シャドーが切り離されてから、第三勢力は魔物の集団を呼び出し、二人を襲わせていた。
無限に湧き出す敵の一体一体はそこまで強くないが、数を重ねられると消耗を強いられる。
雑魚を一掃できれば――紋章の力を完全に使えれば、状況を逆転させることも可能だろうが、このままでは力尽きるのを待つばかりだ。
力を抑えられていては、後手に回り、現れる敵に対処するだけで精一杯だ。
ふらりとイルミナの体が揺れる。磔にされ、限界まで痛めつけられ、立っているのもやっとの状態だ。
尊敬する者を侮辱した敵に一矢報いようと精神力で持ちこたえているが、第三勢力は手下で壁を作り安全圏から健闘を見守っている。
膝から力が抜け、がくりと崩れ落ちた彼女へ魔物たちが飛びかかった。
剣が翻り、彼らをなぎ払う。
ダイが援護しながら戦っている。
血のこびりついた唇が動き、かすれた声が絞り出された。
「何故だ。父も、私も、お前の――」
戦いの中でそれ以上言葉を交わす余裕はない。
ダイの呼吸は荒く、彼もまた疲弊している。
どれほど強くても正面から攻撃をぶつけてくるならば戦いやすかったかもしれない。
だが、敵は心を見透かし巧妙に闘志を削いでいく。
戦いが終われば完全に敵同士になるという意識が二人の連携を途切れさせ、ぎこちないものにしていた。
このままではどうしようもない。
「イルミナ」
彼女は眼を光らせ、無言で続きを促した。
「君はおれのことを憎んでる。お互い軽々しく許してくれなんて言えない。……でも、あいつを止めたいのは一緒だろ?」
ダイは振り返り、言い募った。炎のように輝く眼の持ち主に。
「おれたち二人が本気で力を合わせれば、最後の力が生まれるかもしれない。だから……!」
父、バランとともに戦った時の言葉を繰り返す。
あの時は眠らされてしまったが、今回は違う。
心を一つにして、力を合わせて戦おうというのだ。
「最後の、力」
イルミナは眼を伏せた。
力はある。
まだ目覚めていない力が。
だが、今までどれほど覚醒を望んでも応えなかった。
いつ開花するかわからない力をあてにするわけにもいかず、魔力や膂力を伸ばすべく地道な鍛錬に励んだ。
それでも蓋をされているかのように結果に結びつかず、焦りばかりが募っていった。誇り高くあるべきだと意気込んでいたのも、その反動が含まれているかもしれない。
どうすればいいのかわからない。
まるで、目覚めない鬼眼が枷となっているような、門となって道をふさいでいるような手ごたえしかない。
鬼眼を持つ者から助言は与えられなかった。何か言われただけで呼び覚ませる類の能力ではなく、自力で開くべき扉なのだから。
苦しげに首を振った彼女の脳裏にダイの言葉が浮上する。
『父さんみたいに強くなれないって落ち込んだこともあったけど、みんなのおかげでおれはおれだって思えるようになったんだ』
『私も……私もなれるだろうか?』
『なれるよ』
立場は異なっていても、共感できる想いがある。
強さは隔たっていても、通じる何かがある。
顔を上げた彼女の鬼眼が輝くと同時に、ダイの頭に痛みが走った。
「つうっ!?」
額の紋章が眩しいきらめきを放つ。竜の紋章と鬼眼が光でつながった。
「う、あ……!」
イルミナの中に無数の映像が流れ込み、光が弾けた。
老人が触れれば切れるような鋭気を纏い、力を練り上げ高めていく。
『おまえの正義を余に説きたくば、言葉ではなくあくまで力で語れっ!』
己の正義に従い、最後まで貫き通した男。刻まれた皺の一本一本から威厳がにじむようだ。
血に餓えた獣でも破壊衝動の塊でもない、魔界の頂点に立つ王者の姿が映っている。
強者は種族を問わず認めるという主張通り、彼は敵対者に手を差し伸べた。
『余の部下にならんか?』
人間の愚かさを穏やかに説いた大魔王の言を少年は否定しなかった。父の境遇が重くのしかかり、助けた子供から怯え泣かれた記憶は傷となって心に深く刻まれている。
守るべき者達の醜い面も知っていながら彼は首を横に振った。
地上の人間すべてが望むならば――
『おまえを倒して……! この地上を去る……!』
あまりに悲愴な決断に、光景を目にしている魔族は言葉を失った。
(……わからん。理解できん! なぜ己を疎む者達のために戦う?)
