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「チルノのパーフェクトさいきょー教室 2 (ハシさま)」(2009/08/09 (日) 18:25:54) の最新版変更点
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◆◆◆
――あたいは、そのとき。この、澱み、蠢く赫色に見つめられて。
――どうしてこいつが震えているのか。どうしてこいつがあたいを求めたのか。それを理解して。
――こいつの『無限に増え続ける程度の能力』と、あたいの『冷気を操る程度の能力』とを掛け合わせて。
――あたいが最強になり、こいつがあらゆる"こわいもの"から逃れるという取り引きに、あたいは、のった。
――そのときのあたいは、最強になるという意味も、その先になにがあるのかも、知らなかった。
――ひとりぼっちのあたいは……大ちゃんを裏切り、またひとりぼっちになってしまったあたいは。
――最強になるしかない。それしかあたいには残されていない。……そう、思っていたから。
◆◆◆
「うう……私の心無い言葉でチルノさんを傷つけてしまいました……。嗚呼、私、これからどうしたらいいんでしょうか。
もしかしたら『もう二度とあたいの前に姿をあらわすな!』とか『もう二度とあんたの取材は受けないから!』とか、
言われたりする可能性も……。他の人間や妖怪の方ならまだしも、チルノさんにそんなこと言われたら、私は……。
ふふ、ふふふふ……あははは! 救いは! 救いはないんですか!? うわああああああん!!」
「文さんまで泣いてどうするんですか! しっかりしてください!」
――空を漂うふたつの影があった。
――射命丸 文と大妖精のふたりだ。
ふたりは、突然どこかに消えてしまったチルノの姿を求めて、幻想郷の空を飛び回っていた。
だが、いったい彼女がどこに行ったのか――ふたりともまったく見当がつかず、いまだチルノを見つけられていない。
文は道中ずっと、チルノを泣かしてしまったことを悔いていた。
自分の所為で、彼女の笑顔が失われてしまった。だからどうにかしてチルノに謝ろうとしていたのだが――
探し人の居場所がわからなければ、いかに幻想郷最速を誇る文と言えど、その駿足をいかすことはできない。
文は、自分の情けなさとチルノへの罪悪感が極まって、恥も外聞もなく泣き出してしまっていた。
そんな文を、大妖精は必死になだめていた。
背丈、そして生きた年月でいえば大妖精より文のほうが遥かに上なのだが、この有様ではどちらが年長かわからない。
「す、すみません大妖精さん……ああ、私ってば本当にだめだめですね……」
「大丈夫ですよ、文さん。きちんと謝れば、チルノちゃんだってきっと許してくれます」
「うう……大妖精さんがいてくれて本当に助かります。大妖精さんは、チルノさんのことをよくわかっていらっしゃるのですね」
「……そんなことありませんよ。だってわたしも、チルノちゃんに嫌われちゃったみたいですから」
そう言って微笑む大妖精の表情には、僅かにかげりがあった。
きちんと謝れば、きっと許してくれる――それは文だけでなく、自分に向けた言葉でもあるのだろう。
そんな不安げな大妖精を見て、文はあらためて不思議に思った。
どうしてチルノは、こんなにも自分のことを想ってくれる大妖精に、あんなことを言ったのか。
それに――どうしてチルノはあれほど"最強"であることに固執するのか。
長らくチルノに密着取材をし続けてきた文であったが、彼女はあらためて、チルノについてまだ未知なる部分があることを思い知った。
新聞記者の――いいや、彼女の中の射命丸 文の部分が、チルノのことをもっともっと知りたいと訴えていた。
どうしてチルノはあんなに最強たらんとするのか。それを知ることが、チルノを深く理解するために必要だと、文は思った。
そのことを大妖精に伝えると――彼女は少しためらいながら「たぶん――」と切り出した。
「――チルノちゃんが、ずっとひとりぼっちだったことに関係しているんだと思います」
その言葉に、文は驚きで眼を丸くした。
「へえ……それは初耳です。いまの友達百人なチルノさんからは、ちょっと想像できないですね」
チルノは大妖精とともにいることが多いが、他にも仲のよい妖精や妖怪がいる。
宵闇の妖怪、夜雀の妖怪、蟲の妖怪と特に仲がよく――さらに驚くべきことだが、
