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『L'alba della Coesistenza』 第十五話 Fenice Eterna
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furari
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空気が凝固したかのように戦いの場は静まり返っていた。
饒舌な第三勢力が珍しいことに言葉を失い、勇者や魔族も負けず劣らず衝撃を受けている。
闘う資格の無い相手を瞳という球にする、鬼眼を持つ者の技。
今まで鬼眼の能力を使うことはできなかったのに、発現したのだ。
「おいおい……。奇跡とか覚醒なんて人間の特権じゃねえの?」
反論が無いのは本人も理解できていないためだ。
今までどれほど望んでも兆候すらなかったのだ。命の危機に晒されただけが理由ではないだろう。
やがて第三勢力は原因に思い当たったように額を押さえ、疲れた様子で肩を落とした。
「マジかよ。よりによって滅ぼす相手に力を与えたなんてなァ」
皮肉と言うほかない。
見当もつかなかった、力を目覚めさせるきっかけ。
それは二人の出会いだった。
勇者と魔の血を継ぐ者の邂逅によって力が解放されたのだ。
単に鬼眼の能力が使えるようになったのではない。扉が開いたとでも表現すべき感覚が湧きあがっている。
これまで、鍛錬してきても“レベルアップ”に結びつかず、焦っても成果ほとんどなかった。精神が先行するばかりで実力が追いついていなかった。
だが、ようやく歯車がかみ合い始めた。
初めに一人の魔族と少年として巡り合ったからだろう。
最初から敵として向き合っていれば、引き金は永遠に引かれなかったかもしれない。戦い、障害を排除しようとするだけの関係ならば芽生えなかった。
本来相容れない陣営に立つ両者が共感を覚えて、この結果へと導かれた。
出会いの意味が鬼眼の覚醒だけで終わるのか、その先につながるのか、まだ誰にもわからない。
大魔王の遺志を継ぐ者がゆっくりと敵を睥睨した。
今までと違い、魔物の集団はもはや敵にはならない。
「降ってわいたような力をひけらかす気か? ろくに変わらねーじゃねーか、俺と」
「……違うよ」
ダイが短く否定した。
偶然手に入れたに近い力に驕る心の持ち主ならば、紋章と鬼眼がつながることもなかっただろう。
大魔王の信念の下に力を求め続け、ダイたちの戦いを見て何かを感じ、鬼眼をもって生まれた理由――力を振るう目的を見出したため殻から脱却できたのだ。
「はっ、特別な血を持ってるからって偉そうに。いいご身分だ」
二人は敵を静かに見つめる。
偉大な存在の血を継いでいても、その事実が輝かしい未来を約束するとは限らない。血脈など関係なく才能を開花させる者もいれば、素質に恵まれず重圧に苦悩する者もいる。
流れる血や力の象徴と呼べるものをそれぞれ受け継いだ二人は確かに有利だと言えるが、何の努力もせず過程も無しに強くなれるわけではない。
他の、天賦の才を持つ者達も決して頼りきりではない。
持つ者には持つ者なりの苦しみがある。それを二人が口にすることはなかった。どのように語ろうと相手は受け入れようとはしないだろう。
「そんなの納得できるかよ。どうせ強くなれたのは血とか才能とかのおかげだろ? だいたい――」
ぺらぺらと喋り出した男を軽蔑するように眺め、イルミナは拳を握りしめた。刃を触れ合わせているような気配が放たれる。
「今になって口ばかり動かすとは、無粋な」
魔族は敵の言葉を弁舌によって否定する気はない。自らの手で証明するだけだ。
闘志が炎となって全身を包んでいるかのような錯覚を起こさせる。
喉の奥から獣の咆哮に似た叫びが迸った。
「ここから先は力で語れッ!」
魔界の住人はほぼ全員が遥か昔から同じ理に従ってきた。それは第三勢力も例外ではない。
積極的に支持しなくとも本気で抗いはせず、己の能力を疎ましく思っていても他者に振りかざすのを控えはしなかった。
力こそ全てという則に深く支配されているからこそ見上げてきたのだ。
逆らわず行動してきた彼に叩き返される時がきた。
