―――オストロル公国。
今も昔も続く農業国として栄え、何よりその肥沃で膨大な国土の農産力で莫大な外貨と兵糧を獲得し、強国の一つであり続ける国。
それだけに自然が豊富であり、かつては貴族達が己の資産力を誇示するため到る所に城を乱立していたが…多くの貴族がその権威や
財力を失墜した今となっては、取り残された古城の数々は観光名所兼買い手待ち物件程度でしかない。
その中でも、至高の権勢を誇った大ユーヴィック公が全盛期に作ったとされるハルドヴェルク城は、深い森の中に有る事と
巨大に過ぎる事でその華やかな作りながら誰も手を付けようとはしなかった。
しかし、今日は違う。
広大な駐車場に次々と停まるフルスモークの高級車。さながら貴人の宴でも開かれるのかと思いきやそうではない。
そこから降りる者、迎える者のどれもが剣呑な光を眼差しに秘め、誰の懐も一様に武器で膨らんでいる。
そして人種も年齢もばらばらだが、立ち居振る舞いや歩の進め方に明らかなまでの共有意識が彼らにはある。
そもそも彼らは、たった一つの目的の為に存在し、本日ここに集っている。
即ち―――――、「打倒クロノス」その一点の為に。
今も昔も続く農業国として栄え、何よりその肥沃で膨大な国土の農産力で莫大な外貨と兵糧を獲得し、強国の一つであり続ける国。
それだけに自然が豊富であり、かつては貴族達が己の資産力を誇示するため到る所に城を乱立していたが…多くの貴族がその権威や
財力を失墜した今となっては、取り残された古城の数々は観光名所兼買い手待ち物件程度でしかない。
その中でも、至高の権勢を誇った大ユーヴィック公が全盛期に作ったとされるハルドヴェルク城は、深い森の中に有る事と
巨大に過ぎる事でその華やかな作りながら誰も手を付けようとはしなかった。
しかし、今日は違う。
広大な駐車場に次々と停まるフルスモークの高級車。さながら貴人の宴でも開かれるのかと思いきやそうではない。
そこから降りる者、迎える者のどれもが剣呑な光を眼差しに秘め、誰の懐も一様に武器で膨らんでいる。
そして人種も年齢もばらばらだが、立ち居振る舞いや歩の進め方に明らかなまでの共有意識が彼らにはある。
そもそも彼らは、たった一つの目的の為に存在し、本日ここに集っている。
即ち―――――、「打倒クロノス」その一点の為に。
…豪奢、そして精緻の結晶の様な大食堂だった。
壁には金と七宝の縁取りに囲まれたフレスコの天使達が祝福のラッパを吹き、金銀を用いた調度品の華やかさは見る者の眼を
いやが上にも奪い取る。そして壁際には、鍛え上げられた身体を持つ黒服達が立って優雅さを無骨に邪魔していた。
「………で、あの若造は本当に来るのか? もう三十分は過ぎてるぞ」
伽藍の様に高い天井に、大卓の一席に座る男の不機嫌な声が響いた。
「それは判らん。なにぶん奴らは新しすぎる」
疑問に応える男も、荒事に馴れた声調だ。
此処に居る者に現在堅気は一人も居ない、並ぶ全てが殺人に始まるあらゆる罪を犯している。
それもその筈、彼らは反クロノス組織のそれぞれ長達だ。
「……来たぞ。もうすぐここに来る」
インカムで部下の報告を聞いたらしい男が、ぼそっと一同にその来訪を告げた。
壁には金と七宝の縁取りに囲まれたフレスコの天使達が祝福のラッパを吹き、金銀を用いた調度品の華やかさは見る者の眼を
いやが上にも奪い取る。そして壁際には、鍛え上げられた身体を持つ黒服達が立って優雅さを無骨に邪魔していた。
「………で、あの若造は本当に来るのか? もう三十分は過ぎてるぞ」
伽藍の様に高い天井に、大卓の一席に座る男の不機嫌な声が響いた。
「それは判らん。なにぶん奴らは新しすぎる」
疑問に応える男も、荒事に馴れた声調だ。
