SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 第097話 「演劇をしよう!!」(後編) (8)


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 鐶たちがヴィクトリアと戯れているころ、武藤まひろは走っていた。
「お財布~!! お財布返してよー!!」
 住宅街の中、遥か前を灰色の影が走っていく。ニット帽を被っているせいで年のころは分からない。

 彼女は、ひったくりに遭った。顛末はこうである。

 デパートからの帰り道、急にノドが渇いたまひろは桜花たちといったん別れ、自動販売機を探した。
 この春寄宿舎に入ったばかりだから土地勘はあまりない。ただこの少女は時々妙に勘がいい。自動販売機さんカモン
自動販売機さんカモンと念じつつ適当にホクホク歩いているとものの5分で発見した。
 とりあえず冷たいお茶を買い釣り銭を取ろうとしたところで、不意に、さっき見たヴィクトリア(ゲームに夢中)への連絡を思
い出した。思いつくとすぐ取り掛かるのが美点であり欠点だ。常人ならまず釣りを財布にしまいケータイを持つ。だがまひろと
きたらそれをしなかった。財布を左手に持ったまま右手でケータイをいじった。それが致命だった。横からフッと飛び込んできた
影がピンク色の小さな財布(取得価格498円。スーパーで買った特売品)を掻っ攫い走り去る。
「よしひかるんに送信完了! さ、戻ろ……ってアレ、財布ドコ?」
 いかにのん気なまひろでも、ただならぬ様子で走り去っていく影を見れば状況ぐらい分かる。
「ひったくられた!?」
 ギョっと白目を剥きながら「そういえば私ノド渇いてたんだった!」と缶をとりグビグ飲み。「ふー」と笑顔で一息ついて
「ダッシュ!!!」
 猛然と駆け出した。

 そんなこんなで追跡しているのだが、距離はいっこう縮まるどころか広がっていく。
 マラソンを苦手とするまひろだ。むしろ速攻で撒かれなかっただけ善戦したといえるだろう。
 とはいえ流石に体力が尽きたとみえみるみる速度が落ちていく。30秒後とうとうバテた。膝に手を当て息をつく。
 ひったくりは角を曲がりやがて足音さえ聞こえなくなった。
(油断した……)
 まっしろになって五体着地。落胆は深い。
 財布。
 別段たいしたエピソードもない安物だが、イザこういう形で日常から消えると胸が痛む。失くして初めて気付く大切さ。悪意
に対するやるせなさ。色々な感情が必要以上に胸を締め付けるのはやはりカズキの件が響いているからか。喪失という事象
を今の彼女は必要以上に恐れている。恐れているからこそ諦めがつかない。自分の不注意をひどく後悔しながら歩き出す。
ぜぇぜぇ息吐きながらブロック塀に手をつき手をつき。中身抜き取られし財布がポイ捨てされているのを期待しながら──
前向きなのか後ろ向きなのよく分からぬ考えを支えに──まひろは進む。

「イェーーイ! 獲物ゲットぉーーーー!!」
 ひったくりは受験生だった。家は資産家でベンツを3台持っている。生活苦とは無縁だが高校進学のストレスが彼を変えた。
次男坊にも関わらず弁護士になるよう親から強いられ来る日も来る日も勉漬けの毎日。それが昂じて人様の財布をひった
くるようなった。続ければやがて警察に捕まるだろうが構わない。されば何かにつけて世間体世間体とのたまう親どもの、大
事にしている名分は地に落ちる。一種の復讐だった。多くの復讐者がそうであるように「遂げた後どうなるか」は考えていな
かった。親たちに投げた泥がそのまま彼の生活基盤を粉砕しいま以上の不遇、貧困を招くとはまったく考えていない。
 いまはただ財布を取られうろたえる被害者たちの哀れな動揺をあざ笑い、ちっぽけな優越感を覚えるだけだ。
 ただでさえ傷ついているまひろを更に暗黒へ突き落とす卑劣な行為さえ愉悦にすぎぬ。
 自分はこれほど悪なのだ、勉強勉強と汗かく連中など生びょうたん、自分は奴らより優れている──…

 内心自らを賛美しながら走るひったくり。

 その首に腕が突き刺さった。正確にいえば指だった。親指以外の、ピンと伸ばされた4本が前から後ろに貫通した。神経
の束の詰まった頚椎の破砕される嫌な音に遅れるコト一拍、ひったくりの未だ続く薄ら笑いの口から血液がトプリと溢れた。

 裕福な彼は知らなかった。

 真なる悪意の生物濃縮を。

 世間のそこかしこで頻発するひったくりのような小さな悪意でさえ、浴び続ければ人は壊れる。
 況や巨大な不幸をや。
 受験勉強など比較にならぬやるせなさを押し付けられた被害者が、救われなかった被害者が、参差(しんさ)の牙剥く餓
狼と化すなどまったく夢にも思わなかった。『誰も手を差し伸べなかった』、そう信じ込む人間が、尊厳とやらにどれほど冷淡
で実利的な即断を下すか終ぞ知りえなかった彼の咽喉にぶら下がる──…

