SS暫定まとめwiki~みんなでSSを作ろうぜ~バキスレ 鋼の錬金術師 ~「後夜祭」~ 前編


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イーストシティ、東方司令部。
客人の到着を告げられた彼女が応接室に入ると、ソファから黒髪長身の青年が立ち上がった。
その後ろには小柄な仮面の人物が直立し控えている。
脳裏にある情報と二人の容貌を照合し、招いた相手にまちがいないと判断して口を開く。
「シンの皇子、リン・ヤオとその護衛だな」
「貴女がオリヴィエ・ミラ・アームストロング大将カ」
相手がその名にうなずくのを確認し、リンは床に両膝をつき胸の前で手を合わせ頭を垂れた。
「我が部下、フーの遺体をわざわざ荼毘に附してくださったと聞いタ。感謝すル」
その後ろでリンとともに深々と頭を下げる仮面の護衛、ランファンは懐に祖父の遺髪と
「そこに魂が残る」と言い伝えられている喉の遺骨を持っている。
「おかげで魂損なわれることなく、共に祖国に帰れル」
アメストリスの風習は基本的に土葬であり、
基本的には遺体の損傷が激しいなど特別な場合しか火葬は行われない。
対するシンでは火葬を主とし、土葬は大罪人の埋葬法とされている。
郷に入っては郷に従え、と言うのは分かっているが、肉親より親しく在った、
体術の師でありその命を賭して宿敵を倒した彼を
異国の地でただ土葬にしてしまうのはあまりにも…むごい。
平伏する二人の前にひざをつき、リンの肩に手を触れてオリヴィエは答えた。
「シンの風習については調べたことがある。それに感謝するのはこっちの方だ。
貴殿がバッカニアの最期の願いを聞き届け、中央兵から我が部下たちを守り抜いたことへの礼だと思ってくれ」
もう一度深く頭を下げ、リンはうながされるままソファに、ランファンはその背後に戻った。
運ばれてきた珈琲を口にして、オリヴィエが切り出す。
「それにしても、あの日の貴殿のはたらきは実にめざましかったそうだな」
全身を硬化させ、ライフルの狙撃マシンガンの打撃をものともせず
装甲車や戦車の体当たりにもびくともせず、
ただ一人で中央軍をなぎ払ったと聞いている。
「味方にすれば何と頼もしい…!」
とは、そのすべてを見て、記憶して報告したヴァトー・ファルマン少尉の言葉でもある。
欲しい。入手すれば無二の戦力になる。
そのために今日彼らをこの場に呼びつけたのだ。
これ以上無駄な手順を踏む気はない。
カップを置き、オリヴィエは切れ長の目をすっと細めた。
「リン・ヤオ」
肉厚の官能的な唇に笑みを浮かべ、手を伸ばす。
「シン国になど戻らず、私の部下になれ」
冷たい指先がほおからあごにかけてゆっくり撫で下ろすその指が思い切りよく弾かれた。
二人の間に割って入ったランファンが怒気もあらわに唸る。
「若はシン国皇帝になる御方。異国の女郎ごときが軽々しく触れてよい存在ではなイ」
「ほう」
オリヴィエが立ち上がった。
アメストリス国随一の名家、アームストロング家現当主のプライドを
ここぞとばかりに全身にみなぎらせ、胸の前で腕を組み軽く背を反らせて言い放つ。
「同国人なら下賤の女でも良いと?」
あからさまに見下されたランファンがとっさに脳裏に浮かんだ言葉を返す。
「黙れ年増」
「ほざけ小娘」
「とにかく、若は貴様などには渡さン!」
「ならば勝ち取るがいい。場所は設定してやろう」
「望むところ。その言葉、後悔するなヨ」
リン本人の意思をよそに話ががんがん進んでいく。
「あのー、俺の意見は~」
「若は黙っててくださイ!」
「賞品は黙ってろ」
ついに物扱い。
まあ、ここはとりあえず二人がお互いに気を取られているうちに逃げて
我が身の安全を確保しておこうか、とそろりと後ずさるリンの背後にまた別の人影が立った。
「!」
首に手刀を打たれて昏倒するリンに
「若ッ!」
気を取られたランファンのみぞおちにオリヴィエのひざが食い込み、
思わず体を折ってあらわになったうなじにひじ打ちが決まる。
リンを襲った人物がすかさずランファンの背後に回り、
両腕を背中の方にねじ上げて押さえつけた。仮面が落ちる。
オリヴィエの腕に抱き起こされるリンを目の当たりにしてランファンが蒼白になった。
「…若を離セ…!」
壮絶な殺気をはらんだ叫びをふふん、と鼻で笑い飛ばし、
オリヴィエが宣言する。
「勝負は一週間後。場所は追って指定する。逃げるなよ小娘」
