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「天体戦士サンレッド外伝・東方望月抄 ~惑いて来たれ、遊惰の宴~ 賢者が遺せしは」(2010/03/18 (木) 21:38:05) の最新版変更点
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幻想郷には、多種多様の人知を超えた領域が存在する。死者の魂が彷徨う世界―――冥界もその一つだ。
そこには、とある巨大な屋敷が在った。
永遠に咲く事無き呪われし桜<西行妖>が聳える壮麗な庭園。
それこそは転生と成仏を待つ魂の管理を閻魔王より承りし西行寺幽々子が住まう<白玉楼>―――
「―――とはいうものの、普段はそんなにやることもないのよね。ヒマだわ」
幽々子は縁側に腰掛け、傍らに控えていた少女に愚痴る。
「面白き事もなき世を面白く―――なんて簡単に言ってくれるわ。あーあ、ヒマだわ、ヒマ、ヒマ。このままじゃヒマ
すぎてゆゆちゃん死んじゃう」
「…幽々子様。私はそれに対して<亡霊の貴女が死ぬわけないでしょう>と創意工夫の欠片もないツッコミを返す
べきでしょうか?それとも自分の事をゆゆちゃんと呼ぶのはイタイと忠言すべきでしょうか?」
気真面目な口調で語る少女の名は魂魄妖夢(こんぱく・ようむ)。
可愛い、というよりは凛々しく整った顔立ちとさっぱりしたボブカット。身に付けた二本の刀と相成り、彼女自身が
一振りの名刀のようだ。
真っ白なシャツの上に丁寧に着こなした簡素な青緑のベストとスカートという、実直を絵に描いたような衣装を纏う
彼女こそは、西行寺家の庭師にして幽々子の忠実な護衛役―――
それが人間と幽霊の間に生と死を受けた<半人半霊の剣士>魂魄妖夢。
その華麗にして苛烈なる剣技の前には、世界広しと言えども斬れぬ物などあんまりない!
「ハッタリでもいいからそこは<我に断てぬ物なし!>みたいに決めるべきだと思うけれど」
「何処の最近キャラ付けがおかしくなってきたスーパーロボット乗り親分ですか、それは」
「妖夢ったらさっきからダメ出しばっかりして。もっと主を敬いなさいよ。つーかあんた、ゼンガーさんをディス
ってんじゃないわよ」
チッチッチ。妖夢は軽く指を振ってみせた。
「幽々子様…これぞ<主にダメ出しする勇気>です!」
「なっ!?」
何という事か。やっている事は主にダメ出ししているだけなのに、そこに勇気と付いただけで、まるで憎まれ役を
演じる事によって主の過ちを諌める真の忠義者を見ているかのようではないか!
「ああ、妖夢!貴女のような立派な子が私の家来だなんて誇らしいわ!」
「その通り。この忠臣・妖夢はいざ幽々子様に兇刃が迫りし時は、とっとと逃げ出す覚悟です」
「ダメじゃん!」
チッチッチ。またしても指振りである。
「これぞ<主を見捨てる勇気>也!」
「なぁっ!!??」
何という事か。やっている事は主を見捨てただけなのに、そこに勇気と付いただけで、まるでやむをやまれぬ事情
によって主を見捨てざるを得なくなり、不忠の大罪に血の涙を流す武士(もののふ)のようではないか!
