二月も半ばにさしかかろうとしている幻想郷は、太陽が昇っているのにも関わらず、身を切るような寒さに満ちていた。
たくさんの雪が地面に降り積もり、太陽の光を照り返して輝いている。
雲ひとつなく澄み切った青天は、舞い上がればさぞ気持ちがいいだろう。
途中、氷の妖精が楽しげに仲間の妖精達と戯れているのを見た。
彼女ら冬の化身が元気に遊んでいるのなら、まだまだ春の訪れは遠いようだ。
たくさんの雪が地面に降り積もり、太陽の光を照り返して輝いている。
雲ひとつなく澄み切った青天は、舞い上がればさぞ気持ちがいいだろう。
途中、氷の妖精が楽しげに仲間の妖精達と戯れているのを見た。
彼女ら冬の化身が元気に遊んでいるのなら、まだまだ春の訪れは遠いようだ。
――そんなことを思いながら、アリス・マーガトロイドは魔法の森の小道を歩いていた。
白い吐息をつき、昨日うっすらと降り積もった新雪の上を、さくさくと耳によい音を立てて。
いつもの服装に、マフラーを首に巻き、手袋をつけ、防寒対策はしっかりとして。
それでもこの寒空の下を歩けば、すぐに頬が真っ赤になってしまう。
――が、彼女の頬が赤いのは、果たして寒さだけがその理由であったのか。
白い吐息をつき、昨日うっすらと降り積もった新雪の上を、さくさくと耳によい音を立てて。
いつもの服装に、マフラーを首に巻き、手袋をつけ、防寒対策はしっかりとして。
それでもこの寒空の下を歩けば、すぐに頬が真っ赤になってしまう。
――が、彼女の頬が赤いのは、果たして寒さだけがその理由であったのか。
歩くアリスの手には、綺麗に包装された紙箱があった。時折それを見ては「ふふ」と小さく笑みを漏らす。
待ちわびていた日。今日の日付は、2月14日――
いまアリスは、霧雨魔理沙のところへ、バレンタインチョコを渡しに向かっている。
待ちわびていた日。今日の日付は、2月14日――
いまアリスは、霧雨魔理沙のところへ、バレンタインチョコを渡しに向かっている。
そもそも、アリスが魔理沙に好意を寄せるようになったのは、何時からか。
春が失われた異変からか、永遠の夜が続く異変からか、それとも、もっと別の機会だったのか――
ただ、気がついたときには、彼女を想う気持ちだけがあった。
慌てることもなく、戸惑うこともなく、アリスは「ああ、わたし、魔理沙のことが好きなんだ」とあっさりと自分の気持ちを認めた。
そのときから、魔理沙のすべてが気になった。いつも彼女の行動を目で追った。いつも彼女の傍にいたいと思った。
ただ純粋に――アリス・マーガトロイドは、霧雨魔理沙に恋をしていた。
そして、恋する乙女にとって、バレンタインデーは決して見逃すことの出来ない一大イベントだ。
その大イベントで成功を収めるべく、アリスは一ヶ月前から綿密な計画を立てていた。
紅魔館の大図書館でおいしいチョコレートの作り方のハウツー本を読み漁り、境界の妖怪に頼み込んで外の世界からチョコの材料を
調達し、魔理沙にチョコを渡す瞬間からその後の場面を何度も頭の中でシュミレートした。
準備はすべて整った。あやまりも、穴もないはずだ。
なのに――
春が失われた異変からか、永遠の夜が続く異変からか、それとも、もっと別の機会だったのか――
ただ、気がついたときには、彼女を想う気持ちだけがあった。
慌てることもなく、戸惑うこともなく、アリスは「ああ、わたし、魔理沙のことが好きなんだ」とあっさりと自分の気持ちを認めた。
そのときから、魔理沙のすべてが気になった。いつも彼女の行動を目で追った。いつも彼女の傍にいたいと思った。
ただ純粋に――アリス・マーガトロイドは、霧雨魔理沙に恋をしていた。
そして、恋する乙女にとって、バレンタインデーは決して見逃すことの出来ない一大イベントだ。
その大イベントで成功を収めるべく、アリスは一ヶ月前から綿密な計画を立てていた。
紅魔館の大図書館でおいしいチョコレートの作り方のハウツー本を読み漁り、境界の妖怪に頼み込んで外の世界からチョコの材料を