此処に居る者に現在堅気は一人も居ない、並ぶ全てが殺人に始まるあらゆる罪を犯している。
それもその筈、彼らは反クロノス組織のそれぞれ長達だ。
「……来たぞ。もうすぐここに来る」
インカムで部下の報告を聞いたらしい男が、ぼそっと一同にその来訪を告げた。
「………うん、それで結構。良い仕事を有り難う。
ああそっちは心配要らない、こっちで何とかするから」
車の停車を感じながら、その男は携帯を切るついでにスモーク越しに車外で出迎える者達を眺めやる。
そのどれもが、出迎えと言うより『目を逸らさせてやる!』と言わんばかりの敵意に満ちていた。
「やれやれ、先輩から新参者に礼儀を教えてやる…と、言ったところかな?」
くすくすと楽しげに微笑みながら、男はノブの遊びを確かめつつ二人の護衛に振り向いた。
「くれぐれも、睨まれたくらいで何かしないでくれよ? 招かれたとはいえ、立場はこっちが下なんだから」
「…善処する」
「こちらからは何もしまセンよ。〝こちらからは〟、ネ」
「結構。…ああそれと」
視線を少しだけ奥に向けると、其処には更に同席するもう一人と秘書風の美女。
「キミはもう少し静かに待っててくれないか。なに、ほんの少しだよ」
しかし言われてもその人物は、答えも身じろぎもしない。だがそれを見て満足げに頭を上下させると、ドアを開けた。
途端に駐車場に広がる突き刺さる様な緊張。そこに居る誰もが、今にも銃を抜きそうなほどの敵意で開くドアを睨み付けた―――が、
「あ…」
その男が車外に出るや、緊張が一気に別の物に変わる。
確かな危うさをそこに感じる……が、しかし、同時に惚けてしまう様な妖しさの様なものを感じて、彼らは銃と敵意の所在を
完全に無くした。
「諸君」
彼はただ一言、柔らかくそして優しく言葉を紡ぐ。だがそれだけで、全員に怯みの電流。
「出迎えご苦労。それで、どの部屋に行けばいいのかな?」
ああそっちは心配要らない、こっちで何とかするから」
車の停車を感じながら、その男は携帯を切るついでにスモーク越しに車外で出迎える者達を眺めやる。
そのどれもが、出迎えと言うより『目を逸らさせてやる!』と言わんばかりの敵意に満ちていた。
「やれやれ、先輩から新参者に礼儀を教えてやる…と、言ったところかな?」
くすくすと楽しげに微笑みながら、男はノブの遊びを確かめつつ二人の護衛に振り向いた。
「くれぐれも、睨まれたくらいで何かしないでくれよ? 招かれたとはいえ、立場はこっちが下なんだから」
「…善処する」
「こちらからは何もしまセンよ。〝こちらからは〟、ネ」
「結構。…ああそれと」
視線を少しだけ奥に向けると、其処には更に同席するもう一人と秘書風の美女。
「キミはもう少し静かに待っててくれないか。なに、ほんの少しだよ」
しかし言われてもその人物は、答えも身じろぎもしない。だがそれを見て満足げに頭を上下させると、ドアを開けた。
途端に駐車場に広がる突き刺さる様な緊張。そこに居る誰もが、今にも銃を抜きそうなほどの敵意で開くドアを睨み付けた―――が、
「あ…」
その男が車外に出るや、緊張が一気に別の物に変わる。
確かな危うさをそこに感じる……が、しかし、同時に惚けてしまう様な妖しさの様なものを感じて、彼らは銃と敵意の所在を
完全に無くした。
「諸君」
彼はただ一言、柔らかくそして優しく言葉を紡ぐ。だがそれだけで、全員に怯みの電流。
「出迎えご苦労。それで、どの部屋に行けばいいのかな?」
「……何と何と、まるで敵陣の様じゃないか?」
歩を勧める男は、廊下の要所要所に陣取る男達の手に銃が有るのを確かめつつ苦笑する。
「やれやれ、物々しい事デスね」
その後を追う黒衣の美青年が、呆れた様に呟いた。
