SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 「演劇をしよう!! (前編)」  (7)

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「指!! オオオオオ俺の指ィィがあああああああああああああああああああああああああああ!!
 狂ったように喚く金髪ピアスの掌には成程明らかに「欠け」があった。それを補うように何本か、細長い肉の塊が彼の前に
転がっている。筋のようなものを垂らしながら赤い液体をとろとろ零しているところを見るとやっぱりそれは指のようで、何本
か切除する羽目になった、そう見るのが正しそうだ。
 突き立てられたハルバードの澄んだ刃。叫ぶ表情が歪んで映る。更にそこへ小指が、ぐっぐっ、と引きずられるように向
かっていく。一段と大きさを増した悲鳴が響く。金髪ピアス。彼の腕はなおも動いている! 意思に反した動きなのは彼が
懸命に手首を抑えているところからして明らかだ。なのにびィんと突き立った小指ときたら等間隔を滑るように動いていく。
 一瞬止まっては一瞬進み、一瞬止まっては一瞬進み。
 ぐっ、ぐっ。
 ゆっくりとゆっくりと刃に向かって動いていくのだ。恐るべき光景であった。まるで糸で縛られたように無理やり前身してい
くのだ。されど指に何か巻きついた形跡はない。金髪ピアスも糸の可能性を疑ったのだろう。しばしば起死回生とばかり手
首から手を放しては指先と進行方向の間に手をやりぐしゃぐしゃと掻きまわす。だが何の手ごたえもないと見え、彼はもはや
洟水さえ垂らし、ぐずる。「なんなんだよ」「なんでなんだよ」。すすり泣くような声がいよいよ号泣の様相を帯びた所で小指の
第二関節がハルバードの肉厚の刃に吸い込まれた。ぶちりという音を契機にまた一つ、肉の、血管の、神経の、末梢部へ
到る連続性が遮断された。

「ああっ!! ひどい! なんということにー!! ><」

 ハルバードの持ち主は「大変だー!」とばかり声を上げた。だがそれだけである。いよいよ指のストックが心もとなくなって
きた男をにこやかに眺めるだけである。現在のところ何か手助けしようという気配は見当たらない。だからといって危害を
加える気配もない。
 金髪ピアスはその青年──ブレイクと名乗るウルフカットの──の眼差しがどういうものかやっと気付いた。
 それは決して人間を超越した眼差しではない。むしろありふれた種類のものだ。誰もが日常の一場面でふと覗かせる
代物で、金髪ピアスさえ「ああ、俺もしたコトがあるのかもな」と納得できるほど普通の眼差しだった。
 だからこそ、身震いがした。

(コイツの目。指を切断されて苦しむ俺を見るコイツの目は──…)


「人間の価値を誰よりも認めているホムンクルス?」
 凛々しい眉を跳ね上げながら斗貴子は訝った。矛盾した文言だ。ホムンクルスにとって人間など本来ただの食糧にすぎな
い筈だ。兼ね備えた高出力も相まって見下し、侮るコトがほとんどではないか。少なくても斗貴子が斃してきた連中というのは
そういう「いかにも」な類型だ。
「はい…………。ブレイクさんは……常に……人間の可能性を……信じて、います」
「だったら何でレティクルとかいう組織に居るんだ?」
「わかりません……。確かなのは……人間を……倫理や感情で……見れない、というコトです」
「なのに人間を信じている? 訳が分からねェなオイ」
「いえ」
 分からない、苛立つ剛太へ説明するように、桜花はゆっくりと言葉を吐いた。
「利用価値っていうのはね、人を人として見れないほどよく見えてくるものよ。何の感情も寄せられないから残酷なまでに
客観的に見れちゃう。私はそうだったもの。何となくだけど、ブレイクって幹部の気持ちは分かるわ」
「嫌な理解の仕方だな……」」
「あらひょっとして自分の身が心配? 大丈夫よ。剛太クンを利用しようだなんてコト、ちっとも考えてないわよ。普通にお話
しできて、普通にお友達になれたらいいかなあって思うだけで」
「信用できねェ」
 照れくさそうに微笑する桜花。ぷいと顔をそむける剛太。彼らをよそに斗貴子だけが腕組みしつつ呻いた。
「つまり、だ。ブレイクとかいう幹部が信じる人間の価値とやらは、……自分にとっての、利用価値か」
「動物嫌いがペットショップ開くようなもんだな」
 御前に言わせれば「カケラも愛情がない癖に『商品売買の旨味』だけは知っている」らしい。だから慈愛を無視した能率的
な最善手ばかりで『商品』を扱える。利益のためなら廃棄もする。利益をもたらさないのなら排除する……。
「人間が好きなんじゃないのね。人間を上手く使って、利益を得るのが好き」
「お姉ちゃんの話だと……ブレイクさん……”ある出来事”をきっかけに…………人間全体に対する感情が……冷めてし
まった、そうです。…………『枠』……私には理解しにくい……色眼鏡で…………世界や人を見れるのはそのせい……とも」


