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影は一歩進んだ。街頭を頂点とする円錐の輝き、そこへ向かって。やがて影が明度的事由により漆黒のベールを脱ぎ捨
てたとき、金髪ピアスは瞠目しつつ思った。
でけぇ。
いま背後の壁のてっぺんでケタケタ笑っているディプレスを2mとすればそれより10cmほどは高い。がっしりとした体格
だが逆三角形ではなく筒型で、巨漢ながらも野卑な印象はまったくない。
しかも着衣ときたらうらぶれた路地裏にまったく不釣り合いで、貴族服だった。上着は青と銀を基調にしたジャケットで、下
は純白のズボン。一目で高級品と分かる生地は内包する筋骨隆々にほとほと辟易しているようで、”今にもはち切れるよ”、
男が動くたび泣いていた。
顔は衣服に負けないほど気品がある。どちらかといえば短い髪にウェーブを掛けているところは先ほど遭遇したリバース
──青っち──と似ていなくもない。違いを上げるとすれば右側頭部から伸びる髪で、それはいかにも気ざったらしく長く長
くぐにゃぐにゃと伸びている。髪が途絶える辺りのちょうど反対側──つまり左の首筋──には黒いドクロのタトゥーがある
が不思議と全体の気品を損なっていない。
ただ気品高ずるあまりいかにも貴公子という顔つきなのが逆に欠点ともいえた。庶民は結局相手の高尚さにひれ伏した
りはしない。とっかかりや取っつきやすさといった「自分がどこか優位を覚えられる要素」……欠点や欠如にこそ心惹かれる
ものなのだ。そこから選出された被害者候補は嫌悪を覚えながらもぞっとしていた。男の顔はどこまでも端正で気品に溢れ
ている。だからこそ氷のような冷たさばかり感じられる。冷淡、冷酷。今度はどんな酷い仕打ちをされるのか。不安と恐怖
しか覚えられない顔つきだった。
その顔が、金髪ピアスをついに見た。そして……喋った。
「大丈夫だったであるか!!」
「…………はい?」
底抜けに明るい声に瞳をぱちくりとする。視界の中では巨大な体がどたどたと走ってくる。殺到、というよりは飼い主を
見つけた大型犬だ。無邪気な調子ではふはふ言いながら突進してくる。ひたすら嬉しさの赴くまま向かってくるのだ。一言
でいえば……アホ。どこか足りない男のようだった。
「おっと服に泥が……。お取りになってあげよう。紳士たるものやはり身だしなみはしっかりすべきである。すれ違う人々に
不快な思いをさせぬよう頑張ろうという思い。それこそが敬意! もちろんそれ自体はちっぽけなものよ!!」
「ぐぇ!!」
一歩踏み出した巨人の足元で何かうめき声が聞こえた。金髪ピアスの記憶が正しければ先ほどその辺りに黒ブチ眼鏡の
アラサーがすっ転がっていた筈だ。移動した気配はないのでたぶんそういうコトなのだろう。リヴォルハインと呼ばれた男は
そこで立ち止まり熱弁を振るい始めた。大きな声だった。足元から巻き起こる悲痛な移動要請がかき消されるほど大きな
声だった。
「しかし世界のありようとは結局小さなものが積み重なって積み重なって積み重なって、ななななんだ、うん!! なんかいっ
ぱいのアレコレ!! アレコレが組み合わさったりしたりで決まるのではないか!? ……真偽はともかく及公(だいこう)、
表敬は常にすべきだと思っている!!」
まくしたてつつ金髪ピアスの着衣を払うと彼は手にした何かを突き始めた。まるで子供だ。或いは明文化さえ危ぶま
れる酷い表現さえ浮かんだ。。踏みにじられるアラサーの声はいよいよなりふり構わなくなっている。「痛い痛い」「重いん
ですってばあ! どいてくださいよぉ」「う゛にゃああああああああああ」。
助けを求めるように足をつかんだ細い手を無言で振りほどき思いきり蹴り飛ばすと、金髪ピアスは嘆息交じりに問いかけた。
「及公(だいこう)ってなんだよ?」
「”余”みたいな一人称だwwwwwwwww 偉い奴が自分をwwwwwww 呼ぶときのwwwwwwwwwww」
あーそう。背後で笑うハシビロコウに軽く手を上げると、今度は足元から声がかかった。
「クライマックス先生のはちみつ授業~~~」