「脅えているのが見え見えだ………つまらん限りだな」
異装の矮人が、覆面の向こうから鼻白む。
相手は三人しか居ない、そして地の利も武器も、人数もある。しかしそれでも男達は、彼らを射竦める事さえ出来ない。
そしてその怯えと怒り、あるいは呆然の入り混じった視線を難無く流しながら、彼らの代表は大食堂の扉を軽やかに開け放った。
「どうも遅れまして、御先輩方。星の使徒よりクリード=ディスケンス、罷り越しました」
うやうやしい一礼、そして手袋から靴に到るまで全て白で統一した燕尾服を着込んだその男は、まるで舞台から降りた貴公子
の様だった。
「―――なんだその格好は!? この会議を仮装パーティと勘違いしてるのか!!?」
早速彼に、筋肉の塊の様な男が席を立って食って掛かる。
「いえ、滅相も無い。
これは僕が新参者ですので、極力礼を尽くそうとしただけの事です。不快でしたら、謝ります」
これまた一分の隙も無い礼だ。これ以上の粗探しは最早言い掛かりでしかなく、止む無く男は怒りを飲み込んだ。
……実は、この場に居る多くの者がクリードに怒鳴り散らしたくて仕様が無かった。
入った一瞬で空気が変わり、ともすれば一気に場を支配しかねない優美に極まる〝華〟。魅了する、と言う事は得てして、
心を無防備にすると言う事でもある。
この若造は―――闘争に明け暮れ、人を従え、そして幾多の死線をくぐった彼らが未だ持ち得ないものをこの若さで持っているのだ。
それが嫉ましさと危うさを同時に刺激し、やり場の無い怒りをむらむらと起こさせていた。
歩を勧める男は、廊下の要所要所に陣取る男達の手に銃が有るのを確かめつつ苦笑する。
「やれやれ、物々しい事デスね」
その後を追う黒衣の美青年が、呆れた様に呟いた。
「脅えているのが見え見えだ………つまらん限りだな」
異装の矮人が、覆面の向こうから鼻白む。
相手は三人しか居ない、そして地の利も武器も、人数もある。しかしそれでも男達は、彼らを射竦める事さえ出来ない。
そしてその怯えと怒り、あるいは呆然の入り混じった視線を難無く流しながら、彼らの代表は大食堂の扉を軽やかに開け放った。
「どうも遅れまして、御先輩方。星の使徒よりクリード=ディスケンス、罷り越しました」
うやうやしい一礼、そして手袋から靴に到るまで全て白で統一した燕尾服を着込んだその男は、まるで舞台から降りた貴公子
の様だった。
「―――なんだその格好は!? この会議を仮装パーティと勘違いしてるのか!!?」
早速彼に、筋肉の塊の様な男が席を立って食って掛かる。
「いえ、滅相も無い。
これは僕が新参者ですので、極力礼を尽くそうとしただけの事です。不快でしたら、謝ります」
これまた一分の隙も無い礼だ。これ以上の粗探しは最早言い掛かりでしかなく、止む無く男は怒りを飲み込んだ。
……実は、この場に居る多くの者がクリードに怒鳴り散らしたくて仕様が無かった。
入った一瞬で空気が変わり、ともすれば一気に場を支配しかねない優美に極まる〝華〟。魅了する、と言う事は得てして、
心を無防備にすると言う事でもある。
この若造は―――闘争に明け暮れ、人を従え、そして幾多の死線をくぐった彼らが未だ持ち得ないものをこの若さで持っているのだ。
それが嫉ましさと危うさを同時に刺激し、やり場の無い怒りをむらむらと起こさせていた。
「まあまあ、諸君」
その張り詰めた怒りの空気を、柔らかな声がほぐした。
「彼は遅参を謝罪しているのだ、許してやりなさい」
そして一同が目を向ける先には、最も上座で優しい微笑を湛える老人が指を組んでいた。
「これはこれは。〝神の剣〟代表、ノーマン=アリウス師ではありませんか。ご尊名はかねがね伺っております」
