SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 第097話 「演劇をしよう!!」(後編) (7)


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「ってゲームしてる場合じゃないわよ!!」
 いきなりヴィクトリアは金切り声を上げた。だいぶご立腹らしくゲーム機は頭上高々だ。すわ叩き付けるのかとやっと修復した
兵馬俑ともどもキャッチに向かう無銘だが、ヴィクトリアはやおら手を止める。
「……返すわね」
「返されました」
 返却は、生後間もない子猫を受け渡すように優しく行われた。
 良かったゲーム機壊されずに済んだ。ホッとする無銘の鼓膜を叩くは落胆。
「よく見たらもう夜だし……。早く帰ってアイツの晩御飯作らなきゃいけないのに……なに遊んでるのよ私…………」
 ベンチの上で体育座りし俯いてバーコード状の影を背負う少女に、
「いいのです、たまには遊ぶのもいいのです」
 優しく語りかけ肩を撫でる鐶。
(姐(あね)さん。結構ノリノリだったな姐さん)
 そも1世紀以上前に生まれたヴィクトリアだ。コンピュータゲームなるものがまだ珍しくて大変楽しいらしい。加えて来歴が
来歴だからフラストレーション溜まりまくりだ。敵機を撃墜するたび鋭い瞳が攻撃的な恍惚に彩られるのを無銘は見た。
坂口照星みたいな声の中ボスは戦団退治とばかり意気込んでいたし、逆に鐶のプレイデータでネタバレ的に見たラスボス
は「パパみたいな声ね」とやや打倒に躊躇し、すごい合体攻撃を見ればやや驚きながらも「ふーん。それなりにすごいわね」
と冷笑交じりの評価を下し、溜まったポイントでパイロットをどう育てるか一生懸命考えるさまは意外にあどけなかったり、
とにかくとにかく色んな表情を見せていた。外見年齢相応の瑞々しさが戻ってきているようだった。
「というか……ここに…………何の用事で……きたのですか……?」
「デパートで買い物よ。武藤まひろに呼びつけられたの」
 そういってプイと顔を背けるのはツッコミを予見したせいか。果たして鐶は予測どおり、ちょっと考えてから、いう。
「まひろさんの……お誘い……受けたの……ですか」
「……」
「私が……沙織さんに化けてたころは……あんなに……でぇきらいだオーラ……だしまくりだったのに……打ち解けてる……
の……ですね」
 答えない。公園の青い闇の中で柔らかげな頬がちょっとだけ赤らんだ。無銘は「アレ?」と腕組みほどく
「武藤まひろ? 待て。あの少女ならしばらく前ココ通ってたぞ」
 何ですって。冷たい瞳が砥がれた。灯る光は疑念と怒り。カクテル名:「何で教えてくれなかったの」。
「い、いや、『わーびっきーだー。でもゲームに夢中だから邪魔しちゃ悪いしココは素通り! 何を隠そう私は空気を読む
達人よ!』とか何とか言いながら帰っていった」
「……アナタ忍者の癖に声マネ下手ね。というか気持ち悪いんだけど?」
 気持ち悪い!? 少年は白目を剥いた。
「だって姐さん……めっちゃ夢中……でした……し」
「う、うるさいわね。文句なら敵に言いなさいよ。何で急に一撃で沈まなくなるのよ」
 やや目を三角にし抗弁する。すっかりお気に入りのようだ。
「というかその呼び方アナタにまで伝染してるし……」
「フフフ……。無銘くんが言うなら…………マネ……です。フフフ…………」
「あっそ」
「あと……このフフフは…………デッドエンドシュート……な人の…………マネ……です……」
「あっそ」
「私は……モノマネ……好きなのです……!」
 鐶は拳を突き上げた。眉毛もシャキっといからせたが、瞳は相変わらず虚ろなままだ。