どうやらやっと足をどけて貰ったらしい。元声優の元教師は地べたに伏せたまま青白い顔だけぬっと持ち上げている。
「なんだお前まだいたの? 早く死ねばいいのに」
「この上なくヒドい文言!? うぅ。私これでも一生懸命生きてるんですよぉ。10代のころ私なんかどうせオシャレしたって無
駄だって女磨くの放棄したばかりにいまだに恋人できませんし20代は灰色でしたけどぉ、ひょっとしたらこの先ステキな出
会いがあって救われるかも知れないって。だから退屈な毎日を何とか生きているんですよー」
「生々しい。コメントし辛い」
「過去が消えていくなら私はせめて明日が欲しい! のです、この上なく」
「アニメか特撮かしらねーけどそういうセリフへの拘泥をまず捨てろ。そしてちゃんと現実を見ろ! 救われたいなら尚更!」
「ちちち。甘いですよ! 救われないから拘泥するんですよ!! いろいろ忘れさせてくれますからねこの上なく!!」
これ以上問答を続けても埒があかない。そう判断した金髪ピアスは本題に入るよう促した。
「『及』は『だい』とも読みます」
「ちょっと特殊な読みですけど! 『きゅうだいてん』の『だい』と覚えればこの上なく簡単です!」
「あー。なるほ……」
納得しかけた金髪ピアスはふと眉を顰めた。
「……『きゅうだいてん』の『だい』は『第』じゃなかったか? 字ぃ、『及第点』だよな?」
「うぇ?」
分厚いレンズの向こうで大きな瞳が瞬いた。よく見ると左右で大きさの違う瞳孔が驚愕に絞られるまでさほどの時間を
要さなかった。髪が一房、ぱらりと落ちた。
「ぬ、ぬぇぬぇぬぇ。そそそそーですよォ~~~~!! そこに気付いて貰えるかというのを先生この上なく試したのです」
(素で間違えてたなコイツ。大丈夫なのか元教師)
気配を察したのだろう。クライマックスは慌てて立ち上がり金髪を揺すり始めた。すごい涙目だった。必死だった。
「間違えていませんよぉ!! うぅ!! 学習の要諦というのは取っつきやすさな訳でして! あの! あのですねあの
ですね! イキナリ『及』は『だい』と読みますなんて言ったって誰も覚えてくれないじゃないですかこの上なく!! だいた
い生徒さんなんてのはこっちが一生懸命授業してるのに英語の辞書を1枚破りマジックでなんチャラかんチャラ描いて紙
飛行機にして先生に命中させるんです」
「……やっぱお前のセンス古いわ」
「だからこその取っつきやすさです。生徒さんが興味を持つようなアプローチ、記憶に残りやすい授業! それが私の
この上ないモットーです。ああ、あのとき先生が及第点うんぬんミスってたなあという生暖かい記憶があれば及公が
どう読むか覚えられる筈ですこの上なく」
「結局認めるのかよ!! ミスったって!!」
「ミミミミスじゃありません! たとえばの話です!」
いいかげん認めろよ。呆れる金髪の視線の先で、クライマックスの袖がくいくい引かれた。
「先生!! 先生!! お話は終わりましたであるか!」
ブラウンの髪を持つ巨大な青年が輝くような笑みを浮かべていた。人差し指を物欲しそうに咥えているのはまったく
大きな子供という感じだ。
「そーいえばお前になんかブツけたのコイツだよな? なんでだ?」
「なんでも何も。リヴォルハインさん、人が襲われていると助けに行くタイプなんですこの上なく」
「えーと。お前の仲間ってコトはコイツも」
「ええ。悪の幹部ですよぉ。でも人助けがこの上なく好きで……だからいつも困るというかぁ……」
やや歯切れの悪い元声優は肩を落とした。その後頭部をリヴォルハインが「あたまー。あったまー」と歌いながら撫でている。
「先生、つーのは?」
「私がまだ小学校で教師やってたころ、生徒のフリして学校に潜んでたんですよぉ。で、手引きしちゃってくれたもんですから
私以外の先生や生徒さんたち全滅……。その時私をマレフィックに誘ったのがリヴォルハインさんという訳です」
いやいや。と金髪ピアスはクライマックスの元生徒を見た。身長は2mを超えている。
「なにまさかコイツこんなデカいのに小学生ぶれると思ってたワケ!? ムリだろ! 頭おかしくね? 頭おかしくね?」
「くしゅん」
.