魔界の住人は基本的に己のために戦う。他人の力になることがあっても、利害がからむ場合が大半だ。
ダイの答えは理解できない。
不可解だという混乱に加え、腹の底から憤りがこみ上げる。
(なぜ、誰よりも地上を愛し、平和のために戦ってきたお前が……地上を去らねばならない!?)
無限に湧き出す敵の一体一体はそこまで強くないが、数を重ねられると消耗を強いられる。
雑魚を一掃できれば――紋章の力を完全に使えれば、状況を逆転させることも可能だろうが、このままでは力尽きるのを待つばかりだ。
力を抑えられていては、後手に回り、現れる敵に対処するだけで精一杯だ。
ふらりとイルミナの体が揺れる。磔にされ、限界まで痛めつけられ、立っているのもやっとの状態だ。
尊敬する者を侮辱した敵に一矢報いようと精神力で持ちこたえているが、第三勢力は手下で壁を作り安全圏から健闘を見守っている。
膝から力が抜け、がくりと崩れ落ちた彼女へ魔物たちが飛びかかった。
剣が翻り、彼らをなぎ払う。
ダイが援護しながら戦っている。
血のこびりついた唇が動き、かすれた声が絞り出された。
「何故だ。父も、私も、お前の――」
戦いの中でそれ以上言葉を交わす余裕はない。
ダイの呼吸は荒く、彼もまた疲弊している。
どれほど強くても正面から攻撃をぶつけてくるならば戦いやすかったかもしれない。
だが、敵は心を見透かし巧妙に闘志を削いでいく。
戦いが終われば完全に敵同士になるという意識が二人の連携を途切れさせ、ぎこちないものにしていた。
このままではどうしようもない。
「イルミナ」
彼女は眼を光らせ、無言で続きを促した。
「君はおれのことを憎んでる。お互い軽々しく許してくれなんて言えない。……でも、あいつを止めたいのは一緒だろ?」
ダイは振り返り、言い募った。炎のように輝く眼の持ち主に。
「おれたち二人が本気で力を合わせれば、最後の力が生まれるかもしれない。だから……!」
父、バランとともに戦った時の言葉を繰り返す。
あの時は眠らされてしまったが、今回は違う。
心を一つにして、力を合わせて戦おうというのだ。
「最後の、力」
イルミナは眼を伏せた。
力はある。
まだ目覚めていない力が。
だが、今までどれほど覚醒を望んでも応えなかった。
いつ開花するかわからない力をあてにするわけにもいかず、魔力や膂力を伸ばすべく地道な鍛錬に励んだ。
それでも蓋をされているかのように結果に結びつかず、焦りばかりが募っていった。誇り高くあるべきだと意気込んでいたのも、その反動が含まれているかもしれない。
どうすればいいのかわからない。
まるで、目覚めない鬼眼が枷となっているような、門となって道をふさいでいるような手ごたえしかない。
鬼眼を持つ者から助言は与えられなかった。何か言われただけで呼び覚ませる類の能力ではなく、自力で開くべき扉なのだから。
苦しげに首を振った彼女の脳裏にダイの言葉が浮上する。
『父さんみたいに強くなれないって落ち込んだこともあったけど、みんなのおかげでおれはおれだって思えるようになったんだ』
『私も……私もなれるだろうか?』
『なれるよ』
立場は異なっていても、共感できる想いがある。
強さは隔たっていても、通じる何かがある。
顔を上げた彼女の鬼眼が輝くと同時に、ダイの頭に痛みが走った。
「つうっ!?」
額の紋章が眩しいきらめきを放つ。竜の紋章と鬼眼が光でつながった。
「う、あ……!」
イルミナの中に無数の映像が流れ込み、光が弾けた。