竜の紋章の光が増した。再び鬼眼とつながると金色の闘気が溢れ出し、高まっていく。あと少しで――何かきっかけがあれば解放されるだろう。
「貴様の能力は鬼眼と相性が悪いらしいな」
それも敵視していた理由の一つに違いない。
「だったらどうだってんだ!」
大地を覆うように闇が波濤となって押し寄せる。ダイは地に勢いよく剣を叩きつけ、まとめて吹き飛ばそうとした。
分裂した飛沫が矢となって降り注ぐのを迎え撃つのは最速の剣。
多数の細い矢を払い、本体を狙う。第三勢力の体を葉のように薄い衣が幾枚も包み込んだが、ダイの空裂斬が引き裂いた。
しかし、倒すには至らない。
反撃に何本もの鞭と刃が振り回され、体を打ち据える。
距離をとったダイは唇を噛んだ。
彼は紋章の力を十分に使えず、イルミナは傷つき血を流しすぎている。何らかの力に目覚めただけであっという間に逆転というわけにはいかない。
(おかしい)
イルミナは思案する表情になった。
全盛期の肉体に戻った大魔王の奥義に挑み、追い詰めたダイの実力はこんなものではない。
強さを発揮できないのは竜の騎士の力を封じられているだけなのか、それとも別の要因があるのか。
「奴の性格ならば勇者の相棒も招くはず」
見世物を楽しむかのように行動してきた第三勢力が主要人物であるポップを招待しなかった理由。答えにたどり着いたのはダイだった。
「絆の力が怖いからなのか?」
「奇跡を起こされたら困るだろ」
成功寸前までいった大魔王バーンの計画を阻止し、勇者に勇気を与えた存在を警戒している。
(力……)
父の掲げた力とダイたちの見せた力。
後者は理解できない部分も多いが、“力”であることに変わりはない。
ならば、と呟いた彼女の額の眼が光ると、バンダナを巻いた少年の姿が虚空に映し出された。
「おい」
突如響いた声にポップは仰天したが、すぐに状況を把握すべく意識を集中させた。
「ダイが苦戦しているぞ」
『ダイが……!?』
沈黙はわずかな間のことだった。
にやりと笑い、確信に満ちた口調で宣言する。
『そんなやつに、ダイは負けねえ』
少年の表情から陰が拭い去られたのを見て第三勢力は呆れている。
「この場にいて一緒に戦うならともかく、何でそんな自信満々なんだよ」
『離れてたっておれたちの心はつながってる』
天地魔闘の構えを破る時も、黒の核晶を止める時も、そうだった。直接闘うことはできずとも、多くの者達との出会いや力があって危機を乗り越えることができたのだ。
『思い出せよ』
これまで積み重ねてきた経験を。繰り広げた戦いの数々を。出会った人々の言葉を。力を解放する感覚を。
そして、一瞬に全てを込めて眩しく燃え滾らせる様を。
膨れ上がった何かが弾けた。重い枷が砕け散ったことで身体が軽くなったような感覚に包まれる。
状況を変え、勇者を力づけてきたのは常に親友の存在だった。
「封印が解けちまったのか。どうして――!?」
ずっと観察してきたのに、彼らの強さの源は第三勢力には理解できない。これから先も永遠に。
それを悟ったダイの表情はどことなく悲しげだった。
饒舌な第三勢力が珍しいことに言葉を失い、勇者や魔族も負けず劣らず衝撃を受けている。
闘う資格の無い相手を瞳という球にする、鬼眼を持つ者の技。
今まで鬼眼の能力を使うことはできなかったのに、発現したのだ。
「おいおい……。奇跡とか覚醒なんて人間の特権じゃねえの?」
反論が無いのは本人も理解できていないためだ。
今までどれほど望んでも兆候すらなかったのだ。命の危機に晒されただけが理由ではないだろう。
やがて第三勢力は原因に思い当たったように額を押さえ、疲れた様子で肩を落とした。
「マジかよ。よりによって滅ぼす相手に力を与えたなんてなァ」
皮肉と言うほかない。
見当もつかなかった、力を目覚めさせるきっかけ。
それは二人の出会いだった。
勇者と魔の血を継ぐ者の邂逅によって力が解放されたのだ。
単に鬼眼の能力が使えるようになったのではない。扉が開いたとでも表現すべき感覚が湧きあがっている。
これまで、鍛錬してきても“レベルアップ”に結びつかず、焦っても成果ほとんどなかった。精神が先行するばかりで実力が追いついていなかった。
だが、ようやく歯車がかみ合い始めた。
