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やさぐれ獅子 ~二十二日目~ 53-1 - (2008/02/11 (月) 00:02:34) のソース
昼飯の最中に来客があった。 口の中に入れたばかりの果肉を吐き捨て、向き直る加藤。 「変なタイミングで来やがって……さっさと終わらせてやる」 「安心しな。嫌でも短期決戦にならァ」 「……なに?」 来客は明るい金髪にラフな格好をした未成年らしき少年だった。指には輪が、首には鎖 が、口にはガムが当たり前のように装備されている。 「勝負は必ず十発で決まる。今日はそういうルールだ」 「十発?」 「アンタ、テレビゲームとかやる? ……やりそうもねェな。あれってライフがゼロにな れば、トドメがなんであろうと死ぬわけよ。今回の試練もあれに近い。最後の攻撃が何で あろうと、決められたライフが全部なくなったら死ぬ」 「おい、ゲームとかじゃ全然分からねぇよ。もっとストレートに話せや」 「オーケー、オーケー。いいか、今日は先に十発もらった方が“死ぬ”」 「……死ぬ?」 「ただし武器使用はなしだ。あくま徒手による攻撃でなけりゃカウントされねぇ。あとは、 ある程度の水準をクリアした威力でないとダメ。軽い平手打ちみたいなのはこれまたノー カウントだ」 「……おいちょっと待てよ」 ルールは把握したが、基準が余りにも曖昧すぎる。まして突然十発で死ぬといわれても 納得できるわけがない。──が。 少年の口からガムが発射された。加藤の右目めがけて。 「くっ!」とっさに右手でかばうが、その隙を突かれボディに一撃入れられていた。「ぐ おっ!」 痛いには痛いが、大した打撃ではない。昨日の老人とは比較にならない弱さだ。 「へへへ、“これくらいなら何十発でも耐えられる”ってツラだな。だがな、アンタあと 九発で死ぬんだぜ?」 少年は楽しんでいた。玩具を与えられた少年の無邪気さと、獲物を目の当たりにした狩 人の高揚感。この二つを内包した笑みを浮かべていた。 ──あと九発喰らったら死ぬ。たとえそれがどんな攻撃であろうとも。 「信じられねぇ」唐突に設定された訳の分からないルール。あと九発で死ぬといわれても 受け入れられるわけがない。しかし、加藤にはもう分かっていた。「だが、死ぬんだろう な。きっと」 いい加減に認めねばならない。武神によって連れてこられたこの世界では何が起こって もおかしくないという、あまりに非現実な現実を。どんなに荒唐無稽な事象でも全て受け 切り、粉砕しなければ元の世界には戻れない。 「てめぇは残り十発、俺は九ってことだな? ──やってやるぜ、小僧ッ!」 気迫を発散させ、加藤が吼えた。 いきなりの上段蹴り。クリーンヒットすれば卒倒必至の大技だが、少年はこれをくぐり 抜け、左右のワンツーを無難にヒットさせる。 「セイッ!」 返しのフックはバックスウェーでかわされ、またもボディに拳がめり込んだ。 加藤の被弾数はこれで四発。あと六発受ければ、どんなに体力があり余っていても強制 的な死が訪れる。 軽くフットワークを踏みながら、少年は計算を進めていた。 (どいつもこいつも最初は一気に決めちまおうと、牛みたいな特攻に出る。雑な攻撃は命 取りとも知らずにな。こいつも同じだ。面白いほどセオリー通りに動いてくれる) 加藤を見据える。 (だが威勢がいいのは最初だけ。残りライフが半ばになると、打って変わって慎重になる。 回避だけを考え、逃げ腰になる。──そして) ──死ぬ。 攻めにも守りにも徹しきれぬ半端な性根が、致命的な隙を作るためだ。 (さァ、早く怯えろ。そろそろ後悔し始めただろう。開始一分で四発も喰らってしまった 己の浅はかさを!) 予想に反し、迷いのないまっすぐな打撃が飛び込んできた。 人中狙いの一本拳。これを手の甲で弾き、すかさず裏拳を顎にぶつける。それでも加藤 は止まらない。 「この……ッ!」到底ルールを理解しているとは思えない加藤の猛攻に、少年は怒りの右 ストレートを放った。「少しは学べッ!」 ぐしゃっ。 拳が潰れた。 渾身の打拳を、加藤は額で受け止めていた。 「うおお……ッ! 指がッ!」 「よう、今のはどっちにカウントされんだ? どっちにもだとしたら、これで俺は残り四 発、てめぇは九発だな」 少年は耳を貸さず、すかさず距離を取り痛めた拳を確認する。 (危ねぇ……折れてはいない。それにしてもこいつ──) 「どうしたよ。まだまだてめぇのが優勢だってのに、ずいぶん顔色が悪いじゃねぇか」 「ナメるな!」 打ち合いが再開される。 互いに三発ずつもらう。実力は五分だが、このルールでは──。 「はぁ……はぁ……。だがアンタ、とうとう残り一発になっちまったなァ。崖っぷちに立 たされた今の心境はどうだい?」 「別にどうもしねぇさ」 「……ふん。死を恐れないその姿勢は立派なもんだ。今までの奴らは大抵及び腰になった り、俺に背を向けたところにトドメを喰らって死んでいった。ひどい奴になると命乞いま でしやがった。ありゃ惨めを通り越して滑稽だったな」 少年は加藤を指差す。 「だがよ、アンタはそいつら以下だよ。武とは生き延びてナンボだ。死にたくねぇから創 意工夫し、武術は発展してきたんだ。アンタ、武道家としては下の下だ。武神のおっしゃ った通り、武の為にもここで処刑されるべき人種だ」 最後の一撃を加えんと、ここにきてようやく少年が武神直属のエリートとしての表情を 見せる。 「加藤清澄。武神の名に懸けて貴様を処刑する」 明らかに気配を変えた敵に対しても、加藤は怯む様子を見せない。 「おまえ、空手に伝わる迷信を知ってるか?」 「なんだ? 今さら口八丁でやり過ごそうってハラか?」 「そうじゃねぇ。これからこのゲームでの必勝法を教えてやろうってんだ」 必勝法という単語に気を取られつつも、少年はやや前傾気味に構える。最短最速の一撃 にて、このゲームに終止符を打つために。 砂を舞い上げるスタートダッシュ。百メートル十秒を切る速度で試練が迫る。 「空手に伝わる迷信。それは」加藤が全殺気を開放した。「一撃必殺」 一瞬、少年は目を疑った。 加藤を中心に、闇が渦巻いている。おぞましい引力を率いた暗黒の大渦(ブラックホー ル)が少年を招いている。 (な、なんだ……ッ この不安──悪寒はッ!) しかし止まらない。驚異的な初速を生み出した両足は疾走を止めない。大渦に吸い寄せ られるように止まってくれない。 いつの間にか加藤は渦の中心から消えていた。代わりに立っていたのは、 「──オワッ!」 魔獣。 胸を貫く禍々しい衝撃。 しばらく地面と平行に飛んだ後、少年は背中から不時着した。 「ガハァッ! こ、れが必勝法、“一撃必殺”か……」 「おうよ。ルールを聞いた瞬間に分かったぜ。このゲームは避けて当てるのが上手い奴が 勝つんじゃねぇ、十発当てる前に敵を行動不能にできる一撃を持つ奴が勝つってな」 「初めか、ら、狙ってた……ってわけ、か。どうりで、ビビら……なかった、わけだ」 正拳たった一発が決着を導いた。 残り五発を叩き込みゲームを終わらせるため、加藤は下段突きの体勢に入る。 再び一人となった海岸にて、加藤は深く息を吐いた。 「……今日も死なずに済んだな」