クリードが一際深く一礼したこの老人は、現行に於いて最もクロノスと闘争を重ねた反クロノス組織〝神の剣〟の首魁を
長らく務めていた。然るに、その言葉は事実上満場一致の決定と言って良い。
「こちらこそ、君の参戦を心より感謝する。
古きに応じ、若きがこうして馳せ参じてくれるのは嬉しい限りだ。少なくとも我々の闘争が無駄でない事を教えてくれる」
周囲の殺気立つ面々とは対照的に、アリウス師は逆にクリードに友好的だ。
「掛けなさい。それでは、面子も揃った所で会議を始めようじゃないか」
その張り詰めた怒りの空気を、柔らかな声がほぐした。
「彼は遅参を謝罪しているのだ、許してやりなさい」
そして一同が目を向ける先には、最も上座で優しい微笑を湛える老人が指を組んでいた。
「これはこれは。〝神の剣〟代表、ノーマン=アリウス師ではありませんか。ご尊名はかねがね伺っております」
クリードが一際深く一礼したこの老人は、現行に於いて最もクロノスと闘争を重ねた反クロノス組織〝神の剣〟の首魁を
長らく務めていた。然るに、その言葉は事実上満場一致の決定と言って良い。
「こちらこそ、君の参戦を心より感謝する。
古きに応じ、若きがこうして馳せ参じてくれるのは嬉しい限りだ。少なくとも我々の闘争が無駄でない事を教えてくれる」
周囲の殺気立つ面々とは対照的に、アリウス師は逆にクリードに友好的だ。
「掛けなさい。それでは、面子も揃った所で会議を始めようじゃないか」
………賓客が全て大食堂に入った時点で、室外で待機する者達の装備も配置も一変する。
駐車場入り口に埋設した対戦車地雷と対人地雷は電子ロックが解除され、城の外周ぐるりを囲む機関銃と対物ライフルを配備した
土嚢積みの銃座陣地が侵入者を常に見張り、内部にも随所に強化アクリル製シールドで築いたバリケードが敷設してある。
今までは内部で何かが起こる事を想定した陣形だったが、今回は対襲撃者用の陣形だ。不審者が居れば拘束或いは射殺を旨に、
皆武装のチェックを忘れない。
「…くそ、何なんだあいつらは」
三人一組の銃座陣地の一つで、先刻クリードに呑まれた一人がぼやきを零すのに、観測手の男が周辺を確かめながら応じる。
「俺は見てないが…どんな奴だった?」
「概ね噂通り、線の細い優男さ。変な格好したチビと黒尽くめの護衛を連れてたが、そいつらと一緒にどうも妙な感じだ」
腑に落ちないとばかりに、幾度もライフルのスコープを調整する。
「何て言うかな……獣とか、怪物とかみたいな感じのようで…ありゃ違う」
そう言う輩と対峙すれば、まず何より恐怖が刺激されるものだが、クリードにはそれが無い。
全く感じられない訳ではないが、それ以上に感じるものが逆に目を逸らさせなかった。
……真の魅力とは、性別を問わない。圧倒的なカリスマは物を判らぬ輩さえも容易く惹き付ける。
もし仕える主と身を捧ぐべき目標が無ければ、思わず心酔しかねないほど恐ろしいものだ。
「ウチのボスもかなり危ない人だが、あっちは何と言うか底が知れねえ。
あの若さでドデカい組織を作ったってのも、少し判る気がする」
ボルトの動きをチェックしたり、マガジンから抜いた弾を確かめたりするのは、不安を何とか振り払うためだ。
正直あれとは共闘したくない。これまでの自分がどうでも良くなってしまいそうな気がして。
「…?」
不意に、周囲を警戒していた観測手が、何を見つけたか電子双眼鏡の明度やモードをせわしなく変えていた。
「何だ、どうした?」
「……いや、何か今……森の奥で動いてたような…」
それを聞いて対物ライフルのスコープを覗くが、其処にはそう見受けられるものなど無い。
「リスか何かじゃないのか?」
「いや、確かに見えた。間違い無い、人くらいの大きさが有った」