「だから……友達に……なりましょう…………」
「ならないわよ。というか何でそうなるのよ?」
「しょぼーん……です」
 独特なペースにいい加減嫌気が差したとみえヴィクトリアは渋い顔。
「あと……まひろさん…………帰る旨……メールで伝える…………そうですよ……。ソースは私のメール……です」
「最初に言いなさいよ……ソレ……」
 ぼやきながらケータイを開いたヴィクトリアは、淡い光のなか瞳を左右に這わす。やがて鐶発言の裏づけがとれたのか、
パチリ、小気味よく畳みポケットへ。機嫌はちょっと良さそうだ。
「ゲームやってていい。そう言われたに違いない」
「あの目は……間違いなく…………そうです……。あの目…………。Cougarさんのアイドルビデオ1日中見てていいと言わ
れたお姉ちゃんと…………同じ目……」
 ボソボソ囁きあう無銘と鐶にヴィクトリアは一瞬なにかを言いかけたがしかしグっと押し黙る。どうやら図星だ。それは屈辱的
沈黙に赤く染まる面頬から見ても明らかだ。
「たとえそうだとしてもアナタたちには関係ないでしょ。だいたいゲーム機返したし」
 ツンと済ました顔がたじろいだのは、鐶が先ほどのゲーム機を差し出したからだ。食指が動いたらしい。反射的に手を
伸ばしかけたがすぐ引っ込め鼻を鳴らす。指摘どおりだと認めるのがイヤで仕方ない……そんな風だ。
 なのに。
「姐さん……。遠慮しなくて……いいです……よ。本体も……ソフトも………………沢山……あります」
 ギョっとしたのは箱のせい。20はあるだろうか。鐶の広がる両手にあたかも出前そばのように重ねられ、聳えている。
総て辺と辺がビッタリひっつくさまは梱包機械が揃えたより緻密。右手に本体、左手にソフト。おのおの、10。
「……買いすぎだろ貴様」
「大丈夫…………です……。ブレミュのお金は……使ってません」
「ならいいが」
「はい……お姉ちゃんの財布から…………コツコツくすねたお金で…………買いました」
「何やってるのだ鐶おまえ何やってるのだ」
「天罰です、よ。少しは痛い目見れば……いいのです。フフフ」
「グルグル目で笑うな! 以前から言ってるだろ! 怖いからやめろと!!」
 あとでヴィクトリアは知るが、鐶は義姉から虐待を受けていた。ばかりではなく目の前で両親を惨殺されてもいる。いろいろ
募るものがあり時々思わぬところから、バレないよう、報復していたらしい。
「というかだ。古人に云う。貸す時の仏顔、済(な)す時の閻魔顔」
「いえ……あげます…………よ? 取り立てるとか……しません」
「偉そうに云ってるが貴様それ盗んだ金で買ったものだからだな」
「どうぞ…………保存用観賞用布教用もみがら食べるときに眺めて食欲増進する用……いっぱいあります……」
 塔のてっぺんで影が動く。伸ばした舌だ。箱を弾き飛ばし口に戻る。ヴィクトリアは、まるで妖怪あかなめか超高校生級の
殺人鬼かというぐらい、先が戯画的カモメよろしく割れた長い舌を、伸ばす、鐶を見た。見ていた筈なのに、直撃を受け、
ねっとりと唾液にぬめる大小の箱2つ、反射的にキャッチした。してしまった。
(やってしまった……。またよ。学習しなさいよ私)
 力なくくず折れるヴィクトリア。細い足を横すわりに揃え手をつく。俯く顔に影が差す。
 いつだったか、パピヨンが股間から出した紙を、今よろしくキャッチしたコトがある。その後悔がまったく役立っていない。
暗澹たる思いだ。両手を持て余していると、無銘が無言で忍び寄ってきた。差し出されたのはハンカチ。痛ましい、同情的
な顔に総てを悟る。きっと彼もむかし”やらかした”。分かち合える何かが心を溶かす。「……貸しにしてあげるわ」。ぶっき
