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「The Times They Are a-Changin' (銀杏丸さま)」(2012/02/27 (月) 14:43:00) の最新版変更点
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人の定義は何か、と問われたら私は「己の意思によって立っている者」と応えるだろう。
運命などと、宿命などと、そんな言葉で私は己を偽らない。そんな言葉でこの教皇シオンは揺るがない。
ひなびた老人の、この私の、心の臓腑に突き立つ、黄金の拳を、運命などという言葉で諦観しない。
年老いたとてなおも鮮烈な赤、紅、朱、赫、あふれ出す血潮。
黄金に煌く聖衣を纏う少年、その野心に、その信念に燃えるその姿はひどくまぶしく思える。
今この哀れな老人を屠る少年の姿はひどく眩しい。
正邪など関係なく、その姿は人間なのだ。
死につつある私の体から、法衣を剥ぎ取り、教皇のマスクを奪い去る少年の姿は、
天を仰いで哄笑をあげる少年の姿は、冒涜的なまでに美しくおぞましいまでに純粋だ。
彼の意思はたった一つ、神を祓うこと。
この地上をいかなる神々の干渉から解き放つ、人の手による管理運営。
その果断を若いと切って捨てることもできるだろうが、私はそうはしたくなかった。
己が意思を完遂する。
常人にできることではない。
己の意思の基に行動し、その結果が破滅であったとしても揺るがない精神を持つ人間に私は憧れる。
その姿がどうしようもなく眩しく、そこに至らぬ己がどうしようもなくむなしい。
次の聖戦へのかすがいとなる。教皇の法衣と玉座に誓った私の意志がまるで塵芥のごとく払われた。
230年の我が妄執を、ただの一撃で。
一切合財を、ただの一撃で。
まるで喜劇のような悲劇だ。悲劇のような喜劇だ。
その極光のごとき極彩色の意思は、抗うものすべてをなぎ払う焔となるだろう。
それこそがこの私が求めたもうひとつの煌きだ。
だが、それゆえに聖域の管理者には相応しからぬものなのだ。
聖域の主とは女神アテナなのだ。
彼女の鎧であり、彼女の住処であり、彼女の家であり、彼女の庭であり、彼女の掌の上。
この地上における唯一無二の神の庭、神のゆりかご。それが聖域なのだ。
教皇の位とはたかがその程度でしかないのだと諦めた私と、神々を祓う足掛かりと捉えた彼。
黄金聖闘士・双子座ジェミニのサガ。
彼は、私を討つという事によってついにその領域へと手をかけたのだ。
「哂うか?サガよ…。
この老人を」
果たしてそれは肉体がつぶやいた声だったのか。
血とともに命が流れ落ちる中、私はこの野心に燃える男に語る。
「お前は、聖闘士としての生き方よりも人間としての生き方を選んだのだ。
神を否定する戦いを、選んだのだ」
祝福するように、語る。
「誰からも省みられぬ、誰からも祝福されることのない、修羅の道よ」
呪いのように、語る。
「聖闘士となったものならば、教皇の法衣を纏ったものならば、
一度は脳裏をよぎるのだ。
一度は思考するものだ」
それは呪詛、たとえ今わの際と言えども、語ることを許されぬ、呪詛。
「女神アテナがいるからこそ、この地上から争いが絶えぬのだと。
われらが主は、戦の女神。
戦を司る女神なのだ」
わかっているのだ。それは語るべきことではないと。
わかっているのだ。それは考えるべきことではないと。
わかっているのだ。それを口にしたらもはや聖闘士ではいられないと。
だが、それでも、言わざると得なかった。
たとえ死しても聖闘士。
その言葉どおりに、魂となっても冥王に挑んだかつての戦友たち、偉大なる先達たち、
その彼らとて果たして疑問に思うことはなかったのだろうか?
「いや、現世に出力される存在を別個の神と認識しているだけで、我らの知る神々はすべて同じ一柱の神なのやもしれぬ。
まるで樹木のごとく、根源は変わらず、ただの枝葉、それが我らが知る神々なのやもしれぬ」
狂いつつあるのか、私はどこまでが己の正気であるのかなどとは思わない。
流れ落ちる血潮の代わりに、焦慮が私の五体を満たす。
「もし、神々からの干渉を防ぐことができるのならば…。
もし、この地上を本当に人間の手で管理運営することが叶うのならば…」
偉大な彼らと道を違えることになることはわかっている。
「われら聖闘士が、人間が、本当の意味で生きるということではないのか…。
神々を否定した先にこそ、人の時代がくるのではないか…。
私が成せなかった事だ、神々を恐れるがあまり、終ぞ成せなかった事だ」
それでも私は言わねばならぬ。
「私はそう、なりたかった。
お前はそうなるのだな、サガよ」
もはや私に栄光はいらぬ、もはや私に誇りはいらぬ、もはや私に夢などいらぬ。
すでに私は亡骸で、まっているのはコキュートスの凍獄だとわかっている。
死者のすべてを知悉したと言わんばかりに、倣岸に睥睨するあの男の待つ冥府へと行かねばならぬ。
されども、私にはまだ成さねばならぬことがある。
「ならば征け。
叛徒と成り果て散ろうとも。
それがお前の道ならば、私は祝福しよう。
それがお前の道ならば、私は呪おう。
それがお前の道ならば、決して違えず進むならば、それがお前の正義ならば」
もはや私の声は途切れた。
残り香のごとく空ろに消え行く小宇宙は、聖域を離れる。まだ会わねば成らぬものがいる。
「お前の道は光なき無常の道なれど、私はお前を讃えよう、我が血の果てにあるものよ。
サガよ、我が遥かな子孫よ」
黄金聖闘士、双子座ジェミニのサガ。
アテナの降臨を機に叛乱。
その十三年後、アテナによって討たれる。
神に抗おうとしたその姿は、神に対してNOを突きつけようとして敗北したその姿は、
私の目にはどうしようもなく眩しく、人間であるように見える。
私は、それが羨ましい。
かすがいとなることを選択したのは己の意思だ。
が、しかし、それでも私は焦がれてやまない。
神に抗おうとしたその姿は、私の目にはどうしようもなく眩しく、人間であるように見える。
いや、偽らずに言うのならば、憧憬すら抱く。
私は神に勝利したかった。
神を打ち倒したかった。
それはいまや私の死に装束となってしまったこの法衣を纏ってから常に抱き続けていた思いだった。
師・ハクレイのように、先代・セージのように、神に抗う人間となりたかった。
私とサガとの違いは、抗う神の数でしかない。
サガは主たるアテナすら倒すべき神の一柱であると断じていたに過ぎない。
遥かな過去、私が愛した女は三人の子を生した。
一人は射手座・サジタリウスの聖闘士となり。
一人は双子座・ジェミニの聖闘士となり。
残る一人は道半ばにて果てた。
何の因果か、我が子ジェミニの末裔が今代のジェミニとなり、
我が子サジタリウスの末裔が今代のサジタリウスとなったのだ。
血族同士が血で血を洗う凄惨な争いが今代の聖戦の幕開けとなったのだ。
【〆】
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