調達し、魔理沙にチョコを渡す瞬間からその後の場面を何度も頭の中でシュミレートした。
準備はすべて整った。あやまりも、穴もないはずだ。
なのに――
(――ああ、どうしよう)
魔法の森の中にある魔理沙の家の前で、アリスは立ちすくんでいた。
立てかけられた「霧雨魔法店」という看板の下には、雪を被った、何に使うのか不明ながらくたが転がっている。
いつもなら「少しは片づければいいのに」と思うところだが、そういった心の余裕がいまのアリスには欠けていた。
(――すごいどきどきしてる)
心臓の鼓動が止まらない。大きく騒々しい音が、耳で鳴り響く。
失敗を恐れてか、それとも、チョコを受け取ったときの魔理沙の笑顔を思い浮かべて、この胸は高鳴るのか。
ただ一つはっきりしているのは、過度に緊張して台無しにすることは、絶対にしてはならない、ということ。
アリスは深呼吸した。何度も、何度も。冷たい空気は、アリスの頭と体の火照りを束の間おさまらせた。
が、いつまでも抑え切れるとは思えなかった。
昂ぶりがぶり返してくるまえに、アリスは扉を叩く。ノックの回数は、親愛を示す三回。
しかし、いくら待っても、答えが返ってくることも、扉が開くこともなく、扉は沈黙したまま。
「魔理沙……?」
もしかしていないのだろうか――少しだけ戸惑いながらも、アリスは再びノックをする。
が、やはり答えはない。どうやら本当に不在のようだ。
「なんだ……」
アリスは大きく溜息を吐いた。一人舞い上がっていた自分が恥ずかしい。
ともかく、この家の主がいないのなら、いつまでもここにいても仕方がない。
アリスは踵を返し、来た道を戻り始める。
しかし、家にいないのなら、いったいどこに魔理沙はいるのだろう。交友関係の広い彼女がいそうな場所は、いくらでも思いつく。
それこそ幻想郷中すべての人間、妖怪が友人と言っていいほどだ。
彼女が毎日入り浸っている博麗神社の巫女、懇意にしてもらっている(?)らしい紅魔館の大図書館の魔法使い、妖怪の山の河童、
魔法の森にある道具屋「香霖堂」の店主……と枚挙に暇が無い。
「とりあえず、手当たり次第に探してみるしかなさそうね……」
そう言ってアリスは、魔理沙を探すべく、空に飛び上がった――
だけど――
どこにも彼女の姿は見つからなかった。
魔理沙の友人や知人を訪ね、さらに範囲を広げ、彼女が普段行かなそうなところにもアリスは赴いた。
でも、どこにいっても「いないよ」という言葉ばかり。そのたびにアリスの心は沈んでいった。
次に行くところには、必ずいる――そう思うたびに、裏切られた。次第に足が重くなっていった。霜焼けで顔が真っ赤になった。
身体も心もすっかり冷め切っていた。朝の胸の高鳴りはもうどこにもなかった。手の中にある紙箱の重さが、とても空しく感じられた。
ひょっとしたら、自分は魔理沙に避けられているのかもしれない――そう思いさえした。
そしてアリスは、
魔法の森の中にある魔理沙の家の前で、アリスは立ちすくんでいた。
立てかけられた「霧雨魔法店」という看板の下には、雪を被った、何に使うのか不明ながらくたが転がっている。
いつもなら「少しは片づければいいのに」と思うところだが、そういった心の余裕がいまのアリスには欠けていた。
(――すごいどきどきしてる)
心臓の鼓動が止まらない。大きく騒々しい音が、耳で鳴り響く。
失敗を恐れてか、それとも、チョコを受け取ったときの魔理沙の笑顔を思い浮かべて、この胸は高鳴るのか。
ただ一つはっきりしているのは、過度に緊張して台無しにすることは、絶対にしてはならない、ということ。
アリスは深呼吸した。何度も、何度も。冷たい空気は、アリスの頭と体の火照りを束の間おさまらせた。
が、いつまでも抑え切れるとは思えなかった。
昂ぶりがぶり返してくるまえに、アリスは扉を叩く。ノックの回数は、親愛を示す三回。
