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「モノノ怪~ヤコとカマイタチ~ 54-2」(2008/02/29 (金) 23:25:29) の最新版変更点
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小さい頃、桂木弥子は妖怪や化け物というものに興味が有った。
きっと当時流行っていたアニメの影響も有るのだろう。
一反もめんはきしめんみたいだとか。
ぬりかべはコンニャクみたいだとか。
小豆洗いの小豆はあんなに大事に洗っているのだからきっと美味しいんだろうとか。
豆腐小僧の豆腐はあんなに大事に持っているのだからきっと美味しいんだろうとか。
そんなことを考えるのがとても好きだったのだ。
だから。
ヤコは『カマイタチ』も知っていた。
「カマイタチってええと、たしか」
ふと呟くと薬売りを始め皆がヤコを見た。
「たしか三人兄弟で、一番目が転ばせて二番目が斬って、三番目が血止めの薬を塗るっていう……、
あのカマイタチですか」
薬売りが少しだけ表情を和らげる。
「ええ。そのカマイタチ、ですよ」
ヤコは倒れているご主人と、次いでまだ唖然としている安藤たちを見る。
深く裂けているのにまったく血の出ない傷口。
火事で焼け死んだ三兄妹。
その火事に何かしらの縁(えにし)のある安藤たち。
それらがこの物の怪の『形』を示しているということか。
「まずは―――あんただ」
薬売りは横に持ったままの退魔の剣を中村に突き出す。
「さあ、あんたの『真(マコト)』と『理(コトワリ)』を」
「ちょっと待ってくれ、薬売りさん」
他のものより早く我に帰ったらしい安藤が口を挟む。
「この物の怪はあの兄妹だってんだろ?
確かに俺も女将も中村さんもあの火事に少しは関わり有るさ。
けどこっちのお嬢ちゃんたちはどうなんだい。
しょっちゅう来るわけでもないだろ、京都なんか。ただの観光客じゃないか」
安藤はヤコたちを示す。確かに、ヤコも叶絵もこのあたりに来ることは初めてだ。
「こちらのご婦人方は―――」
薬売りはヤコと叶絵を見る。叶絵がヤコの袖を引っ張った。
どうしようこっち見たわヤコ、などと言えるようになったあたり叶絵もこの事態に順応してきているらしい。
流石はヤコの親友である。
「ただの……おのぼりさん、ですよ」
「ヤコ、やっぱり良い声だわ薬売りさん!」
……どうやら叶絵の脳髄に届いたのは言葉の内容ではなく薬売りの美声のみだったらしい、とヤコは思った。
「つまりこっちのお姉ちゃんたちは無関係ってか」
「おそらくは」
「じゃあ俺らだって無関係だろう!なあ中村さんよ」
安藤は苛立ちを見せる。
ヤコだって訳が分からないのだからいきなり物の怪に縁があるといわれても戸惑うだけだろう。
「お、俺はただ、通りかかったら火事だったから周りに人も居なくてただ消防に」
中村はうずくまって頭を抱える。
と。
りん、と中村の近くで音がした。一番近くにある天秤が傾いていた。
―――物の怪との距離を測るための、天秤。
「ひッ」
中村が飛びのくと今度は中村のポケットから軽妙な音楽が流れてきた。
「う、うわあ……け、携帯か」
中村は胸をなでおろして携帯電話を取り出そうとする。非常時に日常のことが起きると安心するのかもしれない。
思わずびくりとしてしまったヤコも安堵しながら中村を眺めていると、叶絵が袖を引っ張った。
「―――ねえ。おかしいよ……この部屋の外には物の怪がぐるぐる回っているんでしょ?
つまりいつもと隔離された状態ってことよね?だったら着信なんてあるものなの?
おかしいって。―――あたしの携帯はさっきから圏外どころか電源すら入らないのに!」
ヤコが自分の携帯が全く起動しないことを確かめるのと中村が携帯を取り落とすのはほぼ同時だった。
349 名前:モノノ怪~ヤコとカマイタチ~ [sage] 投稿日:2008/02/29(金) 23:17:34 ID:0atbx8Aw0
その携帯は何かの動画が流れていた。普通の携帯ではありえないぐらいの音量でパチパチと音がする。
「これは」
薬売りが目を細めて携帯画面を睨む。激しく燃え盛る古いアパートがそこには有った。
「い、いいだろ別に火事携帯で撮ったって!犯罪じゃないんだから!」
中村は頭を抱えて喚く。よろりと立ち上がり、後ずさりして皆から離れようとしているようだ。
「誰も、悪いとは言ってはいませんよ」
薬売りは片眉を上げ低く言う。
それでも中村はうろうろとしながら喚き続けた。
「た、たかが30秒くらいじゃないか!ちゃんと俺は消防に連絡したんだ、……この後すぐに!!」
『あー……こりゃ凄いや、そろそろ通報しないとやばいかなあ』
動画の向こう側の中村の声が、部屋に大きく響いた。
「あ、あなたはまさか」
有り得ない、とヤコは思う。そんなことが有る筈は無い。
「消防に連絡する前にこの動画を?」
「知らなかったんだって、人が残っているなんて!知ってたら直ぐ通報したよ!
あのアパートほとんど人いなかったしとっくに逃げたと思ったんだって!」
中村は喚きながら壁際をうろうろと歩く。
―――中村の歩くペースにあわせて近くの天秤が次々と傾いていることを、彼は気がついていない。
「大体たかが30秒じゃ早く消防呼んだって変わらねえよ!死んだ親子は可哀相だったけど仕方ねえだろ!」
確かに仕方ないとはヤコも思う。
火事は中村のせいではないし確かに消防が30秒早く来てもあまり事態に変わりは無いだろう。
けれど。……だけれども。
とっくに動画が終わったはずの携帯からは中村の声が続いていた。
『この間の火事のさ、ムービー見る?』
『そうそう、四人死んだやつ。無理心中だって?怖ええよな』
『このムービーこないだニュースでやったんだぜ、提供俺、みたいな』
『つーか消防呼んだの俺だぜ、凄くね?』
幾つも続く中村の声。中村がこの火事の動画をどう扱ったのかは明白だ。
「だ、だって仕方ないだろ」
中村はよろよろと襖に近づいて手をかけた。彼はこの部屋の何から逃れようとしているのだろう。
「すぐ消防来たら他に野次馬来ちゃうだろ!
折角一番だったんだし周りに誰も居ないし中に人が居るなんて知らなかったからちょっとくらい俺は一人で―――」
再び。
中村が襖を開けるのと喉が裂けて空気音を発しながら倒れるのと、薬売りが片手を一閃して襖を閉じるのはほぼ同時だった。
薬売りは倒れた中村には目をくれず女将を見る。
「次は―――あんただ」
薬売りは、横に持ったままの退魔の剣を女将へと向けた。
〈続く〉
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