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《EPISODE7:The hairs on your arm will stand up at the terror》
「The same blue sky in a strange new world...Spinning round,turning round,spinning round...」
薄暗がりの中、呟くような不気味な歌声が低く響き渡っている。
それは、60年代に活躍したとされる“とされる”ミュージシャン崩れのテロリストが歌っていた曲だ。
歌声の主はNew Real IRAのリーダー、パトリック・オコーネル。
ギャラクシアン兄弟のアーマー市警察署襲撃、アンデルセン神父の出現、協力者の電話による激昂。
これらの出来事があった、彼にとっての馬鹿げた呪いの日から一夜が明けていた。
協力者からの電話以来、彼は言葉少なに本拠地(ホーム)の防備を固める命令を下し、あとは自室に
引きこもって歌ってばかりいる。
やがて歌声が途切れ、会話が始まった。
「パトリック、言われた通り“シャムロック”は地下にブチ込んでおいたぜ」
「ああ。ご苦労、コリン。あのクソッタレの協力者が寄越した化物だからな。まあ、念には念を
入れておいて損は無いだろう」
“不景気”と形容するのがピッタリな陰鬱な顔で報告する副官のコリンとは対照的に、
パトリックの答える声はひどく余裕に溢れている。
だが不景気な顔のコリンは、なおも不景気な声で続ける。
「手錠と鎖で何重にも縛りつけておいたから大丈夫だとは思うが……。一応、見張りも
二人程配置してある。MkⅤを持たせてな」
“ウェザビーMkⅤ”
アメリカ製。全長111.8cm・重量2.95kg。
対生物用ライフル弾としては最強クラスの威力を誇る.460WbyMag弾を使用。
反動もまた凄まじく、対戦車ライフルを除けば、人類がぎりぎりどうにか一人でまともに
扱える最強のハイパワーライフルである。
が、それでもホムンクルスに通用するかどうか。
「そうか。少しでもおかしな動きをしたら頭部に集中砲火しろと伝えておけ。殺す事は出来ないまでも、
頭を砕けば行動不能には出来る」
パトリックの指示は的確なものであったが、コリンはその指示に答えず彼に質問をぶつけた。
強大な力に晒される事が常の“持たざる者(テロリスト)”にあるまじき質問を。
「なあ、パトリック……。俺達は一体どうなっちまうんだ? ウィリアムとノエルは死んじまったし、
協力者は信用出来ねえ。おまけにいつ暴れ出すかもわからねえ化物を抱え込んじまって……。
極めつけはあの神父だ。あんなの相手に勝算はあるのかよ……?」
「お前は死ぬのが怖いのか?」
同じように質問には答えず、質問で返すパトリック。
「……」
コリンは沈黙を守っている。
パトリックもまた何も言わず、彼を見つめている。
その時、ノックも無しに三人の男が室内にズカズカと入ってきた。アーマー市警襲撃の際に
撮影班を務めた三人だ
随分と鼻息が荒い。
「何の用だ」
パトリックはうるさそうに耳穴をほじる。
三人の代表らしき大男が進み出て、自分達の首領に詰め寄った。
「アンタにゃ悪いが、俺達はこの辺で抜けさせてもらうぜ」
「何故?」
事も無げに問い掛けるパトリックに対し、大男が呆れ半分怒り半分に答える。
「何故って……。アンタもその眼で見ただろ!? あの神父の化物っぷりを!
俺達ァ、その場にいたんだぞ! いつ死んだ振りがバレるかと生きた心地がしなかった……」
大男の身震いは決して大げさではないだろう。
大勢の武装警察官をまるで問題にしなかった化物。その化物をいとも簡単に屠り去った化物と
同じ空間にいたのだ。
しかも“ソレ”は自分達全員を標的にしている。
「とにかく抜けさせてもらう。そもそも俺達はReal IRAからだ。アンタの子飼いの連中とは違うしな。
警察や英軍が相手ならまだいいが、あんな化物の相手はごめんだ!」
「そうか……。残念だ」
パトリックは悠然と指を鳴らした。
パチンという音とほぼ同時に、凄まじい轟音が部屋にいる全員の耳を劈く。
「があッ!」
背中が赤く弾けた大男は悲鳴、いや断末魔の叫びを上げて倒れた。即死だろう。
「なっ……!?」
残された二人が振り返ると、メンバーの一人がいつの間にか三人の真後ろでライフルを構えている。
それだけではない。次々に、いわゆる“パトリック子飼いの部下達”が大口径のライフルや
ショットガンを構えて入ってきた。
その中には唯一の女性メンバーである少女ブリギットの姿がある。
小柄な彼女だけは比較的軽量な“AR-18”アサルトライフルを構えている。
だがAR-18はIRAの武装闘争初期から使われ続けている、いわばシンボルだ。
メンバー達は物も言わず、迅速に残りの二人を射殺した。
だが射撃を止めようとしない。屍体となった三人をなおも撃ち続ける。
