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あー、コイツもヘンな奴だ。しかも弱そう。冷めた目の金髪ピアスに構わず女性はひたすら一生懸命まくし立てる。
「私としてはですねー。戦士のみなさんに『女!?』『しかも割と普通の』みたいな反応して欲しかったんですよ。そしてですね、
そしてですよ? もし良かったら『見た目に騙されるな! 奴も幹部見くびってはならない』みたいなー反応してもらえたらー
この上なく嬉しいですなんて思ってた訳なんですけど。エヘヘ」
後頭部をぽりぽり掻きながら女性は笑った。あどけない、というより幼稚な、世間ずれした笑みだ。「イタい」という方が正し
くもある。
「なあお前」
「なんでしょうーか!!」
「センス古くね?」
「え!?」
「仕方ねーよwwww こいつの肉体年齢ほぼ30だからなwwww」
「ちょ、ディプレスさん!? 女性の年齢をいうなんて失礼じゃないですか!!」
クライマックスの視線。それを追い振り返る。背後には同伴者(ディプレス)がいた。いつの間にかそこにいる彼ときたら
相も変わらずフード姿だ。頭からつま先まで万遍なくすっぽり覆われているため表情こそ伺い知るコトはできないが……
露骨に震える肩。感情スートが喜怒哀楽いずれかなどまったく見るだけで丸分かりだ。
「な?ww な?ww 見てみwwww コイツの姿をようく」
「はぁ」
改めて観察してみる。
一言でいえば微妙だった。パーツだけ抜き出せばスタイルのいい黒髪美人なのだが冴えない雰囲気や安物の服のせいで
恐ろしく野暮ったい。垢抜けない雰囲気がぷんぷんだ。分の厚い黒ブチ眼鏡などもっての他だ。しかもよく見ると両目の瞳
孔の大きさが微妙に違う。更にやや猫背気味。髪もボリューム過多である。踵まであるそれは見るだけでゲンナリする。い
まは暑気残る秋の夜なのだ。切れよ鬱陶しい。そういう心情も相まってますます魅力薄く見えてくる。
(……うぅ。でもスペックはそこそこなんだよなあ。どうせ売れねーんだし試しに付き合って鍛えりゃ結構化けたりする可能性も)
(いや。いやいや。30間近だぜコイツ。遊ぶにゃ重すぎる。こっちの思惑がどうあれあっちはぜってー結婚前提だ)
(切り辛いし切るならよほど上手く切れなきゃ無茶苦茶厄介なコトになる) (だいたい結婚した後はどうするよ?)
(全身フードがどうとか喚く夢見がちなタイプ……幼稚な女だ)
(家庭経営に必要な哲学など持てない)
(厄介事は全部俺任せにするだろーし家事だってちゃんとこなせるか怪しい)
(不況)
(子供)
(作る)
(大変)
(お袋の老後の問題)(場合によっちゃコイツの両親の介護も)
(長女か?)
(長女なのか?)
(兄弟は何人だ?)
(1人っ子だと負担全部来るしな~。理想なのはアレだな。親が長男夫婦と同居!)
(って! だいたいコイツ悪い連中とつるんでるっぽいしその時点でやべえだろ! ないない。コイツだけは絶対ない)
びゅんびゅんと脳髄をかけめぐるワードを総合するに、やはり”ない”相手だ。
そういえば仲間らしき連中は誰も全身フードを着ていなかった。推奨を無視されたのだろう。見え透くのは低いヒエルラキー。
【結論】
(旅先で適当にナンパしてちょっと食べて終わらせる位がちょうどいいレベルの女!)
(だって見た目洗練しようとしてもぜってー途中で飽きそうだもん! 「ありのままの私を愛してくださいよぉ」とかなんとか言
って努力の放棄! こーいう女は論点をすり替えるからな!! 辛いやりたくない、そう思ったが最後ふにゃふにゃした感
情論で正当化ばかりするんだ!!)
