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「AnotherAttractionBC57-1」(2008/07/11 (金) 17:03:22) の最新版変更点
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「……良いんだぜ、オレは。無性に今暴れたい気分なんだ」
単騎でありながら、トレインは一睨みで候補生達を射竦めていた。
向こうの頼みは銃の一挺、しかし誰一人仲間や武器を頼りに出来ない。
「…武器を捨てなさい」
「撃てって言ってんだろ。このデカブツと一緒に殺してやるぜ」
トレインの目が鋭くなるのを止めて猫科猛獣の様に見開かれる。
これは怒りではない、瞼が視界を削るのを防ぐ為だ。つまりそれは、完全に戦闘状態に入った事を意味する。
リオンやアウトラウンド達がそれに気圧される中、しかしセフィリアも怪物も鉄面皮であり続ける。
「―――…一つ、言わせて貰うが」
怪物が、朗と響く声で緊迫に一石を投じる。
「俺達ははっきり言って、貴様らの喧嘩などに付き合い切れん。それほど暇な身体でもないのでな」
そう言ってゆっくりと、砲をトレインへと向ける。
同時に、彼の殺意とアウトラウンドの照星が一斉に怪物へと向く。
「ほう……一番に死ぬのはお前か」
「動けば撃つ」
「あの森でオレを撃ったろうが。……まさか今なら当たると思ってんのか?」
「お前に当てる事は不可能だ、ましてこうも開けていてはな」
トレインは全く動じない。しかし寧ろ追い詰められた筈の怪物もまた動じない。
「だが………お前の向こうの親子には当たるな」
トレインの言葉が、一気に止められた。今更になって、怪物とトレインを繋ぐ一直線上にマリア達が居る事を痛感する。
怒りや殺意も消えぬものの萎縮し、まるでカードを裏返した様に一瞬で追い詰められてしまった。
しかも運が悪い事に、この会話が遠すぎてマリア親子やリンスに届いていない。仮に警告すれば、この怪物はその時砲を放つだろう。
「てめえ…」
「クロノスも動くな。もし俺に撃たせたら、黒猫と完全に敵対するぞ?」
アウトラウンドの銃口が震えて止まる。だがそれでも、セフィリアだけは静かに繊手を掲げる。
それが示す手指信号は、『射撃用意』だ。
「――――セフィリア!!!」
「安心なさいハートネット、これは単なる保険です。私ならこの男に撃たせる前に斬れます」
空いた手が、す、と腰の佩剣に添えられる。
「…出来るのか? 貴様の位置は黒猫より遠いぞ」
「簡単な事です。一で両腕を斬り、二の前に両足を落とし、至る頃には両肩の二人も死なない程度に斬っています。
…………嘘とお思いでしたら引き金をどうぞ。すぐにでもご覧に入れましょう」
怪物のセンサーアイが、彼女の豹の様にしなやかな筋肉の挙措を捉えた。
呼吸は深いが一定、重心は気取られぬ様微かに前傾を保ち、脱力した筋肉はそれゆえの素早さを雄弁に物語る。
こうしている間にも、瞬き一つで跳んで来るだろう。
だがその結論を前に、怪物の唇から、くす、と苦笑が洩れる。
「止めておけ、徒労だ」
「……まさか…私に勝つ手立てが有るとでも?」
「……CT-WXを知っているか?」
緊張に空気が軋む中、妙な話が切り出される。聞き慣れぬ単語にセフィリアとトレインは眉を顰める。
「非公式に製造された軍用爆薬だ。爆発力は小さいものだが、発生熱量がずば抜けて高い。
並大抵の金属でも瞬時に気化する焼痍能力なので、国際法に抵触して結局全面廃棄されたが」
我が身の窮地を判っていないのか、一見理解不能の薀蓄をすらすらと並べた。
「…何が言いたい?」
「此処に来た時から既に、自爆装置のセフティを解除している。それだけだ」
「…嘘、ですね」
衝撃の告白に即刻否定を応じたのは、セフィリアだ。
「タイミングが余りにも悪いですよ。それでは交渉に於いて意味が有りません」
「それはブラフだった場合だ。それに、本来は殺傷用ではなく機密保持用だ。
そして、初弾は絶対止められん。俺の腕を切断してもな」
心中の動揺に応える様に、添えられた手が微かに震えた。
「ブラフを掛けたのはお前の方だったな、セフィリア=アークス。
…云って置くがお前達の挙動は俺のセンサーで完全に把握している、判るか?