老人が触れれば切れるような鋭気を纏い、力を練り上げ高めていく。
『おまえの正義を余に説きたくば、言葉ではなくあくまで力で語れっ!』
己の正義に従い、最後まで貫き通した男。刻まれた皺の一本一本から威厳がにじむようだ。
血に餓えた獣でも破壊衝動の塊でもない、魔界の頂点に立つ王者の姿が映っている。
強者は種族を問わず認めるという主張通り、彼は敵対者に手を差し伸べた。
『余の部下にならんか?』
人間の愚かさを穏やかに説いた大魔王の言を少年は否定しなかった。父の境遇が重くのしかかり、助けた子供から怯え泣かれた記憶は傷となって心に深く刻まれている。
守るべき者達の醜い面も知っていながら彼は首を横に振った。
地上の人間すべてが望むならば――
『おまえを倒して……! この地上を去る……!』
あまりに悲愴な決断に、光景を目にしている魔族は言葉を失った。
(……わからん。理解できん! なぜ己を疎む者達のために戦う?)
魔界の住人は基本的に己のために戦う。他人の力になることがあっても、利害がからむ場合が大半だ。
ダイの答えは理解できない。
不可解だという混乱に加え、腹の底から憤りがこみ上げる。
(なぜ、誰よりも地上を愛し、平和のために戦ってきたお前が……地上を去らねばならない!?)
場面が変わる。
全盛期の肉体と合体した大魔王――真大魔王バーンが降臨し、立っている五人を睥睨した。
『天よ叫べ! 地よ! 唸れ!』
大魔王の言葉に応えるかのように雷鳴がとどろき、地響きが起こる。
『今ここに! 魔の時代、来たる!』
激流があらゆるものを押し流さんとする。
『さあッ! 括目せよっ!』
大勇者の剣が、陸戦騎の槍が、昇格した兵士の拳が大魔王に迫り――
『天地魔闘』
一瞬で、蹴散らされた。
先代の勇者が、先代竜の騎士一番の部下が、魔王の魂を継ぐ者がまとめてなぎ倒された。
最大の奥義で勇者の最強の技をも打ち負かした大魔王が高らかに笑う。
勝ち目はなく、勝敗は決したかと思われた。
絶体絶命の状況でも立ち上がったのは勇者の相棒――大魔道士。
仲間が生命をかけて衝撃波の壁を破り、大魔王に奥義を使わせる。
再び天地魔闘の構えをとらせることに成功したポップは挑発し、最大の賭けに出た。
普通に攻撃すれば勝てるが、大魔王は奥義への絶大な自信から挑発に乗り、攻撃を待ち受ける。
『魂などでは余は殺せんっ!』
絶対的な確信に満ちた言葉とともに。
掌撃で弾かれた己の呪文と大魔王の火炎呪文が直撃した少年の口元に、してやったりと言いたげな笑みが浮かぶ。
『はね返せええっ!』
互いに認め合った好敵手、白銀の騎士シグマが託した鏡。
それが迫り来る呪文をはね返した。
業火に包まれながらも大魔王は気力で炎を吹き飛ばした。
『この大魔王バーンをなめるでないわーっ!』
飛来する斬撃を防ごうと拳を振りかざすが、すでにダイが走りこんでいる。
大魔王を倒すために編み出され、最高の好敵手――ハドラーに披露した必殺技を放つために。
『ストラッシュ、X!』
ダイとポップ、勇気と知謀が最強の奥義を破り、大魔王の片腕を奪った。
全盛期の肉体と合体した大魔王――真大魔王バーンが降臨し、立っている五人を睥睨した。
『天よ叫べ! 地よ! 唸れ!』
大魔王の言葉に応えるかのように雷鳴がとどろき、地響きが起こる。
『今ここに! 魔の時代、来たる!』
激流があらゆるものを押し流さんとする。
『さあッ! 括目せよっ!』
大勇者の剣が、陸戦騎の槍が、昇格した兵士の拳が大魔王に迫り――
『天地魔闘』
一瞬で、蹴散らされた。