あの紅魔館の主、運命の吸血姫レミリア・スカーレットが主催するお茶会に招待されたこともあるらしい。
そんな誰からも好かれるチルノに、ひとりぼっちだった時があったとは。にわかには信じがたい。
しかし、チルノの親友である彼女の言うことなら、それは真実なのだろう。
文は大妖精に先をうながした。
「妖精は暖かい空気を好むものが大半で、冷気を操るチルノちゃんは、ずっと爪弾きものだったそうなんです。
それに、チルノちゃんは他の妖精よりずっと力が強いから、なおさら怖がられてたみたいで。
冬の間はレティさんがいっしょにいてくれたから、さびしくはなかったみたいですけど……」
大妖精がいま挙げたレティというのは、『寒気を操る程度の能力』の持つ妖怪、レティ・ホワイトロックのことだ。
似たような性質を持つふたりは、冬の間、いっしょのときを楽しんでいた。
だがいつまでも一緒にいられるわけではない。
冷気を好み、暖気を苦手とするレティは、冬が終わるとともに、幻想郷のどこかで眠りについてしまうのだという。
だからレティのいない冬以外の季節、チルノは他の妖精から仲間はずれにされ、ずっとひとりぼっちのときを過ごしていた。
「だいたいわかりました。
チルノさんには、その妖精にはありえざる力の所為で、逃げ場がなかったんですね。
どこにいっても、その力の所為でこわがられるから、遊び相手がいない。
唯一の友達であるレティさんも、冬の間しか会うことができない。
ずっと、ひとりぼっち……残されたのは、すがれるのは、自分の力だけ。
最強であることを示し続けることで、チルノさんは自分を保とうとした。
私にとってのアイデンティティーが新聞を書くことのように、
チルノさんのアイデンティティーは最強であることだったんですねえ……。
自分の力が否定されたら、自分よりも強いものがあらわれたら、もう自分に残されたものはなにもない……」
「ですが」と言葉を切り、文は微笑みを大妖精に向けた。
「そこにあなたがあらわれたことで、チルノさんはひとりぼっちじゃなくなった。そうですね?」
「はい……」
「ふむふむ。大妖精さんは、チルノさんほどじゃないですけど、妖精にしては強い力を持っていますしね。
――目に浮かぶようですよ。冬以外の間でもいっしょにいられる、はじめての友達を見つけたときのチルノさんの笑顔が」
「はい。チルノちゃんは、すごく喜んでいました。これでさびしい想いをしなくてすむ、って。
けれど――私は、もっと嬉しかったんです。
……外の世界から幻想郷にきたばかりで、不安で仕方がなかった頃。
はじめて会えたのが、友達になれたのが、チルノちゃんで……」
「あやややや。そう言えば大妖精さんは、幻想郷で生まれたチルノさんと違って、外の世界の出身でしたっけ」
外の世界――
現実と非現実を区切る"博麗大結界"によって、幻想郷は、外の世界から隔絶されている。
幻想郷に妖怪や妖精、神による文明があるように、外の世界には、人間の作った鋼の文明が広がっているという。
「わたしは幻想郷に来る前、イギリスに居たんです。そこで、妖精の女王ティターニアさまに仕えていました。
でも、わたしが幻想郷への旅に出る頃にはすでに、ティターニアさまが治める妖精の国は、滅亡寸前だったんです。
ティターニアさまの力は徐々に弱くなっていて、オーベロンさまもすでにお隠れになっていて……。
人間が増えるほど、妖精の住む場所がどんどんなくなって。もう、イギリスにわたし達妖精の居場所はなかったんです。
そんなとき、わたしは、ティターニアさまにお暇をだされたんです。
そして、イギリスを去り、東を目指しなさいと言われました。
東の果てのその先に――わたし達ふるき幻想に残された、最後の楽園がある。
そう仰られて、ティターニアさまは妖精の国にひとり、残りました。
……そのあと、ティターニアさまがどうなったのか、わたしにはわかりません」
「ふむ……」
幻想郷で生まれた文は、外の世界のことをあまり知らない。
それでも、大妖精が仕えていたという女王の名は聞いたことがある。
かつて月の女神であったという妖精の女王ティターニア。
神の座から零落したとはいえ、その力は、幻想郷の強豪妖怪と比べても遜色のない実力を持っているだろうに。
そんな存在が追い詰められてしまうほど、外の世界は、人間が勢力を振るっているのだろうか。
外の世界とは、そんなに恐ろしいところなのだろうか。
「はい。外の世界は、こわいところです」
