「魔法少女みやこ☆マギカ 第二話「奇跡になんか、頼るなよ」」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「魔法少女みやこ☆マギカ 第二話「奇跡になんか、頼るなよ」」(2011/07/23 (土) 09:33:02) の最新版変更点
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―――普通の少女・大倉都子。
けれど彼女は、出会ってしまった。
人智を超えた、魔法の力と。
<魔法の使者>キュゥべえと<魔法少女>佐倉杏子との邂逅から、一夜明けて。
「…魔法少女」
都子は一人、まとまらない考えを引きずって街を彷徨い歩いていた。
―――結局。
<もう少し考えさせて>とだけ答えて、キュゥべえとは別れた。
「意外だなあ、大抵の子は二つ返事なのに」
まあいいや、とキュゥべえは呑気そうに言う。
「契約したくなったら、心の中でボクを呼んでくれるだけでいい。すぐに駆け付けて、契約してあげるよ」
「…契約」
「自分の気持ちと、しっかり向き合って、その上で決めるんだ。選択権は、キミにある」
とはいうものの、都子は未だに決断できずにいた。
(魔法少女になれば…引き換えに、どんな願いも一つだけ叶う)
今の彼女にとって、あまりにも魅力的な取引ではあったけれど。
その後は―――どうなる?魔法少女として、恐ろしい魔女と命ある限り戦う運命を背負う事となる。
アニメの主人公みたい、だなんて能天気にはしゃぐ事はできない。
それよりも、都子を迷わせているのは、願いの内容だ。
―――輝明を、あたしに振り向かせたい―――
でもそれは…本来なら、自分の力でどうにかすべきではないのか?
奇跡に縋って、彼の心を無理矢理に自分に向かせたとしても―――
「本当に…それでいいの?」
そんなので、恋を成就させても―――
いつかきっと、後悔するんじゃないだろうか―――
一晩中、ベッドの中で一睡もせずに考えた。
それでも答えは出せずに、堂々巡りに終わってしまった。
朝になって、制服を着て、鞄を持って。だけど学校に行く気になんかなれずに。
当てもなく、ただぼんやりと歩いていた。
「おい。そこのあんた」
だから最初、それが自分に向けてとは気付かなかった。
「あんただよ、あんた―――大倉都子」
「え…」
振り向けば。
「何してんのさ、平日の真っ昼間からそんなカッコで。学校はサボリかい?」
―――昨夜の戦装束とは違い、爽やかな印象を与える薄い色合いの上着に、ショートパンツ。
色気のない格好だが、それが逆に彼女の自然な健康美を引き立てている。
「佐倉…さん?」
「杏子でいいよ」
そう言って。
「食うかい?」
杏子は、ポッキーを差し出してきた。
都子は怪訝に思いながらもお礼を言ってそれを受け取る。
「綺麗に食べろよ。食い物を粗末にする奴は最低だからな」
「う、うん…」
行儀が悪いが、道端に座り込み、しばし無言で、二人でポッキーを齧る。
どうにも杏子の真意を掴みかねて、都子は少々居心地の悪い思いだった。
「なあ…都子。まだ契約してないみたいだけど、結局あんた、どうすんの?」
不意に、杏子はそう訊ねてきた。
「昨日も言ったけど、あたしはお薦めしないよ」
「…でも」
振り切るには―――あまりにも甘い誘惑だ。
「正直に言っとくけどね。これはあんたの為というより、あたしの為だ」
言って。
杏子は掌に乗せた何かを、都子に見せる。
「それは…」
「これが、ソウルジェム…魔法少女の証さ。その様子じゃ、キュゥべえに教わってないみたいだね」
―――昨夜、戦装束の杏子の胸元で輝いていた、あの真紅の宝石。
あの時と、少し形が違っているけど、この輝きはそれに間違いない。
ソウルジェム。
「魔法少女の魔力の源。しかして、魔法を使えば使うほど、奇跡を起こせば起こすほど、この石は穢れていく」
「穢れる」
「真っ黒に穢れ切ったら…どうなるのかね?ま、死ぬんじゃないの」
おかしくなさそうに、杏子は笑う。
「その穢れを浄化するためには、とあるモノが必要だ」
そう言って杏子が取り出したのは、美麗な装飾が施された球体。
「グリーフシードというモノでね…ソウルジェムの穢れを祓う事ができる、唯一のアイテム。魔女を倒せば、コイツ
が手に入るが―――どうしたって数に限りがあるからね。グリーフシードを巡って、魔法少女同士で争う事も珍しく
ないんだ」
つまり。
「魔法少女同士ってのは仲間じゃない…商売敵さ」
ポキィっ!