しかし、いくら待っても、答えが返ってくることも、扉が開くこともなく、扉は沈黙したまま。
「魔理沙……?」
もしかしていないのだろうか――少しだけ戸惑いながらも、アリスは再びノックをする。
が、やはり答えはない。どうやら本当に不在のようだ。
「なんだ……」
アリスは大きく溜息を吐いた。一人舞い上がっていた自分が恥ずかしい。
ともかく、この家の主がいないのなら、いつまでもここにいても仕方がない。
アリスは踵を返し、来た道を戻り始める。
しかし、家にいないのなら、いったいどこに魔理沙はいるのだろう。交友関係の広い彼女がいそうな場所は、いくらでも思いつく。
それこそ幻想郷中すべての人間、妖怪が友人と言っていいほどだ。
彼女が毎日入り浸っている博麗神社の巫女、懇意にしてもらっている(?)らしい紅魔館の大図書館の魔法使い、妖怪の山の河童、
魔法の森にある道具屋「香霖堂」の店主……と枚挙に暇が無い。
「とりあえず、手当たり次第に探してみるしかなさそうね……」
そう言ってアリスは、魔理沙を探すべく、空に飛び上がった――
だけど――
どこにも彼女の姿は見つからなかった。
魔理沙の友人や知人を訪ね、さらに範囲を広げ、彼女が普段行かなそうなところにもアリスは赴いた。
でも、どこにいっても「いないよ」という言葉ばかり。そのたびにアリスの心は沈んでいった。
次に行くところには、必ずいる――そう思うたびに、裏切られた。次第に足が重くなっていった。霜焼けで顔が真っ赤になった。
身体も心もすっかり冷め切っていた。朝の胸の高鳴りはもうどこにもなかった。手の中にある紙箱の重さが、とても空しく感じられた。
ひょっとしたら、自分は魔理沙に避けられているのかもしれない――そう思いさえした。
そしてアリスは、
「――それで、またここに来たってわけね?」
「……うん」
「……うん」
暖房がよくきいた博麗神社の部屋、こたつに入り、いつもの紅白の巫女服を着た博麗霊夢の前に座っていた。
実はここに来るのは今日で二度目だ。普段魔理沙は博麗神社に入り浸っているため、いるとしたらここが一番可能性が高かったのだが、
日中に訪れた時、彼女の姿はなかった。
でも、もしかしたら――と最後の希望に縋りついたアリスだが、結局は。
神社にいたのは、こたつの上のみかんに手を伸ばそうとする博麗霊夢ただ一人。
実はここに来るのは今日で二度目だ。普段魔理沙は博麗神社に入り浸っているため、いるとしたらここが一番可能性が高かったのだが、
日中に訪れた時、彼女の姿はなかった。
でも、もしかしたら――と最後の希望に縋りついたアリスだが、結局は。
神社にいたのは、こたつの上のみかんに手を伸ばそうとする博麗霊夢ただ一人。
「そんなに残念だった? 魔理沙がいなかったことが」
少しジト目気味に霊夢はアリスを見た。
神社に来るなりアリスが落胆の表情で自分を見たことを、少なからず根に持っているらしい。
「悪かったわよ……」
「まあ別にいいんだけどね」
そう言って霊夢はみかんを頬張る。
「で、どうするの? また探しに行く? もう外、真っ暗だけど」
少しジト目気味に霊夢はアリスを見た。
神社に来るなりアリスが落胆の表情で自分を見たことを、少なからず根に持っているらしい。
「悪かったわよ……」
「まあ別にいいんだけどね」
そう言って霊夢はみかんを頬張る。
「で、どうするの? また探しに行く? もう外、真っ暗だけど」
霊夢の言うとおり、太陽はもう山の彼方に沈み、あたりには宵闇が満ちている。
バレンタインデーが終わりを告げようとしている。
魔理沙にチョコを渡せないまま。
「……ううん。もう、いいわ。あれだけ探しても、見つけられなかったし……」
バレンタインデーが終わりを告げようとしている。
魔理沙にチョコを渡せないまま。
「……ううん。もう、いいわ。あれだけ探しても、見つけられなかったし……」
そういったきり、アリスは口をつぐんだ。
霊夢は何を言うのでもなく、ただみかんを口に運ぶ。