「って、いくらヒマだからってこんな雑談ばかりしてどうするの」
「では歌を詠んでみてはどうです。皆様に幽々子様の風流な一面を見ていただきましょう」
「ふむ、それはいいわね。このままじゃ読者の皆様から見た私の印象は単なる漫才亡霊だもの」
メタ発言をかましつつ、幽々子は筆と短冊を手にした。
さらさらと短冊に文字を綴る姿は、実にサマになっている。伊達に千年以上も亡霊やってるわけではないのだ。
そして完成した一句を、朗々と謳い上げる。
生きていて よかった今日は カツ丼に
ケーキにあんみつ 食べた嬉しさ
「―――どうかしら?自信作なんだけど」
すっげーいい笑顔の幽々子様である。その自信の根拠をどうか教えてほしい。
「思ったままを言っていいでしょうか」
「どうぞ。遠慮なく褒め称えるがいいわ」
「紙と墨と時間の無駄です」
「辛辣な!」
「これぞ<主の詠んだ歌にケチを付ける勇気>っすわ」
「なぁぁぁっ!!!???やっている事は主の詠んだ歌にケチを付けただけなのに、そこに勇気と付いただけで、
まるで敢えて厳しい批評を行う事で主の更なる成長を促す伝説の従者のよう―――って、もういいわよ」
「そうですね、ネタの天丼はやり過ぎるとクドくなりますから。ではカードゲームでもしますか?」
「いいわね。実は最近魔理沙からすごいカードを交換してもらったのよ。<こーりんのわーむ>ってカードでね。
パワーとタフネスがもう、すごい数値なの。なのにさっぱり弱い<ゴクラクチョー>と交換してやろう、だって。
十枚持ってたから全部交換してもらったわ。魔理沙ったら意外と太っ腹よねー。これからは気前のいい魔法使いと
呼んであげなきゃ」
「<欲しいものは死ぬまで借りる>が信条の、あの厚顔無恥な魔法使いといえども幽々子様の人徳には感服した
ということでしょうね、うんうん」
(※妖夢さんは何もかも全て分かった上で言っております。分からない人はシャークトレードでググって下さい)
さて、こんなゆるゆる萌え漫画のようなやり取りをしている二人ではあったが。
「―――楽しそうね、幽々子。私達も混ぜてくれない?」
突如響いた声。その姿を見た幽々子は、嬉しそうに微笑んだ。
「妖夢。どうやら退屈な時間も終わりそうよ」
主の言葉に、妖夢は庭園に目をやる。
そこには八雲紫と、見知らぬ怪しい四人組(レッドさん御一行)がいたのだった。
「はじめまして、外なる世界より来たる皆様―――幽々子でございまーす!」
座敷に上がった皆の前で、幽々子はサザエさんのものまねをした。
何やってんだろう、この亡霊。つーか何をやらせてるんだろう、作者。
「ほら、妖夢。貴女はお魚くわえたドラ猫の役をやりなさい。私はそれを裸足で追っかけるわ」
「全力で御断りさせていただきます」
「ケチー」
「…おい。俺らはサザエさんごっこを見物するために連れてこられたのか?」
レッドさん、額に青筋である。相手が(見た目は)少女でなければ、とっくにブン殴っている所だ。
「ごめんなさいね、ちょっとウケを取ってみたくなって―――ところで、紫」
幽々子は、ジローとコタロウに目を向けた。紫は頷く。
「ええ。<賢者イヴ>の子・望月ジロー。そしてその<弟>…望月コタロウよ」
「そう…他の二人は?」
「一緒にいたから、ついでに連れてきたの」
はあ、とヴァンプ様は溜息をつく。
「私達オマケなんですねぇ、レッドさん…」
「お前と一緒にすんじゃねーよ、ヴァンプ」
とはいっても、この疎外感はちょっと辛いものがあった。そこに。
「大丈夫だよ」
後光が射さんばかりの笑顔のコタロウであった。
「レッドさんもヴァンプさんも、ぼくの友達だもん。ぼくの関係者だから、オマケなんかじゃないよ!」
「コタロウくん…いいの?私なんかタダのおじさんで、しかも悪の将軍なのに」
「そんなの関係ないよ!ヴァンプさんは大事な友達さ!」
「コ…コタロウくん!」
「ヴァンプさん!」
ガシッ!男達の友情がそこにはあった。
「ほら、レッドさんも!」
「…アホくさ。いーよ、俺はオマケで」
