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「月の勇者(サナダムシさま)」(2007/03/16 (金) 09:04:12) の最新版変更点
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滅亡寸前の王国があった。
魔王軍の侵略は苛烈にして執拗。すでに城は落ち、国土の大半が焼き尽くされた。
わずかながら逃げ延びた王族は、散り散りとなった兵と国民を集め、各地でささやかな
抵抗を展開する。いくらかの勝利こそ収めたが、戦況を覆すにはまるで至らない。
彼らの集落が発見され、総攻撃を受けてしまえばそれまで。まさに風前の灯。
しかし、彼らは希望を捨ててはいなかった。
王国に古くから伝わる一文。
『国亡びし時、異国より勇者現る。其の者、月を自在に操り、魔を打ち破るであろう』
王国にも月は浮かぶ。もし操ることが可能ならば、さすがの魔王軍とて一日と待たずに
壊滅するはず。もはや人々はこの伝承にすがるしかなかった。
幸い、王家の血を引く者には伝承に相応しい力が備わっていた。
──異界から無作為に生命を召喚する能力。
平時では使用を禁じられていた能力だが、今は一刻を争うときだ。王族たちは体力の続
く限り、召喚を繰り返した。
だが、出てくるのは期待に反して有象無象ばかり。ほとんどが使えない。時には戦士ら
しき人物が出現することもあったが、いずれもテスト役を引き受けた兵隊長にあっけなく
倒された。兵隊長を倒せなければ、とても魔王軍には歯が立たない。
こうしている間にも戦争は続き、指揮を振るった王族は続々と戦死、残されたのは若き
姫君たったひとりになってしまった。
姫は大変美しかった。気丈だが、だれでも分け隔てなく包み込む温かさをも持っていた。
彼女の健気なふるまいに、傷ついた国民はどれだけ励まされてきたことか。
姫がいる限り頑張れる。いつか必ず平和を取り戻せる。
人々は勝利を信じて戦い抜いたのだが、魔王軍は非情なまでに強大だった。皆が限界を
感じつつあった。
魔族による捜索も目前に迫っている。ひとたび大部隊が押し寄せれば、こんな集落など
呼吸をするよりたやすく粉砕されてしまう。
この遠からぬ未来を悟った兵隊長が、そっと姫に促す。
「姫、お逃げください。もう二日三日のうちに、奴らはここを嗅ぎつけるでしょう」
「どこに逃げるというの? 国中どこへ行こうと、いるのは邪悪な魔族ばかりよ」
「しかし……!」
「ここが滅ぶ時は、私が死ぬ時よ。今まで……ありがとう」
「ひ、姫……」
これまで後ろ向きな姿勢を見せなかった姫にも、諦めの色がただよう。十中八九、一週
間後には彼らはこの世にない。だが、まだ彼女の瞳には戦う意志が宿っていた。
「でも、私にも意地がある。最後の最後、あの力を使ってみるわ」
王家特有の召喚能力には限度があった。姫もまた生涯で使える回数をとうに使い切って
いたが、無理をすればあと一回くらいなら──。
「姫っ! なりませんっ!」
なめらかな肢体が発光する。
兵たちの制止を振り切り、姫は能力を行使した。
やはり制限を無視した反動は大きく、直後に姫は口から血を流して倒れてしまう。
「あぁっ……!」
「しっかりしてください!」
「姫様っ!」
大勢の国民が姫に駆け寄る。そして同時に、そこに先ほどまでいなかった男がいること
に気づく。
召喚は成功していた。
若い男だった。白を基調とした服に身を包み、たくましい気配を発している。
姫が命がけで呼び寄せた男。もし彼が勇者でなければ、王国の命運はここで尽きること
となる。
「ん? なんだ、おめぇたちは?」
きょろきょろと目を動かしながらも、男は平然としていた。心臓は大きいようだ。
さっそく兵隊長が歩み出る。姫の意地が生んだ成果をすぐにでも確かめねばならない。
「無礼は承知だ。おまえが勇者がどうか試させてもらう。一騎打ちを願いたい」
「……勇者? 意味がよく分からねぇが、戦えってことか?」
「いざ!」
鋼をも断ち切る剣が左右に踊る。が、鋭い剣閃を男は軽々とかわす。周囲からは思わず
歓声が上がる。
「くっ、やるな!」
「悪かねぇが、正直すぎるな。おめぇさんの攻撃はよ」
「ならば本気でゆくぞ!」
目を吊り上げ、兵隊長が大きく振りかぶる。一撃必殺狙い。
ピンチにもかかわらず、男は冷静だった。がら空きになった胸板に、強く握った拳を叩