先代の勇者が、先代竜の騎士一番の部下が、魔王の魂を継ぐ者がまとめてなぎ倒された。
最大の奥義で勇者の最強の技をも打ち負かした大魔王が高らかに笑う。
勝ち目はなく、勝敗は決したかと思われた。
絶体絶命の状況でも立ち上がったのは勇者の相棒――大魔道士。
仲間が生命をかけて衝撃波の壁を破り、大魔王に奥義を使わせる。
再び天地魔闘の構えをとらせることに成功したポップは挑発し、最大の賭けに出た。
普通に攻撃すれば勝てるが、大魔王は奥義への絶大な自信から挑発に乗り、攻撃を待ち受ける。
『魂などでは余は殺せんっ!』
絶対的な確信に満ちた言葉とともに。
掌撃で弾かれた己の呪文と大魔王の火炎呪文が直撃した少年の口元に、してやったりと言いたげな笑みが浮かぶ。
『はね返せええっ!』
互いに認め合った好敵手、白銀の騎士シグマが託した鏡。
それが迫り来る呪文をはね返した。
業火に包まれながらも大魔王は気力で炎を吹き飛ばした。
『この大魔王バーンをなめるでないわーっ!』
飛来する斬撃を防ごうと拳を振りかざすが、すでにダイが走りこんでいる。
大魔王を倒すために編み出され、最高の好敵手――ハドラーに披露した必殺技を放つために。
『ストラッシュ、X!』
ダイとポップ、勇気と知謀が最強の奥義を破り、大魔王の片腕を奪った。
剣で心臓を貫き、体内に雷を流しこむダイをバーンは諭した。無駄な戦いを止めるために。
地上の消滅を告げられた少年の表情がゆがむ。
『チェスでもそうだが……真の勝者は最後の一手を決して悟られないように駒を動かすものだ』
だからこそ、大魔王は己をも駒の一つとみなし、強者を引きつけた。計画を確実に成功させるために。
ダイが戦いを始めたのは、大魔王を殺すためではない。
地上の平和を守るためだった。
守るべき対象が消えることを知らされ、気力を失い、涙を流すダイ。悲痛な叫びを上げる親友。
二人に穏やかな――優しささえ感じさせる言葉が浴びせられる。
『泣くな……お前たちは本当によく戦った』
やがて、闇の中から宿敵の声が響いた。
冥竜王ヴェルザーの声だ。
両者は敵対する間柄だったが、根底に流れる想いは同じだった。
『神々が憎い! 地上の人間どもにのみ平穏を与えた奴らの愚挙が許せぬっ!』
彼にとって人間は憎悪の対象ではない。憎悪は対等かそれ以上の相手、己に近い存在に抱くものだ。
彼が憎むのは魔界に押し込めた神々であり、地上の存在を邪魔に思っている。
人間の狭量さや脆弱さを軽蔑していても、強者であれば認める。
『ありがとう……!』
祝辞を述べた宿敵へ礼を告げた青年の面に勝ち誇った笑みが浮かぶ。
地上の運命は決定したかと思われたが、まだ希望の灯は消えていなかった。
幼い頃死について考え、怯えた少年にかけられた母の言葉。彼女は穏やかに人間の生き様を説いた。
『人間は誰でもいつかは死ぬ……だからみんな一生懸命生きるのよ』
勇気を司る使徒が不屈の闘志をみなぎらせながら立ち上がる。
『結果が見えたってもがきぬいてやる! 一生懸命生き抜いてやる! 一瞬……だけど……閃光のように! 眩しく燃えて生き抜いてやるっ!』
大魔王を相手に啖呵を切った彼の勇姿が、ダイに力と勇気を与え、立ち上がらせた。
『最高の友達、ポップ……君に出会えて……よかった!』
固唾を呑んで見守っていた魔族の胸に経験した事のない感情が湧きあがる。胸の内がかき回されたかのように様々な想いがめぐり、言葉にならない。
(なぜだ……! 私の心は何に揺らされているというのだ!?)