少なくても見た目に関しては「青っち」や「女医」といった連中の方が遥かに上だと金髪ピアスは1人頷いた。前者は天性
の輝くような美貌の少女だし後者は妖しく研ぎ澄まされた雰囲気の美女だ。
対してクライマックスはなんだか「決して悪くはないが選んだら負け」という感じがして仕方ない。
男性としてそんな気分を目ざとく見つけたのだろう。ディプレスがポンと肩をたたいた。
「お考えの通りwwwwwwwwwwwマレフィックの女どもの中じゃ一番情けなく、一番トウが立っているwwww」
反論の余地をなくしたのだろう。クライマックスは口に雑巾でもねじ込まれたように数度呻くと双眸に瞳を湛え泣き始めた。
「うぅ。全身フード破かれた上に謂われなき暴言!! あんまりです。この上なくあんまりですぅぅぅぅぅぅ!!」
彼女はとうとう両膝をつきくずおれた。それなりに豊かな胸からズタズタの全身フードが零れおちた。それがますます哀切を
強くしたのだろう。平蜘蛛のように身をつくばらせ物言わぬコスチュームに取りすがって泣きに泣いた。
「あ!! そだ!! 金髪さん金髪さん!! お父さんかお母さんか妹さんあたり殺されてませんか!!」
10秒は経っただろうか。クライマックスは不意に顔を上げそんな質問をした。表情は泣いていたのがウソのように大変明るく
それが金髪ピアスを覆いに困惑させた。困惑といえば彼女は四つん這いのまま腕ごと胸を地面につける姿勢だ。いきおい臀
部が心持ち高く突き上げられているのだが、佇まいのせいか煽情的というより滑稽な姿勢にしか映らない。
そういったもろもろの事情もあり金髪ピアスは複雑な表情で頬をかいた。
「いや……一人っ子だし父親は去年ガンで死んだけど。でもなんでそんなコト聞く」
ぴょこりと行儀よく座りなおしたクライマックス、「え、えぇと」と頬を染めて目を逸らした。ほつれた黒髪ともどもやや愛らしく
金髪ピアスは一瞬ドキリとした。
(くそ。しおらしい表情すると途端に二十歳ぐらいの雰囲気かよ! やべえ罠だ。落ちつけ。こんなのはフォトショ加工した
”出来のいい”一瞬の奇跡! コレに引っかかると後がマズい。表紙買いした写真集にガックリする100万倍マズい!)
訳の分らぬ葛藤をよそにクライマックスははにかんだような表情で柔らかなブレスを継ぐ。それが妙に艶っぽくますます
どぎまぎする金髪ピアスである。
「この上なく、後付け設定で、ですね」
まるで告白寸前の女子のような恥じらいとトキメキの入り混じった声だ。とても甘い。元声優だからなコイツ。ディプレス
の解説に成程とも思う。実にアニメアニメした声が耳をくすぐり突き刺さる。経歴は伊達ではない。三十路直前? 声だけ
聞けば10代だ。だからこそ欲望を刺激する。手練手管の限りを尽くしアレやコレやの声を聞きたい。
やがて彼女はとても美しい声でこんなコトをいった。
「実はお父さんたちの仇が私たちレティクルエレメンツだった的なコトにしたら……その、全身フード破られたのもアリかなーって」
わずかばかりのトキメキも好意も欲求も何もかもいっしょくたにして粉砕する絶望的な一言だった。泣きたい気分で金髪ピアス
は絶叫した。
「ああよく居るねえそういうの!!! 巨悪が主人公たちとコトを構える前に現れるモブ!! お父さんの仇だっつって
健気にナイフ一本で立ち向かうがボロゾーキンのようにやられるタイプの!! 確かにたまに素顔暴いたりするよね!」
「そ!! そう!! それです! それになってくれますか!!」
「なれるかァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
ヤケクソのように放ったビンタ。それを認めたクライマックスはニヤリと笑って拳を突き出した。クロスカウンター!! 進撃
途中の腕にビンタが当たった。なぜか肘がカクリと鳴った。旋回する前腕部。向きを変えた拳が狙うのは……
「え?」
唖然とするクライマックス。その顎の下に残影が奔った。やがて来(きた)るは力学の、爆発的開放。
「ぐべぇ!!」
自らの拳にアッパーカットを喰らわされたクライマックスは情けない声を上げながら後ろ向きに倒れていく。
「うぅ。骨を削って肘の可動範囲を広げたのがこの上なくアダに……」
「プラモ感覚で体改造してんじゃねーよ!!!」
ジョーを貫きたての拳はそれでも腕ごと頭の方でピンと張りつめられている。なんだか自爆にガッツポーズしているような