「……風邪か?」
「いえ。ただのくしゃみよ」
万病の元だな。言葉短かにその男は金の刃を跳ね上げた。ブタの顔を持つ亜人が血煙を上げどうと倒れ伏した。
男を取り巻いていた群衆からどよめきが上がった。円環が一団と後ずさり粗笨(そほん)さを増した。最外周から人影
が1つまた1つと零れ出した。リーダー格だろうか。プテラノドン型が声を張り上げ制止する。隣のサル型の顔面を
衝撃が貫いたのはその時だ。爆ぜるような音に慌ててそちらを見た彼は相棒の目玉が短刀に高速輸送されているのを見
た。刀はそのまま壁──廃工場の──に当たり……突き刺さるコトなく『埋没した』。
刀は、忍者刀だった。
「シークレットトレイル必勝の型」
「真・鶉隠れ」
後はもう終わるだけだった。剣の風と刃の嵐が無数のホムンクルスを薙ぎ払い、薙ぎ払い、薙ぎ払い──…
壁の下でサルの目玉が塵と化すころ彼の領袖以下総ての集団がこの世から消えた。
クライマックスは腰に手を当てえっへんと胸を逸らした。
「リヴォルハインさんですね。私と出逢ったときはどういう訳かイソゴさん……あ、イソゴさんっていうのは小さな女の子なん
ですけど、その人の姿になってたんです。だから小学生として潜入できてたわけです」
「はぁ」
気のない返事を漏らすと超ロングヘアーはなぜか急に眼を剥いた。
「え? リ、リヴォルハインさん? いま私の後ろに居るのってリヴォルハインさんなんですかこの上なく?」
「なに急に驚いているんだ? さっきまでフツーに語ってたんじゃ──…」
「ぎみゃあああ! ヤバイですヤバイ!! 感染カンセンKANSEEEN!! 入れてくださいディプレスさんーー!」
感嘆すべき逃げっぷりだった。黒光りする害虫のように地面を疾駆したかと思うと、ディプレスのいる高い塀を超高速の
ロッククライミングで登りつめた。
驚いたのは金髪ピアスである。彼女の叫びは聞き捨てならない代物が過ぎた。真偽のほどを確かめるべく慌てて後を追う。
もっとも、高い壁は登れず、はるか下で見上げるばかりだったが。
話しかけようとしたとき、ヒソヒソとした会話が聞こえてきた。頭上のクライマックスを見る。とても青ざめていた。
(ちょちょちょちょ、ディプレスさん!? この上なく聞いてませんよリヴォルハインさんが来るなんて!!!)
(オイラも聞いてねーけど?wwww まぁ盟主様のいつもの気まぐれだろ気にすんなwwwwww)
(お!! 落ち付いている場合ですかあこの上なく!! リヴォルハインさんはああ見えて『病気』なんですよ!!)
(確かに病気だけどいいんじゃねwww オイラたちの下準備手伝ってくれそうだし)
(いやいやいやいや!!! そんなのこの上なく吹っ飛ばされますよぉ!! だって!! だって!!)
一拍置いてクライマックス、身震いしながらこう告げた。
(その気になれば1時間で銀成市民全員殺せますよ!? リヴォルハインさん!!)
元声優だけありよく通る声だ。小声でもなお聞こえるほど。金髪ピアスは「え?」と息を呑んだ。
(まーwwww 鐶作ったリバースの最新作だしwwww もともとの設計思想は広域殲滅だからなあwwww)
(そうですよ!! マレフィックにはこの上なくいろいろな能力の人がいますけど広域殲滅に限っていうなら最強なのはリヴォ
ルハインさん! この上なく理論的最強で実際やったコトはありませんけど!!)