部屋の中に静寂が満ちる。時計の音がいやに耳に響く。
長い沈黙が過ぎて――
霊夢は何を言うのでもなく、ただみかんを口に運ぶ。
部屋の中に静寂が満ちる。時計の音がいやに耳に響く。
長い沈黙が過ぎて――
「私……馬鹿みたい」
そう呟くアリスのまなじりには、涙が浮かんでいた。
こんなに探しても、見つからないなんて――本当に自分は避けられているのかもしれない。
こんなはずじゃなかった。こんなみじめな思いをするために、今日まで頑張ってきたわけじゃなかった。
苦しい。こんな気持ちになるのなら――もう、諦めてしまおう。
こんなに探しても、見つからないなんて――本当に自分は避けられているのかもしれない。
こんなはずじゃなかった。こんなみじめな思いをするために、今日まで頑張ってきたわけじゃなかった。
苦しい。こんな気持ちになるのなら――もう、諦めてしまおう。
「帰るわ」
そう言ってアリスは立ち上がった。
「いいの?」
二個目のみかんに手を伸ばしながら霊夢が言う。
そう言ってアリスは立ち上がった。
「いいの?」
二個目のみかんに手を伸ばしながら霊夢が言う。
「ええ。もういいの」
「ふーん。チョコ、無駄になっちゃうわね」
「…………」
「ふーん。チョコ、無駄になっちゃうわね」
「…………」
アリスはチョコが入った紙箱を見つめる。
今日を楽しみにしていた記憶がよみがえる。
一人で張り切って、舞い上がって。
唇を噛む。これ以上、こんなもの見ていたくない。
今日を楽しみにしていた記憶がよみがえる。
一人で張り切って、舞い上がって。
唇を噛む。これ以上、こんなもの見ていたくない。
「霊夢、よかったらこれ、あなたに――」
「いらないわ」
拒絶の言葉は素早かった。
「いらないわ」
拒絶の言葉は素早かった。
「それ、魔理沙のために作ったんでしょ? どうして私が受け取らなきゃならないのよ」
「だって……」
「心配しなくても、そろそろ来るわ」
「だって……」
「心配しなくても、そろそろ来るわ」
三個めのみかんを剥きながら、霊夢はそう呟いた。
それと同時に――玄関の方から、どたどたという足音が聞こえた。
そして――
それと同時に――玄関の方から、どたどたという足音が聞こえた。
そして――
「邪魔するぜ! お、アリスじゃないか。こんなところで何してるんだ?」
開け放たれた戸の先に――
散々探し回った、そして見つけることが出来なかった――
霧雨魔理沙が、立っていた。
散々探し回った、そして見つけることが出来なかった――
霧雨魔理沙が、立っていた。
「やっときたわね」
「おーす霊夢。やっとって、どういうことだ?」
「そこで固まってる奴に聞きなさい」
「???」
「おーす霊夢。やっとって、どういうことだ?」
「そこで固まってる奴に聞きなさい」
「???」
アリスは信じられなかった。
魔理沙が、いま、目の前にいる。
嬉しかった。でも同時に、怒りも感じていた。
いままで――私があんなに苦労してあなたを探していた間――
魔理沙が、いま、目の前にいる。
嬉しかった。でも同時に、怒りも感じていた。
いままで――私があんなに苦労してあなたを探していた間――
「い、いったいどこにいたのよ! 私、ずっとあなたのこと――」
「わたしなら一日中家にいたぜ」
「え」
「アリスはあんたの家にいったみたいだけど?」
「本当か? すまんすまん。なんせ今日一日、これ作るので忙しかったからな」
「わたしなら一日中家にいたぜ」
「え」
「アリスはあんたの家にいったみたいだけど?」
「本当か? すまんすまん。なんせ今日一日、これ作るので忙しかったからな」
といって、魔理沙は背後から"なにか"を引きずり出した。
それを目にしたアリスと霊夢は、驚きに目を丸くした。
二人の視線の先にあったのは――
ぱんぱんに膨れ上がった、人間一人くらいすっぽり入るほど巨大な袋だった。
それを目にしたアリスと霊夢は、驚きに目を丸くした。
二人の視線の先にあったのは――