アホさ加減さえ感じられ金髪ピアスはつくづく悲しくなった。地面を揺るがす落着音が辺りに重く響き渡った瞬間、感情はと
うとう爆発した。
「何がしたいんだお前!!」
黒髪を放射状に広げつつ仰向けのクライマックスは息も絶え絶えにこう答えた。
「ク、クロスカウンターをお見舞いしようと……そしたらこの上ない衝撃が下から上へ…………げふぅ」
「その結果が何だよ!! アッパーだよ! 一方的だよ!! 全ッ然クロスじゃないしカウンターもしてない!!」
「wwwwwwww 晩飯のとき漫画喫茶で何とかとかいうボクシング漫画読んでたからなあwwwwwww」
影響か!! こめかみを抑える金髪ピアスの頭痛は「髪にごみが、髪にごみがあ!!」と泣き叫ぶ声にますます助長された。
「クロスカウンターなんて素人がやってうまくいく訳ないだろ!! ましてビンタ相手に!! 漫画と現実の区別ぐらいつけろ!!」
「そんな!! 一緒になりきって遊びましょうよぉ!! 二次元ってやっぱ素敵じゃないですか!! 金髪ピアスさんだって
漫画とかにアニメとかに可愛い女のコいたらこの上なくトキメクでしょ!?」
「……俺の初恋は峰不二子だ」
髪を掃除し終えたのか。クライマックスは「しゃん!」と直立した。そして両手の指先をちょんちょん触れ合わせながら「です
よねー」「不二子ちゃん。分かります。いいですよねー」と頷いた。
今度は妙に落ち着いた様子である。
「wwww 声優の次は小学校で女教師やってたからなwwww マジメにやりゃ割と年相応wwwwwww」
「なるほど」
ディプレスのいうコトももっともだ。落ちついた様子のクライマックスには何かこう男としてクるものがある。いかがわしい気持ち
というよりはこう、初めて担任の女の先生が家庭訪問に来たときのような、中学校の個別面談で割と真剣な進路の相談に答えて
貰っている時のような、或いは保育園のときに保母さんに覚えたような、甘酸っぱい気持ち。「年上の女性への憧れ」。
そんな落ちついた女性はニコリと微笑しながらこう言った。
「私いちおう女ですけどー、でもやっぱり漫画とかでこの上なく純粋でかわいい女のコ見たら、お店行って同人誌ないかナーって
探すじゃないですか。あ、同人誌っていうのはこの上なくえちぃ薄い本です!!」
「さすがに探さん!!」
「えー。口にするのも憚られるようないかがわしい行為の数々があんな所にもこんな所にもされまくってる薄い本ねえかなゲヘヘっ
て半笑いでお店うろついたりしないんですか? あと買ってからですね。この上なく白くてドロドロしたエフェクトが不足気味だっ
たら自分で付け足したり……あ、いや、ホワイトとかそういう市販の塗料的な手段でですよ? 付け足したりしないんですか?」
「するかボケ!!」
「ヘンですよそれ!!」
「ヘンなのはお前だ!! 女のクセに直球すぎるわ!!!」
馬鹿だった。一瞬でも年上の女性へのほんわかした憧憬を抱いた自分が馬鹿だった。金髪ピアスは俯き右前腕部を両目に
当てオイオイないた。そんな反応が不服だったのか、クライマックスは腰に両手を当てムっと顔をしかめた。
「何をいうんですか!! 私なんかで騒いでいたらグレイズィングさんなんて直視できませんよこの上なく!!」
「まあアレの投げる直球はいつも歴史的大リーガー最高の一品でお前のはせいぜい少年草野球の5番手ピッチャーが下痢
ん時に投げるカス球だが!! それはともかく漫画のキャラ! まずは愛でろ!! 普通に!!」
「この上なく普通じゃないですか!! 好きだからこそこの上なくえちぃの見たい!!!!! どこがおかしいっていうんですかあ!!!」
叫びながらクライマックスはずずいっと詰め寄った。凄まじい勢いだった。体が密着し金髪ピアスの上体を後ろへ押し曲げるほど
大迫力だった。いいデスか! とピストル状にした人差し指をぐいぐい振りつつ主張する。
「私はこの上なく腐ってはいますがね!! でも可愛い女のコも大好きなんですよぉ!! 愛でるなんていうのは漫画とか読んで
ほわほわ萌える状態! いわばデート!! デートを重ねると段々段々この上なくッ!! ”次”に移りたくなるのが人情って
ものじゃないですか! 三次元じゃそれこそこの上なく正しくてお友達とかに相談するネタにさえなるというのに!! どーして!!