(やろうと思えばやれるわなwwwwwwwwwwww リルカズフューネラルの特性ならwwwww)
リルカズ? 耳慣れない名前に首を傾げる金髪ピアス。気配を察したのかいったん彼を見たクライマックスは一層声をひ
そめた。それでも聞こえてくるのは「バンデミック」「致死率100%」「対処不能」といった物騒な言葉ばかり。
(まあよっぽどのコトがない限り皆殺しはしないだろwwww まずはちょっと探りを入れようぜwwwwwwww)
(は、はい。目的によってはこの上なく手綱を握れるかも知れません。
影が2つ、地上に降りた。彼らは貴族服の青年に向きなおり、質問を始めた。
.
「おつかれさま」
事務的と形容する他ない女性だった。冷たく輝く美貌には一切の表情が見えない。生来ない、というより意志の力と修
練とで脳髄の奥底にしまっているのが見てとれた。
工場からやや離れた場所にあるその公園は夜半というコトもあり人影はまったくない。
ところどころに塗装の禿げや錆の目立つ遊具の中に申し訳程度におかれたベンチ。
その上に行儀よく腰かけた彼女は日本茶を注いでいた。たおやかな手つきだ。魔法瓶は付属の蓋めがけ緑黄色の滝を
作っている。そこから立ち上る湯気だけが初秋の夜を温(ぬく)めていた。
やがて短い返事が静寂を破り、ほどよく満たされた杯(はい)が持ち上げられた。まろやかな匂いを立てる湖面に影が落
ちた。白皙の青年だ。顔は細い。目つきの鋭さときたら猛禽類を思わせるほどでまったく剣呑。事務的という括りだけでいえ
ば隣の女性と同じだが、実はまったく真逆らしい。事務的合理的で行く。そんな感情を徹頭徹尾前面に押し出している、と
書けばやや矛盾の気配があるがそうではない。最初に縋ったのが何かを考えれば両者の違いは明確だ。
前者はまず無邪気な使命感に縋った。だがそのために巨大な罪と癒えぬ傷を追った。
そして無邪気を捨て、冷徹なる遂行機械たるべく自らを戒めるようになった。
後者は最初から前者の理想像にたどり着いた。であるがためしくじりは殆どない。
突き詰めれば彼らの表情を作っているのは自負なのだ。生の自分がどれほどのものか。評価が高ければ掲げるし低け
れば隠匿する。矛盾はない。
前者は楯山千歳という妙齢の女性だった。後者は根来忍という青年だった。
やがて根来は茶を飲み干した。まるで毒物とみなしているかの如くむっつりとした顔つきで杯を置いた。
「もう1杯飲む?」
「足りている」
「そう」」
この合理主義者に云わせれば過度の水分は毒らしい。千歳は一瞬かれが水中毒でも危うんでいるのかと思ったが
話を──とても短い言葉だったが──聞くうち違うと知った。呑み過ぎればたかが膀胱の水分貯蔵量に振り回され
るようになる。精神の箍(タガ)は得てして些細な問題を些細と侮るところから緩み始める。そういう、精神的な意味合い
において過度の水分は毒だという。
「夜も深い。後は適宜貴殿が処理しろ」
「お言葉に甘えるわ」
千歳の表情がわずかだが綻んだ。根来が何かを気にかけてくれるようで嬉しかった。防人や火渡、照星といった旧知の
人物たちと居るような気分だった。ゆっくりと飲む緑茶は肌寒い夜の中で確実に体を温めてくれた。
「いまの任務の進捗率に関わらず3日後の救出作戦には必ず参加」
「それまでに片付けたいものだ」
雑談にもなってない言葉の切れ端の見せ合いが終わったのを合図に2人の携帯が同時に震えた。
【同時刻。寄宿舎管理人室にて】
「では戦士・千歳はいま根来と居るんですか?」
「ああ。そうだな。最初は別々の任務に当たっていたが調べていくうち鉢合わせたらしい」
今は合同で捜査している。防人の言葉に斗貴子は少し目を丸くした。
「合同で? いったいどんな任務だったんですか?」
「そのだな。少しばかり事情が混み合っているんだが……平たくいえば根来は密売人の追跡、千歳は殺人事件の調査だ」
防人の説明によれば、音楽隊との戦いが勃発する少し前から各地の共同体に奇妙な売り込みがあったという。
「密売人は人身売買を生業にしているようなんだが……少々毛色が違う」
「と、言いますと?」
「食用じゃない。軍用目的だ」
斗貴子は難しい顔をした。軍用? 人間の戦闘力などたかが知れている。売るならば普通、ホムンクルスではないのか?
