角主税」
 まったくその通りだとばかり音楽隊首魁は気取って笑い
「ついでに言わせて貰うと防人戦士長が今された芸当は元服前から剣術に総て捧げ続けてきた者が三十路でようやく使える
ものだ。やっと実戦で振るえるものだ。俺でさえできん。門外漢ながらその歳で極める……どれほど修練されたか想像する
だに恐れ入る。敬服まさにその一言だ」
 恭しく一礼をした。
(あの総角クンが)
(認めた……? 戦士長を)
 目を見張る桜花と斗貴子だが──…
「……いいや。そんな大したものじゃないさ」
 にわかに防人の声が沈んだ。表情も笑ってこそいるが急に顔のいちめん全域に影が差した。




 秋水は剣士らしく人の目をよく見る。ニュートンアップル女学院地下でヴィクトリアを母校に招いたときもそうだった。

──「君は俺が見てきたホムンクルスたちとは違う」

──「馬鹿馬鹿しいわね。根拠もないのに」
──「根拠ならある」
──「何よ」
──「君の目だ」

──「冷えてはいるが、濁ってはいない」

 同じ文法で見据えた防人の双眸。
 微かに潤む碧い波濤は失われたものを悲しんでいるようで。
 けれど失われてからもなお歩き続けた泥の道に確かな足跡を認めたようで。

 桜花を守らんと目が濁るまで戦い続け、過ちを犯し、それでも新たな世界を1人歩けるよう足掻いている秋水だからこそ──…

 分かった。

(戦士長にはきっと目的があった。夢……というべきかも知れない。並外れた努力をし体術を極めたのは夢を叶えるため。
俺と同じだ。叶えること叶わなかったのだろう。そこも同じだ。いかに技量を褒められても戦士長は喜ばない。叶えられなかっ
た力。及ばなかった自分。苦い記憶ばかり先行する)

 よみがえる記憶。倒れふす桜花。血は止め処流れ。
 秋水はただ傍観者だった。見ているほかなかった。

(受け入れられない)

 収束。回帰する現実のなか痛切だけは過去と同じく不動態。秋水はただ目を瞑る。


 世界が夢みし者に対し最も残酷に振るまうのは挫折を与えたとき……ではない。

 挫折させておきながらなおその道を歩み続ける権利を奪わなかったときだ。
 完膚なき途絶をも超える酷薄。恐ろしいコトに残酷の方が大多数だ。
 信じていた物がなくなっても。どれほど無残な裏切りにあっても。最愛の人を守れなくても。
 ずっと前を見ていた心の繊細な枠が絶望の濁流で粉々に破砕され激痛を感じても。

『まだ同じ道を往けるよ? どうする?』

 体勢が崩れ嘆き悲しむ者が従前どおりの何ら瑕疵なき体制を突きつけられる。
 救いだからこそ、惨い。何故なら決断の材料を外形に委ねられないからだ。
 やめるにしろ、続けるにしろ、総て内なる自らの要素で決めるほかない。責任を被(かず)けられない。

 もし同じ道を再度選び、それでまた同じ悲劇が生じたら。

 何もかもが自分に跳ね返ってくる。ただでさえ行き止まりの前で苦しむ人間にとって、失敗の恐ろしさの生傷を始めて知り
打ち震える人間にとって新たなリスク付きの決意は、容易ならざる案件だ。

 権利。
 同じ道を歩み続ける権利。

 失敗しても奪われないのが殆どだ。
 仮に法的な懲罰という形で奪われたとしても、それはあくまで形而にすぎない。
 たとえボツリヌスに汚染された缶詰を市場に広く流通させ9843人の死者を出した食品業者が社会的な制裁によって二度
と食品に関われぬ立場に追い込まれても、非合法に身を染め設備さえ整えればまた同じ商売を行える。むろん世間はそうい
う行為を許さないし同じ過ちを繰り返せばより強く非難するだろう。だがそこは別の話だ。重要なのは何が二択を決めるかだ。
続けるか、やめるか。決めるのは結局当人の意思である。裁判所の判決。世間の目。大多数の人間はそれらを意思決定
最重要の材料とする。違法だからやめよう、支持を得られぬからやめよう……正しいとされる判断で身を引き転業する。
されど意思とは本来自由なものだ。歩み続ける権利はよほど致命的な物理的破壊──大げさにいえば植物状態にでも追
い込まれない限り人は足掻ける。首から下がマヒしたとしても口だけで人を使い覇業に挑むコトだってできるのだ。或いは
目線だけでも──をされない限り奪われない。