初めに一人の魔族と少年として巡り合ったからだろう。
最初から敵として向き合っていれば、引き金は永遠に引かれなかったかもしれない。戦い、障害を排除しようとするだけの関係ならば芽生えなかった。
本来相容れない陣営に立つ両者が共感を覚えて、この結果へと導かれた。
出会いの意味が鬼眼の覚醒だけで終わるのか、その先につながるのか、まだ誰にもわからない。
大魔王の遺志を継ぐ者がゆっくりと敵を睥睨した。
今までと違い、魔物の集団はもはや敵にはならない。
「降ってわいたような力をひけらかす気か? ろくに変わらねーじゃねーか、俺と」
「……違うよ」
ダイが短く否定した。
偶然手に入れたに近い力に驕る心の持ち主ならば、紋章と鬼眼がつながることもなかっただろう。
大魔王の信念の下に力を求め続け、ダイたちの戦いを見て何かを感じ、鬼眼をもって生まれた理由――力を振るう目的を見出したため殻から脱却できたのだ。
「はっ、特別な血を持ってるからって偉そうに。いいご身分だ」
二人は敵を静かに見つめる。
偉大な存在の血を継いでいても、その事実が輝かしい未来を約束するとは限らない。血脈など関係なく才能を開花させる者もいれば、素質に恵まれず重圧に苦悩する者もいる。
流れる血や力の象徴と呼べるものをそれぞれ受け継いだ二人は確かに有利だと言えるが、何の努力もせず過程も無しに強くなれるわけではない。
他の、天賦の才を持つ者達も決して頼りきりではない。
持つ者には持つ者なりの苦しみがある。それを二人が口にすることはなかった。どのように語ろうと相手は受け入れようとはしないだろう。
「そんなの納得できるかよ。どうせ強くなれたのは血とか才能とかのおかげだろ? だいたい――」
ぺらぺらと喋り出した男を軽蔑するように眺め、イルミナは拳を握りしめた。刃を触れ合わせているような気配が放たれる。
「今になって口ばかり動かすとは、無粋な」
魔族は敵の言葉を弁舌によって否定する気はない。自らの手で証明するだけだ。
闘志が炎となって全身を包んでいるかのような錯覚を起こさせる。
喉の奥から獣の咆哮に似た叫びが迸った。
「ここから先は力で語れッ!」
魔界の住人はほぼ全員が遥か昔から同じ理に従ってきた。それは第三勢力も例外ではない。
積極的に支持しなくとも本気で抗いはせず、己の能力を疎ましく思っていても他者に振りかざすのを控えはしなかった。
力こそ全てという則に深く支配されているからこそ見上げてきたのだ。
逆らわず行動してきた彼に叩き返される時がきた。
竜の紋章の光が増した。再び鬼眼とつながると金色の闘気が溢れ出し、高まっていく。あと少しで――何かきっかけがあれば解放されるだろう。
「貴様の能力は鬼眼と相性が悪いらしいな」
それも敵視していた理由の一つに違いない。
「だったらどうだってんだ!」
大地を覆うように闇が波濤となって押し寄せる。ダイは地に勢いよく剣を叩きつけ、まとめて吹き飛ばそうとした。
分裂した飛沫が矢となって降り注ぐのを迎え撃つのは最速の剣。
多数の細い矢を払い、本体を狙う。第三勢力の体を葉のように薄い衣が幾枚も包み込んだが、ダイの空裂斬が引き裂いた。
しかし、倒すには至らない。
反撃に何本もの鞭と刃が振り回され、体を打ち据える。
距離をとったダイは唇を噛んだ。
彼は紋章の力を十分に使えず、イルミナは傷つき血を流しすぎている。何らかの力に目覚めただけであっという間に逆転というわけにはいかない。
(おかしい)
イルミナは思案する表情になった。
全盛期の肉体に戻った大魔王の奥義に挑み、追い詰めたダイの実力はこんなものではない。
強さを発揮できないのは竜の騎士の力を封じられているだけなのか、それとも別の要因があるのか。
「奴の性格ならば勇者の相棒も招くはず」
見世物を楽しむかのように行動してきた第三勢力が主要人物であるポップを招待しなかった理由。答えにたどり着いたのはダイだった。
「絆の力が怖いからなのか?」
「奇跡を起こされたら困るだろ」
成功寸前までいった大魔王バーンの計画を阻止し、勇者に勇気を与えた存在を警戒している。
(力……)
父の掲げた力とダイたちの見せた力。
後者は理解できない部分も多いが、“力”であることに変わりはない。