 指を抑えながら金髪ピアスは改めて気付く。
 ブレイクの灰色の目に灯る感情の意味を。
(間違いない。この目は)
 映画でも見るような目だった。映画の登場人物が惨たらしい目に遭って苦しむのを見るような、怖れと、不安と、恐怖刺激
にキャーキャーわななく目だった。
 彼は決してエンコ詰めの光景を喜んでいない。罰だざまあだとせせら笑ってもいない。
 恐るべき情景だと理解している。
 自分がそれをされたら嫌だとでも思っている。
 痛みを想像し、同情さえ寄せている。
 なのにその表情にはどこか決定的な違和感がある。被害に苦しむ金髪ピアスと同じ世界、同じ空間にいながら「まるで
テレビの向こうの出来事を見ているように」、現実感が乏しい。

「うわこの場面すっごい怖い! でもまあ作り物だし実際この役者さんは重傷負ったりしてないからいいよね」

「昨日こんな爆発事故があったのか! 死者1000人で中には子供も、か。ヒドい。こんなコトもあるんだなあ(しみじみ)」

「はは。また珍プレー好プレーやってるよ。またボールが股間に当たるんだろ? 毎年あるよなこういうの。ははは!!」

 誰もがテレビという枠の中へ寄せる平凡な感情しかブレイクには無いようだった。目の前で、人間が、指を切断されて
いるというのに、それっぽちの感情しか動かないようだった。にこやかで、人当たりがいい、いかにも人畜無害な青年と
いう様子なのに、その根本は完全に壊れているようだった。

「さて、じゃあ次は」
『もう解放してあげようよ。ブレイク君』

 そんな文字を書いたスケッチブックがブレイクの肩に乗った。金髪ピアスはそれを見上げると口を半開きにしたきり硬直した。
 ブレイクの動きを制したのは笑顔の少女だ。彼の後ろでやや気恥しげに微笑みながら、金髪ピアスをじっと見つめていた。
 ごめんね。ウチのブレイク君がが悪いことして。子供の悪戯をしかる母親のような穏やかな笑みだ。
(さっきアレだけ俺をボコにしといてどうして普通に笑えるんだよ。俺の怪我のほとんどはお前のせいだろ!)
 そういった過去などないかのごとく、少女はただ笑っている。
 普通ならば何を笑っているのかと詰るだろう。怒声の一つでも浴びせたくなるだろう。
 だが被害に遭った金髪ピアスでさえそういったコトを一瞬忘れてしまうほど、素晴らしい笑顔だった。
 暖かく、可憐で、優しさにあふれた、純真極まる頬笑みだった。見ているだけで癒され、傷の痛みさえ引いていくようだった。
 改めてその少女を見る。見惚れてしまう。
 ふわふわとウェーブの掛ったショートヘアーの持ち主だ。パーカーとジーパンという地味な出で立ちながらスタイルは良く、
くびれたウェストがウソのようにその上下が魅惑的なまでに盛り上がっている。ひどく日本人離れした肉感だ。にも関わらず
顔つきはまったく清楚、純潔極まる笑顔の持ち主だ。青年が何か話しかけるたびやや困惑した様子を浮かべるが、ニコ
ニコ、ニコニコと瞳を細めたまま応答している。
 応答。
 彼女にとってその行為は特殊なやり方でしかできないらしい。
 青年が何か言葉をかけるたび、彼女は胸に抱えたスケッチブックをいちいち翻し、文字を書くのだ。
 或いは喋れないのだろうか? ならば手話をやればいいようなものなのに、いちいちマジックで言葉を書き、答えている。
 青年は特にそれを咎める様子もない。寧ろ彼らにとってそれは普通の行為なのだろう。すでに何万回と繰り返してきたのが
見てとれた。
 とにかく奇妙なコミュニケーションだった。
 少女がスケッチブックを抱え直すたび、それが豊かな胸をぐにゃりと潰すのが見えた。文字を描くのに夢中で気付いていない
少女──たびたび”青っち”と呼ばれているのを思い出した──とは対照的に、ブレイクはとても幸せそうに鼻の下を伸ばしながら
その情景を眺めている。すさまじいエビス顔でとても幸せそうだ。お裾わけとばかりコッソリ指差しながら金髪ピアスに教えてき
たりもしている。その間にも指はハルバードに向かっており、都合2本ほど体を離れた。