きつける。
「……がっ! ぐはぁっ!」
兵隊長は後方へ吹き飛び、落ちた剣が地面に刺さる。持ち主は起き上がることなく、大
の字で白目をむいていた。
さらなる大歓声が沸き上がった。
「す、すげぇっ!」
「あの隊長が一方的に……!」
「いったいどんな武器を使ったんだ?!」
ギャラリーから飛び出た疑問に、勝利者は呆れながら返す。
「おいおい、俺はただ突きをぶち込んだだけだぜ」
これを聞き、人々の興奮は頂点に達した。
「あ、あれが月かっ!」
「姫様がついに勇者を呼んだんだ!」
「勝てる、勝てるぞっ!」
大いに盛り上がる国民を目に、幸い命に別状はなかった姫もにっこりと微笑んだ。
月を自在に操る勇者が、亡びゆく王国にようやく降臨したのである。
事情を知った勇者は、魔王軍との対決を決意する。
激戦に次ぐ激戦。月ならぬ突きの猛威に、恐るべき魔族たちがどんどん数を減らしてい
く。
人類と魔王軍の戦力差は一対九から、徐々に五対五となり、とうとう九対一にまで追い
つめた。
勇者降臨から約半年、ついに勇者と魔王が対峙の時を迎える。
「おめぇさんが魔王とやらか。なるほど、悪そうな面構えしてらぁな」
「待っていたぞ勇者よ。貴様、噂によれば月を使うらしいな?」
「おうよ。一日千本、稽古を欠かしたことはねぇ」
「面白い。だが快進撃もここまでだ、死ねっ!」
決戦開始。
鋭利な爪と牙、加えて口から吐き出される炎。魔王は強かった。
だが、勇者はさらに強かった。死を呼ぶ猛攻をかいくぐり、胸に渾身の突きを叩き込む。
「ぐおっ……。こ、これが月の威力か……!」
「まだまだ修業中の身だが、俺の正拳はいずれダイヤをも砕く。おめぇは特異な体に頼り
すぎて、鍛錬が足りなかったな」
「ふ、ふふふ……月だけでなく聖剣とはな……。み、見事だ……勇者よ……。ぐっ、ぐわ
ああぁぁぁぁっ!」
黒衣をその身にまとった悪の化身は、跡形もなく塵と化した。
そして全てに後始末がついた時、勇者は元いた世界へと消えていた。いつしか恋仲に落
ちていたあの姫君とともに……。
あれから時は流れ、勇者と名を改めた姫はひとつ屋根の下で生活している。
「おう夏恵、ひとっ風呂浴びてくるから蕎麦でも茹でてくんな」
「はいはい、お風呂から上がったら一緒に食べましょ」
お わ り
滅亡寸前の王国があった。
魔王軍の侵略は苛烈にして執拗。すでに城は落ち、国土の大半が焼き尽くされた。
わずかながら逃げ延びた王族は、散り散りとなった兵と国民を集め、各地でささやかな
抵抗を展開する。いくらかの勝利こそ収めたが、戦況を覆すにはまるで至らない。
彼らの集落が発見され、総攻撃を受けてしまえばそれまで。まさに風前の灯。
しかし、彼らは希望を捨ててはいなかった。
王国に古くから伝わる一文。
『国亡びし時、異国より勇者現る。其の者、月を自在に操り、魔を打ち破るであろう』
王国にも月は浮かぶ。もし操ることが可能ならば、さすがの魔王軍とて一日と待たずに
壊滅するはず。もはや人々はこの伝承にすがるしかなかった。
幸い、王家の血を引く者には伝承に相応しい力が備わっていた。
──異界から無作為に生命を召喚する能力。
平時では使用を禁じられていた能力だが、今は一刻を争うときだ。王族たちは体力の続
く限り、召喚を繰り返した。
だが、出てくるのは期待に反して有象無象ばかり。ほとんどが使えない。時には戦士ら
しき人物が出現することもあったが、いずれもテスト役を引き受けた兵隊長にあっけなく
倒された。兵隊長を倒せなければ、とても魔王軍には歯が立たない。
こうしている間にも戦争は続き、指揮を振るった王族は続々と戦死、残されたのは若き
姫君たったひとりになってしまった。
姫は大変美しかった。気丈だが、だれでも分け隔てなく包み込む温かさをも持っていた。
彼女の健気なふるまいに、傷ついた国民はどれだけ励まされてきたことか。
姫がいる限り頑張れる。いつか必ず平和を取り戻せる。
人々は勝利を信じて戦い抜いたのだが、魔王軍は非情なまでに強大だった。皆が限界を
感じつつあった。
魔族による捜索も目前に迫っている。ひとたび大部隊が押し寄せれば、こんな集落など
呼吸をするよりたやすく粉砕されてしまう。
この遠からぬ未来を悟った兵隊長が、そっと姫に促す。
「姫、お逃げください。もう二日三日のうちに、奴らはここを嗅ぎつけるでしょう」