らぼうな少女にしては破格の礼だ。
「……というかゲーム渡されてもするヒマないんだけど」
 正確にいえば「現を抜かしたくない」。忙しいのだ、彼女は。例の白い核鉄の製造にいまは全力投球すべき時期。しかも
パピヨンの身の回りの世話もある。昼は昼で学校がある。演劇部は発表を控え忙しいし、その手綱もまたパピヨンから渡さ
れている。というコトを述べると鐶は──…
「なるほど……。姐さんは通い妻、なのですね……」
 合ってるような合ってないようなコトを云う。ヴィクトリアは瞬間、頬がカッと熱を帯びるのを感じたが咄嗟に言葉は出てこない。
「主婦だな。師父から聞いたがあのパピヨンとかいうのは病弱……。きっとシーツとか洗濯しているに違いない」
「あとシチュー煮込んでるかも……シチュー……。ブロッコリーがくたくたになるまで……煮込んだ……消化の良い……シチュー……」
「してたら悪い?」
 してるんだ。おおーというさざめきが少年少女を行き過ぎた。どうも彼らは心底感心しているらしい。
「シチュー煮込めるのはスゴイ。大人だ」
「大人……です」
(え、そうなんだ?)
「カレーは子供だ」
「子供……子供……」
(違いが分からない……)
 よく分からぬ論理だが、一種尊敬を帯びた眼差しで見られるのはそう悪い気分でもない。結局こどもなのだ、ふたりは。対
するヴィクトリアは100年以上、それこそ鐶が総て吸って人類最高齢に達するほど生きている。そういう優位性を確かめると
いろいろ萎れていた感情が復活する。
 しゃんと腰をのばし顔を凛々しくする。話す姿勢。無銘と鐶は食いついた。
「いい? アイツの世話は本当大変なのよ。例えばこの前なんか──…」
 愚痴とは結局誇示である。耐えたり凌いだりした自分がどれほど偉いか標榜する行為である。ヴィクトリアはパピヨンがい
かに難物かを語る。正義感に溢れる無銘など義憤に燃えた。だいたいにして女性は男性を惚気以外で語るとき、常に不当に
歪めている。自らの落ち度は隠し、相手には毛を吹いて瑕を求め。子供は、いつだってそれを知らない。親権の大半が女親
に行くのはそのせいだ。そろそろ女子から女性になりつつある鐶は、ときどき「本当かなあ」というカオをしつつ、やっぱりヴ
ィクトリアの苦労話に感心したり同情したりだ。妙にどきどきした表情なのは、男女の関係の進捗率に興味たっぷりなせいか。
流石に──少なくてもヴィクトリアから見える範囲のパピヨンは──まるで無関心で指一本握らないとは言えない。自然、
話は艶っぽくない。ご飯が冷たかったら怒るとかそういう所帯じみたものになる。
「奥さんだ」
「完全に……奥さん……です」
 好感触。満更でもないヴィクトリアだが「ただの研究仲間よ」……相手に生活能力がないからやむなくやっているのだと敢えて
強く主張する。一種の惚気だった。
(というかパピヨンすごく年下だよな?)
(ひ孫ぐらい……年下です…………。姐さんめっちゃ……蝶・姉さん女房……です)
 ホムンクルスならではの年齢差に気付いたふたりだが、そっとしておく。口には出さない。
「いい? だからゲームなんてやってるヒマなんかないの。今日だってアイツの食事の材料買って帰らなきゃいけないし。掃除
もあるしもちろん研究だって」
「姐さん忙しい」
「姐さん忙しい……」
 ぱらぱらと呟きが漏れた。それでも声は、子供らしく、大きい。元気な証だ。ホムンクルスという怪物でありながら、彼らは
人間性を清らかなまま保っている。何気ない光景。けれど彼らの”ありのまま”は、ヴィクトリアが向かうべき錬金術への嫌悪
を削いでくれる。錬金術の産物総てが胸に突き刺さる黒い刃でないコトを教えてくれる。