どーして二次元でそれをやるのがダメなんですかあ!!」
「なあもう助けてくれよあんた。こいつもう手遅れだ!! いろいろと手の施しようがない!」
きーきーいいながら長い髪を振り乱すクライマックスは怒りながら泣きじゃくっておりまったく尋常ならざる様子だ。
すがるように見たディプレスはしばらく腕組みをして黙っていたが、やがて「ブヒ」と笑いながら口を開いた。
「なあなあwwww」
「何だよ」
「もしココでオイラがフィギュアの鎖骨部分舐めるの好きとかカミングアウトしたらお前ビビる?wwwww」
「お 前 も か あ ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「ウwソwだwよwwwwww 顔真赤wwww 顔真赤wwww ビビった?www オタ2人に囲まれるかも知れないってビビった?wwwww」」
「ああもうフザけんな!!」
怒りが爆発した。金髪ピアスはクライマックスを突き飛ばした。そして拳を固めて咆哮した。
「俺はちょっとあの青っちとかいう女襲おうとしただけだぞ!! なのにお前らみたいなおかしな連中と関わっちまっていろ
いろヒドい目にあってんだ!! これ以上巻き込むな!!」
「自業自得じゃね?w 自業自得じゃね?ww お前強姦未遂犯だよなwwww」
「女性の敵!!? ケダモノ!!? まままままさか次は私なのデスかーーー!! だだだダメですそーいうのは心に
決めた人じゃないといけません。だいたい金髪さんの顔って二次元の美男子さんに比べたらゴミ以下ですし……」」
「…………オイ」
「そ、そうですよね。気持はわかります。嘘はダメですこの上なく。じゃあお家行きましょうお家」
「は? なんの話を」
「お母さんをちょっと殺します!! そしたら全身フード破壊も、因縁を果たすための前払いみたいな感じになって帳尻が……」
「まだ拘ってたの!? しかもけっこう言うことゲスいのな!!!」
「wwwwwwwww マレフィックに真人間がいる訳ねーだろwwwwwwww」
「つーかマレフィックというのは何だよ!! お前たちはいったい何なんだ!!!」
……ギチッ
辺りが、静まり返った。いや、違う。金髪ピアスは気付く。今は深夜。静まり返っている方が本来自然なのだ。
やっと気付く。今までこそが不自然だったのだと。
夜中に騒いでいる方が。
そして。
ディプレス。そしてクライマックス。これまで散々と自分を甚振ってきた連中の仲間。
彼らがやいのやいのと雑談で騒いでいる方が。
不自然だったのだ……。
ギチ
クライマックスを見る。先ほどまでの騒々しさがウソのような無表情だ。しかし口元だけは微かに綻んでいる。
腰の前で手を組んだまま氷像のように固まってもいる。
なのにこちらをじっと凝視する様は彼女が信仰して止まぬ二次元世界の住人よろしく美しく、そして恐ろしい。
ディプレスの表情は相変わらず分からない。分かったとしても言動の端々に狂気が感じられる男だ。
腹臓の目論見など最初(ハナ)から計り知れない。
ただ軽口を一切叩かなくなったのが逆に怖い。
ギチッ
じわじわと変質を遂げつつある場の雰囲気に触発されたのか。
冷汗が一滴、地面に落ちた。
ギチ
ギチ
ギチギチギチ
ギチッ!