あの親子を撃つのは俺ではない、お前達が俺に撃たせるんだ。そして情報も、俺と共に二人が蒸発するのでこれも無い。
後に残るのはクロノスがもう一人厄介な敵を拵えた事実だけだ。さあ、どうする?」
冷酷なまでの合理性だった。全てが見えない糸に絡め取られ、二人が頼みにしていた戦闘をこの怪物は全くさせないで居る。
何より恐ろしいのは、怪我人を抱えたまま囲まれても一切恐れを見せず逆に追い詰める冷徹さだ。
「俺を逃がせば誰も死なずに済む。しかし、撃ったが最後死体と禍根を大量生産する事になるがな」
スヴェンが口を挟まないのは、彼にも手の打ち様が無いからだ。
何が起こっているのかようやく気付いたリンスだったが、彼女もやはりどうする事も出来ず歯噛みするより無かった。
この怪物、戦闘力ではトレインとセフィリアに及ばなくとも、それを補って余りある身体能力と直感力が有った。
「…まずは黒猫、クロノスの尖兵共に銃を下ろさせろ」
「……何でオレに言う」
「決まっている、其処の女が今にも俺を撃たせようとしているからだ」
――――言葉を聞くや、セフィリアに目を向ければ確かに彼女の手は先刻の形を維持したままだ。
「何やってるセフィリア! 早く銃を下ろさせろ!!」
アウトラウンド達も下ろしたがっている、しかし彼女は構う事無く状況を静観している。
「成る程。一足で跳んで来るのは可能だとしても、それで俺を止める自信は初めから無いか。
嘘はいかんな、頃合いを見て引き下がらんと引き下がれなくなるぞ」
淡々とした言葉が、少しずつ落ちるギロチンの様に場を鋭く追い詰める。それを皮肉にも、先刻から全く不動のセフィリアが
証明していた。
「…はっ、自分で自分を追い詰めやがった。どうしようも無え大人だな」
怪物の肩に座る少年が、美女を皮肉った。しかしそれが正鵠を射ているのは言うまで無い。
「下ろせって言ってんだよ、セフィリア!!!」
遂にトレインの銃が彼女に向いた。怒りに震える銃口が、爆発寸前の活火山を連想する。
アウトラウンド達も泣きそうだったが、上司の指示では動きようが無い。
「……頼む姐さん、銃を下ろしてくれ。ただじゃ済まん数の死人が転がる事になるぞ!! 頼む!!!」
スヴェンさえも痺れを切らして懇願する。その胸のイヴに到っては、眼差しはすでに憎悪の域だ。
「―――お嬢!!」
セフィリアの背後から聞き慣れぬ男の声。彼女の部下であろうが、強そうな外見と裏腹にその貌は蒼白だ。
「お願いです、ここは堪えてやって下せえ!!! どうか、どうか!!!」
ナイザーも部下の前だと言う事も構わず土下座で頼み込む。事態は其処まで切羽詰っているのだ。
「良かったな、初めに言ったとおり場を支配しているのはお前だ。さあ、撃つな殺すなと好きにすれば良い」
どちらでもいいぞ、と暗に匂わせて怪物の微笑。
蝋人形の様に固まったセフィリアからは何も読み取れない。それだけに空気が軋んでいく、定動か決壊かを求めて。
深海の様な重苦しい時間がじりじり刻みで過ぎ行く。だが緊迫は岩山の様に其処にある。
最早呻き声一つ零れない、程度の差異こそ有れ誰もが彼女の采配に一つの結果を願っている。
「…いいでしょう」
場、よりも一斉に皆の胸中がざわめく。
挙げた手を横に払うと、ようやくアウトラウンド達が銃を下ろした。何人かはへたり込む者さえ居る。
「この場は貴方に譲りましょう、早急にお行きなさい」
静か、ではあるがアクセントに微量な苛立ちの棘。葛藤が故の結果だった。
「その程度には人間だった様だな、感謝する」
怪物の砲口は今も狙うきりだが、その返答に緊張の色は無い。
トレインも何か言いたいが、今現在には何であろうが蛇足であり、仕方なく複雑な感情を噛み殺す。
世は無常だ。強ければ強いほど、自分の無力を痛感する。
「―――おい!!」
爆ぜた声に皆が注目すれば、それは肩に乗った少年のものだ。しかも場の全てに投げ掛けられた声ではなく、スヴェンと共にいる
少女へと向けられたものだ。その証拠に、彼には彼女しか見えていない。
「どうだ!? これがお前が守るとか何とか言ってたモノの正体だ!!