派手な音を立てて、ポッキーを噛み砕く。
「従って、あたしとしては新しい魔法少女の誕生なんか迷惑なんだよ。文字通りの死活問題だからな」
「…………」
「そうでなくとも帰る家があって、家族がいて、暖かいメシが食える―――そんな恵まれた奴が、魔法少女になんざ
なるんじゃねえよ」
「恵まれてる…ですって…!?」
その言葉に我慢できず、都子は思わず立ち上がり、杏子を見下ろして喚き散らす。
「何が恵まれてるってのよ!?あたしにだって…あたしにだって、願いがあるわ!」
「―――そうか。どんな願いだ」
「…輝明、に」
健気に、一途に想い続けた、幼馴染。
「あたしの事を…好きに、なって、ほしい…」
「惚れた腫れたの話かよ…個人的にはどうかと思うね。魔法で人の心をどうにかしようなんて…最悪だ」
「それでも…」
知らず知らずの内に、涙が零れた。
「それでも、好きなの…鈍感で、あたしの気持ちに全然気付かなくて…だけど…嫌いになんか、なれない…」
「…………」
「あたしは…あいつが好きなの…命を捨ててもいいって、思えるくらいに…」
すっと、ハンカチが差し出された。
ぶっきらぼうに、杏子は「拭けよ」と都子の手にハンカチを押し付ける。
「…あり、がと」
「あんたなりに、命を賭けるに足る理由だってのは分かったよ…でもな、それでもやめとけ」
杏子は、断固とした口調で語る。
「運命を捩じ伏せ、従えたつもりでも―――そのツケは、どこかで払わされるんだ」
とても払えないような利子をつけてね、と、杏子は自嘲気味に笑った。
「希望と絶望は差し引きゼロ―――奇跡の名の下に因果を歪めた報いは、いつか必ずあんたに襲い掛かるよ」
「差し引き…ゼロ」
「あたしも、魔法少女は何人も見てきたけど…願いを叶えて幸せになった奴なんて、会った事ないね」
杏子は笑みを消して、真摯な眼差しで都子を射抜いた。
「だから、魔法少女になろうなんて考えるな―――人として生きろ」
「…………」
「失敗したあたしが言うんだ。間違いない」
失敗。何気なく言ったのだろうが、それはとても重いものを秘めているのだと、都子は感じた。
「…杏子は」
「あん?」
「杏子は…どんな、願いを?」
「言いたくねえ。言う義理もねえ」
短くも明瞭な否定。しかし、その一瞬浮かべた苦渋の色が、雄弁に物語っていた。
自分も、魔法少女達の例外ではない。
たった一つの願いを叶えても―――幸せになどなれなかった、と。
「ま、それはそうと、都子。色恋沙汰なんて理由ならさ―――」
杏子はニカッと笑い、ビシっと人差し指を都子の鼻先に突き付けてくる。
「あんた、そんだけ可愛いツラしてるんだ。もっともっと自分を磨いて、振り向かせればいいじゃねーか!」
「杏子…」
「自分自身で勝負しな。奇跡になんか、頼るなよ」
そう告げられて―――都子は、思わず微笑んだ。
「いい人ね、あなた」
「ハンッ!さっきも言ったけどあんたの為じゃねえ。同業者なんか増えても、あたしには損な事しかねーからな」
自分の為だ、と杏子は嘯(うそぶ)く。
「それでも…ありがとう」
ぐっ、と。杏子は食べ物が喉に詰まったかのように顔を赤くして、そっぽを向く。
「だ、だから!お礼なんか言ってんじゃねーよ!…ったく。白けた白けた。あたしはもう行くぞ!」
「うん…それじゃ、また」
「バカ言え。あたしとしちゃ、あんたがこのまま平和な日常に戻って、二度と顔を合わせないっつーのが最良さ」
憎まれ口を叩きながら、杏子は街の雑踏へと消えていく。
その後ろ姿を、都子はずっと見送っていた。
かつて、同じ選択を迫られ―――そして奇跡を選んだ、彼女の姿を。
―――数時間後。
都子と杏子が語り合った、その場所で、汗だくになって走る少年の姿があった。
髪はあまり手入れされておらずボサボサだが顔立ちは整っており、異性にはそれなりに好かれる部類だろう。
電柱に手を着き、深呼吸して荒い息を静める。
「都子…」
呟くのは彼にとって、とても大切な女の子の名前だった。
彼の名は―――永井輝明。
大倉都子の、幼馴染。