ぱんぱんに膨れ上がった、人間一人くらいすっぽり入るほど巨大な袋だった。
「なに……それ……」
「チョコレートだぜ」
「チョコレートだぜ」
魔理沙の言葉にさらに驚く二人。
その膨らみ具合から、中に入っているチョコレートの数は、おそらく三桁に届くだろう。あまりに常軌を逸している。
その膨らみ具合から、中に入っているチョコレートの数は、おそらく三桁に届くだろう。あまりに常軌を逸している。
「そんなにたくさん、いったい誰に贈るの?」
いち早く驚きから回復した霊夢が尋ねる。
「もちろん、幻想郷のみんなに、だぜ」
量も量なら、発想もたいがいだった。霊夢はあきれ果てて何も言えなかった。
いち早く驚きから回復した霊夢が尋ねる。
「もちろん、幻想郷のみんなに、だぜ」
量も量なら、発想もたいがいだった。霊夢はあきれ果てて何も言えなかった。
「普段からいろいろと世話になってるからな。ささやかながらその感謝の気持ちを、私なりに全力で贈らせていただく、ってことさ。
ということで、」
魔理沙がアリスの手を掴む。伝わってくるぬくもりに心臓が跳ねた。
「ちょっとつきあえ、アリス!」
「な、何に?」
「決まってるだろ。バレンタインデーチョコを配りに、さ」
「え、ええ?」
戸惑うアリスに構わず魔理沙は、その手を強引に引っ張っていく。
「ちょっと考えがあるんだよ。てことで、霊夢も楽しみにしてろよな!」
「よくわからないけど、あんまり期待しないで待ってるわ」
ひらひらと手を振って、部屋を出て行く二人を送る霊夢であった。
「さすがに寒いぜ」
ということで、」
魔理沙がアリスの手を掴む。伝わってくるぬくもりに心臓が跳ねた。
「ちょっとつきあえ、アリス!」
「な、何に?」
「決まってるだろ。バレンタインデーチョコを配りに、さ」
「え、ええ?」
戸惑うアリスに構わず魔理沙は、その手を強引に引っ張っていく。
「ちょっと考えがあるんだよ。てことで、霊夢も楽しみにしてろよな!」
「よくわからないけど、あんまり期待しないで待ってるわ」
ひらひらと手を振って、部屋を出て行く二人を送る霊夢であった。
「さすがに寒いぜ」
ぶるる、と魔理沙は震えた。無理もない。いま魔理沙は、幻想郷の上空を飛んでいるのだから。
アリスはその背中を見つめながら、同じ箒の上に乗っている。
空は地上よりも遥かに寒かった。
防寒をきちんとしてきた自分でさえそう感じるのだから、いつもの黒白の魔法使い服のままの魔理沙は相当堪えるだろう。
アリスはその背中を見つめながら、同じ箒の上に乗っている。
空は地上よりも遥かに寒かった。
防寒をきちんとしてきた自分でさえそう感じるのだから、いつもの黒白の魔法使い服のままの魔理沙は相当堪えるだろう。
「家を飛び出したとき、うっかり忘れちまったんだよ」
「まったくもう。ほら、私のマフラー貸してあげる」
「お、サンキュー」
「まったくもう。ほら、私のマフラー貸してあげる」
「お、サンキュー」
差し出されたマフラーを首に巻く魔理沙。それだけで寒さが凌げるわけがなかったが、何も無いよりはましだろう。
「それはいいとして――どうしてチョコを配るために、こんなところにきたのよ」
てっきり知り合いを直接訪ねてチョコを渡すのかと思ったのだが、魔理沙が目指したのは幻想郷の上空。
しかもこうして話している間も高度を上げている。わざわざそうするだけの理由が見つからなかった。
しかもこうして話している間も高度を上げている。わざわざそうするだけの理由が見つからなかった。
「だから言っただろ。ここからチョコを届けるんだ」
「え?」
「さて、このくらいの高度で十分だな。ま、いいから見てろって」
「え?」
「さて、このくらいの高度で十分だな。ま、いいから見てろって」
そう言って魔理沙は、ポケットから一枚のカードを取り出した。
アリスはますますわけがわからなくなった。
スペルカード――"弾幕ごっこ"で使うそれが、何故いま必要になる?
