「オオオッ!」
ヴェルザーが気合の雄たけびとともに太い尾を振るった。いかなる武器をも凌駕する破壊力の込められた一撃は空気を砕きながらヒムとラーハルトに迫る。
真正面から受け止めることはできない。鞭のようにしなる尾が地面を殴りつけると、轟音を立てて巨大な亀裂が生じた。
横っ飛びに回避した二人に爪を振りかざす。まともにくらえば命を落としかねない攻撃が続く。
二人だけで戦うにはあまりにも厳しい相手だが、贅沢は言えない。
ダイはヒュンケルたちの救出に魔界まで赴いているが、配下の竜や魔物は他の戦士たちが引きつけている。それだけでも幾分楽だ。
第三勢力は勇者たちの戦力を分断し、葬ろうとした。
三界において最強と言える竜の騎士ダイや未熟ながらも大魔王の血を引く魔族は不可思議な力を持つ第三勢力が相手をし、分身体がヒュンケルを狙う。
ヴェルザーや死神に残りを押し付け、関心のある相手を獲物に選んだのだ。
強敵を前にしたヒムが考えるのは偉大な主ハドラー、彼の認めた勇者、そして最大の好敵手のことだった。
「ヒュンケルのヤロー、とっとと戻ってきやがれ……! 勝ち逃げしたら許さねえ」
鼻息荒く呟くヒムをラーハルトが冷ややかな目で見つめる。
「人形の分際で偉そうに」
大魔王の奥義に立ち向かった二人だが、仲は良好とは言いがたい。たちまち共闘しているとは思えない険悪な空気が漂う。
「てめえ、戦いが終わったらぶっ飛ばしてやるからな!」
「それはこちらの台詞だ」
「そんな場合じゃないでしょ!」
レオナが頭痛をこらえながら二人を制止する。
今まで二人はヴェルザーが地に接近した時にヒムは拳で、ラーハルトは槍でそれぞれ攻めかかり、レオナはフェザーで二人の援護に徹していた。
だが、完全に息が合っているとは言いがたい。
「バーンと戦った連中がどれほど強いかと思えば……ダイ以外は有象無象の集まりか」
失望さえ感じさせる声が降り注ぐ。
ヒムはムッとしたように顔を上げ、黒竜を睨んだ。
「腹立つな、あのトカゲ」
ラーハルトも同意するように槍を握りしめた。
「気にくわんな」
ここで反撃しなければ倒されてしまう。
ヒムは待ち望んだヒュンケルとの再戦のため、ラーハルトはダイに忠誠を捧げるため、生き延びねばならない。
ようやく目の色が変わった二人にレオナが頷いた。
「その有象無象に手こずっているのは誰かしら、爬虫類さん?」
挑発に対し、答えは業火で返された。
吐き出された炎にヒャダルコを唱える。氷と炎がぶつかりあい、あっけなく溶かされる。
「その程度の風雪でどうにかなると思ったか!?」
吹雪はヴェルザーの身体までは届かず、わずかに視界を遮っただけだ。
だが、巨体に裂傷が刻まれる。ラーハルトが接近して槍で切り裂いたのだ。
ハーケンディストール――視認さえ困難な高速の攻撃。それでも竜の強靭な生命力を絶つには力が足りない。
ラーハルトを吹き飛ばし、追撃を叩きこもうとしたヴェルザーはヒムの姿が無いことに気づいた。
ヒムは――上にいる。ノーザングランブレードを放つノヴァのように空高く跳躍したのだ。
ラーハルトとレオナが注意を引く役割を請け負った。二人が作り出した時間を活かし、力を練り上げる。
両腕にこめているのは、光の闘気。
放つ技は、ただ一つ。
「グランドクルス!」
光の十字が竜の巨体に刻みこまれた。
ヴェルザーが気合の雄たけびとともに太い尾を振るった。いかなる武器をも凌駕する破壊力の込められた一撃は空気を砕きながらヒムとラーハルトに迫る。
真正面から受け止めることはできない。鞭のようにしなる尾が地面を殴りつけると、轟音を立てて巨大な亀裂が生じた。
横っ飛びに回避した二人に爪を振りかざす。まともにくらえば命を落としかねない攻撃が続く。