ならば、と呟いた彼女の額の眼が光ると、バンダナを巻いた少年の姿が虚空に映し出された。
「おい」
突如響いた声にポップは仰天したが、すぐに状況を把握すべく意識を集中させた。
「ダイが苦戦しているぞ」
『ダイが……!?』
沈黙はわずかな間のことだった。
にやりと笑い、確信に満ちた口調で宣言する。
『そんなやつに、ダイは負けねえ』
少年の表情から陰が拭い去られたのを見て第三勢力は呆れている。
「この場にいて一緒に戦うならともかく、何でそんな自信満々なんだよ」
『離れてたっておれたちの心はつながってる』
天地魔闘の構えを破る時も、黒の核晶を止める時も、そうだった。直接闘うことはできずとも、多くの者達との出会いや力があって危機を乗り越えることができたのだ。
『思い出せよ』
これまで積み重ねてきた経験を。繰り広げた戦いの数々を。出会った人々の言葉を。力を解放する感覚を。
そして、一瞬に全てを込めて眩しく燃え滾らせる様を。
膨れ上がった何かが弾けた。重い枷が砕け散ったことで身体が軽くなったような感覚に包まれる。
状況を変え、勇者を力づけてきたのは常に親友の存在だった。
「封印が解けちまったのか。どうして――!?」
ずっと観察してきたのに、彼らの強さの源は第三勢力には理解できない。これから先も永遠に。
それを悟ったダイの表情はどことなく悲しげだった。
紋章の力が戻ったことを知り、イルミナは声を潜めて告げた。
「竜魔人化はするな」
ダイは二つの紋章の力を全て解き放った結果、魔獣のように殺気をみなぎらせて相手を攻撃することとなった。
それでも完全に意識を手放したわけではなく、涙を流す心は残っていた。
だが、第三勢力は相手の力に干渉する能力を、紋章を暴走させることに用いるかもしれない。その場合、破壊衝動に飲み込まれてしまう可能性がある。
ヒュンケルやマァムまで危険に晒してしまう――ダイにとって何よりも避けたい事態だ。
すべてを捨てる覚悟を決めなければ到底届かなかった大魔王と違い、第三勢力はそうすべき相手ではない。
頷いたダイは剣を握り、己の力を伝えていく。今まで抑えられていた反動か、輝く闘気が勢いよく迸る。
襲いかかる影の刃をことごとく断ち切り、勇者は全ての力を込めて剣を振り抜いた。
「アバンストラッシュ!」
心技体の揃った必殺の一撃が、第三勢力の身体を深々と切り裂いた。
男が傷口を抑え、黒い液体を迸らせながらよろめいた。苦しげに荒い呼吸を繰り返し、今にも崩れ落ちそうになりながら踏みとどまる。
もはや勝敗は決したかと思われたが、彼はまだ倒れない。表情が歪んでいるのは苦痛のためだけではない。
「ちっ」
忌々しげな舌打ちとともに耳障りな音が生じた。
全身が醜く変化していく。
顔に亀裂が生じ、どろりとした黒い液体が滴り落ちた。
両腕が半ばから砕け散り、代わりに怪物のような禍々しい剛腕が生えた。
顔に黒い領域が広がり、半分以上包み込む。闇に覆われた目の部分は不気味に光り、ミストバーンの眼のようになっている。
「あーあ……。こんな姿になってまで戦うのは趣味じゃねえのによ」
声はこもっていて聞き取りにくい。数えきれない人間が一度に発声しているようだ。
この変貌は彼の意思ではない。敵を滅ぼそうとする闘気の性質が、無理矢理生き延びさせようとしている。
暗い世界の闇が積もりに積もって結晶化したような姿。あらゆる瘴気が固形化したような、威力や速度の増した攻撃。
それでも二人は退かない。存在を維持しようとする性(さが)に振り回されている敵を見、ここで戦いを終わらせねばならないといっそう強く感じたのだ。
火炎呪文が放たれ第三勢力を焼く。全身から伸びる枝が焼き払われた瞬間を狙い、ダイが攻撃を放った。
吹き飛ばされてゆく影の奥からさらなる闇が噴き出した。
腕から無骨で歪んだ爪が生え、顔面が巨大な口と化したように頬から牙が伸びる。
二人に向かって禍々しい剛腕が振るわれた。
繰り出された攻撃にイルミナが反応した。掌撃で受け流し、威力を軽減させるつもりだ。
だが、足りない。
魔を統べる者を目指すならばさらなる力が必要だ。
思い描く相手は決まっている。その技も。
天地魔闘の構え。
攻、防、魔の三動作を一瞬で繰り出す大魔王の奥義。全盛期の肉体を取り戻してはじめて使用できる技だ。
