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《THE LAST EPISODE:The whirlwind is in the thorn trees》
大きく構えを取るアンデルセンに向かい、防人は無造作に、放胆にその間合いを詰めていく。
フットワークを使って華麗に追い詰めるのではない。制空圏侵入を警戒しながらジリジリと
詰め寄るのでもない。
ただ“歩いている”だけだ。
「クククッ……!」
最早アンデルセンは歓喜の笑いを隠そうともしていない。
眼前の戦士が己の刃の射程内に入ってくる事が待ち遠しくて堪らないのだ。
『この無手の男が、徒手空拳の敵が、これまでの人生で最高の闘いを以って楽しませてくれる』
防人の全身から発せられる殺気が、アンデルセンにそう確信させているのだ。
『ともすれば自分はこの不倶戴天の仇敵に愛おしさすら感じているのかもしれない』
そんな有り得ない錯覚を起こさせる程に、こちらへ向かってくる“武装錬金を持たない錬金の戦士”が
ある種、魅力的に見えるのだろう。
「さあァ、来い!」
果てを知らない昂ぶりを覚えるアンデルセンの咆哮。
つと防人が重心をやや前方に移す。
そこまではアンデルセンにも確認出来た。
にも関わらず――
「ブはァ!」
――アンデルセンは顔面に火花が散らんばかりの衝撃を覚え、大きく仰け反った。
瞬時に懐に飛び込んだ防人が、アンデルセンの鼻っ柱に強烈なストレートを叩き込んでいたのだ。
ノーモーションどころではない。
踏み込みも、予備動作も、攻撃動作も、撃ち終わりも眼に止まらない。
まるで時間の流れが一部切り取られ、吹き飛ばされたかのような驚異的速度の拳である。
防御のみに特化された武装錬金を持ち、攻撃面はすべて身体能力を向上させる事に血道を
上げ続けた防人の面目躍如といったところか。
しかし、アンデルセンにしても身体能力は人間のレベルを大きく凌駕している事実を忘れてはならない。
「おのれィ……!」
鼻孔から大量の鼻血を撒き散らしながらも、アンデルセンは強引に体勢を立て直す。
そして間合いに入り込んだ防人を薙ぎ払うように両の銃剣を振るった。
「シィイイイアアアア!」
銃剣が空を斬る。
消えた。
防人が消えた。
少なくとも火渡と千歳の眼にはそう映った。
だがアンデルセンは辛うじて眼の端に映った影を逃さない。
「上か!」
顔を上げれば、防人が今まさに天井に到達したところだ。
「ウォオオオオオオオオオオ!」
雄叫びと共に天井を蹴ると、防人の身体は砲弾の勢いで射出された。
蹴られた天井は粉々に砕け散り、その破片は間欠泉のように上階へ押し上げられる。
眼下のアンデルセンへ流星の如く高速落下する防人。
更には半ばでクルリと身体を回転させ、狙うアンデルセンに向けて右脚を突き出した。
「流星! ブラボー脚!!」
迎撃は――間に合わない。
回避は――間に合わない。
アンデルセンは両腕を十字に組み、防御に徹する構えを見せる。
そして防人の蹴りがアンデルセンに炸裂した瞬間、彼が立つ廊下はクレーターのように大きく陥没した。
「ヌゥオオオオオアアアアア!!」
両腕の筋肉が潰れ、骨が鳴る。
だが、それよりも先に廊下が音を上げた。
激しい破壊音を立ててアンデルセンの周囲の廊下が崩れ落ち、パックリと口を開けた大穴に
二人は消えていった。
下から連続して破壊音が響いてくる事から推して、二人は次々に廊下を破壊し、より下の階へ下の階へと
落ちていったのだろう。
「……」
火渡は二人が消えた大穴を眺めながら、無言のままでしゃがみ込んでいた。
自分がすべての力を出し切っても倒せなかった“強大”な敵。
その敵をほぼ圧倒する形で攻め立てた“非武装”の仲間。
「何でだよ……」
二人共、破壊の限りを尽くして自分の前から消えていった。
自分の手の届かぬ場所へ。自分では辿り着けぬ場所へ。
「何でだ! 何で俺じゃねえんだよ! 何でオマエなんだよォ!!」
火渡は廊下に額を強く打ちつけた。何度も。何度も何度も。
己の弱さ。防人の強さ。
何が足りなかったのか。何が違ったのか。
嫉妬。羨望。無力感。そして、己への怒り。
「チクショウ……!」
額から滴る血が眼に入り、まるで血涙のように瞳から流れ落ちる。
例え、そこに本物の涙が混じっていても余人には見分けはつかないのだろう。
「火渡君……」
千歳は少し離れた場所に座り、火渡の様を見つめている。
己の非力を嘆くのは理解出来る。自分にも覚えのある事だ。
だが――
何故、救援に入った防人を責めたのだろう。
何故、攻勢にある防人を喜ばないのだろう。
理解出来るような気もする。理解出来るようで理解出来ない。
可能ならば理解して共感してあげたい。
大切な仲間なのだから。
そう考える千歳であったが、おそらく火渡の、否、男の感情を真に理解する事は不可能だろう。
男の心は岩のように硬い。女がそれを窺い知る事は決して出来ないのだ。
千歳はふと我に帰り、慌ててズボンのポケットを上から押さえた。
痛みを堪えつつポケットに手に入れ、中を探る。
中から掴み出した物は、一枚の茶色い小さな封筒。
もうだいぶ皺だらけになっていたが常に肌身離さず持ち歩いていた。
任務を告げられた際、照星から託された物だ。
『あなた一人の時に読んで下さい。そして、そこに書かれてある事を必ず実行するのです。いいですね?』
中身は受け取ってすぐに読んでいたものの、その内容に千歳は多重な意味で驚きを禁じえなかった。
照星の機知に感心した一方、己が背負った責任感に恐怖感すら覚えたものだ。
しかし、今は違う。
火渡は命を懸けて、命を燃やして闘った。
防人は武装錬金を解除し、危険極まりない闘いを自らに強いている。
ならば自分は?
彼らの仲間であり、照星部隊の一員である自分はどうするべきか?
(私も、やらなきゃ……)
手紙を握り締め、千歳は匍匐前進を始めた。
武装錬金を無効化する聖遺灰の及ばぬ場所へ移動しなければならない。
“それ”は千歳にしか出来ない事。
瞬間移動を特性とする“ヘルメスドライブ”を持つ千歳にしか出来ない事なのだ。
(私もやらなきゃ! 私にしか出来ない、私の務めを!)
両脚が利かない状態で、腕の力のみで少しずつその場から離れていく。
やがて、千歳はかなりの時間を掛けて、自分達が進んできた廊下の端まで到達した。
振り返ると、火渡は未だ顔を伏せたまま動こうとしていない。
千歳は出来うる限りの声を上げて、離れた火渡に呼び掛けた。
「ひ、火渡君……!」
火渡は振り向かない。返事すらしない。
「少しだけ待ってて? すぐに、帰ってくるから……!」
自分が発した言葉に強い“希望”を込め、そしてまた、その希望を胸に――
ヘルメスドライブを発動させた千歳は、ペンタブを繰った。
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