迷いのない表情で、大妖精は言った。
「……幻想郷を目指して外の世界を旅している間、わたし、ずっとこわかったんです。
人間という存在が、とてもとても恐ろしかった」
「……というと?」
「文さんはご存じないかもしれませんが――
わたしが生まれたヨーロッパの大地は、むかし、大きな森があったんです。
どこまでも続く森。たくさんの妖精と、たくさんの魔女と、たくさんの狼がいた森。
その森はこわいことも多かったけれど――楽しいこともたくさんあったんです。
湧き出る水はおいしかったし、空気はきれいだったし、魔女さんが見せてくれる魔法はとても不思議で、楽しくて。
人間もそんな森を恐れながら、それでも共に生きていました。
わたし達ふるき幻想と、人間は、同じときをいっしょに生きていたんです。
でも――わたしがイギリスから幻想郷への旅にでたそのとき、すべてが変わっていた。
かつて森があった場所には、たくさんの鋼があって、たくさんの人間が住んでいました。
……自然もない、鋼ばかりの場所を通らなきゃいけないとき、わたしはいつも怯えていました。
"黒くてこわい人間"が、わたし達を捕まえようと、いつも追ってくるんです。
……結局、わたし以外の妖精は、その黒くてこわい人間にすべて捕まってしまいました。
きっと彼女達は、もう消えてしまったんだと思います。自然のない場所では、妖精は存在できませんから。
それと同じように、妖精も魔女も狼も――そのすべてが人間によって消されてしまったことに気が付いたとき、わたしは。
人間が、とてもとてもこわいものだと――そう、思いました」
それを聞いて文は、"境界の妖怪"八雲紫がいつか語った、
「人間が夢見ることを忘れはじめたことで、外の世界に、幻想の居場所がなくなりつつあるのよ」
――という言葉を思い出した。
幻想郷で生まれた文にはよくわからないことだった。人間によって自分達の住む居場所そのものが無くなるということは。
しかし、つい最近幻想郷にやってきた、あの守矢神社の風祝と二柱の神が、
信仰が廃れた所為で外の世界から追われたように。
人間がかつて信じていた迷信や御伽噺を捨て、鋼の文明を作り出したことで幻想達が滅びに向かっている。
――それは、真実なのだろう。
かつてともに生きてきたはずの人間達が、なにを思って幻想達を排斥しはじめたのか……文にはわからない。
けれど、ひとつだけ確かなことがある。
「けど、幻想郷はそうじゃなかったでしょう? 大妖精さん」
「……はい。ここは、本当に、楽園ですね。
ここには黒くてこわい人間はいないし、自然がたくさんあって、仲間がいて、すごく楽しいです。
むかしのように人間と幻想がともに手をとって、毎日を暮らしている。
かつてあった、けれど失われ、忘れ去られた幻想達が、消え行くことを思い煩うことなく生きていける。
――それになにより、チルノちゃんと出会えた。
わたし、幻想郷に来て、ほんとうによかったです」
――パシャッ、という音がした。
――文がカメラのシャッターを切ったのだ。
「ふふ。最高の笑顔でしたよ、大妖精さん! 次の記事の一面は大妖精さんで決まりですね!」
「もう、文さんったら!」
真っ赤になって照れる大妖精。突然写真をとったことを詫びながら、文は言う。
「あなたのその言葉、是非とも八雲紫さんにお聞かせしたいものですねえ。
あの方は幻想郷を形造った妖怪の賢者のひとりであり、この幻想郷を最も愛しておられる方なのですから。
外の世界の出身である大妖精さんが――この幻想郷を楽園と言ってくれるのなら。
――八雲紫さんも、それはそれはお喜びになるでしょう」
八雲紫――
大妖精はかの大妖怪と直截会ったことはない。
他の妖精は彼女のことをこわいと言ってはいるが、大妖精はどうしても彼女のことをこわいと思えなかった。
逆に、この幻想郷を形造ってくれた彼女に、感謝の言葉を贈りたい。
幻想郷があったからこそ、チルノや文、たくさんの人間や妖怪と出会うことができたのだから。
そんなことを思っていた大妖精の視線の先に、
「あ、文さん、見てください! あそこに――」
「あーっ、大ちゃんにぶんぶんだ!」
ひとりで地上を歩くチルノの姿があった。それを確認した文は、即座にその身を疾風にして、チルノの眼の前に降り立った。
そして――地面に深く深く頭を擦り付けた。
「ち、チルノさん――あの、その、ごめんなさい! 私、あなたの最強という言葉にかける想いを、ちゃんと理解していませんでした!