 腕には、先がなかった。肩から切断されていた。ロボットが推進力で飛ばしたような産物で、なのに皮膚の質感や血色は
まったく人間のものとみて間違いなかった。それが不意に闇の中から飛来し突き刺さった。


「奪う奴は……死んでええ」


 倒れゆく青年に影が差す。

 乾いた声だった。静かだが今にも爆発しそうだった。密かな怒りに満ちていた。

 暗転。何分経っただろう。


 狭い路地だった。廃材、だろうか。泥に汚れた塩ビ製のとても長いパイプが何本か壁に向かって辞儀をしている。その根元
でうつ伏せに、しかし顔だけは横向きに斃れているひったくり。

 眺める影は……2つ


「そう。奪う奴は死んでええ」


 1人はキャミソール姿の少女で、足とおなじく剥き出しの白い右肩に手を当てている。肩が動いた。あたかも脱臼を直す
柔道選手のような骨法的力学を踏まえた動きだった。ガキリという低く短い金属音が響く。二、三度肩をまわした少女はな
んとも派手ないでたちだった。金髪で、ツインテールで、前髪にはダメ押しとばかり銀のシャギーが施されている。
 そのうえクロームイエローのサングラスをかけており「ひょっとして芸能人?」的荘厳オーラだ。
 彼女は死体の傍に両膝そろえかがみこむ。
 拾い上げたのはピンクの財布。まひろのだ。

「人様が一生懸命働いて稼いだカネしょーもないマネで奪いくさりよってからに。死んで当然や。まぁ生活苦に喘いだ末に……
ちゅーならまだグレイズィングに頼もって気になるけどやな、お前どう見てもストレス解消程度やろがい」
 サングラスを髪の上まで押し上げしばらく値踏みするように死骸を見て……嘲る。
「そんな高そうな靴と服身につけて……ありえんやろ。生活苦」
「さすがデッド。目利きスゴいね~」

 いま1つの影は壁にもたれて腕組みしていた。

 夜の対極がそこにいる。透き通るような白い肌を持つ少年で、瞳は紅玉よろしく爛々と光っていた。
 傍らにはリヤカー。白い布製の大きな袋が乗っている。力士の上半分ぐらいの大きさだ。表面のところどころが直方体に
ボコボコしている。
「あったりまえやろウィル。商売人やぞ? ヨロズの価値に通じとる。服からタンカーまでなんでもござれや」
「褒めたからさ~、そろそろ解放してよ~。荷物運び……。いろんなトコで物買いすぎだよ~」
「断る!」
 デッドと呼ばれた少女は腰に手をあて胸を張った。
「あ」
 白い──アルビノ──少年ことウィルは一瞬なにか言いかけたが口を噤む。デッドの目ざとさはどうやら商品以外にも
作動するようで。少女はひどくムッとした。目を三角に首だけ振り向く轟然と。
「ああそやわ!! どーせウチは貧乳ですわ!!! 地平線! 凸真っ平らァ!!」
「ネコまっしぐらみたいに言われても……」
「ネコとかいうなこわい!!!」
「キレ気味に泣かないでよ……。面倒くさい」
 デッドはギュっと目をつぶりイヤイヤした。耳をふさいだまま真赤な顔を左右に振ると見事な金色のツインテールがサラサ
ラくゆる。そして急に黙り込み俯いて……。数秒後。
「アレはウチが盟主様に「やっぱお兄ちゃんたち無いよりあるほうがええんか?」そう聞いたときのコトやった」
「なんか語りだした」
「盟主様は「やっぱ巨乳だねっ!」と即答した。マシュマロボブみたいなカオでサムズアップした。ビックリしたわ。何ら迷い
なかったもん。その時のウチは結構な気合入れた格好で、はにかみつつ上目遣いで質問した訳やけど全部ガン無視。乙女
がシナ作っとんやぞちょっとぐらい媚びろや」
「ビールの大瓶ってさー、なんでみんな633ccなの?」
「知るか!! おま、ウィル、ウチの話聞いとるのか!?」
「昭和15年(1940年)の酒税法改定に伴いビール1瓶あたりの容量を統一する必要に迫られたのだけれど、当時のアサヒ・
サッポロの工場あわせて14箇所で作ってた瓶の容量がまちまちだったせいー」
「ほー」
「いっそ新しい瓶作って規格統一すれば楽だったんだけどー、当時日本は戦前でー、ガラスも貴重だからー、新しいの作る
余裕なかったんだー。だから当時一番容量少なかった瓶に合わせたわけー」
「ナルホド、それが633ccちゅー訳やな。いちばんちっちゃい奴に入るなら大きめの瓶でも対応でき関係ないやろこの話題!!!」
 デッドは怒鳴る。ウィルは何が嬉しいのか目を三本線だ。
「ないねー」
「ああでも小さいのはいつかスタンダードになるっちゅー教訓かも!!」
「うわぁ面倒くさい。話し逸らしたのにこじつけてる……。これだから女のコとか面倒くさい…………」
「腹立つわ。お前ホンマ腹立つわ。ちっとは乙女フォローせえや」
「自分で乙女とかめんど……え、なにどーして睨むのさ面倒くさい……。そーいうさぁ、イラっときた時にさー、手近な人に言
葉伝えて感情共有して晴らそうとすんのやめようよもうー。相手が心底同情するケースなんて稀だよ稀。「しょうむないコト
言ってるなぁ」って内心ウンザリしつつ前後の人間関係鑑みて取り合えず頷いてるだけなんだからさー、そんなんで紡がれた
言葉の実態知りもせず満足しても仕方ないじゃん。なんでみんな自分の感情他人に混ぜてようやく正しいと思えるのかなー」
「……」
「『自分の正当性犯された』、怒りの源泉は常にそれ。なのにどういう訳だかみんな怒るほど信じてる正しさの審判を人に委ねる。
訴えて認められてやっと満足さ。弱いよソレ。訳わからない。本当に心から自分が正しいって思ってるならさー、人の意見とか
いらない筈だよ本来いらない。不都合さえどうでもいいって嘲笑い進む訳だからデッド要するに後ろ暗いんでしょー?」
「出たわー。出よったわー。社会知らん癖に頭だけいい引きこもり特有の論理飛び出たわー」
「勢号よりあるし、いいじゃん」
「ロリやん!」
「イソゴ老にも圧勝だよー。ぱちぱちー」
「だからロリやん!!」
「中学生が幼女相手に勝負挑んで恥ずかしくないの? 分かってる? デッドの悪いトコはそこだよ?」
「説教!?」
「あのクライマックスより胸小さいのは屈辱だよねー」
「まったくやわ!! アレは本当しょうむない癖にDあるからなD!! そんかわり不摂生と運動不足でウェスト62やけど。
それでも色気ムっチムチのグレイズィングと胸だけは互角……。あとリバースはバケモン!! ぐぬぅー」
 ハンカチ噛んで涙するデッド。ウィルはちょっと角を見て耳を澄ます。
「ところで財布……持ち主歩いてくるみたいだよ? さっさと死体片付けないとマズイよね~?」
「……。本っ当しょうむない奴。わかっとんならやれやウィル。お前の得意分野ちゃうんかい」
 関西少女。ふだんは隠しているのだろう。前髪の上に跳ね上げていたティアドロップ型のサングラスをかけ直す。露になった
素顔の瞳は10代の少女らしくパチクリとしているが、白目の部分に稲妻のような瑕がある。
 それを眇めたのを合図に……空間が、歪む。