こんなモノの為に其処までボロボロになる価値が有ったか!? 命を賭けるだけの理由が有ったか!?
……無いな! 絶対に無い!! お前はオレが殺す必要なんか無い、絶対こいつらに殺される!」
二人の間に何が有ったか判らないが、怒りと確信に満ちた弾劾は少女のみならずクロノス勢をも責め立てた。
「理由が無いか? いや、有るね。邪魔だと思うとか、寝返る可能性が有るとか、居ない方が都合が良いとか…
もしくは、そうだな………理由なんてどうでも良いが、とかな。
オレは予告するぜ。〝其処〟に居る限り、お前は後ろからも狙われる。そいつらはお前がどれだけ血を流したって有難うなんて
思わない。そいつらにとってお前は、ただのゴミか役に立つゴミかのどっちかだ。恩なんて絶対…!」
「其処までだ」
少年の長口舌を、定番の様に怪物が抑え込んだ。
「もう止めろ、これ以上は暴発させるぞ」
砲を構えたまま半身に引く。目の前で悠々と去りゆくこの件の実行犯達を見逃すのは誰であれ悔しい話だが、どうする事も出来なかった。
圧倒的優勢であるのにこの二重三重の敗北感、少年と怪物は期せずして彼らを敗北させていた。
「……全て丸く収まって何よりだ、それでは今度こそ失礼する」
話しながら、す、と上を見上げる。
―――その頃、クロノス本部オペレーティングルーム。
無数のコンソールに向かう同数のオペレーターの一人が短い悲鳴と共に席を立つ。
「…? ちょっと何? どうしたの?」
脇の先輩オペレーターが彼女の様を訝しむ。
「い、いえ……先輩、その…これ………」
彼女の受け持ちは衛星画像だった。だが今は、人工衛星から送られて来た画像を見る目に僅かな恐怖がある。
一体何かと思い、手を止めてそれを覗き込むと……
「……こいつ、見えてますよね……こっち…」
其処には俯瞰視点の怪物が映っていた。但しその顔だけは画面の向こうから睨む様にこっちに向いている。
仮にそうだとしたら、あらゆる偽装処置を施した世界最高レベルの人工衛星を地上で発見した事になる。
そしてその存在でも確認したかのように元に向き直り、
「今の内しか機会が無いので名乗っておく。
俺は星の使徒所属、汎用機甲化部隊『コンツェルト』総司令機、通称ファルセット。
今夜は雑兵どもをけしかけて済まない事をした、いずれは俺の本隊をお目に掛けよう。そしてその時は、俺もこうして逃げる事無く
正々堂々会い見える事を約束する。では、さらばだ」
と、同時に光学迷彩を起動させて―――…ずん、と響く激しい音。恐らくは宙に舞った。
セフィリアが目で追うと、形明らかならない塊が凄まじい速さで民家の屋根まで上り瞬く間に消える。
「急いで奴を追いなさい!! 全監視衛星を追尾モードにして、後詰めの部隊にも通達を…!!!」
だが、応答したオペレーターの声は泣きそうなほどだ。
『ダメです! 光学迷彩だけでなく多分何か別の機構も仕込まれてます!!
衛星が奴を画像で認識出来ません!! 各種センサー類も全部です!!! もしかするとガイストシステムの可能性も…』
―――ガイストシステム。またの名をコンプリート・ステルス構想。
未だ構想段階でしかない、この世に存在するあらゆる軍事的センサーを欺く完全な隠密機構だ。
これを見破る方法は動物的〝勘〟以外に無い。何しろ人間の五感すら欺く対象なのだ。
「………クリード…」
珍しく、声にほのめく怒りの温度。
かつて近しかった男は、次々ととてつもない怪物を作り出していた。
道、サイボーグ、そしてガイストシステム。どれもクロノスで現在技術化不可能の判を押されたものばかりだった。
悔しがってももう遅い。しかし失策でも驕慢でもない、クリードが想像を超える怪物で、あの怪物が想像以上に上手いだけだ。
ベルゼーに続き、彼女もまた深い敗北を噛み締めた。
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