これからはちゃんとあなたのことを思って言葉を選んで、あなたの記事を書きます! もういじわるだってしません!
ですからどうか、『もう二度とあたいの前に姿をあらわすな!』とか『もうあんたの取材は受けないから!』とか、
そんなこと言わないでください! 後生ですから……!」
一足遅れて地上に降り立った大妖精は、文のその姿に驚いた。
天狗は強いものには迎合し、弱いものには不遜な態度をとるというが、文はその例外らしい。
というより、文がチルノのことを大切に思っているからだろうか? 大切なひとが深く傷ついてしまった。それが自分の所為ならば。
自分のプライドも何もかもかなぐり捨て、頭を下げる。本当に相手のことを想っていなければ、決してできないことだ。
大妖精は、こんなにもチルノを想ってくれるひとが自分の他にもいることを知って、とても嬉しくなった。
きっと、誰かを強く想うことさえできれば。その誰かも、きっとその想いに応えてくれるはずだ。
「ねえ、チルノちゃん。わたしもチルノちゃんことを、ちゃんとわかってなかったみたい。けれどこれからは、ちゃんとチルノちゃんの
ことを想って、チルノちゃんと遊ぶから。……だから許してくれないかな」
そんなふたりに対して、氷の妖精チルノは――
「大ちゃん、もうそんなことどうでもいいのよ!」
「もんだいはそんなことじゃないの!」
「ろんてんは、あたいがさいきょーか、そうじゃないかなんだ!」
「でも、そのぎろんもきょうかぎりよ!」
「そうそう!」
「あたいがさいきょーじゃないとか!」
「もうそんなこといわせないぞ!」
「あたいはさいきょーになった!」
「だからこれからは、だれもあたいのことを馬鹿にできないんだ!」
「はいもうその通りでございます、だれもあなたを馬鹿にしたりなんて――って、んん? は、はえっ!?」
「ち、チルノちゃん……いったいどうしたの……?!」
文と大妖精は、驚きで何も言えなくなってしまった。
それも仕方のないことだ。
何故なら――
ふたりの前にいるチルノは、ひとりではなかったから。
如何なる珍事が起こったのか、ふたりの前には――姿かたちがまったく同じの9人のチルノ達があらわれていた。
異常事態はそれだけでは終わらない。
木々の間から、草花の影から、ありとあらゆるところから――大勢のチルノ達が出現しはじめたのだ。
「大ちゃーん、みてみて、あたいたちのことを!」
「こんなにたくさんふえて、あたいすごいでしょ!」
「おいぶんぶん! いくらあんたでも、こんなたくさんあいてにできないでしょ!」
「ゆえに、あたいはさいきょー!」
「たたかいはかずなのだよ、大ちゃん!」
「ちょっとおさないでよじゃまだってば!」
「あんたこそあたいのじゃまをするな!」
「あたいのくせになまいきだぞ!」
「ちょっといまぶったのだれよ!」
「あたいじゃないぞ!」
「ウソツケー」
「あだだだだ、あしふむなー!」
「あたいをぶつなんて、いいどきょうしてるじゃない、あたいのくせに!」
「いてっ」
「やったな!」
「あたいにはあたい返しだ!」
「ダイセツザン(棒読み」
「あ、あんたたち、そのネタはどうかと思うわよ!?」
「ネタは鮮度がいのちなのよ! 今日の放送分のネタは今日のうちに使い切るの!」
「あたいこそ大チルノ最強のあたい、氷精チルノ!」
「それは先週分のネタよ!」
「大食漢、でてこいや!」
「あだだだだ、まだふんでるってば!」
「ぶんぶん、いまこそ弾幕ごっこよ! ぎったんぎったんにしてやるー!」
「そのまえにあたいぶったのだれよ!」
「あたいにきまってんじゃない! 馬鹿なの? 死ぬの?」