 一瞬、まひろと秋水が胸を過ぎり。

(…………)
 少し微笑が浮かんだ。
 改めて感じる。
 世界は、鎖された扉の向こうは、決して悪い景色ばかりでない……と。

 だからこそ、手中にあるゲーム機とソフトを返したくなった。
 拒絶というより、対価だった。ずっとホムンクルス嫌いを標榜してきたヴィクトリアだからこそ、いま突然かれらと完全なる
融和を図るのは、矜持に賭けてできなかった。嫌悪を催さないコトと嗜むコトはイコールのようで違うのだ。茨の道の足元
に佇んでいる橙の小さな花を綺麗だと思いながら、語りかけるのが何だか恥ずかしいというか、その姿を誰かに囃される
のが腹立たしくて、でも一瞬心を解きほぐされた礼に、朝露にじむ細腕を下へ傾け振りまくような複雑な感情。用益を受け
ず、相手方を「持ったまま」にするのが、せめてもの対価だった。

「でも……」

 鐶はちょっと逡巡してから云う。

「ヒマな時に…………すれば……よい……です。………………忙しいからこそ……息抜き……すべき……です」
「……」
「最近の…………姐さん………………忙しいのは……分かってました……。傍目からも……疲れてるの……分かりました。
だから……ゲーム………………あげます…………。好きなときにすれば……よいのです…………。息抜きは……大事……
……です。ほどよくガス抜きしないと…………お姉ちゃんみたく……頭……おかしく……なります……」
「だから貴様は、義姉を何だと」
 救う気あるのか。渋い顔の無銘をよそにヴィクトリア。ため息まじりに瞳を尖らせた。
「あっそ。でも施しは受けないわよ」
 すわ怒るのかと身を硬くする少年忍者。だが危惧と裏腹に浮かんだのは冷笑。ニヤリとした皮肉交じりの笑いだ。
「いい? 飽きたらすぐに返すから」
 どうやら受けるコトにしたらしい。軟化は鐶の朴訥な配慮ゆえか。
(……いい話のようだが)
 少し狭まった鐶とヴィクトリアの距離に喜びながらも、無銘は思う。
(それ半ば盗品だぞ姐さん。盗んだ金で買った奴だぞ姐さん)
 いいのだろうか。答えは出ない。会話だけが進んでいく。
「たまには……スパロボ……談義……しましょう」
「ヒマ潰し程度ならね」
「じゃ早速……薔薇で……3号な……でっかいウサギ…………。参戦したら……パイロットの人…………が、最後に覚える
の……きっと、直撃でしょう……ね。そんな、そんなカオ……です」
「ヒマ潰し程度って言ったでしょ。だいたいそういう話なら仲間とすればいいじゃない」
 さっそく切り込んできた鐶にヴィクトリアはちょっとムっとした。不躾で馴れ馴れしく思えたのだ。これはホムンクルスへの
嫌悪というより100年の重圧が育んだ偏狭ゆえだ。
「話……ですか。香美さんは…………「そもそもゲームって何じゃん」というレベルで……論外…………です」
「辛口ね。ま、人のコトは言えないけど」
「ただ…………香美さん、全シリーズの全ユニットと全パイロットのデータ…………カンペキに暗記……してます」
「ゲームできないのに? 無駄ね……」
「貴信さんは……貴信さんなだけに…………スパロボやらせてもつまらない……です。むしろ作れ……です……。早く因子
そろえろ…………です…………」
「何ソレ。ちょっと意味がわからないわ」
「霧さん……OGでは…………どうなる、のでしょう……」
「知らないわよ」
「じゃあ貴信さん……です。強いて言うなら……初回プレイからすでに…………攻略本片手に……敵の位置とか……調べ
て…………戦略を練るの…………ですが……敵の座標とか……援護攻撃の……把握が……あまあまで……陣形がぐだ
ぐだになり……結局苦戦……です……。でも……図鑑は…………コツコツやって…………埋めます。全部、埋めます……」
「暗いわね。何と言うか」
「サルファの……ドミニオンは…………空気読め……です」
「だから知らないわよ」
「リーダーは……例えばフル改造ブルーガーの…………自爆と……復活の繰り返しで……ワンターンキルするタイプ……
です…………。模範解答ですが…………誰でもできるし…………あまり見てて面白いプレイじゃ……ない、です」
「でしょうね」
「小札さんは……初期配置の敵が……あまりに一箇所に集まりすぎで……増援来るの丸分かりなのに……最初の敵めがけ
…………全軍進撃させるタイプ……です。で、……反対方向に来た増援にあたふた……して…………向かっている間に……
規定ターン数を超え……熟練度……取り損ねたり……ゲームオーバーになったり……します……」
「…………(← 身に覚えがありすぎる)」
「無銘くんは…………「ええい何で将棋っぽいのと小説っぽいのがごちゃ混ぜなのだ!」と怒るばかりで……覚えません……。
にゃんとワンダフルで…………子犬と戯れているほうが……いいそう……です。古いしそもそも……犬が犬、飼ってどうする……
です……」
「きっと犬仲間が欲しいのよ。寂しいわね」
「……猫に首輪つけて繋ぐ……キティちゃん」
「人間が人間監禁するようなものね。異常よアナタ」
「異常!?」
 突然話を振られた無銘は白目を剥いた。ただ子犬と遊ぶのが好きなだけなのに……。
「あと私が覚えそうなツイン精神コマンドは……同調……です」
 なおもボソボソささやく鐶にあきれたのか。ヴィクトリア、首だけ動かし無銘を見る。
「このコひょっとして痛いコ?」
「…………」
 否定はできない。というか既に鐶が何を喋っているかまったく分からない無銘だ。
「闘志でも……可! ……です」
 力強く断言するニワトリ少女。しかし瞳はやっぱり虚ろだ。