とは言っても、梢も茂みも良く晴れた日差しに青々としているだけで、後はせいぜい小鳥のさえずり程度のものだ。
それに、示した方向は彼らの位置から見え辛く、とても何かを見出せる感じはしなかった。
「………じゃあ他の奴らにも調べさせるか。
ポイントJよりKへ。今こちらの観測手がそちらのポイントの十一時方向に何かを確認した模様、至急そちらからの確認を乞う。
繰り返す……」
無線機で一番近い方角の銃座陣地に通達する。それを見る二人は「これでようやく」と思いつつそれぞれの為すべきを再開した。
だが……
「ポイントK…? おい、応答しろ、おい!」
ようやくどころか、無言の応答が実は非常事態の渦中だと彼らに伝えた。
「ポイントL! I! 大変だ、Kに異常事態発せ…!」
通信機にがなった彼の声を―――――――、落雷の様に脳天に突き立った矢が永遠に閉ざす。
「え…あ、うわ…!」
アナクロな武器は原始的な恐怖を刺激する。それゆえか機関銃手がマシンガンを構えたまま土嚢の壁から立ち上がる。
「あ、おい馬鹿……!」
観測手の止める間も無く、心臓と喉にそれぞれ一本ずつの矢が立った。
そして森の奥から、熱遮断式ギリーシート(色や布切れで茂みや藪に偽装するための布)の一団が現れた。
駐車場入り口に埋設した対戦車地雷と対人地雷は電子ロックが解除され、城の外周ぐるりを囲む機関銃と対物ライフルを配備した
土嚢積みの銃座陣地が侵入者を常に見張り、内部にも随所に強化アクリル製シールドで築いたバリケードが敷設してある。
今までは内部で何かが起こる事を想定した陣形だったが、今回は対襲撃者用の陣形だ。不審者が居れば拘束或いは射殺を旨に、
皆武装のチェックを忘れない。
「…くそ、何なんだあいつらは」
三人一組の銃座陣地の一つで、先刻クリードに呑まれた一人がぼやきを零すのに、観測手の男が周辺を確かめながら応じる。
「俺は見てないが…どんな奴だった?」
「概ね噂通り、線の細い優男さ。変な格好したチビと黒尽くめの護衛を連れてたが、そいつらと一緒にどうも妙な感じだ」
腑に落ちないとばかりに、幾度もライフルのスコープを調整する。
「何て言うかな……獣とか、怪物とかみたいな感じのようで…ありゃ違う」
そう言う輩と対峙すれば、まず何より恐怖が刺激されるものだが、クリードにはそれが無い。
全く感じられない訳ではないが、それ以上に感じるものが逆に目を逸らさせなかった。
……真の魅力とは、性別を問わない。圧倒的なカリスマは物を判らぬ輩さえも容易く惹き付ける。
もし仕える主と身を捧ぐべき目標が無ければ、思わず心酔しかねないほど恐ろしいものだ。
「ウチのボスもかなり危ない人だが、あっちは何と言うか底が知れねえ。
あの若さでドデカい組織を作ったってのも、少し判る気がする」
ボルトの動きをチェックしたり、マガジンから抜いた弾を確かめたりするのは、不安を何とか振り払うためだ。
正直あれとは共闘したくない。これまでの自分がどうでも良くなってしまいそうな気がして。
「…?」
不意に、周囲を警戒していた観測手が、何を見つけたか電子双眼鏡の明度やモードをせわしなく変えていた。
「何だ、どうした?」
「……いや、何か今……森の奥で動いてたような…」
それを聞いて対物ライフルのスコープを覗くが、其処にはそう見受けられるものなど無い。
「リスか何かじゃないのか?」
「いや、確かに見えた。間違い無い、人くらいの大きさが有った」
とは言っても、梢も茂みも良く晴れた日差しに青々としているだけで、後はせいぜい小鳥のさえずり程度のものだ。
それに、示した方向は彼らの位置から見え辛く、とても何かを見出せる感じはしなかった。
「………じゃあ他の奴らにも調べさせるか。