「おお、おろかおろか」
「馬鹿にすんなー!」
「ねえみて大ちゃん! さいしゅうきちくくみたいそうジャングルジム、ぜんぶあたいよ!」
「ちょっとこのくみたいそうむりがあるよ! かんせつがありえないほうこうに!」
「つ、つぶれる……」
「まてー! にげんなー!」
「くやしかったらあたいにおいついてみな!」
「いいかげんあしふむのやめろー!」
――騒々しいことこの上なかった。
いま確認できるだけでも、チルノの人数は、およそ50は超えるだろうか。
文は耳をふさぎながら、音が暴力になることを思い知った。
チルノの――いいや、チルノ達の想像を絶する声音以外に、なにも聞こえない。もうチルノの声しか聞こえない。
「こ、こはいったい何事!? 大妖精さん、何か心当たりは――」
「……ふ、ふふ……チルノちゃんがたくさん……チルノちゃんがたくさん……チルノちゃんがたくさん……」
「大妖精さん!?」
大勢のチルノを眼にして、理性の許容量を超えてしまったらしい大妖精は、ぶつぶつと同じ言葉を繰り返していた。
うっすらと白目すら剥いているのを見て、文は動揺した。
「し、しっかりしてください大妖精さん! 気を強く持ってください!」
ふらりと姿勢を崩した大妖精を抱きとめた文は、気つけに彼女の頬を何度か軽く叩く。
だが、いま見たものがあまりに衝撃的だったのか、大妖精は正気を取り戻さない。
「おいぶんぶん!」
「いまこそ、あたいがさいきょーであることを証明するときよ!」
「いざじんじょーに弾幕ごっこ!」
「でりゃー! くらえー!」
「ちょ、ちょっとタンマです!」
突然チルノから放たれた冷気と氷の波から逃れ、文は大妖精を抱いて空に飛び上がった。
勝負を受けようとしない文に、チルノ達からいっせいに非難の声があがる。
「「「「「「「「「「「に」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「げ」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「ん」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「な」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「馬」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「鹿」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「ー」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」」
チルノ達の声でびりびりと空気が震える。
文は眼下に広がるチルノの群れに何か言おうとし――自分が思っているよりも、事態は深刻だということを理解した。
木々が――枯れている。草花も。小さな昆虫が、腹を見せて地面に転がっている。
妖精は存在するための力を自然から得ている。
故にこの現象は――大量に増えたチルノ達によって、
許容量以上の力を吸い上げられている自然が、終わりのはじまりを迎えていることのあらわれなのだろう。
――このままチルノを放っておけば。
――幻想郷からすべての自然が消え去ってしまうのではないか。
「こ、これは大スクープ……もとい、"異変"の予感! 久々にいい記事が書けそうです!
しかし、しかし、いまは記事を書くことより、チルノさんをどうにかすることが先です!