 そんなこんなで他愛もないやり取りをして。

 ヴィクトリアと別れる。



 鐶光は、ホムンクルスになってしまった。
 そのうえで5倍速で老化する体になった。
 あと3年もすれば、外観は、無銘と親子ほど離れたものになる。10年もすれば祖母と孫。
 ヴィクトリアとパピヨンほど離れるのは20年後。

 ずっと少年の姿でいられる無銘と違って、鐶だけがどんどん年を取っていく。
 好きな男のコの近くで、自分だけが、加齢に伴う醜さを、ずっとずっと晒していく。
 心だけ少女の、ままで。
 いまの鐶の実年齢は8歳なのだ。それは、肉体年齢が62歳を超えるころ、やっと18となる。
 やっと高校卒業、進路が、無数の未来が開ける時期に、老婆となる。

 心だけ少女のままそうなる。一体どれほどの恐怖だろう。

 掛かる羽目に陥ったのは強すぎるせいで。無数の鳥に変形できる特異体質の副作用で。身体の、人より早い成長と性
徴を認めるたび、「人ともホムンクルスとも違う」、異質な自分の孤独さに人知れず泣いている鐶なのだ。
 利発すぎるからこそ、10年20年先どうなるか分かってしまい、ずっとずっと心の中で震えている。瞳を暗色に染めている。
 そんな精神(ココロ)から生まれたクロムクレイドルトゥグレイヴは年齢操作を行える。
 だがそれで老いた体を戻してどうなろう。ヒアルロン酸”やら”の注入で皺を伸ばすようなものだ、誤魔化しだ。なにかの
拍子で少女から老婆に戻ったとき、目を背けていた光景を突きつけられたとき……倍加した衝撃は容赦なく脳髄を貫く
だろう。幼いが、実年齢から「老いた」12歳の姿でいるのはそのせいだ。

 無銘は、普通に接してくれる。前歴も何もかも知った上で、肩肘張らず、無遠慮にからかってくれる。
 そうしてくれるだけで、鐶は、本当の自分──肉体年齢12歳の自分ではなく、去年7歳の誕生日を迎えた幼い自分──
に戻れた気がして救われる。
 だからずっと一緒にいたい。
 過酷な戦いが待ち受けているとしても、戦って、姉を救って、老化を治して。
 再人間化は果たせずとも、せめて、せめてただのホムンクルスとして。
 鳩尾無銘と一緒にいたい。

 たったそれだけの……ささやかな願い。



 すっかりふけた夜道で言葉を交わす。今日は楽しかった、また一緒に買い物したい。
 他愛もない言葉を交わす。
 無銘はいろいろ渋い思いをしたから軽々しく同意はしないが、それでも福引でリベンジしたいという。