ポイントJよりKへ。今こちらの観測手がそちらのポイントの十一時方向に何かを確認した模様、至急そちらからの確認を乞う。
繰り返す……」
無線機で一番近い方角の銃座陣地に通達する。それを見る二人は「これでようやく」と思いつつそれぞれの為すべきを再開した。
だが……
「ポイントK…? おい、応答しろ、おい!」
ようやくどころか、無言の応答が実は非常事態の渦中だと彼らに伝えた。
「ポイントL! I! 大変だ、Kに異常事態発せ…!」
通信機にがなった彼の声を―――――――、落雷の様に脳天に突き立った矢が永遠に閉ざす。
「え…あ、うわ…!」
アナクロな武器は原始的な恐怖を刺激する。それゆえか機関銃手がマシンガンを構えたまま土嚢の壁から立ち上がる。
「あ、おい馬鹿……!」
観測手の止める間も無く、心臓と喉にそれぞれ一本ずつの矢が立った。
そして森の奥から、熱遮断式ギリーシート(色や布切れで茂みや藪に偽装するための布)の一団が現れた。
「……一体どう言うつもりだ!? 我々に一言も無くフィブリオ市を襲撃するとは!」
「全く、若い奴はこれだから困る。その暴走が我々全員の足並みを乱す事を、弁えて貰いたいものだ」
「しかも勝手にクロノスと戦ったそうではないか! これは許し難いぞ!」
大食堂の中は、下座に座る星の使徒の若き指導者への叱咤に満ち溢れていた。
先のフィブリオ市襲撃事件によって、彼ら反クロノス勢力を一方的に叩く材料をクロノスに与えてしまった、と言う事なのだが、
彼らの痛罵は少々逸脱の態を見せている。
「そもそも何だ、破竹の快進撃とやらでいささか眼が曇ったのではないか?」
「これほどの組織を作り上げたのは立派だが、過信が過ぎるとは思わんのか!?」
「調子に乗りすぎだ、若造が!」
此処まで行くと鬱憤晴らしや言いがかりだが、それでもクリード以下二人に異論を持ち合わせる風は無い。して沈黙が続けば、
おのずと舌は悪い波に乗る。
「大体貴様、元はクロノスの一員だそうだな。もしや、奴らのスパイじゃあ無いだろうな?」
「…成る程、それは有り得る。我々を内側から崩す作戦ですな」
「違うと言うなら証を見せてみろ! 今此処で!!」
最早暴走と言っても差し支えない悪口雑言の中、アリウス師の拍手が響くや潮が引いた様に一同静かになる。
「まあまあ、許してやりなさい。彼らも充分反省しているだろう。
……だがクリード君、あの一件が有って我らの風当たりが少々思わしくなくなったのも事実なのだよ。
知っての通り我らの目的は、傲慢なるクロノスからの脱却と開放だ。そしてそれがどれだけ正しいのかを世界に知って貰わねばならん。
その為には、断じて足並みを乱さず一丸となる必要がある……判るね?」
一つ一つ押さえる様に、血気盛んな周囲をも宥める様にアリウス師は言い聞かせた。
「全く、若い奴はこれだから困る。その暴走が我々全員の足並みを乱す事を、弁えて貰いたいものだ」
「しかも勝手にクロノスと戦ったそうではないか! これは許し難いぞ!」
大食堂の中は、下座に座る星の使徒の若き指導者への叱咤に満ち溢れていた。
先のフィブリオ市襲撃事件によって、彼ら反クロノス勢力を一方的に叩く材料をクロノスに与えてしまった、と言う事なのだが、
彼らの痛罵は少々逸脱の態を見せている。
「そもそも何だ、破竹の快進撃とやらでいささか眼が曇ったのではないか?」
「これほどの組織を作り上げたのは立派だが、過信が過ぎるとは思わんのか!?」
「調子に乗りすぎだ、若造が!」
此処まで行くと鬱憤晴らしや言いがかりだが、それでもクリード以下二人に異論を持ち合わせる風は無い。して沈黙が続けば、
おのずと舌は悪い波に乗る。