「それがだな。どう作ったのかホムンクルス並の力を持つ人間をあちこちに売りさばいているらしい」
「人間なのに、ですか?」
「ああ。調べによれば幼体を投与された気配はない。戦っている時こそホムンクルスのような姿をしているが、1度倒せばすぐ
元通りになる」
「……もしかすると、それは」
「ああ。武装錬金の特性だろうな。何かまでは分からないが……」
防人は着座すると熱い緑茶を一気に飲み干した。ずずーという音が何ともいえない余韻を生んだ。斗貴子も追随する形で
ゆるりと湯呑みを空にした。
「他にもだ。その密売人はホムンクルスの製法や核鉄も売り捌いているようだ。ホムンクルスに訓練を施すコトもあれば自ら
共同体の警備を引き受けるコトもある。その手際が実に見事でな。討伐に向かった戦士たちは必ず道中不意打ちを受け
気絶する。気がつけば共同体はどこかに消え、核鉄だけが奪われているという寸法だ」
とにかく神出鬼没。名前はおろか素顔さえ誰にも見せていないらしい。
「確かなのは赤い甲冑と赤い鉄兜を身に付けているというコトだけだ。」
「成程。そんな相手だから根来ですね。戦士・千歳が追っていた事件の方は?」
「被害者は戦士・鉤爪。お前もお世話になった人だ」
「ええ。新人の頃、何度も。確か純粋な戦闘力だけなら戦士長クラスだった筈ですが」
「殺された。死体は見つかっていないが状況から見て間違いない。そして──…」
密売。戦士殺害。場所も性質もまったく違う2つの事件。
「繋がっていたんですか? それが」
「ああ。もともと戦士・鉤爪はとある学校の襲撃事件について調べていた」
防人の云うところによれば犯人だけでなく被害者……行方不明者の捜索にも当たっていたという。
「その彼らを見つけたのが、根来だ」
「密売されていたという訳ですね。軍用で、共同体に」
ようやく斗貴子は納得した。
密売人の手がかりを求める以上、根来は「商品」たちの出自を調べるだろう。
千歳は千歳で彼らが行方不明になった襲撃事件を調べざるを得ない。
彼らが遭遇したのは必然といえる。
「奇縁といえば奇縁だが、まあ何だかんだでいいコンビだしなんとかなるだろう」
そういって防人はまた茶を啜った。
とても呑気な調子だ。斗貴子は一瞬とてつもない呆れを浮かべてから努めて静かに呼びかけた。
「いや、心配じゃないんですか?」
「? 何がだ?」
だから、と斗貴子は柄にもなく世話を焼きたくなった。千歳と防人がどういう関係かぐらい薄々分かる。(ただし後輩が自分
に向ける熱い視線にはまったく気づいていないが)。しかし防人は一応上司でもあるし一個人としても並々ならぬ恩がある。
露骨な物言いは流石に憚られたので、斗貴子は遠まわしに嗜めるコトにした。
「最近何かと組むようになった相手はよりにもよって”あの”根来。もう少し心配して下さい」
「そうか? 大戦士長の話だとそれなりにうまくやっているらしいが」
ああこの人は底抜けにお人好しなんだ。斗貴子の全身に怒りとも呆れともつかぬ感情が広がった。折角の心配を違う方に
解釈している。根来は冷徹な奇兵だから殺されないよう気を付けろ、その程度にしか受け取っていない。
(違う!! そうじゃなくて、もっとこう他の……ああもう何で私がヤキモキしなくちゃいけないんだ!!)