「もう、レッドさんったらスネちゃって…それにしても」
コタロウは、紫と幽々子をまじまじと見つめる。
「紫ちゃんにゆゆちゃんって初めて会った気がしないね。何だかぼく、二人の事、ずっと前から知ってるみたい」
首を傾げるコタロウに、幽々子は頷く。
「そうね―――私もコタロウの事を、昔から知ってた気がするわ」
そして、彼女は笑いかけた。
「仲良くしましょうね、コタロウ」
「うん、ゆゆちゃん!」
「そうですね、ゆゆちゃん」
「何をドサクサに紛れて主をゆゆちゃんと呼んでますか、妖夢」
「これは失礼を。フレンドリーな主従関係を築こうと思いまして―――さて、私も自己紹介しておきましょうか。
マイネームイズ・ヨウム・コンパク。ナイストゥミーチュー」
「え、え…?ま、まいねーむいずこたろー…ナスとミートソース…」
「オー、ソーリィ。アイキャントスピークイングリッシュ!」
「…妖夢」
流石の幽々子も呆れたのか、妖夢を諌める。
「貴女は一体全体、どういうキャラを目指してるの」
「はあ、皆から愛されるキャラを模索してまして」
「にしても、原作からかけ離れすぎでしょうが」
「東方二次創作ではよくある事です。私がその気になれば、幽々子様が実はスカトロマニアという設定でハシさん
に一発ドぎついのを書いて頂く事も可能なのですよ?大丈夫、バキスレにはウンコSSという伝統芸能があります」
「貴女、ハシさんに何てモノを書かす気なの!?てゆうか、何故ハシさんをチョイス!?」
「恐らく、先のホワイトデーで勝手に作者の名前を使われた事への報復かと」
「やめて!SS書き同士の醜い争いに私を巻き込まないで!」
「こうして憎しみの緋き風車(ムーラン・ルージュ)は廻り続けるのです…」
「やけに詩的な表現ですこと!てゆーか書くわけないでしょ、そんなモン!」
「なに、パンツの一枚でもくれてやれば、あの漢は喜んで書くに決まっています」
「自分のパンツを犠牲にしてまで主を貶めたいの!?恐ろしい子!」
「あ、ご心配なく。渡すのは幽々子様のパンツですよ?」
「鬼畜!これからは貴女の事を史上最低最悪最狂・最も卑劣なド腐れ従者と呼んでやるわ!」
「―――いい加減にしろ、コラッ!」
収集がつかなくなってきたバカ会話を、レッドさんの怒号が断ち切った。
「んな下らねー話で行数を稼いでんじゃねーよ!チラシの裏にでも書いてろ!」
まさに正論、その通りだった。
「えーと、その…ごめんなさい」
当然ながら謝るしかない。紫も呆れたように溜息をつく。
「幽々子…そういや、夕飯まだでしょ?妖夢と一緒に作ってきなさいよ。貴女が話してたら埒があかないわ」
「紫まで邪魔者扱いして…いいわよ。ゆゆちゃんは妖夢と仲良くご飯作るから」
「あ、それじゃあ私もお手伝いしましょうか?」
さっと手を挙げた、カリスマ主夫ヴァンプ様である。
「あら、いいのかしら?」
「ええ。これでも、料理はちょっとしたものなんですよ」
「では、お言葉に甘えようかしら」
「あ、じゃあぼくも手伝うよ!」
と、コタロウも立ち上がる。
「ここにいても、ぼくは難しい話は分かんないしね」
さっきまでのは凄まじく低俗な話だったけどな、とレッドさんは心の中で突っ込んだ。
ともかくヴァンプ様・妖夢・幽々子・コタロウの四人が部屋を出ていき、レッドさんとジロー、紫が残された。
「八雲殿…話していただけますか?」
しばしの沈黙を破り、ジローが口を開いた。
「何故、我々を幻想郷に?」
「―――コタロウは、本当に似てるわね。アリス・イヴに」
質問に対する答えではなかった。
「八雲殿…!」
「彼女の話をしたかったのよ。アリス・イヴの子であるあなたと―――まあ、それだけじゃないけどね」
どこかはぐらかしたように、妖怪の賢者は語る。
「…なあ。部外者の俺が言う事じゃねーけどよ。どんな奴だったんだよ、アリス・イヴってのは」
「そうね…」
少し考え、紫は答えた。
「私は<割と困ったちゃん>なんて揶揄されるけど…アリス・イヴは<とても困ったちゃん>だったわ」
「否定できませんね、それは…」