今の段階では遠く及ばない。絶望的なまでに隔たっている距離は本人が一番知っている。
掌で攻撃を弾くが、衝撃を完全には殺しきれず骨の砕ける音が響いた。
歯を食いしばり、もう片方の腕に力を込める。
「ウオオオオッ!」
気合の叫びが自然と漏れた。
ぶちぶちと何かがちぎれる音を立てながら腕が動く。
「ぐっ!」
第三勢力の頬に拳がめりこみ、くぐもった呻きを漏らした彼は後退した。
大魔王は老人の姿で同時攻撃を行っていた。未熟であるため反動が大きく、己の身も傷つけてしまうが、不完全ながらも成功した。
後退した敵を睨み、傷ついた腕に暗黒闘気を込め、練り上げて解き放つ。あまりの負荷に、先ほどからの酷使に耐えかねた腕が嫌な音を立てて折れた。異様な角度に曲がった腕はあちこちが裂け、惨状を呈している。
苦痛の声を噛み殺した魔族が言葉を押し出すように告げた。
「行け……ッ!」
決定的な一撃は勇者に託した。ダイに最後の一押しを与えるのがポップの役目であるように、最後の一太刀はダイが浴びせると決まっている。
地を抉りながら噴き上げる波が通過したところへダイが切り込む。
「戦神の末裔、か。マズイなこりゃ」
苦笑を浮かべた第三勢力だが、さすがに力が無い。
距離を開けようとした彼の動きが見えない壁にぶつかったかのように止まった。
結界が張られている。
「逃げられ……っ!?」
驚愕に顔をこわばらせた男へとダイが斬りかかる。
すべてを照らす閃光に包まれながら。
第三勢力は目を細め、顔をそむけた。
灼熱の痛みの中で彼は悟った。
(ああ、俺が嫌だって思ってたのは――)
自分と違い、大きな存在に近づこうとあがく魔族が気にくわなかったのか。
能力を妨害する天敵を除こうとしたのか。
居心地のよい世界に変革をもたらそうとする者達を排除したいためか。
勇者が気にくわないからか。
もちろんそれらも理由に含まれている。
だが、本当に恐れていたのはこの光景が実現することだった。
勇者ダイと大魔王の血を引く者が手を取り合い、己を滅ぼし世界に光をもたらす可能性を摘み取りたかった。
全身の牙や爪が折れ砕ける中、倒れた彼は震えながら言葉を紡いだ。
「“地上の奴らと魔界の連中が力を合わせて悪い奴をやっつけました。めでたしめでたし”……なワケねえよなァ」
滅びを目前にしながらも彼は落ち着いていた。恐怖の無いどこか冷めた目をしている。
「楽しみだ。どうせすぐ二つの世界で争いが起きるんだ」
強がりではない。近日公開予定の見世物について語るような口調だ。
世界の姿がこのままならば、魔界側が豊かな地上を狙うだけの一方的な関係に変化はない。地上に平和が訪れたとしても、危うい均衡の上に成り立つかりそめのものだ。
「たとえ起こらなくたって、人間同士で殺し合いさ」
ははは、と愉快そうに笑う声が血なまぐさい空気の中に流れ、消えていく。
ダイが否定するように首を横に振ったが、彼は飄々とした笑みを浮かべている。
「きれいごとぬかすなよ」
答えたのは別の声だった。
「実現させれば夢物語ではないだろう」
大魔王の野望もそうだ。
閉ざされた空に太陽をもたらすなど荒唐無稽な話にしか思えないが、数千年かけて力を蓄え、実行に移し、達成する寸前までいった。理想を現実とするだけの力があったのだ。
第三勢力は自信に満ちた表情で両目を閉ざし、朗らかに笑った。
分身体は平和のために力を尽くす勇者や世界を見たくない様子だった。だが本体は笑っている。己の言葉に確信を抱いたまま。
「あの世で見てるぜ。……高笑いしながらな!」
彼の身体は石と化し、砂粒より細かく砕け散ってしまった。
同時にイルミナも倒れこんだ。
限界を迎え、身体に力が入らない。色の無い空間を浮遊しているような、霧の彼方へ引きずられるような感覚に襲われている。名を呼ばれたような気がするが、瞼が重く開かない。
彼女は薄れゆく意識の中、想いを告げた。
「太陽が、見たい」
尊敬する相手が焦がれたものを目にしたい。
ダイは頷き、ヒュンケルやマァムとともに地上へ戻った。
大地に横たえられた魔族は光に照らされ幸せそうな表情を浮かべた。瞼を閉ざしたままで状況を把握できないが、陽光の暖かさは感じられる。
気が緩んだのか子供のような口調の問いがこぼれ落ちた。
