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「三十日目~ 55-3」(2008/03/21 (金) 00:31:46) の最新版変更点
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故郷への帰り道である穴ぼこに、おそるおそる足を踏み入れる。穴の中には文字通りの
暗黒が、視界一杯に広がっていた。
あわてて振り返るも、穴は跡形もなく消え去っていた。
「ちっ、入ったらすぐに東京に着くんじゃねぇのかよ」
どこかに出口はないものかと、加藤は周囲を見回す。
すると、一点に針の先ほどの光が灯っていた。出口だろうか。いや、さらに目を凝らし
てみると──。
「来たぞッ!」
「マジで武神を倒してのけたか!」
「おめでとうッ!」
光が差す方向から、祝福の声が無数に上がる。
「て、てめぇら……マジかよ」
目を凝らしてみると、かつての敗者、すなわち試練を務めた者たちが整列して加藤を待
ち構えていた。
リアルシャドー体である戦士たちが、加藤を嬉しそうに小突く。
「幻影である我々だが、いつの日か実体化を許されたならば、真っ先に君に挑ませてもら
う」
「期待しないで待っておくぜ」
軍神の使いである四名。角刈りのリーダーが、部下に命令を下す。
「偉大なる兵士に敬礼ッ!」
よく訓練された、息の揃った敬礼が捧げられた。
『ナイトメア』の異名を誇る幻術師のピエロも、おどおどしながら加藤を祝う。
「いやはや、おめでとうございます。まさか武神を倒してしまいなんて……」
「これもおまえの夢じゃないことを祈るぜ」
ピエロに別れを告げた加藤に、突如巨大な剣が振り下ろされる。刃は鼻先をかすめ、地
面に落ち、凄まじい轟音を鳴らした。
「ふん、さすがに動じないか」
「てめぇ、たしか井上をさらった奴だったな」
甲冑は心底悔しそうに、自らの心境をぶつける。
「あのレディが泣きわめく姿を是非この目に焼きつけたかったよ。もっとも敗れた私にそ
のような権利はないがな。……行け」
三人組が立っていた。コンビネーションと変則的な体質で加藤を苦しめた、『赤』『黄』
『青』のトリオである。
「我らが主を倒したあなたに、もはや託すべきことはありません。武運を祈っております
よ」
「てめぇは強ぇ。悔しいが、ここにいる全員が認めてるぜ」
「うむ」
さらに進むと、ベレー帽を被った芸術家が、作品である土人形を紙人形を従えて待ち受
けていた。
「井上さん、だったかな。あのおじょうさんは実にビューティフルでエクセレントだった
よ。君になど勿体ないくらいに、ね」
(あれ……こんな奴いたっけ?)
「せいぜい愛想を尽かされぬよう、気をつけることだ」
「あ、あァ……」
怪訝そうに返事をするのが精一杯であった。結局最後まで、加藤は芸術家が誰だか分か
らなかった。
「おめでとうございます、加藤さん」
今度は下から声が聞こえた。首を下に向けると、毛虫のような生物が、サイズに似合わ
ぬ大声で話しかけてきた。
「私です。井上さんに寄生させてもらっていた者ですよ」
「てめぇか! おまえにゃ世話になったもんな、なんならここで踏み潰してやろうか」
「ま、ま、待って下さいよ。私にもいわせて下さい、おめでとうございますと」
「……ふん」
こうしている間に歩は進み、光がだんだん大きくなってきた。次いで現れたのは、武神
直属のエリート部隊であった。
技に秀でた若者、力に秀でた老人、ゲームで加藤に挑んだ少年、闘争を極めた精鋭。彼
らは一斉にひざまずき、代表として精鋭が全面降伏を告げた。
「我々一同、貴公に敗れ、仕えるべき神をも失った。一片も淀みもなく、貴公の完全勝利
だ。今後は是非貴公を師と仰ぎたく──」
「断る」
「え……ッ」
「俺ァよぉ、まだ免許皆伝だってしてねぇんだ。師になんかなれっかよ。神がいなくなっ
たらどんだけヤバイのかは知らねぇが……俺を頼るな」
きっぱりと拒否された四名は、声を殺して嗚咽する。拠り所を失った彼らが再起するに
は、自力で立ち上がるしか方法はない。
魔法使いは意外にも、さわやかな笑顔で話しかけてきた。
「素手の脅威を、武の強さを、君には教えられた。今では私も体を鍛えているよ」
「……体を?」
まるで自慢するかのように、嬉々として握力を鍛える器具と万歩計を見せつけられ、加
藤は苦笑いする。
「ま、まぁ……頑張れや」
風神と雷神は泥酔していた。日本酒と焼酎が入り混じった息を吐きかけてくる。
「ふぅ~ゲェップ。おう、よくぞあやつを倒した。ま、座りなさい」
「いいじゃろ一杯だけじゃ、一杯だけ。がっはっはっ」
むろん、加藤は黙殺した。
やかましい二人の神を通り過ぎると、死神の使いが無表情で佇んでいた。
「まったく驚かされたよ。あの武神を倒してのけるとはな」
「驚くこたねぇ、当然だろ」
「もしもおまえが死んだら、また戦いたいものだ」
「……出来れば遠慮しとくぜ」
ふと前を見ると、もう出口の光が目前のところまで来ていた。
光の両サイドを仁王のように固めているのは、巨大な城と竜。迫力が二乗されている。
「殺してやる、殺してやるぞぉ! いいか、おまえは絶対ろくな死に方はしねぇ、いいや
ろくな生き方すらできねぇ! この俺様の手によってなぁ! ヒャッヒャッヒャッ! 地
獄の方がマシだってくらいの目に遭わせてやるぞぉ! 必ずなッ!」
鎖で全身を拘束されているにもかかわらず、猛りまくる邪神。おそらく、再び拘束が解
かれることはない。本人も分かっているだろう。
加藤は邪神の前に立ち、拳を構えた。
「ろくな生き方ができねぇ? 地獄のがマシだァ? 上等だよ、望むところだ」
「ククク、いい目だぁ! ヒャッハッハッハッハ!」
邪神の笑い声を背に、ついに加藤が光の先に足を踏み入れる。
そして最後に駆けつけたのは──
「おまえ……」
──隻眼の虎だった。
たしかに死んだはず。肉を喰らったはず。しかし、現に目の前にいるではないか。
加藤は自らが名づけた戦友の名をそっと呼んだ。
──いざ東京へ。
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