「お姉ちゃん……ですか? 普段は優しくて大人しい……お姫さまのような人、です。土曜日の午後になるたび……ドーナツ
を焼いてくれて……それはとっても……ごちそう……でした」」

「刺激しない限りは……大人しい、優しい、お姉ちゃんのままです……」

「おお! 自分に毒牙をむけた方さえ気遣うとはさすが青っち。ああ、やっぱり可愛い!!」
 ブレイクは腕を広げ”青っち”に抱きつかんとした。
 転瞬。
 少女の腕がしなった。地をも削らんばかり救い上がった拳がブレイクの顎を捉え彼を天空高くへ追放した。
「あ? え、え?? えええ? 仲間を、仲間? あれ?」
 目を白黒させる金髪ピアスの前に少女は屈みこみ、にこにことスケッチブックを見せた。
『もう女の子に乱暴な事したらダメだよ? それから肩の骨とか開放性骨折してゴメンね』
 そのはるか後ろにある廃車に何かが落ちた。もちろんそれはブレイクで、いまは古びた合金を突き破り内部へ突入している。
「仲間殴る必要性は……?」
 車から閃光が迸った。一拍遅れ轟音も。爆発。奇跡的に残っていたガソリンがブレイク落下の衝撃で引火したらしい。
 しかも扉がおかしな歪み方をしているらしく全然開かない。何度か叩かれる音がしたが火勢の強まりと反比例してどんどん
小さくなりやがて消えた。ブレイクの出てくる気配はない。
 そんな炎に炙られる車を一瞬だけ横目で見た青っちは、しばらく腕組みしてじっと考え込み── 鮭色の炎に炙られる満
面の笑みは、幻想的でさえあった──こう書いた。
『困った』
「そりゃあ仲間爆発に巻き込まれたら困るけれども! 質問に答えてないし理由になってないし!」
 青っちの頭で何かが動いた。アホ毛。身も蓋もない俗称をもつ長大な癖っ毛が、笑顔の前で、困ったように揺らめいた。
『そ、そうだよね。消さなきゃ! 落ち付いて! 確か1キロ先にコンビニあったから、まずはお水買って……』
「ガソリン燃えてんのに水!? しかもコンビニ!? ちーがーう!! まずは消防署に電話!!」
『で、電話はやだ。恥ずかしい。知らない人といきなり会話なんて……』
「書いてる場合? ねえそんなコト書いてる場合なの今? なんかジュージューいってるよアイツ。口じゃなくて体表面全部
でジュージューいってるよアイツ。恥も外聞もかなぐり捨てて救いに行くべき場面じゃないの今」
「青っちが許すというなら即解放しまさ!! いい病院紹介しやすねえ!!」
 背後からの大声にびっくりしたらしい。アホ毛がビコーンと屹立した。そして少女はやや身を固くしながらぎこちなく振り返った。
『ふ、復活するの早すぎだよブレイク君。え? ガソリンって水ダメなの?』
 視線を背後に向けながらスケッチブックだけは金髪ピアスに見せる青っちである。自分が何を『言って』いるのか見せたいと
いう配慮なのだろうが、どこかズレている。
 一方ブレイクはそんなコトなどお構いなしだ。夜目で精いっぱい注視した彼は下顎が歪な形に折れ曲がり口から血さえ垂らして
いる。ところどころに車の破片が刺さっている。火はどういう訳か消えているが、あちこち煤だらけで髪もぼうぼう。ドリフのコント
のオチ状態である。
「今のは愛のやり取りっ! 苦しくなどないんでさ!!」
 けほけほと煙を吹きつつ彼は絶叫する。槍を突き上げ、勝ち誇ったように。しかし衣服はあちこちボロボロというか最早
燃えカスを来ているという状態で見るも無残である。
「ああしかし困りましたね麻薬的な内分泌性物質の生産効率がちぃーとばかり悪くてあちこちまだ痛いんす」
 ブレイク、2mほどシャッと飛んだ。
「これを和らげるにはもっとこう殴られて! 興奮して! 脳内麻薬ギンギンにしなきゃいけません!」
 もう一回跳躍。徐々に近づいてくる。金髪ピアスはサザエさんのOPを想像した。
「つきましては青っち! もっとぶって下さいやし!」
 ついに少女の眼前に到着したブレイクは、やや奇妙な要求をした。
「え」
 よほど驚いたらしい。これまで一言も発さなかった青っちが声を漏らした。
「ぶつんでさ、俺っちを! そしたら脳内麻薬出て痛み解消!」
「馬鹿やめろ! 今の一発は確実に足に来ている! 燃えてた廃車からここまで来るのに3回も跳んだのがその証拠だ。
……普段のお前ならあれぐらいの距離、ひとっ飛びだろ! なのに、なのに3回も……。お前の足はもう限界なんだ!
これ以上あいつの拳を浴び続ければ二度と立って歩けるかさえ……」
「へ。知ってますよそれ位。でも、男のコにゃあ後の人生犠牲にしてでも達すべき理想って奴がありやしてね。今がそれで
さ。引くわけには……」
『う。どこからどう突っ込めばいいか分からない』
「とにかく増えるけど増えないんす!! 愛のヨロコビは何もかも凌駕しやすからね! だから青っち大至急俺っちをぶっ」
 少女の手からスケッチブックが転がり落ちた。
 真っ白な細い手がブレイクに向かってゆっくりと、動いた。
(ダメだ殴られる! アイツはもう──…)
 轟音。そして衝撃。破滅的な未来など見たくもないとばかり目をつぶる金髪ピアス。
 だが聞こえてきた音は意外にも柔らかな音であった。