ジローは苦笑する。その脳裏には<アリス>との思い出が巡っているのかもしれない。
そして、またしても沈黙。
「―――ダメね。もっとたくさん、あの子の事を話したいと思っていたのに…どうにも、調子が出ないわ」
「…申し訳ありません」
「何を謝るのよ、望月ジロー」
「私は…貴女の友であり、我が君であるアリス・イヴを…護れなかった」
深い悔恨と慙愧の念が、ジローの整った顔立ちを歪めていた。
「―――<香港聖戦>」
紫が呟いた言葉に、レッドはぴくりと眉根を寄せた。
「香港聖戦…?それって、確か…」
「あら、あなたも知ってるのかしら?」
「ああ。当時の新聞やら週刊誌やらが散々騒ぎ立ててたからな。嫌でも耳に入ったよ」
<香港聖戦>
それはおよそ10年前、香港を舞台に繰り広げられた壮絶なる戦争。
突如出現した<九龍王>と呼ばれる吸血鬼。彼は血族と共に瞬く間に香港を制圧し、人類に宣戦布告した。
対する人類とヒーロー、数多のヴァンパイア・ハンター。
そして人類に味方する<東の龍王>に率いられた吸血鬼達。
参戦した全ての存在が血で血を洗う死闘を繰り広げた、歴史上最大の闘い。
「俺はまだ学生だったから参加してねーし、週刊誌程度の知識しかねーけど、ヒーローも大勢参戦してたらしいし
裏じゃあ<ミスリル>とかいう組織も動いたって話だ…確かジロー、お前はその時に大活躍して<銀刀>なんて
呼ばれるようになったんだよな?」
「…大活躍などしてませんよ。ただ、ヤケになって暴れていただけです」
自嘲を込めて、ジローは吐き捨てた。
「…その時に、死んだのか…?」
ジローも紫も、何も答えない。それが何より雄弁な返答だった。
ゴホン、とレッドは咳払いする。
「何があったか知らねーけどよ…しょーがねーだろ。お前は精一杯やったんだろうし、その結果で、その―――
アリス・イヴってのが死んじまったのは、悲しいこったろーけど、お前のせいじゃねーだろ」
レッドはいつになく、穏やかな声だった。
「だからよ、ウジウジ悩むなって。いなくなった誰かを忘れずにいるのも大事だろーけどよ、もうちょい能天気に
生きててもバチは当たらねーっての」
「―――優しいわね、サンレッド」
紫は、口元に少し笑みを浮かべていた。
「それだけの強さと優しさなら、世が世ならば立派なヒーローだったでしょうに。平和ボケした川崎市は、あなたに
とってはさぞ退屈な街でしょうね?」
「…けっ。人の地元を悪く言うんじゃねー。いいんだよ、俺は川崎は川崎で気に入ってんだ」
「ふーん。それならそれでいいけれど―――ああ、そうだ。サンレッド、あなたのさっきの言葉、間違ってるわ」
「何が?」
「アリス・イヴが死んだ―――という部分よ。彼女は、死んでなんかいない」
「はあ?」
思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「いや―――そりゃ、おかしいだろ。だって…」
「正確には<賢者>は死んでも蘇るの…死して灰になろうとも、その灰からまた新たな命として生まれ変わる。
幾度となく死と転生を繰り返し、世界を旅する吸血鬼―――それが<賢者イヴ>よ」
「死んでも、また生まれる…?なら、どっかにいるのか?その<賢者イヴ>の生まれ変わりが」
「そう―――もしかしたら、あなたのすぐ傍にいるのかもよ?ねえ、サンレッド」
「八雲殿!」
それは、よほど触れてはならない事だったのだろうか。声を荒げ、ジローが立ち上がる。紫は、ただ目を伏せた。
「…ごめんなさい。少し喋りすぎたわ。サンレッド、今のは忘れて頂戴」
「忘れろっつってもな…」
確かに、レッドは既に聞いてしまった。そして、答えは明白だ。
死すれば新たな命に生まれ変わる<賢者イヴ>。
どこか謎の多い吸血鬼の兄弟、望月ジローと望月コタロウ。
生まれ変わったはずのアリス・イヴは今、何処に?
アリス・イヴと親交があった西行寺幽々子と八雲紫は語る。
―――私もコタロウの事を、昔から知ってた気がするわ。
―――もしかしたら、あなたのすぐ傍にいるのかもよ?