ギチギチギチギチギチギチ
「あーあwwwwwwww 突っ込んじゃったwwwwwwwwwww」
最初に喋ったのはディプレスの方だった。
「教えてやるよwwww マレフィックというのは悪wのw幹w部wwwwwww 知った以上無事じゃいれねえよなあwwwwwwwww」
先ほどのフィギュアうんぬんの下りと同じ冗談なのかそれとも本気なのか。
笑っているからこそ分からない。
ただ確かなのはディプレスの全身からギチギチという音がし始めているというコトだ。
そして音とともに全身フードのそこかしこが「内側から」ぼこぼこと山を作り、膨れ上がっているというコトだ。
ギチッ! ギチギチギチ……ギチ!! ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ……ギチ! ギチギチ!! ギチ! ギチ! ギチ!!!!
ギチ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「ひィ!!!」
情けない悲鳴だと自分でも思う。金髪ピアスは尻もちをつきながら震え上がった。
ディプレスという男の全身フードは変質を遂げていた。
一回り大きくなった。体は今にもはち切れんばかりに膨れている。
そして変質を決定づける明らかな異変が起こっていた。
顔の辺りから、巨大な嘴が生えている。
目深に被ったフードのせいで目のあたりはうす暗い闇に覆われており内実を伺い知るコトはできないが、おそらくそこも人外
めいた変貌を遂げていると考えて間違いはないだろう。
「さて、どぉーしょっかなアアアアアアアアアアアアwwwwwwwwwww 殺す?w 殺す殺す殺す殺す殺しちゃう? お前いま俺
の正体に繋がるクチバシ見たし他の幹部連中とも関わったみたいだしwwwww 始末しておいた方がいいのかなアwwwwww
wwwwwww」
笑いたくるディプレスの周囲に黒い靄のようなものが生まれた。最初コウモリの群れに見えたそれは保育用の玩具を思わせる
軽やかな音を奏でながら飛び狂い……塀や、建物や、ゴミや、地面とやかましく擦れあった。
悪夢のような光景だった。黒い靄の触れるところ霧が立ち込め砂が舞う。塀は崩れ、建物は部屋を露にし、ゴミは風化し、
地面は舗装を粉々にする。その向こうから大きな嘴の全身フードがゆっくりと近づいてくる。先ほどまでそういう仕草はなかった
のになぜか急にびっこをひいているのが一層不気味だった。足を引きつつひょこりひょこりと忍び寄ってくるのだ。
「万が一戦士連中に遭遇して、情報を漏らされても、事・だ・し・なアアアアア~ でも盟主様は騒ぎ起こすなっていってるけど、
どーしょっかなアアアアアアアアアアアアアアwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
全身フードがまた破けた。翼だった。人間の腕を通すべき袖から灰色の翼が生まれた。足元も変貌を遂げており、鳥の
ひび割れた脚が見えている。
やがて彼の周囲からひときわ多くの黒い靄が噴き上がった。やがて放たれたそれらは総て金髪ピアスへ吸い込まれ──…
「もー。ディプレスさん? やめましょうよぉ。口止めなんてブレイクさんに頼めば済む話でしょ~」
金髪ピアスは見た。自分の前で『何か人型をしたもの』が数体、ばらばらと風化していくのを。
「スーパーエクスプレス(レティクル座行き超特急)wwwwwwww 無限増援で防御かクライマックスwwwwwwwww」
「そうですよぉー。もともとスピリットレス(いくじなし)とじゃ分が悪いですけどねー。……よいしょっと」
暖かな手の感触が両脇の下に挟(さしはさ)まれ視界が上へ上へと昇っていく。どうやら後ろから立たせて貰っている
らしい。ディプレスの口ぶりからすると背後にいるのはクライマックス。知らぬ間に背後へ来るのは彼らの趣味なのだろう
か。とにかく理由も理屈も分からないが彼女に助けられたというのは間違いない。
「分かっていて脅すなんて可哀想ですよー。だからですね。名案があるんですよ。この上なく平和的な解決の」
ホッと安堵しつつ振り返った金髪ピアスを見てクライマックスもまた笑った。
.