ランファンの背後を取った人物に向かって目配せし、
「ごめんなさいね」
耳元で女性の声がしたかと思った途端にランファンの意識も暗転した。

場所は変わり、イーストシティ某所のホテル。
「リンが東方司令部でアームストロング姉に捕まったぁ!?」
「とどめ入れたのは私だけどね」
何故か突然イズミから呼び出されたエドワードは聞かされたことの次第に唖然とした。
「で、この子はリン皇子とやらの護衛さんに間違いない?」
ベッドの上で膝を抱え、殺気を隠そうともせずにこっちをねめつけている
鋼の義手、仮面の少女を肩越しに親指で刺してイズミが問う。
「あ、まあうん。で師匠、なんで東部にいるんですか」
「オリヴィエちゃんにねー、折り入って頼みがあるって呼び出されたのよ」
初めて会ったそのときから意気投合していたらしいのは知っていたが、
いつの間にそんなに仲良くなったのか。
つかあの女傑を「ちゃん」づけで呼べるとは、さすがイズミ師匠。
「旅費と滞在費を旦那の分まで出してくれるって言うから、
久しぶりの旅行がわりにいいかなって思って来たんだけど」
まさかお願いとやらがこんなことだとはね、とため息をつき、
イズミはランファンがうずくまったままのベッドに近づいた。
「エド、この子の名前は?」
「ランファンだよ」
「ランファンさん、…ごめんなさいね」
とっさに身構えたランファンだったが、真摯な謝罪の言葉を耳にして即攻撃、とまでは行かない程度に
緊張を解く。
イズミは慈愛に満ちた笑顔で仮面の下の瞳をのぞき込み、よしよしと頭を撫でた。
「おわびと言っちゃなんだけど、ちょっと私と特訓しない?」
一応貴方の見張りなんだけどねー、このまま人さらいの手伝いじゃ後味悪いじゃない、と苦笑する。
「勝って、堂々と帰りたいでしょう」
あまりにも意外な言葉を言われ、助けを求めるようにこっちを見るランファンに
エドワードはうなずいて見せる。
「あー、習っといて損はないと思う。そのひと俺とアルの師匠だし」
エルリック兄弟の体術が自分と同等か、時に勝ることすらあると知っている
ランファンは素直にその言葉に従うことにした。
そもそも従者として、あの魔女の手元からリンを救い出し
一刻も早くシン国へ戻るためにはなりふりかまってはいられない。
ベッドから下り、イズミの足下にひざまずく。
「お師匠殿」
「イズミでいいわよ。ただの主婦だから」
「では、イズミ殿。よろしくお願いしまス」

夕刻、イーストシティの一等地に新築されたアームストロング家別邸。
食事を済ませ、テーブルの向こうのオリヴィエにリンは問いかけた。
「人質というわりにえらく大事にしてもらってる気がするガ」
3食昼寝つきどころか、空腹になる間隔が他人より短いリンに合わせて豪華で美味な5食つき。
しかも邸内のみとはいえ自由に動いていいという許可までもらっている。
蒸留酒のボトルから手酌で満たしたロックグラスを傾けながらオリヴィエが返す。
「一国の皇子相手に無礼はせん」
そのセリフ、どの口で言うかどの口で。
「だが、躾のなってない部下には別だ」
…それはまあ、否定できない。年増呼ばわりはまずかったぞランファン。
「小娘は市内のホテルにいる。が、あの時お前を倒した者を見張りにつけてある」
ホムンクルス「強欲」と一つ身になってからの特殊能力のみがやたら注目されるせいで目立たないが、
元々リン自身も戦闘能力は高い。たいていの相手に不覚を取らないだけの腕はある。
いくら脱出に気を取られていたからとはいえ、
その自分にまったく気付かせることなく背後を取り急所を打つだけの実力を持つ者を
ランファンが無傷で倒せるかどうかは微妙、と冷静に判断するリンに向かって
オリヴィエは目を細めた。
「貴殿か小娘、どっちかが逃走したら容赦なく手出ししていいと言ってある。
おとなしくしておいたほうがおたがいの身のためだな」
的確にこっちの弱点見抜きやがって、と舌打ちする代わりに
水のグラスを勢いよく空にしてリンは立ち上がった。
「馳走になっタ」
オリヴィエが出て行く彼の背中に掲げたグラスの中で、氷が涼やかな音を立てて崩れた。

次の日の朝、イーストシティで最高レベルを誇る病院。
見晴らしの良い最上階、特別室の今の主は一人の少年。
彼の兄をはじめとする旧知の人々が入れ替わり立ち替わり見舞いに来るその一室には
常に花と様々な土産物が絶えない。
「オリヴィエ将軍とランファンさんの決闘かあ」