 死体のすぐ横に佇む塀。2mほどあるそれの根元から天辺スレスレまで光線が走った。壁がごとく。バーナーに刳り貫かれる
合金のごとく。線は、4本あった。縦に伸びるものが2本、横に流れるものが2本。最初に描いた線分──縦──の両端と
直角に、眩いクリームイエローの光波を放射状に広げながら伸びていく。あっという間に3m引いた。それがいま1つの縦
──こちらでも光の線が塀を削った──と合流したとき金属音が一瞬響く。錠前が外れるような、完璧に噛み合う3つの歯
車を力づくで引き剥がし砕いたような小気味よい不協和音を合図に。

 塀が、開いた。

 塀の一部分、縦1m94cm、横3mの長方形が両側開きの扉となって立体世界にせり出した。
 開け放たれた部分に覗くは漆黒の空間。相当広いらしい。彼方で風の渦巻く音がした。虚空の響きは怨嗟にも似た。

 穴があいたワケではない。塀の一部が、まるで蝶番のドアのようにバカリと開いている。空間の曲率が明らかにおかしかっ
た。”ドア”に該当する部分には、塩ビのパイプがしだれかかっていたが、倒れるコトなく塀と一体、清冽を漏らす冷蔵庫の、
扉に張り付くマグネットよろしく共に正規の座標から外れていた。にも関わらず、曲率が普通の、ドアならざる箇所に伸びた
部分は、従前どおりの場所にある。シャムみたいな雑種猫が1匹、塀の縁を通り過ぎた。柔らかな毛に覆われた横腹が
僅かだがパイプに当たる。何と言うコトだろう。そこから1m離れた箇所めがけドアともども飛び出したパイプがカラカラと
揺れた。繋がっている。瞥見の限りではドアを境に明らかに断絶されているパイプが、繋がっている。

「インフィニティホープ(ノゾミがなくならない世界)。羸砲ヌヌ行ともども時空の果てを漂ってね~」

 声と共に死体が暗黒空間に吸われ消える。ドアも閉じた。

「あとは血痕やなー」

 露出の多いキャミソールに光が絡み型を成す。それは弾帯だった。見るからに硬質のアイヴォリーブラックで、赤い筒を横倒しに
何本も何本も蓄えている。脇から背中に装着されたそれの1つをデッドは抜き去り

「てりゃ」

 血溜まりめがけ無造作に投げた。破裂音がし、赤い炎と黒い煙がワルツを踊る。爆竹程度の爆発だが世界は変わる確実に。
 爆発のあった場所に無数の渦が現れた。うっすらとシアンに輝く半透明の渦に月明かりが屈折し、青紫みした黒い向こう
が歪んで見えた。