二人だけで戦うにはあまりにも厳しい相手だが、贅沢は言えない。
ダイはヒュンケルたちの救出に魔界まで赴いているが、配下の竜や魔物は他の戦士たちが引きつけている。それだけでも幾分楽だ。
第三勢力は勇者たちの戦力を分断し、葬ろうとした。
三界において最強と言える竜の騎士ダイや未熟ながらも大魔王の血を引く魔族は不可思議な力を持つ第三勢力が相手をし、分身体がヒュンケルを狙う。
ヴェルザーや死神に残りを押し付け、関心のある相手を獲物に選んだのだ。
強敵を前にしたヒムが考えるのは偉大な主ハドラー、彼の認めた勇者、そして最大の好敵手のことだった。
「ヒュンケルのヤロー、とっとと戻ってきやがれ……! 勝ち逃げしたら許さねえ」
鼻息荒く呟くヒムをラーハルトが冷ややかな目で見つめる。
「人形の分際で偉そうに」
大魔王の奥義に立ち向かった二人だが、仲は良好とは言いがたい。たちまち共闘しているとは思えない険悪な空気が漂う。
「てめえ、戦いが終わったらぶっ飛ばしてやるからな!」
「それはこちらの台詞だ」
「そんな場合じゃないでしょ!」
レオナが頭痛をこらえながら二人を制止する。
今まで二人はヴェルザーが地に接近した時にヒムは拳で、ラーハルトは槍でそれぞれ攻めかかり、レオナはフェザーで二人の援護に徹していた。
だが、完全に息が合っているとは言いがたい。
「バーンと戦った連中がどれほど強いかと思えば……ダイ以外は有象無象の集まりか」
失望さえ感じさせる声が降り注ぐ。
ヒムはムッとしたように顔を上げ、黒竜を睨んだ。
「腹立つな、あのトカゲ」
ラーハルトも同意するように槍を握りしめた。
「気にくわんな」
ここで反撃しなければ倒されてしまう。
ヒムは待ち望んだヒュンケルとの再戦のため、ラーハルトはダイに忠誠を捧げるため、生き延びねばならない。
ようやく目の色が変わった二人にレオナが頷いた。
「その有象無象に手こずっているのは誰かしら、爬虫類さん?」
挑発に対し、答えは業火で返された。
吐き出された炎にヒャダルコを唱える。氷と炎がぶつかりあい、あっけなく溶かされる。
「その程度の風雪でどうにかなると思ったか!?」
吹雪はヴェルザーの身体までは届かず、わずかに視界を遮っただけだ。
だが、巨体に裂傷が刻まれる。ラーハルトが接近して槍で切り裂いたのだ。
ハーケンディストール――視認さえ困難な高速の攻撃。それでも竜の強靭な生命力を絶つには力が足りない。
ラーハルトを吹き飛ばし、追撃を叩きこもうとしたヴェルザーはヒムの姿が無いことに気づいた。
ヒムは――上にいる。ノーザングランブレードを放つノヴァのように空高く跳躍したのだ。
ラーハルトとレオナが注意を引く役割を請け負った。二人が作り出した時間を活かし、力を練り上げる。
両腕にこめているのは、光の闘気。
放つ技は、ただ一つ。
「グランドクルス!」
光の十字が竜の巨体に刻みこまれた。
ポップとアバンは死神の罠を回避した。
先ほどからアバンの剣やポップの杖は届いていたが、たいして痛痒を与えていない。
二人の緊迫した表情を見る死神は楽しげだ。
(切っても殴っても効果が薄いなら……メドローアを狙うだろうね)
魔法力そのものに干渉するマホカンタや心臓部の材質などを除き、あらゆるものを消滅させる最強の呪文。
いくら機械の身体が頑丈で壊れにくいといえども、消し飛ばされればさすがに動きようが無い。
ポップが片手に凍てつく力を、片手に灼熱の力をまとわせた。両手を合わせて矢の形を作り、双極の力を解き放つ。
死神は避けようとはしない。代わりに腕よりやや細い筒を取り出し、口を向ける。黒光りする筒は呪文を吸いこんでしまった。
「吸い込まれちまった……!?」
「呪文を吸収できるんだ、これ。魔力炉とかの材質を使ったんだよ」