 そもそも誰だってすぐには気付けないのだ。

『失敗しても培ったモノは壊れない』。

 目標を目指す過程で。
 洗練した肉体。
 発達した精神。
 失敗とはそれらさえ粉々にするほど強力ではない。むしろ無力寄りの事象だから挫けるものなど知れている。意欲という、
より大きな無数の機構に連なる最初の歯車ひとつだけ錆び付かせるのが関の山だ。他人から見ればそれっぽっちにすぎ
ないのが挫折なのだ。失敗までに築いたものは実際ちゃんと残っている。実感できないのは、連動の起点が狂ったからだ。
噛み合わず動かなくなったものを喪失と見ているだけだ。見る方が選択を突きつけられず済むと無意識に悟っているから
知らず知らず目を背けているだけだ。まだ残っている強力なカード。けど傷だらけの手で持つと痛い。だから手を伸ばせず
いる。頼れば道が開けるのに……。

 選択。

 人は苦しむのだ。選択の前で。

 続けるのか?

 やめるのか?

 と。
 本心と捨てられないモノ。自らを取り巻く状況や倫理観。それら2つを秤にかけて葛藤する。
 防人は戦士を辞めなかった。
 夢に連なる道を再び選んだ。秋水も似たようなニオイを持っているからよく分かる。

 防人衛は選んだ先で努力を続けたのだろう。
 挫折してもなお戦い続けたのだ。

 夢が断たれる前、純粋な気持ちで──やりさえすればきっと叶う、そう信じて──繰り返していた努力を、重苦しい、『幾ら
重ねようとやはり再びご破算になるのではないか、同じ絶望を二度味わうのではないか』そんな怯えと意欲の上がらなさと
戦いながら続けたのだろう。
 なぜ続けたのか? 秋水は問う、自らに照らし。

(続けなければ本当に救いがなくなるからだ)

 人生が闇一色になり他の誰かと変わらなくなるからだ。
 男を、男たらしめるのは、夢であり理念であり、青臭いほどの熱なのだ。
 みな個別で特有のものだ、捨てればただ酸素を吸い炭水化物を燃焼するだけのありふれた肉塊だ。生きた証も賭けた時
代も消えてしまう。
 それを嫌がるものはみな足掻くのだ。
 夢に対する貧窮を抱えながら、青春時代を実情以上に眩く眺めながら、先のみえない真暗闇をのたうちまわる。
 鋭い瓦礫のまぶされた泥沼を這いつくばる寒い闇夜を血だらけ傷塗れで生きていく。

 苦い、希望とは縁遠い努力。努力とさえ呼びづらい”もがき”の日々。

 なのに人は一見蝸牛より遅い前進の中でさえ……力を培う。

 過酷と暗鬱に彩られた日月、痛みと哀惜と後悔ばかり詰まった期間が皮肉にも傷への抵抗を与え──…
 天から伸びる救いの糸へとたどり着く。

 秋水が果ての際でまひろに出逢ったように。

(いま戦士長が総角の言葉に実感したように)

 挫折以降それでもずっと努力し続けた者だけがたどり着く瞬間。
 やめなかったからこそ味わえる、奇跡。
 振り返ってある日突然気付く『無力感の対義語』。足掻き続けてきたコトそのものに夢以上の価値を見出す刻。
 夢を叶えられなかったこそ得られる支柱も、あるのだ。
 秋水は桜花を助けられなかった。残酷だがそれは事実だ。罪も犯した。けれどだからこそカズキという動機を得た。得た
ればこそまひろとの関係性もできあがった。
──「お兄ちゃんは先輩たちにちゃんと前に進んで欲しいから、痛いのも怖いのも引き受けたんだと思うよ」

──「だから刺しちゃったコトばかり気にして何もできなくなったら、お兄ちゃんきっとガッカリしちゃいそうだし……」

──「だから手助けしたいの」



──「まだ私に『悪いなー』と思ってくれてたら」

                                               ──「まだだ!! あきらめるな先輩!!」


──「お兄ちゃんがいったコトだけはちゃんと守ってあげてね。それからさっきの言葉も」


                                         ──「君が武藤と再会できるその日までこの街は必ず守る」


──「そうじゃないとお兄ちゃんに胸を張ってちゃんと謝れないと思うから」


 戦いを経て得た言葉。食材の果て聞いた声。
 秋水は思う。『支え』だと。


(戦士長にはあるんだろうか)