「ムーンライトインセクト(月光蟲)。ワームホールで始末やでえ~」

 そして血溜まりを吸う渦。音は高性能掃除機のように静かだった。

 異変はデッドの手にも起きる。指先を流れ落ちる血液をも吸われていく。

 海に降る雨を逆再生すればこうなったろう。赤黒い楕円が無数の雫となって渦に落ち込み──…




「ほれっ」



 まひろが目を白黒しながら財布をキャッチしたのは数分後。塀に手をかけ手をかけ青息吐息で歩いていると、突然声が
し投げられた。一瞬なにが起こったか測りかねるまひろだがすぐさま気付く、再会に。

「私の財布!! 良かったまた逢えて……。取り返してくれたの? ありがとー」
「かまへんかまへん。グーゼン拾ただけやし。ひったくりがぶつかってきてなー。落としよったわ」

 サングラスをかけた少女はそういって掌ふりふりカラカラ笑った。真実を知らないまひろは「いい人だ!」と直感し、通例す
なわち1割を差し出した。

「ええってそーゆうの。ウチは好きで持ち主探しただけやし」
 凛と手を突き出し断る少女。(ちなみに弾帯は解除済み。普通のキャミソール姿だ)
 傍らで雪のような美少年──存在に気付いたまひろは「おお、秋水先輩と同じぐらいカッコイイ」と感心した──がどうでも
よさげに大きな枕を抱きしめた。

(人殺しが謙遜とか面倒くさい……)

 デッド。コードネームはデッド=クラスター。栴檀貴信と栴檀香美にとっては……仇敵。

 彼らの平穏な暮らしを、些細な、実に些細なキッカケで破壊したレティクルエレメンツの幹部──…
   か
『彼方離る月支』(マレフィックムーン)。

 月支すなわち的を定めた彼女の執心ときたら。横取りは決して許さない。
 相手がたとえ過失でそれを手に入れたとしても許さず破滅に追い込むのだ。
 貴信や香美がどれほど悲惨を味わったか知り尽くしているウィルだから、いまのデッドは薄ら寒い。
 強欲が何を約やかに──… そんな思いでいっぱいだ。
 もっともデッドに言わせれば「奪う奴が悪い」「奪われた人は可哀想、保護すべき」……である。だから財布を盗られたまひろ
に優しくするのは自然なのだ。もっとも、デッド自身に『奪われた』──例えば平穏な生活を奪われた貴信や香美のような──
人間にその論法は適用されない。何故ならば「先に向こうが奪った」からだ。だから何をしてもいいという。これほど都合のいい
二重基準もないだろう。そんなものが芽生えてしまったのはまだ人間の頃、様々なものを奪われたから──…

 音がした。重い音が。響いたのは一瞬だがまひろとデッドを取り巻く状況を激変させるには十分だった。

「げ! しもた!」
「!!」

 音を追ったまひろの大きく澄んだ目が色を変える。地面にある物が落ちていた。人間なら誰しも見慣れた物体だ。ただそれは
路上に落ちているべきものではなかった。日本という平和な国においては異常で、たとえ戦場でも即時撤去が謳われる。主
に衛生を守るため、だが。

 それは少女2人に境界線を引くよう真ん中に落ちていた。

 デッド=クラスターの奪われたモノにそっくりだった。というより、父親代わりのディプレス=シンカヒアが、同じになるよう
精魂こめた逸品だ。指は白魚のように細いし二の腕から手首にかかる曲線ときたらまったく芸術的で、だから年頃のデッド
はいつも外出時ルンルン気分でつけている。

 平たくいえば腕だった。詳しく言えば義手である。デッドは両手がない。足も太ももから先がない。幼い頃誘拐犯に切断された。
ディプレス謹製の義手は神経と接合し本物と遜色ない。ピアノも弾けるしワープロも打てる。足の指でテレビのリモコン掴んで
引き寄せるぐらい楽勝だ。

(まーた落ちよった。動きいい代わり接合弱いからな~。さっきひったくりにロケットパンチしたんも悪い)

 デッドはため息をついた。ハッと面をあげたまひろは見てしまう。ピンクのキャミソールから剥き出しになった肩、それが
途中で途絶えているのを。財布の拾得者。金髪でコウモリの翼のようなツインテールのきらびやかな少女は腕がない。

(いやあるけどなー。いま地面に落ちとるけどなー)