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ナイフを大きく振りかぶったまま。
俗にいうコンバットナイフだった。明らかに首筋を狙っていた。その姿勢のままクライマックスはキラキラと双眸を輝かせ
とても嬉しそうに笑っていた。
「でwww解決手段は?wwwwww」
「この上なくぶっ殺しましょう!!!」
「のわあ!?」
3つのセリフはほぼ同時に放たれた。岩をも削る勢いで振りかざされたナイフをしゃがみ程度で避けれたのはまったく
奇跡だった。髪が何本か斬撃軌道に吹っ飛ばされたが頸動脈をやられるコトを思えば些細すぎる問題だ。金髪ピアスは
そのまま地面を蹴りディプレスもクライマックスもいない方向へ着地した。無理のある跳躍だったため着地はつくづく不安定
で踵辺りの筋がズキズキと不快な痛みを訴えているがそうしてでも得るべき距離だった。
一方、クライマックスは空を切ったナイフと金髪ピアスとを不思議そうに何回か見比べた後、首をかしげた。
「なんで避けるんデスか?」
「それ何!? 刃物! 死ぬだろ!」
「死なしてみたいんですよー♪ 夢なんです! 小さい頃からの!」
胸の前でわきゃわきゃと両腕を動かしてから彼女はブイサインを繰り出した。(ナイフを持っていない方の手で)。
「おかしいだろ!! いまの流れじゃ口封じで殺すの反対、みたいな感じだったろ!!」
「違いますよ。殺す気もないのに脅すのが可哀相って意味ですよぉ」
「wwww アレはコケ脅しwwwwwww 釣りwwwwwwwww」
ね、とクライマックスはディプレスを指差し、「だから殺して楽にしてあげようかと!」とブイサインを作りなおした。
「いやお前! 俺の、人の命を何だと思っているんだ!!」
魂を込めた怒号だがどうしてそんなものを投げかけられたのかつくづく分かっていないらしい。
クライマックスは一瞬メガネの奥で大きな瞳をきょとりと見開いたがすぐさま笑顔でブイサインを翻し、指折り何かを数え
始めた。
「大丈夫! わかってます! この上なく大事でー、地球より重くてー、みんなそれぞれ1度きりのー、とにかくとにかく守る
べきものですよね! ほら言えました! これでも声優やめた後は小学校の先生でしたからー、道徳は得意なんですよ」
分かっていながらやってるのさ。くつくつ笑うディプレスに「ねー」と相槌を打つクライマックスはとても不気味だった。
「殺人が悪っていうのもこの上なく理解してますよ。誰かから誰かという大事な存在を奪う。うん。この上なく悪いコトです。殺
される人にだって明日の予定とか来月の目標とか来年始まるアニメを待つ心がありますよね。それを一方的に奪うというの
は良くありません。まったく最悪の行為デス」
でもですね
と、元声優で元教師のアラサーは胸の前で両手を組みきゃるきゃると瞳の中に星を浮かべた。
「でも最悪だからこそ命! 一度でいいから奪ってみたいんデス」
「二次元で可愛い女のコ見た時に生じるリビドー。綺麗だからこそメチャクチャにしたい!! それとこの上なく同じなんですよ」
月明かりの下でクライマックスは少女のようにうっとりと笑った。先刻会ったブレイクも同じような表情をしていたが、あちら
は信仰心や集中力といったある種建設的な感情だ。
(コイツは違う。純粋な残虐性……何も生まない利己的な衝動のもと動いてやがる)
劇団風味のブレイク。元声優のクライマックス。根本が違うにも関わらず両者ともその発露に陶酔を孕むのは芸術的な
感性ゆえか。
「だからですね!!」
クライマックスは地を蹴った。長すぎる黒髪がぶわりとたなびき風のように舞った。
「いろいろな要素をつなぎ合わせて考えるとー、殺人が一番なんですよ! この上なく!」
気付けばすでにメガネのアラサーが眼前でナイフを振りかざしている。小さな手にありあまるほど巨大な肉厚のナイフ。