 少なくても総角の言葉は成り得ない。頓挫に端を発す苦節のなか続けた努力の実感材料にはなるだろう。だが根本には
至らない。美辞麗句でありさえすれば心に沁みる。そんなものは幻想だ。浸透率を決する大きな要素は位置づけだ。発言者
との関係性、精神への機構的有効性……。簡単に言えば『最近知り合った元敵組織の首魁がちょっと褒めた程度で治るほど
防人の挫折は浅くない』だ。

(過去を振り切るには至らない)

 もっと明確な”何か”を得ない限り防人はまだ現状(いま)のままだろう。

 言い換えればその”何か”を克服せんと今一度立ち上がったとき防人は──…

 やっと自分に、還れるだろう。


 秋水はそんな気がした。





 声が戻す。現実に引き戻す。騒がしいのは音楽隊。どうやら首魁をフォローしているらしい。

『いや!! 自分より上だと思ったら素直に認める人だぞもりもり氏!! Dr.バタフライとかパピヨンとか!!』
「付記いたしますれば稽古! 模擬戦なればブラボーどのと同じコトできまする! あくまで実戦、伯仲以上に用いるは不安
確実性に欠けるというコトで念のため控えております」
「撃墜数……46……みたいな……。あと一歩でエースだけど……極めてない……です」
「でも戦士長さんもすごいのだ。かっこいいのだ。師父の仰る通りなのだ」
「んーみゅお腹すいた。垂れ目垂れ目サンマの切れっぱ持ってくるじゃん!!」
「お前も褒めろよ……」
 とてもマイペースな約一名に総角が落とす肩を防人はポン。優しく叩く。
「というかお前ひょっとしてあの流派知っているのか?」
「……フ。青い髪のメイドさんでしたら知ってますよ」
 突然敬語を使い始めた総角に斗貴子や剛太は胡乱な顔をした。ふだん尊大なだけに、へり下る姿に不気味なものを感じ
たのであろう。「エコ贔屓みたいな」、下で働く音楽隊連中などは決してされない『良い顔』に渋い面だ。露骨な格付け、”彼
は俺より上だけどお前は下な”が透けて見える……そんな敬語だった。
 ともかく青い髪のメイドと聞いた防人は「やはり」という顔をした。それで議題の合致をみた総角は懐かしそうに目を細め
「剣も柔も凄かった。俺の技の幾つかは彼女の助力なしに完成しなかった」
「確かに物腰といい教え方の上手さといい非常にブラボーだった。実をいうと俺も体の使い方を教わってだな」
「って誰だよ。誰の話してんだ」
 何やら共通の話題で盛り上がり始めた防人と総角に呆れる剛太である。
「あ。ああ。あの方でありますか」
「知ってるの小札さん?」
 柔らかな声に振り返る生徒会長に
「バインバインでありました……」
 小札はただ目を白い楕円にしてうぐうぐ泣いた。何やら敗亡の記憶があるらしい。

 ともかく総角。防人が褒めるほどすごい人物に教えを乞うていたらしい。

(そういえば俺との戦いでも)