「根来は根来で戦友の1人ぐらい作るべきだ。まだ若いんだ。トモダチがいないのは寂しいぞ」
目を線にする防人は先輩として心から根来を慮っているようだ。それはそれで好ましいのだが、果てしない無防備さに腹が
立つやら情けないやらの斗貴子だ。戦士ではなく女性として思う。いいのかと。千歳だって女性なのだ。付き合いが長いだけ
の最近まるでアプローチなしの男性を捨てるコトもままある。最近仕事上何かと縁のある身近な男性へ走るコトもままある。
「とりあえず戦士・千歳に電話してみたらどうです」
「なんだ突然ヤブカラボウに? 向こうの状況はだいたい分かっている。忙しいだろうし落ちついてからの方が」
「いいから!! して下さい!!!」
斗貴子の絶叫にやや気押されたのか。よく分かっていないと様子で防人が携帯電話を取り出した。
「ああ、千歳か」。後に続く会話はまったくぎこちないし要領を得ない。一口でいえば面白味のない電話だった。
スピーカー越しに聞こえてくる千歳の声がやや戸惑いながらも嬉しそうなのが唯一の救いといえば救いだったが。
「ったく。桜花たちが音楽隊の話を聞いている間に打ち合わせしようと思っただけなのに、どうしてこうなる」
顔にぺたりと掌を貼り付けぐぅと呻く。手のかかる上司にはまったく辟易だった。
「ごめんなさい。防人君から用事で」
「そうか」
根来はわずかだが微笑した。その反応に千歳は微かな違和感を覚えたが、時々つかみ難いのが根来でもある。
深くは追求せず、いつものごとく淡々と問いかけた。
「あなたの方は?」
「戦団からの連絡だ。密売と思しき事件がまた発生。余力あらば艦長たちと合流。調べろというコトだ」
千歳は無言でヘルメスドライブを発動した。根来が頷き終わる頃、彼らの影は光となり彼方へと跳躍した。
「で、何しに来たんですかこの上なく」
ため息交じりにクライマックスは問いかけた。
すると。
よくぞ聞いてくれた!! リヴォルハインは歓喜の表情で右手の何かをダムダムとついた。激しく。早く。
「残暑!! 探し物はまだ見つからないけどのんびりのんびり行かれよう。ああしかし月日とはなんと残酷なものか!!
散らばるセミ!! 死骸!! 奴らの命ときたらまったく奇抜な味したポテトチップスより期間限定である! やるせない!!
まったく秋口だからと示し合わせたように続々くたばるアホ命!! たまには摂理に逆うべきである! ! 中にはジジとか
鳴きもうすぐ死にますアピールしてるブラゼがいるから及公の心、散々とかき回されるそれはすなわちズバリ悲しい!
……ブラゼ? アから始まるくそメジャーなセミの略ですわ。そ! そうそう。カナカナゼミ、カナカナゼミ!」
何が何やらである。呻き交じりにクライマックスを見ると泣きそうな顔が振り返った。「この上なく絡み辛い人なんですよ」。
ぺそぺそと泣きながらなお彼女はリヴォルハインに向きなおった。問題児に向きなおる教師の魂がそこにあった。
「で、何をしに──…」
「とにかくとにかくジジとか鳴いとる場合じゃないのです!!!! いかにも看取ってくれてありがとうみたいな声出してくた
ばんじゃねえよ!! 悲しいんだよ!!! 及公が!! 命消える瞬間とかおま、滅茶苦茶せつなくて悲しいではないか!!
また救えなかったのかと及公はお泣きになった! 動物の、病院で!!」
「セミを獣医に見せんなwwwwどう考えても無理だろうがwwwwww」
「仕方ないので及公、診察料58万お払いになって病院を出られた!!」
「またボッタくられてる!?」
「またって何だよまたって!
絹を裂くような悲鳴に金髪ピアスは軽い頭痛を覚えた。鎮痛すべく額を抑える。また碌でもない奴が……そんな予感ばか
り巻き起こる。その原因はまったく無自覚らしくただただ不思議そうだ。
「ふむ。確かに及公ペット保険に入られている。交渉すれば2割ぐらいにはなったか……。でもいいのだ58万円!!!!
セミを診るなどという荒唐無稽かつ高度な治療を施してくれて獣医さんへの敬意である!! あーーーりがとぉーーーー!
素敵な獣医さあーーーーん!!
そして彼は感謝のネコ! にゃー!! などという訳の分からぬセリフをほざきながらバンザイした。指は丸まりネコの
手だった。
「で、いったい何しにきたんですか」
クライマックスはもうだいぶ疲れているようだった。頬がこけ、目の下にはドス黒いクマが生まれていた。
巨大な体がメトロノームよろしく左右に揺れ始めた。リヴォルハインは楽しそうだった。
「例の『もう1つの調整体』をパピヨンから奪う! 盟主さまから仰せつかった命はそれである!!」
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