「大体貴様、元はクロノスの一員だそうだな。もしや、奴らのスパイじゃあ無いだろうな?」
「…成る程、それは有り得る。我々を内側から崩す作戦ですな」
「違うと言うなら証を見せてみろ! 今此処で!!」
最早暴走と言っても差し支えない悪口雑言の中、アリウス師の拍手が響くや潮が引いた様に一同静かになる。
「まあまあ、許してやりなさい。彼らも充分反省しているだろう。
……だがクリード君、あの一件が有って我らの風当たりが少々思わしくなくなったのも事実なのだよ。
知っての通り我らの目的は、傲慢なるクロノスからの脱却と開放だ。そしてそれがどれだけ正しいのかを世界に知って貰わねばならん。
その為には、断じて足並みを乱さず一丸となる必要がある……判るね?」
一つ一つ押さえる様に、血気盛んな周囲をも宥める様にアリウス師は言い聞かせた。
事実クロノスの統制は確かに幸福を生む反面、その陰で暴利と搾取を生んでいる。それに善か悪かを語るのはそれぞれの
価値観次第だが、此処に集うのは一人残らず後者だ。然るに怨敵に付け入る隙を作ったのは、確かに腹立たしい事だ。
「悪いと思うが、少しばかり調べさせて貰った。道士、サイボーグ、潤沢な資金、一向に掴めぬ拠点、行動ルート……正直大したものだ。
とても急造の組織とは思えん完璧な構築に、我ら一同驚きを隠せんよ」
「お褒めに預かり光栄です」
素直な目礼に、アリウス師も満足げに頷いてみせる―――が、
「しかし、今回の様な事は迂闊と言う他無い。もしもう一度起これば、今度こそクロノスの追撃を免れぬやも知れん。そうならぬ為にも
共闘体制は不可欠なのだよ」
脇の水差しで喉を湿しながら、結論付ける様にコップの音が響く。
「君達には技術力が有り、我らには組織力が有る。もしこれが一つとなれば、必ずやあの悪鬼どもを下し世界に真の平穏をもたらす筈だ。
と言う訳でクリード君、この通りだ。是非君達の一臂を我らに貸して貰えないだろうか?」
何と立場が上であるにも拘らず、アリウス師は席を立つなり若輩に深々と頭を下げた。これは言わば、王が兵卒に傅くに等しい
行為であり、それを知る周囲の長達は慌てて師に頭を上げさせようとする。しかし、彼は手で皆を制した。
「我らは若き志士に意志を継がねばならん。いずれは彼らが此処に立ち、そうして後人に継がさねば未来は無い。
彼らは未来なのだ、我らが過ぎ去った後礎を支える者達なのだ。それに頭を下げるのが、何がおかしいのかね?」
反論の余地も無いただ未来を思う言葉が、長き闘争を生きた老兵から発せられる。先刻まで酷く喧しかった連中も、これには
しん、と黙りこくった。
………それが、四・五分ほども続いた頃だろうか。
「どうだ、星の使徒…」
筋骨隆々の男が、搾り出す様に零す。
「共闘か否か、是が非にも言って貰うぞ………さあ、言え!!」
アリウス師の礼はそのまま場の総意だ、皆の矜持をこの若造一人に投げ出したとも言える。
そして当のクリードだが、視線を浴びても硬い貌を一切崩さないまま口を開く。
「………老師、どうかお起きを。この未熟者には勿体無さ過ぎます」
言われるままに顔を上げると、それを合図に無表情が幾分和らいだ。
「共闘……ええ、確かにその通りです。フィブリオの件は、実は僕も少々性急のきらいが有ったと思っていまして……今更ながら
後悔しております。ご先輩方の仰る様に、今までが順調過ぎて浮かれていたのでしょうね。全くお恥ずかしい」
入室時とは打って変わっての低姿勢に、苛立つ者達も心の棘を少しずつ落としていく。
「ご歴々のお言葉に、僕もようやく眼が覚めました。どうかこれまでの非礼、お許し下さい」
先刻のアリウス師に倣う様に、彼もまた席を立ち頭を下げる。両脇の護衛も同様に。
「うむ、判れば良いのだ、判れば」