ベッドの上、体を起こしたアルフォンスがエドワードの話を聞き、目を輝かせた。
「そ。次の日曜に東方司令部の練兵場でだってさ。アルも見たいよな?」
「そりゃ面白そうだけど…この体で見にいけるかな」
「真理の扉」の前から救出されて1ヶ月。立つのがやっとだったガリガリの肉体は
十分な休養と栄養を摂取し適度な運動を行う日々のおかげで順調に回復しつつあるものの、
まだ長時間立っていたり長い距離を歩くことはできない。
「大丈夫、ロス中尉が特別席用意してくれるってさ」
「じゃあノックス先生に聞いてみて、外出許可が出たら行くよ」
「許可なんていらねーって。そんな長くかかんないだろうし」
「前に兄さんがマスタング大尉と模擬戦したときは朝から夕方までかかったじゃない」
「あーれーはー結局片づけまでさせられたからだって。会場こわしまくったのは大尉だし」
兄弟の他愛ない会話を興味深く聞きながら、
離れたテーブルで林檎をむいていたメイが皿をアルフォンスの枕元に持っていく。
ありがとう、と微笑んで林檎を手に取ったアルフォンスが首を傾げた。
「メイはシンに戻らなくていいの?」
「今のところハ、まダ」
「そっか」
「お、旨いなこの林檎」
「うん、昨日ホークアイ中尉が持ってきてくれたやつかな」
「エドワードさン、アル様のおやつ取らないでくださイ」
「いいじゃん1個くらい」
と言いつつもう1個手に取るエドワードから
動物を追い払うかのようにしっしっと手を振られたことにはむかつくものの、
兄弟水入らずの時間を邪魔し続けるのも悪いかと
メイは花瓶と花束をいくつか抱えて部屋を出た。

給湯室で花瓶の水を換え、痛んだり枯れたりしている花を外し入れ替え
どうにか見栄えよく生け直そうと努力しているところにエドワードが顔を出す。
「メイ」
また何か嫌みを言われるのか、と身構えるメイの肩にぽんと手を置き、
エドワードは頭を下げた。
「アルの看病、ありがとな」
本当なら自分がずっと側についていたいところだが、
「約束の日」からずっといろんな後始末に奔走させられているため、
一日に一度わずかな時間を作って会いに来るのが精一杯。
他人に頼みたくとも、皆それぞれの事情と生活に戻らなければならなかったため
「じゃあ私がつきそいまス」と言い出したメイに任せるしかなかったのだ。
正直最初はいかがなものかと疑っていたが、
見ている限り彼女の看病ぶりはなかなかかいがいしく、
かなりの医学的知識と応急手当に応用できる錬丹術を持ち合わせているため
安心していられると医師看護婦たちの覚えもよろしい。
…入院したばかりのころ、夜中にアルフォンスが急に心肺停止状態に陥ったことがあったが
すぐに気付いたメイが錬丹術を使って無事蘇生させたという話も聞いている。
「ほんと助かってる。アルもメイが側にいてくれるから安心だって言ってる。
けど…本当に、まだあっちに戻らなくていいのか?」
元々彼女の目的は一族のために「不老不死の法」を祖国に持ち帰ることだと聞いている。
しかしアメストリスから「賢者の石」がすべて失われた今、
彼女が求める「不老不死の法」を得るすべはこの国にはもうないのだ。
なのにもしかして、アルフォンスの看病のためだけに
彼女がアメストリスに残っているのなら申し訳ない。
メイが胸の前で手を組み、きらきらと瞳を輝かせて笑顔になった。
「エドワードさン、もしかして心配してくださってるんですカ?」
ペットのシャオメイとともに首を傾げる姿は文句なしに愛らしい。
しかし素直にそういう反応をされると、あえて反発したくなるのが彼の性格。
「いやそのときは、万歳三唱で見送ってやろうと思ってるから。
予定空けとかないとな」
その言葉に、彼女の表情が喜びから怒りに変わる。
一瞬でもこの相手に感激した自分が愚かだった。
「いつだろうと、誰にも、絶っ対に教えませン!」
怒りの勢いに任せてその場を片づけたメイはべーっと舌を出し、
花瓶を両腕に抱えて給湯室を出て行った。

日中、アルフォンスが別室で運動能力を取り戻すためのリハビリを行っている間が
メイの私的な時間である。自分の服を洗濯したり買い物したり、旧知の人物を訪ねたり。
「こんにちハ」
アルフォンスが入院している病院にほど近い、小さなアパート。
呼び鈴を鳴らしたメイを部屋の主、ティム・マルコーが出迎えた。
「こんにちは、メイちゃん」
「お邪魔しまス」