「…ゴタゴタ、めんどくせー話ばっかしやがって。そんなん俺に話した所でどーもしねーよ」
レッドは頬杖をつき、答えた。
「賢者がどーだのこーだの、俺にゃ興味ねーな…今まで通りにやるだけだ。今まで通り、コタロウはただのバカ
なガキ。俺にとっちゃ、それだけだ―――ヒーローは、子供の味方だからな」
「レッド…」
「あいつは、お前の弟の望月コタロウ。それでいいんだろ?」
「ええ…そうです」
「コタロウは、私の弟ですよ。それ以外の何者でもない」
「だよなあ」
レッドは、からからと笑った。
「大体がな、あのバカが<賢者>なんて、悪い冗談にも程があるっての!あいつが賢者なら世界は賢者しか
いねーっての!そう思うだろ、なあ」
「―――そう」
果たして何を思ったのか、幻想郷の母たる妖怪は薄く微笑む。
「サンレッド…あなた、意外と大物なのかもね」
「何だよ。急に褒めてんじゃねーよ」
「いえ、私もそう思いますよ」
ジローも続いた。
「正直、最初にあなたを見た時はなんだこのチンピラのヒモは、と思いましたが、謝ります」
「お前って結構ひでーな、おい…」
しかし反論できないのも事実である。レッドは憮然とするしかなかった。
「あれ?何だか三人とも、結構仲良くなってませんか?」
そこにヴァンプ様が、美味しそうな香りの立ち上る鍋を両手にやってきた。後ろには皿や茶碗を持つコタロウ達
の姿も見える。
「ねえねえ、レッドさん。どんな話してたんですか?」
「うっせーなー。何でもねーよ、何でも」
レッドさんはしっしっ、と鬱陶しそうにあしらいつつ、声を張り上げた。
「ほら、それよりメシだメシ!熱い内に食おうぜ!」
「そうよそうよ。私、もう我慢できないわ!」
「幽々子様。つまみ食いしまくってた貴女が言うセリフではありません」
「ああん、妖夢ったら、黙ってれば分からない事を言わないで。しょうがないじゃない、ヴァンプさんのお料理、
とっても×10美味しいんだもの!」
「うん!ヴァンプさんの料理は日本一だよ!」
「いやだ、そんなに褒めないでよー。照れるじゃない(ぽっ)」
「ぽっ、じゃねーよ。悪の将軍としての自覚を持てよ、全く…」
さて、それはともかく。
『いただきます!』
少女食事中…
英雄食事中…
兄弟食事中…
将軍食事中…
「あー、美味しかった。ヴァンプさんは料理の天才ね」
大きくなったお腹を叩き、幽々子は満足げに息をつく。
「うふふ、意地悪な妖夢はお払い箱にして、ヴァンプさんを雇おうかしら?」
「どうぞどうぞ。私は退職金を元手に今流行りの自分探しの旅に出ますので」
「え…ちょ、ちょっとやめてよ。冗談にそんな冗談で返すのは…」
「いえ、本心ですから。どうです、ヴァンプさん。考えてみませんか?」
「え?うーん…でも私、やっぱり世界征服の野望は捨てられないから…ごめんなさい」
「そうですか、残念です…」
本当に残念そうな妖夢さんであった。
「なんて恐ろしい子…まあ妖夢とは後でじっくり話し合うとして、紫。貴女もう<あれ>は見せたの?」
「まだよ。皆が揃ってからと思ってね」
「<あれ>?何だよ、それ」
「―――これよ」
紫が宙に手を翳すと、スキマが出現した。その中に腕を突っ込み、引き抜く。
取り出されたのは縦・横ともに三尺三寸ほどの大きな箱。
「賢者イヴが、私達に預けていったものよ。秘蔵の一品だって…遺品になってしまったけど、ね」
「…………」
「数百年後―――具体的には、今年の今頃に一緒に開けようと言っていたわ。そのくらいが、いい塩梅だってさ」
「どういうこった?」
「さあ?賢者の考える事は計り知れないわ。とにかく彼女は、そう言い残していった―――彼女がもういない今と
なっては、私や幽々子だけで開けてもよかったんだけど、イヴの身内である貴方達も呼ぶのが筋と思ったからね
―――まあ、余分なのも二人ほど来ちゃったけれど」
ちらり、とレッドさんとヴァンプ様を見やる。
「余分で悪かったな、コラ」
「まあまあ、レッドさん―――じゃあ、開けてみませんか?ジローさんにコタロウくんもいるわけですし」
「そうですね…私も、是非見せてほしい」
「うん、開けてみようよ!何が入ってるのかなー?すっごい宝物だったりして!」
ワクワクする皆の視線を受けながら、紫が箱の蓋をこじ開けていく。
「…あら?」
「どうしたの、紫」
「いえ…これを見て」
一同は箱の中を覗き込む。そこには一回り小さな箱と、その上にそっと置かれた手紙があった。