 ほよん。

 何かが震えるような音である。
 恐る恐る目を開け、面を上げた彼の目に飛び込んできたのは驚くべき光景であった。

 ブレイクの手が、少女の胸に導かれている。
 ハルバードが緩やかに倒れた。からからと音立て柄が地面をのたうった。予想だにしていなかったのだろう。ブレイクは
目を見開いたままただただ硬直していた。その掌は豊かな膨らみの大部分を覆ったまま徐々にだが柔らかさへ埋没していく
ようだった。

「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!!?」

 やがて彼は目をグルグルにしながら鼻血を噴いた。後ろに向かって倒れていった。その鼻梁から噴き出す赤い曲線は
虹のような青春の輝きを帯びていた。
 そうして倒れたブレイクに少女は屈みこみつつスケブを差し出した。表情はよく分からないが、耳たぶがほんのり赤い
ところからすると自分の所業に倫理的羞恥を覚えているらしい。アホ毛も心なしか萎れている。
『殴ったりしたらブレイクくんボロボロになるもん。明日も一緒に『建設予定地』探さなきゃいけないし……落ちついて
貰うにはこうするしかないかな……って。だだだだって殴ったら興奮するけど殴らなくても興奮するヘンな人だもんブレイク君』
「ほよんって! ほよんっていままろやかななのがアアウアウアウよよよ良くないっすよそーいう行為は。う、嬉しいんすけど
ねそーいうのはもっと正式な交際を始めてから20回ぐらいデートして、ちゅーしてからじゃないとその、不潔というか、ああ
いやいや違います青っちのおっぱいが不潔だとかいーうんじゃなくて、正しい手順踏んでねーのにえろいことだけやるとか
いうのはダメ! 絶対ダメ!! 青っちが自分を安売りしてるよーでそういうの見るの辛いし、だいたい実はちゅーだってまd」
 また顎にいいのをもらい彼は天空へ吹き飛んだ。
(座ったままでアッパーカットとかできるんだ。すげえ)
『ばか。ブレイクくんの……ばか』
「拳。拳。スキンシップ。ああ、やっぱりこれすよ。岩石にゴム被せたような感触。イイ。やっぱ殴られる方がイイ……」
 倒れ伏すブレイクに金髪ピアスは思う。ああ、ドMなんだな。と
「俺っちMじゃねーですよ! S! どっちかというとS!」
 心を読んだようにブレイクは独白を始める。大の字になって夜空を眺める彼は、息せき切ってはいるがとても満足気な
表情だ。ケンカを終えて相手と友情をはぐくむ番長のような爽やかささえあった。
「殴られたコトをすね、青っちにいうと耳たぶ真赤にして座り込むんすよ! こっちが言えばいうほど泣きそうな顔になって、
それがまた興奮するんすよ!!」
「興奮ってお前」
「ギャップつーんすか? いつも笑顔のコが真赤な顔で涙溜めてしかも上目遣い! イイ。イイっす……。だから毎日欠か
さず殴られて言葉責めのストック貯めてるんす」
「いや、毎日殴られる必要はあるのか?」
「分かってね~~~~~~~~~っすねえ!! 一方的に責めるなんてのは青っちが可哀相っす! 男女交際ってのは、