 さきほど接合から逃れ叩きつけられた義手を見る。いつだったか、香美を人質に脅迫した貴信が、ある男の腕を斬り飛
ばした。因果だろう。残った左手で頭を掻く。

(ああもう。財布渡すだけの筈やったのに何でこうなるかなー。別にウチ自分の体んコトは気にしてないけど、でも初対面で
いきなりこんなんされたら引くわー。腕やで腕。腕腕腕。地面に転がすとかグロいわ。絶対このコ引いとるわー。ごめんな
不快な思いさせて。さっさと拾ったら行こ。リヴォかイソゴばーさん探さなあかんし)
「落ちたよー」
「おおきに。そーそーそー。油断しとるとすーぐ落ちるよってなコレ困ったモンや……ってなんかツッコめや!!」
 まひろはちょっとハテナマークを浮かべた。手には右手。ちょうど秋水が正眼に構えるように、手首を掴み高々ともたげて
いる。事情を知らないものが見たらゾッとする光景だ。夜道でも、マネキンではない、明らかに人のものと分かる腕を、結構
にこやかな顔で渡そうとしている。武藤カズキの雷名はレティクルエレメンツにも響いているが(かのヴィクターを追放したの
だ)、いまその妹が眼前にいるとは思いもよらぬデッドである。もっともだからこそ、まひろの孕む凄さをつくづく痛感するの
だが。
「あ。電球ー。便利だよね。髪につけると」
「つけたコトあるんかい!! いや確かに便利やけれど!」
 まひろは変なところに食いついた。ツインテールの根元でぴかぴか瞬く電球は、デッドが自らの武装錬金(クラスター爆弾。
本体は赤くて大きい重い筒)内部で作業するさい頼る灯りだ。いつなんどき使うか分からないので常時髪留め代わりにつけ
ている。
「あれ? 夜なのにサングラス? まさかひょっとして有名人!? お忍びでデートしてたり!?」
「いちお見えるし経営する方やしウィルなんぞと付き合ってないしウチ」
 矢継ぎ早にツッコむ。ウィルが小声で「息ぴったりだねー」と呟いた。
「ちゅーかしもた。腕。戻さな」
「どーぞ! 拾ったら拾い返す、何を隠そう私は倍返しの達人よ!」
 強く差し出しつつ眉をいからすまひろである。彼女なりのご遠慮なくどうぞだが、いつものごとく的外れなボケた行為。
 しかし破綻者たるデッドはちょっと内心身震いした。半分は欠如あるもの特有の感動だが、もう半分は純然たるドス黒い恐怖
だった。勝てない。闇が朝日を評するようつくづく思う。
(……あまたある商品に鼎の軽重・問い続けたウチやからこそ分かる。人物や。一見は愚鈍、出し抜くは容易く見える。されど
天稟、”流れ”はいつでも味方する。個において劣るからこそ人の縁が押し上げる。生まれつきソロバン越えたトコに位置する)
 不承不承腕を受け取り嵌め込むデッド。その間もまひろは親しげに笑っている。目の前で義手の接合作業が行われているに
も関わらず好奇も同情も何も無い。バッグを肩にかけ直すのを見るような平坦な顔つきだ。
「あ、そうだ。お名前。お名前なんていうの?」
 出し抜けに聞かれたデッドが逡巡したのは理由がある。もっとも同伴者はそれを無視した
「さっさと答えて帰ろうよー。名前は~、デッ」
(アホ!!)
 牙剥きつつ振り返り、睨む。
(コードネーム名乗るアホがどこにおる!! ウチらきたる大決戦のために下見中!! んでこのコ制服的に銀成学園! 
例の飼い主やらネコやらと同じ学校! 何の拍子でバレるか分からんやろーが!! 『いま銀成にいる』、バレんのマズイ!!)
 ウィルは黙った。理解したというより、急に喋るのが面倒くさくなったようだ。
「もしかしてヒミツ? そっちの方がカッコいいから? ブラボーみたいだね~」
 まひろはまひろで納得したご様子だ。うんうんと頷きつつそして笑う。
(くぁ~。なんやこのコ! ええコすぎる!! 天使か!!)
 悪の組織の幹部にも関わらずデッド、人の善意とか暖かさといった感情が大好きだ。趣味はしなびた個人商店での買い物。
吹きだまる在庫を一手に買い付けるのが好きだ。社会の金回りをよくする一番の手段だと信じている。急によくなった風通し
におじさんおばさんが驚きつつも「ありがとー」とお礼を言ってくれる瞬間がたまらなく好きだ。
 まひろのような外見ほぼ同年齢の明るい少女も好きである。ドス黒いモノを内心に宿すデッドだからこそ裏表のない女の
コに憧れる。レティクルに同年代の少女がいない(イオイソゴ=キシャクははるか年上)のも大きい。
「樋色獲(ひいろえる)」
「うん?」
「ウチの本名。英語でいうとヒーローゲッターや。覚えとき」
「じゃあえーちゃんだね」
「さっそくあだ名とか馴れ馴れしいな! まあええけど」
「やた。本名ゲット。この調子ならブラボーの本名聞きだせるかな?」
「知らんがな」
 突っ込みながらも満更ではない。笑いながらまひろの周りをくるくる巡る。
 で、正面でピタリ止まり
「アレやな」
「ん?」
 感心半分、驚嘆半分、話しかけるとまひろは身を乗り出した。
「相関図ってあるやろ。ドラマとか漫画とかで人たくさん出てきたとき用意されるあれ」
「うん。誰が誰好きー、とか書かれてるアレだよね」
「自分はきっとそれに忠実や。自分と相手結ぶ矢印に書かれた文字、相関関係に対し全力……ちゅーのかな」
「???」
「ま、出し抜けに言われても分からんやろな。ウチの言いたいのは要するに『見かけで人、判断せん』やな。つってもそれ
は初見で本質見抜く聡さゆえやあらへん。相関図や。相手がどういう位置づけか……そこしか実は見えとらん。友達な
ら友達への、転校生なら転校生への、財布拾た奴なら財布拾た奴への、やるべきコトとかしたいコトとか何もかもひっくる
めて全力で向かってく。フリスビー投げられた子犬よろしくな。だから初対面から打ち解けているようで実は相手の本質まっ
たく分かっとらん。それは賢か愚でいえば愚……つまり、愚かや。相手によっては敬遠するし嫌うやろう。鬱陶しいとも思う。
ただ相関図に対し常に全力やからこそ、人を、本当に理解するまで付き合える。世間が要求する取り澄ました、格好よい
賢さとは対極にいるからこそ人間と、真の意味での絆を得られる。ま、本当に心底周りの奴が好きだからこそ成り立つ
芸当やけど」
「うーん。良く分からない……」
 まひろはちょっと泣きそうなカオで笑った。困惑が見て取れた。
「友を得るには相手の関心を引こうとするよりも、相手に純粋な関心を寄せることだ」
 不意に紡がれた言葉はウィルのものだ。デッドもまひろも驚いた。さっきから「まったく無関心!」とばかり立っていた彼が
突然格言めいたものを持ち出したのだ。しかしまひろの反応は早い。
「デール=カーネギー! 『人を動かす』!!」
「正解。……っていうか何で分かるのー? きみひょっとして勢号ー?」
「……アレ? なんで分かったんだろ? 急にパッと浮かんできて…………」
 どうも言葉の意味が分かってないようだ。なら何故言ったのか。
(突拍子もないけど、まぁ、そーいうコなんやろ)
 デッドは納得し、平手を眼前でパタパタ。
「それでええ。上等。小難しいコトわからんのは美点や。価値作れる条件や」
 なまじっか鑑定眼ばかり磨いているからつい長広舌に及んだ……そういうデッドの足元に影が来る。
「あ、ネコさんだー」
 茶トラだった。生後3ヶ月といったところか。夜道でシャンと輝く瞳は丸く愛らしい。
「ネコ!? ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 デッドはビックリ仰天だ。両手ごと上体を右めがけ思い切りねじり片足を跳ね上げる。
 まひろはしゃがみ込み茶トラを撫でる。ノドをころころすると気持ち良さそうに目を細めた。
「いややいややネコ怖いめっちゃこわい!! どけて!! どっかやって!!」
 絹を裂くような悲鳴の天上世界を大きな瞳が覗き込む。
「ん? ひーちゃんひょっとしてネコ嫌い?」
「お、おう!! ちょぉっと昔、むちゃくちゃな目ぇ遭わされたよって!! じ、自業自得やけど以来ダメやダメダメ!!」
「じゃあ仕方ないねー。ネコさんネコさん、ちょっとだけあっちに行ってくれる?」
 適当な場所を指差すと、何かいいものがあると勘違いしたのか、子猫はとてとて駆け去った。