手紙には<アリス・イヴが今、その場にいなかったら読んでください>と走り書きがされてある。
「…イヴ」
小さくその名を呟き、紫は手紙を開いた。
<紫ちゃん、それにゆゆちゃんへ。この手紙を読んでいるという事はアリス・イヴはもういなくなったという事なの
でしょう。でも寂しがらないでください。ぼくは皆の心の中で生き続けているからね>
「自分で言うか、あの子は…」
「全く、イヴらしいわ」
皮肉っぽい口調だったが、紫と幽々子の表情には暖かさと懐かしさがある。
しかし手紙を読み進めるうちに、怪訝な顔になっていく。
<さて、ぼくの秘蔵の品なんですが、ぼくがいない以上は新しい所有者を決めるべきでしょう。そこで、いい事を
思い付きました。名づけて秘宝争奪幻想郷トーナメントです>
「…はあ?」
「ひほーそーだつとーなめんと?」
<読んで字の如く、この箱の中身が欲しいという参加者を集い、一大トーナメントを開いて大騒ぎです>
<もしもよろしければ紫ちゃん達でその辺の段取りをやっていただければ嬉しいです。ではでは>
「おい…本当に、そんなアホな事が書いてんのか?」
手紙をひったくるようにして受け取り、目を通してみるレッドさん。ジローもそれを覗き込む。
「書いてあるな…」
「書いてますね…確かに、彼女の文字です」
「…なんだってこんな事を」
「多分…面白そうだと思って、その気持ちを抑えきれなかったのではないでしょうか」
あんな風に、とジローはコタロウを見やる。
「トーナメント…すっごーい!早く見たい、トーナメント!ねえねえ紫ちゃん、やろうよトーナメント!」
手足をバタバタさせて、コタロウは紫のドレスの裾を掴んで満面の笑顔でせがんでいる。
その有様を見て、レッドさんは大げさに肩を落とす。
「…コタロウ」
紫はコタロウに目を落とし、静かに問う。
「あなた、この企画が面白いと思う?」
「うん。トーナメント、いいじゃん!バトル物の定番だよ、定番!もちろんレッドさんと兄者も出るよね!ねっ」
無邪気な瞳に見つめられ、レッドさんとジローは嘆息した。
「…俺達も出場しなきゃなんねーんだろーな、話の流れ的に」
「まあ、そうでしょうね…しかし、これはいわば彼女の形見をかけた闘いです」
ジローは居住いを直し、答える。
「彼女は幻想郷の住人のためにと遺したのかもしれませんが…この場に居合わせたからには、欲しくなりました」
「お前、意外と我儘だよなー…」
「ええ、よく言われます」
「ったくよー、おかしな事になってきやがったな」
そうは言いつつ、レッドは自分が少なからず高揚している事を自覚していた。
彼は、予感している。
普段は持て余し気味の巨大すぎる力。このトーナメントは、それを遺憾なく発揮できるだろう―――
そんな確信があった。バキボキっと、拳を鳴らす。
「しゃーねーな。それじゃあちょっくら、サクっと優勝してやるか!」
「あ…あのー…」
やる気になってるレッドさんとジローを見て、ヴァンプ様はおどおどしつつ自分の顔を指差す。
「も…もしかして、私も?」
「お前はやめとけ、ヴァンプ」
「そ、そうですよねー!じゃあ私は皆さんの応援に回るという事で、ははは」
素直であった。何度も言うけど、この人は世界征服を企む悪の将軍だからね!
「幽々子…貴女はどうする?」
「どうするもこうするもないわよ」
幽々子は、紫に向けてウインクしてみせた。
「紫だって、こういうバカ騒ぎは好みでしょう?いいわよ、私達も手伝って盛り上げてあげる」
「<達>の中に、私も入っているんでしょうか?」
「勿論。まずは、そうね…新聞記者の射命丸文(しゃめいまる・あや)にこの話を伝えて頂戴。それであの子なら
喜び勇んで記事にして、参加者を集ってくれるでしょう。あとは会場の設営だけど、河童達にでも頼んで―――」
はあ、と妖夢は肩を竦めるが、彼女は言動がどうあれ忠実な従者である。
主に逆らうつもりなど、毛頭ない。
誰からも反対意見が出ないのを確認し、紫は嘯く。
「いいでしょう―――アリス・イヴ。貴女の我儘、友達のよしみで聞いてあげる」
それは即ち、宣言だった。
「幻想郷最大トーナメント、開催よ。優勝賞品は賢者が遺せし秘宝―――」
そして。
「この八雲紫も、出場させてもらうわ。元々は、私が預かった品ですからね―――」
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