「どこに行っちゃったんだよ…お前…」
学校に、都子は来なかった。
彼女の家に電話しても、今朝は確かに登校したと言われた。
いても立ってもいられず、学校は自主休校し―――つまりサボリである―――都子を探して街中を駆けずり回り。
それでも、影も形も見つからない。
「…俺の、せいか」
思い出す。都子と共に過ごした、昨日の昼休み。
彼女の作ってくれた弁当を食べながら、無神経に放ってしまった言葉。
―――きっと都子は、いい男を見つけて、素敵なお嫁さんになるよ。
―――結婚式にはさ、俺も幼馴染代表として呼んでくれよな。
こんな言葉は、彼にとっても本心ではなかった。
輝明だって―――都子の事は、憎からず想っていたのだ。
けれど彼は<鈍感が服を着て歩いている>とまで評されている男である。
都子も自分を好きでいてくれている、なんて、まるで気付かずに。
(都子が俺に優しくしてくれるのは…単に、幼馴染だからだよな)
(恋人が出来たりしたら…もう俺に、構ってくれないよな)
そんな風に考えてしまって、半分やけっぱちで、あんな事を言ってしまった。
そして―――都子を傷つけた。
「ごめん…都子」
今となっては、理解するしかない。
自分が都子を想うように、都子もきっと、自分を想ってくれていたのだと。
だから―――あんなに、泣いて。
過去に戻れるのなら、自分を蹴り飛ばしてやりたかった。だけど、そんな事は出来ない。
ならば、自分に出来る事は、一つだけ。
都子を見つけて、謝って。そして。
もう手遅れかもしれないけれど―――自分の気持ちを、伝えよう。
「昨日の昼休み…本当は…俺の嫁さんになってくれたらいいのになって…そう、言いたかったんだぜ」
ぐっと歯を食い縛って、再び駆け出した。
都子を。
大事な人を、求めて。
―――そんな彼の姿を、電柱の上から観察する者がいた。
「ふーん…永井輝明。なるほどね」
魔法の使者―――キュゥべえ。
街往く人々は誰一人、彼の姿には気付かない。
彼自身から姿を見せぬ限り、誰もキュゥべえを認識する事は出来ないのだ。
「それにしても、人間というのは理解できないよ。愛だの恋だので右往左往…」
まったく。
わけが分からないよ。
それがキュゥべえの、正直な感想だった。
「ま、いいか…そんな事は、ボクの知った事じゃない」
瞳を歪ませ、キュゥべえは冷徹に輝明を見つめる。
その様はまるで、配られた手札をチェックする、カードゲームの参加者のようでもあった。
彼にとっては人間なんて、使えるのかそうでないのか、その二つにしか区別されていないのだ。
「魔法少女の強さは才能だけじゃなく、契約の際にどんな願いを叶えるか。それにも相当に左右されるからね…」
大倉都子は、最上級とまではいかないが、逸材と称して差し支えない素質を秘めている。
それでも願い事次第では<並の魔法少女>程度に成り下がってしまうだろう。
「誰かに自分を好きになってもらう、ってのも別にいいんだけど…正直ちょっと弱いなあ。おまけにあの永井輝明
も、都子に対して好意を抱いてるみたいだし。これじゃあ願い事にならないかもね―――そもそも、輝明が都子を
見つけちゃったら、都子は魔法少女になるつもりなんてなくなっちゃうんじゃないかなぁ」
面倒な事だなぁ。恋愛なんて、所詮は性欲に起因する劣情を綺麗に言い換えただけの言葉なのに、と。
キュゥべえは嘲りすらせずにそう思った。
ともかく、折角の上等な素材を準備段階で台無しにしては、元も子もない。
キュゥべえは考える。
「できればもっともっと、強い感情で、純粋な祈りで、気高き願いで契約してもらいたい所だ」
そのための布石は、打てるだけ打っておくべき。
キュゥべえはもう一度、永井輝明を一瞥する。
大切な幼馴染の姿を探して、必死に駆ける少年を。
「大倉都子への最後の一押しとして、彼にも精々、活躍してもらおうかな」
そして、キュゥべえは地面に降り立ち。
輝明に向けて、ゆっくりと歩き出した―――
第二話「奇跡になんか、頼るなよ」
―――普通の少女・大倉都子。