大魔王バーンと勇者一行の戦いをヴェルザーは監視していた。キルバーンと同じく死神もポップを警戒すべき相手だとみなしていた。
当然、大魔道士の切り札、メドローアの情報も掴んでいる。
敗北寸前の危機的な状況を逆転させることも可能な呪文への対処法を用意していたのである。
死神は二人を相手に余裕を漂わせている。
ポップとアバンは防戦一方だ。死神の繰り出す罠と技の前に逃げ回ることしかできない。
「どうしたのさ? 大勇者とか勇気の使徒とは思えない逃げっぷりだけど」
挑発に乗るかのように二人は突然立ち止まり、振り返った。顔には笑みが浮かんでいる。
「得意になる前にまわりを見たらどうだ?」
死神が周囲を見ると地面に金色の羽が刺さっている。
数は五本。
描くのは五芒星の魔法陣だ。
逃げるように見せかけ、攻撃も交えつつ極大化の陣を形成していた。
唱える呪文は――
「インパス!」
光が弾け、死神が不快げに舌打ちする。
本来インパスは宝箱に向かって唱えることで安全かどうか確認するための呪文である。また、道具を鑑定する能力もあり、効能などの情報を得られる。
極大化によって呪文が及ぶ対象や効果を引き上げ、機械仕掛けの人形に対して使用した。
「我々は確かめたかったのですよ」
「黒の核晶があるかどうかな」
ヴェルザーの手下かつ機械人形ならば、黒の核晶や似たような危険なアイテムを身につけているかもしれない。
アバンが一人で戦った時、圧されていたのも手を出しかねていたためだ。
いざとなれば攻撃をわざと食らい、自爆することも辞さないのか。
自分が滅ぶ気はまったく無く、判断によっては逃亡するのか。
それとも、何も持っていないのか。
確かめるために呪文を唱えたが、カードなどの小道具が妨害することもあり、精密に測ることはできなかった。
メドローアで黒の核晶ごと消し飛ばせるのかわからない。ヒャド系以外の呪文であるため誘爆する可能性があり、うかつな行動で皆や世界まで巻き込んでは悔やみきれない。
そこで極大化によって効果を高め、罠が無いか見抜くことにした。
結果、黒の核晶やそれに類するものは仕込まれていないと判明した。
これで心おきなく攻撃や魔法をぶつけることができる。
先ほどからアバンの剣やポップの杖は届いていたが、たいして痛痒を与えていない。
二人の緊迫した表情を見る死神は楽しげだ。
(切っても殴っても効果が薄いなら……メドローアを狙うだろうね)
魔法力そのものに干渉するマホカンタや心臓部の材質などを除き、あらゆるものを消滅させる最強の呪文。
いくら機械の身体が頑丈で壊れにくいといえども、消し飛ばされればさすがに動きようが無い。
ポップが片手に凍てつく力を、片手に灼熱の力をまとわせた。両手を合わせて矢の形を作り、双極の力を解き放つ。
死神は避けようとはしない。代わりに腕よりやや細い筒を取り出し、口を向ける。黒光りする筒は呪文を吸いこんでしまった。
「吸い込まれちまった……!?」
「呪文を吸収できるんだ、これ。魔力炉とかの材質を使ったんだよ」
大魔王バーンと勇者一行の戦いをヴェルザーは監視していた。キルバーンと同じく死神もポップを警戒すべき相手だとみなしていた。
当然、大魔道士の切り札、メドローアの情報も掴んでいる。
敗北寸前の危機的な状況を逆転させることも可能な呪文への対処法を用意していたのである。
死神は二人を相手に余裕を漂わせている。
ポップとアバンは防戦一方だ。死神の繰り出す罠と技の前に逃げ回ることしかできない。
「どうしたのさ? 大勇者とか勇気の使徒とは思えない逃げっぷりだけど」
挑発に乗るかのように二人は突然立ち止まり、振り返った。顔には笑みが浮かんでいる。
「得意になる前にまわりを見たらどうだ?」