「父さ――父は私を……叱るだろうか?」
耳を澄ましても聞き取るのは難しい台詞に、ダイは首を横に振った。
「ううん。褒めるよ、きっと」
そうか、と小さく呟いた顔が曇った。
とうに死神の迎えがきてもおかしくないはずなのに、命の灯は消えないでいる。それどころか身体に少しずつ力が湧いてくる。
信じられない思いで眼を開けると、マァムがベホイミをかけつづけている。
暗黒闘気による傷は回復呪文を受けつけない。だが、ある程度時間が経過して影響が薄まるまで持ちこたえられたことと、魔族の強靭な生命力が合わさってわずかながら回復したようだ。
「私を助けるのか?」
今は共闘しても明日どうなるかわからない。わざわざ不安要素を残す理由が理解できないようだ。
「いきなり味方って言うことはできないけど、一緒に戦ったじゃないか」
少しずつ傷が癒える感覚に魔族は息を吐き、ゆっくりと身を起こした。
和らいだ表情が引き締められる。己の部下の姿を見たためだ。
ヒュンケルから出てきたシャドーの体は今にも消えそうなほど薄く、儚げだ。
「き、消えるな! 消えてはならぬ、お前は私の――」
「ええ。私は……あなた様の、部下なのですから」
うろたえる相手に答える声は弱弱しい。
その場にいる者達の表情が曇った。
せっかく今まで知らなかった物事を味わうことができたのに、傍らにいた相手に去られては喜びも消えてしまう。
回復させられないか自問するが解決法は分からない。
おろおろしながら彼女が傷つききった手を伸ばすと、予想外の事態が起こった。
シャドーが体内に吸い込まれてしまったのだ。
「暗黒闘気を糧とするのかもしれん」
この中では最も暗黒闘気の扱いにたけているヒュンケルが推測した。
身を削って力を使った影は深い眠りにつく。
眠る期間は数日か、数週間か、数ヶ月か。もっとかかるかもしれない。ずっと目覚めないかもしれない。
それでも彼女は待つつもりだった。
長い時を生きる種族ならば再会できると信じて。
「お前は私の傍で同じ光景を見るのだ。命令だぞ」
「……はい」
その言葉を最後に、シャドーの気配は消えた。
「竜魔人化はするな」
ダイは二つの紋章の力を全て解き放った結果、魔獣のように殺気をみなぎらせて相手を攻撃することとなった。
それでも完全に意識を手放したわけではなく、涙を流す心は残っていた。
だが、第三勢力は相手の力に干渉する能力を、紋章を暴走させることに用いるかもしれない。その場合、破壊衝動に飲み込まれてしまう可能性がある。
ヒュンケルやマァムまで危険に晒してしまう――ダイにとって何よりも避けたい事態だ。
すべてを捨てる覚悟を決めなければ到底届かなかった大魔王と違い、第三勢力はそうすべき相手ではない。
頷いたダイは剣を握り、己の力を伝えていく。今まで抑えられていた反動か、輝く闘気が勢いよく迸る。
襲いかかる影の刃をことごとく断ち切り、勇者は全ての力を込めて剣を振り抜いた。
「アバンストラッシュ!」
心技体の揃った必殺の一撃が、第三勢力の身体を深々と切り裂いた。
男が傷口を抑え、黒い液体を迸らせながらよろめいた。苦しげに荒い呼吸を繰り返し、今にも崩れ落ちそうになりながら踏みとどまる。
もはや勝敗は決したかと思われたが、彼はまだ倒れない。表情が歪んでいるのは苦痛のためだけではない。
「ちっ」
忌々しげな舌打ちとともに耳障りな音が生じた。
全身が醜く変化していく。
顔に亀裂が生じ、どろりとした黒い液体が滴り落ちた。
両腕が半ばから砕け散り、代わりに怪物のような禍々しい剛腕が生えた。
顔に黒い領域が広がり、半分以上包み込む。闇に覆われた目の部分は不気味に光り、ミストバーンの眼のようになっている。
「あーあ……。こんな姿になってまで戦うのは趣味じゃねえのによ」
声はこもっていて聞き取りにくい。数えきれない人間が一度に発声しているようだ。
この変貌は彼の意思ではない。敵を滅ぼそうとする闘気の性質が、無理矢理生き延びさせようとしている。
暗い世界の闇が積もりに積もって結晶化したような姿。あらゆる瘴気が固形化したような、威力や速度の増した攻撃。
それでも二人は退かない。存在を維持しようとする性(さが)に振り回されている敵を見、ここで戦いを終わらせねばならないといっそう強く感じたのだ。