 まひろは知らない。かつてデッドを「むちゃくちゃな」目に遭わせたネコが──…

 つい先日銀成学園に転校してきた栴檀香美とは。

 かつてデッドの手によってホムンクルスにされた彼女は、貴信を傷つけられた怒り昂じて起動暴走に陥った。
 それまでの一悶着によって消耗していたデッドは成すすべなく甚振られ一時は命さえ危ぶまれた。
 レティクルの、幹部たるマレフィックが、たかが動物型相手に苦渋を舐めた。忌まわしき屈辱に本来ならば瞋恚(しんい)
の炎を燃やすべきだが、貴信と香美の一件につきまとう一抹の罪悪感も相まってそうはできぬデッドだ。むしろネコ恐怖
症に陥っている。実のところ香美が怖い。もっとも向こうはデッドのコトなど忘れかけているが。


 ややあって。


「ええか。人と物の間には”縁”っちゅーもんがある」
 財布を指差す。
「人が生活できるんは物があるからや。色んな物が傍におってくれるから、寒さとか飢えとか、そういう理不尽なコトを避け
られるんや。便利で快適な生活を送れるんや。けどやな、物は人がおらな生まれへん。必要とされるから生まれてこれるん
や。どっちが優れとるかやないで?」
「持ちつ持たれつだね」
 素直に頷くまひろにデッドはニヤリ笑う。
「どう見ても安物、持った感じさほど入ってない財布を息せききって追っかけてた自分やからきっと分かる。財布にさえ相関図
持っとるらしいからな」
 財布を指差す。
「これがあんたの手にきたんも縁っちゅー奴や。あんたが必要としとるから買われたし今もこーして使われとる。そういうの
は奇跡なんや。日常ん中に当たり前のように存在しとる。欠けるコトなく揃っとる。それは本当奇跡で、誰かに奪われたり
壊されたりなんかすんのウチは見過ごしたくないから、拾って、届けたんや。……大事にしたり。この財布はまだあんたに
使われたがっとる。物の命尽きるまで大事に使て、んで、できたら役目すんでからも捨てずにとっとき。それが礼や。ウチに
対する礼。お金なんかよりもっと大事なコトなんや」