その部屋は、玄関に面して居間と小さな台所、その奥にベランダに面した2部屋がある造りだ。
向かって左側はマルコーの居室であり、もう片方には。
「スカーさン、こんにちハ」
ノックのあと、答えの戻ってこないドアを細く開けてメイは中に声をかけた。
昼間だというのにカーテンを閉め切ったままの薄暗い部屋。
ベッドの上、枕元の壁に背中を預けて座る褐色の肌の男が赤い瞳で
ただ目の前の空間を見つめている。
彼の名はスカー。
かつては悪名高きテロリストだったが、
自分が激情のままに屠った医師夫婦の娘との出会いをきっかけに改心。
2ヶ月前の「約束の日」においてはイシュヴァール人の同胞を指揮して
「逆転の錬成陣」を制作し、大総統キング・ブラッドレイに止めをさした
無二の功労者である。
彼自身は「約束の日」を阻止したあとで多くの国家錬金術師を惨殺した罪により
囚われ裁かれるだろうと覚悟していたのだが、
…結局罪はその功績と相殺され自由の身となったのだ。
だが、それは幸いではなかった。
両親に付けられた名を捨てて「傷の男」となり己の信じるもののために生きてきた
彼のすべての感情は、
もう一人の「名無し」ホムンクルス「憤怒」キング・ブラッドレイとの戦いで灼きつくされた。
一度は人生の目標とした、「テロ以外の形でアメストリスを変える礎となる」という
新たな熱い意志も、…今はもう、思い出せないまま。
ただ、生きている。
話しかければある程度は答えるし、自分から食事を取るし風呂にも入る。
しかしそれは、単に染みついた生活習慣に従い体を動かしているというだけだ。
今の彼は…まるで、作るときに決められた動きだけを延々と繰り返す人形のよう。
メイは小さなため息をついてドアを閉じた。

自分に珈琲、メイとシャオメイにココアを淹れてテーブルにおいたマルコーが問いかける。
「アルフォンス君の様子はどうだい?」
「体の調子は日ごとに良くなってこられてますけド、
夜ぐっすり眠れないのが一番おつらいみたいでス」
席につきながらしゅんとして答えるメイの頭を撫で、静かにつぶやいた。
「心だけは、術や薬で治せるものではないからね」
「そう…ですネ…」
スカーの部屋のドアを見つめ、二人は深いため息をつく。
その中にも、心を治せないままの男がいる…
「ところで。メイちゃんはいつシンに戻るのかな」
ほんの2時間ほど前にアルフォンスとエドワードからも投げかけられた問いを
三度投げかけられ、メイは今日はつくづくこの質問に縁がある日だなと苦笑した。
「まだ決めてないんですけド」
しかしいつかはシンに戻らなくてはいけない。本当は今すぐにでも。
「不老不死の法」を入手する望みが絶たれた以上、
一刻でも早く次の手を打たなければならないことは分かっているのだ。
分かっていて…一月たった今も、まだ、動けずにいるのは、
縁あって仲間になり普通以上の好意を抱いた二人、
アルフォンスとスカーにどうしても別れを告げられずにいるせいだ。
会えなくなってしまうには二人とも容態が重すぎて。
「…多分、いつかハ」
「ではそのとき、私もシンに連れて行ってくれないか」
細い瞳に強い意志の光をみなぎらせ、マルコーは語る。
「これはメイちゃんと話していて気付いたことだから
間違っていたら遠慮無く訂正して欲しい。
シン国には傷を癒すための優れた錬丹術があるけれど、
基本的な衛生に関する考えはアメストリスの方が発達しているね」
「ハイ」
一流の錬丹術師であり、シン国最先端の医術的知識を身につけているメイでさえ、
アメストリスに来てはじめて「清潔」を保つことのの大切さを知りその効果に驚いたのだ。
食中毒、伝染病、感染症。こまめに手を洗う、うがいをするなどの
ごく基本的な衛生知識を身につけるだけで防げる、または軽く済む病は数多い。
それに錬丹術を使わない単純な治療の際も、切開に使う刃物を火で灼く、
傷口を酒で洗うなど原始的な消毒法がありはするが、
医術を行うものすべてがそれを徹底して実施しているわけではない。
「だから衛生的な知識とその重要さを伝えて、…あと、自分で言うのもなんだが、
私は医療系の錬金術についてはかなりのものだ。
私の知識とシンの錬丹術を組み合わせたらもっといろんな治療ができるんじゃないだろうかと思う」
熱っぽく言葉を紡いでいた彼が、ふとテーブルに視線を落とした。
「本当はね、ずっと、もう医者も錬金術もやめようと思っていた」