火炎呪文が放たれ第三勢力を焼く。全身から伸びる枝が焼き払われた瞬間を狙い、ダイが攻撃を放った。
吹き飛ばされてゆく影の奥からさらなる闇が噴き出した。
腕から無骨で歪んだ爪が生え、顔面が巨大な口と化したように頬から牙が伸びる。
二人に向かって禍々しい剛腕が振るわれた。
繰り出された攻撃にイルミナが反応した。掌撃で受け流し、威力を軽減させるつもりだ。
だが、足りない。
魔を統べる者を目指すならばさらなる力が必要だ。
思い描く相手は決まっている。その技も。
天地魔闘の構え。
攻、防、魔の三動作を一瞬で繰り出す大魔王の奥義。全盛期の肉体を取り戻してはじめて使用できる技だ。
今の段階では遠く及ばない。絶望的なまでに隔たっている距離は本人が一番知っている。
掌で攻撃を弾くが、衝撃を完全には殺しきれず骨の砕ける音が響いた。
歯を食いしばり、もう片方の腕に力を込める。
「ウオオオオッ!」
気合の叫びが自然と漏れた。
ぶちぶちと何かがちぎれる音を立てながら腕が動く。
「ぐっ!」
第三勢力の頬に拳がめりこみ、くぐもった呻きを漏らした彼は後退した。
大魔王は老人の姿で同時攻撃を行っていた。未熟であるため反動が大きく、己の身も傷つけてしまうが、不完全ながらも成功した。
後退した敵を睨み、傷ついた腕に暗黒闘気を込め、練り上げて解き放つ。あまりの負荷に、先ほどからの酷使に耐えかねた腕が嫌な音を立てて折れた。異様な角度に曲がった腕はあちこちが裂け、惨状を呈している。
苦痛の声を噛み殺した魔族が言葉を押し出すように告げた。
「行け……ッ!」
決定的な一撃は勇者に託した。ダイに最後の一押しを与えるのがポップの役目であるように、最後の一太刀はダイが浴びせると決まっている。
地を抉りながら噴き上げる波が通過したところへダイが切り込む。
「戦神の末裔、か。マズイなこりゃ」
苦笑を浮かべた第三勢力だが、さすがに力が無い。
距離を開けようとした彼の動きが見えない壁にぶつかったかのように止まった。
結界が張られている。
「逃げられ……っ!?」
驚愕に顔をこわばらせた男へとダイが斬りかかる。
すべてを照らす閃光に包まれながら。
第三勢力は目を細め、顔をそむけた。
灼熱の痛みの中で彼は悟った。
(ああ、俺が嫌だって思ってたのは――)
自分と違い、大きな存在に近づこうとあがく魔族が気にくわなかったのか。
能力を妨害する天敵を除こうとしたのか。
居心地のよい世界に変革をもたらそうとする者達を排除したいためか。
勇者が気にくわないからか。
もちろんそれらも理由に含まれている。
だが、本当に恐れていたのはこの光景が実現することだった。
勇者ダイと大魔王の血を引く者が手を取り合い、己を滅ぼし世界に光をもたらす可能性を摘み取りたかった。
全身の牙や爪が折れ砕ける中、倒れた彼は震えながら言葉を紡いだ。
「“地上の奴らと魔界の連中が力を合わせて悪い奴をやっつけました。めでたしめでたし”……なワケねえよなァ」
滅びを目前にしながらも彼は落ち着いていた。恐怖の無いどこか冷めた目をしている。
「楽しみだ。どうせすぐ二つの世界で争いが起きるんだ」
強がりではない。近日公開予定の見世物について語るような口調だ。
世界の姿がこのままならば、魔界側が豊かな地上を狙うだけの一方的な関係に変化はない。地上に平和が訪れたとしても、危うい均衡の上に成り立つかりそめのものだ。
「たとえ起こらなくたって、人間同士で殺し合いさ」
ははは、と愉快そうに笑う声が血なまぐさい空気の中に流れ、消えていく。
ダイが否定するように首を横に振ったが、彼は飄々とした笑みを浮かべている。
「きれいごとぬかすなよ」
答えたのは別の声だった。
「実現させれば夢物語ではないだろう」
大魔王の野望もそうだ。
閉ざされた空に太陽をもたらすなど荒唐無稽な話にしか思えないが、数千年かけて力を蓄え、実行に移し、達成する寸前までいった。理想を現実とするだけの力があったのだ。
第三勢力は自信に満ちた表情で両目を閉ざし、朗らかに笑った。
分身体は平和のために力を尽くす勇者や世界を見たくない様子だった。だが本体は笑っている。己の言葉に確信を抱いたまま。
「あの世で見てるぜ。……高笑いしながらな!」