 まひろはいたく感激したようだった。うんうんと頷き、それからデッドとまるで10年来の親友のように世間話をしてそれから
帰途へ。ウィルはため息しつつ寝る。

(やだなーデッド。一見まともそうなコトいうからこそ鬱陶しい……)

 罪業と善行を秤にかければ左に傾くのがデッドだ。人ならざるホムンクルスを日本国の法で裁けるなら間違いなく犯罪者だ。
「奪った」。そういう人間を数多く殺してきた。時々恐ろしく小さな略奪にさえ激昂した。人々を怪物から守る錬金の戦士でさえ、
殺した。もう当事者総て鬼籍に入って久しい過去のゆきがかり──もと社長令嬢の彼女は戦団に、母と、仲の良かった使用
人たちを殺されている──をタテに八つ当たりし無残を振りまいている。
 同じような境涯の、父と義母を殺された(と信じている、信じ込まされている)リバースが、戦士たる防人と不意に出逢って
なお持ち堪えたのは、デッドの、「仇とは無縁の、ただ同じ組織にいるだけの」人間に当り散らす姿に思うところがあるから
だ。それで何とかギリギリのところで耐えている。もっとも、そう思える平衡に至るまで、坂口照星がどれほど甚振られたコト
か。
 精神年齢もある。いちおう高校3年生まで人間をやっていたリバース。『身体的特徴』ゆえに小学校すら行けず13歳で人
間を捨てたデッド。どちらが兇悪で我慢強くないか明白だ。もっともリバースの憤怒が日々膨れ上がるのは、ステロイドの
ような理性が散発を強く押さえつけているせいだ。総合的に言えばケンカっ早く口の悪いデッドの方が、さばさばしており人
当たりも良い。リバースは常に笑顔だが前述の理由もあり執念深く狷介(けんかい)だ。ただ両名とも社会の理不尽に困窮
する人間に対してはひどく優しい。

(レティクルはボク以外だいたいそうだけど誰得、だよねー)

 100万人殺すテロ集団が人口10人の限界集落を救ったとする。社会はそれを讃えるか?


 デッドは嘆息した。


(ウィル。お前かて外道ちゃうんかい。小札零とは因縁浅からんし)

 ウィル。

『水鏡の近日点』(マレフィックマーキューリー)。

 彼は時空の改変者だ。本来この時系列は数十年後、ムーンフェイスに蹂躙される。厳密に言えば彼の造り給いし真・蝶・
成体が地球を月面よろしく荒廃させる。カズキと斗貴子の間に生まれた武藤ソウヤはその歴史を……変える。真・蝶・成体
がいまだ目覚めぬ刻に翔び”親たち”と協力しこれを打倒──…

 未来世界は平和を取り戻したかに見えた。

 しかし。

(中国のナントカとかいう指導者はむかしスズメ全部殺せいうたそうや。田んぼでコメ食べるよってな)

(で、殺した。徹底的に殲滅した。それで収穫量上がったかというとむしろ逆。未曾有の凶作に見舞われた)

(なぜか? イナゴが大発生したせいや。異常気象のせいやないで? もうオチ分かるやろーけど人間が悪い)

(そ。スズメっちゅーのはイナゴも食べる。食物連鎖。虫の誇るおぞましい繁殖力っちゅーのを期せずして抑えてた訳や。
それをナントカという指導者の指一本の命令で無視したから)

(大凶作。スズメにコメ喰わしてた方が良かったっちゅーぐらいカツカツなった)

(歴史改変にもそういう所がある)

(真・蝶・成体。ナルホドあのバケモンはようけ人殺した。斃すには足る。けどスズメやない保証はどこにもない)

(哀れに見える犠牲者が実はイナゴで、将来、より大きな不都合を起こすコトだってありうる)

(当人がやらんくてもその子供や孫……末裔が、イナゴる場合も)

(改変後の歴史。西暦2208年。全世界で約30億8917万人が死ぬ)

(人類への未曾有の叛乱。首謀者あるいはその祖先たちは本来)

(真・蝶・成体に殺されとった)

 改変後の歴史にしか存在し得ない命。
 ウィルという少年もまた例外ではなかった。
 生まれたが故に爛熟する人間社会の傷痕に翻弄され──…

 やがて歴史改変を決意する。

(2305年から戦国時代を通り、1995年へ。幾度となく跳躍し、歴史を変えた)

 目的はただ1つ。レティクルエレメンツ生存。

(正史では戦団に負け消え去る組織。それを生き延びさせるため”だけ”歴史の微調整を繰り返した。気が遠くなるほどの
年月、何度も何度もループしてな)

 その果てでウィルは小札と出逢い。

(アレをホムンクルスにした。けれど無事では済まんかった。想定外の事態に見舞われた。人外と化したヌル……小札零が
覚醒したんや、本来のチカラに)

 あらゆる因果を書き換えるという7色目、禁断の技。小札零の切り札中の切り札を受けたウィルは根底から破壊された。

(かつては『傲慢』やったウィル。それが『怠惰』になったんは10年前──…)