多くの人間の命を利用して「賢者の石」を制作し、
その石がイシュヴァール殲滅戦に利用されたことへの悔悟は大きく。
「だけど、エドワード君やスカー殿やメイちゃんを見ているうちにね、
もう一度、人の役にたってみたいと思うようになったんだ」
この年でおかしいかい、と頭をかいたマルコーの手を取り、
メイが瞳を潤ませる。
「いいエ、…すばらしいでス、マルコーさン」
彼の理想がシン国で形になれば、どれほどの民が助かることだろう。
「微力ですけド、我がチャン族のすべてをもってマルコーさんに
ご協力することを私の名にかけてお約束しまス」
もちろん、…理想と感動と人情だけで協力を申し出ているわけではない。
マルコーを連れて行ってまずは「アメストリス国からわざわざ探してきた名医」のふれこみで
現皇帝に紹介する。そして彼が皇帝に気に入られれれば
チャン族の地位が上がる見込みも出てくると思うからだ。
他人の夢をも冷静に自己的な計算に組み込んだ自分に少し嫌悪し、
メイは冷えたココアを飲み干して立ち上がった。
「もうすぐアルフォンス様の運動の時間が終わるのデ。また、来ますネ」

道を歩きながら、メイはさっき浮かんだ自分の計画について考え直していた。
マルコーをシンに連れて行くのはいいのだが、そう簡単に皇帝に会わせることができるだろうか。
ただでさえいろんな部族、あらゆる者が手を変え品を変えて取り入ろうとしている状態なのに。
せめてヤオ家並みの勢力が在れば簡単な話だろうけど…
そういえばさっき、アルフォンスの病室で
リン・ヤオがこっちの女将軍に捕まりその護衛が彼を取り返すために決闘するとか
エドワードが言っていたけど。
あっちはあっちでさっさとシンに戻る必要があるだろうにいったい何をやってるんだか。
「!」
唐突に、情報の欠片が劇的な勢いで組み合わさり、一つの計画をはじき出した。
チャンスは間近、1回しかない。
成功させられれば逆転の可能性は大いにある計画だが、正直時間も人手も伝手も足りない。
やれるだろうか。
…否、やるのだ。
決断して、メイは出てきたばかりのアパートに駆け戻った。
呼び鈴を押し、部屋の主がドアを開けてくれるのももどかしく。
「おや、忘れ物かい?」
いぶかしげなマルコーの声を背中で聞きながら、スカーの部屋に飛びこむ。
こちらを見ようともしない彼の肩に手をかけて、揺さぶる。
「スカーさん、スカーさん」
この声が届きますように、と祈りながらくりかえし彼を呼ぶ。
シャオメイもメイの肩から降り、スカーのひざに飛び乗った。
足の上に置かれたままの彼の手にしがみつき、頭をすりつけぴょこぴょこと下げ、
懇願の仕草を繰り返す。
やがて、虚空に据えられていた赤い瞳がゆっくり動き、メイを映した。
「…メイか」
以前の彼からは考えられないほどのろりと片手を伸ばし、彼女の頭を撫でる。
「己れに、何をしろと」
シャオメイとともに彼の手を取り、メイは深々と頭を下げた。
「力を貸してくださイ。お願いしまス…!」

リハビリを終え、病室に戻ってきたアルフォンスを迎えたのは、
メイと白杖を携えた黒髪、サングラスの青年。
「待たせてもらってたよ」
手を上げて見せる彼にアルフォンスは笑顔で呼びかけた。
「マスタング少将、お久しぶりです」
車椅子を押してきた看護婦二人が、アルフォンスをベッドに寝かせて
「ごゆっくり」と声をかけ出て行く。
まず横になったままで対峙する非礼をわび、アルフォンスは単刀直入に切り出した。
「今日は、一人で来られたんですか」
「炎の錬金術師」ロイ・マスタング。
「真理」を見せられた際に失われた彼の視力は結局戻らないまま。
一度は退官の話も出ていた彼だが、錬金術師としての強大な戦闘能力は失われたにしても
その頭脳と才気を失うにはあまりにも惜しいという現大総統の一存により、
現在は傷病休暇扱いでリハビリ中の身である。
白杖を手にしたままメイが準備した椅子にかけ、ロイが答える。
「ああ、他人の手をわずらわせるのは好きじゃない」
「そうですよね。僕も、せめて一人で歩けるようになりたいんですけど…」
「君の場合は事情が全く違うだろう。だが、前にリザと来たときより
ずいぶん良くなったんじゃないか」
サングラスの下で見えない目を細めて。
「視力を失うと代わりに他の感覚が鋭くなると言うのは本当だな。
向かい合って集中すれば、相手の健康状態、感情…そんなものが分かるようになってきた」