死神が周囲を見ると地面に金色の羽が刺さっている。
数は五本。
描くのは五芒星の魔法陣だ。
逃げるように見せかけ、攻撃も交えつつ極大化の陣を形成していた。
唱える呪文は――
「インパス!」
光が弾け、死神が不快げに舌打ちする。
本来インパスは宝箱に向かって唱えることで安全かどうか確認するための呪文である。また、道具を鑑定する能力もあり、効能などの情報を得られる。
極大化によって呪文が及ぶ対象や効果を引き上げ、機械仕掛けの人形に対して使用した。
「我々は確かめたかったのですよ」
「黒の核晶があるかどうかな」
ヴェルザーの手下かつ機械人形ならば、黒の核晶や似たような危険なアイテムを身につけているかもしれない。
アバンが一人で戦った時、圧されていたのも手を出しかねていたためだ。
いざとなれば攻撃をわざと食らい、自爆することも辞さないのか。
自分が滅ぶ気はまったく無く、判断によっては逃亡するのか。
それとも、何も持っていないのか。
確かめるために呪文を唱えたが、カードなどの小道具が妨害することもあり、精密に測ることはできなかった。
メドローアで黒の核晶ごと消し飛ばせるのかわからない。ヒャド系以外の呪文であるため誘爆する可能性があり、うかつな行動で皆や世界まで巻き込んでは悔やみきれない。
そこで極大化によって効果を高め、罠が無いか見抜くことにした。
結果、黒の核晶やそれに類するものは仕込まれていないと判明した。
これで心おきなく攻撃や魔法をぶつけることができる。
死神が動くより先にアバンが筒を弾き飛ばした。筒はくるくると回りながら飛び、甲高い音とともに地面に転がった。
アバンは何かを操るように指先を動かす。精緻な紋様を織り上げる職人のように。
鎌を振るおうとした死神の腕が止まる。
腕が見えない何かで縛られている。
「不可視の糸は何と言えばよいのでしょうか? キルバーンの罠から発想を得たのですが」
極細の糸を使い、腕をからめとったようだ。
糸を刃として断ち切ったり攻撃を防いだりすることはできない。自由自在に操れるほど練達しているわけではなく、万能と呼ぶには遠い。
施政の息抜き――手慰み程度の修練しかしておらず、あくまで小手先の技術だ。
ただ、意表を突いて隙を作ることはできた。技や器用さを活かして立ち回るアバンの性に合っていたと言える。
動きを止められた敵へポップが高威力の呪文を放とうとした瞬間、死神は笑った。
近くに転がっている筒から光が漏れる。
二人の顔がこわばったのも当然と言えるだろう。メドローアが放たれたのだから。
「放出もできるんだよ。さっき言わなかったけどね」
わざわざ機能を解説したのも吸収を印象付けるため。弾き飛ばされた筒から注意がそれた隙をついて、もっとも強力な一撃を見舞おうとした。
「自分の呪文で消えなよ」
相殺は間に合わない。
「うわあああっ!」
「ポップ!」
アバンの叫びもむなしく閃光の矢は少年に直撃した。
消滅する運命の少年を見つめ、ほくそ笑んだ死神が動きを止めた。
ポップの口元には笑みが浮かんでいる。彼を守るかのように、胴すれすれの位置に光り輝く鏡が出現している。
「魔法反射――!?」
「はね返せぇっ!」
光が方向を変え、死神に襲いかかった。
彼は極大消滅呪文を逆手に取られる危険に気づいていた。
もし自分が敵で呪文の存在を知っていれば警戒し、策を練る。罠にはめることに快感を覚える相手ならば最大の呪文を叩き返し、高笑いするだろう。
また、強力な魔法の使い手に対して有効打になるかもしれない。
そのため、マホカンタを使いこなせるようになる必要があった。
彼は特訓の中でマホカンタを応用する技術を磨いていた。