 彼はあまりこのあたりのコトを語りたがらない。どうも小札に投与した幼体が相当特別だったらしいが……。



「あのー。デッドさんとウィルさん……スよね?」


 互いが互いを(貶しつつ)想っていると声がかかった。
 仲間以外にコードネームを知るものはいない。デッドはやや瞳を警戒に細めながら出所を見る。

 まひろが去ったのとは反対方向。ひったくりの死亡現場に続く道に男がいた。
 髪を金色に染め耳にピアスを幾つもつけている。一目で不良と分かる青年だ。

「ああやっぱり警戒された。『社員』す。社長の指令で来ました」
「なんやリヴォの手下かい」
「金髪でピアス……そうだキンパくんと呼ぼうー」
 ウィルはといえばあくび交じりに答える。
「ようやっとこれで合流できたわ。ま、イソゴばーさんの方が良かったけどリヴォならそこかしこに伝達しやすいやろ」
 いずれ錬金戦団ならびにザ・ブレーメンタウンミュージシャンズと干戈を交える悪の組織──…

 レティクルエレメンツ。

 10人いる幹部のうち実に9割がいま銀成市にいる。中でもウィルとデッドは最後発、予定外の来訪だ。
 そのため仲間たちと合流し、善後策を講じる必要があったのだが、デッドが趣味の買い物を優先させたコトもあり
到着後しばらく彼らは没交渉。それがいまやっと接触した訳だが──…

「つーかリヴォの野郎どこや? 性能的に考えてデパートかなー思て探したんやけど」
「ウソばっか……。買い物したさに選んだくせに」
 文句を言いながらウィルはキンパくんに荷物を渡す。リヤカーに乗った大きな袋を。
「え、俺が運ぶんスか…………。社長なら怒られてますよ」
「お、イソゴばーさんにか? そりゃそーやわな、銀成きたの予定外やし」
「いえ、試食のおばさんに」
「なんやそっちかい。調子乗って喰いまくったんやな」
「いや驚きましょうよ。悪の組織の幹部がそんなんでいいんですか?」
「リヴォのやるコトに驚くだけムダだよー。面倒くさい」
「せやせや。だいたいワルに品格求めてもしゃーない」
 からから笑ってデッド、キンパくんをしげしげ眺めた。
「何か?」
「自分、運がええでー? ウチらマレフィックのうち9人に遭ってまだ生きとるっちゅーのは、ホンマ運がええ」
 一瞬そうだよなあと考え込んだキンパくんだが、すぐ「アレ?」と気付く。
「聞いてるんスか? 俺が社長に会うまでの顛末」
 いんやと少女は首を振る。
「でも目の色見ればだいたい分かる」
「目の色……スか?」
「おぅ。ブレイクの禁止能力受けた奴はしばらく目の色がおかしなる。で、アレが蜂起前にバキバキドルバッキー使うと
したら理由は1つ。リバースに何らかの危害が及んだからや。するとや、必然的に女のコらしい『拒否』が『伝えられる』。
肉体は無事でおれん。じゃあ次はグレイズィングやろ? これで3人。遭ったのは分かる」
 流れるように──ときどき得意げに指を立て──説明するデッドにキンパくんはただ感心した。
「……残るお三方は?」
「重要なのは自分がどこで社員になったか……やな。まずグレイズィングの病院はない。リヴォはアイツ嫌っとるよって」
「細菌型だしねー。病院には絶対いかないよー」
「なら、拷問に耐えかね病院を飛び出した自分が社員になるまで相応のタイムラグがある。で、小耳に挟んだんやけど、
昨日の晩、銀成はちょっと騒がしかったらしい。不発弾がゴミ捨て場燃やしたり街灯倒れたり……たいしたコトない被害
やけど、まぁ、そーいうの起きるのはだいたいクライマックスのせい」
「アレがー、獲物ー、斃そうとするとー、そーなるよねー」
(……いつもかよ)
 昨晩さんざん追い立てられたキンパくんは内心愕然とした。
「ディプレスはなんやかんやで付き合いいいっちゅーか、『早よ引っ付けや男やもめが!』ってぐらい互いに憎からず思っ
とるのバレバレ。なら同伴しとるやろ。だからまとめると、自分は病院飛び出たあとクライマックスとディプ公に遭遇、で、
一悶着あったところにイソゴばーさんかリヴォが来て仲裁……やな。どっちが先かまでは流石に分からんけど、イソゴ
ばーさんが一枚噛んでるのは確か」
「何故ですか?」
「だってイソゴばーさんはウチらのご意見番やもん。リヴォより前に遭ったならあの人の指示で『採用』されたっちゅーコトや。
後だとしてもリヴォの性格なら『採用』していいか伺いを立てる」
「…………頭いいスね」
「武装錬金が武装錬金やからな。チエ使わな商売あがったりや」
 ただ、と少女はこうも言う。
「最後の1人……、盟主様に遭ったとき生き延びれるかどーかは分からんで~?」

 やがて3つの影は闇に溶ける。


 9月13日の夜が始まる。