だが魔理沙は自信に満ちた笑みを浮かべ、箒の上に立ち上がり――
アリスはますますわけがわからなくなった。
スペルカード――"弾幕ごっこ"で使うそれが、何故いま必要になる?
だが魔理沙は自信に満ちた笑みを浮かべ、箒の上に立ち上がり――
「じゃあいくぜ」
――魔符「スターダストレヴァリエ」
――魔符「スターダストレヴァリエ」
魔理沙の詠唱が、カードに秘められた魔力を開放する。
大小さまざな星達が二人の周囲に生まれた。その数は数え切れないほどだ。
あまりの光量にアリスは思わず目を瞑った。
たくさんの星は目が眩むほどの輝きに満ち、まるで光の洪水の真っ只中にいるかのよう。
大小さまざな星達が二人の周囲に生まれた。その数は数え切れないほどだ。
あまりの光量にアリスは思わず目を瞑った。
たくさんの星は目が眩むほどの輝きに満ち、まるで光の洪水の真っ只中にいるかのよう。
「これで準備は整ったぜ。それじゃあ――いけえ!」
魔理沙の号令にあわせ、袋の口から、たくさんのチョコレートが飛び上がった。
浮遊するそれらはきらびやかな光を放つ星の背に降り立った。
そして、チョコを背負った星達は、流星と化した。
淡い光跡を残しながら、夜空を飛翔する。
長い尾を引いていく星達は光の大河となりながら、地上に落ちていく。
スペルカードの名――まさに星屑(スターダスト)の如く、チョコを乗せた流星は幻想郷の夜空を鮮やかに彩った。
浮遊するそれらはきらびやかな光を放つ星の背に降り立った。
そして、チョコを背負った星達は、流星と化した。
淡い光跡を残しながら、夜空を飛翔する。
長い尾を引いていく星達は光の大河となりながら、地上に落ちていく。
スペルカードの名――まさに星屑(スターダスト)の如く、チョコを乗せた流星は幻想郷の夜空を鮮やかに彩った。
(きれい――)
アリスはその光景を陶然とした面持ちで見ていた。
スペルカード――魔符「スターダストレヴァリエ」で星を生み出し、それに大量のチョコを乗せて一気に届ける。
これが魔理沙の思惑だったのだ。
おそらくいま幻想郷の住人は、星とともに落ちてきたチョコに度肝を抜かれていることだろう。
なんとも魔理沙らしい、常識に囚われないチョコの届け方だった。
スペルカード――魔符「スターダストレヴァリエ」で星を生み出し、それに大量のチョコを乗せて一気に届ける。
これが魔理沙の思惑だったのだ。
おそらくいま幻想郷の住人は、星とともに落ちてきたチョコに度肝を抜かれていることだろう。
なんとも魔理沙らしい、常識に囚われないチョコの届け方だった。
(けれど――)
「なんとか間に合ったぜ。はは、人間やればできるもんだな」
安堵の息を吐いて、魔理沙は「うーん」と全身を伸ばした。
光の大河はまだ途切れないで二人の周りを流れている。
すべてのチョコが行き届くまで、まだ時間はしばらくかかりそうだ。
光の大河はまだ途切れないで二人の周りを流れている。
すべてのチョコが行き届くまで、まだ時間はしばらくかかりそうだ。
「あれ、ちゃんとみんなのとこに届くの?」
「たぶんな。あんまり調整に時間かけられなかったが」
「ふーん」
「なんだよ。なんか言いたげだな」
「別に」
アリスはそっぽを向いた。
「たぶんな。あんまり調整に時間かけられなかったが」
「ふーん」
「なんだよ。なんか言いたげだな」
「別に」
アリスはそっぽを向いた。
(たしかにきれいだったわ。でも――)
いま魔理沙に自分の顔を見られたくなかった。
きっと、ひどい顔をしているだろうから