迅速に鏡面を出現させることもそうだが、単に正面から来た魔法を跳ね返すだけでなく、異なる方向を狙い反射するすべを身につけようとしていた。
アバンが叫んだのも半ば演技だ。彼はポップの特訓の内容を知っていたのだから。
腕を固定されている死神はとっさに鎌で己の腕を切り離した。
かろうじてかわしたが、体勢は大きく崩れている。
「罠よ!」
切り離された腕が材料となって罠が発動したが、ポップは反射的に地面に転がっていた筒を拾い上げて巻き起こった炎を吸収した。
死神に投げつけたところを狙い、アバンがフェザーで破壊し、暴発させる。
炎が弾けて視界を遮ったが、紅の幕をなぎ払うかのように走った白色の光芒が死神の胴を貫いた。
今度こそメドローアを命中させたのだと悟った死神はゆっくりと地面に倒れた。
仮面が外れ、その下の顔が露になった。
キルバーンと呼ばれていた人形の頭部には黒の核晶が搭載され、顎から上は機械仕掛けの内部が見えていた。
モデルとなった死神の貌を見たポップがうめく。
「てめえは……!」
人工の褐色の肌や黒い髪はあるものの、顔は無かった。
人の顔から眼や鼻を無くしたような容貌である。
顔の無い存在――誰でもない者は第三勢力によく似ている。死神としか呼ばれていなかった点も同様だ。
「ボクには、わからない……生も、死も。だったら……機能(あゆみ)が止まっても変わらないかもね」
彼は人形なのだから、本物の死や生から切り離されている。
キルバーンと同じはずの機械人形は透徹した口調で言葉を紡ぐ。
「人形のキルバーンは、心があるみたいだったのに」
いくらピロロが本体だと言っても、四六時中演技を続けるわけにはいかない。
普段は自律的に行動しており、その意思はピロロの人格をコピーしたものだ。
死神も当初は製作者の組み込んだ人格によって動いていた。口調なども現在とは異なっていたが、ある時から変わった。
製作者がいなくなり、動く理由がなくなってから。
コピーにすぎない人形がミストと友情らしきものを築くのを見、オリジナルであるはずの死神の方が口調などを真似るようになった。
「そうすれば心や感情がわかると思ったんだけどねェ。そう上手くはいかないや」
溜息を吐くような音が生じ、身体が震える。
「あの人形には人間の心が芽生えていたのかな? だとしたら感動的だなぁ」
クスクスと笑った死神にポップが顔をしかめた。
アバンも同じ気持ちのようだ。
キルバーンは獲物の生命を刈り取る瞬間に、生と死を司る神の実感を覚えていた。
「あんな残忍な相手に心など――」
「残酷さや残忍さだって心に含まれるんじゃないの?」
ククッと死神が笑う。
うすら寒い感覚が背を走り、二人は身を震わせた。
「機械仕掛の神の計らいは……理解できないなぁ」
溜息をついた死神は最期に呟き、動かなくなった。
鎌を振るおうとした死神の腕が止まる。
腕が見えない何かで縛られている。
「不可視の糸は何と言えばよいのでしょうか? キルバーンの罠から発想を得たのですが」
極細の糸を使い、腕をからめとったようだ。
糸を刃として断ち切ったり攻撃を防いだりすることはできない。自由自在に操れるほど練達しているわけではなく、万能と呼ぶには遠い。
施政の息抜き――手慰み程度の修練しかしておらず、あくまで小手先の技術だ。
ただ、意表を突いて隙を作ることはできた。技や器用さを活かして立ち回るアバンの性に合っていたと言える。
動きを止められた敵へポップが高威力の呪文を放とうとした瞬間、死神は笑った。
近くに転がっている筒から光が漏れる。
二人の顔がこわばったのも当然と言えるだろう。メドローアが放たれたのだから。
「放出もできるんだよ。さっき言わなかったけどね」
わざわざ機能を解説したのも吸収を印象付けるため。弾き飛ばされた筒から注意がそれた隙をついて、もっとも強力な一撃を見舞おうとした。