これがシンの人間がいう気を読むということかも知れないな、と唇に笑みを浮かべた彼に、
アルフォンスは感嘆の声をあげる。
「すごい」
元々卓越した才能の持ち主ではあるが、そう簡単に短期間で会得できることではないだろう。
「本当にすごいことですヨ。気の流れを読むのは錬丹術師になるための基本ですけド、
それができずにあきらめる人は多いんでス」
「ほめてくれてありがとう、シンのお嬢さん」
メイを向いて極上の笑顔を出すロイを見て、そういうところは健在なんですね、と
あきれたような安堵したような気持ちになった途端にアルフォンスは眠気を感じ、目を瞬いた。
「アル様、少しお休みになりますカ?」
よく気が付くメイが声をかけ、
「ああ、疲れているところに長居しては悪いな。また来るよ」
ロイが別れの握手をして立ち上がる。
「私、マスタングさんをお送りしてきますネ」
出て行く彼の後をメイが追う。
その言動に何故か指先に刺さったトゲのような違和感を感じながら、
全身を満たす疲れに抗いきれずアルフォンスは眠りに落ちる。
メイがロイの手を引き、二人は建物の1階、無人の待合ロビーに来たところで足を止める。
「話が途中だったな」
「はイ」
「君にはリザの命を救ってもらった恩義がある。今の私にできることがあるならば、なんでも聞こう」
「ありがとうございまス」
ロイ・マスタング。どうにかして口実を作って連絡を取らねばと考えていた、
その彼が自分から出向いてきてくれたとはなんという僥倖。
…もしかしたら、運は自分の方に向いてきているのかも知れない。
そのことに心から感謝しながら、メイは彼への依頼を口にした。

木曜日の正午過ぎ。
東方司令部内に臨時に与えられた専用事務室で昼食を取っていたエドワードのところに、
デニー・ブロッシュ曹長が自分の昼食を抱えて来襲。
「ロス中尉と例の日曜日の件取り仕切ってるんだけどさー、
なんか今日になって大総統も見に来るとか言い出したからもうおおわらわ」
「こんなところで無駄話してる時間ないんじゃね?」
「だって俺司会なのに、何の情報も持ってないんだよー」
というわけで質問タイムがはじまる。
「司令官の相手さー、男?女?」
「女」
「美人?」
「まあ、美人」
仮面外せばだけどな、と内心でつけくわえておく。
おお、と何故かいたく感動した様子のブロッシュが、きらきらと期待に満ちたまなざしで質問を次ぐ。
「ウィンリィちゃんとどっちが美人?」
いきなりの単語に口の中のものを吹き出しかけてひとしきりむせ、
エドワードは頭を抱えた。
「なんでウィンリィがここで出てくんだよ…」
「だって俺、結局ちゃんとした答え聞いてないし」
「だからあのときも違うって言っただろっ」
「じゃあ君らの関係はー?」
う、と言葉に詰まるエドワードに追い打ちをかけるように、
「国家錬金術師エドワード・エルリック殿。司令官が執務室でお呼びです」
呼び出し。
現東方司令部の司令官と言えば他ならぬ話題の人、
オリヴィエ・ミラ・アームストロングに他ならない。
何だか知らないけど生きて帰ってこいよー、と涙するブロッシュに見送られ、
エドワードは足取りのごとく重い気持ちで司令官執務室へ向かった。
「遅い」
入室するなり怒声が飛んでくる。
気迫に圧され思わず直立不動になったエドワードに鋭いまなざしを向け、オリヴィエが続けた。
「エドワード・エルリック。以前リン・ヤオの護衛と戦い、勝利したことがあるそうだな」
「はい」
「ならば奴の弱点を知っているな」
知ってる。
知ってるけど、正体不明の敵だったラッシュバレーのときとは違い、
共にホムンクルスたちとの死闘をくぐりぬけた仲間である今のランファンはいわば戦友。
素顔を見せることを嫌い、いつもつけている仮面を外されると
反射的にひるみ致命的な隙を見せてしまうという彼女の弱点はできれば知らせずにおいてやりたい。
「お言葉を返すようですけどー、今さら弱点調べなくてもーアームストロング大将の腕だったら、
十分勝てる相手だと思」
「四の五のほざくな!」
一喝。
「エドワード・エルリック」
執務机から立ち上がり、つかつかと近づいてきて目の前に立ったオリヴィエが
彼の目をのぞきこんで唇を笑みの形にした。
「とっとと要点だけ答えろ」
壮絶に恐ろしい。なまじ修羅場をくぐり抜けてきたエドワードだからこそ、
これは絶対に逆らっちゃいけない相手だと本能で理解してしまう。
(ランファン、悪りぃ…!)