地上の消滅を告げられた少年の表情がゆがむ。
『チェスでもそうだが……真の勝者は最後の一手を決して悟られないように駒を動かすものだ』
だからこそ、大魔王は己をも駒の一つとみなし、強者を引きつけた。計画を確実に成功させるために。
ダイが戦いを始めたのは、大魔王を殺すためではない。
地上の平和を守るためだった。
守るべき対象が消えることを知らされ、気力を失い、涙を流すダイ。悲痛な叫びを上げる親友。
二人に穏やかな――優しささえ感じさせる言葉が浴びせられる。
『泣くな……お前たちは本当によく戦った』
やがて、闇の中から宿敵の声が響いた。
冥竜王ヴェルザーの声だ。
両者は敵対する間柄だったが、根底に流れる想いは同じだった。
『神々が憎い! 地上の人間どもにのみ平穏を与えた奴らの愚挙が許せぬっ!』
彼にとって人間は憎悪の対象ではない。憎悪は対等かそれ以上の相手、己に近い存在に抱くものだ。
彼が憎むのは魔界に押し込めた神々であり、地上の存在を邪魔に思っている。
人間の狭量さや脆弱さを軽蔑していても、強者であれば認める。
『ありがとう……!』
祝辞を述べた宿敵へ礼を告げた青年の面に勝ち誇った笑みが浮かぶ。
地上の運命は決定したかと思われたが、まだ希望の灯は消えていなかった。
幼い頃死について考え、怯えた少年にかけられた母の言葉。彼女は穏やかに人間の生き様を説いた。
『人間は誰でもいつかは死ぬ……だからみんな一生懸命生きるのよ』
勇気を司る使徒が不屈の闘志をみなぎらせながら立ち上がる。
『結果が見えたってもがきぬいてやる! 一生懸命生き抜いてやる! 一瞬……だけど……閃光のように! 眩しく燃えて生き抜いてやるっ!』
大魔王を相手に啖呵を切った彼の勇姿が、ダイに力と勇気を与え、立ち上がらせた。
『最高の友達、ポップ……君に出会えて……よかった!』
固唾を呑んで見守っていた魔族の胸に経験した事のない感情が湧きあがる。胸の内がかき回されたかのように様々な想いがめぐり、言葉にならない。
(なぜだ……! 私の心は何に揺らされているというのだ!?)
『心を一つに……世界中の人々の心を一つにできたら』
少年は幼少からの友に願いを告げ、小さな守り神は最期の力で願いを叶えた。
かつて友を売り飛ばそうとした小悪党が世界を救う鍵となる。
『こんな北の果てにもちゃんと勇者サマはいるから安心しろいっ! ……ニセ者だけどなあっ!』
間一髪、爆発は防がれ、大魔王は沈黙した。
が、鋭気に満ちた眼差しで三人を睥睨する。
『うぬらの人生は一瞬! だが余には永遠の生命がある!』
計画を止められたのならばやり直せばよい。邪魔者を全て殺し、今度こそ成し遂げるだけだ。
永遠と閃光。両者が相容れることはない。
とうとう勇者が決断を下し、大魔王の掲げた正義を叩き返す時がきた。
『こんなものが正義であってたまるかっ!』
振るわれる拳。
流れる涙。
衝動のままに襲いかかる魔獣となっているはずなのに、激しい痛みが伝わってくる。
いまだかつて誰も経験した事のない猛攻を浴びながらも大魔王は踏みとどまった。
『余は大魔王バーンなり!』
頂点に立つ者の意地がある。弱肉強食の世界で培われた信念がある。
彼が彼であるために、退くわけにはいかない。
勇者と同じく大魔王も選んだ。
勝利のために、大魔王バーンの偉大なる名を守り通すために、全てを捨てることを。
少年は、本来の身体を捨て自ら封じていた力を使った敵に、父から継いだ剣で斬りかかる。
この一撃で太陽になることを決意して。
『太陽になってみんなを天空から照らすよ』
(……太陽?)