「その謝罪は受け取ろう。さ、君も顔を上げると良い」
「ならばわだかまりも無くなったと言う事で、会議に移ろうじゃないか」
非難した輩も思った以上の素直さに気を良くし、労わる様な声調でクリードへ着席を促した。それに応じ、彼もまた笑顔で席に付く。
「ええ、皆さんの仰りたい事が大変良く判りました。つまり…」
だが―――彼が続いて放った言葉で、場に極寒が吹きすさんだ。
価値観次第だが、此処に集うのは一人残らず後者だ。然るに怨敵に付け入る隙を作ったのは、確かに腹立たしい事だ。
「悪いと思うが、少しばかり調べさせて貰った。道士、サイボーグ、潤沢な資金、一向に掴めぬ拠点、行動ルート……正直大したものだ。
とても急造の組織とは思えん完璧な構築に、我ら一同驚きを隠せんよ」
「お褒めに預かり光栄です」
素直な目礼に、アリウス師も満足げに頷いてみせる―――が、
「しかし、今回の様な事は迂闊と言う他無い。もしもう一度起これば、今度こそクロノスの追撃を免れぬやも知れん。そうならぬ為にも
共闘体制は不可欠なのだよ」
脇の水差しで喉を湿しながら、結論付ける様にコップの音が響く。
「君達には技術力が有り、我らには組織力が有る。もしこれが一つとなれば、必ずやあの悪鬼どもを下し世界に真の平穏をもたらす筈だ。
と言う訳でクリード君、この通りだ。是非君達の一臂を我らに貸して貰えないだろうか?」
何と立場が上であるにも拘らず、アリウス師は席を立つなり若輩に深々と頭を下げた。これは言わば、王が兵卒に傅くに等しい
行為であり、それを知る周囲の長達は慌てて師に頭を上げさせようとする。しかし、彼は手で皆を制した。
「我らは若き志士に意志を継がねばならん。いずれは彼らが此処に立ち、そうして後人に継がさねば未来は無い。
彼らは未来なのだ、我らが過ぎ去った後礎を支える者達なのだ。それに頭を下げるのが、何がおかしいのかね?」
反論の余地も無いただ未来を思う言葉が、長き闘争を生きた老兵から発せられる。先刻まで酷く喧しかった連中も、これには
しん、と黙りこくった。
………それが、四・五分ほども続いた頃だろうか。
「どうだ、星の使徒…」
筋骨隆々の男が、搾り出す様に零す。
「共闘か否か、是が非にも言って貰うぞ………さあ、言え!!」
アリウス師の礼はそのまま場の総意だ、皆の矜持をこの若造一人に投げ出したとも言える。
そして当のクリードだが、視線を浴びても硬い貌を一切崩さないまま口を開く。
「………老師、どうかお起きを。この未熟者には勿体無さ過ぎます」
言われるままに顔を上げると、それを合図に無表情が幾分和らいだ。
「共闘……ええ、確かにその通りです。フィブリオの件は、実は僕も少々性急のきらいが有ったと思っていまして……今更ながら
後悔しております。ご先輩方の仰る様に、今までが順調過ぎて浮かれていたのでしょうね。全くお恥ずかしい」
入室時とは打って変わっての低姿勢に、苛立つ者達も心の棘を少しずつ落としていく。
「ご歴々のお言葉に、僕もようやく眼が覚めました。どうかこれまでの非礼、お許し下さい」
先刻のアリウス師に倣う様に、彼もまた席を立ち頭を下げる。両脇の護衛も同様に。
「うむ、判れば良いのだ、判れば」
「その謝罪は受け取ろう。さ、君も顔を上げると良い」
「ならばわだかまりも無くなったと言う事で、会議に移ろうじゃないか」
非難した輩も思った以上の素直さに気を良くし、労わる様な声調でクリードへ着席を促した。それに応じ、彼もまた笑顔で席に付く。
「ええ、皆さんの仰りたい事が大変良く判りました。つまり…」
だが―――彼が続いて放った言葉で、場に極寒が吹きすさんだ。
「…つまり皆さんは、星の使徒を寄こせ、と言いたい訳ですね?」