彼の身体は石と化し、砂粒より細かく砕け散ってしまった。
同時にイルミナも倒れこんだ。
限界を迎え、身体に力が入らない。色の無い空間を浮遊しているような、霧の彼方へ引きずられるような感覚に襲われている。名を呼ばれたような気がするが、瞼が重く開かない。
彼女は薄れゆく意識の中、想いを告げた。
「太陽が、見たい」
尊敬する相手が焦がれたものを目にしたい。
ダイは頷き、ヒュンケルやマァムとともに地上へ戻った。
大地に横たえられた魔族は光に照らされ幸せそうな表情を浮かべた。瞼を閉ざしたままで状況を把握できないが、陽光の暖かさは感じられる。
気が緩んだのか子供のような口調の問いがこぼれ落ちた。
「父さ――父は私を……叱るだろうか?」
耳を澄ましても聞き取るのは難しい台詞に、ダイは首を横に振った。
「ううん。褒めるよ、きっと」
そうか、と小さく呟いた顔が曇った。
とうに死神の迎えがきてもおかしくないはずなのに、命の灯は消えないでいる。それどころか身体に少しずつ力が湧いてくる。
信じられない思いで眼を開けると、マァムがベホイミをかけつづけている。
暗黒闘気による傷は回復呪文を受けつけない。だが、ある程度時間が経過して影響が薄まるまで持ちこたえられたことと、魔族の強靭な生命力が合わさってわずかながら回復したようだ。
「私を助けるのか?」
今は共闘しても明日どうなるかわからない。わざわざ不安要素を残す理由が理解できないようだ。
「いきなり味方って言うことはできないけど、一緒に戦ったじゃないか」
少しずつ傷が癒える感覚に魔族は息を吐き、ゆっくりと身を起こした。
和らいだ表情が引き締められる。己の部下の姿を見たためだ。
ヒュンケルから出てきたシャドーの体は今にも消えそうなほど薄く、儚げだ。
「き、消えるな! 消えてはならぬ、お前は私の――」
「ええ。私は……あなた様の、部下なのですから」
うろたえる相手に答える声は弱弱しい。
その場にいる者達の表情が曇った。
せっかく今まで知らなかった物事を味わうことができたのに、傍らにいた相手に去られては喜びも消えてしまう。
回復させられないか自問するが解決法は分からない。
おろおろしながら彼女が傷つききった手を伸ばすと、予想外の事態が起こった。
シャドーが体内に吸い込まれてしまったのだ。
「暗黒闘気を糧とするのかもしれん」
この中では最も暗黒闘気の扱いにたけているヒュンケルが推測した。
身を削って力を使った影は深い眠りにつく。
眠る期間は数日か、数週間か、数ヶ月か。もっとかかるかもしれない。ずっと目覚めないかもしれない。
それでも彼女は待つつもりだった。
長い時を生きる種族ならば再会できると信じて。
「お前は私の傍で同じ光景を見るのだ。命令だぞ」
「……はい」
その言葉を最後に、シャドーの気配は消えた。
「目覚める時には相応しい力を身につけていなければ……ん? 何だこれは」
彼女の顔に疑問の色が浮かんだ。
シャドーは第三勢力に取り込まれた際に、彼の記憶や吸収した天界の知識の一部を得たらしい。闇から生まれた存在として同化していたからこそ起こった現象だ。
ヒュンケルはシャドーの記憶の中のミストバーンを見ただけだったが、今回は違う。
わずかな欠片がイルミナにも伝わったのだ。流れ込んできた情報に眉をひそめる。見たこともない文章が浮かんでくる。
「扉を開ける……何のことだ」
「扉?」
マァムとヒュンケルが目を瞬かせ、ある可能性が浮かんだダイは微笑んだ。
「君はバーンにはなれないよ」
「何?」
「でも、できなかったことをやれる。そう思うんだ」
彼女の顔に疑問の色が浮かんだ。
シャドーは第三勢力に取り込まれた際に、彼の記憶や吸収した天界の知識の一部を得たらしい。闇から生まれた存在として同化していたからこそ起こった現象だ。
ヒュンケルはシャドーの記憶の中のミストバーンを見ただけだったが、今回は違う。
わずかな欠片がイルミナにも伝わったのだ。流れ込んできた情報に眉をひそめる。見たこともない文章が浮かんでくる。
「扉を開ける……何のことだ」
「扉?」
マァムとヒュンケルが目を瞬かせ、ある可能性が浮かんだダイは微笑んだ。
「君はバーンにはなれないよ」
「何?」
「でも、できなかったことをやれる。そう思うんだ」