腕や脚、頭部が破片となって飛び散り、三人は徐々に人間の形状から掛け離れた存在になっていく。
その様子に笑みを浮かべながらパトリックは静かに言い放つ。
「よく“撃ち捏ねておけ”。形も残らず、ミンチになるまでな。闘志を無くし、愛国を忘れた
アイルランド人の埋葬は狗(イヌ)の餌が相応しい」
そして思い出したように己の副官の方へ振り返った。
「お前もだ、コリン。長い付き合いだったな」
「ひいッ……!」
彼らは声も出さず表情も崩さず、裏切り者を肉片に変えるべく銃を撃ち続けている。
彼らが恐れるのは首領のパトリックだけだ。パトリックに殺されるのは怖いが、
英国人やユニオニストやプロテスタントと闘って死ぬのは怖くない。
それは“人間同士”の闘争に限った事かもしれないが。
彼らの兇行は彼らだけではなく、パトリックの性質も如実に表している。
昨日降り掛かった厄災を以ってしても、“彼の闘志を衰えさせる事は出来ない”。
その様はどんな敵にも敢然と立ち向かう猛獣のようだ。
否、もっと正しい例えがある。彼は“蟻”だ。女王蟻の為に餌を探す働き蟻だ。
皆無に近い知能と、痛みを感じない下等な身体と、虫同士の体積比としてはトップクラスの
力強さを持つ蟻だ。
恐れも、苦痛も、死すらも知覚せず、ただ“目的”に向かって行進する。
障害物や外敵も意に介さず、飢えや傷も意に介さず、
誰かが死んでも意に介さず、自分が死んでも意に介さず、
ただ“目的”に向かって、“死”に向かって行進し続ける。
それは彼の部下達にも当てはまる。
ヴァチカン第13課だけではない。彼らもまた“狂信者”なのだ。
彼らにとっての十字架とは“アーマライトAR-18”、
彼らにとっての祈りとは“武装闘争”、
彼らにとっての救い主とは“首領パトリック”、
彼らにとっての神の御国(イェルサレム)とは“統一アイルランド”。
彼らも彼らも彼らもすべて同じ種の生物だ。そんな彼らを判別する“掟”がある。
人間界のみならず、自然界さえも支配する最も原始的な掟。
それは“強さ”だ。
しばらくして、幾重にも織り成される銃声に電子音が混じり始めた。
「撃ち方やめ! やめだ! 電話が鳴ってる!」
メンバー達はパトリックの合図で一斉に銃撃を止めた。
それを確認すると、パトリックは携帯電話を取り上げながらメンバーの一人に命令を下す。
「ザック、今日からお前が副官だ! 屍体を片付けておけ!」
部下の返事を待たず、通話ボタンを押して難聴気味の大声で話し始める。
「誰だ!?」
『私だよ、パトリック君』
この気取った声。例の協力者だ。
『昨日は失礼した。柄にも無く興奮してしまってね』
「いや、別に気にしていない」
『そうか、それは良かった。それで今後の事なのだが……。実はこれからそちらへ伺おうと思う。
今から48時間以内にはそちらに到着する予定だ』
「ああ、結構だ。歓迎するぜ」
『それはありがたい。私や君達のこれからについてじっくりと語り合おうじゃないか』
「これからか……。そうだな、その方がいい」
『ああ、そうそう。ひとつ注文があるんだ……。贅沢を言うようで悪いのだが、アイリッシュコーヒーは
飲み飽きてしまってね。出来れば紅茶(ティー)を用意しておいてもらいたいな。
アーマッドかウィタード・オブ・チェルシーが好みなのだが』
「わかった。用意しておこう」
『ありがとう。では失礼する』
パトリックは電話を切ると、心底楽しそうに笑った。
“まずは一人”
「テメエが来るのを楽しみに待ってるぜ。ただし、御馳走するのは紅茶なんかじゃねえ。
とびきり上等な鉛玉だ……」
「屍体の山を眺めながら飲む紅茶もオツなものかもしれんな。フフフ……」
“協力者”と呼ばれた男は携帯電話をデスクの上に置くと、鏡の前でネクタイを締め始めた。
さほど広くはない部屋にはあるのはデスクとソファ。眼を引くのは壁一面の巨大なクローゼットだ。
「やはり理想だの理念だのを掲げるアマチュアは使えんな……。我が組織もそんな輩でいっぱいだ。
まったく嘆かわしい……」
ブツブツと独り言を呟きながら、ネクタイのバランスを入念にチェックする。
ようやくネクタイの締め具合に納得したのか、クローゼットから丁寧にプレスされた
スーツのジャケットを取り出し、袖を通す。
ジョン・フィリップス。ロンドンに本社を構えるハイクラス・ブランドのオーダーメイドだ。
「この世を救うのは神などではない。“プロフェッショナル”だ……」
聞く者もいない独り言を続けながら外套を羽織る。彼が所属する組織に支給された外套を。
「これをデザインした奴はアメリカの南部生まれに違いない」と常日頃から揶揄している外套を。
ふと、デスクの上が気になる。
扉をノックする音が響いた。
男は特に答えようともせず、デスクに置かれた小物類の位置を几帳面に揃えている。
ドアの向こうから彼を呼ぶ声が聞こえる。
「サムナー戦士長、そろそろ出発のお時間です」
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