しからばここは、"異変"解決の専門家に登場していただくことにしましょう!」
◇◇◇
「――で、あんたらに呼び出されたのはいいけど……なんなの……これ……」
「まさにチルノさんの大軍団(レギオン)ですね」
「チルノちゃんがたくさん……チルノちゃんがたくさん……チルノちゃんがたくさん……」
文と大妖精に呼び出された紅白の巫女服を着た少女――博麗 霊夢は、目の前に広がる惨状を目にして、
絶句する以外の選択肢をもたなかった。
そう、惨状。これはもう惨状と形容する他ない。
右を見ても、チルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノ。
左を見ても、チルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノチルノ。
まさにチルノの大安売りである。ちなみに現在の状況を図に表わすとこうなる。
チルノ → ⑨ 射命丸 文 → 文
大妖精 → 大 博麗 霊夢 → 霊
文 霊 大
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「これはひどい」
これほど上手くいまの状況をあらわした言葉もないだろう。
雲霞のごとく膨れ上がったチルノの群れ――以後、チルノ・レギオンと呼称しよう――を見て、霊夢は頭を抱えた。
博麗神社でこのうだるような暑さの中だらだらしていたところに、疾風を纏った射命丸 文が突然あらわれ、有無を言わさず
連れ出されたときから、いやな予感はしていたのだ。
この天狗少女が目の前に現れるのはいつだって、新聞を押し売りか、厄介事の持ち込みと相場が決まっている。
「あんたら余計なことしてくれたわね……」
額に青筋を立てながら、霊夢は騒動の元凶であるふたりを睨みつけた。
「ごめんなさい……」
チルノが好奇心旺盛で悪戯好きな妖精を体現する存在なら、大妖精は真逆の存在と言えるだろう。
彼女は誰に対しても礼儀正しく、また悪いことをしたら謝るという常識を持っていた。
大妖精がしおらしく謝っているのを見て、霊夢の心の中に、小さな罪悪感が生まれる。
「まあいいじゃないですか。私は大スクープを得て、尚且つチルノさんに謝れる。
霊夢さんはこの冷気で涼める。ギブアンドテイクですよ」
「うっさい! 大妖精のことは許すけど、あんたのことは許さないわ。あとで焼き鳥にしてやる」
「あやややや。ちょっと待ってください。
確かに、チルノさんを泣かせてしまったことは、わたしに責任があります。
でも、チルノさんがどうしてこんなに増えてしまったのか、それは私の与り知らぬところです」
「役に立たない新聞記者ね。
――ま、いいわ。こんな程度の低い"異変"、あたしだけで十分よ。あんたたちは下がってなさい」
「それは心強い! では、お言葉に甘えて。大妖精さん、私達は安全地帯で事態の解決を待ちましょう」
そう言い残すと文は、大妖精を抱えて空へ飛び去り、あっという間に姿を消してしまった。
「あの鴉天狗……いつか本当に焼き鳥にしてやろうかしら」
あとは任せろといったが、そもそもこの騒動の原因を作ったのは彼女達なのだ。
言いたいことは山ほどあったが、仕方がない。幻想郷での面倒ごとの解決は、いつだって自分の役割だ。
どうしてそんな役割を負わなければならないのか。理由をあげればきりがない。
自分は幻想郷の調節装置とも言える"博麗の巫女"だから、とか。
自分はこれまで数々の"異変"を解決してきた"博麗の巫女"だから、とか。
自分は"博麗大結界"を維持する"博麗の巫女"だから、とか。
つまるところ、彼女が妖怪をはじめとするふるき幻想と対峙する理由は、この"博麗の巫女"であるから、ということに収束する。
割り振られた役割を演じよ――という言葉を霊夢は思い出す。
その言葉を使ったのは、霊夢がその姿を思い浮かべるたびに複雑な想いを抱く、あの境界の妖怪だ。
そう、役割。
妖怪や神といったひとならざる幻想の存在は、常に人間を脅かす役割を演じなければならない。
ひとを食べる妖怪であるとか。ひとを祟る信仰の廃れた神であるとか。
対して人間は、その脅威に恐怖し涙を流すか、あるいは、その存在を打倒する役割を演じる必要がある。
竜を斃し不死身となった英雄であるとか。神の試練に打ち勝った英雄であるとか。
互いが役割を負うことで、現実と幻想の均衡を保つ。
世界にかつて在り、そしていまでは廃れてしまったこの約束事を放棄すれば――人が夢見ることを忘れ、
鋼の文明を選択したこの世界において、本当なら"あるはずがない"非常識な場所である此処"幻想郷"は、あっけなく滅び去るだろう。
まあ、小難しいことはともかくとして。そう霊夢は思った。