永遠の存在。
大魔王が求め続けた対象。
父の魂をもこめた一撃は届かず、力つきそうになったダイの脳裏によみがえったのは。
苦境にある勇者に再び力と勇気を与えたのは、親友の言葉だった。
『閃光のように!』
ダイの身体が太陽のような閃光に包まれる。
太陽と閃光。
手の届かない存在と近い存在という違いがある。
だが、どちらも他者を照らすものだ。
(眩しい……)
光に見とれたかのように大魔王の面からあらゆる表情が抜け落ちた。
果たせぬ夢を具現化した玩具と同様、真っ二つに切り裂かれた大魔王へとダイが別れを告げる。
『さよなら……! 大魔王バーン!!』
力こそ全てという己の正義を最後まで貫き、全ての力を出し尽くして命を落とした大魔王。
太陽を渇望した彼の亡骸は太陽へと消えた。
地上に帰還した勇者は、相棒からの問いにわずかな笑みとともに答えた。
『バーンは……大魔王バーンは倒れた』
(父を倒した、ではなく――父は“倒れた”と――)
言葉に込められた想いを感じ、身を震わせる。
少年は幼少からの友に願いを告げ、小さな守り神は最期の力で願いを叶えた。
かつて友を売り飛ばそうとした小悪党が世界を救う鍵となる。
『こんな北の果てにもちゃんと勇者サマはいるから安心しろいっ! ……ニセ者だけどなあっ!』
間一髪、爆発は防がれ、大魔王は沈黙した。
が、鋭気に満ちた眼差しで三人を睥睨する。
『うぬらの人生は一瞬! だが余には永遠の生命がある!』
計画を止められたのならばやり直せばよい。邪魔者を全て殺し、今度こそ成し遂げるだけだ。
永遠と閃光。両者が相容れることはない。
とうとう勇者が決断を下し、大魔王の掲げた正義を叩き返す時がきた。
『こんなものが正義であってたまるかっ!』
振るわれる拳。
流れる涙。
衝動のままに襲いかかる魔獣となっているはずなのに、激しい痛みが伝わってくる。
いまだかつて誰も経験した事のない猛攻を浴びながらも大魔王は踏みとどまった。
『余は大魔王バーンなり!』
頂点に立つ者の意地がある。弱肉強食の世界で培われた信念がある。
彼が彼であるために、退くわけにはいかない。
勇者と同じく大魔王も選んだ。
勝利のために、大魔王バーンの偉大なる名を守り通すために、全てを捨てることを。
少年は、本来の身体を捨て自ら封じていた力を使った敵に、父から継いだ剣で斬りかかる。
この一撃で太陽になることを決意して。
『太陽になってみんなを天空から照らすよ』
(……太陽?)
永遠の存在。
大魔王が求め続けた対象。
父の魂をもこめた一撃は届かず、力つきそうになったダイの脳裏によみがえったのは。
苦境にある勇者に再び力と勇気を与えたのは、親友の言葉だった。
『閃光のように!』
ダイの身体が太陽のような閃光に包まれる。
太陽と閃光。
手の届かない存在と近い存在という違いがある。
だが、どちらも他者を照らすものだ。
(眩しい……)
光に見とれたかのように大魔王の面からあらゆる表情が抜け落ちた。
果たせぬ夢を具現化した玩具と同様、真っ二つに切り裂かれた大魔王へとダイが別れを告げる。
『さよなら……! 大魔王バーン!!』
力こそ全てという己の正義を最後まで貫き、全ての力を出し尽くして命を落とした大魔王。
太陽を渇望した彼の亡骸は太陽へと消えた。
地上に帰還した勇者は、相棒からの問いにわずかな笑みとともに答えた。
『バーンは……大魔王バーンは倒れた』
(父を倒した、ではなく――父は“倒れた”と――)
言葉に込められた想いを感じ、身を震わせる。
彼女はダイとバーンに似通った部分があると思っていた。
死闘を目にする中で、強者の孤独や勝利のために己の存在を捨てる覚悟こそが共通していたのだと思った。
(それだけなのか?)