けれど彼女は、出会ってしまった。
人智を超えた、魔法の力と。
<魔法の使者>キュゥべえと<魔法少女>佐倉杏子との邂逅から、一夜明けて。
「…魔法少女」
都子は一人、まとまらない考えを引きずって街を彷徨い歩いていた。
―――結局。
<もう少し考えさせて>とだけ答えて、キュゥべえとは別れた。
「意外だなあ、大抵の子は二つ返事なのに」
まあいいや、とキュゥべえは呑気そうに言う。
「契約したくなったら、心の中でボクを呼んでくれるだけでいい。すぐに駆け付けて、契約してあげるよ」
「…契約」
「自分の気持ちと、しっかり向き合って、その上で決めるんだ。選択権は、キミにある」
とはいうものの、都子は未だに決断できずにいた。
(魔法少女になれば…引き換えに、どんな願いも一つだけ叶う)
今の彼女にとって、あまりにも魅力的な取引ではあったけれど。
その後は―――どうなる?魔法少女として、恐ろしい魔女と命ある限り戦う運命を背負う事となる。
アニメの主人公みたい、だなんて能天気にはしゃぐ事はできない。
それよりも、都子を迷わせているのは、願いの内容だ。
―――輝明を、あたしに振り向かせたい―――
でもそれは…本来なら、自分の力でどうにかすべきではないのか?
奇跡に縋って、彼の心を無理矢理に自分に向かせたとしても―――
「本当に…それでいいの?」
そんなので、恋を成就させても―――
いつかきっと、後悔するんじゃないだろうか―――
一晩中、ベッドの中で一睡もせずに考えた。
それでも答えは出せずに、堂々巡りに終わってしまった。
朝になって、制服を着て、鞄を持って。だけど学校に行く気になんかなれずに。
当てもなく、ただぼんやりと歩いていた。
「おい。そこのあんた」
だから最初、それが自分に向けてとは気付かなかった。
「あんただよ、あんた―――大倉都子」
「え…」
振り向けば。
「何してんのさ、平日の真っ昼間からそんなカッコで。学校はサボリかい?」
―――昨夜の戦装束とは違い、爽やかな印象を与える薄い色合いの上着に、ショートパンツ。
色気のない格好だが、それが逆に彼女の自然な健康美を引き立てている。
「佐倉…さん?」
「杏子でいいよ」
そう言って。
「食うかい?」
杏子は、ポッキーを差し出してきた。
都子は怪訝に思いながらもお礼を言ってそれを受け取る。
「綺麗に食べろよ。食い物を粗末にする奴は最低だからな」
「う、うん…」
行儀が悪いが、道端に座り込み、しばし無言で、二人でポッキーを齧る。
どうにも杏子の真意を掴みかねて、都子は少々居心地の悪い思いだった。
「なあ…都子。まだ契約してないみたいだけど、結局あんた、どうすんの?」
不意に、杏子はそう訊ねてきた。
「昨日も言ったけど、あたしはお薦めしないよ」
「…でも」
振り切るには―――あまりにも甘い誘惑だ。
「正直に言っとくけどね。これはあんたの為というより、あたしの為だ」
言って。
杏子は掌に乗せた何かを、都子に見せる。
「それは…」
「これが、ソウルジェム…魔法少女の証さ。その様子じゃ、キュゥべえに教わってないみたいだね」
―――昨夜、戦装束の杏子の胸元で輝いていた、あの真紅の宝石。
あの時と、少し形が違っているけど、この輝きはそれに間違いない。
ソウルジェム。
「魔法少女の魔力の源。しかして、魔法を使えば使うほど、奇跡を起こせば起こすほど、この石は穢れていく」
「穢れる」
「真っ黒に穢れ切ったら…どうなるのかね?ま、死ぬんじゃないの」
おかしくなさそうに、杏子は笑う。
「その穢れを浄化するためには、とあるモノが必要だ」
そう言って杏子が取り出したのは、美麗な装飾が施された球体。
「グリーフシードというモノでね…ソウルジェムの穢れを祓う事ができる、唯一のアイテム。魔女を倒せば、コイツ
が手に入るが―――どうしたって数に限りがあるからね。グリーフシードを巡って、魔法少女同士で争う事も珍しく
ないんだ」
つまり。
「魔法少女同士ってのは仲間じゃない…商売敵さ」
ポキィっ!