境界の妖怪に諭されるまでもなく、彼女は、自分の役割を果たすつもりでいた。
すなわち、この異常事態――"異変"を解決する役割。"博麗の巫女″としての自分をつらぬくこと。
「さて、ちゃっちゃと終わらせよっと。ほら馬鹿妖精、"博麗の巫女"が、あんたをこらしめにやってきたわよ」
そう言って、軽く、一歩踏み込む。その瞬間、数え切れないほどの空色の瞳が、一斉に霊夢に注がれた。
天敵の存在を察知したチルノ・レギオンは、その排除を、そして自分達が最強であることを証明すべく、行動を開始した。
万のチルノ達が、一斉に天へ向けて手をかかげる。そのすべての手には"スペルカード"と呼称される魔の符がある。
その所作の意味するところはすなわち、数多の伝承、神話、御伽噺が一堂に会す、
このゆめとうつつの狭間にたゆたう″幻想郷″において、唯一暴力の限定行使が許されている事例――"弾幕ごっこ"開始の合図だ。
「「「「「「「「「「「ス」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「ペ」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「ル」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「カ」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「ー」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「ド」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「発」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「動」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」」
――氷符「アイシクルフォール Phantasm」
チルノ・レギオンの宣言が、カードに秘められた自然の力を解放する。
瞬間、霊夢は、いまが夏であることを忘れた。
突然、血さえ凍りつく極寒の地に投げ出されたのではないかと錯覚した。
その認識は概ね間違ってはいない。
チルノ・レギオンは、スペルカード宣言の余波のみで、周囲の景色を極寒地獄へと変えていた。
木々も草花も一瞬にして熱を奪われて凍りついた。
それまでは精々肌寒いとしか感じなかった周囲の空気も、いまや鋭い痛みをともなうほどに冷たさを増していた。
しかもこれほどの惨状を演出してもなお、スペルカードはまだ完全に発動していないのだ。
霊夢は戦慄した。まさかチルノがこれほどの脅威をもたらすとは、思いもしなかったのだ。
だがしかし、霊夢がいま相手をしているのは、チルノただひとりではなく、チルノ・レギオンなのだ。
氷精チルノは、単体で妖怪とも張り合えるほどの力を持った、非力な妖精の中でも希有な存在である。
その彼女が知性はともかくとして、力はそのままに数を増したこのチルノ・レギオン。
その戦力が如何なるものを生み出すのか――
それは、この"異変"が終息したあと、かの"妖怪の賢者"八雲紫が漏らした、
「あのまま彼女達を放っておいたら、幻想郷は確実に滅びたでしょうね」の一言ですべて言いあらわせるだろう。
(まずい――!)
"博麗の巫女"としての勘が、霊夢に警鐘をならす。
霊夢は即座に「空を飛ぶ程度の能力」で、文字通り中空へと飛翔した。
だが、遅かった。氷の礫の豪雨と、絶対零度の冷気が織り交ざった弾幕が、既に彼女を捉えていたのだ。
相手が普段は歯牙にもかけないチルノということで、霊夢にも油断があったのだろう。
その油断により致命的なミスを侵した霊夢は――
「ちょ……」
そんな呟きをひとつ残し――
冷気の大河に飲み込まれ、そのまま見えなくなった。
◇◇◇
――そうして誰もいない森の中。
――氷の妖精が去り、誰もいなくなった森の中。
――いいや、いいや。なにかがいる。だれかがいる。
――木々が織りなすその暗がりに。
――ひとりぼっちで震え、澱み、蠢く赫色が、ひとつ。
『――こわい――』
『――こわい――』
『――こわい――』
『――たくさんの――』
『――はじめての――』
『――こわいもの――』
『――こわい――』
『――こわい――』
『――こわい――』
『――だから――』
『――けすの――』
『――わ、た、し、が――』
『――けされるまえに――』
『――この、幻想郷の――』
『――す、べ、て、を――』
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