親友の言葉が浮かばなければ、ダイは力尽きていたかもしれない。
光に見とれなければ、バーンに隙は生じなかったかもしれない。
すべてを捨てたはずの両者は、どちらも心を残していたのではないか。
その心こそが勝敗を分けたのではないか。
ダイを倒すことだけを目的としながらも、彼はあの瞬間、数千年かけて求めてきたものに想いを馳せたのかもしれない。
『魔界に太陽をって考えが間違ってンだよ』
『生きとし生ける者には、太陽が必要なのだ……!』
光と闇が視界を駆け巡り、最後に見えた光景は黄昏だった。
大魔王は満足気に微笑を浮かべ、希望に溢れた言葉を口にした。
死闘を目にする中で、強者の孤独や勝利のために己の存在を捨てる覚悟こそが共通していたのだと思った。
(それだけなのか?)
親友の言葉が浮かばなければ、ダイは力尽きていたかもしれない。
光に見とれなければ、バーンに隙は生じなかったかもしれない。
すべてを捨てたはずの両者は、どちらも心を残していたのではないか。
その心こそが勝敗を分けたのではないか。
ダイを倒すことだけを目的としながらも、彼はあの瞬間、数千年かけて求めてきたものに想いを馳せたのかもしれない。
『魔界に太陽をって考えが間違ってンだよ』
『生きとし生ける者には、太陽が必要なのだ……!』
光と闇が視界を駆け巡り、最後に見えた光景は黄昏だった。
大魔王は満足気に微笑を浮かべ、希望に溢れた言葉を口にした。
『明日の……あの太陽は魔界を照らすために昇る』
夕陽の鮮やかな紅が胸の内を染め上げていく。炎を抱いたかのように熱くなる。
「と――父、さ……」
父の最期を知った魔族の眼から滴が落ちた。
美化も風化もない、克明な姿。
二度と目にすることはかなわない相手と巡り合うことができた。
記憶の回廊の中で。
誰よりも近い場所で。
再会した相手に触れようとするかのように、記憶の彼方の像へ震えながら手を伸ばす。
激戦の只中――生と死の狭間に在る王は恐ろしく、強く、輝かしい存在だった。
敗れてもなお、大魔王バーンは彼女にとって偉大な王でありつづける。
「と――父、さ……」
父の最期を知った魔族の眼から滴が落ちた。
美化も風化もない、克明な姿。
二度と目にすることはかなわない相手と巡り合うことができた。
記憶の回廊の中で。
誰よりも近い場所で。
再会した相手に触れようとするかのように、記憶の彼方の像へ震えながら手を伸ばす。
激戦の只中――生と死の狭間に在る王は恐ろしく、強く、輝かしい存在だった。
敗れてもなお、大魔王バーンは彼女にとって偉大な王でありつづける。
血の流れる唇がゆっくりと動く。
「我が名は――」
名は“照らす”という意味の語からとられた。
情を見せず、親子らしい交流などなかったが、血のつながりを示す証はそれだけで充分だった。
信念と信念、正義と正義のぶつかりあった戦いが魂を深く揺り動かす。
その奥から湧き上がる激情が身体を震わせた。
『なぜ私はこの眼をもって生まれてきた……? この力は何のためにある』
今この瞬間、彼女は心から力を欲していた。
敵を滅ぼすためではなく、夢を叶えるために。
力を手にしてもさらに強い者がいる。同じことの繰り返しになるかもしれない。
それでも、この道を選んだからには歩み続けるだけだ。
己の父を奪い、父が家族を奪った少年へのわだかまりや心に渦巻いていた感情。それらを超えて衝動が湧きあがる。