派手な音を立てて、ポッキーを噛み砕く。
「従って、あたしとしては新しい魔法少女の誕生なんか迷惑なんだよ。文字通りの死活問題だからな」
「…………」
「そうでなくとも帰る家があって、家族がいて、暖かいメシが食える―――そんな恵まれた奴が、魔法少女になんざ
なるんじゃねえよ」
「恵まれてる…ですって…!?」
その言葉に我慢できず、都子は思わず立ち上がり、杏子を見下ろして喚き散らす。
「何が恵まれてるってのよ!?あたしにだって…あたしにだって、願いがあるわ!」
「―――そうか。どんな願いだ」
「…輝明、に」
健気に、一途に想い続けた、幼馴染。
「あたしの事を…好きに、なって、ほしい…」
「惚れた腫れたの話かよ…個人的にはどうかと思うね。魔法で人の心をどうにかしようなんて…最悪だ」
「それでも…」
知らず知らずの内に、涙が零れた。
「それでも、好きなの…鈍感で、あたしの気持ちに全然気付かなくて…だけど…嫌いになんか、なれない…」
「…………」
「あたしは…あいつが好きなの…命を捨ててもいいって、思えるくらいに…」
すっと、ハンカチが差し出された。
ぶっきらぼうに、杏子は「拭けよ」と都子の手にハンカチを押し付ける。
「…あり、がと」
「あんたなりに、命を賭けるに足る理由だってのは分かったよ…でもな、それでもやめとけ」
杏子は、断固とした口調で語る。
「運命を捩じ伏せ、従えたつもりでも―――そのツケは、どこかで払わされるんだ」
とても払えないような利子をつけてね、と、杏子は自嘲気味に笑った。
「希望と絶望は差し引きゼロ―――奇跡の名の下に因果を歪めた報いは、いつか必ずあんたに襲い掛かるよ」
「差し引き…ゼロ」
「あたしも、魔法少女は何人も見てきたけど…願いを叶えて幸せになった奴なんて、会った事ないね」
杏子は笑みを消して、真摯な眼差しで都子を射抜いた。
「だから、魔法少女になろうなんて考えるな―――人として生きろ」
「…………」
「失敗したあたしが言うんだ。間違いない」
失敗。何気なく言ったのだろうが、それはとても重いものを秘めているのだと、都子は感じた。
「…杏子は」
「あん?」
「杏子は…どんな、願いを?」
「言いたくねえ。言う義理もねえ」
短くも明瞭な否定。しかし、その一瞬浮かべた苦渋の色が、雄弁に物語っていた。
自分も、魔法少女達の例外ではない。
たった一つの願いを叶えても―――幸せになどなれなかった、と。
「ま、それはそうと、都子。色恋沙汰なんて理由ならさ―――」
杏子はニカッと笑い、ビシっと人差し指を都子の鼻先に突き付けてくる。
「あんた、そんだけ可愛いツラしてるんだ。もっともっと自分を磨いて、振り向かせればいいじゃねーか!」
「杏子…」
「自分自身で勝負しな。奇跡になんか、頼るなよ」
そう告げられて―――都子は、思わず微笑んだ。
「いい人ね、あなた」
「ハンッ!さっきも言ったけどあんたの為じゃねえ。同業者なんか増えても、あたしには損な事しかねーからな」
自分の為だ、と杏子は嘯(うそぶ)く。
「それでも…ありがとう」
ぐっ、と。杏子は食べ物が喉に詰まったかのように顔を赤くして、そっぽを向く。
「だ、だから!お礼なんか言ってんじゃねーよ!…ったく。白けた白けた。あたしはもう行くぞ!」
「うん…それじゃ、また」
「バカ言え。あたしとしちゃ、あんたがこのまま平和な日常に戻って、二度と顔を合わせないっつーのが最良さ」
憎まれ口を叩きながら、杏子は街の雑踏へと消えていく。
その後ろ姿を、都子はずっと見送っていた。
かつて、同じ選択を迫られ―――そして奇跡を選んだ、彼女の姿を。
―――数時間後。
都子と杏子が語り合った、その場所で、汗だくになって走る少年の姿があった。
髪はあまり手入れされておらずボサボサだが顔立ちは整っており、異性にはそれなりに好かれる部類だろう。
電柱に手を着き、深呼吸して荒い息を静める。
「都子…」
呟くのは彼にとって、とても大切な女の子の名前だった。
彼の名は―――永井輝明。
大倉都子の、幼馴染。