触れれば指ぐらい簡単に切り飛ばされるだろう。一晩に二度もそれは御免だ。決死の思いで横に転がる。風が額を撫でた。
つま先が上へ突き抜ける最中だった。そのロングスカートでよくもまあ、少し中身を見たい思いを抑えながらごろごろ転がると
肩に何か当たった。ゴミ箱だった。自販機の。
「何しろほら、私に好かれたものって必ず後でヒドい目に遭うじゃないですか!」
缶をブチ撒ける。酸っぱい匂いのする金属筒が宙を舞う。だが悉く紙吹雪のようにサクサク寸断される。何の牽制にもならない。
「逆に嫌いなものほど幸運に恵まれてグングングングン発達します」
盾にしたゴミ箱も一瞬で寸断。へびり腰で踊るように駆ける。逃げる。回り込まれた。唸る右肘。来る刃。
「なんていうかこの上なく嫉ましいんですよぉ。他の人はちゃんと好きも嫌いも叶えられるのに何で私だけって」
肩を竦め身をよじり嵐のような猛攻をどうにかこうにかくぐり抜ける。身代わりになった壁や塀が火花を噴く様は絶望の一言。
「だから私は一度でいいから”私の嫌い”を自分の手で貫きたいんです。嫌いかなーって思う相手を私の手でこの上なく
キチンと殺したいんですよ」
しゅっとクライマックスは息を吐き、脇の辺りでナイフを構えそのまま突進。
「殺しさえすればいつものように!」
ヤクザのよくやる刺し方! ゾッとする思いで繰り出した足払いは見事に決まった。つんのめるアラサー。
「相手が幸運に恵まれるなんてコトありませんから!」
鼻のあたりに鋭い感触が奔る。生ぬるい液体が垂れてくる。水平に立てられた刃が飛沫をブチ撒く様が見えた。遥か高いところに。
「それをきっかけに私の不幸体質が治るのだろうとこの上なく信じてます」
ザっと足の滑りを止めたクライマックスは右腕を曲げ戻した。そしてシャリシャリとナイフを弄びながらニッコリ微笑んだ。
やられた!! 踵を返し金髪ピアスは走り出した。
足払いを決められたクライマックスは逆に倒れ込む勢いで攻撃を仕掛けてきた。
鼻と……肩口に。
(一瞬で2か所も)
「5か所ですよぉ。この上なく」
甘い声だが心臓を握られる思いだ。クライマックス。彼女は当然のような顔で並走し当然のような顔でナイフを振りかざしている。
避ける。飛び退く。激痛が走る。脇腹。右大腿部。左側頭部。傷口が一斉に裂け血を噴いた。5か所同時は本当だった。
「ぬぇぬぇぬぇ!(←笑い声)。この上なくいいですよね! やっぱり。命を奪うっていう背徳的行為はきっと私の心を重くして
成長さえ促してくれるかも知れません!」
そういいながらクライマックスは童女のような表情でナイフの向きをあれこれ変え始めた。ときどき先端を口に近付けては
何かを伺うように金髪ピアスを見て、遠ざける。
「……ひょっとしてベロで血を舐めたいのか?」
「は、はい! お約束ですから!! この上なくナイフ使いのロマンですから!!」
「じゃあ舐めろよ」
い、いや……とクライマックスは後頭部を掻いた。
「舐め方が、分からないんですよぉ」
「…………」」
「あと金髪さん的にはヒきませんかそーいうの? なんかいやらしいというかやっぱり二次元と三次元の区別ついてないじゃ
ないかとか。あとこの上なく臭くて不健康ぽくて病気持ってそうだから純粋にイヤだなあというのもあります」
「ガチで殺しにきた上そんな暴言まで吐く方がヒくわ!! そーいうコトいう位ならやめろ!!」
「やめませんよ!! 私は私を救うためだったら他の人なんて幾らでもこの上なく犠牲にしたいタイプですから!!
「なんつー傲慢な意見だ!!」
「傲慢? いえ。私はこの上なく」
「嫉妬です!!」
大きく踏み込むクライマックス。
凄まじい風が路地裏に吹き込んだ。狂乱はまだまだ終わりそうになかった。
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