 さまざまな流派の技を繰り出していた。
 存外、指南への抵抗はないのかも知れない。
 などと思う秋水の袖がくいくいと引かれた。振り返ると火中青黒い石がどんよりしていた。
「リーダー……私の特異体質鍛えたとき…………一緒に……えらい……大学教授さんとか……専門家さんに……話……
聞きにいきました…………」
「鐶、か」
 ちょっと秋水は面食らった。まず目に飛び込んだノーハイライトの瞳が一瞬なにかの怪奇現象に思えたのだ。
「…………リーダー……私と出逢うまで……鳥のコト…………ちょっと詳しいレベル程度だった……よう……です」
「えぇと」
 相手の困惑も構わず話す鐶をどうしていいか分からず最悪の人選。縋るように見た無銘は「いやなんで我見る関係ないし」
「鐶みたいな厄介ごと勘弁」「というか助ける道理ないからな母上斬ったし」、無関心と怯えた拒絶と怒りのトリコロールに
表情をやつす。
(調子こそ遅いが押しは強い……)
 ボソボソ喋りだが中断を許さぬ強い意志が鐶にはある。
「その道の……スゴい人に……は……リーダー…………素直……です……。ちゃんと……いうコト……聞きます」
「そ、そうか」
 やっと秋水は気付いた。鐶がちょっとニガテなのだと。実際、傷だらけのところを不意打ちされたとはいえ完敗しているし、
先日まひろを追いかけた時に至っては投げられている。独特なペースも相まって何だかやり辛い。
「だから……伸びます……。人と交じるせいか……教えるのも……結構……上手……」
「わかった。つまり君と総角は一緒に鳥の知識を学んだんだな。わかったから」
「そう……です。リーダーも……決して……専門家レベルから……始めたわけでは、ないのです…………。…………私と
一緒に……学んだの……です…………。だから私も成長……です……。私の自由な発想を……許して……くれました
……から」
 なまじその道に詳しいと先入観を以て後進を妨げるコトがある。総角は違うらしい。

 全力で頷くと鐶は「むふぅ」と満足そうに息を吐いて去っていった。秋水はどっと疲れた。


 とにかく総角主税という男が、一種喰えぬ輩であるコトは間違いない。
 にも関わらず防人の努力は率直に認めている。負けはしたが剣においては秋水と互角の彼が。しかも彼は無数の武装
錬金をも使いこなす。その修練に費やした時間を思うとき秋水は天稟を感じぜざるを得ない。なにせこっちは剣一本に
総てをかけてようやく今に至ったのだ。総角は刀のみならず数多くの武装錬金を使いこなす。認識票の特性上どうしても
本家本元に劣る──最も得意のアリス・イン・ワンダーランドでさえ80%。本来拡散状態が同時に行える「通信機器の
遮断」「方向感覚撹乱」さえ片方しか使えない──武装錬金ども皆総て実戦レベルまで引き上げているのだ。

 これはもう努力量うんぬんでカバーできる問題ではない。

 初見。触れてすぐ本質を理解する直観がなければ却って特性に振り回される。
 巷間あふるる武装錬金のほぼ総てコピー可能といえば聞こえはいい。ただそれは広大無辺、方向性の無限ぶり昂じて
皆無に等しい。
 普通の戦士なりホムンクルスはたった1つの方向性しか持ち得ない。
 不自由なようだが指標があるのは幸せだ。
 何を目指し何をすべきか大まかにだが絞り込める。

 総角にはない。

 他の連中が陸地で自動車を、海辺でヨットを与えられるとするなればさながら大宇宙のド真ん中で宇宙船を得た状態な
のだ、彼は。
 360度のパノラマのどこにでも行ける。
 緋、翠、碧、色とりどりに眩く輝く無数の星いずれにも到達しうる箇所にいる。

 だからこそ危うい。

 常人はまずそこで思考がマヒする。銀河の美しさに酔いしれ全能感に蝕まれる。
 謙虚さを忘れ思考を止めただ漠然と星へ向かい……次、また次と貪るように手を伸ばす。
 そういう者が真に星を知るコトはない。
 何でも得られる天恵は無関心の胚胎だ。
 万物を手軽に”つまめる”富貴は練磨を奪う。

(総角は……)

 そんな条件下の中で輝きに惑わされるコトなく核を貫きモノとした。

 才覚だろう、一種の。初見で本質を見抜き、かつそれを自らの形質に照らし合わせ計を練る。
 最速で仕上げる道筋を築く。で、なければ無限に近い武装錬金の総て実戦レベルにできないだろう。


(凡人なら何から手をつけていいか分からず結局中途半端になる)


 総角の才覚に秋水は改めて気付く。と動じに彼が褒める防人がどれほどスゴいかわかった。

(実際、先ほど剣を交えたときも……)




 防人を見失った秋水は本当にごく僅か、鴻毛の毛ほどの刹那惑乱した。さもあらん剣歴においては明らかに自分より下
の相手がまったく予想外の動きを見せたのだ。おぞましき不可思議、ありえからぬ予想外に脳細胞の原初に属する獣的
部分が明らかに動揺した。しながらも剣士として洗練された部分は冷然と逆胴を続けた。
 1つには経験則。
 相手が予想外の動きを見せるなど剣道においては茶飯事である。
 動揺はあくまで、剣については素人だとばかり思っていた防人が、突如として全国大会上位クラスの動きを繰り出してき
た乖離にある。戒めと立て直しはナノセカンドの雲海を突き破る雷鳴となりすぐ消えた。