心の中で土下座しまくりながら、エドワードはすべてを白状した。

金曜日の深夜。
ベッドの中で、ランファンは寝つけない自分をもてあましていた。
イズミとの練習は最初に「特訓」と言われただけあって厳しく激しく、
体はくたくたに疲れているのに眠れない。
せめて目を閉じ神経だけでも休めようと思うものの、
今度はいろんな考えがぐるぐると回って余計目がさえてしまう。
何とか眠気が来そうな姿勢を探し何度目かの寝返りを打ったそのとき、
隣のベッドのイズミが声をかけてきた。
「ランファンさん、眠れないの?」
「…ハイ」
悟られているのなら仕方ない、と腹をくくって返事する。
体を起こし、ベッドに腰掛けてイズミはランファンを手招きした。
「じゃあ、ね、髪を触らせてもらってもいい?」
「は…はイ」
そっちに移動したランファンの髪をほどき、丁寧に櫛を通していく。
「まっすぐできれいな髪ね」
「あ、ありがとうございまス」
「他の髪型はしないの? 編んだりとか結んだりとか」
「動きの邪魔になるのデ、まとめておくのが一番かト」
「そうね」
他人とここまで距離を近しくし、しかも体の一部分を委ねるという経験がほとんどないため
最初は緊張していたランファンだったが、他愛のない会話をしているうちに
不思議とゆったりした気持ちになっていく。
だからその質問が、口をついて出てしまったのかも知れない。
「イズミ殿ハ、どうしてこんなに私によくしてくださるんですカ」
それはことの最初から思っていたことだ。
東方司令部でリンや自分を気絶させたあと、
自分だけこのホテルに運んできて同じ部屋に寝泊まりしている彼女からは
「私は見張りだから逃げないでね、逃げたらランファンちゃんを倒さなきゃならなくなるから」
と言われているけれど、…普通、こういう場合の見張りは
内部事情を明かしたり捕虜に稽古をつけたりしないものだと思うのだが。
背後のイズミから苦笑の気配が返ってきた。
「言ったでしょ? オリヴィエちゃんのお願いだけど、
本当は気にくわないのこういうこと。だからできる範囲でちょっと邪魔をね。
それに、…娘を、育ててみたかったからかしらね」
「…?」
「私、子供がいないのよ」
「す、すみませン」
「いいの、大丈夫」
あわてて頭を下げるランファンの頭を今度は手でそっと撫でて、続ける。
「エドワードとアルフォンスを弟子にして子育てみたいなことはできたけど、
男の子相手じゃできないこともあるじゃない」
髪を梳かしてあげたり、と微笑んで、ふと心に浮かんだ質問を投げかけた。
「ランファンさんのお母様はどんなひとだったの?」
「覚えてないでス。物心ついたときにはもう側にいなかったのデ」
自身も腕利きの護衛だった母はランファンを産んで体調が戻るとすぐ
彼女の主であるリンの母親の護衛の任に戻り、…そのまま主を守り抜き一生を終えたのだ。
「祖父が私を育ててくれたんでス」
「…お祖父様のことは残念だったわね」
「でも本望だったト」
その命を失っても、主を害そうとする強敵を倒すことができたのだから。
ランファンはうつむいて、左肩の付け根を押さえた。
「若ハ、…私のこの肩が治るまでト、帰国を延ばしてくださっテ」
キング・ブラッドレイと共に落下しようとした彼を救おうとして痛めた、
機械鎧の接続部分。
「どうせ『不老不死の法』はもう手には入らん。ならお前の肩の方が大事だ。
焦って戻ってもシンに整備士がいない以上その肩をどうすることもできんだろう」
わずかな時間よりおまえの腕を損なう方が惜しい、と言い切ってくれたことは、
心から嬉しかったけど。
「私の腕なんてかまわずシンに戻っていれバ、今のようなことにはならなかったのニ」
囚われの身の彼を思うと、苦しい。ひどい目に遭わされているのではないだろうか。
そして自分は、明日戦いの場に立って、
あの圧倒的な迫力を纏い実力も兼ね備えた女将軍に気圧されることなく戦えるのか。
もし負けて、本当にシンに戻れなくなってしまったら。リンが皇帝になれないとしたら。
彼を守るために命を捨てた、祖父にも顔向けができない。