「自分の呪文で消えなよ」
相殺は間に合わない。
「うわあああっ!」
「ポップ!」
アバンの叫びもむなしく閃光の矢は少年に直撃した。
消滅する運命の少年を見つめ、ほくそ笑んだ死神が動きを止めた。
ポップの口元には笑みが浮かんでいる。彼を守るかのように、胴すれすれの位置に光り輝く鏡が出現している。
「魔法反射――!?」
「はね返せぇっ!」
光が方向を変え、死神に襲いかかった。
彼は極大消滅呪文を逆手に取られる危険に気づいていた。
もし自分が敵で呪文の存在を知っていれば警戒し、策を練る。罠にはめることに快感を覚える相手ならば最大の呪文を叩き返し、高笑いするだろう。
また、強力な魔法の使い手に対して有効打になるかもしれない。
そのため、マホカンタを使いこなせるようになる必要があった。
彼は特訓の中でマホカンタを応用する技術を磨いていた。
迅速に鏡面を出現させることもそうだが、単に正面から来た魔法を跳ね返すだけでなく、異なる方向を狙い反射するすべを身につけようとしていた。
アバンが叫んだのも半ば演技だ。彼はポップの特訓の内容を知っていたのだから。
腕を固定されている死神はとっさに鎌で己の腕を切り離した。
かろうじてかわしたが、体勢は大きく崩れている。
「罠よ!」
切り離された腕が材料となって罠が発動したが、ポップは反射的に地面に転がっていた筒を拾い上げて巻き起こった炎を吸収した。
死神に投げつけたところを狙い、アバンがフェザーで破壊し、暴発させる。
炎が弾けて視界を遮ったが、紅の幕をなぎ払うかのように走った白色の光芒が死神の胴を貫いた。
今度こそメドローアを命中させたのだと悟った死神はゆっくりと地面に倒れた。
仮面が外れ、その下の顔が露になった。
キルバーンと呼ばれていた人形の頭部には黒の核晶が搭載され、顎から上は機械仕掛けの内部が見えていた。
モデルとなった死神の貌を見たポップがうめく。
「てめえは……!」
人工の褐色の肌や黒い髪はあるものの、顔は無かった。
人の顔から眼や鼻を無くしたような容貌である。
顔の無い存在――誰でもない者は第三勢力によく似ている。死神としか呼ばれていなかった点も同様だ。
「ボクには、わからない……生も、死も。だったら……機能(あゆみ)が止まっても変わらないかもね」
彼は人形なのだから、本物の死や生から切り離されている。
キルバーンと同じはずの機械人形は透徹した口調で言葉を紡ぐ。
「人形のキルバーンは、心があるみたいだったのに」
いくらピロロが本体だと言っても、四六時中演技を続けるわけにはいかない。
普段は自律的に行動しており、その意思はピロロの人格をコピーしたものだ。
死神も当初は製作者の組み込んだ人格によって動いていた。口調なども現在とは異なっていたが、ある時から変わった。
製作者がいなくなり、動く理由がなくなってから。
コピーにすぎない人形がミストと友情らしきものを築くのを見、オリジナルであるはずの死神の方が口調などを真似るようになった。
「そうすれば心や感情がわかると思ったんだけどねェ。そう上手くはいかないや」
溜息を吐くような音が生じ、身体が震える。
「あの人形には人間の心が芽生えていたのかな? だとしたら感動的だなぁ」
クスクスと笑った死神にポップが顔をしかめた。
アバンも同じ気持ちのようだ。
キルバーンは獲物の生命を刈り取る瞬間に、生と死を司る神の実感を覚えていた。
「あんな残忍な相手に心など――」
「残酷さや残忍さだって心に含まれるんじゃないの?」
ククッと死神が笑う。
うすら寒い感覚が背を走り、二人は身を震わせた。
「機械仕掛の神の計らいは……理解できないなぁ」
溜息をついた死神は最期に呟き、動かなくなった。