(私には、渡してくれないのね)
いま魔理沙に自分の顔を見られたくなかった。
きっと、ひどい顔をしているだろうから
(私には、渡してくれないのね)
みっともない嫉妬をしているとアリスは自覚した。
けれど、けれど――
「……」
顔を背けるアリスをしばらく見つめて――魔理沙は苦笑いを浮かべた。
「なんか勘違いしてないか?」
けれど、けれど――
「……」
顔を背けるアリスをしばらく見つめて――魔理沙は苦笑いを浮かべた。
「なんか勘違いしてないか?」
そう言って魔理沙は、アリスの顔に向かって、紙箱を差し出した。
「アリスには一番世話になってるから、直接渡そうと思ったんだ」
「……」
「ん、どした?」
「な、なんでもない。う、うん、ありがとう……」
「あいよ」
真っ赤になって俯くアリスを見て、魔理沙は笑った。
「これでバレンタインも終わりだな。いや、無事に終えられてよかったぜ。んじゃ、帰るか」
「あ……」
ここでアリスは思い出した。まだ自分がチョコを渡していないことに。
「……」
「ん、どした?」
「な、なんでもない。う、うん、ありがとう……」
「あいよ」
真っ赤になって俯くアリスを見て、魔理沙は笑った。
「これでバレンタインも終わりだな。いや、無事に終えられてよかったぜ。んじゃ、帰るか」
「あ……」
ここでアリスは思い出した。まだ自分がチョコを渡していないことに。
「あ、あの!」
「ん?」
「すっかり遅くなっちゃったけど――そ、その。はい」
アリスは差し出す。チョコレートの入った紙箱を。
「――いやあ」
帽子のつばをわずかに下げて、魔理沙は言った。
「もらう側になると、なんだか照れるぜ。ありがとな」
「こっちこそ」
「ん?」
「すっかり遅くなっちゃったけど――そ、その。はい」
アリスは差し出す。チョコレートの入った紙箱を。
「――いやあ」
帽子のつばをわずかに下げて、魔理沙は言った。
「もらう側になると、なんだか照れるぜ。ありがとな」
「こっちこそ」
そう言って、二人は互いに微笑みあった。そして箒を地上へと向ける。
まだ地上へ降り注いでいる流星たちを見て、アリスは思う。
(いろいろあったけれど――避けられているのかとも思ったけど、そんなことはなさそうだし――ともかく、
あなたにチョコ渡せてよかったわ)
急に疲労感が襲ってきた。眠気がアリスの瞼を閉じようとする。
「魔理沙……ちょっと寝てもいい?」
「安全第一に全力全開の速度で地上に向かうから、安心して寝てくれ」
「うん……」
魔理沙の背に身体を預け、アリスは寝息を立て始めた。
まだ地上へ降り注いでいる流星たちを見て、アリスは思う。
(いろいろあったけれど――避けられているのかとも思ったけど、そんなことはなさそうだし――ともかく、
あなたにチョコ渡せてよかったわ)
急に疲労感が襲ってきた。眠気がアリスの瞼を閉じようとする。
「魔理沙……ちょっと寝てもいい?」
「安全第一に全力全開の速度で地上に向かうから、安心して寝てくれ」
「うん……」
魔理沙の背に身体を預け、アリスは寝息を立て始めた。
「……まさか用意してないのかと思ったけど、そんなことはなくて、よかったぜ」
アリスが寝たのを確認して、魔理沙は呟いた。
「来年も楽しみにしてるぜ、アリス」
少しだけ頬を紅く染めて――魔理沙は背中越しにアリスに語りかけた。
アリスが寝たのを確認して、魔理沙は呟いた。
「来年も楽しみにしてるぜ、アリス」
少しだけ頬を紅く染めて――魔理沙は背中越しにアリスに語りかけた。
<了>