大切な何かを守らねばならない、と。
方向によっては欲するものを手にするために世界を焼き尽くし、勝利のために魔獣となりかねない欲望。
しかし、それは見方を変えれば強い想い、すなわち現状を変えようとする意志と言える。
「負けぬ……負けるわけにはいかぬっ!」
「回想すりゃ、叫べば強くなれんのか?」
絞り出された叫びを第三勢力は嘲った。
「想いの強さでどうにかなるなら、地上はとっくに消し飛んでらァ!」
青年は魔物たちに指示を出し、一斉に襲わせる。
「人間が成長(しんか)するならば、私も――」
飛躍的に力を伸ばすことができるのは人間や竜の騎士に限った話ではない。魔族にも眩しく生きる者はいる。
一人で望むだけでは扉は開かなかった。
だが、紋章が伝えた記憶によって――ダイとの出会いによって強さの在り方や成長の道程が実体を得た。
彼女の知る力と、今まで知らなかった力。双方が交差し、道を指し示す光となる。
父から受け継いだものは何か。他者から受け継ぐべきものは何なのか。
イルミナが顔を上げ、集団を睨み据えた。
「我が名は――」
名は“照らす”という意味の語からとられた。
情を見せず、親子らしい交流などなかったが、血のつながりを示す証はそれだけで充分だった。
信念と信念、正義と正義のぶつかりあった戦いが魂を深く揺り動かす。
その奥から湧き上がる激情が身体を震わせた。
『なぜ私はこの眼をもって生まれてきた……? この力は何のためにある』
今この瞬間、彼女は心から力を欲していた。
敵を滅ぼすためではなく、夢を叶えるために。
力を手にしてもさらに強い者がいる。同じことの繰り返しになるかもしれない。
それでも、この道を選んだからには歩み続けるだけだ。
己の父を奪い、父が家族を奪った少年へのわだかまりや心に渦巻いていた感情。それらを超えて衝動が湧きあがる。
大切な何かを守らねばならない、と。
方向によっては欲するものを手にするために世界を焼き尽くし、勝利のために魔獣となりかねない欲望。
しかし、それは見方を変えれば強い想い、すなわち現状を変えようとする意志と言える。
「負けぬ……負けるわけにはいかぬっ!」
「回想すりゃ、叫べば強くなれんのか?」
絞り出された叫びを第三勢力は嘲った。
「想いの強さでどうにかなるなら、地上はとっくに消し飛んでらァ!」
青年は魔物たちに指示を出し、一斉に襲わせる。
「人間が成長(しんか)するならば、私も――」
飛躍的に力を伸ばすことができるのは人間や竜の騎士に限った話ではない。魔族にも眩しく生きる者はいる。
一人で望むだけでは扉は開かなかった。
だが、紋章が伝えた記憶によって――ダイとの出会いによって強さの在り方や成長の道程が実体を得た。
彼女の知る力と、今まで知らなかった力。双方が交差し、道を指し示す光となる。
父から受け継いだものは何か。他者から受け継ぐべきものは何なのか。
イルミナが顔を上げ、集団を睨み据えた。
閃光。
カツンという固い音が重なり合うように響いた。
額の眼から光が走ると、距離をつめた魔物達はことごとく球体と化し、床に落ちたのだ。
第三の眼――鬼眼には今までにない光が宿っている。
魔の血脈が、今覚醒した。
カツンという固い音が重なり合うように響いた。
額の眼から光が走ると、距離をつめた魔物達はことごとく球体と化し、床に落ちたのだ。
第三の眼――鬼眼には今までにない光が宿っている。
魔の血脈が、今覚醒した。