ぎゅっと閉じたまぶたの裏が熱くなった。手に口を当てるランファンの肩を、
イズミが抱きしめる。
「大丈夫。練習のとおりにやれば、きっと勝てるから」
優しく、力強いイズミの言葉にすがるようにうなずくともう涙がこらえられなくなった。
彼女の肩に額を付けて、泣きじゃくってしまう。子供のように。
震えるランファンの背中をあやすように撫でながら、イズミがささやく。
「明日は特訓無しで、休養日にしましょう。
疲れを残してたら勝てるものも勝てなくなるから」
「ハイ」
「一緒に買い物に行かない? 何か買ってあげる」

土曜日の夜。
「明日の外出許可が出てよかったですネ、アル様」
回診の主治医を見送って、ベッドの側に戻ってきたメイが声を弾ませる。
「うん」
おやつとか飲み物持っていった方がいいですよネ、とくるくる動く姿をしばらく見つめて。
「メイ」
アルフォンスは静かに彼女を呼んだ。
おいでおいでされ、そこに座ってと側の椅子を指され、
メイがかしこまった面持ちで首を傾げる。
「どうか、しましたカ?」
「僕に何か隠しごとしてるよね」
単刀直入に問いただされ、メイは言葉に詰まった。
言わずにいようか、でも言わないと後で余計に彼を傷つけるだろうし、
でも言いたくないと迷っていたけど、…仕方ない。
「明日…シンに戻りまス」
アルフォンスにとってその答えは予想内のものだった。
「明日?」
「はイ」
「明日のいつ?」
メイが困ったように笑う。
「…ギリギリまデ、アル様といっしょにいますかラ」
うまくごまかしたつもりだろうが、そのことから明日何かやらかそうとしている事実が
透けて見えてしまっている。
そう来るなら「何か僕に手伝えることはある?」と、
もの分かりよくそう言うつもり、だったのに。
「行かないで」
口をついて出ていた言葉に一番驚いたのはアルフォンス自身だった。
「…ごめん…」
メイは脚の上で両手を握りしめ、うつむいて首を大きく左右に振った。
その言葉だけは聞きたくなかった、と心底思う。
肉体を取り戻してから1ヶ月、衰弱しきっていた肉体は安定し
年齢相応の筋肉をつけはじめたところだけど、
優しい彼の心は眠るたびに悪夢に苛まれ、
バランスを崩した精神は肉体を引きずり不調にする。
ずいぶん良くなったのにまだそんな状態の彼を置いて行きたくはないけど。
昼間、ひそかにロイから派遣されたヴァトー・ファルマン大尉から
東方司令部の内部構造と共に伝えられた「シン皇帝の容態悪化、予断を許さず」の情報を
耳にした瞬間に否応もなく計画は走り出してしまった。
でもきっと、多くの人々が気にかけ見守っていてくれる彼なら
私ひとりがいなくなっても大丈夫、と必死に自分を説得して、別れようと思っていたのに、
「行かないで」なんて言われたら。
「ごめんなさイ…ごめんなさイ、アルフォンス様」
あふれる涙が音を立てて服の上に滴り落ちる。
「でも、もウ…」
「泣かないで」
アルフォンスは体を起こし、身を乗り出した。
まだ全然思いの通りに動かない体を心からもどかしく思いながら
震える右手を伸ばしてメイのほおに触れる。
「今まで引きとめて、ごめん」
ささやいたそこで体重を支えきれなくなった左腕が折れた。
がくっと崩れる上半身をあわてて支え、
メイが苦労しながらアルフォンスをベッドに寝かせ直す。
「無理しちゃ駄目ですヨ」
「うわあ格好悪い…」
頭の中ではそのまま彼女を引き寄せて抱きしめるところまで展開ができあがっていたのに。
まだ全然自由にならない体が心底憎い。
毛布をかけ直してくれるメイの手を引き留めて握りしめてアルフォンスは告げた。
「普通に動けるようになったら、シンに会いに行くよ」
真摯な瞳にほおを染め、メイがからかうように答える。
「シンは、遠いですヨ。間に大砂漠もありますシ」
「メイだって一人で超えてきたじゃない」
「シャオメイも一緒でしたかラ」
「今度も、一人と一匹?」
「マルコーさんとスカーさんが一緒でス」
「そうなんだ」
彼女が一人じゃないことに安心し、
共に行ける彼らのことをうらやましく思い、アルフォンスは繰り返し誓った。
「絶対、会いに行くから」
「はイ。お待ちしていまス」