いいっすか男女交際っていうのは! 責めて責められて責め返してまた責められて、で、ちょっと時々2回連続で責めて「や
めてこれ以上はダメぇ」って言われてんのにもう1回責めるもんだから後で3回たっぷり責められて太腿とかつねられる、バラ
ンスのとれた奴じゃねーと!! 青っちを責めたいならまず俺っちが責められて殴られて、十分な肉体的ダメージを負うべ
きなんす! その上で青っちイジメ倒してゾクゾクしなきゃあ! ね!」
『…………うぅ。時々思うけどなんで私、こんな人のファンやってたんだろう』
「は! しまった。まさか青っち俺っちのこと嫌いになりやしたか? せせせ性癖が嫌いっていうなら直すよう努力しやす!」
『の、のーこめんと』
「ひらがななのがかーわいい! というかもしかしてひょっとして俺っちの言葉責めが気持ち良かったりしますかだったら
男としてとてもうれしーなあなんてブグっ!!」
 青っちの踵がブレイクの顔面を踏み砕いた。凄まじい勢いだった。
「えーと。ご褒美?」
「ご褒美す! ありがとうす!!」
『御褒美じゃなくて!! ああもう話がズレてるんだからもう!!』
 とにかく少女はブレイクの襟首を掴んで引きずり起こし、スケッチブックを突き付ける。
 笑顔ながらに必死の(紅潮した)顔だ。内容をしきりにアホ毛でぴょこぴょこ指差すほど狼狽している。
『ヘンなことばかりいってないで早くグレイズィングさんの病院! 教えて!!』
「そうだ早く教えろこのバカップルども!! 茶番見せられる彼女ナシの身にもなれ! 心も体も痛いんだ!!」
「バカップル!? え、カップルに見えますか!! 俺っちと青っち! やった! やったやったやったー!!! ほら青っち、
まだお付き合いしてないのにそー見えるって事はやっぱ相思相あへぐ!!!!」

 とうとう青っちはスケッチブックでブレイクの顔面をぽかぽか乱打し始めた。怒りと羞恥に引き攣った笑顔はあたかもラブ
コメのヒロインのごとくであるが、その裏に潜む修羅の激情を先ほどたっぷり味わった金髪ピアスにしてみれば、薄ら寒く、
不気味な表情にしか思えない。
「うぐぅ。『恥ずかしいから騒がないで』。何という伝え方か! 何という伝え方か!」
『大事なコトだから二度言ったのね……って、言わないでってば! 付き合わされる私はすごく恥ずかしいのよ!!』

 ややあって

「とにかくおにーさん、解放してあげやしょう」

 金髪ピアスの体に六角形の金属片が乗せられた。核鉄治療を施したのだが、当の金髪ピアスは何をされたか終ぞ分から
なかった。

「しかし、タダで解放してやるほど俺っち、甘くねーですよ?」

 やっと走って逃げだせるほどにまで回復した瞬間。

「あともうちょっとだけ、償って貰いやしょうか? ああ大丈夫。一瞬チカっとなるだけす」

 ハルバードが再び光り、目を灼いた。
 悪夢パート2が訪れる! 恐怖した彼はパート1で千切れた総ての指をポケットに突っ込みその場を逃げ出した。
 残り少ない指で病院の地図を握りしめながら……。