 あとは体が動いた。

 往々にして見失った相手ほど間近にいる。逃げたり大股で遠ざかるものはよく見える。
 逆説的にいえば見失わすほど術技に長けたものは……まず逃げない。熟達とはすなわち逃避の逆なのだ。修得につき
まとう無限の痛苦と真向たたかい”やり抜いた”証なのだ。従って秋水監視網を潜り抜けうる猛者どもの逃げる道理なし。

 彼らは必ず死角に一撃ねじ込まんと手管を尽くす。手管を尽くしたい一心で誰も褒めず対価も与えぬ苦しい日々をやり抜
いたというべきか。
 よって近づく者はいつだって傍にいる。
 驚くほど近くにいる。
 思い返せば絶好の狙い球でどうして撃てなかったと首を傾げるほど隙だらけでそこにいる。
 にも関わらず打たれず逆に痛烈なほどの鮮やかさで勝ちをもぎ取るから剣道というのは分からない。
 ……『むしろそれが醍醐味なのだ』、味わい尽くしたようで実はようやく最近目覚め始めた秋水が、冷然と逆胴を振りぬい
た2つ目の理由は剣の真理を見たからだ。
 かの総角との最後の激突、まひろのため培った総てをただ出し尽くさんと逆胴を振りぬいた時から彼の境地は広がった。
 個人としての勝ち負け、勝たねば桜花ともども死ぬほかなかった信奉者時代。
 秋水の武技はつまるところ力任せ、ただ相手を打ちのめすためだけ存在した。
 であるがためカズキを刺し罪業ともに始まった新たな日々のなか少しでも自分に勝てるよう足掻き続けた。

 剣道部の面々に稽古をつけ防人に教えを乞うた。

 単身ただ1人でザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ6名を相手どり苦戦と激戦をやり抜いた。

 その果てで逆胴を、九頭龍閃を浴びながらなお振りぬいたのは、ひとえにまひろを助けるためだ。

 助ける資格を得るため総角を倒さんと振りぬいた……逆胴。

 それは真の意味で人のため振った剣。
 L・X・E時代は違った。桜花を守っているようで結局自分のためだった。
 最愛の姉を失いたくないという感情、自利のため戦っていたのだと秋水は思う。
 それがカズキと出逢いまひろと様々なものを分かち合ううち利他の心に形を変えた。
 生まれて初めて誰かのため使った自分の力。本当に心地よかった。

 いつしか嗅いだ花の匂い。

『2人ぼっちの世界から新しい世界が開けるかもしれない』。

 いつしか覚えた胸の澱も罪の穢れも何もかも浄化する爽やかな予感。

 勝敗はそれを曇らせる。むろん誰かのため勝たねばならぬ局面もあるだろう。それはいい。断固として勝つべきだ。だが
秋水個人の損得のため剣を振るうのは……違う。総角との決戦場にたどり着けたのは仲間たちの助力あらばこそだ。
 次々と立ちはだかる音楽隊の面々を辛うじて退けられたのは、先だって交戦した斗貴子や剛太、根来や千歳、桜花といっ
た戦士たち居ればこそ。
 彼らは負けつつも敵を研覈(けんかく)する余地を残した。
 敵の性状と武装錬金の特性をある程度、発(あば)いた。
 武装錬金同士の真剣勝負においてそれがどれほど恵まれているか!! 
 多くは一から敵の領分に付き合い死ぬか死なないかの極限のなか正しく命がけで見抜くのが特性なのだ。
 敵はそれほど能力を秘するものだ。事実秋水はまったく初見の鐶にだけは惨敗を喫した。
 それでも利他に預かり連なった遥か先で総角に勝てたのは事実。
 利他をやらず自利に戻るのは道義上許されない。

 生真面目で筋を通さんとする秋水だからいまは個人の贏輸(えいしゅ・勝ち負け)など捨てている。

 脇構えから姿を消した防人に対し逆胴を振りぬいたのは、結果打たれて負けても構わないと思ったからだ。
 勝つにしろ負けるにしろ刀を振りぬく。


(俺にできる事はそれだけだ)