「どこに逃げるというの? 国中どこへ行こうと、いるのは邪悪な魔族ばかりよ」
「しかし……!」
「ここが滅ぶ時は、私が死ぬ時よ。今まで……ありがとう」
「ひ、姫……」
これまで後ろ向きな姿勢を見せなかった姫にも、諦めの色がただよう。十中八九、一週
間後には彼らはこの世にない。だが、まだ彼女の瞳には戦う意志が宿っていた。
「でも、私にも意地がある。最後の最後、あの力を使ってみるわ」
王家特有の召喚能力には限度があった。姫もまた生涯で使える回数をとうに使い切って
いたが、無理をすればあと一回くらいなら──。
「姫っ! なりませんっ!」
なめらかな肢体が発光する。
兵たちの制止を振り切り、姫は能力を行使した。
やはり制限を無視した反動は大きく、直後に姫は口から血を流して倒れてしまう。
「あぁっ……!」
「しっかりしてください!」
「姫様っ!」
大勢の国民が姫に駆け寄る。そして同時に、そこに先ほどまでいなかった男がいること
に気づく。
召喚は成功していた。
若い男だった。白を基調とした服に身を包み、たくましい気配を発している。
姫が命がけで呼び寄せた男。もし彼が勇者でなければ、王国の命運はここで尽きること
となる。
「ん? なんだ、おめぇたちは?」
きょろきょろと目を動かしながらも、男は平然としていた。心臓は大きいようだ。
さっそく兵隊長が歩み出る。姫の意地が生んだ成果をすぐにでも確かめねばならない。
「無礼は承知だ。おまえが勇者がどうか試させてもらう。一騎打ちを願いたい」
「……勇者? 意味がよく分からねぇが、戦えってことか?」
「いざ!」
鋼をも断ち切る剣が左右に踊る。が、鋭い剣閃を男は軽々とかわす。周囲からは思わず
歓声が上がる。
「くっ、やるな!」
「悪かねぇが、正直すぎるな。おめぇさんの攻撃はよ」
「ならば本気でゆくぞ!」
目を吊り上げ、兵隊長が大きく振りかぶる。一撃必殺狙い。
ピンチにもかかわらず、男は冷静だった。がら空きになった胸板に、強く握った拳を叩
きつける。
「……がっ! ぐはぁっ!」
兵隊長は後方へ吹き飛び、落ちた剣が地面に刺さる。持ち主は起き上がることなく、大
の字で白目をむいていた。
さらなる大歓声が沸き上がった。
「す、すげぇっ!」
「あの隊長が一方的に……!」
「いったいどんな武器を使ったんだ?!」
ギャラリーから飛び出た疑問に、勝利者は呆れながら返す。
「おいおい、俺はただ突きをぶち込んだだけだぜ」
これを聞き、人々の興奮は頂点に達した。
「あ、あれが月かっ!」
「姫様がついに勇者を呼んだんだ!」
「勝てる、勝てるぞっ!」
大いに盛り上がる国民を目に、幸い命に別状はなかった姫もにっこりと微笑んだ。
月を自在に操る勇者が、亡びゆく王国にようやく降臨したのである。
事情を知った勇者は、魔王軍との対決を決意する。
激戦に次ぐ激戦。月ならぬ突きの猛威に、恐るべき魔族たちがどんどん数を減らしてい
く。
人類と魔王軍の戦力差は一対九から、徐々に五対五となり、とうとう九対一にまで追い
つめた。
勇者降臨から約半年、ついに勇者と魔王が対峙の時を迎える。
「おめぇさんが魔王とやらか。なるほど、悪そうな面構えしてらぁな」
「待っていたぞ勇者よ。貴様、噂によれば月を使うらしいな?」
「おうよ。一日千本、稽古を欠かしたことはねぇ」
「面白い。だが快進撃もここまでだ、死ねっ!」
決戦開始。
鋭利な爪と牙、加えて口から吐き出される炎。魔王は強かった。
だが、勇者はさらに強かった。死を呼ぶ猛攻をかいくぐり、胸に渾身の突きを叩き込む。
「ぐおっ……。こ、これが月の威力か……!」
「まだまだ修業中の身だが、俺の正拳はいずれダイヤをも砕く。おめぇは特異な体に頼り
すぎて、鍛錬が足りなかったな」
「ふ、ふふふ……月だけでなく聖剣とはな……。み、見事だ……勇者よ……。ぐっ、ぐわ
ああぁぁぁぁっ!」
黒衣をその身にまとった悪の化身は、跡形もなく塵と化した。
そして全てに後始末がついた時、勇者は元いた世界へと消えていた。いつしか恋仲に落
ちていたあの姫君とともに……。
あれから時は流れ、勇者と名を改めた姫はひとつ屋根の下で生活している。
「おう夏恵、ひとっ風呂浴びてくるから蕎麦でも茹でてくんな」
「はいはい、お風呂から上がったら一緒に食べましょ」
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