「なら……決戦…………生き延びましょう…………。生き延びれば……フラグとか関係ない……です」

 鳩尾無銘は思い出す。出逢った頃の鐶を。当時彼女は死に向かっていた。
 過酷な運命の中で諦め、誰かに討たれるコトを望んでいた。

 比ぶればどれほど好転したか。少女は生を願っている。

「買い物などどうでもよいが」

 鳩尾無銘には悔いがある。犬として生まれたコトではない。

 ……救えなかった少女がいる。鐶に出逢う遥か以前の話だ。

 血の繋がりはない。されど魂は覚えていた。彼女と過ごした暖かな時間を。

 やっとそれに気づいたとき、状況はもう、どうにもならなく、なっていた。

 少女を殺す。そうするコト以外打開はなく。

 運命を受け入れた少女は無銘を見て、笑った。幕引きを許諾するように。

 けれど彼は……躊躇した。

 罪悪に駆られ手を止めた。つけるべき決着をつけられなかった。

 生まれて初めて繋がりを感じた少女の体に総角の一刀が吸い込まれるのをただ黙ってみていた。

 そのとき少女の瞳に灯った悲しみは今でも忘れられない。
.
(助けたかった。救いたかった)

 悔いがあるとすれば「丸呑み」だ。殺すか殺さないか。突きつけられた選択肢の衝撃性に目を奪われ思考を止めた。忍び
とはそれを「する側」だ。さまざまな感情を利用し、相手を桎梏(しっこく)し、最善手を打てなくする。而して無銘は囚われた。
相手の事情。世界の事情。慮ったとして救いにならぬ無意味な要素に怯え戸惑い、成すべきことを成すべき時に……成せ
なかった。大切な少女ひとり助けられなかった。のみならず総角に手を汚させた。自分は、綺麗なまま決着した。

(我は……卑怯だ)

 忍者はときに卑劣を犯す。しかしだからこそ根幹は正心を保たねばならぬのだ。人を、殺めるにしろ殺めないにしろ、付
帯する罪科や責務は総て総て背負うべき……少年無銘が強くそう信じるようになったのは、ミッドナイトという、レティクル
エレメンツ土星の幹部の一件を経てからだ。しり込みし、殺せず、穢れた役を総角に押し付けてからだ。

 かつて鐶を満身創痍になりながら守ったのは、悔いあらばこそだ。

 心情はいまでも変わらない。

 やがて起こる戦いの中でも彼は姿勢を保つ。

 腕組みしたまま鐶から露骨にそっぽを向きつつ、言う。

「前にも言ったが貴様は無明綱太郎だ。難儀だが腕だけは立つ。失えば師父や母上が落胆される」

 だから守る。そういうと傍らで俯く気配がした。微かに聞こえた甘い吐息から察するに、嬉しいらしい。

 鐶の、そういうところが、無銘は何だか好きじゃない。嫌悪とまでは行かないがモヤモヤする。心情を察しようとすると、
頭のやわこい未成熟な部分が気持ちいいようなムズ痒いようなオカシな感覚に囚われてしまう。そういう時は必ず務めて
ぶっきらぼうに振舞うのだが、鐶は別段気分を害さない。どころか、ぼーっとした瞳のまま、はにかむ。
 ちょっと……幸せそうに。
 そういう所はちょっとだけ小札に似ていて──ミッドナイトの1件から反抗期が落ち着くまでの僅かな期間、無銘はときど
き駄々をこねた。タヌキの置物が欲しいとか新装版の忍法帖が欲しいとか。結構泣き叫んだが、小札は怒らず、ちょっと
だけ財政を鑑みる困り顔で笑いながら、いろいろと買い与えてくれた。やっと得た絆を噛み締める幸福感がそこにあった
──だから少年は鐶に対し素直になれない。ますますもって。

 けれど守りたいというのは事実だった。

 買い物の中で生じた鐶への様々な想いと。
 後悔に賭けて鳩尾無銘は誓う。

「もし貴様が出逢ったとき同様死を望むなら我は必ず引き戻す。この手で絶対に引き戻す。この手は何でもできるのだ。
貴様を死なさぬなど造作もない。簡単だ。簡単にできるのだ。だから我は──…」

 死なさない。

 無銘なりの意地でそういう。言外にあえて「守れるほど、貴様より強い」と匂わせながら。


 鐶は何もいわず微笑した。顔は赤い。宵闇でも浮かぶほど。血潮の流れるサァっという音が零れ落ちそうだった。


 鳩尾無銘は気付かない。

 順番と、いうものを。
 自らの命脈が鐶の危殆より早く尽きる可能性をまったく描いていなかった。
 或いは鐶の微笑はそれを感じた故か。

 誓いが果たされず終わる未来まであと僅か。