「どこに行っちゃったんだよ…お前…」
学校に、都子は来なかった。
彼女の家に電話しても、今朝は確かに登校したと言われた。
いても立ってもいられず、学校は自主休校し―――つまりサボリである―――都子を探して街中を駆けずり回り。
それでも、影も形も見つからない。
「…俺の、せいか」
思い出す。都子と共に過ごした、昨日の昼休み。
彼女の作ってくれた弁当を食べながら、無神経に放ってしまった言葉。
―――きっと都子は、いい男を見つけて、素敵なお嫁さんになるよ。
―――結婚式にはさ、俺も幼馴染代表として呼んでくれよな。
こんな言葉は、彼にとっても本心ではなかった。
輝明だって―――都子の事は、憎からず想っていたのだ。
けれど彼は<鈍感が服を着て歩いている>とまで評されている男である。
都子も自分を好きでいてくれている、なんて、まるで気付かずに。
(都子が俺に優しくしてくれるのは…単に、幼馴染だからだよな)
(恋人が出来たりしたら…もう俺に、構ってくれないよな)
そんな風に考えてしまって、半分やけっぱちで、あんな事を言ってしまった。
そして―――都子を傷つけた。
「ごめん…都子」
今となっては、理解するしかない。
自分が都子を想うように、都子もきっと、自分を想ってくれていたのだと。
だから―――あんなに、泣いて。
過去に戻れるのなら、自分を蹴り飛ばしてやりたかった。だけど、そんな事は出来ない。
ならば、自分に出来る事は、一つだけ。
都子を見つけて、謝って。そして。
もう手遅れかもしれないけれど―――自分の気持ちを、伝えよう。
「昨日の昼休み…本当は…俺の嫁さんになってくれたらいいのになって…そう、言いたかったんだぜ」
ぐっと歯を食い縛って、再び駆け出した。
都子を。
大事な人を、求めて。
―――そんな彼の姿を、電柱の上から観察する者がいた。
「ふーん…永井輝明。なるほどね」
魔法の使者―――キュゥべえ。
街往く人々は誰一人、彼の姿には気付かない。
彼自身から姿を見せぬ限り、誰もキュゥべえを認識する事は出来ないのだ。
「それにしても、人間というのは理解できないよ。愛だの恋だので右往左往…」
まったく。
わけが分からないよ。
それがキュゥべえの、正直な感想だった。
「ま、いいか…そんな事は、ボクの知った事じゃない」
瞳を歪ませ、キュゥべえは冷徹に輝明を見つめる。
その様はまるで、配られた手札をチェックする、カードゲームの参加者のようでもあった。
彼にとっては人間なんて、使えるのかそうでないのか、その二つにしか区別されていないのだ。
「魔法少女の強さは才能だけじゃなく、契約の際にどんな願いを叶えるか。それにも相当に左右されるからね…」
大倉都子は、最上級とまではいかないが、逸材と称して差し支えない素質を秘めている。
それでも願い事次第では<並の魔法少女>程度に成り下がってしまうだろう。
「誰かに自分を好きになってもらう、ってのも別にいいんだけど…正直ちょっと弱いなあ。おまけにあの永井輝明
も、都子に対して好意を抱いてるみたいだし。これじゃあ願い事にならないかもね―――そもそも、輝明が都子を
見つけちゃったら、都子は魔法少女になるつもりなんてなくなっちゃうんじゃないかなぁ」
面倒な事だなぁ。恋愛なんて、所詮は性欲に起因する劣情を綺麗に言い換えただけの言葉なのに、と。
キュゥべえは嘲りすらせずにそう思った。
ともかく、折角の上等な素材を準備段階で台無しにしては、元も子もない。
キュゥべえは考える。
「できればもっともっと、強い感情で、純粋な祈りで、気高き願いで契約してもらいたい所だ」
そのための布石は、打てるだけ打っておくべき。
キュゥべえはもう一度、永井輝明を一瞥する。
大切な幼馴染の姿を探して、必死に駆ける少年を。
「大倉都子への最後の一押しとして、彼にも精々、活躍してもらおうかな」
そして、キュゥべえは地面に降り立ち。
輝明に向けて、ゆっくりと歩き出した―――
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