 入れ替わるように消防車のサイレンが迫ってくる。
 ブレイクと青っちは無言で頷き合うとどこかへ消えた。

「で、結局お前の義姉(あね)の武装錬金特性は何なんだ?」
「……私には、見せてくれませんでした。話しによると……必中で必殺の……かなりエゲつないものだ、そうです」
「まー、あんなバカ強い鐶にこんな絵描かすぐらいの姉貴だもんな」
「無茶苦茶怖い能力なんでしょうね」
 先ほどの「病んでいる」絵を交互に眺めながら剛太と桜花は同時に溜息をついた。
「そして」


「お姉ちゃんの武装錬金は……ブレイクさんと組んだ時…………さらに凶悪になるそう……です」


『うぅ。ブレイク君の特性の使い方、相変わらずエグい。私の悪用っぷりも大概だけど、人によって使い方変えてるのが
エグい』
 路地裏を歩きながら青っちは書く。手を広げれば塀に手が当たりそうな狭い道だ。ところどころにゴミさえ落ちており
足元にはくれぐれも注意という所だ。夜でもある。にも関わらず彼女は歩きながらスケッチブックに文字を書く。執念めいた
何事かさえ感じられる仕草だった。
「そっすかねえ。いつも逃げ道用意してますが」
『用意しているから、だよ。相手の人が改心して、『枠』を破ってでも償おうと決意しない限りぜったい救われないような使い
方してる……。逃げ道の数だけ、私の、『マシーン』の絶対逆らえない使い方よりエグい……』
「にしし。盟主様直伝のやり方っすよ。本気になりゃあ逃げ道なしの絶対逆らえないような使い方もできやすけどねー。姉御
とか早坂秋水とか、あと防人衛にやったアレなんかが正にそうで。ま、実害はありますが危害はない。そんな微妙な力加減
も可能す」
 青っちの歩みがピタリと止まった。彼女を見たブレイクは微苦笑した。
『姉御……津村斗貴子さん……』
 そう書かれたスケッチブックが落ちている。彼女は拾う気配がない。
『ふふふ。光ちゃん倒した人。羨ましい羨ましい……』
 だが、文字は次から次へと生まれていく。路地裏に響く不気味な音と共に。
「津村さんだけじゃないのよ戦士の人全部なのよ全部全部ぜんぶゼンブ全部!! 沢山伝えたい。大戦士長さんでだいぶ
憂さを晴らしたお陰で戦士長の防人さん見てもギリギリ何とか抑えられたけどやっぱり伝えたい伝えたい色々なコトを伝え
たい伝えたい伝えたいあははうふふふふ』
 鉢で薬草をすり潰すような音だ。ごりごりとした重みのある、何かが擂(す)り潰される音だ。
「にひひ。狂おしき青っちもまた可愛い。ですが今はまだ自重してくださいねー」
『うんうんうんイソゴさんがマレフィックアースを見つけるまでの辛抱辛抱うふふふガマンするガマンする私はいいコ我慢する』
 笑うブレイクは見た。
 路地裏に広がる塀。そこ一面に文字が彫られているのを。
 青っちは、指で直接、書いていた。塀に文字を、書いていた。
 膝立ちしたまま無言で文字を書く彼女は、表情の見えなさも相まってまるで悪霊のようだった。なまじ美貌の持ち主だから
こそ成しうる狂的な幽玄の存在だ。
(ああもうだから青っちは素敵なんすよ。人間はおろかホムンクルスの枠さえぶっちぎった怖さ持ってますからねえ)
 ゾクゾクしながらブレイクは彼女の指を見る。
 それの動くところコンクリート製の塀が当たり前のように削られ破片を降らすのだ。
 その様子を鐶光の義姉、リバース=イングラム──本名玉城青空、俗称青っち──は肩をゆすって笑いながら笑いなが
ら、実にまったく愉しそうに眺めている。
 ニンマリと口を裂き、赤い瞳孔で。義妹の絵そっくりの表情で。
 そして彼女はひどく機械的な動作で急速にブレイクを向き、こうも問う。

『あ、そういえばさっき特性発動したけど、『文字』はどこから調達したの? 答えて答えて答えなさいよねえ早く!!』
「スケブすよ? どのページか忘れましたけど『消えてる』筈す」

 謎めいたやり取りだが当人たちにとっては重要らしい。

「それはともかくクライマックス女史に業務連絡しますかねえ」
『演劇の?』
「そう。演劇の」

 ブレイクは携帯電話を取り出し、どこかへかけた。